追悼 宇田蓋男遺句抄

『海原』No.46(2023/3/1発行)誌面より

追悼 宇田蓋男遺句抄

ウクライナ大変インスタント味噌汁ティーパック
さくらんぼ右手は利き手大事にす
年甲斐もなくパンジー大好き生きている
梅雨に入っては梅雨に従え 諸君
お粥に梅干しアブノーマル的二物
食べ残す饂飩の汁を捨てずに悔やむ
献花は絶えず待つ人に顔のない不思議
偲ぶれば一人歩きのマスクだったね
張り手しか能がねえのかしょぼい秋
アイマスクいのち吹きかけ試すなり
赤蜻蛉すぐに届いた返信封書
満月なり幼少のみぎりの捕虫網
島根と鳥取どちらもどちらいなりずし
男の沽券にかかわるぞ胃カメラを入れるな
胃カメラの胃の中照らす夏日かな
短命の目算外れそよぐコスモス
秋めくや正論かざす柄じゃない
秋の風生きた心地がしない訳
灯を消してわがオブラート剝がさるる
願うなら起きあがりこぼしの老いの日々

(永田タヱ子・抄出)

半世紀を俳句とともに 永田タヱ子

 まず宇田蓋男さんの横顔を紹介します。ある俳誌のアンケートに答えたものです。

 《俳句との出会い》
  二十歳前より、宮崎日日新聞読者文芸欄への投稿をきっかけに、当時選者の海程同人の山下淳氏と知り合ったこと。海程へ投句、海程新人賞受賞(昭和46年)。
 《尊敬する作家の作品》
  林田紀音夫 隅占めてうどんの箸を割り損ず
 《うぬぼれ自信作》
  摩羅よりもふぐり長らく生きており
 《俳句をしていなかったら?》
  俳句に携わっていた時間を、無為に過ごしていたかも。
 《私の自慢》
  二十歳前より継続して半世紀の五十年、俳句に携わってきたこと。

 当時の宮崎句会は、土曜日の午後六時から、山下淳先生宅で開かれていました。蓋男さんは宮崎県庁での職務のかたわら、県北の延岡市(九〇キロ)から汽車で参加されました。以来五十年、今は思い出深く懐かしく思い出されます。当時の句会の参加者は、福富健男、高尾日出夫、中島偉男、岩切雅人、阿辺一葉、徳永義子、蛯原喜荘等、錚々たる海程同人の各氏。俳句を作る上で最上の居場所でした。
 句会のたびに俳句の話で盛り上がり、夜中になることもしばしばです。蓋男さんは山下宅に泊まり、自家用車の方はそれぞれ帰路へ。市内の方は人通りのない大通りを歩いて帰路に着くのでした。山下先生が逝去されてからは、福富健男氏を代表に「みやざき現代俳句研究会」が設立され、市内の公共施設で句会を行っています。蓋男さんは、俳誌「流域」のメンバーとして、また宮崎県現代俳句協会の副会長として、永年貢献されました。
 蓋男さんの俳句は、誰も真似のできないものでした。独特の哲学と素晴らしい感性の持主であり、詩情豊かで、俳味たっぷりの世界を切り開きました。
 12月28日、かつて海程の同人でもあった岩切雅人氏より電話をいただき、新型コロナウイルスの感染によるとのことでした。お会いしてお別れも言えず心苦しい次第です。どう
ぞ、懐かしい皆様とそちらで句会をなさってください。宇田蓋男、本名博敏。令和4年12月27日に死去。享年74。

合掌

第5回「海原金子兜太賞」の募集案内

日頃の研鑽の成果を本賞へ!
第5回「海原金子兜太賞」の募集案内

―新作30句、募集締切は2023年7月20日―

 第5回「海原金子兜太賞」の作品を募集します。同人・会友の別なく、だれでも挑戦できる公募型の本賞は、新たな作家の発掘と俳句の可能性の探求をめざすとともに、「海原」の活性化を図るものです。ウイルスと共存する時代の日常を見つめて――いましか詠めない清新な作品をお寄せください。

1 名称:海原金子兜太賞(第5回)
2 応募資格:
全同人と会友全員(会友とは「海原」の購読者です)
3 応募要領

① 応募作品数:新作30句
② 新作とは他の媒体(俳誌や雑誌、インターネット、各種俳句大会やコンクール等)に発表されていない作品を指します。句会報への掲載なども注意してください。
③ 応募作品にはタイトルを付し、都道府県名および氏名を忘れずに記入してください。原則として「前書き」はなしとします。
④ 応募作品は書面による郵送、またはメールで送ってください(メールによる応募を歓迎します)。
※手書きの場合は、市販の原稿用紙を使用し、楷書で丁寧に書いてください。
※メールの場合は、ワードファイルやテキストファイルのほか、メール本文に貼り付けて送ってください。
⑤ 作品送付先:編集人 堀之内長一 宛て
 〒338―0012 さいたま市中央区大戸1―2―8
 電話&FAX:048―788―8380
 メールアドレス:horitaku★ka2.so-net.ne.jp(★→@)
4 募集締切:2023年7月20日必着
5 選考委員:
安西篤/武田伸一/田中亜美/堀之内長一/宮崎斗士/柳生正名/山中葛子(五十音順)
6 選考方法:
応募作品は無記名にて選考。各選考委員の推薦作品をもとに、討議のうえで受賞作品を決定します。選考座談会は7月末~8月初旬に開催予定です。選考座談会の模様は「海原」誌上に発表します。
7 受賞者発表:
受賞者は2023年10月号に速報として広報し、受賞作品と選考座談会は11月号に発表の予定(本年度も全国大会開催が未定のため、表彰式等は別途考慮)。
8 顕彰:
受賞者には、金子兜太先生ゆかりの品物等の贈呈のほか、「海原」誌上における連作の場の提供などで顕彰します。

【問い合わせ】海原編集部 堀之内長一まで

追悼 松林尚志〈「金子兜太の俳句―鑑賞と批評」松林尚志著『現代秀句昭和二十年代以降の精鋭たち』より〉

『海原』No.45(2023/1/1発行)誌面より

●松林尚志さんを悼む
 2022年10月16日、一年あまりの闘病のあと、松林尚志さんが他界されました。享年92。松林さんは「海原」の前身「海程」創刊年の1962年(昭和37年)、第4号より同人参加され、60年の長きにわたり活躍されました。第4号の「同人スケッチ」(金子兜太執筆)には、次のように紹介されています。「この朴訥な髭面が繰りひろげる精細なる論理、博識。この柔和なる物腰に秘める表現への意欲。まったくアキレタもんです。囲碁四段(碁の話はヤメましょう)三十代、銀行員。色白眼鏡、中肉中背。暖流同人、東京」。
 松林さんの多彩な活動のなかから、ご遺族の承諾を得て、金子兜太先生の俳句を鑑賞・批評された文章を掲載し、追悼とさせていただきます。

 1930年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。句集『方舟』『冬日の藁』『山法師』、詩集『H・Eの生活』『初時雨』、評論『古典と正統伝統詩論の解明』『芭蕉愛執と求道の詞花』『日本の韻律五音と七音の詩学』『子規の俳句・虚子の俳句』『現代秀句 昭和二十年代以降の精鋭たち』『芭蕉から蕪村へ』『俳句に憑かれた人たち』『桃青から芭蕉へ詩人の誕生』『和歌と王朝』『一茶を読むやけ土の浄土』『詩歌往還遠ざかる戦後』
(編集部)


金子兜太の俳句ー鑑賞と批評

松林尚志著『現代秀句昭和二十年代以降の精鋭たち』より

  朝日煙る手中の蚕妻に示す 兜太

 兜太の全句集に載る最初の作品は、「水戸時代」昭和十二年に出る「白梅や老子無心の旅に住む」である。水戸高校に進んだ兜太は先輩の出沢珊太郎の勧めで俳句を作るようになり、竹下しづの女が選をしていた「成層圏」に出句を始める。「成層圏」は全国高校学生俳句連盟の機関誌で、後に草田男も指導に加わるが、十六年五月号まで続いた。その間、十四年から嶋田青峰の「土上」に珊太郎と兜太は投句を始めている。「土上」は青峰が新興俳句弾圧事件で検挙され、十六年二月号で終刊となった。兜太の作品が「寒雷」に見られるようになるのは十六年七月号からで、この年兜太は東大経済学部に進んでいる。十五年十月、加藤楸邨が創刊した「寒雷」には当時すでに沢木欣一、安東次男、森澄雄、田川飛旅子、古沢太穂、原子公平、小西甚一らの名前が見られる。兜太の父、金子伊昔紅は「馬酔木」の同人で、兜太にとって俳句は少年時代から身近なものであったが、兜太を俳句に熱中させる機縁となったのは出沢珊太郎との出会いが大きかったようである。
 兜太は十八年繰上げ卒業して日銀に入行するが、すぐ海軍主計短期現役として海軍経理学校に入り、翌年には主計中尉としてトラック島に赴任した。トラック島では激しい爆撃と食糧不足を経験し、終戦を迎えている。兜太が復員したのは二十一年の十一月のことであった。
 トラック島では、
  魚雷の丸胴蜥蜴這い廻りて去りぬ
  被弾のパンの樹島民の赤児泣くあたり

というような句が作られている。
 掲句は『少年』(三十年刊)所収で、二十二年四月、塩谷皆子と結婚した時の句。養蚕が盛んだった秩父に育った兜太には蚕に特別な思いがあるようだ。兜太初期の秀作に、
  蛾のまなこ赤光なれば海を恋う 『少年』
  山脈やまなみのひと隅あかしのねむり 〃
という句があるが、一句目は茂吉の『赤光』を背景に感じさせつつ蚕の羽化した蛾とも関係してくるし、二句目は養蚕と一体になった生活そのものである。兜太の初期にこのような青年らしい清潔な抒情が歌いあげられていることに注目する。「朝日煙る」の句はこの清潔な抒情がロマンを奏でていて美しい。手中の蚕はこれから繭を紡いでいくに違いない。その蚕のように二人して美しい未来を紡いでいこうと示すかのようである。煙る朝日に輝く蚕と新妻の顔がまぶしい。豪放にして繊細、ときに野武士のような兜太とは対照的に、皆子夫人は、美しく優しくこまやかで、その素朴でやわらかな感性は、柔剛相補い合うかのように今日の兜太を兜太たらしめる守護神的存在となっていくのである。

  彎曲し火傷し爆心地のマラソン 兜太

 復員し、日銀に復職した兜太は、「風」の創刊に加わるなど俳句活動を積極的に進めるが、職場では組合活動に首を突っ込むようになり、二十四年には日銀従組の事務局長に押され、組合専従となった。しかし、最も保守的な銀行のしかもその総本山の日銀である。二十五年には折柄企業のレッド・パージが始まり、兜太は福島支店へ転勤させられる。二十八年には神戸支店、三十三年には長崎支店へと以後支店生活を続けるのだが、組合活動は兜太の日銀での出世を断念させるに充分な減点材料となったようである。「縄とびの純潔のぬかを組織すべし」「原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ」というようなスローガン的俳句がこの時期に詠まれている。
 神戸時代、世評を賑わした句に、
  銀行員等朝より蛍光す鳥賊のごとく 『金子兜太句集』
がある。私は旧館時代の日銀本店に兜太を何回か訪ねたことがあるが、古色蒼然とした石に囲まれたその内部は薄暗い洞窟のような海底のような感じであった。そこまででなくとも大方銀行という建物はコンクリートに囲まれた外光のない蛍光灯だけの空間であった。この句はそういう意味で実に的確に銀行員の生態を捉えている。しかし、蛍光灯から蛍光が出、そこからほたる烏賊が導かれて、鳥賊のごとくと続くのはいささか連想ゲーム的で飛躍がない。その物足りなさがこの句を弱くしているのであろう。
 掲出の「彎曲し」の句は『金子兜太句集』の四部に載る長崎での句。三十三年二月から三十五年五月までの長崎の章には一八五句が収められており、この時期には話題になった「粉屋が哭く山を駆けおりてきた俺に」とか、「華麗な墓原女陰あらわに村眠り」「西の海にブイ浮く頭蓋より濡れて」というような無季の句がある。「彎曲し」の句もはっきりした季語はないが、原爆の投下された夏の焦熱地獄を連想させ、季感は充分である。
 長崎の爆心地は港のある町の中心部からかなり奥へ入った浦上天主堂のあたりである。マラソンはこのあたりで彎曲するように迂回したのだろうか。彎曲は喘ぎながら走る人体ばかりでなく、鉄骨のひん曲ったような被災の建物を連想させ、火傷は灼ける地を踏む熱気と汗にまみれた苦しげな走者から連想される被災者の姿そのものである。感性そのものとして捉えられたこの句は自ずから社会的な現実を反映した重い思想詩となった。社会性は態度の問題と述べた兜太の社会性俳句の一つの結実といえると思う。この句には彎、心、ソンと三つの撥ねる音があってリズミカルな音律を持っている。しかし、彎曲とか爆心とか火傷という重い言葉が軽いリズムに流れないための重石のように効いている。

  人体冷えて東北白い花盛り 兜太

第三句集『蜿蜿』(四十三年刊)の最後に載る句で「東北・津軽にて(七句)」のうちの一句。『蜿蜿』は李賀の「蛇子蛇孫麟蜿蜿」からとっている。四十二年五月、兜太は皆子夫人、堀葦男夫妻と青森、弘前、秋田を旅している。この句はその時のもので、白い花はいうまでもなく林檎の花であろう。無機質な感じを与える人体という硬い感じの言葉が、やはり同じように硬い東北という言葉と冷えるという体感を通して緊密に結びついて、白い花をいやがうえにも純潔、清爽な美しさに輝かせる。この場合、もはや林檎の花というように特定せず、ただ白い花そのものとして受け取った方が、抽象化されたこの句の世界に相応しい。『蜿蜿』の「あとがき」に、「この句集とともに、私は四十代に入った。(中略)たしかに四十歳の声を聞く前後から体調が変化しやすくなり、体力の低下を感じはじめた。(中略)作品も、だんだん脂気あぶらけが抜けて漂白されてゆくように思えた。」と書かれているが、この脂気が抜けて漂白されてゆくという言葉はそのまま巻末のこの句を意識した言葉のように思える。しかし、この漂白は決して肉体の衰えからくるものでなく、最初の句でも触れたように、兜太自身の資質としてある清潔な抒情の表れだというように私には思える。「人体冷えて」の句はこの清潔な抒情のそのままの形象化なのである。
 兜太は三十五年、長崎から東京本店に転勤してくるのだが、「海程百句」「造型俳句六章」などを発表し、三十七年四月には同人誌「海程」を創刊する。私が同人となったのは四号からであるが、兜太を支えた出沢珊太郎が星書房を興し、私の評論集『古典と正統』はそこから昭和三十九年に出版された。栗山理一の序文は兜太の口添えによるものであった。

  谷に鯉もみ合う夜の歓喜かな 兜太

 『暗緑地誌』(昭和四十七年刊)に載る句で、「古代胯間抄・十一句」の連作中の一句である。兜太は縄文的な生命力に溢れた野生児の面が強いが、この句はむしろ意図的にそのような生命を謳歌した作品といえる。兜太が色紙に書いたりしてこの句に愛着を示す気持がわかる気がする。ここにいう「夜の歓喜」が斎藤茂吉のいう「交合歓喜」(『童馬漫語』)であることはいうまでもない。それは「古代胯間抄」の連作が自ずから示しており、私はこの連作を日野草城の「ミヤコ・ホテル」と並べてみたい気がする。この連作は「泡白き谷川越えの吾妹わぎもかな」に始まり、
  胯深く青草敷きの浴みかな
  ほとしめる浴みのあとの微光かな
  唾粘り胯間ひろらに花宴はなうたげ

などが続き、「谷に鯉もみ合う」が出て、「瞼燃え遠嶺夜空を時渡る」で終る。いわば古代のおおらかな性の讃歌なのである。
 草城の「ミヤコ・ホテル」連作は結婚初夜の一部始終をいわばぬけぬけとのろけた趣があったが、兜太のこの連作にはそういう甘えはなく、あからさまで直截である。それでいてばれ句的な卑猥さがないのは兜太の古代的純朴さを証しするものであろう。「ニイッチェはRausch(酩酊)といった。予は交合歓喜といふ。」と書いた茂吉も古代的朴直さでは際立っていた。兜太の清潔さや茂吉の純一さはこの古代的感性と別のものではないと思う。
 私は兜太の句に対して連作としての解釈にこだわり過ぎたかもしれない。「谷に鯉もみ合う」というダイナミックな表現のもつメタフォアはかなりの拡がりを持っている。歓喜は鯉の雌雄がもみ合うように産卵するさまと重ねられる。鯉は主に午前中に一尾の雌と複数の雄が激しくもみ合うように水草に産卵するという。ともあれおおらかな鯉を格闘させることで交合歓喜を表現しているところがいかにも兜太らしい。この句の無季が気にならないのは鯉の産卵という季節感の故であろう。

  樹といれば少女ざわざわ繁茂せり 兜太

 『暗緑地誌』の「狼毛山河」と題した作品中の句で、四十五年の作。連作には次のような異色な作品が並ぶ。
  山上の白馬暁闇の虚妄
  火山一つわれの性器も底鳴りて
  噴け火山わが意識下の透明童子
  白馬奔る地平にありや烏滸の衆
  篠枯れて狼毛の山河となれり晩夏

 まさに神話的な人物であり、山河である。火山のように奔出するエネルギー。烏滸の衆を見下ろす山上を奔る白馬。山河は巨大な狼のような姿を現わし、樹木は少女となって生い茂る。兜太はこの頃から秩父の山河や困民党のことを書いたり、放哉や山頭火など漂泊者に関心を持つようになり、それらは四十七年の『定住漂泊』にまとめられた。山河と山上の白馬とは定住と漂泊がせめぎ合っている趣がある。
 兜太の掲出の句に私がとりわけ印象づけられたのはエズラ・パウンドに「少女」と題した次のような詩があったからである。なんと似通っているではないか。
  樹は私の手に入ってくる、
  私の腕に樹液がのぼり、
  樹は私の胸に育つ―
  下の方へ、
  枝は私を出て育つ、腕のように。
  樹はお前、
  苔はお前、
  お前は風に吹かれる菫だ。
  子よ―そんなに背の高い―お前、
  そしてこれはみなこの世界にとって愚かしいことだ。

  梅咲いて庭中に青鮫が来ている 兜太

 兜太の第九句集『遊牧集』(五十六年刊)の冒頭「青鮫の抄」五句のうちの一句。この句は最初「現代詩手帖」の五十三年四月号に「青鮫十句」と題して発表されたもので、発表当初より賛否こもごもの評判を呼んだようである。詩人の宗左近は兜太とのNHKの対談でこの句をあげ、俳人はこのような宇宙語ともいうべき語法を使えるから羨ましいというようなことをいい、兜太はこれに対して、これを原(ウル)風景であるというように答えていた。安西篤は『金子兜太』で、兜太自解の、「ぼくのぎらぎらした魂の状態のようなものね、それを出したいわけなんです。そういう得体のしれない実態をですね。」という言葉を紹介している。私も現代俳句協会五十周年記念号の「二十一世紀の俳句を考える」という座談会で、司会者としてこの句を取り上げてみた。この句が、白梅の咲く庭に海を泳ぐ鮫をもってくるようなとてつもない非現実な内容を持っていることはいうまでもない。全然受け付けない人もいて当然であるが、この異様な取合せがダイナミックな迫力を持っていることも確かである。
 「青鮫の抄」の他の四句は、
  俯ぶせの霧夜の遊行青ざめて
  霧の夢寐青鮫の精魂が刺さる
  青鮫がひるがえる腹見せる生家
  嘔吐はすでに草原の果て金魚売

という作品で、掲出の句は三句目に置かれている。これらを見ると、この句の生れた背景がかなり浮彫りにされてくる。兜太は久しぶりの秩父の生家にあって、自らを生み育くんできた土地の精霊のごとき激しい生命の息吹に囲繞されているのだ。獰猛で精悍で美しい姿の鮫は生命そのものの原風景であるかもしれぬ。夢寐のうちにそんな青鮫が群がり泳ぐ世界に置かれている。しかもそれは白梅の咲く早春の庭の出来事である。この二つのまったく異質な風景の出現も、それがただの意外性の面白さに終っていないのは、青鮫のもつ原始生命的なイメージ故であろう。そして、この青鮫のイメージは兜太にして初めて出現させ得たのではないかと思う。

  起伏ひたに白し熱し若夏うりずん 兜太

 第十一句集『皆之』(六十一年刊)所収、「沖縄にて」の四句のうちの句。兜太の郷里は秩父盆地の皆野町で、現住所は熊谷市上之、夫人は皆子で、兜太は句集名『皆之』がこの三つのうちのどれにも通じるところが嬉しいと記している。この句の面白いところは、六・六・四という全く五・七・五とかかわらない破調であろう。三句で成り立つが、これはさらに3・3、3・3、2・2というように割れる。3・3はやや重く滞る感じになるが、i音の韻を踏んだ強く重い三音のリズムがいきなり2・2の軽い切れのいいリズムに転換して終る。全体が強く歯切れのよい調子の一句となっている。うりずんは沖縄で旧暦三月頃の大地の潤う季節をいう言葉で、この言葉の持つ美しい響きのように、陽光きらめく沖縄ならではの待ちどおしい季節なのだという。珊瑚礁の白い砂の起伏の続く大地の熱気に、沖縄のうりずんを眩しく受けとめているのである。

  冬眠の蝮のほかは寝息なし 兜太

 『皆之』の巻末に置かれた句で、秩父の生家で作られたものと思われる。『皆之』の終りの方には「秩父山中盛夏(十八句)」もあって、その中には、
  伯母老いたり夏山越えれば母老いいし
  夏の山国母いてわれを与太よたと言う

というような伯母や母を詠んだ句も見える。兜太が母にとって今もって与太であるというところが実に面白い。餓鬼大将でずけずけ憎まれ口をいう少年兜太が見えてくるようである。親にとって子供はいくら偉くなっても子供のままの与太なのである。『蜿蜿』には、
  露の村石をうらば父母散らん
というような句もあって、故郷の風土への裏返された思慕がこちらは抒情的に表現されている。
 掲句は聞こえるはずのない蝮の寝息を持ってきたところに凄さがある。この蝮を兜太と読み替えればすんなりとわかってくるはずだ。すべては冬眠に入っている山国の森閑とした深夜、兜太だけが寝息を立てて眠っている。ふと自分の寝息に眼を覚した兜太は改めて山中の静寂を思った。蝮も深々と冬眠の眠りについているはずだ。すると風土と一つになって眠っている自分が蝮そのものではないかと思えてくる。蝮は風土の精のごとき存在であり、自分はいつのまにか蝮と一体となり、風土そのものの芯に深々と身を横たえているのである。この句は蝮を地霊のごとく捉える原始的感覚が見事に表現された句と思う。
 平成七年十二月に出た第十二句集『両神』には、「山国や老母虎河豚とらふぐのごとく」という句があって、母堂が依然健在であることがわかる。
  酒止めようかどの本能と遊ぼうか
  禿つつもなお禿きらず青葉騒
  オットセイ百妻は一妻に如かず

など自在無礙を加えた句で詩歌文学館賞を受賞した。枯淡と無縁なところがまさに兜太だと思う。


松林尚志句集『山法師』二十句抄

若き母白くいませり半夏生草
今朝の秋布衣の雀もきてゐたり
黄金田や女神の臥せしあと残る
リュックには餡パン一つ山法師
連なる蔵王茂吉メッカに秋惜しむ
手術果つ羊の顔して夏の雲
花かたばみ帰りはどこに佇んでゐるか
術後二年泰山木の花仰ぐ
母がりの遠の紅葉尋めゆかな
新涼や那智黒を先づそつと置く
亡羊を追ひきし荒野月赤し
綿虫の一つ浮かんではるかなり
広場にガーゼ踏まれしままに凍ててあり
鉄棒に五月の闇がぶら下がる
大根提げて類人猿のごときかな
妻に紅茶われに緑茶や冬あたたか
ポストに落す原稿の嵩年の果て
虎ふぐでジュゴンでありし兜太逝く
足寒し戦後を刻みしわが齢
遠い日向見つむるわれも遠い日向

(山中葛子・抄出)
*初出:「海原」(NO.15/2020年1・2月合併号)

佐孝石画句集『青草SEISOU』〈圧倒する青春性 安西篤〉

『海原』No.45(2023/1/1発行)誌面より

佐孝石画句集『青草SEISOU』
圧倒する青春性 安西篤

 本書は著者の第一句集である。当年五十一歳。俳人としてはまだ若手ながら、すでに三〇年の俳歴を有し、海程賞も受賞しているから、すでに一家をなす俳人であり、待望の句集といっていい。その上梓を寿いで、故金子兜太師の序文、佐孝の先輩に当たり、今や地域俳壇の重鎮でもある松本勇二、石川青狼の跋文という選り抜きの執筆陣が華を添えている。恵まれた句集というべきだろう。
 佐孝自身、ここでおのれの青春を総括したという意味のあとがきを書いている。長い俳歴とはいえ、五十歳代以下のキャリアは、まだ青春といってもおかしくはあるまい。事実その内容は、青狼もいうように青春性に満ちたものだった。兜太師は序文の中で、次の句を挙げていた。

  この道は夕焼けに毀されている

 …映像としては、道が毀れるくらい激しい夕焼け、それだけなんだ。しかしその激しさだな、それを「毀されている」と書けたというのは、佐孝の若さだ。激しい孤独もあるわけで、これから人生の境目の第二段階に踏み込もうとしている感じがある。

 筆者は、佐孝俳句のナイーブな側面から、次のように鑑賞したことがある。

  花水木あかるい猜疑心でした

 若々しい青年の心理。それも軽い悔いを伴う青春性が感じられる。花水木は樹液が多いため、枝を折ると水が滴り落ちるところから来ているといわれる。多感な年頃の鋭敏な感受性の中に、ふと兆した猜疑心が、一度湧いたらとめどなく広がってゆく。でもそれは決して暗いものではなく、どこまでも明るい。こういう心理感覚は青春ならではのもの。「でした」と過去形で捉えたところに、作者の青春の居場所があったのかも知れない。

 二句ともに、青春性を感じさせながら、その時期の終焉の立ち位置からの、どこか哀しみの翳りを引くのが佐孝の青春性であった。佐孝は一句を成そうとする時、かなりの力技でもがき苦しむはずだが、その果ての天与のように、体からほとばしる言葉が授かるのではないか。その力感が、松本のいう「断定」に結びつくのかもしれない。

  白梅は空を纏って泣いていた

 白梅の梅林は、大方は桜のように大きく広がらず、点在して咲くところに風情がある。まだ寒い時期でもあるので、木々に微妙な表情がある。空は厚い雲が低く垂れこめていて、白梅は布団をかぶって忍び泣きしているようだ。しかしそれは時に、「少年期白梅というか歯軋りというか」のように表情を変えてくるのだ。

  ひとりとは気化することよ八十八夜

 「八十八夜の別れ霜」といわれるように、この頃を境に季節の移ろいが感じられる。そんな時にひとりでいると、このまま暖気とともに気化してしまうようだ。それはコントロールの利かない不安感とともに、蒸発してしまうような孤独感。

 時々佐孝は、意味をオフにして言葉を液状化し、その泥をこねるようにして作ったオブジェに、名づけるような言葉を立ち上げる。だがそこに造型されたものは、日常の中にみられる具象感なのだ。

  梅雨の山体毛の溢れと思う

 梅雨時の山の、長雨に煙る濛気のような水煙を、山の体毛の溢れと思うという。これは作者自身の体感のように山の質感を捉え、おのれ自身を山に化体して、「体毛の溢れ」を感じてしまうのだ。

  密告のように煙雨の鶏頭花

 煙雨の中に紛れ込むように、鶏頭花が茫然と咲いている。だがその立ち姿は、密かな擬態で、どうやら密告のような油断のならない緊張感を蔵しているらしい。直感的な表面の意識とは別の、微妙に移り動く意味のエネルギーが、ピンと張った力動性をもたらしている。

 また佐孝は、「今」「ここ」というかけがえのない唯一性にこだわる。それは過ぎ行く青春という時間を惜しむかのようでもあった。

  吃音の果て流れゆく花筏

 晩春の小川を流れゆく花筏にふと気づいて、思わず声をかけて止めようとしたのだろう。不意のこととて、駆け寄ることもかなわず、あわてて吃音になったまま声を挙げたのだ。日常の小さな蹉跌感。

  先回りして会いに来ていた曼珠沙華

 曼殊沙華に会いたいという一心で、お目当ての場所に来てはみたものの、もう
先回りして曼殊沙華が咲いていた。一瞬「嬉しいな」といううぶな反応。
 そして、そのなまのおのがあるがままを、自ずからなる詩的パフォーマンスで捉える一連が浮かび上がる。

  葉桜という感情で夜を漉く

 葉桜は、華やかな宴の後を思わせるような、しっとりとした感情で、夜の静寂しじまを漉いてゆく。清新な情感の漣とともに。

  冬木という圧倒的な居留守かな

 冬木の疎林を、圧倒的な居留守とは、作者ならではの若々しい不信の抗議。「居留守」を「圧倒的」とまで詠むのは、作者の内面の燃えあればこそといえよう。

2023年第1回「兜太祭」のご案内(日程の訂正あり)

2023年第1回「兜太祭」のご案内

※「海原」12月号掲載の「兜太祭」ご案内に、数か所日程に関しましての訂正があります。以下ご参照ください。

 新型コロナウイルス禍により延々と先送りになっていました「兜太祭」――。その記念すべき第1回がいよいよ開催の運びとなりました。金子先生ご夫妻のお墓参りも兼ねての秩父での一泊吟行会。これを「海原」の毎年の春の恒例行事にしたいと思います。どうぞ奮ってのご参加をお待ちしております。

【開催日】2023年3月25日(土)~26日(日)

【宿泊】長生館(秩父鉄道「長瀞駅」近く)
    〒369―1305 埼玉県秩父郡長瀞町長瀞449
    電話:0494―66―1113

【参加費】20,000円(予定)

【スケジュール概要】

3月25日(土)
 12:00~12:30 長生館にて受付
 12:30~ バスにて吟行
 (金子先生ご夫妻のお墓参り、壺春堂記念館、宝登山梅百花園など)
 17:00 第一次句会出句締切出句2句
 18:00 夕食
 19:30~ 第一次句会
 句会終了後、懇親会
3月26日(日)
 7:30~ 朝食
 8:00 第二次句会出句締切出句2句
 8:30~ 『生きもの〈金子兜太の世界〉』上映会
 9:30~12:00 第二次句会
 句会終了後、現地解散

引き続き、26日(日)~27日(月) 有志一泊旅行を開催します。
こちらの方も奮ってのご参加お待ちしております。

◆参加申込み締切:3月11日(土)
※一人部屋は、参加費+8,000円(参加者数によっては一人部屋をご用意できない場合があります。あるいは寝泊りのお部屋だけ、他の旅館・ホテルを利用していただく場合があります)

◆吟行合宿・有志一泊旅行申込み、問い合わせ先
 宮崎斗士 〒182―0036 東京都調布市飛田給2―29―1―401
      メール:tosmiya@d1.dion.ne.jp(「d1」の「1」は数字の1です)
      電話:070―5555―1523
      FAX:042―486―1938

松本孜句集『丹波篠山黒大豆』〈丹波春秋 榎本祐子〉

『海原』No.44(2022/12/1発行)誌面より

松本孜句集『丹波篠山黒大豆』

丹波春秋 榎本祐子

 松本さんは、昭和十年東京生まれ。戦争が激化する中、小学三年生の時に父親の故郷、丹波に移り住む。

  敗戦に帰農を決めた父ありき

 この時より、丹波の土と共に生きる生活が始まったものと思われる。
 以来、地域の役職にも就かれ、尽力され、丹波篠山黒大豆は、努力の成果としての特産品となっている。

  春確か命の水の動きだす

 句集『丹波篠山黒大豆』は自然の胎動を感じさせる句で始まる。

  剪定を終え里山の近くなる
  喪の家やおやっ蕗の薹そこかしこ
  餡ころや春もろともに頬張りぬ

 剪定後に見える景との交歓。地霊と共にある喜びが静かに伝わってくる。
 喪の家を出て、先ずは目に入った蕗の薹。生命の再生を見て「おやっ」との何気ない物言いも、死がいつも理として生活の中にあることを感じさせる。餡ころと共に春を享受する仕草も大らかだ。

  畦焼きの男叫喚して走る

 畦焼きの火に昂るのだろうか、情動的で、男に自然界の神が憑依しているようで何とも魅力的。

  畦塗って田は一面の水鏡
  水光るどの田も田植え待つ夕べ
  梅雨続く泥長靴を重くして
  地の温み素足に伝わる水田かな

 農事の合間の田への眼差し。田植え前のしばしの静寂の時間が、水田の水平に光る面と美しく呼応している。長靴に付いた泥の重みや、水田に足を踏み入れたときの感触は、体験を通してこその確かさで訴えてくる。

  夏至の夜ふと立ち止まる八十路かな
  八十路越え祇園太鼓に武者震い
  デカンショに始まる女房たちの盆
  デカンショに疲れし妻に風呂沸かす
  掃苔や妻と二人の夕まぐれ

 来し方行く末、その途上に人は時々立ち止まって物思う。「ふと」感慨に耽った後はまた、いつもの日常に戻る。そうして祭太鼓に奮い立ち、エネルギーを確認する松本さん。祭りという晴の日、一家は総出で盛り上がる。が、その後の気の抜けたような気だるい日常に妻を労い風呂を沸かす優しさ。家を守り継いでゆく為には様々な苦労や思いがあろう。掃苔後の夕暮れは言葉を超えたところで二人を包んでいる。

  梁太くビールの旨い日曜日

 太い梁のある古い家屋には薄闇がそこかしこにある。光と翳のコントラスト。相反したものがあって調和があり、その秩序が心を落ち着かせてくれる。代々そこに生きた人の時間が太く流れ、ここに寛いでいる人の時間も、やがてはその大きな流れに組み込まれて行く。今は、心落ち着く空間で休日のビールを存分に味わってほしい。

  柿熟れる人が居ようが居るまいが
  霜の田を真っすぐに割り通勤車

 過疎化の進む地域の景が切ない。通勤車が田んぼを切り裂くように走り、その勢いに、抗えない時代の流れを見ているのか。

  ああ丹波肌刺す寒さの好天気
  土に生き土に死ぬるやのっぺ汁
  静かなる雨やたちまち雪になる

 盆地の冬は寒い。「ああ」との嘆息には、これが丹波だと愛惜の情がこもる。静かに内省の時、のっぺ汁は熱く優しく、雨はしんしんと降る雪に変わる。丹波の風土を感じさせる句だ。

  除夜一人ひばりの歌に涙する

 除夜一人の松本さんの背中。昭和という激しい時代を生き抜いてきた歌手と歌への共感。松本さん自らへの自愛の涙でもあろう。

  竈猫核もてあそぶ独裁者
  牛蛙ミサイルを玩具にする馬鹿め
  戦仕掛ける奴に冬の蜂たかれ

 一方、このような世界に向けての怒りも、戦時中を生きた人の声としてストレートに伝わり響いてくる。

  丹波篠山縁ある万の灯りかな
  黒大豆老農夜明けを待ちきれず

  冬晴れやトラクター田へ驀地まっしぐら
  山国に溢るる一陽来復は

 丹波篠山の灯は親しく、身の内の明かりとしてあり、夜明けを待ちきれず「驀地」と、農に生きる人の面目躍如。逸る気持ちが若々しい。山国に巡る季節を寿ぎ、一陽来復と、松本さんの思いは溢れる。

 『丹波篠山黒大豆』は丹波篠山へのオマージュでもある。土を基盤とした営みの中より、今後も、この地より更なる一句、一句を発信し続けられるに違いない。

2022年秋【第4回】兜太通信俳句祭《結果発表》

『海原』No.44(2022/12/1発行)誌面より

2022年秋【第4回】兜太通信俳句祭《結果発表》

 第4回を迎えました「兜太通信俳句祭」。参加者数は計110名。出句数は計220句でした。大勢の方のご参加、あらためまして厚く御礼申し上げます。
 参加者全員に出句一覧を送付。一般選者の方々には7句選、22名の特別選者の方々には11句選(そのうち1句特選・10句秀逸)をお願いしました。
 以下、選句結果、特別選者講評となります。(まとめ・宮崎斗士)

☆ベストテン☆

《35点》
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士

《25点》
白雨ですぼくを象どる僕のシャツ 大沢輝一
この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子

《17点》
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子

《16点》
ひとり身の怒りは不発ころんと枇杷 森由美子

《15点》
草いきれ痩せっぽっちの特攻碑 藤田敦子

《14点》
投句てふ生存証明すべりひゆ 黒済泰子

《13点》
蜩や引き延ばされた僕がいる 高木水志
恋は疲れます助手席の残暑 梨本洋子

《12点》
もだという水のさみしさ青鬼灯 伊藤淳子

【11点句】
地球儀に焼け焦げ二つ原爆忌 竹田昭江
大根蒔くゆっくり回り出す地球 嶺岸さとし

【10点句】
哀しみは遅れてきます木洩れ月 遠藤路子
師の口調浴びたき渇き晩夏光 小田嶋美和子
つくつくぼうしひりひりと今できること 遠山郁好
よく生きて純粋無職稲の花 松本勇二

【9点句】
裸電球背中は一本の廊下 三枝みずほ

【8点句】
アルバムをにこにこ出でる盆の母 川崎千鶴子
震災忌言葉ぽきぽき折れやすき 北上正枝
豆腐屋の奥で首振る扇風機 近藤真由美
遺失物にわたしと記す葛の花 竹田昭江
星涼しわれら明るき草である ナカムラ薫
背に負いし妹喜寿を過ぐ敗戦忌 野口佐稔
八月やただ幽体として過ぎる 若森京子

【7点句】
輪転機に夏の海鳴り世の地鳴り 赤崎裕太
反戦論ぶって少女の藍浴衣 上田輝子
炎昼の広場はいつも沼のかたち 尾形ゆきお
師を慕う世界にひとつの月を見て 高橋明江
糸とんぼ同級生と喪服着て 舘岡誠二
噴水の穂先の光り二度生きる 藤盛和子
決めるのはあしたの自分弟切草 三木冬子
青虫の冷たい弾力原爆忌 村松喜代
薄紙にくるむさよなら沙羅の花 室田洋子

【6点句】
向日葵のすっくと高し 9条よ 伊藤巌
真昼間の匂い揚羽が死んでいる 榎本祐子
毀れた戦車と平熱のかたつむり 大西健司
カンナ燃ゆゼレンスキーの窪んだ眼 川崎千鶴子
八月忌便器の横に核ボタン 木村寛伸
譜面無きパンデミック晩夏のジャズ 木村寛伸
雨の甘野老あまどころささやくような母の祈り 黒岡洋子
狙撃手の心中に洞蚊食鳥 小林育子
満月の鬣となる反戦歌 三枝みずほ
寂しさがふと零れ落ち遠花火 清水恵子
少年に激突さるる夕立かな 菅原春み
夕焼けこやけ国が大きな貌をして すずき穂波
白鳥が白鳥呼んでいる遺句集 芹沢愛子
巨星なき世は漂泊のマスクして 立川弘子
青々と死地ありやませ這い廻る 中村晋
炎天の転がっているハイヒール 丹生千賀
蠅たかるただそれだけの八月だつた 野﨑憲子
掌中のほたる師は師であり続け 船越みよ
さわさわと布衣の交わり良夜かな 増田暁子
花火果て薄荷ドロップだけ残る 村松喜代
長老となりし長男田水張る 山本弥生

【5点句】
空に罅入る音してジギタリス 上田輝子
青大将逆光という全長感 大沢輝一
黒葡萄はたと国葬に反対です 大髙洋子
戦するなとはひまわりの花ことば 北村美都子
地下足袋の父は忍者か鬼やんま 佐藤君子
鰍とて反骨の相秩父谿 篠田悦子
蝉の殻防弾チョッキで守れぬもの 芹沢愛子
泣かぬ子と海を見つめていた終戦 田中信克
茄子の馬まだ走るなよはしるなよ 丹生千賀
蜆蝶そうしてそっとわたしの靴 平田薫
五万の墓標ひとつひとつのひまわり 平田恒子
爽やかに母悲します齢かな 福岡日向子
搾乳のだるき温みや銀やんま 藤好良
眠剤依存月夜は海のしずけさ 船越みよ
少年のピアス仄かに蘭の気配 三浦二三子
星月夜地上のロゴス干涸びて 嶺岸さとし
蟻地獄つまらなそうな顔の母 室田洋子
星きらり光年という皮膚感覚 望月士郎
かなかなに呼ばれるときの掌の湿り 茂里美絵

特別選者の選句と講評☆一句目が特選句

【安西篤選】
盆トンボ出来ないものにあるがまま 松本勇二

三代の寝相そっくり烏瓜 西美惠子
遠い戦禍ドミノ倒しに末枯れる 疋田恵美子
師の口調浴びたき渇き晩夏光 小田嶋美和子
少年に激突さるる夕立かな 菅原春み
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子
遺失物にわたしと記す葛の花 竹田昭江
アルバムをにこにこ出でる盆の母 川崎千鶴子
青大将逆光という全長感 大沢輝一
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
反戦論ぶって少女の藍浴衣 上田輝子
  ◇
 〈盆トンボ〉、兜太俳句祭ともなれば、兜太師を偲ぶ句が輩出するのは当然ともいえるが、その生きざまに学ぶという具体的な姿勢を打ち出している句は少ない。「盆トンボ」におのれの追悼の想いを重ねているところもいい。とても真似のできない「あるがまま」の生きざまとは、まさに当を得ている。上五、中下の流れは素直な気分として受け取れる。
 〈三代の〉、ぶら下がる烏瓜の実は、祖父母から三代にわたる寝相のようにそっくり受け継いで。〈遠い戦禍〉、ウクライナの戦禍を想望し、今、末枯れる野の景に、その状況を思い重ねる。〈師の口調〉、兜太師が生前、厳しくも的確な口調で容赦なく指摘された言葉を、今晩夏光の中で、今一度浴びたいものと渇くように求める想い。〈少年に〉、少年が急な夕立の中へ、激突せんばかりの勢いで走り出る。そのひたむきでまっしぐらな姿。〈撃つなイワンよ〉、侵攻する若きロシア兵(イワン)に、撃たないでくれ、向日葵畑のなかには、母がいる。君にもそんな母がいるだろうにと呼びかける。〈遺失物に〉、イメージ上の私としての存在が、いつの間にか見失われて、遺失物として届けるなら、「わたし」と届けたい気持ち。〈アルバムを〉、母の新盆だろうか。思い出のアルバムを繰って、在りし日の母を家族で思い返している。母の写真は、アルバムからにこにこと出てくるかのように、懐かしい。〈青大将〉、逆光の叢から青大将が踊り出てきた。まさにその全長を光の中に晒しつつ。〈小鳥来る〉、母からの手紙は、小鳥のように小さく跳ね回り、誤字いっぱいだが、それこそ母らしい手紙のありよう。それでいいのだ。〈反戦論〉、夕涼みの縁台に集いあう少女たち。その中の藍浴衣の一人が、折からのウクライナ戦争の反戦論をぶっている。素直な心情まざまざ。

【石川青狼選】
反戦論ぶって少女の藍浴衣 上田輝子

この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
朝曇かたみに鬱を分かち合い 安西篤
封切の「ひまわり」君と見し二十歳 黒済泰子
ひとり身の怒りは不発ころんと枇杷 森由美子
むぎわらとんぼ機影に草木靡くよ 川田由美子
とんぼ来て人間もまた水抱く星 中村晋
眠剤依存月夜は海のしずけさ 船越みよ
鰍とて反骨の相秩父谿 篠田悦子
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
恋は疲れます助手席の残暑 梨本洋子
  ◇
 〈反戦論〉ロシアによるウクライナへの侵攻には誰もが衝撃を受けて、平和というものが一瞬に奪われていく理不尽さに怒りを覚えた。掲句の少女も、俄にウクライナ戦争を身近に感じて反戦論をぶっているのだ。すっかり薄らいできた60〜70年代の反戦を声高に叫んでいた時代とだぶらせる作者であるか。平和に包まれている日本の夏の少女の藍浴衣がなんとも象徴的である。あらためて反戦を声に出して論議することの大事さを痛感。
 〈この星の〉〈封切の〉〈むぎわらとんぼ〉なども、ベースには反戦を意識しての自己の思いをそれぞれの形で表現している。特に映画の「ひまわり」の封切の時代背景とウクライナの現状の背景とがリンクしてくる。〈朝曇〉〈眠剤依存〉には現代が抱え込んでいる鬱屈感が語られている。その重苦しさを〈小鳥来る〉の誤字いっぱいの母親像がなんとも底抜けに明るい句で気持ちを楽にしてくれた人生詠。もっともっと明るい俳句が詠める時代になってもらいたい。〈恋は疲れます〉の助手席の残暑感もアンニュイでなるほど感が伝わって来た。恋の俳句にもたくさん出会いたいものだ。

【伊藤淳子選】
白鳥が白鳥呼んでいる遺句集 芹沢愛子

寂しさがふと零れ落ち遠花火 清水恵子
風待ちの港揚羽の高く飛ぶ 大西健司
朝曇かたみに鬱を分かち合い 安西篤
中今なかいまや歩む私と蝸牛 梨本洋子
水時計かの日かのとき群れとんぼ 山中葛子
遺失物にわたしと記す葛の花 竹田昭江
爽やかに母悲します齢かな 福岡日向子
眠剤依存月夜は海のしずけさ 船越みよ
百日紅自粛のもだに耐えており 安西篤
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
  ◇
 特選句〈白鳥が〉遺句集を頂いて手にした時の強い淋しさと懐かしさ。白鳥のイメージが重なって、その鳴き交わす声が水面に響いて、さまざまな思い出をよみがえらせてくれる。
 秀逸句〈寂しさが〉大きな景の中にふと訪れる寂しさがよく感じられる。〈風待ちの〉神奈川県舞鶴あたりの雰囲気が書けている。〈朝曇〉朝起きた時のすっきりしない気分。〈中今や〉中今という言葉の斡旋で一句が成立している。〈水時計〉かつて金子先生とご一緒に中国の博物館で古代の水時計を見た。「かの日かのとき」が心に響く。〈遺失物〉遺失物はまさに私である。同感。〈爽やかに〉母と子の微妙な関係がさらりと書けて魅力あり。〈眠剤依存〉眠剤を使っている人が多いと聞くが眠りにつくときの空気感が感じられる。〈百日紅〉三年にもなるコロナの自粛期間に花期の長い百日紅は良き配合である。〈小鳥来る〉母への愛がやさしい。かつては誤字など書くことがなかった母なのである。

【大沢輝一選】
真昼間の匂い揚羽が死んでいる 榎本祐子

大根蒔くゆっくり回り出す地球 嶺岸さとし
カンナ燃ゆゼレンスキーの窪んだ眼 川崎千鶴子
蠅たかるただそれだけの八月だつた 野﨑憲子
八月忌便器の横に核ボタン 木村寛伸
震災忌言葉ぽきぽき折れやすき 北上正枝
戦するなとはひまわりの花ことば 北村美都子
八月を消えないうちに保存する 野口佐稔
アルバムをにこにこ出でる盆の母 川崎千鶴子
茄子の馬まだ走るなよはしるなよ 丹生千賀
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
  ◇
 〈真昼間の匂い揚羽が死んでいる〉この作品を特選句に戴きました。真昼間に揚羽蝶が死んでいるという不思議な事実。真昼間の匂いとしか言い表わせないもどかしさ。日本人のあの忌まわしい敗戦が甦ってきます。
 〈大根蒔く〉という極上の至福の平和。〈カンナ燃ゆ〉ウクライナへのロシアの軍事侵攻。ゼレンスキーさんの窪んだ眼の映像が印象深い。〈蠅たかる〉今正に蠅がたかっている政治。臭います。時事俳句の一つ。〈八月忌〉意外な場所にある核ボタン。絶対に押したくない。触れたくない核のボタン。〈震災忌〉震災に遭遇しなければ書けない詠めない句。〈戦するな〉ひまわりの花ことば。今わかりました。〈八月を〉八月と敗戦を結び付けたくないが、どうしても日本人を離れることが出来ません。〈アルバムを〉〈小鳥来る〉どちらも母恋の俳句。思慕が溢れる。〈茄子の馬〉「まだ」を見つけた品の良い作品。本当にまだ走るなよはしるなよ、でありたい。

【大西健司選】
恋は疲れます助手席の残暑 梨本洋子

人になる前の我立つ夏怒濤 三浦二三子
寂しさがふと零れ落ち遠花火 清水恵子
この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
花火果て薄荷ドロップだけ残る 村松喜代
星涼しわれら明るき草である ナカムラ薫
カンナ燃ゆゼレンスキーの窪んだ眼 川崎千鶴子
遺失物にわたしと記す葛の花 竹田昭江
鎮魂の長岡花火草匂う 岡村伃志子
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
反戦論ぶって少女の藍浴衣 上田輝子
  ◇
 今回もまた熱気溢れる句が並んだ。そんな中特選にいただいたのが〈恋は疲れます〉という一句。導入部は少し俗っぽいのだが、何より「助手席の残暑」が秀逸。どこかどんよりとした助手席の空気感が恋の行方を暗示しているのだろう。
 また最後まで迷ったのは〈小鳥来る〉。あのしっかりしていた母もいつしか誤字だらけの手紙を寄こすようになっている。その愛しさがせつない。

【川崎益太郎選】
封切の「ひまわり」君と見し二十歳 黒済泰子

向日葵や「ひまわり」はもう開かない 伊藤巌
空蝉は未完の大河コスモロジー 増田天志
血縁の黴兄永らえて孤独 森鈴
菊酒や姥捨て山は宇宙にも 塩野正春
八月やただ幽体として過ぎる 若森京子
満月の鬣となる反戦歌 三枝みずほ
泥舟のいつ来る銀河逃避行 川森基次
八月忌便器の横に核ボタン 木村寛伸
投句てふ生存証明すべりひゆ 黒済泰子
戦するなとはひまわりの花ことば 北村美都子
  ◇
 特選〈封切の〉、その昔、確かに観た映画。喜寿にこんな形で蘇るとは。
 秀逸〈向日葵や〉、向日葵と「ひまわり」は違う花になった。ウクライナの惨事。〈空蝉は〉、空蝉はどこかで生きている。〈血縁の〉、血縁の黴のような兄、憎まれっ子世にはびこる。〈菊酒や〉、宇宙にも溢れる宇宙ゴミ。〈八月や〉、八月は死者、生者等、幽体の行き交う。〈満月の〉、満月に鬣つけてどこへ行く。〈泥船の〉、銀河を逃げようとしても泥船ではね。〈八月忌〉、便器にはボタンいろいろ、間違えるな。〈投句てふ〉、年賀状より投句。〈戦するな〉、新しい花言葉が出来た不幸。
 今年のヒロシマ平和祈念俳句大会でも、夾竹桃はあまりなく、向日葵が何時になく多く見られた。一日も早い戦争の終結を願う気持ちの表れであろう。

【北村美都子選】
鰍とて反骨の相秩父谿 篠田悦子

風待ちの港揚羽の高く飛ぶ 大西健司
満月の鬣となる反戦歌 三枝みずほ
蝉しぐれの声太きありひょっとして 吉澤祥匡
青々と死地ありやませ這い廻る 中村晋
秋の虹無垢の地点に根を降し 立川弘子
白鳥が白鳥呼んでいる遺句集 芹沢愛子
少年のピアス仄かに蘭の気配 三浦二三子
もだという水のさみしさ青鬼灯 伊藤淳子
八月の十指黙ってなにか言う 藤田敦子
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
  ◇
 特選句〈鰍とて〉背景に秩父事件を窺わせつつも諧味を含む一句の表情が、独特の興趣を喚起する。秩父は人々のみならず、谿や、その清流に棲む鰍さえも反骨心を持っているという。一種のアニミズム的把握には、兜太先生へのオマージュの側面もあるような…。
 秀逸句〈風待ちの〉高く飛ぶ、は作者の心意の表象。〈満月の〉前衛映画的。〈蝉しぐれの〉ひょっとして、の言い差しに続く言葉は、兜太先生の声かもしれないとの謂。〈青々と〉みちのくの実態と、その内実の表白か。〈秋の虹〉虹の清浄感に重なる心性の無垢。〈白鳥が〉遺句集の白鳥と鳴き交すかのような白鳥の声…詩的にして切ない。〈少年の〉甘く清らにして仄かなるエロス。〈もだという〉水への視感が新しい。青鬼灯、も効いている。〈八月の〉黙って――言う、の逆説的叙法による八月を思う心の深さ。〈小鳥来る〉母の老いへの寛容が読み手をも和ませる。「お母さん、小鳥が渡って来ましたね!」。

【こしのゆみこ選】
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子

鎌倉は大きな柩蟻地獄 長谷川順子
よく生きて純粋無職稲の花 松本勇二
決めるのはあしたの自分弟切草 三木冬子
白雨ですぼくを象どる僕のシャツ 大沢輝一
糸とんぼ同級生と喪服着て 舘岡誠二
敗戦日パーマネントの客一号 石橋いろり
八月忌便器の横に核ボタン 木村寛伸
青虫の冷たい弾力原爆忌 村松喜代
蜆蝶そうしてそっとわたしの靴 平田薫
炎昼の広場はいつも沼のかたち 尾形ゆきお
  ◇
 ひまわりがウクライナの国花ということから、この「兜太祭」も多くの「ひまわり」が語られている。ひとりでも多くのみんながひまわりを詠んで、ひまわりにまつわる多くの物語を知り、この地球上から戦争をなくしてゆく声となることを願わずにいられない。
 特選の〈撃つなイワンよ〉の句は衝撃だった。このイワンは私たちが知っているロシアの民話『イワンのばか』の朴訥で無欲なイワンだったはずである。そのイワンが銃を構えているのである。我が国日本だって近所の太郎くんや甥の次郎がいつの間にか戦地に送られる時が来るかも知れないのだ。その普通の人が銃を持つ戦争。第二次世界大戦後、ウクライナのひまわり畑には無数の兵士が眠っているという。そのひまわりの咲く畑に私の母やあなたの母が逃げて潜んでいるのだ。それはけして絵空事ではない現実の、家のすぐ近くにある隠れる場所としてのひまわり畑がそこにひろがる。何年か前、果てしなく続くひまわり畑の道をバスで通った記憶と映画『ひまわり』のシーンと重なり、ウクライナの女性がロシア軍兵士に対峙し「あなたが命を落とした時に、その場所から花が咲いてほしい。だから、ひまわりの種をポケットに入れなさい」というエピソードを知ったりして、この句の一語一語が身にしみる。

【芹沢愛子選】
蜩や引き延ばされた僕がいる 高木水志

秋蝶よ屈葬の村いずくんぞ 堀之内長一
黒葡萄はたと国葬に反対です 大髙洋子
夕焼けこやけ国が大きな貌をして すずき穂波
いちにちが旅人であったか向日葵 伊藤淳子
師を慕う世界にひとつの月を見て 高橋明江
ひとり身の怒りは不発ころんと枇杷 森由美子
さとうきび畑ぎりぎりまで遊ぶ 小松敦
つくつくぼうしひりひりと今できること 遠山郁好
眠剤依存月夜は海のしずけさ 船越みよ
狙撃手の心中に洞蚊食鳥 小林育子
  ◇
 特選〈蜩や〉。蜩の声に囲まれた作者。アニメのようなシュールな映像を「僕」自身が俯瞰している構造が新鮮。油蝉とは違い蜩の蝉時雨には浮遊感があり、自分が引き延ばされていくような……。感覚の句。
 〈秋蝶よ〉少し前までは山村などで土葬の風習が残っていた。屈葬は胎児の姿を真似ることで再生を祈っていたとも言われる。村という共同体への原点回帰とも望郷の念とも思える。〈黒葡萄〉「はたと」気付き言語化してみた作者の姿勢はきっと一貫してリベラルなのだろう。〈夕焼けこやけ〉国民が軽く見られている悔しさ。「夕焼けこやけ」で日が沈む国。〈いちにちが〉「一日を旅人のように過ごした」「いちにちが旅人のように自分を通り過ぎて行った」という二つの読みができる。さらに向日葵も旅するようなイメージまで。境涯に傾きすぎず明るい漂泊感が好き。〈師を慕う〉唯一無二と敬愛する師と月を重ねている一途さに惹かれた。〈ひとり身の〉「怒りは不発」がもやもやとした孤独感を良く表現している。わたくし的には「ころんと」が演出的なのでもう少しあっさりさせたい。〈さとうきび畑〉過酷な歴史を持ち今も戦争に一番近いように思える沖縄。「ぎりぎりまで遊ぶ」にただ事ではない命の燃焼を感じる。〈つくつくぼうし〉「ひりひり」というオノマトペが時代の空気を良く捉えている。〈眠剤依存〉入眠剤に頼り自分だけの静寂の中にいる孤独。〈狙撃手の〉「心中に洞」に心が痛む。帰還兵の多くがPTSDに苦しんでいる。

【高木一惠選】
夕焼けこやけ国が大きな貌をして すずき穂波

兜太著に『詩形一本』滝こだま 北村美都子
風待ちの港揚羽の高く飛ぶ 大西健司
青空へ肩で風切る稲刈り機 鱸久子
蟬鳴くや己の呪文抱きしめて 高木水志
草いきれ痩せっぽっちの特攻碑 藤田敦子
長老となりし長男田水張る 山本弥生
蠅たかるただそれだけの八月だつた 野﨑憲子
盆トンボ出来ないものにあるがまま 松本勇二
投句てふ生存証明すべりひゆ 黒済泰子
星きらり光年という皮膚感覚 望月士郎
  ◇
 コロナ禍もウクライナのことも、個人では背負いきれない課題を負わされた感じで、畢竟「国」の存在が前面に出てきます。特選句〈夕焼けこやけ国が大きな貌をして〉はそんな国情また民情をふわりと詠み留めました。上五が導く童謡の「夕焼けこやけ」が世に出たのは関東大震災のすぐ前だそうですが、時代の大波を乗り越えて歌い継がれたのは、懐かしい原郷に繋がるからでしょうか。
 特選に並べたい〈蠅たかるただそれだけの八月だつた〉は原爆忌と断ってはいませんが、被爆者に突き付けられた現実を、「蠅たかる」がずばり象徴しました。止めの「た」を切字とすれば、中七はやや強すぎたでしょうか。〈星きらり光年という皮膚感覚〉昨今、宇宙探査機が伝えてくれる映像を楽しんでいますが、「光年」で数えたら一吹きの生命体だということをつい忘れて、でも極くたまには痛みも感じるわが光年感覚です。

【舘岡誠二選】
「戦はならぬ」兜太師叫ぶ八月の濤 宇川啓子

三代の寝相そっくり烏瓜 西美惠子
背に負いし妹喜寿を過ぐ敗戦忌 野口佐稔
地球儀に焼け焦げ二つ原爆忌 竹田昭江
草いきれ痩せっぽっちの特攻碑 藤田敦子
白鳥が白鳥呼んでいる遺句集 芹沢愛子
親と子の残像として蛍の火 藤盛和子
アルバムをにこにこ出でる盆の母 川崎千鶴子
毀れた戦車と平熱のかたつむり 大西健司
誰も来ぬ葬儀や秋の蝉鳴ける 武藤幹
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
  ◇
 「戦はならぬ」兜太師叫ぶ八月の濤
 ロシアのウクライナへの軍事侵攻は多くの人の命を絶ち、強硬残虐。激しいロシアの攻撃により、ウクライナの子ども一人が泣いて道路を歩いている姿がテレビで何度も放送されたのを見て、哀れで悲しく辛く思った。
 自分は太平洋戦争で叔父二人が戦死した。一人はフィリピン・レイテ島と、一人はマリアナ島であった。小生五歳の時。
 金子兜太先生は南洋トラック島で厳しい戦火の人生体験。この作品は金子先生の平和への思いを十分伝えている。

【遠山郁好選】
青芝に雨降りやすき椅子を置く こしのゆみこ

噴水の穂先の光り二度生きる 藤盛和子
この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
花火果て薄荷ドロップだけ残る 村松喜代
掌中のほたる師は師であり続け 船越みよ
星涼しわれら明るき草である ナカムラ薫
山の老女の手真似涼しき文楽よ 野田信章
甘噛みの秋のいるかはわたしです 宙のふう
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子
もだという水のさみしさ青鬼灯 伊藤淳子
アンバランスな顔ね遠雷を聞きましょう 榎本祐子
  ◇
 特選〈青芝に〉、青芝に雨が降り、その青さが目に沁みる。そして一脚の椅子が濡れている。それだけのことだけど、雨を降らせているのは、「雨降りやすき椅子」という孤独な椅子。なにげない日常のさりげないこと。それを繊細にやわらかく、しみじみと人のせいの営みを感じさせる句。
 〈噴水の〉、金子先生の著書の『二度生きる』に拠る句か。「穂先の光り」が日常の中のさりげなく明るい未来を予感させる。〈この星の〉、今この星で起きている舌打ちしても解決しない諸々のこと。でも木の実が落ちるのは軽い舌打ち。〈花火果て〉、花火が終わった直後の、あのなんとも言えない感覚が、薄荷ドロップを提示してより鮮明に甦る。〈掌中の〉、師に対する想いが蛍を通してストレートに書かれていて惹かれる。〈星涼し〉、われら民は民草であり青人草であるが、「星涼し」「明るき草」と作者の人生を肯定する姿勢に励まされる。〈山の老女の〉、涼しき山国の風景と山ぐにの老女の暮しが生き生きとドラマティックに書かれていて魅力的。〈甘噛みの〉、一句を通して、ほのかに匂うような甘い感じが、なんともいえなくいい感じ。〈撃つなイワンよ〉、イワンやひまわりに象徴される、今の理不尽で許されない、ロシアのウクライナへの侵攻。〈もだという〉、黙を水のさみしさと捉える作者の繊細で犯し難い孤。〈アンバランスな〉、「アンバランスな顔」からピカソの絵の顔、又顔の右と左では別々のことを考えている人の顔など、様々想像できて面白い。遠雷も程よい配合で効果的。

【中村晋選】
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士

この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
渋谷東横屋上遊園地の西日 松本千花
AIに墓場あるのか盆の月 佐藤詠子
草いきれ痩せっぽっちの特攻碑 藤田敦子
蠅たかるただそれだけの八月だつた 野﨑憲子
ひとり身の怒りは不発ころんと枇杷 森由美子
土を蹴る羽抜鶏ですラテン系 加藤昭子
もだという水のさみしさ青鬼灯 伊藤淳子
裸電球背中は一本の廊下 三枝みずほ
狙撃手の心中に洞蚊食鳥 小林育子
  ◇
 今回選をしながら思ったのは、「映像の連鎖」ということ。特選にいただいた〈誤字いっぱいの母〉には、野口英世の母のあの手紙を思わずにはいられない。そして〈木の実〉の「舌打ち」には宮澤賢治の童話的世界。
 〈屋上遊園地の西日〉には、映画「三丁目の夕日」。〈AI〉の墓場からはノーベル文学賞作家カズオ・イシグロの『クララとお日さま』。〈やせっぽっちの特攻碑〉は、なぜか宮崎駿の映画『風立ちぬ』につながった。あるいは吉村昭の小説『零式戦闘機』にも。
 〈蠅たかる〉八月は、井伏鱒二『黒い雨』とか、大岡昇平『野火』とか。〈ひとり身の怒り〉にはひとり身ではなくとも、単なる広報的な毎日のテレビ報道の映像が思い浮かぶ。〈羽抜鶏〉には、いつかどこかで見たドキュメンタリー映画のワンシーンを思い出す。
 〈水のさみしさ〉の映像には、なぜか脈絡なく、小津安二郎『東京物語』的な世界につながり、〈一本の廊下〉からは「戦争が廊下の奥に立ってゐた渡辺白泉」の廊下が見えるような思い。〈狙撃手の心中〉を思うとき、スベトラーナ・アレクシェービッチが記録した女性兵士たちの心に触れる感覚。…というように、かなり的外れな映像の連鎖かもしれませんが、「誤読いっぱいの選者でいい」と、ご海容いただければ幸いです。最後に、他にも採りたかった句が多数あったことを付け加え、筆を擱かせていただきます。

【野﨑憲子選】
兜太亡く雷遊ばなくなりぬ武州 篠田悦子

譜面無きパンデミック晩夏のジャズ 木村寛伸
雨の甘野老あまどころささやくような母の祈り 黒岡洋子
白雨ですぼくを象どる僕のシャツ 大沢輝一
八月やただ幽体として過ぎる 若森京子
カンナ燃ゆゼレンスキーの窪んだ眼 川崎千鶴子
合歓昏れる眠たいときは眠るのです 長谷川順子
五万の墓標ひとつひとつのひまわり 平田恒子
炎昼の広場はいつも沼のかたち 尾形ゆきお
アンバランスな顔ね遠雷を聞きましょう 榎本祐子
踊り子草川音辿れば生家見ゆ 山本弥生
  ◇
 特選句〈兜太亡く〉は、「利根川と荒川の間雷遊ぶ(金子兜太)」を踏まえた作品。師のご存命の頃には、ロシア軍のウクライナ侵攻も、パンデミックもなかった。また雷が遊ぶ地球に戻って欲しいという切なる思いから特選にいただいた。〈譜面無き〉今も第七波のパンデミックの渦中。こうなればもう、コロナウイルスもろともにジャズを楽しみたい心境。〈白雨です〉夕立の中びしょ濡れで立っている光の塊のような少年を思った。今回は、多面的に作品を選ばせていただいた。
 暗雲が世界を覆い尽くそうとしている今だからこそ、言霊の幸ふ国である日本の、「俳諧自由」の精神に則った、他界も現世も、国境も、縄張りもない「いのちの空間」から発する愛語のような世界最短定型詩を強烈に発信してゆくことが、地球を救う何よりの未来風となると、それが師の願いであると強く感じています。
 宮崎斗士さんのお陰様で、兜太通信俳句祭も四回目を迎えました。とても楽しく豊かな時間をありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

【野田信章選】
栃だんご非戦の笑みや草城子 大髙宏允

空に罅入る音してジギタリス 上田輝子
黒葡萄はたと国葬に反対です 大髙洋子
カンナ燃ゆゼレンスキーの窪んだ眼 川崎千鶴子
白鳥が白鳥呼んでいる遺句集 芹沢愛子
青虫の冷たい弾力原爆忌 村松喜代
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子
蟻地獄つまらなそうな顔の母 室田洋子
つくつくぼうしひりひりと今できること 遠山郁好
毀れた戦車と平熱のかたつむり 大西健司
鰍とて反骨の相秩父谿 篠田悦子
  ◇
 八月。日本のいちばん重たい月を経て、兜太祭の作品を拝読する中で〈黒葡萄〉〈カンナ燃ゆ〉の「窪んだ眼」、〈青虫の〉〈毀れた戦車〉〈撃つなイワン〉の直截的な切れ味の句は日本の来し方と行方について問いかけてくる手応えがあります。
 その中で〈栃だんご非戦の笑みや草城子〉の一句はやや鈍刀の切れ味かと読んでいます。「海程」初期から地道に作句を続けて来られた草城子俳句には社会性のある直截的な句は見えず、濃尾平野の一角に腰を据えた土着の眼差しのある句が多い。私もまたその句柄の素朴さに共鳴している一人である。「栃だんご」を前にしての笑みを「非戦の笑み」と言い切ることは草城子の生き様とその実作品に対しての畏敬の念あればこその一句かと存じます。

【藤野武選】
蠅たかるただそれだけの八月だつた 野﨑憲子

花火果て薄荷ドロップだけ残る 村松喜代
滴りの絶滅哺乳類図鑑より こしのゆみこ
少年に激突さるる夕立かな 菅原春み
炎天の転がっているハイヒール 丹生千賀
蟻地獄つまらなそうな顔の母 室田洋子
搾乳のだるき温みや銀やんま 藤好良
爽やかに母悲します齢かな 福岡日向子
もだという水のさみしさ青鬼灯 伊藤淳子
蜩や引き延ばされた僕がいる 高木水志
秋山や草を山ほど刈らねばと 豊原清明
  ◇
 特選〈蠅たかるただそれだけの八月だつた〉は、シンプルな句である。よって読み手はさまざまに想像を膨らますことができる。とはいえ、作者の創作の意志はおそらく強い(当然、趣味的俳句とは違う)。
 「八月」とは、戦争が終わったあの八月のことだと、私は受けとる。ゆったりとした韻律と内容は、戦争を生き残ったという安堵と、国民に死を強いてきた権力が一瞬消え失せた、喪失と自由と解放の思いが入り混じった、どこか捉えどころなき茫洋とした空気感を表現し得ている。そしてまたこの情況は、ただそれだけで満ち足りたものだったのだ。さらに「蠅たかる」映像は、「たかる」蠅と「たかられる」人間の双方ともが、(この権力の空白期に生じた)先入観や偏見の消え失せた純粋な「生きもの」として存在していて、「生きものたちの」本質的な在るべき姿を想起させるのだ。
 「過去」を(その瞬間を)語ってこの句は、「現在」の私たちに、「何か大切なものを失ってはいないか」という問いを、突き付けているように思われる。

【堀之内長一選】
搾乳のだるき温みや銀やんま 藤好良

よく生きて純粋無職稲の花 松本勇二
この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
菊酒や姥捨て山は宇宙にも 塩野正春
蝉の殻防弾チョッキで守れぬもの 芹沢愛子
草いきれ痩せっぽっちの特攻碑 藤田敦子
からすうりの花の夕べは蛇畏れ 遠山郁好
青々と死地ありやませ這い廻る 中村晋
長老となりし長男田水張る 山本弥生
秋の虹無垢の地点に根を降し 立川弘子
蜩や引き延ばされた僕がいる 高木水志
  ◇
 いつもながら迷いつつ、搾乳という題材のもつ魅力に引き寄せられて特選に。この搾乳は機械ではなく、手で絞るときの感触をとらえたものと思う。搾りたての乳は確かに生ぬるい。生きものの体温が伝わってくるのだから当然だが、ポイントは「だるき」である。日常も私の気分も、さらに言えば、日本の酪農を取り巻く状況もいつもだるいなあ、とまで深読みをしてしまう。配された銀やんまの明るさに、かすかな希望を託したい。生活の中から生まれた叙情の句である。
 〈よく生きて〉純粋無職が面白い。この境地、ただ満足だけではない、かすかなニヒリズムの匂いも。〈この星の〉あまり良いイメージのない舌打ちという言葉が現在の気分をとらえる。木の実の落ちる音さえも。〈菊酒や〉姥捨て山もついに宇宙へ。めでたい菊酒だからこその妄想と俳諧味。〈蝉の殻〉直情とはこれか。防弾チョッキでは防げないものに思いを馳せる。〈草いきれ〉痩せっぽっちという捉え方が胸に迫る。すべてが痩せていく。〈からすうりの花〉夏の夕べの幻想、蛇は何の象徴なのか。〈青々と〉やませと聞くだけで北国の夏の荒涼が浮かんでくる。重い句である。〈長老となりし〉長寿社会の喜びとさみしさか。長老という言葉はもう失われたと思っていたが、ここに復活した。〈秋の虹〉虹のもつ象徴性を個性的に表現した。無垢の地点がいい。無垢が失われた世界への鎮魂のようにも。〈蜩や〉引き延ばされた僕はどういう状態にいるのだろう。謎をはらんだ若々しい心身を感じる。
 ほかにも好句がたくさん。「海原」連中の多才な、そして多彩な個性を楽しんだ。宮崎斗士さんのご苦労に感謝しつつ、これからもどうぞ限りなく続けてください。

【松本勇二選】
青虫の冷たい弾力原爆忌 村松喜代

糸とんぼ同級生と喪服着て 舘岡誠二
師の口調浴びたき渇き晩夏光 小田嶋美和子
地球儀に焼け焦げ二つ原爆忌 竹田昭江
長老となりし長男田水張る 山本弥生
栃だんご非戦の笑みや草城子 大髙宏允
投句てふ生存証明すべりひゆ 黒済泰子
秋暑し豆焦がしたりずっこけたり 森鈴
裸電球背中は一本の廊下 三枝みずほ
アンバランスな顔ね遠雷を聞きましょう 榎本祐子
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
  ◇
 特選の〈青虫の冷たい弾力原爆忌〉は原爆忌に青虫を取り合わせ、今まであまり見ない原爆俳句となった。青虫を持つと意外に冷たい、そして弾力が指先から伝わる。冷たさも弾力も原爆と大きく距離があるが、あの無抵抗な様子が戦争に抗えなかった往時と、遠いところで繋がる。兜太先生の「生きもの感覚」の典型となる作品で、忘れていた手法を思い出させていただいた。
 〈投句てふ生存証明すべりひゆ〉の上五中七が言い得て妙である。「海原」などで投句者名を見て「あの人も元気でやっているなあ。」と、確認する様を逆から書いている。季語も生命力を思わせるもので上手く受けている。
 〈栃だんご非戦の笑みや草城子〉は森下草城子氏のことか。全国大会などで、軽妙で必ず笑いを取るお話を、懐かしく思い出させていただいた。栃だんごののっぺりとした武骨さも、風土詠を得意とした草城子氏によく合っている。

【茂里美絵選】
八月やただ幽体として過ぎる 若森京子

譜面無きパンデミック晩夏のジャズ 木村寛伸
哀しみは遅れてきます木洩れ月 遠藤路子
狭き門あり家畜化われに白萩に 高木一惠
遺失物にわたしと記す葛の花 竹田昭江
爽やかに母悲します齢かな 福岡日向子
炎昼の広場はいつも沼のかたち 尾形ゆきお
裸電球背中は一本の廊下 三枝みずほ
蜩や引き延ばされた僕がいる 高木水志
コスモスの海脱皮するわたし 近藤真由美
茄子の馬まだ走るなよはしるなよ 丹生千賀
  ◇
 特選〈八月や〉、「八月俳句」としては異質の光を放っている。霊的なものだけをありありと抱えた虚無感が突き刺さる。
 次に秀逸の寸評。〈譜面無き〉、躍動感の中に潜むパンデミックの怖さ。〈哀しみは〉、上五中七の心情を「木洩れ月」の季語が支える。〈狭き門あり〉、現在の規格化された人間像と植物もまた。〈遺失物に〉、現代性が顕著。意識的に自分の個性を消す。季語もいい。〈爽やかに〉、壮年となり仕事も増え、母の心痛も増える。「爽やかに」がいい。
 〈炎昼の〉、「炎昼」の感覚が以降の言葉で具現化される。〈裸電球〉、一読、無季と思うが気にならない。過重労働を象徴的に表現して見事。〈蜩や〉、柔軟な感性。蜩に対する「僕」の心情が素敵。〈コスモスの〉、とにかく美しい。花の中で脱皮とは。〈茄子の馬〉、明るいようで実は切ない句。盆過ぎの馬に象徴する亡者に投げかける言葉と心。
 全体的に、戦争に関する作品が多かったが敢えて現在只今の、日本の日常(実情)に目を向けた結果の選にさせて頂きました。
 宮崎様、心より感謝致します。

【柳生正名選】
さいさいと流れのありて魂送り 加藤昭子

つまり氷かなんかでできている秋の雲 平田薫
花火果て薄荷ドロップだけ残る 村松喜代
花火の裏でどんな意味にも耐えている 福岡日向子
豆腐屋の奥で首振る扇風機 近藤真由美
兜太亡く雷遊ばなくなりぬ武州 篠田悦子
北海道は鮭の頭だ日本地図 舘岡誠二
秋暑し豆焦がしたりずっこけたり 森鈴
にんげんを脱ぐか空蝉はコスミック 増田天志
つくつくぼうしひりひりと今できること 遠山郁好
蓑虫のたぶららさなり天つ風 松本千花
  ◇
 前回「自戒を込め、失礼を顧みずあえて記す。今回の240句に『停滞』を感じた」と記した。残念ながら、その思いは今回も変わるに至らなかった。兜太を除き「平成無風」と評された俳句界自体、令和も変わらないことと平仄が合うと言えばその通りだが、生の兜太に再見かなわず「雷」も「遊ばなくなった」今、それを理由に現状もやむなしと考えるのは百害あって一利なしだろう。
 かつて中野重治は「お前は赤ままの花やとんぼの羽根を歌うな」と記した。むしろ「たたかれることによつて弾ねかえる歌」を「咽喉をふくらまして厳しい韻律に歌い上げよ」と訴えたのである。
 それは「ひりひりと今できること」を意識的にやり尽くすことに他ならない。「花火の裏」をあえて見て「どんな意味にも耐え」る強さが必要だ。秋に流れを遡る「鮭の頭」と化し、「にんげんを脱ぐ」生きもの感覚と既成概念を捨てた「たぶららさ」を武器とする。「氷かなんか」にすぎない雲や、闇の中で嘗める「薄荷ドロップ」、「豆焦がし」たりもする「豆腐屋の奥」、など、重治のいう「胸先きを突き上げてくるぎりぎりのところ」に立たねばならない。
 それが、この八月も秩父に戻り、海原の今を見て、此岸に後ろ髪引かれる(前髪はない!)兜太の魂を「さいさいと流れ」に乗せ、他界へ送り返す力となる―そう思いつつ、この稿を記している。

【山中葛子選】
青々と死地ありやませ這い廻る 中村晋

哀しみは遅れてきます木洩れ月 遠藤路子
白雨ですぼくを象どる僕のシャツ 大沢輝一
巨星なき世は漂泊のマスクして 立川弘子
「戦はならぬ」兜太師叫ぶ八月の濤 宇川啓子
からすうりの花の夕べは蛇畏れ 遠山郁好
アガパンサススキキライスキ片思い 松田英子
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子
戦するなとはひまわりの花ことば 北村美都子
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
ヤカンはピーと泣き叫ぶ月もまた 大渕久幸
  ◇
 特選句〈青々と〉生と死が共存する自然界の姿を目の当たりにする「青々と死地あり」のインパクト。稲作などに悪影響をもたらす「やませ」の吹き寄せる勢いがなんとも不気味です。
 秀逸句〈哀しみは〉戦争の悲惨さが時を経てみえてくるような「木洩れ月」の妙味。〈白雨です〉の比喩のあざやかさ。「ぼく」が透けて見えてくる、びしょ濡れの「僕のシャツ」が新鮮。〈巨星なき〉定住漂泊の日々を生き続けるコロナ禍のただ今。〈「戦はならぬ」〉兜太師の存在感そのもの。〈からすうりの花〉白蛇の化身を思う、幻想的な情景に魅せられます。〈アガパンサス〉カタカナ表記の語感をたどる片思いがすてき。〈撃つなイワンよ〉ひまわりといえばウクライナ。イワンを登場させた物語に癒されます。〈戦するなとは〉思わずも説得させられる「花ことば」の暗喩。〈小鳥来る〉認知症のはじまっている母への愛がうれしい。〈ヤカンは〉劇画の一コマを思うドラマチックな映像力。
 秋の「兜太通信俳句祭」の交流は、コロナ禍と戦争の世相を共有するなかでの、俳諧自由の無限の魅力をいただく感謝でございます。

【若森京子選】
にんげんを脱ぐか空蝉はコスミック 増田天志

よく生きて純粋無職稲の花 松本勇二
この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
哀しみは遅れてきます木洩れ月 遠藤路子
菊酒や姥捨て山は宇宙にも 塩野正春
師の口調浴びたき渇き晩夏光 小田嶋美和子
八月忌便器の横に核ボタン 木村寛伸
震災忌言葉ぽきぽき折れやすき 北上正枝
青大将逆光という全長感 大沢輝一
眠剤依存月夜は海のしずけさ 船越みよ
恋は疲れます助手席の残暑 梨本洋子
  ◇
 特選句〈にんげんを〉人生の中で幾度か考える葦である人間を止めたい時があった。空蝉を見て「にんげんを脱ぐか」の生の発語が生まれたのであろう。下句を軽いリズムで流しているが深層は解放感。
 〈よく生きて〉長く生きてきて達観した心境。”稲の花”の季語が効いている。〈この星の〉切り口よくコミカルに一句を上手く詠んでいる。〈哀しみは〉人間の心理を突いて”木洩れ月”に哀感が溢れている。〈菊酒や〉新しい姥捨て山に菊酒で乾杯。イロニーが効いている。〈師の口調〉問題多い現在、兜太先生の御意見の口調が実に懐かしい。聞きたいものだ。〈八月忌〉いよいよ核が身近に迫ってきた実感がある。〈震災忌〉震災忌になると言葉の虚しさを思う。ぽきぽき折れる、が上手い。〈青大将〉立派な青大将が眼前にいる。”逆光という全長感”の言葉の斡旋が巧み。〈眠剤依存〉眠剤依存者の多い現代。月夜の海の静けさは古代より続く。この二つのフレーズの合体が上手い。〈恋は疲れます〉現代人のアンニュイな恋愛関係を上手く一句にしている。
 御世話される宮崎氏は大変でしょうが、海原の一体感を思う唯一の行事となりました。ありがとうございます。

◆その他の参加者(一句抄)

ひまわりをたんぽぽとよぶああ自由 石川青狼
一湾の大皿やなみなみと秋 大上恒子
父五十回忌の年母日記買う 小野地香
英雄のぱらぱら漫画竈馬跳ぶ 桂凜火
感傷に青い詐欺で飛び立った 葛城広光
これがまあ天の裁きか雷二発 川崎益太郎
汗汗汗整備の道を登山靴 後藤雅文
嫁姑謀略隠す合歓の花 齊藤邦彦
国葬や「万引き家族」のおとむらい ダークシー美紀
ハトロン紙解けば鉄炮百合百本 鳥山由貴子
苗床に漢愛かけまるで吾子 中野佑海
ゼレンスキー明るいTシャツ着るはいつ 野口思づゑ
本棚の兜太著の本五月風 平山圭子
ゆっくりとゆるす正眼蟬しぐれ 深澤格子
門火美しぎゅっと手を握りし子 藤野武
友癒えてゆく花合歓のグラデーション 三浦静佳
撃つ撃たれることのあはひに枇杷を剝く 柳生正名
折合いの自在はかなし秋茜 山下一夫
蒲の穂は誘いの風にも振り向かず 横田和子
居心地は母の心得夏了る 横地かをる
駆け落ちのふたりとなりぬ白日傘 渡辺のり子

《参考》兜太通信俳句祭の高点句

◆第1回 2021年春のベスト5
不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝
記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
つちふるや折目の傷む世界地図 三浦静佳
ぶらんこを乗り継ぎいつか星になろう 竹田昭江

◆第2回 2021年秋のベスト5
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名

◆第3回 2022年春のベスト5
感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
あやとりの橋を来る妣ぼたんゆき 北村美都子
臍の緒の続きに母の毛糸玉 河西志帆
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子
すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子

第4回 海原金子兜太賞

『海原』No.43(2022/11/1発行)誌面より

第4回 海原金子兜太賞

【本賞】
望月士郎 「ポスト・ヒロシマ」

【奨励賞】
ナカムラ薫 「砂の星」
三浦静佳 「鄙の鼓動」

 第4回「海原金子兜太賞」は、応募作品50編の中から、上記三作品の授賞が決まった。
 応募作品数は、本年も前年よりやや少なかったのだが、どの作品も大変充実したものであった。三年に及ぶコロナ禍の終息が見えない困難な状況の中で、逆にテーマと構成の選択に磨きがかかったようである。本賞の決定も伯仲した。詳細は、選考座談会をご覧いただきたい。
※選考座談会および選考委員の感想は『海原』本誌でご覧ください。

【本賞】
望月士郎 「ポスト・ヒロシマ」

駅前に炎昼一本立っていた
旅という夏の帽子のかげぼうし
疑問符のかたちにみみず干乾びて
人鳴りの街たそがれて浮人形
窓の蛾の裏の細部の地方都市
かたつむりのののの旅の夜の枕
蝉時雨一分の一の地図歩く
ドームとは頭蓋のかたち百日紅
炎天に人差指の出て暗転
一瞬のトカゲの夏を瑠璃少女
永遠に遅刻の少年雲の峰
前方に溶け出すアイスキャンデー屋
日傘は今も手を振っている無人の橋
水水母この辺はもう死後ですか
風死して巨象の脚のエンタシス
黄の青の黒の合掌アゲハチョウ
ヒロシマ以後ひとりに一つずつ玉繭
ヒトという仮説が立ったままヒロシマ
ヒロシマやポストに重なり合う手紙
旅人のからだの上を蟻歩く
ブルーハワイの舌を見せ合う終戦日
8月の∞の形の輪ゴムかな
戦争がトイレのスリッパ履いていた
鯵の目の充血してる亜細亜かな
ゴジラ対ガガンボという可能性
白玉に関するフェイクニュースかな
空蝉が背中に爪を立てている
どの窓も殺意やさしく大西日
白靴の靴底にある現在地
ヒロシマ暦2400000000秒経過

【奨励賞】
ナカムラ薫 「砂の星」

あらたまのぷるんぷるんとぷるめりあ
龍のひげ胸ゆるやかに息をする
立春のとてもやわらかいくしゃみ
うぶごえがある人類白い歯で眠る
絵を踏めり蛙にされてしまう前
水草生う眼鏡ふくたびに死人
据銃する指ことごとくたんぽぽに
地の灰は未生のさくらかもしれぬ
ちりとりの花の柩車の擦過音
柳絮飛ぶ記憶灯しにゆくのです
ほうたるに耳をかまれし夜明けのこと
耳奥にいつか哀しくなる金魚
うずくまる身体ついばむ風鈴は
引き潮をわしづかむものに炎帝
グラジオラス手負いの鳥を鳥が喰う
うっとりと午後の火を吐く黒ダリア
小鳥来る野の一切のあかるさへ
白式部密猟の発砲音かもしれぬ
滅びたるのちも虫飛ぶ虫走る
銀皿に桃の匂いの屍かな
つみびとの仔馬の生に水澄めり
後の月海を黙読するように
星月夜貝の砂吐く星にいて
冬虹になるはずだった水薬
鮟鱇ぞきゅうんと光る潜水艇
戦争見る我家でごはん食べている
ワンタンの熱しようっかりと死んだ
慈善鍋みんな小さく手を振るよ
ぽこんぽこんぽこんぽこんみなフェイク
凍雲のあとかたもなく去り狂気

【奨励賞】
三浦静佳 「鄙の鼓動」

朝顔の芽が出た鳥語飛び交うよ
花の冷え乳腺検査のBGM
春の雨夫に卵を手渡せり
赤子這い出でよ桜の羽後であり
産声の赤んぼ赤い花りんご
春田打診察待ちの鼾あり
猫の恋平に謝る人違い
風の口笛青鬼灯を大きくす
虹うっすら家が更地に還る音
まなうらに生家の欅遠郭公
乱気流かな青葉の桜にチェンソー
妻の小言白鷺は聞かぬふり
古稀近し太ったズッキーニを炒め
耳をふさげば亡き父の祭笛
外干しの白シャツのようだと言われ
昂りを鶴に折り込むアンタレス
仮縫いのV深き背な青あらし
モンスター棲みつく我が身滝しぶき
朝刊をひらくはレタスの食感
蛇ざざと不意にWi-Fi途切れたる
秋風鈴白ばかりとも言えぬ過去
音叉をこつん色鳥の渡り来る
葬列は黄泉へのとびら威し銃
喪服のまま残暑の部屋に座したまま
片言のピアノ喪明けの九月です
畑仕舞い夫の唄うイエスタデイ
ひとりもいい枕にひびく虫の声
白鳥飛来パン捏ねるパン寝かす
湯たんぽがたぽんと二つ姉妹
裸木やショパンの声を検索す

◆全応募作品から選考委員が選んだ推薦10句

応募50作品から、選考委員が推薦する10句を選出した。各選考委員が候補に挙げた五作品を除いて選出している。

安西篤
浮巣漂い方舟疾うに喪失す 1「怒りの夏」
ふわりきてすかんぽかんで自由人 2「あげひばり」
母音籠りつつ白桃の剥かれをり 4「ダレカ」
ト書には「佇む」とのみ春芝居 5「漂民」
片言のピアノ喪明けの九月です 14「鄙の鼓動」
蛍一頭逃散のあった村 19「闇を見る視力」
神々が鼓打ち出す樹氷林 30「木の国」
一面のひまはり畑どこかに銃 34「なぜ河馬か」
「ただいま」「おかえり」と爆忌の夕焼け 40「七十七年」
リラ冷えやいつも通りにてぶらかよ 47「手ぶらかよ」

武田伸一
繰り返すにんげんの影風の盆 4「ダレカ」
蛍火や「撃て」と言はれて撃つてをり 6「僕は色々」
旅人のからだの上を蟻歩く 9「ポスト・ヒロシマ」
預かりし銃手に馴染む夏の月 17「夏」
秋の蝶さかのぼるバンザイクリフ 19「闇を見る視力」
傷口のうすきつっぱり冬木の芽 27「私はわたし」
身ほとりに紡ぎの地蔵二日月36「FRAGILE」
八十の歯固め上八本下十本 40「七十七年」
骨焼けば粉雪まぶすよう色白に 44「晩夏光」
恥ずかしい戦争ややこしい夏の風邪 49「足」

田中亜美
北風よゴリラのドラミングは犀へ 3「どうぶつヶ丘」
虹うっすら家が更地に還る音 14「鄙の鼓動」
本伏せて揚羽迎へる中二階 17「夏」
風死すや瑕なき赤の上に赫 22「或る画家」
オルゴールの「菩提樹」地蔵涼しげに 24「雨宿り」
幻獣シメールのほろびてのちの夏の霜 29「ゆめを狩る」
心渇く夜のスープにパセリ浮く 32「生きのびる」
あらたまのぷるんぷるんとぷるめりあ 39「砂の星」
半仙戯の取りっこ鳥獣戯画の昼 41「ご近所」
エンジン切る雪の降り始める場所だ 47「手ぶらかよ」

堀之内長一
流れ星旅は奈落の白枕 2「あげひばり」
外干しの白シャツのようだと言われ 14「鄙の鼓動」
倒れても死しても取れぬマスクかな 23「アベは許さない」
幻獣シメールのほろびてのちの夏の霜 29「ゆめを狩る」
日の鷹の大きなメビウス寒波来る 30「木の国」
あざやかに飛ぶ日もあろう毛虫放る 34「なぜ河馬か」
青葉闇容あるまま人暮れる 37「啾啾」
狼が目で息をする木下闇 42「紫陽花に」
帰るとはどこを言うのか羽蟻の夜 43「偶感」
恥ずかしい戦争ややこしい夏の風邪 49「足」

宮崎斗士
ヒトという仮説が立ったままヒロシマ 9「ポスト・ヒロシマ」
ひとりになると耳の底から蛇の音 10「解熱剤」
囀りの真中に空を映す匙 21「水風船」
絶筆の目玉が乾く雁渡し 22「或る画家」
虹かかる微笑み消えし母の空 26「無何有」
戦語らぬ父の裸に火の翳り 27「私はわたし」
さくらんぼ座敷童子と分けている 42「紫陽花に」
帰るとはどこを言うのか羽蟻の夜 43「偶感」
積もらぬ雪今生の母の爪を切る 44「晩夏光」
吊革に見覚えのない右手かな 47「手ぶらかよ」

柳生正名
囁きはサイダーとのみ戦死せり 1「怒りの夏」
凩をあらよスッカリ象のうんこ 3「どうぶつヶ丘」
レム睡眠爆破されたる蝶の基地 5「漂民」
戦争がトイレのスリッパ履いていた 9「ポスト・ヒロシマ」
ジャングルジムの天辺という枯野 19「闇を見る視力」
「再見」の行方知りたき兜虫 23「アベは許さない」 
ぼうたんの骨軋むまでひらききる 29「ゆめを狩る」
耕して耕して牛売られゆく 33「戦あるな」
蓮は実にいよよ一人の箸を置く 37「啾啾」
狼が目で息をする木下闇 42「紫陽花に」

山中葛子
八月の自画像どれも口を開け 22「或る画家」
倒れても死しても取れぬマスクかな 23「アベは許さない」
ぼこぼこの大やかんごくごく麦茶 26「無何有」
私はわたし仮面かぶって野のすみれ 27「私はわたし」
要塞のタンポポ敵を撃つ少女 32「生きのびる」
×印また×印 夏了る 35「デモの明日へ」
五月来る赤ちゃんの匂いあなたの匂い 37「啾啾」
ウルトラマン助けて麦秋の国 38「ウルトラマン助けて」
戦争見る我家でごはん食べている 39「砂の星」
徘徊やふわっと羽織る土筆の野 41「ご近所」

◆候補になった17作品の冒頭五句〈受賞作を除く〉

1 怒りの夏 茂里美絵
それぞれの国旗の汚れ聖五月
万緑が喰われてしまう夢を見た
無力なる手をぶらさげて怨の夏
照星のぴたりキーウの夏へ向く
家族写真燃え尽くすなり大夕焼け

4 ダレカ 小西瞬夏
母音籠もりつつ白桃の剥かれをり
逆光や青き蜥蜴の顎乾き
熱の日の息荒々し造花の薔薇
いつまでの指の湿りや繭を煮る
ほろほろと真昼吾を打つ蝉の尿

8 「し」のこと。 有馬育代
格子なき七日の空の狭きこと
寒し寒し座敷わらしは暇乞ひ
カロートへ光ひとすぢ春隣
バレンタインチョコ配らるる独房に
啓蟄の浸潤さるるものの声

10 解熱剤 松本千花
石を蹴る少女ときどき寒気して
向こう岸茅花一本ずつ暮れる
眉うすき少女を招く夜の梅
見知らぬ香り水殿に目覚めれば
ひとりになると耳の底から蛇の音

11 文字摺草 稲葉千尋
桜花滅びつつあるわが星よ
花の影鳥類親し四人かな
長崎よりカステラ届く花の昼
お遍路と同じ青春18切符
蓮華草仔牛の舌のぬめりたり

19 闇を見る視力 渡辺のり子
白鳥帰る体内のふかい淵から
愛憎の骨きしむ音雪解川
さくらさくらバベルの塔へ天上へ
屋根裏の野望めざめる朧月
紫木蓮雨天ときどき鬼子母神

29 ゆめを狩る 山本掌
白馬あおうまよかすみの海を駆けて来よ
寂寥を白木蓮はねむらない
かげろうのあなたこなたとたわぶれて
あかつきの蝶の重心かたむけり
白色白光びゃくしきびゃっこう白蝶の夢を狩る

30 木の国 十河宣洋
鶴唳こだます木の国深く眠り
冬天深し鶴唳伸びても伸びても
日が高し空青し広し鶴唳す
雪揺りこぼす人体も梢も冷え
野の冷えも夕日も川も我が生国

35 デモの明日あしたへ 田中信克
デモそっと耳輪を揺らす南風
告白の朝白無地のプラカード
君らの夏と潰れた虫の体液と
デモに黒南風寄り添うように泣かぬように
ならぶ向日葵ならぶ瞳とねむたい俺

40 七十七年 西美惠子
八十の歯固め上八本下十本
寒暁や間欠泉の五分おき
夫恋ふやまっすぐ流す寒の水
山峡の空を殖やすや雪蛍
犬ふぐり空の昏さを疑ひぬ

41 ご近所 鱸久子
あざ袋に独り茂るよ野生桑
嘗て蚕飼野生の桑は独り法師
夏立ちぬ野生の桑の逞しき
雲の峯畑の隅の野生桑
夏の地蔵野生の桑を従うる

42 紫陽花に 大池美木
遠くから来たのね子猫拾いけり
連翹や眠たき午後に満ちている
春泥の重きは妊りの重さ
竜天に登るゲームしか愛せない
神戸には海側山側三鬼の忌

47 手ぶらかよ 小松敦
白長須鯨の背中月曜日
遠雷やショートホープの箱は空
看板に聖書の言葉影短か
永遠に学園祭の前夜かな
灯台光四つ頷き眼を開く

49 足 河西志帆
行き先をまだサンダルに告げてない
かき氷不器用な匙立ててある
ハンカチを上手に落とせないおんな
ふらここや何人目までが親友
蛇の衣半鐘叩くに足が邪魔

◆応募作品の冒頭三句〈受賞作・候補作を除く〉

2 あげひばり 永田タヱ子
あげひばり空の網から逃げられず
掌の命の鼓動姫蛍
風と来て風と逝きそう五月尽

3 どうぶつヶ丘 藤好良
こんな秋三百円のどうぶつヶ丘
ホモサピエンスほかみな赤裸せきら秋の丘
犀の角丘の秋思か祖国を嗅げば

5 漂民 川森基次
密猟の象牙どうなる春は曙
出奔の長いシナリオ雪解川
浮氷手の鳴る方へ射す光

6 僕は色々 藤川宏樹
はき初めしジーンズ染むる冬怒涛
その中にキラキラネーム浮寝鳥
北斎の波濤ジュワッと強炭酸

7 春光のスカート 中野佑海
探梅のこめかみ太陽はアート
陽炎になる前の子に卵焼き
水切りや着くたび風を秋にして

12 沐浴 葛城広光
四迷忌に虫歯が飛ぶ程驚いて
ユーチューブ謝りますと裏表紙
晩夏光始まり薄く霧の中

13 透明なペン 大髙洋子
抽斗に父の明朝みみず鳴く
青田波一枚巻き貝のことば
青嵐もののりんかく薄くする

15 麦 後藤雅文
静かさや谷に三寺の除夜の鐘
過疎谷の従兄弟住職松の芯
飛び石の猫の目回る鴨回る

16 ハッカ飴 森由美子
若き日の恋のひたすら夏燕
ゆらゆらと遠い蛍を追ってみる
真夏日の遮るもののない天地

17 夏 淡路放生
遠近法無視して少女夏に産む
市電の運転手だった父は黄菅
斑猫の連れ出す養父養母かな

18 川のほとり 黒岡洋子
ようやくにあらぬほうより鳰の首
水面の残月ゆらす一と鳴きかいつぶり
黎明破る水鳥の声吾は二度寝

20 兵帽 木村寛伸
啓蟄の傷跡だとか邪気だとか
囀りや言わざる者たちの堕落
火を越えて闇にまぎれて鳥帰る

21 水風船 藤田敦子
おちつかぬ国に無花果割れはじむ
柳絮飛ぶ対岸を飛ぶ群星訃
覚悟などないよ蛇穴出るとき

22 或る画家 根本菜穂子
放浪の画家を打ちたる青胡桃
外つ国の乾いた風に画架を据え
西日なか画題は村の酔っぱらい

23 アベは許さない 川崎益太郎
国境は誰が決めるの蟻の列
檜扇を吹き来る風の胸騒ぎ
死してなお許さぬアベよ黄泉の蝦蟇

24 雨宿り 大髙宏允
神鳴だろうか駅頭の閃光は
雷光の野外劇場めく広場
缶ビール落ちて笑って踏まれけり

25 うららけし 岡村伃志子
一度だけ聴いた講演うららけし
芝桜言葉削りて武甲山
まんず咲く常盤万作青鮫忌

26 無何有 増田天志
てのひらの水は生きもの晩夏光
風薫る木馬座やっぱり天夜叉よ
ぼこぼこの大やかんごくごく麦茶

27 私はわたし 船越みよ
梟やほころび直すよう悼み
花柊人は逝く日を選べない
自堕落を決め込んでいる大海鼠

28 四十五年の蜥蜴 豊原清明
いつもの如く落ち葉の山に座る朝
冬の余白の唇の鳴る昼おにぎり
肛門開けて痔の快の薬局に心冬落ち葉

31 今日の些事 小野地香
弓構える正射必中の淑気かな
矢を放つ残心夢想風の花
山眠る窶す赤穂の士にも似る

32 生きのびる 桂凜火
口喧嘩水っぽい朝の黄水仙
春の水秘めごと啄むよう小鳥
水の匂い内緒ですけど鳥の恋

33 戦あるな 上野昭子
梅二月他界より俳句還り来
鶴帰る戦の国へ二十八羽
北帰行領海越えゆく鶴家族

34 なぜ河馬か 石川まゆみ
いらいらが速さに出てるその扇子
ファラオらの真夏のツール白い歯は
袋角どうも削りたがる歯医者

36 FRAGILE(壊れ物注意) 石橋いろり
トラック島の沁みこむ軍服夏来る
壺春堂今と昔の時間軸
秩父山影はる生きてこそ白木蓮

37 啾啾 北上正枝
旅立ちの背を押すように除夜の鐘
元朝の空ぽっかりと落とし穴
嚏ひとつ人の情けに近くいる

38 ウルトラマン助けて 川崎千鶴子
初梅へどこまでも身をそらす
凍る地下嬰児は丸い欠伸して
鳥帰る砲火に捲かれ家焼かれ

43 偶感 佐藤詠子
雨後の道シロツメクサが酔っている
サバ缶は自愛の重さ夜半の夏
錯覚のままの日常蜘蛛の糸

44 晩夏光 増田暁子
木の葉髪もつれる糸のまだ有りて
蝋梅や聖旨の母の自然体
冬空や煙三筋に別れ告げ

45 惑い 清水恵子
リフレイン伊予柑よりも君が好き
半世紀生きて春の雪の惑い
母入院気まずい父との春の夜

46 不眠の石 山本まさゆき
戦役やがらんどうの夏が立つ
ライオンの鬣白き立夏かな
アマリリス疫病の棲む化粧台

48 スイツチバツク 深澤格子
シロフオンのドミソドドミド風の春
春の雨シフオンケーキのよるべなさ
マクドナルド春愁を食ぶ大真目

50 茶坊主 齊藤邦彦
真夏日や賽の河原の愚か者
男鹿山にZを描く飛燕かな
とつくりの作業着今朝は衣替

『青草 SEISOU』佐孝石画句集

『青草 SEISOU』佐孝石画句集

この道は夕焼けに毀されている

第一句集。「映像としては、道が毀れるくらい激しい夕焼け、それだけなんだ。しかしその激しさだな、それを「毀されている」と書けたというのは、佐孝の若さだ。激しい孤独もあるわけで、これから人生の境目の第二段階に踏み込もうとしている感じがある」(金子兜太「序に代えて」より)

■発行 俳句同人誌「狼」編集室
■頒価 二二○○円(税込)
■著者住所 〒910‐0002 福井県福井市町屋三―七―一

第4回海原賞

『海原』No.42(2022/10/1発行)誌面より

第4回海原賞

【受賞者】
 川田由美子

【選考経緯】
 『海原』2021年9月号(31号)~2022年7・8月合併号(40号)に発表された同人作品を対象に、選考委員が1位から5位までの順位をつけ、選出した(旧『海程』の海程賞を引き継ぐかたちで、海程賞受賞者は対象から除外した)。
 得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、川田由美子への授賞を決定した。

【受賞作品抄】

草の風 川田由美子
断層ですかえごの花降る街明かり
着水ひそか泰山木の花さがす
とうすみ蜻蛉ちちははふふむ草の風
薄紙の崖の揺れあり野かんぞう
崖のぞく刹那や夜濯ぎの渦
黒ぶどういのちのぐるりいくさあり
てのひら肩幅私の寸法の秋草
ガラス磨るさびしさの芯ちちろ虫
密やかに母語浸しゆく赤のまま
けはひ皆落とし物かな秋日向
サフラン摘む祈りのように爪切る音
人訪わぬを疲れというよ龍の玉
山茶花の薄く住まうとこのあたり
冬青草遊べば撓む地の音も
野の心さらさら掬う春隣
雪割草ひさかたという一隅を
戦火の人ら眦に風溜めし春
しっかり呼吸巣箱に粗漉しのひかり
つつがなし母たなびきてはるじおん
擬音とは産土の声春落葉

【候補作品抄】

蛾の眼中 内亮玄
身籠るや人肌ほどに春の山
人は去りとっぷり蛙暮れにけり
空堀の風まだ寒し猫盛る
半眼の蛇真っ黒な身を絞り
苛烈なる陽射しを斬って夏燕
湧き起こる妬心もあろう雲の峰
虹消えて乳房に青き蛾の眼
首筋を鈍く打ちたる蝉時雨
枝涼しげ花涼しげに百日紅
深爪や外はみっしり雪が降る

花より淡く 横地かをる
山の辺のほたるぶくろを母とする
完璧なかたちがひとつ蛇苺
どこまでも母手を振りぬかなかなかな
純粋になりシラタマホシクサに並ぶ
小鳥来るひたすら旅を言葉にす
霧晴れて手足やさしくして歩く
柊の花より淡く母居たり
感情は冬の翡翠ホバリング
感情のしずかなる距離小白鳥
ふるさとは只ふかぶかと春の闇

白シーツ 藤田敦子
犬逝くや芽吹く一樹を墓標とし
友情はできそこないの春の泥
こんなにも五月の緑出棺す
しゃべるだけしゃべって帰るねぎ坊主
被爆樹のてっぺんかすめ燕来る
驟雨去り寄港のごとく靴並ぶ
夏燕湧くや生家の閉ざされて
人体を拡げるように白シーツ
穏やかな断絶もあり注連飾る
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ

星がシュルンと 河原珠美
念力はなくてもよろし春の蛇
端居して布教のように猫自慢
父呼べば枇杷色の明りが灯る
文書くは桜紅葉の甘さかな
駆け出せば木の実降るよう追われるよう
星がシュルンとモミの木の入荷です
小春日が大好きなんだ鳶の笛
君の部屋やさしい獣の巣のように
戦あるな春の言葉が見つからない
花びらやひねもす揺れている私

鬼遊び 三枝みずほ
舟となりゆくいちめんの芒原
世界中の時計を合わすつめたい手
つぶやきをAIききとってうさぎ
十二月八日火の芯となる折鶴か
おしまいのつづきは胡桃に入れたよ
うさぎまっすぐわたしを抜けて雲
鬼遊び冬木は息を継ぐところ
りぼんほどけゆくよう空耳の昼
お日さまにくちびる見せよ春の子よ
帰れない町の心音さくら満つ

【海原賞選考感想】

■安西篤
①川田由美子 ②横地かをる ③中内亮玄 ④竹田昭江 ⑤伊藤巌
 今年は、上位及び順位を大幅に入れ替えた。賞の性格上、力量の安定感を重視しつつも、上昇傾向と内実の熟成度のバランス感を測ることに努めたからである。
 一位、川田由美子は、すでにヴェテランの領域にあり、今更の感もあったが、〈戦火の人ら眦に風溜めし春〉〈ほろとす襤褸のひかり枇杷の花〉等、この一年社会性を加えて一気に加速し、確たる存在感をみせた。
 二位、横地かをるは、地道な感覚の積み上げに揺るぎない抒情を醗酵させた。〈爪先立ちのくるりくるり沢あじさい〉〈感情は冬の翡翠ホバリング〉。
 三位、中内亮玄は、例年候補に上げながら今一つ上位には力不足かと思いつつ、やはりその実績に若さからくるパワーと新鮮さを感じた。〈春うらら人の丸めた山河かな〉〈賑やかでまったくひとり紅葉山〉。
 四位、竹田昭江は、詩的抒情性を映像的に構成する技に長けている。その技が情感に溶け込むと支持が広がるだろう。〈自画像に寒紅すっと引きにけり〉〈春の日の屈折率を恋という〉。
 五位、伊藤巌は、昨年に続く老々介護の日々を、なんのてらいもなく真率な自己表現で押す。そこに「実ありてかなしび添うる」ものを感ずる。〈密に触れし妻の日常天の川〉〈妻の「幸せ」聞く幸せや柚子の風呂〉。
 ほかに、董振華、北上正枝、鱸久子、伊藤雅彦、河西志帆、藤田敦子、望月士郎、楠井収、石橋いろり、伊藤幸、黒岡洋子、清水茉紀、木下ようこ、河原珠美、すずき穂波等に注目。

■石川青狼
①川田由美子 ②横地かをる ③三枝みずほ ④望月士郎 ⑤マブソン青眼
 コロナ禍にロシアのウクライナ侵攻で世界情勢が一変した。なかなか先が見えない時代だが俳句の「声」を聞きたい。
 一位の川田は〈とうすみ蜻蛉ちちははふふむ草の風〉〈てのひら肩幅私の寸法の秋草〉の柔らかな感性の表出を推す。
 二位の横地は〈若葉山木の名鳥の名言い合えり〉〈不器用な雨脚をもつはたた神〉の静かな調べに骨太の詩情がある。
 三位の三枝は〈書き続けるペンがあばらを砕く〉〈鬼遊び冬木は息を継ぐところ〉の自己との葛藤が表現されていた。
 四位の望月は〈ががんぼの脚とれ夜が非対称〉〈プールより人いっせいに消え四角〉の対象を切り取るシャープな視線が新鮮であり、注目の一年であった。
 五位のマブソン青眼は〈プーチン君威嚇ではさくらは咲かぬ〉〈切株や戦死者靴を天へ向け〉の理不尽な戦争への直なる叫びや思いの丈の声を推す。
 選外となったが、田中信克、藤田敦子、董振華、清水茉紀、石橋いろり、新野祐子、松井麻容子、桂凜火、三世川浩司、豊原清明、さらに北海道の佐々木宏、北條貢司、笹岡素子、前田恵等に注目した。

■武田伸一
①川田由美子 ②加藤昭子 ③中内亮玄 ④三枝みずほ ⑤横地かをる
 川田由美子を躊躇なく一位に推す。昨年も期待の作家として名を挙げたが、安定感抜群。いや、単に安定しているだけではなく、〈野の心さらさら掬う春隣〉〈人訪わぬを疲れというよ龍の玉〉などに顕著なように、作者の内面世界を具体的に読者に展開して見せるところに著しい進歩がある。二位には、昨年と同じく加藤昭子を推す。独特の風土詠と肉親を詠っての作品は他の追随を許さぬところだが、〈ぞくぞくと冬芽哀しみは未だ半端〉〈弟に駆け落ちの過去目張り剥ぐ〉などと、厚みを増す作品から目を離せない。三位には、昨年からワンランク上がっての中内亮玄〈つぎはぎの重い空から雪の花〉。四位には、瑞々しさに加え詩域を拡げつつある若手期待の三枝みずほ〈鬼遊び冬木は鬼を継ぐところ〉。五位には安定感抜群の横地かをる〈感情は冬の翡翠ホバリング〉。
 惜しくも選外にせざるをえなかった伊藤巌、河西志帆、望月士郎、楠井収、竹田昭江、白石司子、大池美木、石橋いろり。更には〈夜桜やロシアにロシアンルーレット〉の竹本仰。

■舘岡誠二
①中内亮玄 ②船越みよ ③川田由美子 ④宇川啓子 ⑤河西志帆
 中内亮玄〈太く生き永くも生きてカブトムシ〉〈誰からも丸をもらえぬ日の土筆〉福井に住む。作句力と活動力の人間性に共感し、一貫して明日への海原人を期待して、毎年この賞へ推してきた。さらに迫力と情感を込めた作品を。
 船越みよ〈秋澄めり白神山しらかみ越えの鉦ひびく〉〈羽後渡り黄泉への虹の根っこかな〉中学生時代の恩師。多年にわたる俳句の恩師武藤鉦二氏の死去に哀悼の意を表した作品は尊い。供養にもなる。他の句にも巧さがあり、作句への意気込みを感じられる。
 川田由美子〈父の寝て子の寝て薄闇山法師〉〈落葉焚き鳥のことばで友と我〉持ち味のある作品が年間を通し多かった。人との深層心理を思いやりとやさしい情感を込め詠まれ、人柄の良さも伝わってきて嬉しかった。
 宇川啓子〈汚染水を処理水と呼び聖火が走る〉〈花種を蒔く戦なき世を祈りつつ〉福島を地元にしての作句実力者。金子師の薫陶を受け、風土と社会性に奥行きの自由なる新しさを心がけている作者といえる。
 河西志帆〈東京の真似ばかりして時雨けり〉〈跡継ぎになれぬ子ばかり蝌蚪の紐〉時代感覚をうかがえる作品。頑張れる作者。一層の作句習練を重ね、俳句界の実力者になってほしい。

■田中亜美
①川田由美子 ②董振華 ③藤田敦子 ④関田誓炎 ⑤鱸久子
 一位に川田由美子を推す。〈ガラス磨るさびしさの芯ちちろ虫〉〈ほろとすかげ襤褸のひかり枇杷の花〉〈ヒヤシンス光まで挿して押し花に〉〈雪割草ひさかたという一隅を〉。静謐で奥行きのある詩情。兜太師はもとより、金子皆子俳句の上質のエッセンスを受け継ぐ作家と思う。
 董振華の〈川上に孔子の嘆き花は葉はに〉〈日の出より日の入のちの晩夏美し〉は大河のような悠々とした韻律。二〇二二年は日中国交正常化五十周年だが、「現代俳句」二〇二二年七月号で中国俳句の小特集が組まれたことも画期的だった。
 藤田敦子は定型の力を梃に句境を広げる。〈驟雨去り寄港のごとく靴並ぶ〉〈穏やかな断絶もあり注連飾る〉。
 関田誓炎、鱸久子はともに大ベテランで、読後感がみずみずしい。〈滴りのの艶生命を惜しまねば〉〈土筆野に朝日清浄なりしかな〉(関田)。〈青梅雨の青たねつけばなを舟唄くぐり行く〉〈土を縫う種漬花よ返し針〉(鱸)。
 このほか並木邑人、河原珠美、中内亮玄、齊藤しじみ、小松敦、白石司子、佐藤詠子、船越みよ、三枝みずほ、根本菜穂子、田中信克の諸氏の作品に注目した。ウクライナの若者の英語俳句の紹介に協力したマブソン青眼の活動も印象に残った(二〇二二年三月三〇日「中日新聞」夕刊)。

■野﨑憲子
①川田由美子 ②三枝みずほ ③董振華 ④桂凜火 ⑤竹本仰
 例年通り、諸先輩を別格に、私より若手に絞った選をさせていただく。
 一位は川田由美子。〈とうすみ蜻蛉ちちははふふむ草の風〉〈野の心さらさら掬う春隣〉抒情的な作品は、ますます透明感を増しその美しい調べに魅了された。
 二位は三枝みずほ。〈十二月八日火の芯となる折鶴か〉〈つぶやきをAIききとってうさぎ〉新しみへの飽くなき挑戦。平和への願い、俳句愛はますます渦巻く。楽しみな未来風だ。
 三位は董振華。〈川上に孔子の嘆き花は葉に〉〈みんみんのこだまも埋む土石流〉中国を産土とする董ならではの作風の進化と熱量。
 四位は桂凜火。〈人は陽炎あめいろの石抱きしめて〉〈カブールの心火にあらず冬の星〉現代社会を、人類の足元を見つめ果敢に発表する作品の完成度の高さ。
 五位は竹本仰。〈すこしあかりを落とす身中虫の声〉〈雪片顔にひかり死はみんなのもの〉存在の奥への洞察と自在な表現に、目が離せない。
 今回はほかに、小松敦、河原珠美、奥山和子、マブソン青眼、藤田敦子、中内亮玄、新野祐子、高木水志、中野佑海、豊原清明、松井麻容子に注目した。

■藤野武
①川田由美子 ②榎本愛子 ③河原珠美 ④黍野恵 ⑤藤原美恵子
 なるべく私の個人的な好みや志向を脇に置いて、(心の中の兜太先生と相談しながら)選考させていただいた。
 一位に推したのは川田由美子。図らずも四回続けて一位に推す。実力は確か。心象鮮明な叙情句、言葉の厚み。〈とうすみ蜻蛉ちちははふふむ草の風〉〈ある筈の荒織りの声黒南風に〉〈てのひら肩幅私の寸法の秋草〉〈雪割草ひさかたという一隅を〉。
 榎本愛子の豊かな俳句世界。〈微熱ありどこか歪な春の入口〉〈夫といて淋しいときは郭公になる〉〈覚束なく逝く夫照らせ石蕗の花〉。
 河原珠美の透明感と耀き。〈文書くは桜紅葉の甘さかな〉〈星がシュルンとモミの木の入荷です〉〈君の部屋やさしい獣の巣のように〉。
 黍野恵はウイットの冴え。得がたし。〈豆ご飯歯間に残る若気の至り〉〈洗い髪記憶の端を踏む亡夫〉〈ネックレスざらりと外し大根炊く〉。
 藤原美恵子の柔らかな感性。〈濃やかにことば食みおり蚯蚓鳴く〉〈去年から開かぬシャッター冬銀河〉〈草餅を押して地球のぼんのくぼ〉。
 このほか注目作家は多数。

■堀之内長一
①川田由美子 ②横地かをる ③中内亮玄 ④藤田敦子 ⑤望月士郎
 自分の感性を信じてひたすら歩んで来た川田由美子は、いわばひそやかなる実力作家である。目立てばいいというものではない。これまでの研鑽と、いぶし銀のような味わいに魅かれて一位に推す。〈とうすみ蜻蛉ちちははふふむ草の風〉〈密やかに母語浸しゆく赤のまま〉〈雪割草ひさかたという一隅を〉どれも句のたたずまいが美しい。
 二位の横地かをるも実力派だ。今回はその存在感がひたひたと伝わってきた。〈小鳥来るひたすら旅を言葉にす〉〈軸足はきっとふるさと冬の虹〉モノの捉え方がとても自然なので、すっと伝わってくる。春の兜太通信俳句祭で高得点を集めた〈感情のしずかなる距離小白鳥〉にも、確かな心境の深まりを見た思いがする。横地もまた叙情の人である。
 毎年推している中内亮玄を三位に。今回の作品群は、意味で俳句を書いているような印象を受けた。持ち前の感性でぐんぐん進んで欲しい。〈金亀子手中最後の弾丸として〉〈虹消えて乳房に青き蛾の眼〉中内らしい句を二句挙げる。
 毎年着実に実力を上げている藤田敦子も見逃せない。〈被爆樹のてっぺんかすめ燕来る〉〈人体を拡げるように白シーツ〉感覚の若々しさが魅力。
 最後に望月士郎を挙げる。いずれ上位に食い込んでくるはずだが、感覚は繊細かつ強靭。〈半裂の水槽にあるこの世の端〉〈夕花野ときおり白い耳咲かせ〉詩的なイメージが俳句の可能性を拡げてくれそうだ。
 ほかに、加藤昭子、竹田昭江、河原珠美、平田薫、船越みよなど多士済々。

■前川弘明
①川田由美子 ②藤田敦子 ③望月士郎 ④中内亮玄 ⑤横地かをる
 川田由美子はずっと注目してきたが、今回は俗がヒラリと抜けていて良かった。
  密やかに母語浸しゆく赤のまま
  人訪わぬを疲れというよ龍の玉
  花あしび野辺に光の荷を降ろす
 藤田敦子は安定した詠みぶりであった。
  夜濯ぎや心の洞をぬける風
  岩清水しづかに時の沈殿す
  人体を拡げるように白シーツ
 望月士郎は現実と幻覚が交差するような感覚の魅力。
  蕎麦の花われもだれかの遠い景
  朧夜を歩く魚を踏まぬよう
 中内亮玄は何か吹っ切れた感じの健やかな空気感。
  半眼の薄き月あり聖なるかな
  深爪や外はみっしり雪が降る
 横地かをるは堅実な詠みぶりであった。
  小鳥来るひたすら旅を言葉にす
  ほろにがき春の野をゆく齢です
 ほかに、河西志帆、木下ようこ、小池弘子、船越みよ、清水茉紀など。

■松本勇二
①河原珠美 ②藤田敦子 ③小池弘子 ④狩野康子 ⑤藤原美恵子
 この一年河原珠美に注目した。奔放な発想と柔軟な精神から繰り出す作品は吸引力があった。ご主人の不在に対しても明るく元気に対応している。〈蟷螂のよそ見する間に駆落ちす〉〈よく眠り冬晴れの海抱くごとし〉〈いつまでも不在の君にミモザ咲く〉。
 二位を藤田敦子とした。理屈から解放され自然体でものごとを受け入れられるようになってきた。それゆえに自在だ。〈青梅雨を回送バスの闇がゆく〉〈ひき算はいつもさみしい春の霜〉〈やがてみな春の手となる介護かな〉。
 三位を違った角度から風土を書いてきた小池弘子とした。〈生きるとは厨に立つこと屁糞葛〉〈なだれこみ忽ち枯野となる布団〉。
 四位を自然界から生命力をいただこうとする狩野康子とした。シャーマンのごとき物言いは淀みがない。〈体幹ゆらと天の川から逃げられぬ〉〈蜘蛛は宙へ吾れは地霊に抱かれん〉。
 俳句は詩である、と真っ向勝負を仕掛けてくる桂凜火を五位とした。〈陽炎泳ぐようにやさしい語尾選ぶ〉〈きれいな言葉の浮輪溺れている〉。
 ユニークな発想の藤原美恵子は欠句が痛かった。〈草餅を押して地球のぼんのくぼ〉。
 生活の中から俳句を書くとき、そのままではなく常に五センチほど浮いているか、を松本も含めて自問する必要がある。

■山中葛子
①川田由美子 ②すずき穂波 ③中内亮玄 ④望月士郎 ⑤河原珠美
 選考は、自由な自己表現を受け継いでいるみごとさ。ことに私性という根源のときめきを評価することにした。
 一位の川田由美子は、〈てのひら肩幅私の寸法の秋草〉の、奇跡のようなやわらかな緊張感を自画像としたあざやかさ。〈みのむしの意地っ張りの固さだな〉〈雪割草ひさかたという一隅を〉など、水照りのような時空をはるばると乗り切っている。
 二位のすずき穂波は、〈棄民のまなざし元朝の神経痛人〉〈不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化〉〈原爆忌パンフレットに涙落つ〉の、直球の痛快さがものをいう俳諧味ゆたかな展開。
 三位の中内亮玄の、〈つぎはぎの重い空から雪の花〉〈夏帽子横顔に青く影落とす〉など、独自な美学を思う〈青〉のバイタリティは健在そのもの。
 四位の望月士郎は、〈半裂の水槽にあるこの世の端〉〈私の棲むわたしのからだ雪明り〉など、自己陶酔といえる不思議な詩情を展開させている映像力の妙味。
 五位の河原珠美は、〈星がシュルンとモミの木の入荷です〉〈青葉光父を抱けば風力2〉の、新鮮な親愛感をみせる叙景のみごとさ。
 並木邑人の、〈異端もない破綻もない俳句じゃない〉の、言語感覚の小気味よさに期待。

■若森京子
①横地かをる ②中内亮玄 ③川田由美子 ④三世川浩司 ⑤三好つや子
  小鳥来るひたすら旅を言葉にす かをる
  風花やこころの点ること覚え 〃
  首筋を鈍く打ちたる蝉時雨 亮玄
  金亀虫手中最後の弾丸として 〃
  黒ぶどういのちのぐるりいくさあり 由美子
  雪割草ひさかたという一隅を 〃
  蝉時雨つくづくユーラシアがぬれる 浩司
  カリンゆらゆら縄文的眠気さえ 〃
  老人が点滅している緑の夜 つや子
  ポケットにねじ込む秋思ハローワーク 〃
 横地のゆるぎない俳句に対する姿勢に一位。地域活動と共にエネルギッシュな作品が多かった中内を二位。繊細な美意識溢れる川田を三位。スケールの大きい抒情性の三世川を四位。日常を切り取った硬質な情感豊かな三好を五位。個性の異なる人達を推した。
 ほかに望月士郎、平田薫、河西志帆、マブソン青眼、河原珠美、竹本仰、桂凜火、董振華、三枝みずほ、藤田敦子、紙面に書く余裕はないが、有望な作家がめじろ押しだ。

(編注=各人の文中の敬称はすべて省略)

※「海原賞」これまでの受賞者
【第1回】(2019年)
 小西瞬夏、水野真由美、室田洋子
【第2回】(2020年)
 日高玲
【第3回】(2021年)
 鳥山由貴子

第4回海原新人賞

『海原』No.42(2022/10/1発行)誌面より

第4回海原新人賞

【受賞者】
 大池桜子

【選考経緯】
 『海原』2021年9月号(31号)~2022年7・8月合併号(40号)に発表された「海原集作品」を対象に、選考委員が1位から5位までの順位を付して、5人を選出した。
 得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、大池桜子の授賞を決定した。

【受賞作品抄】

夏燕 大池桜子
夏燕ちょっと本を買い過ぎた
若葉過剰一体どうなってるのかな
こころの迷彩は何を隠すの夏
疑似彼氏あてラインに咲かせるパラソル
今日は話せたガーベラを抱いてゆく
テンションが高いと言われる秋思かな
優しいと優しいふりと秋の七草
ポケットの多いジャケット君にあげる
綿虫や信じきれないのが病
マスクにイヤホンの自由手放せない
すぐみかんとか出してくる母が好き
冬菫違う夢をみているの?
カトレアや無意味の意味って何
大寒にして我が恋の決戦日
海外ドラマハーゲンダッツ二月
共通語はダイエット春のお月さま
春の夜やまた友達が多すぎる
ヒヤシンス後悔って一人芝居だ
チェスの駒ほどの頭脳で冴返る
クールぶってやってきたのに亀鳴くよ

【候補作品抄】

祖父を抱く 立川真理
夏館母は吾を吾はデグーを叱る (デグー=ペット。ネズミの仲間)
メリーウィドーそれとも薄羽蜉蝣
汝は花野拡大鏡に消えて行く
祖父在るはも一つの故郷小鳥くる
名山の眠りたまふや麓の葬
「ニーッ」といふは笑いの形受験生
祖父の胸の静謐に置くライラック
貝寄風や想い出といふ持病
綾取りのれては消える多角形
かさこそと落葉の音の祖父を抱く

散歩 葛城広光
在来線巨大な赤ちゃん現れる
蟻の足凄い速さで乱れるよ
白鳥が中学生についてくる
花の枝骨折ごとに舟に落ち
しゃりしゃりと炭が崩れる原爆忌
七夕に配管すると管光る
入学の二日前から風呂にこもる
公園に誰もいなくて脳死かな
モヒカンに滝が当たっておお寒い
ややこしく出来た人間鳥交る

疼いてならぬ 渡辺のり子
ぼたん雪天使の耳のかたちして
乳張りし日の胸騒ぎ花朧
左手が疼いてならぬ百合の夜は
四畳半サルトルニーチェ迷い蜂
押し返すナイフ白桃の産毛
抽斗に溜めし秋思のしろい骨
枯芒まだ返り血は乾かない
地吹雪やポツポツ火の粉まじる雪
絵皿いちまい一頭の蝶凍つる
寒満月浮かぶ地球のふかい闇

心地よい場所 小林育子
鳥の巣をのぞきこむ朝人嫌い
息継ぎを惜しむ語り部終戦日
鶴折るやぽつんぽつんと先のこと
遺骨にも心地よい場所雲の峰
黒揚羽トリアージする者される者
蓑虫やありのままとは超難問
林檎むくいつも誰かのためなんて
鯛焼きの餡のはみ出て父白寿
太刀魚のごとく白髪水俣よ
初蝶の無色透明ここは戦場

【海原新人賞選考感想】

■大西健司
①立川瑠璃 ②大池桜子 ③淡路放生 ④宙のふう ⑤立川真理
 立川瑠璃〈そっとくる風が疲れているから素足〉〈あすを裁く晩秋の風に恋もして〉〈泣く時は白鳥のよう後向く〉しなやかな感性、そしてほんの少しのせつなさに包まれた詩性。この一年ぶれることなく書くことが出来た。小さくまとまらずにこれからも伸びやかに書き続けてほしい。大池桜子〈優しいと優しいふりと秋の七草〉〈すぐみかんとか出してくる母が好き〉少しおとなしくなったように思う。きらめく言葉に溢れていた独自の感性に僅かだが変化が見られる。さらなる世界を展開するための過渡期ととりたい。淡路放生〈黒薔薇の蔓が寝棺の窓を這う〉〈空海の書にたどりつく花槐〉男の美学の虚しさだろうか。何とも切ない美しさ。宙のふう〈熊野路の雨は球体雨月かな〉〈秋深しダリの時計の二十五時〉何故か一号だけ本名での発表があり驚いたが、その衰えない詩性を評価したい。とても自在だ。立川真里〈メリーウィドーそれとも薄羽蜉蝣〉〈かさこそと落葉の音の祖父を抱く〉やはりしなやかな感性、それは瑠璃さんと双璧。あとは継続あるのみ。それから吉田貢だが私にとって別格という位置づけ。古い記憶にある名前に出会えた嬉しさ。
 他には葛城広光、渡邉照香、福岡日向子、渡辺のり子、谷川かつゑ、松﨑あきらにも注目。さらなる飛躍を。

■こしのゆみこ
①渡辺のり子 ②宙のふう ③小林育子 ④渡邉照香 ⑤植朋子
 まずは名前を見ずに選句。混戦の中から得点数の多かった渡辺のり子を一番に推す。渡辺は2020年10月から海原集に参加。海原金子兜太賞応募の他、今年の現代俳句協会年度賞応募、170作品中私の予選15作品に渡辺の名を発見。意を強くして一番に推す。
 渡辺のり子の句は転換のインパクト。「だれか一人」のための俳句という主張も素敵。
  ほうたるやわたし全身水たまり のり子
  ぼたん雪天使の耳のかたちして 〃
  菜の花やふかい地下から反戦歌 〃
 繊細な叙情、見守りたくなる宙のふうの句。
  騙し絵の階段登る夜の霧 宙のふう
  耳鳴りの軋みて流星群ピーク 〃
  父の手の昏がりにほうほたる 小林育子
  受刑服雪より白き過去包み 渡辺照香
  大好きな百合がぎゅうぎゅう柩窓 植朋子
  鳥曇海に帰れぬ水のあり 矢野二十四
  夏至の日はリングの上の背中細る 大池桜子
 次に野口佐稔、吉田貢、重松俊一、立川瑠璃、立川真理、有栖川蘭子、有馬育代、松﨑あきら、山本まさゆき、淡路放生らに注目。

■佐孝石画
①福岡日向子 ②立川由紀 ③小林育子 ④わだようこ ⑤遠藤路子
  紫陽花は精神だらけ空間だらけ 福岡日向子
  水銀の重たさ九月のいきさつに 〃
  言いかけて止めるそれは雪の手ざわり 〃
  冬の薔薇優しさは角度による 〃
  三月をここから開封してください 〃
 直観力と叙情性に惹かれた。言い切らず余白を残すような手法には、独自の美的感覚が滲み、羅のような軽やかさと切なさが香る。
  遺る句に体温ありぬ師よ八月 立川由紀
  助走して飛び立つ形からす瓜 〃
  頭の中の定住漂泊夏帽子 〃
  自傷のよう病む町に咲く桜かな 〃
 句の持つ共鳴力、浸透圧に金子先生の言う「情(ふたりごころ)」を見た。
  胡桃割る夜を毀してしまわぬよう 小林育子
  荒川に白鳥言葉は曲線に わだようこ
  かなかなや恋する人のいない星 遠藤路子
 これら三名の感性にも大いに惹かれた。
 他に渡辺のり子、有栖川蘭子、日下若名、吉田和恵、木村寛伸、増田天志、重松俊一、田口浩、宙のふう、小林ろば、植朋子、佐竹佐介、立川真理、大池桜子、そして超新星の村上舞香に注目した。

■白石司子
①葛城広光 ②遠藤路子 ③大池桜子 ④渡邉照香 ⑤福岡日向子
 選考月の七月は俳句甲子園全国大会の準備期間と重なるため、「海原」が届いた時点で毎月共鳴した句をチェックし、五十音順の表にしている。第四回の選考では、
  蟻の足凄い速さで乱れるよ 葛城広光
  ややこしく出来た人間鳥交る 〃
  モヒカンに滝が当たっておお寒い 〃
  緑まばゆし死にゆく母とふたり 遠藤路子
  ことんとこころ聞こえたような冬日 〃
  発熱の君を包んで霜夜です 〃
  綿虫や信じきれないのが病 大池桜子
  クールぶってやってきたのに亀鳴くよ 〃
  白薔薇と燃へて発光父の体 渡邉照香
  傷付きやすき男が零る遅日かな 福岡日向子
 葛城句の特異な発想、遠藤句の繊細な感性、大池句の少し拗ねたような青春性、福岡句の将来性にひかれた。
 他に、植朋子の〈秋刀魚喰う組閣のテロップが邪魔〉、渡辺のり子の〈もののけのはしゃぐ声する青嵐〉、立川瑠璃の〈泣く時は白鳥のよう後向く〉、村上舞香の〈餡蜜から向こう側は未知である〉にも響き合うものがあった。

■高木一惠
①立川瑠璃 ②大池桜子 ③松﨑あきら ④淡路放生 ⑤立川真理
 立川瑠璃。
  胎児ネームティンクル母が見た銀河
  三密を守っていつか白鳥に(既に白鳥)
 大池桜子。
  雛罌粟や名前を軽く呼ばないで
  ヒヤシンス後悔って一人芝居だ(季語◎)
 松﨑あきら。
  仮想世界は生け贄さがし師走来る
  花大根やんちゃ老人求職中(頑張れ)
 淡路放生。
  虹消えてひとまず老いに戻りけり
  俳号に蝶の思いもなくもなし(祝新生)
 立川真理。
  貝寄風や想い出といふ持病
  ペンやがてマタギとなりて熊を追ふ(期待!)
 「今こそ俳句」と思う今回は、好作の紹介を以て選考のメッセージに替えます。
 *旧仮名表記「おく・想ふ・老ゆ・見ゆ」等要注意。
  蜘蛛下がる御用学者の眉尻へ 植朋子
  一言も発することのない泉 大渕久幸
  砂時計冬と魂入れ替わる かさいともこ
  毛虫達ゆんゆん立てた青信号 葛城広光
  暮の秋一頭騸馬せんばになりました 日下若名
  難民のザックの犬よ春遠し 後藤雅文
  たましいの空回りして春の雷 宙のふう
  青田波蝦夷百年の風の記憶 谷川かつゑ
  隔離なら蛍袋が希望です 野口佐稔
  南米のとある豆腐屋金魚掬ひ 吉田貢
  受刑服雪より白き過去包み 渡邉照香
  抽斗に溜めし秋思のしろい骨 渡辺のり子
 ほかに有栖川蘭子、有馬育代、飯塚真弓、井手ひとみ、遠藤路子、木村寛伸、小林育子、小林ろば、重松俊一、福田博之、藤好良、武藤幹、村上紀子、矢野二十四、山本まさゆき、吉田和恵、路志田美子等、紹介できず残念。

■武田伸一
①大池桜子 ②立川真理 ③渡邉照香 ④葛城広光 ⑤松﨑あきら
 大池桜子は〈テンションが高いと言われる秋思かな〉〈クールぶってやってきたのに亀鳴くよ〉など、やや屈折感のある情感を、新鮮に自在に表現し、頭一つ抜け出た存在。立川真理は高校生にして〈メリーウィドーそれとも薄羽蜉蝣〉〈綾取りのれては消える多角形〉など、読者の意表を衝く巧者。末恐ろしい存在である。渡邉照香は父上の死に際しての作品が秀抜だった。欠稿を余儀なくされたことが残念であった。〈素っ裸おむつ一つの父の体〉。葛城広光は時に難解、手に負えない作品を交えつつ、意欲的な作品を多産した。松﨑あきらは、人を食ったような不思議なペーソスが持ち味。〈なんでそんな人がいるの菫には解らない〉。吉田貢は松﨑と同点だった〈孟蘭盆會戰に死にし碑は高し〉。
 以下順不同に、立川瑠璃、後藤雅文、藤川宏樹、淡路放生、飯塚真弓、大渕久幸、増田天志、有栖川蘭子等々挙げたら限がない。さらに七、八十代ながら意欲満々、かつ秀作連続の渡辺のり子、谷川かつゑ、土谷敏雄、宙のふう、押勇次等がいることを追記しておきたい。

■月野ぽぽな
①大池桜子 ②渡辺のり子 ③立川真理 ④立川瑠璃 ⑤大渕久幸
 大池〈こころの迷彩は何を隠すの夏〉に見る持ち前の感性と口語による伸びやかな表現力の深化。渡辺〈左遷さる鬼薊の群れの中〉の柔軟な発想と表現力のバランスの良さ、立川真理〈夏館母は吾を吾はテグーを叱る〉の詩的洞察力の幅広さ。立川瑠璃〈白というまばゆき坩堝更衣〉の詩的洞察力の瑞々しさ。大渕〈揮発する言葉八月十五日〉の直観力の冴えに注目した。
 このほか、五位と僅差の有栖川蘭子〈紫蘇揉んであしたの天を新しく〉や、山本まさゆき〈水馬に押され水馬前に出る〉、川森基次〈神無月誘われたので行くソワレ〉、日下若名〈形よく西瓜も赤ん坊も転がっているよ〉、淡路放生〈冬蝶のステンドグラスとなり了る〉、渡邉照香〈白薔薇と燃へて発光父の体〉、葛城広光〈モヒカンに滝が当たっておお寒い〉、遠藤路子〈俯瞰して自分みている守宮のように〉、藤井久代〈スギハラの命のビザや冬銀河〉、吉田貢〈道まがれば橋遠ざかる暮の春〉、宙のふう〈主治医逝く新病棟に冴ゆる月〉、後藤雅文〈難民のザックの犬よ春遠し〉、谷川かつゑ〈水母の傷夜の素顔に似てはずかし〉にも期待する。
 自分の感性を信じて次の一句を。

■遠山郁好
①葛城広光 ②大池桜子 ③立川瑠璃 ④立川真理 ⑤日下若名
 葛城広光〈雨粒のたった五粒に山沈む〉大胆でユニークな着想を一句と成す手腕。そして〈青い凪大きなハサミで切り抜いた〉こんな素も垣間見えて魅力的。
 大池桜子〈すぐみかんとか出してくる母が好き〉いつものように口語を駆使した軽やかな韻律には惹かれる。また〈こころの迷彩は何を隠すの夏〉こんな呟きのような破調の句にも若さが溢れる。
 立川瑠璃。祖父への悼句とある〈泣く時は白鳥のよう後向く〉真実の力が心に響く。〈あすを裁く晩秋の風に恋もして〉思春期の屈折した心情が表現されていて好感を持つ。
 立川真理〈祖父の胸の静謐に置くライラック〉悼句はどのようなアプローチのし方でも心を打つ。〈胸の静謐に置く〉の捉え方に感心し、これが若さというものかとも思う。
 日下若名〈暮の秋一頭騸馬せんばになりました〉〈なりました〉の口語表現に、意図的でなく、そっと置かれた〈暮れの秋〉がかえって新鮮。
 他に〈木漏れ日は八月に思い当たる感情〉の福岡日向子に注目した。また、かさいともこ、渡邉照香、遠藤路子、川森基次、飯塚真弓、近藤真由美にも注目し、期待する。

■中村晋
①大池桜子 ②立川瑠璃 ③渡辺のり子 ④渡邉照香 ⑤淡路放生
 大池桜子〈優しいと優しいふりと秋の七草〉〈ヒヤシンス後悔って一人芝居だ〉徹底して自分自身の内面にこだわって作句してきた。かつて強力な自意識ゆえに作品としての客観性を失うこともあったように見受けられたが、今年は句にゆとりが感じられ、ユーモアや俳諧味を感じさせることが多かった。ソリッドで良質な現代の漫画を読むような魅力。
 立川瑠璃〈そっとくる風が疲れているから素足〉〈泣く時は白鳥のよう後向く〉若い感性による率直で大胆な言葉づかいが魅力的。明るい基調の句の中にも若さゆえの陰影も描かれ、題材も多彩。さらなる成長を期待したい作家である。
 渡辺のり子〈ポケットの団栗逃がす海へ海へ〉〈菜の花やふかい地下から反戦歌〉アニミズムの感覚に富んだ作家と思った。北海道の豊かな自然の息吹が句の韻律に感じられる。風土の匂いが強く、スケールの大きい句に大いに惹かれた次第。
 継続して句を作り続けることは決して容易ではないが、そのプロセスこそ俳句の醍醐味。あきらめずに作り続けましょう。作り続けるときっとブレイクスルーする瞬間が来るはずです。

■宮崎斗士
①有栖川蘭子 ②小林育子 ③立川真理 ④福岡日向子 ⑤松岡早苗
  紫蘇摘んであしたの天を新しく 有栖川蘭子
  蓑虫やありのままとは超難問 小林育子
  かさこそと落葉の音の祖父を抱く 立川真理
  夏蝶の溢れた部分全部あげる 福岡日向子
  鳥雲に水を切りたる皿の白 松岡早苗
 例年同様、私が担当している「後追い好句拝読」欄の一年間の結果に基づいて、上位と思われる五名の方々を挙げさせていただいた。他にも、次の方々が印象に残った。
  初鏡認めぬ貌にまた遭うた 有馬育代
  元妻と言わずもがなの春の駅 淡路放生
  俯瞰して自分みている守宮のように 遠藤路子
  すぐみかんとか出してくる母が好き 大池桜子
  あっけなく抜ける人参活断層 かさいともこ
  唇になってしまって雪女 葛城広光
  竹の春ロボットと歌うイマジン 日下若名
  蜘蛛の糸好きなことして光り満つ 高坂久子
  小便小僧をあの子と呼ぶ子青葉風 佐々木妙子
  主治医逝く新病棟に冴ゆる月 宙のふう
  不要不急卵一個が立っている 千葉芳醇
  大いなる片陰として競技場 野口佐稔
  水連れて父母の井戸から月上る 服部紀子
  ボート漕ぐ昭和の白きランニング 福田博之
  地球は未だゴロツキ笑うかわせみよ 松﨑あきら
  ススキハラムジンキカへルトコロナシ 矢野二十四
  受刑服雪より白き過去包み 渡邉照香

※「海原新人賞」これまでの受賞者
【第1回】(2019年)
 三枝みずほ、望月士郎
【第2回】(2020年)
 小松敦、たけなか華那
【第3回】(2021年)
 木村リュウジ

『丹波篠山黒大豆』松本孜句集

『丹波篠山黒大豆』松本孜句集

 丹波かな金の初日が山の端に
 
人生の記録としての第一句集。「初日の出の句は多いが、初日を「金の初日」と捉えた句はそうはないはずである。上句の「丹波かな」の詠嘆と相俟って、「金の初日」はいよいよ輝きを増して昇ってゆく。丹波弥栄である」(武田伸一の序「篤農家にして俳人」より)

■発行=海原発行所
■非売品
■著者住所 〒669‐2416 兵庫県丹波篠山市井ノ上六四

前川弘明句集『蜂の歌』〈芳潤な羽音 茂里美絵〉

『海原』No.42(2022/10/1発行)誌面より

前川弘明句集『蜂の歌』

芳潤な羽音 茂里美絵

  満開の桜の家のすこし浮く

 ふと目覚め窓をあける。早朝の空と溶け合う様に咲いている桜。ふいに花に守られている、という意識と共に家長としての自覚も呼び覚まされる。すこし浮く、は作者の現在の安定した生活も窺える、さりげない措辞の見事さと言えよう。
 本句集は『緑林』に次ぐ第六句集であり、平成二十九年から令和三年までの、四八六句を収めたもの。
 俳句という形式は小さい。その容れ物から溢れたがる言葉を、如何に句の器に収めるかが問題となってくる。そして、言葉にもいろいろな性格があり、一瞬に飛び立つものと、熟成を重ね、納得してから歩き出すタイプがある。言葉とは、「生きもの」であり、それを操る人間、つまり俳句作家は苦労することになる。

  沖へ放る花束すでに今日は過去
  愁思とは水底の銀のようなもの
  砂浜にヒト族の跡星月夜
  月の波涛まぼろしの蝶舞いやまず

 極端な言い方をすれば、人間(特に俳句に携わる私たち)は言葉から出来ていると思う。正に、始めに言葉ありき、なのである。事物に対面しあるいは視たときの、一瞬の無時間を経て、その想いが言葉になる。心の内側の言葉とも。
 長崎は、前川弘明の住む街である。西海に面し、いくぶん異国風でモダンな歴史をも持つ美しい街並。むろんその歴史には、大いなる負の遺産である、第二次世界大戦の疵跡もあるが、いまは静かな自然に守られていると思いたい。
 先に掲げた四句には、そうした風土を背景に創られた、抒情性に富んだ作品群である。沖へ放る花束、は心理的な決着をつけるため。そして、今日は過去、ときっぱりと言い切る。水底の銀のようなもの、には愁思の気分を鮮やかに表出している。砂浜にヒト族の跡。ひとときの華やいだ賑わいのあとの、茫々と広がる澄んだ星々の世界を投げかける。
 まぼろしの蝶の、かすかな翅音が、月に浮かび上がる白々とした波音を消し去り、天空に舞い上がる蝶の儚い幻影が迫ってくる様相。抽象と具象という俳句における言葉の両翼を確かなものとして具現化している。

  青き踏む被爆児童として生きて
  あの夏のカモメは赤かったと思う
  戦記読む蜂の巣一つ壊しきて
  爆心の空へ令和の指ひらく
  雪燦燦つぎつぎ天使が降りてくる

 長崎の地を拠り所とする氏は、あの悲惨な原爆投下の記憶を語らねばならない筈。直接被爆を受けたわけではないが、少年の心に焼き付いて離れない記憶。令和の指ひらく、に見る現在に至っても、その記憶はまざまざと残る。ただ最後の一句を目にしたとき、かすかな安心が心をよぎる。
 雪燦燦、そして復興を果たした街へ天使が降りてくる。それは亡くなった犠牲者たちの魂とも思えてくる。

  月へ翔ける駿馬と我と薔薇の鞭
  銀やんまギリシャより来て川を越ゆ
  鈴のよう梅林を駆けてくる少年
  草原をピアノのごとく夏の雨

 これらの句群からは涼やかな風の流れを思う。知人でもあったヨットマンの話。風は受けて流すだけ。操帆も一期一会の風との出会いであり、永遠の彼方から吹いて来る風に乗りそして「つかまえず」流すだけ、と。一句目の天空の風に乗り馬と我とが月に向かって翔けるときの、月光の輝き。
 銀やんまが、ギリシャからさまざまな風に乗り継ぎやってくるという幻想。風を切って駆けて来る少年の、鈴のような可憐さを映像化する。また草原の夏の雨を、ピアノの音と感受する四句目の繊細でやわらかな情感。

  白い馬来る炎天の波止場
  流星の疵のひとすじ天の河
  十六夜や花瓶の水の音がする
  胸中に流氷きしむ年の暮
  月光を滝と感じて目覚めおり

 人は思い余るとき得てして天を仰ぐ。無言になる。自然界は其処に存在しているが語らない。ただ、周りを包み込むだけ。この五句には、無意識的な自嘲や不安、そして焦躁が感じられる。「我」を観察する作者自身の怜悧さも見える。白い馬が来る「炎天の波止場」。流星の疵が天の川と。十六夜も、流氷のきしむ音も、内的動揺の現れと思われてくる。月光と滝。それらを見極める心中には、静かに沈殿する哀しみの表情がひそんでいるのかも知れない。

  月夜の駱駝で行こう約束の河口まで
  サルビアはいつか泣きたいとき活けよ
  蝶として放つわれらの孤独の詩
  コロナマスクのみんな梟よりさみしい
  夜明けの看護師白鳥のようだが鳴かぬ

 巷間、よく耳にする風評。即ち俳句は無口な方がいい。その余白に様々なイメージを植え込むのは読者だからと。あまりに奇想天外であったり難解句は、読者を困惑させるだけだとの言もある。だがその意見には当然異論もあろう。
 対象を視ることの面白さに目覚め、言葉が言葉になる瞬間の不思議さ、言葉の持つ「華やかな傷ましさ」に気付いたとき幻想とか難解と思われる言葉を瞬時に理解できることもある。そこに十七文字の面白さがあるのではなかろうか。
 それはさて置き、先の五句に話を戻す。前川弘明は、世間の雑音(?)とは次元の異なる場所で、定型に収まらない場合は迷いなく破調形式を採り入れることを恐れない。結果率直で伸びやかな俳句の世界を構築する。空想と現実的な時評に加えて諧謔的な部分もある自由な世界を展開する。

  雛段を仔猫がのぼっていく月夜
  蒼肌を哀しみて蛇泳ぐなり
  青しぐれ獣らの牙うつくしき

 生き物への優しい眼差し。夜更けに雛段をのぼる仔猫の可笑しさ。蛇や獣たちに芽生える愛着心の吐露が其処にある。

  歳晩や翼をたたむように寝る
  妻が居る鏡の奧の初景色

 非日常から安らぎの日常に戻り、輝く未来へ歩き出す。(敬称略)

前川弘明句集『蜂の歌』〈一句鑑賞 鳥山由貴子・松本勇二〉

『海原』No.42(2022/10/1発行)誌面より

前川弘明句集『蜂の歌』 一句鑑賞

◇美しい結晶 鳥山由貴子

 飛込みのみんな十字架のかたち

 二〇一九年現代俳句協会全国大会。佳作入選作の中に〈飛込みの少年みな十字架のかたち〉があった。一読、私は「好き!」と声に出していた。
 真夏の岩頭に立つ少年たち。みな十字架のかたちに腕をひろげ、眩ゆい光をまといながら、つぎつぎに水に飛込んでゆく。幻想的で神々しく、このうえなく美しい映像。その軌跡は分解写真のような残像となり、私の心に焼きつく。それは前川さんの句だった。
 今回原稿依頼のお話を頂いた時、すぐにその句を思った。しかしその句は句集『蜂の歌』の中に、少しかたちを変えて収められていた。私は立ち止まってしまった。
 改めて『海原』に掲載された前川さんの句のいくつかを句集の中に探してみたのだが、その後推敲された句が少なくないことが分かった。そこで私は、これは自身の句と真摯に向き合い、詩としてのさらなる高みを目差すつよい思いなのだ、と結論づけた。
 その精神。繊細で鋭い感性。長崎の風土、哀しみ…。
 美しい結晶のような詩がつづく。

◇感性の充実 松本勇二

 句を詠むは深山の霧を吸うごとし

 一句成す行為は難産であればあるほど充実感があり、あとに快感が残る。前川さんはそれを「深山の霧を吸う」ようだと書いている。澄んだ空気のなかで発生した霧を肺いっぱいに吸い込む行為は快感を超え、心身の浄化に至っている。句を成す時の心構えの崇高さに感服する。そして、俳句というものへの信頼と愛情の濃さにも凄味を感じる。「せめてぼくの生きざまの羽音ぐらいは感じてもらえる句集でありたい」と今句集のあとがきに書く前川さんだが、掲出句で十分過ぎるほど「羽音」を感じさせていただいた。『蜂の歌』は外界描写と内面描写がハーフハーフといった構成だ。掲出句は内面描写の雄と思われる一句である。外界描写でのそれは「検温照射さくら吹雪のようにくる」であろう。コロナ禍における外界に素早く反応してさすがだ。検温用サーモガンを額に向けられたときに、とっさに「さくら吹雪」に思いが及ぶ感性の充実を称えたい。「青き踏む被爆児童として生きて」は、被爆した十歳からの来し方を振り返る前川さんの安堵感漂う一句で、今句集の根幹を成している。

『蜂の歌』前川弘明句集

『蜂の歌』前川弘明句集

 梅林を行くたましいの冴えるまで
 青し青し被爆の川を葱がゆく

二〇一七年の句集『緑林』に次ぐ第六句集。
「句集名を『蜂の歌』としたが、この語句に直接及んだ句があるわけではない。だが、人を刺す針も持つが蜜も造るという実直で華麗な蜂のイメージにあやかって、せめてぼくの生きざまの羽音ぐらいは感じてもらえる句集でありたい」(あとがきより)

■発行 拓思舎
■頒価 二五〇〇円(税込)
■著者住所 〒852‐8122 長崎市西山台二―二三―三

第4回 海原金子兜太賞

第4回「海原金子兜太賞」(2022年度)が決定しました

2022年8月21日(日)、第4回「海原金子兜太賞」の選考会が開催され、応募50作品の中から、次のとおり受賞者が決定いたしました。おめでとうございます。

【海原金子兜太賞】
 望月士郎(埼玉) 作品「ポスト・ヒロシマ」(30句)

【海原金子兜太賞 奨励賞(二名)】
 ナカムラ薫(ハワイ) 作品「砂の星」(30句)
 三浦静佳(秋田) 作品「鄙の鼓動」(30句)

選考委員:安西 篤/武田伸一/田中亜美/堀之内長一/宮崎斗士/柳生正名/山中葛子
(以上7名 五十音順)

受賞作品と選考過程は、「海原」2022年11月号に発表予定です。

2022年秋「兜太通信俳句祭」

秋だ! 祭りだ! 兜太祭だ!
2022年秋「兜太通信俳句祭」開催のご案内

早くも第4回を迎えます。2022年秋の「兜太通信俳句祭」。おかげさまで、秀句・感銘句・冒険句目白押しの「海原」名物イベントとなりました。今回も奮ってのご参加お待ちしております。

1.出句:2句(参加対象は「海原」の同人・会友全員です)
2.出句受付:宮崎斗士あて
 ・メール tosmiya★d1.dion.ne.jp(★→@、「d1」の「1」は数字の1です)
 ・FAX 042―486―1938
 ・郵便の宛先 〒182―0036 調布市飛田給2―29―1―401
  ※出句の原稿には、必ず「兜太通信俳句祭出句」と明記してください。
3.出句締切:2021年8月31日(水)必着
4.顕彰:参加者による互選のほか、特別選者による選句と講評。
(俳句祭の結果は「海原」誌上に発表)。
5.参加費:1,000円
  ※参加費は定額小為替にて宮崎斗士までお送りください。
【出句の際のお願い】
◆電子メールでの出句:メールを使用できる方は、できましたらメールにて出句をお送りください。メールで出句の際は、必ずメールの件名を「兜太通信俳句祭出句/(出句者氏名)」としてください。
メールにて出句の場合は、必ず受け取り確認の返信をいたしますので、その確認をよろしくお願いいたします。もし返信が届かなかった場合は、その旨宮崎斗士までご一報ください。
◆FAX、郵便での出句:原稿には、必ず住所・氏名・電話番号を記入してください。
【問い合わせ】
確認事項、お問い合わせ等は、宮崎斗士までお気軽にどうぞ。
宮崎斗士
〒182―0036 東京都調布市飛田給2―29―1―401
電話:070―5555―1523
FAX:042―486―1938

第4回 海原賞・海原新人賞の決定

第4回の海原賞、海原新人賞の授賞者が、次のとおり決定しました。
「海原賞」「海原新人賞」の詳細は2022年10月号(第42号)に掲載予定です。

◆第4回 海原賞
 川田 由美子

◆第4回 海原新人賞
 大池 桜子

水野真由美句集『草の罠』〈草の罠にごろんと寝転ぶ 石川青狼〉

『海原』No.39(2022/6/1発行)誌面より

水野真由美句集『草の罠』
草の罠にごろんと寝転ぶ 石川青狼

 句集『草の罠』は水野真由美の『陸封譚』『八月の橋』に続く第三句集となる。2008年(平成20)8月から2022年(令和4)2月までの13年6ヶ月間に創られた432句である。内容目次はⅠ〜Ⅴのテーマに分かれ、作者の明確な意図による構成となっている。
 まず表紙に次の7句が載る。

  雲少しあふれて鬱金桜かな
  どの道も家路ではなし花杏
  お尻から落ちてくる猫桐の花
  ゆるやかな被曝や毛野は水の國
  夏野へとピアノを運び出す男
  貝も木も硝子も風を留める釦
  失語して少年であり黄落す

 また『草の罠』へのプロローグとなる、畏友で俳誌『鬣TATEGAMI』代表林桂氏による「ことば」。
 ―遊びたりない思いを草の罠に結んで帰ったものだった。この小さないたずらは、あす同じ草の道を遊ぶ友へのメッセージでもあった。水野真由美の俳句のことばも草の罠だろう。転んでくれる未知の読者を待っている。―
 真摯に俳句と向き合う仲間たちと、水野の純な遊び心とがリンクする、信頼に満ちたメッセージなのである。ふと島津亮氏の〈怒らぬから青野でしめる友の首〉の皮膚感覚にも似た温もりを感じる。
 1997年(平成9)発行『海程新鋭集2水野真由美集』の句群の中で「真昼・まひる」の句に注目していた。

  木枯しを父に届けし真昼なり
  夏蝶のひとがたを組む正午まひるかな

 河原枇杷男氏の「自作ノート」の一文―現代人の不幸は、真の夜闇をもたぬところにあるのかも知れない。(中略)病むことのないものは、健康とは何かを理解することは困難である。真の夜闇をもたぬものに、真昼の真の意味を解くことはできないであろう。―の言葉が水野と折り重なっていたのだ。今句集にも通底する「真昼」が、齢を重ねて対象がさらに身近なものとなり、陰に陽に「悼み」「傷み」をより強く内包させてきた。

  井戸の底ひの少年真昼の星を見る
  花冷えをゆくたましひの真昼かな
  真昼間の暗がり死者も綿紡ぐ

 水野は言う。―詩は見えづらいモノやコトを見るためにもあるような気がする。―と。どこまでも深く真っ暗な井戸の底より、天上を見上げる少年ゆえに見ることのできる真昼の星。真昼間の「暗」に綿を紡ぐ生者と死者のたましいが往還する時空。水野の真昼の闇は、これからさらに深く沈潜してゆくのであろう。
 さて、目次Ⅰは「風のしるし」と題し、「しろき人影―フクシマ2017・9・9」よりはじまる。

  草荒れて海に色なき日のありぬ
  路傍の神を川を沈めて草茂る
  海が海を消してゆく日や草の罠

 句集名となる『草の罠』の草草。東日本大震災を目の当たりにして、この世の理不尽を体感した。紺碧の海が荒れ狂い、色を失ったあの日。「海が海を消してゆく日」と対峙し「草の罠」が抱え込む非情と有情の世界観。
 そして水野と時代を共に生きて来た知人や仲間たちの死と立ち合い、悼み、句とエッセイが綴られる。齢を重ねるということの足跡が淡淡と刻印されてゆく。

  軒下で煙草に火をつけ雪の夜
  もうおやすみ船底の種子に月射しぬ
  ジン匂へり川を下ればスポットライト

 掲句は浅川マキの急死を友から聞き、時代がタイムスリップ。「夜が明けたら」「かもめ」「こんな風に過ぎて行くのなら」……。浅川や時代を共にした仲間たちへの思いの丈の幕が上がり、次から次と水野に語り掛け、その声に呼応し、ひとつになり、静かに幕が下りてゆく。
 今句集の大きな特徴は、身近な人たちとの別れを言葉として残す句群。思い出を紐解くように祈るように紡ぐ。
 「お、猫っ、飲んでるか?」と声。

  空つぽのカウボーイハットへ夏の星
  乗り継ぎの雪の駅舎の窓明り
  遠くより振り向く猫や金木犀
  友の背の彎曲を手に緑野なり
  言の葉をそよがせてゆく花野かな

  そして「終点は夜ノ森駅」―兜太逝く

  山茱萸に雲に手をあて逝きしかな
  山茱萸の黄を反戦の水脈とせり
  山影に蜻蛉の大群兜太来る

  あきぐみに陽の匂う風吹き来たる 兜太
  水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る
  山国の橡の木大なり人影だよ

 水野にとって俳句の先生と呼べる師は「金子兜太」ただ一人。師へのオマージュに他ならない。師を慕う弟子たちが蜻蛉の大群となり兜太師を出迎えている。
 あとがきに―生活とはあっけなく変わるものだと改めて思う。平時から戦時へも、こんなふうだったのだろうか。―と。今、ロシアのウクライナへの侵攻が続けられている。戦争という狂気の影の足音。
 最後に、真昼間を夏蝶の影と結界の踏切を軽々と飛翔する水野の新たなる世界。

  踏切を夏蝶の影と渡りゆ

2022年春【第3回】兜太通信俳句祭 《結果発表》

『海原』No.39(2022/6/1発行)誌面より

2022年春【第3回】兜太通信俳句祭 《結果発表》

 第3回を迎えました「兜太通信俳句祭」。参加者数は計121名。出句数は計242句でした。大勢の方のご参加、あらためまして厚く御礼申し上げます。
参加者全員に出句一覧を送付。一般選者の方々には7句選、23名の特別選者の方々には11句選(そのうち1句特選・10句秀逸)をお願いしました。
 以下、選句結果、特別選者講評となります。(まとめ・宮崎斗士)

☆ベストテン☆

《22点》
感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる

《19点》
あやとりの橋を来るははぼたんゆき 北村美都子

《18点》
臍の緒の続きに母の毛糸玉 河西志帆
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子

《17点》
すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子

《16点》
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士

《15点》
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋

《14点》
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵

【12点句】
青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター 石川青狼
親指を突っ込んで剥く春の闇 小松敦
本棚のきつねと眼のあう雛の夜 芹沢愛子
検体をポストに落とす余寒かな 山本まさゆき

【11点句】
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
兜太忌のバナナに残る歯のかたち 長谷川順子

【10点句】
春雷や妻に失恋あるを知る 後藤雅文
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
小綬鶏の明るい夫婦喧嘩かな 松本勇二

【9点句】
戦争が簡単に来る凍える血 川崎千鶴子
蜃楼かいやぐらうしろめたさに鈴つけて 河西志帆
ゲルニカのことばは無音雪時雨 宙のふう
蒼き森二月の音が迷子です 村松喜代
死後のやさしさ濡縁にいて小春 若森京子

【8点句】
とどまること赦されぬ闇へ風船 黒済泰子
おほかみの長鳴き空に星がない 小西瞬夏
お日さまにくちびる見せよ春の子よ 三枝みずほ
雪の日の肺は仄暗き樹海 三浦二三子
鳥雲に君は前しか見ていない 室田洋子
柚子の黄よまるくて固い母である 室田洋子
白鳥帰る青うつくしくくちうつし 望月士郎
樹のような人と樹の人と朝寝 柳生正名
水仙や水聴くように逝くように 柳生正名
野を焼いて罪の重さを軽くする 矢野二十四

【7点句】
雪割草ひさかたという一隅を 川田由美子
ストリートピアノ一小節を燕かな 三枝みずほ
涅槃西風わたし骨までがらんどう 田中信克
冬の月 えへ あは うふふ はは 死ぬのか 田中信克
クレソンは風がゆっくり育ちます 平田薫
雁風呂というものあれば先生と 堀之内長一
拒否の眼の少女ふり向くヒヤシンス 増田暁子
きさらぎや鉛筆で描く笑顔のよう 宮崎斗士
三月のひかり水切りりりりりり 望月士郎

【6点句】
不自由を知る自由あり大枯野 安西篤
夜咄の尽きて介護の嫁の役 石川まゆみ
まず猫の言い訳を聞くせりなずな 大西健司
たむろして老人となる桜東風 こしのゆみこ
ひとりずつ消える家族や蘆の角 小林育子
おたまじやくし群れてボツチヤに夢中かな 四方禎治
いつを昔と言うのか頬の冷たし 遠山郁好
兜太の忌今更ながらアベ政治 中村道子
分校のつらつら椿けんけんぱ 中村道子
白梅ほつほつ兜太師の杖の音 船越みよ
梅ほころぶ悼みはページ繰る度に 三浦静佳
断る勇気漬物石を持ち上げる 三浦静佳
我を問う言の葉のように風花 横地かをる

【5点句】
ウクライナの冬何と叫ぶや兜太なら 石橋いろり
いつも今頃漂う誰か鳥雲に 伊藤淳子
再会や桃の莟がふとうるむ 大髙宏允
変えていいルール早春の白線引く 桂凜火
どこに仕舞おう零れる時の種袋 桂凜火
花林檎むらがりてなほ人淋し 北上正枝
虚数より素数の叫び三・一一 木村寛伸
東風吹くや逆様にして全部出す 小松敦
衆を搔き分け老桜の肉体美です すずき穂波
溜息は泡立つ時計蕗の薹 高木水志
人類に耳寄りなはなし桜咲く 竹田昭江
芹活き活きと夫と道草して古希に 中野佑海
発熱とは丸いかたちか木の根開く 丹生千賀
春の雨ごちそうさまと逝きにけり 船越みよ
蝌蚪の紐そうね宇宙もひもらしい 堀之内長一
旅人の手紙の余白百千鳥 増田暁子
復刻デザインのように草餅 三木冬子
春黒猫うつくしかりき花恋忌 山中葛子
遺書がふる着水する白鳥群 渡辺のり子

特別選者の選句と講評☆一句目が特選句

【安西篤選】
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波

感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
人の世は冬木の瘤の物語 舘岡誠二
蝌蚪の紐そうね宇宙もひもらしい 堀之内長一
野を焼いて罪の重さを軽くする 矢野二十四
核の前「死ぬのはいや」と立つ幼子おさな 伊藤巌
ホワイトアウト劣化薬莢ぶち撒ける 有馬育代
夜咄の尽きて介護の嫁の役 石川まゆみ
あやとりの橋を来るははぼたんゆき 北村美都子
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
拒否の眼の少女ふり向くヒヤシンス 増田暁子
  ◇
 特選〈不燃性家族〉不燃性家族とは、何事もなく、荒立てず、息をひそめて穏やかに日々を過ごしている家族。その中から一人、たんぽぽのようにふわふわと家を飛び立っていった者がいる。その行方は知れず、消息もわからない。不燃性家族に小さなボヤが起きたのだ。現代の家族に起こりつつある揺らぎの一側面。
 秀逸〈感情の〉小白鳥の番いのしずかな距離感。「感情」の微妙な距離感が絶妙。〈人の世は〉冬木の瘤に凝縮された自分史の姿。それが人の世の姿というもの。〈蝌蚪の紐〉蝌蚪の紐を見ていて、宇宙にも超ひも理論があるらしいからと納得。「そうね」に蝌蚪への共感が。〈野を焼いて〉野焼きの火に、内なる己の罪を焼いているような映像をみて、いくらかその罪の重さが軽くなったように感じている。〈核の前〉ロシアのウクライナ侵攻で核攻撃が用意されているという。攻撃に曝され避難するウクライナの幼子の「死ぬのはいや」と泣く哀れさ。〈ホワイトアウト〉取り澄ましたホワイトアウトの雪原に劣化薬莢をぶち撒ける痛快さ。〈夜咄の〉老いた親の夜咄も尽きて、今度は介護役の嫁が親の面倒をみる番。〈あやとりの〉母を亡くした姉妹があやとり遊びで橋を作っていて、その橋を亡き母が渡って来る。その橋には子供たちの喜びそうな牡丹雪が舞う。それは妣の心づくしの映像なのだろう。「ぼたんゆき」の平仮名表記がイメージの中の妣と子供たちとの夢の交歓の景とも見えてくる。〈光る裸木〉看護師が患者と接して人間として感じたあれこれは、看護日記に書いてこそいないものの、今も光る裸木のように輝いて胸にあり。〈拒否の眼の〉少女に大事な決断を迫る出来事があり、それにはっきりノーという爽やかな拒否のまなざしは、ヒヤシンスのようにまっすぐ伸びた立ち姿から。

【石川青狼選】
白鳥帰る青うつくしくくちうつし 望月士郎

雪の日の肺は仄暗き樹海 三浦二三子
遺書がふる着水する白鳥群 渡辺のり子
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子
春雷や妻に失恋あるを知る 後藤雅文
底抜けの恋に痩せたし青鮫忌 高木一惠
分校のつらつら椿けんけんぱ 中村道子
梅ほころぶ悼みはページ繰る度に 三浦静佳
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
小綬鶏の明るい夫婦喧嘩かな 松本勇二
発熱とは丸いかたちか木の根開く 丹生千賀
  ◇
 〈白鳥帰る〉越冬した白鳥たちが繁殖地のシベリアを目指す北帰行の途中、雪解けの進んだ水田や畑に飛来し、泥だらけになりながら、しばし羽を休めて餌を求め体力を蓄えている。その光景は騒々しくもパワフルで生命力にあふれている。充分体力を蓄え飛び立つ群れ。「青うつくしく」は、白鳥を包み込む空の澄んだ「青」の透明感であり、その「青」の空間に白鳥たちが次々と吸い込まれて行く。その光景がまるで「くちうつし」するようだと結実する。何とも愛しく美しさを放っている言葉だ。母鳥が口移しで餌を与えているような、ペアが餌を分け合うような愛しさであり美しさをも醸し出している。地上の人間界の親子や恋人同士が上空の白鳥を見送っている情景にも見えてくる。「うつくしくくちうつし」のレトリックにファンタジーな気分にさせられ心惹かれた。
 コロナ禍やウクライナ情勢など暗い昨今。せめて俳句の世界は明るく楽しい句との出会いを求めて選句に望み、〈底抜けの〉の兜太先生へ「痩せるくらいの恋がしたいです」と話しかけたい気持ちであるとか、〈小綬鶏の〉の小咄の明るい夫婦げんかの可笑しさなど大いに堪能した。また〈献体葬〉〈梅ほころぶ〉〈光る裸木〉など、しみじみと心に迫る選句にもなった。明るい時代がきてほしいと切に願う。

【伊藤淳子選】
梅 二月二十日の鮫に加わりぬ 木村寛伸

感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
いつを昔と言うのか頬の冷たし 遠山郁好
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士
クレソンは風がゆっくり育ちます 平田薫
ストリートピアノ一小節を燕かな 三枝みずほ
我を問う言の葉のように風花 横地かをる
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
春黒猫うつくしかりき花恋忌 山中葛子
きさらぎや鉛筆で描く笑顔のよう 宮崎斗士
  ◇
 特選句〈梅 二月二十日〉先生のお宅のお庭の実景が浮かんでくる。二月二十日梅が咲き「いのち」「存在」に思いを致したとき。加わりぬが秀逸と思う。
 秀逸句〈感情の〉感情を距離ととらえて独自。〈いつを昔〉自問自答の中での肉体感覚。〈自由って〉春の気分いっぱいの明るさ。〈日永とは〉老いた母の心情を時間の流れの中で見事に表現している。〈クレソンは〉信州の山里の清流の様子、クレソンの緑が濃い。〈ストリート〉まだ実際にはストリートピアノに出会っていないのだが燕との組合せがいかにもと納得。〈我を問う〉風花を一度だけ見た時の空気、空の青さを思い出して。〈光る裸木〉看護の大変さが伝わってきます。〈春黒猫〉皆子先生の黒猫の句がみんな大好きでした。〈きさらぎや〉きさらぎの光が見えてきます。

【大西健司選】
感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる

雪の日の肺は仄暗き樹海 三浦二三子
マスクするゴッホの片耳どうする 梨本洋子
如月の無言の臓器は黒衣 鱸久子
検体をポストに落とす余寒かな 山本まさゆき
零れるほど哀し二月二十日の言霊 若森京子
花林檎むらがりてなほ人淋し 北上正枝
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子
本棚のきつねと眼のあう雛の夜 芹沢愛子
牡牛らの若きかんばせ夜の野火 野田信章
知らぬまに擦りむいたゆび子猫抱く 遠藤路子
  ◇
 未だコロナ禍の渦中、リアル句会の機会もなく、大会も開催出来ないなか、こうして通信句会を継続していただくことに感謝。そして斗士さんのご苦労に深謝。
 ところで、春の俳句祭ということで本年も先生に関する句がたくさん見られた。そしてお祭りらしく言葉が溢れている。全体に皆いささかテンション高めなのではと思う。そんななか特選句の穏やかな心の揺らぎに共感。日常のゆるやかな起伏のなか、すぐそばに遊ぶ小白鳥の愛らしさが嬉しい。
 〈雪の日の〉中句から下句には脱帽。ただ雪の日のではいささか説明的では。〈マスクする〉問題句では。「する」がいささか気にかかる。〈検体を〉〈献体葬〉問題提起されていて秀逸。いろいろと気にかかる句が多く迷いつつの選でした。いつまでも落ち着かない日々ですがとりあえず書き続けましょう。

【川崎益太郎選】
涅槃西風わたし骨までがらんどう 田中信克

マスクするゴッホの片耳どうする 梨本洋子
溜息は泡立つ時計蕗の薹 高木水志
兜太の忌今更ながらアベ政治 中村道子
兜太忌のバナナに残る歯のかたち 長谷川順子
臍の緒の続きに母の毛糸玉 河西志帆
底抜けの恋に痩せたし青鮫忌 高木一惠
拒否の眼の少女ふり向くヒヤシンス 増田暁子
不自由を知る自由あり大枯野 安西篤
発熱とは丸いかたちか木の根開く 丹生千賀
将軍に佐保姫わたす手切れ金 齊藤邦彦
  ◇
 特選〈涅槃西風〉「涅槃西風」と「骨までがらんどう」の取り合わせ。切なさの中にユーモアが読めて俳味あふれる句になった。秀逸〈マスクする〉本当にゴッホも困っている。〈溜息は〉溜息にあふれるユーモア。〈兜太の忌〉アベ政治の闇と罪の深さ。〈兜太忌の〉「歯のかたち」は、兜太への思慕の形。〈臍の緒の〉父になき母との消えぬ絆。〈底抜けの〉兜太と痩せるほどの恋がしたい。〈拒否の眼の〉これ以上行くと、セクハラ。〈不自由を〉大枯野の持つ力。〈発熱とは〉熱を形にすれば、木の根の開く形。〈将軍に〉悪代官に渡す極上の賄賂。
 心ならぬも日々遠ざかる兜太。この俳句祭が呼び起こしてくれる力に感謝しております。今後ともよろしくお願い致します。

【北村美都子選】
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
梅 二月二十日の鮫に加わりぬ 木村寛伸
臍の緒の続きに母の毛糸玉 河西志帆
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士
たむろして老人となる桜東風 こしのゆみこ
九条美し兜太忌の風鳴り渡り 篠田悦子
まひるまの真水が映す蝶一頭 茂里美絵
我を問う言の葉のように風花 横地かをる
春黒猫うつくしかりき花恋忌 山中葛子
牡牛らの若きかんばせ夜の野火 野田信章
  ◇
 特選句〈墜ちてゆく〉雲雀とすれ違う、のフレーズには、墜ちてゆく“我”が匿れていないか?墜ちて、は墜落。高所からの、あるいはある時点からの―。「途中」と書き取られることによってアングルがぐるっと反転し、墜ちてゆく我が現れる。すれ違う雲雀は我に対しての他者の喩。すれ違って、それきりになってしまった誰か…。痛感を伴った心的風景が響いているような一句。墜ちてゆく先は底知れず、作者・我にも着地点は不分明だ。自身の内奥の可視化に迫るシュール感に、俳句の虚(詩性)が顕在する。
 秀逸句。〈すべり台〉やや図式的ながら春の断定に納得。〈梅 二月二十日の〉鮫に加わったのは作者自身かも。〈臍の緒の〉毛糸玉への引き寄せが巧み。〈日永とは〉ぽつんと、が淋しさとも自在感とも。〈たむろして〉諧謔。〈九条美し〉鳴り渡り、が大きい。言い得ている。〈まひるまの〉主観によって示される詩の世界。〈我を問う〉風花なれば詰問ではない筈。〈春黒猫〉然り、花恋忌。〈牡牛らの〉生き物への賛と親近感。

【こしのゆみこ選】
人類に耳寄りなはなし桜咲く 竹田昭江

水仙や水聴くように逝くように 柳生正名
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子
春の雨ごちそうさまと逝きにけり 船越みよ
あやとりの橋を来るははぼたんゆき 北村美都子
蜃楼かいやぐらうしろめたさに鈴つけて 河西志帆
耳鳴りも木の芽張るのも君のせい 松本千花
喪にいそぐ国は春雪に濡れて 藤田敦子
水温むふつと憑物おちにけり 矢野二十四
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
 兜太先生の忌日ということもあってか、今回は深く重い句が多かったように思う。でも兜太先生に捧げる句とするならば、そういう死を悼むような句よりも、チャレンジ精神のある、クスリ笑いするような句の方が先生は愉しんでもらえるような気がした。もちろん、そんな意識はせず、心にひっかかる好きな句を選んだ。
 特選の〈人類に〉耳寄りのうさんくささがおもしろく、とにかく人類のためにも聞かなくっちゃ。〈水仙や〉水聴くと逝くようにが美しい。〈白鳥帰る〉美しい消失感。〈墜ちてゆく〉こんな余裕のある墜ち方は愉しい。〈春の雨〉やりつくし、おなかいっぱいの表情のごちそうさまがうらやましい。〈あやとりの〉ひたすら美しい。
 〈蜃楼かいやぐら〉鈴つけてがすごい。いつだって後ろめたさは鳴り響くのだ。〈耳鳴りも〉この場合、そんな主張を君も楽しんでいてくれているのが前提。〈喪にいそぐ〉喪にいそぐで切れるのかも知れないが、喪にいそぐ国と読めて胸が詰まる。〈水温む〉本当にある日ふっとおちる感じは実感。〈小雀が来てる〉雨にきょときょとする小雀を私たちはどう表現するかなのだ。

【芹沢愛子選】
いつを昔と言うのか頬の冷たし 遠山郁好

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
兜太の忌今更ながらアベ政治 中村道子
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
父母も兜太も来ない二月来る 川崎益太郎
復刻デザインのように草餅 三木冬子
赤鬼青鬼私の寒さかな 小西瞬夏
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子
たむろして老人となる桜東風 こしのゆみこ
まず猫の言い訳を聞くせりなずな 大西健司
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
 特選に〈いつを昔と言うのか頬の冷たし〉。過去がきれぎれの情景として蘇る茫洋とした「昔」。頬の冷たさで「今」に還る。素直にうなずける句でした。
 〈すべり台より〉二つの遊具にまつわる記憶を懐かしむ。〈兜太の忌〉今も力を持つ「アベ政治」に複雑な思いの作者。〈自由って〉口語の明るさ。〈父母も〉素直な喪失感ながら「来ない」「来る」と対比し「青鮫が来ている」も連想させ巧み。〈復刻デザイン〉喩えの面白さ。〈赤鬼青鬼〉「私」という自我を前面に。〈墜ちてゆく〉揚げ雲雀をこのように書ける機知。〈たむろして〉老人となる、が言い得て妙。〈まず猫の〉猫ってそういう表情をしますね。〈小雀が〉前のめりなリズムも内容も、小雀らしく愛らしい。

【十河宣洋選】
感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる

白梅ほつほつ兜太師の杖の音 船越みよ
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
涅槃西風わたし骨までがらんどう 田中信克
蝌蚪の紐そうね宇宙もひもらしい 堀之内長一
野を焼いて罪の重さを軽くする 矢野二十四
影ふみ遊び暗渠に積もる春の音 川田由美子
花びらの哀しび戸惑いは星の死 宙のふう
春のものにならねばいつか鳥に戻る 福岡日向子
発熱とは丸いかたちか木の根開く 丹生千賀
飛ばないキウィ飛びたいわたし天の川 松田英子
  ◇
 特選〈感情の〉白鳥と作者の距離感が、落ち着いた気持ちにさせてくれる。白鳥も白鳥を見ている人もそれぞれが立場を守って距離をとっている。現代の洗練された生き様のようなものを感じた。
 秀逸〈白梅ほつほつ〉梅と兜太などは少し兜太にもたれ過ぎていないだろうか。〈白鳥帰る〉白鳥帰るの耳底に白鳥の鳴き声が響く心地よさを感じた。〈涅槃西風〉骨までがらんどうの言い方が面白くて頂いた。〈蝌蚪の紐〉そうねは無くてもいいように思うがどうだろうか。〈野を焼いて〉野焼きの後の開放感のようなものを感じた。〈影ふみ遊び〉暗渠でいいかどうか迷ったが、暗渠から聞こえる水の音がいいと思う。〈花びらの〉戸惑いは星の死でいいかどうか。哀しびと死でいいかどうか。少々疑問。〈春のものに〉この発想は楽しい。鳥に戻るの措辞はいい。〈発熱とは〉木の根の明く雪の地方の実感である。「木の根明く」は私は「開く」より「明く」の方を使っている。〈飛ばないキウィ〉この取り合わせがいい。楽しい俳句。
 少し感想が厳しいところもあるが、いい作品と思うから選んだので決してけなしているわけではないことをご了解願いたい。

【高木一惠選】
蜃楼かいやぐらうしろめたさに鈴つけて 河西志帆

溜息は泡立つ時計蕗の薹 高木水志
兜太の忌今更ながらアベ政治 中村道子
雪割草ひさかたという一隅を 川田由美子
光源は兜太先生海に春 北村美都子
雪の兜太忌ひとりでいてもふたりごころ 中村晋
復刻デザインのように草餅 三木冬子
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
陽炎を連れ自衛隊ヘリ離陸 黒済泰子
ミサイルは実験に非ず時計ひしゃげて 東海林光代
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
  かいやぐら
 特選句〈蜃楼〉の、虚実の間に生きる身が負う様々な「うしろめたさ」を、見失わないよう「鈴つけて」とした作者の俳諧味ある観照に深く共感しました。
 かつて、三月十一日を境にして俳句の風景が一変した感じですが、その後のコロナ禍とはまた違う形で、言いしれぬ切なさを伴って突き付けられたウクライナの現状を前にして、「俳句」と共にしどろもどろ考え込みます。
 たまたま、近刊の柳生正名著『兜太再見』の第十一章「差異としての虚子/兜太」で、俳句の扉を開き直す一つの鍵を提示されて、また章末に著者があげた「俳句界の主流」は、新たな眼で見詰め直すべき一喝に昨今遭遇したのではないかとも感じ、この度の選に臨みました。〈兜太の忌〉の認識と、〈小雀が来てる〉の情緒の要素が並び立つ「海原」に期待します。

【武田伸一選】
冬晴や乳やる山羊を糞落ちる 菅原春み

感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
いつを昔と言うのか頬の冷たし 遠山郁好
花林檎むらがりてなほ人淋し 北上正枝
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子
春雷や妻に失恋あるを知る 後藤雅文
樹のような人と樹の人と朝寝 柳生正名
雪明りそれぞれ西へ向かっている 小池弘子
「気取るんじゃねェ」と叱声梅香濃し 鱸久子
柚子の黄よまるくて固い母である 室田洋子
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
 特選〈冬晴や〉冬のよく晴れた日、産まれてまだ間もない子山羊に乳を含ます母山羊。その母山羊が思わずもこぼす糞。その糞は子山羊の顔近くに落下するに違いない。母も子もそれを気にするふうもない自然のありようが凄い。
 〈感情の〉作者と小白鳥のいる空間を、「しずかなる距離」という。自然との一体感。〈いつを昔〉多くの人は軽々に「昔」とよく言うが、人それぞれに違う「昔」ではある。〈花林檎〉さびしくて人は群れるが、群れれば群れたで、なお増すさびしさ。〈献体葬〉献体をした人たちをそれぞれの家族に返す前に行う、簡単な合同葬儀であろう。家族の側からの「積もらぬ雪を見てをりぬ」である。〈春雷や〉恋をしたこともないと思っていた妻の失恋を知り、なぜかほっとしている夫。〈樹のような〉若者の合宿などの就寝の様子を思い描くと分かりいい。達者な表現に拍手。〈雪明り〉それとは気づかぬまま、あの世とやらへ近づく、この世の人たち。〈気取るんじゃ〉一読、兜太師が思われ、にやりとさせられる。〈柚子の黄よ〉「柚子」と「母」の好取り合わせ。母恋の一句に納得。〈小雀が〉コスズメではなく、コガラであろう。小動物との一体感が何より。

【舘岡誠二選】
白梅ほつほつ兜太師の杖の音 船越みよ

兜太忌のバナナに残る歯のかたち 長谷川順子
ウクライナの冬何と叫ぶや兜太なら 石橋いろり
ひとりずつ消える家族や蘆の角 小林育子
未来の子に凍る神殿残すなよ 大髙洋子
お日さまにくちびる見せよ春の子よ 三枝みずほ
零れるほど哀し二月二十日の言霊 若森京子
三月十一日卒塔婆海の流木 稲葉千尋
芹活き活きと夫と道草して古希に 中野佑海
いまだ鎖国コロナごもりの雪ごもり 石川青狼
雁風呂というものあれば先生と 堀之内長一
  ◇
 「兜太通信俳句祭」には欠かさずに投句を心がけている。この俳句祭は「海程」から「海原」への新しいエネルギー源となること必至といえる。これからもお互い大地にしっかり足をつけ句作に励みたい。
 私の特選句は先生のお人柄を白梅に気持ちを込め、座五に「杖の音」と据え、金子先生の人生が余韻余情となって響いてくる。重厚句といえる。
 金子先生を想いおこしての作品を他にも選ばせていただいた。また、東日本大震災、新型コロナウイルス、ウクライナなど時世を表現したものに佳句があったことを心に受けとめた。
 心情的に私は〈芹活き活きと夫と道草して古希に〉に魅かれた。芹が非常に新鮮。夫婦の絆を言いとめている。八十二歳の自分からすると古希は若い。これからの人生を大切にしてください。好感をもってこの句を上位に挙げたい。

【遠山郁好選】
白鳥帰る青うつくしくくちうつし 望月士郎

感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
みづいろは大地テラの頬笑みしやぼん玉 高木一惠
いつも今頃漂う誰か鳥雲に 伊藤淳子
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
遺書がふる着水する白鳥群 渡辺のり子
兜太没後四年の月日梅咲いた 武田伸一
春宵の兎につめたくされており 上田輝子
樹のような人と樹の人と朝寝 柳生正名
蜃楼かいやぐらうしろめたさに鈴つけて 河西志帆
一憂に目瞑る春星の音叉 高橋明江
  ◇
 特選〈白鳥帰る〉若山牧水の「白鳥(しらとり)は」を彷彿させるこの作品に注目した。この句の中の青は空であり水である。白鳥が飛翔するとき、嘴はその青さに溶け込むように一体化する。それを「くちうつし」と感受した。あえかで濃密な美意識。また、うつくしくくちうつしの韻律は詠うようでもあり、平仮名表記は北帰行のもの悲しさを想起させて効果的。
 秀逸〈感情の〉ある対象との醒めた目で捉える距離感。それは作者と小白鳥との距離でもある。〈みづいろは〉みづいろは大地の微笑みに引き込まれる。そして、しゃぼん玉の季語で一層輝きを増す。〈いつも今頃〉日常を大切に、誠実にさらりと掬いとり、簡明にして深い句。鳥雲の季語が、実によく働いている。〈白鳥帰る〉白鳥が帰るときの感傷を、耳底に残る鳴き声と共に回想している。〈遺書がふる〉白鳥は古来、死と関わりが深いが、遺書がふる、着水と瞬間を捉えた躍動感が眩しく鮮しい。〈兜太没後〉淡々と事実のみを書いて、沁み沁みと感慨深い。心に浸み渡る句。〈春宵の〉捕まえようとした兎が、するりと手を抜けて逃げた。春宵の少し淋しげで艶なる気色。〈樹のような〉樹のような人に続く「樹の人」と言えたのがとても良い。〈蜃楼かいやぐら〉複雑な心理状態が、蜃楼の季語でより鮮明に浮かび上がる。「一憂に」この句の世界に惹かれる。情感に溺れず「一憂」と書く冷静さ。そしてそれは結びの音叉ともよく響き合う。

【中村晋選】
春の雨ごちそうさまと逝きにけり 船越みよ

二人の電車伸び縮み行く春銀河 中野佑海
白息のわれも動物畑打つ 稲葉千尋
風花や母なき少女の付け睫毛 榎本愛子
白鹿の来ている子らの神あそび 平田恒子
臍の緒の続きに母の毛糸玉 河西志帆
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
検体をポストに落とす余寒かな 山本まさゆき
春眠がオートリバースしています 山本まさゆき
小綬鶏の明るい夫婦喧嘩かな 松本勇二
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
 昨年は大切な人を亡くすことが多く、今もなおその後遺症を引きずっているようなところがあります。そんな中、特選にいただいた〈春の雨〉は実に清々しい句でした。「ごちそうさま」という言葉をしっかり受け取ってもらったことを確かめてから、この方は息を引き取ったのだろう。「春の雨」がとてもやわらかく感じられます。すべての言葉に命の血が通っているように思われる句でした。
 「命」といえば、〈二人の電車〉の謎めいた伸び縮み、〈白息の〉の生きもの感覚、〈風花〉と取り合わせられる付け睫毛の生々しさ、〈白鹿〉がいる神話的時間、〈臍の緒〉とつながる命の象徴たる毛糸玉、〈自由〉を謳歌する鴎の躍動感、〈検体〉をポストに落とす瞬間のまがまがしさ、妙に機械的に繰り返される〈春眠〉〈小綬鶏〉の明るい空気感、〈小雀〉とまるで会話をするかのように命を通い合わせる作者。どの句も私たちのささやかな日常を寿ぐ命の賛歌であるように感じました。
 他にも選びきれなかった好句多数。ここに紹介しきれないのが残念ではありますが、とにもかくにも、兜太通信俳句祭全242句、「ごちそうさま」でした。

【野﨑憲子選】
九条美し兜太忌の風鳴り渡り 篠田悦子

戦争が簡単に来る凍える血 川崎千鶴子
どこに仕舞おう零れる時の種袋 桂凜火
宇宙蟹すみれのはなの咲く頃の 山中葛子
本棚のきつねと眼のあう雛の夜 芹沢愛子
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子
まひるまの真水が映す蝶一頭 茂里美絵
ぽっかりと雲それだけで春立ぬ 森由美子
死後のやさしさ濡縁にいて小春 若森京子
晩冬や爆音で目覚めた少女 日高玲
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
 特選句〈九条美し〉師は今も近くにいらっしゃるという思いから師の名を冠した忌日作品はこれまで避けていたが、この句は師の思いを継承している。露のウクライナ侵攻の中、『憲法九条』の「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」の文言は唯一の被爆国である日本発の、世界が人類存続の為に守らねばならない最重要の砦と思う。〈戦争が簡単に来る凍える血〉今回の侵攻は、まさかの戦争の始まりだった。血を凍えさせてはならない。
 〈宇宙蟹〉この宇宙蟹を、私は星雲ではなく大空を過ぎる太陽と捉えた。遍く陽光が、凍える血を、愛に滾る血に温めてくれることを願ってやまない。頂いたどの作品も、句の姿、調べ共に美しかった。宮崎斗士さんのお陰様で、コロナ禍の中でも、素晴らしい交流の場ができました。ありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

【野田信章選】
青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター 石川青狼

感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
万感の冬日の厚み子と暮らし 藤盛和子
散文的空間にわれ春の蠅 鳥山由貴子
旅人の手紙の余白百千鳥 増田暁子
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子
梅咲いて眼力篤く漂うよ 高木水志
若さとう悔しきものよ翡翠奔る 遠山郁好
梅咲いてべたりと版画のような日が 藤野武
死後のやさしさ濡縁にいて小春 若森京子
柳絮舞う心の澱を吐く様に 保子進
  ◇
 兜太祭に因んだ作品としては、次の句に注目。
  青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター
  梅咲いて眼力篤く漂うよ
 前句はプリンターの躍動感の即物的な把握によって自然体としての青鮫との響合を呼び覚ましてくれる爽快さがある。後句は梅の開花に触発されて在りし日の師像を彷彿とさせて定住漂泊への想いを駆り立てるものがある。発表の場によっては前書を要する句柄でもあろう。
 選句の過程では修辞の工夫工面などで参考になる句もあって勉強になった。最終的には
一句の内容というか存在感のある自立した句を選んだ。中でも注目した句を左記に。
  万感の冬日の厚み子と暮らし
  献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ
  若さとう悔しきものよ翡翠奔る
  死後のやさしさ濡縁にいて小春

【藤野武選】
衆を搔き分け老桜の肉体美です すずき穂波

雪割草ひさかたという一隅を 川田由美子
ひとりずつ消える家族や蘆の角 小林育子
青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター 石川青狼
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
復刻デザインのように草餅 三木冬子
とどまること赦されぬ闇へ風船 黒済泰子
おたまじやくし群れてボツチヤに夢中かな 四方禎治
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子
クレソンは風がゆっくり育ちます 平田薫
親指を突っ込んで剥く春の闇 小松敦
  ◇
 特選句〈衆を搔き分け〉は、愉しい句である。「衆を搔き分け」ているのは作者ではなく、「老桜」自身だと私は受け取る。人々が桜に押し寄せるてくる情景を「老桜」側に視点を逆転させた。その新鮮。さらにまた「老桜」の擬人化が「老桜」の溢れる生命力を際立たせる。しかしなにより重要だと思うのは、句の底にあるアニミズム。それがこの句の、生命感の源泉。

【堀之内長一選】
春愁や白紙きっちりメモ用紙 伊藤雅彦

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
いつも今頃漂う誰か鳥雲に 伊藤淳子
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
東風吹くや逆様にして全部出す 小松敦
おたまじやくし群れてボツチヤに夢中かな 四方禎治
変えていいルール早春の白線引く 桂凜火
蜃楼かいやぐらうしろめたさに鈴つけて 河西志帆
拒否の眼の少女ふり向くヒヤシンス 増田暁子
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
強くかむ食パンの耳原爆忌 清水茉紀
  ◇
 いつもながら迷うのが特選の一句。春愁の有様は、もしかしたらこのような日常の襞から染み出すのかもしれないと考えさせられて〈春愁や〉を選んだ。白い紙はいつでもメモ用紙。書き付けることは、恐らく今日の買い物メモかもしれない。愁いに満ちた日常こそ俳句の生まれる場所。
 独断が愉快な雲梯の句。正当過ぎるほど正当な叙情あふれる鳥雲。甘くなつかしい青春を感じさせる耳底感覚。東風なんて古めかしい季語を大胆に活用。逆様にしたら何が出てくるのか、想像する面白さ。昨年のオリンピックで唯一鮮明な記憶が。ボツチヤに夢中の俳諧人(これも特選候補)。目に沁みる早春の白線がまぶしくて越境してしまう心。ゆれうごくうしろめたさにとらわれる孤独な自我。そんな孤独が何さとヒヤシンスを凝視する少女の一途さ。たんぽぽになってしまえば燃え上がるかもしれない私の家族。表現への挑戦意欲を買う。もう原爆忌。いやいつもそこにあるものとしての。微妙な固さの食パンの耳を噛んで、さて何を生み出そうというのか。
 兜太通信俳句祭の句は、いつも不思議なエナジーにあふれている。この熱気をいつまでもと願うばかりである。宮崎斗士さん、これからもよろしくお願いいたします。

【松本勇二選】
すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ

マスクの目玉ひとつ余って冴返る 丹生千賀
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
いつも今頃漂う誰か鳥雲に 伊藤淳子
涅槃西風わたし骨までがらんどう 田中信克
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士
ストリートピアノ一小節を燕かな 三枝みずほ
芹活き活きと夫と道草して古希に 中野佑海
あやとりの橋を来るははぼたんゆき 北村美都子
死後のやさしさ濡縁にいて小春 若森京子
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
  ◇
 特選の〈すべり台より〉は明るさが際立っていた。明るく元気な俳句を書いて行こう、などと色々なところで言っているが、まさに我が意を得たりであった。理屈を言えばすべり台の方が春らしいが、作者の中にある雲梯なので文句は言えない。こういう書き方を会得していればいくらでも俳句が書けそうだ。じつに頼もしい。
 〈いつも今頃〉の存在感の無い書き方も刺激的だった。誰が漂うのか、死者なのか生者なのか考えさせられながら、下五はこれに追い打ちをかけるように、霞んだ季語だ。面白。〈死後のやさしさ〉も興味を持った。亡くなったひとを思いだしながら、やさしいエピソードを一つひとつ噛みしめているのだろうか。人はこうして死後も関わっているということを教えていただいた。嬉しい。〈不燃性家族〉上五、下五が常識を超越している。近未来SF俳句か。凄い。

【茂里美絵選】
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
雪割草ひさかたという一隅を 川田由美子
いつを昔と言うのか頬の冷たし 遠山郁好
花林檎むらがりてなほ人淋し 北上正枝
雪催い母の覚悟は柔らかし 村松喜代
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士
本棚のきつねと眼のあう雛の夜 芹沢愛子
鳥雲に音が零れる水透き通る 伊藤淳子
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子
きさらぎや鉛筆で描く笑顔のよう 宮崎斗士
  ◇
 特選〈不燃性家族〉現代の家族のカタチ。その多様性。「一人たんぽぽ化」が物悲しくかつ可笑しい。絶妙の諧謔性の一句。
 秀逸句〈すべり台〉「雲梯」が効いている。筋肉を使う方が春を身近に感じる。〈雪割草〉「ひさかた」の枕詞の効果でしょうか。繊細さが光る。〈いつを昔と〉「昔」という曖昧な空間と「頬の冷たし」の微妙な関係。〈花林檎〉美しい花の色が逆に心の傷を深めることもある。〈雪催い〉これぞ本当の母親像。母は強しと。〈日永とは〉平穏の半面「ぽつんと椅子」の措辞が老いの儚さを見事に表現。〈本棚の〉「きつね」と「雛」が響き合う。〈鳥雲に〉上五中七のかすかな音の淋しさ「水透き通る」で更に深まる。〈墜ちてゆく〉対比の句。無心の雲雀と、原罪を背負う人間と。〈きさらぎや〉平明にして巧みな句。中七下五のやゝ乾いた表現が正に「きさらぎ」なのです。他にも触れたい句がいっぱい。
 この企画は素晴らしいです。紙面でまた、皆様とお会いしましょう。

【柳生正名選】
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
三月のひかり水切りりりりりり 望月士郎
青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター 石川青狼
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士
クレソンは風がゆっくり育ちます 平田薫
まず猫の言い訳を聞くせりなずな 大西健司
あやとりの橋を来るははぼたんゆき 北村美都子
分校のつらつら椿けんけんぱ 中村道子
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
  ◇
 自戒を込め、あえて記す。今回の240句余りに、むしろ「停滞」を感じた。「これは新しい」というものが際立たず、それを探し求める悪戦苦闘の汗臭さもさほど匂わない。気持ちの良い、その分「いいね!」を集めるのに適した「佳作」が多数とでもいおうか。当然、コロナの影響はある。それならそれで現状に苦しみ、壁を何とか打ち破ろうとするひりひりした焦りや煩悶が垣間見えてよいはずだ。
 例えば、特選の〈積もらぬ雪を見てをりぬ〉には故人への思いに重ね、遺された自身を顧みての焦燥がにじむ。「ガガガ」を彼の地でさまざまな命を踏みつぶして進む戦車のうなりと重ねつつ、その現実に対してただ無力な自分がいる。「書かないこと」のうちにこそ真実がある世界にうちひしがれる。これら読む心を多少なりともひりひりさせる句に惹かれたのは、戦争がいまだ世界の現実であることが誰の目にもはっきりした今だからこそかもしれない。
 そんな今、兜太健在ならば何と言い、どう行動するだろうかと切実に思う。はっきりしているのは、過去の達成に甘んじず、新しいテーマ、理念を模索し、誰も見たことのない表現で現実に遮二無二挑みかかるに違いないということだ。そんな兜太に今こそ学びたい。

【山中葛子選】
お日さまにくちびる見せよ春の子よ 三枝みずほ

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター 石川青狼
ゲルニカのことばは無音雪時雨 宙のふう
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
三月十一日卒塔婆海の流木 稲葉千尋
虚数より素数の叫び三・一一 木村寛伸
樹のような人と樹の人と朝寝 柳生正名
白鳥帰る青うつくしくくちうつし 望月士郎
桜蘂降るやコルセットの金具 大渕久幸
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
  ◇
 特選〈お日さまに〉コロナ禍によってマスクを強いられた子供たち。「くちびる見せよ」の解放感を願う愛おしさが切ない。〈すべり台〉春がドラマチックに見えてくる。〈青鮫忌〉ガガガのオノマトペが肉感的。〈ゲルニカの〉惨禍を超越した詩界なるもの。〈自由って〉最高の幸せに気付かせてくれる韻律。〈三月十一日〉の悲しみのつきまとう実感。〈虚数より〉抽象的に描かれた三・一一の叫び。〈樹のような〉ふたりごころが呼び覚まされている妙味。〈白鳥帰る〉の「青」のイメージ感覚にさそわれる。〈桜蕊降るや〉コルセットの「金具」の不思議な美意識。〈光る裸木〉墓場まで持っていく愛の証。
 春の「兜太通信俳句祭」の開催をいただく交流のすばらしさに感謝しております。

【若森京子選】
衆を搔き分け老桜の肉体美です すずき穂波

雪割草ひさかたという一隅を 川田由美子
お日さまにくちびる見せよ春の子よ 三枝みずほ
どこに仕舞おう零れる時の種袋 桂凜火
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
雪の花「活きて老いに」を噛みしむ夕 宇川啓子
芹活き活きと夫と道草して古希に 中野佑海
しゃぼん玉後姿は見せません 横田和子
変えていいルール早春の白線引く 桂凜火
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
きさらぎや鉛筆で描く笑顔のよう 宮崎斗士
  ◇
 〈衆を搔き分け〉この一句の美しい立ち姿に、岡山県の国境に後醍醐天皇が隠岐の島に流される時に植えた「醍醐の桜」という老桜の美しい姿がオーバーラップした。全国には沢山の歴史的な老桜が現在も美しい姿を保持している。ふと作者の願望でもあり、作者自身の姿ではと思った。
 〈雪割草〉美徳のごとき生き方を漂わせている。〈どこに仕舞おう〉過ぎゆく時間に対する焦燥感を詩的にした一句。〈お日さまに〉現在のマスク生活に対する叫びの発語感。〈白鳥帰る〉哀感漂う寂莫感。〈雪の花〉「活きて老いに」の措辞は人間の願望であり、甘美に謳っている。「芹活き活きと」の措辞を通してこの夫婦の歩みが見える。〈しゃぼん玉〉一瞬のしゃぼん玉と下句の響き合いが上手い。〈変えていい〉生きる方法と未来への明るい希望の若々しい一句。〈不燃性家族〉家族の人間模様が見える様だ。物語性が面白い。〈きさらぎや〉林田紀音夫の「鉛筆の遺書」の様にはかない笑顔を思う。
 現状況での大会、お世話をして下さる方は大変だと思いますが、121名の参加は嬉しいことです。早くリアル大会でお会いしたいものです。

その他の参加者(一句抄)

街道は若狭より闇狐火来る 赤崎裕太
月光の音符過去へ棚引く残響の余韻 阿久沢長道
墓石に当てる両掌や黄水仙 石川義倫
ミャンマーの友の三本指みつゆび風信子 大上恒子
句を杖に誕生月は弥生です 岡村伃志子
友の射る莫妄想の矢冴え返る 小田嶋美和子
来年度体重が減る蟻の塔 葛城広光
石つぶて花にとどかず青二才 川森基次
白く煌めく街を見ている猪よ 黒岡洋子
強欲を微塵子にして春の沼 小池信平
寒晴れや正しい悪をいう政治 佐々木昇一
鍵落とす真綿の闇ぞ雪女 鈴木修一
街路樹に微温下萌えしずかにしずかに 十河宣洋
どぶろくやどの茶碗と遊ぼうか 樽谷宗寬
ショパン弾くわたし迷子よ春時雨 蔦とく子
裸木の静かさのみののこりけり 永田タヱ子
春光にサルトル一茶師の俳論 野口佐稔
春夕焼け心の隅に玉手箱 野口思づゑ
兜太祭の松明がゆく俳句新時代 野﨑憲子
蟷螂の関心無さそう骨密度 平山圭子
ひよってんじゃねえよとがるモヒカン寒の月 深澤格子
月面で麻雀ゴルフ青鮫忌 藤好良
耳朶の感覚仄か春浅し 松井麻容子
鞦韆と時空跨いで星を出よ 三嶋裕女
副反応怖がらないで春一番 峰尾大介
言い訳けのよう走り抜け恋の猫 深山未遊
師もすなるトイレで句作春の昼 森鈴
塗り立ての団地のポスト木の芽風 山本弥生
狭庭に小鮫来るかも知れぬ梅咲いて 吉澤祥匡

《参考》兜太通信俳句祭の高点句

◆第1回 2021年春のベスト5
不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝
記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
つちふるや折目の傷む世界地図 三浦静佳
ぶらんこを乗り継ぎいつか星になろう 竹田昭江
◆第2回 2021年秋のベストテン
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
漂泊さすらいは梢にありて日雷 伊藤淳子
高校野球見てる焼き場の控室 植朋子
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀
借りものの言葉しんしん蝉時雨 室田洋子
幻燈機カラカラ夏の月剥がれ 路志田美子

WEP 俳句通信127号:特集 柳生正名『兜太再見』を読む

WEP 俳句通信127号
特集 柳生正名『兜太再見』を読む

堀之内長一 「兜太、言葉としての」
角谷昌子 「言葉の探究者兜太」
坂口昌弘 狼の神と蛍の魂――『兜太再見』を読んで
田中信克 『兜太再見』その「再見」の意義を考える
岸本尚毅 「『兜太再見』を読む」
後藤章 『兜太再見』の距離感
筑紫磐井 オオカミと熊――『兜太再見』を読む
西池冬扇 「ひよってるやついる? いねえよな?」

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追悼 丹羽美智子遺句抄

『海原』No.37(2022/4/1発行)誌面より

追悼 丹羽美智子遺句抄

亀鳴きて生き方死に方相談す
自分史は未完のままよ雲の峰
よく噛めと母の教へや馬肥ゆる
自由とはこんなものかと着脹れて
年暮るる抱へし膝の小さきこと
雛あられ上戸の夫の両の手に
母の日や胸の奧なる母生まれ
生きてゐる証猫背も夏風邪も
手花火やまわりの闇の集まり来
吾が亡父や軍隊生活褌党
寒梅や生きるに力死ぬに力
窓開き生きてますよと布団干す
兜太遺句百年讀みて大福茶
俳句とは心の流れ花水木
手をかけし夏みかんジャムさて味は
翳深き一句なしたや額の花
見飽きたる自分の顔や狸汁
日向ぼこお出でなさいな夫の霊
百歳の強き念力去年今年
ババ抜きのババに座のあり芒原

(堀之内長一・抄出)

丹羽美智子様のこと 鵜飼惠子

 「海原」(海程)同人の最高齢百歳である丹羽美智子様が、今年一月六日に永眠されました。心よりご冥福をお祈りいたします。
 丹羽様と里の母(加藤初子・昨年六月七日没・九十四歳)は、愛知県一高等女学校の六歳違いの先輩と後輩です。丹羽様のお名前と大先輩であることは以前から存じていましたが、二〇一六年二月まで面識がありませんでした。
 母がその一月に、家で転倒、頭を七針縫合し入院。退院後は老人ホームに移りましたが、またも転倒し入院。母は私に「石上邦子さんに電話して、丹羽さんが入る桜山の施設を教えてもらい、そこを見てきて」と頼みました。
 母の命を受け、桜山の「リレ石川橋」(名古屋市瑞穂区)で丹羽様に初めてお会いしました。丹羽様は玄関前の椅子に座り杖も無しでサッサと一人で歩かれ、そこは食堂へも自分で行く自立型で、介護なしの健康な人のみ入れるとのことでした。
 母の見舞に行きたいと仰しゃる丹羽様に、母はタクシーで往復し私に付き添うよう命じ、その通りにしました。私は外出の際、リュックにショルダーバッグ、手提げ袋に帽子と物物しい出立ち。丹羽様は背筋もピンと、せいぜい小さ目のショルダーだけ。タクシーの中で伺うと「主人がリュックだけは背負うな」とのこと。ご夫妻二人で同じ老人ホームに入っていた時期もあったそうです。
 丹羽様は「海程」に必ず投句されていて、母(以前、海程所属)に「丹羽さんはいつも投句されるよ。お母さんは?」と聞くと「俳句は一捻りしなくてはいけないから」と及び腰でした。丹羽様は上京される時「おたく(私)とお母さんの様子が羨ましかったわ。東京に行けば私も」と嬉しそうでした。
 いつも「海原」が届くと丹羽様の御句を探し拝見し安堵しました。丹羽様と弱輩の私が同じ「帆の衆」で恐縮の極み。チラッと一言、口を尖らせたことも。でも母に比べたら丹羽様は見事に俳句人生を完結。天国で金子兜太先生が諸手を挙げ歓迎して下さるでしょう。 合掌

『羽後北上』武藤鉦二句集〈羽後の動悸̶̶鉦二先生を悼んで 三浦静佳〉

『海原』No.38(2022/5/1発行)誌面より

『羽後北上』武藤鉦二句集

羽後の動悸̶̶鉦二先生を悼んで 三浦静佳

 『羽後北上』は、「しらかみ句会」主宰、武藤鉦二先生の遺句集である。「俺の句集のテーマは羽後と決まっている」と仰っていた先生。未完の句集を思い、闘病の床で先生はどんなお気持ちだったのかと思うと胸がしめつけられた。しかし、関係する方々によって句集が完成し、先生も安堵されていらっしゃるだろう。句集発行日は兜太先生の命日になっている。あちらで、「まだ早い」と兜太先生に叱られているに違いない。俳句の師(学校時代の恩師でもある)、鉦二先生との心に残る句や言葉をここにしたため、長い間のご指導とお付き合いへの御礼としたい。
 昭和四四年、先生は私の森岳中学校三年の時の担任だった。授業の中で俳句を創った記憶が蘇る。放課後になると卓球部の顧問としてラケットを握る身軽さは、全く今も変わらなかった。先生は定年退職後、全ての教育関係のお仕事を断り俳句の会を立ち上げられた。私はお電話にてしらかみ句会へ入らないかとお誘いを受けて入会。作句よりまず雅号だと、相談に乗っていただいたことも懐かしい。

  鳥雲に柩にもある水平線
  かげろうて原発鳥目には見えぬ
  黙祷のかたち寒夜の一本松

 この原稿を書き始めたのは震災から一二年経った三月一一日。柩に水平線、目には見えない原発、震災の象徴となった一本松。どの句も分かり易い言葉で表現され、深く切ない。

  みすずの詩月光つららはガラスペン

 羽後の夜は凍てつく。月光つららという言葉に感動し、さらにガラスペンに脱帽。この過疎なる羽後暮らしの中で掲句のような瑞々しい、どこか都会の香りを含んだ句ができるなんて、先生は凄い。

  はらからみな数珠につながり葛の花
  地雷無き国踏んでみる霜柱
  人生の放課後という涼気かな

 黄泉のはらからと葛の花の配合の妙、反戦の思いを込めて霜柱を踏む。定年退職後を放課後と表す新鮮さ。こんな涼気に初めて出会った。ところで以前、先生に「季語が合わない」と指摘されて、「この句にはどの季語が正解なのですか?」と尋ねたところ、「季語に正解は無い」と。ますます俳句というものがわからなくなってしまっていた。その時の言葉の意味が今では解るようになった。他のフレーズによって季語は変わる。また、読み手にひびく季語でなければならない。たまに季語がピタリと合う句が出来ると、「正解は無い」を思い出す。「俳句は奥深く、出来上がった句は世界でたった一つの自分の作品になるんだよ」今、厳しく優しかった先生の言葉を噛み締めている。

  白鳥飛来新刊届きたる心地
  文重ねゆくよう母が紫蘇を摘む

 イメージを生かす句について先生は「実態のある物が一つ入っていれば、あとはどんなにぶっ飛んでもいい」と。
 また、

  飢えは遠い記憶抱けば藁あたたか

 「初めのうちは定型に拘るが、その内わざとかたちを壊したくなる」と。今では私も壊したくなってしまっている。掲句、破調が成功して読み手にじんわりと伝わる。

  妻の背泳ぎ日本海照るぞ弾けるぞ
  桃林にて入浴のかたちせり吾妹よ
  嫁菜きざんで山鳩を喚ぶ朝の妻

 奥様の暁美さんを詠んだ三句。お二人は人も羨むおしどり俳人。ご結婚当初はお互いの勤務先(先生は県南で暁美さんは県北)の関係のため、別居を余儀なくされたそうだ。転勤の無い暁美さんの代わりに鉦二先生が転勤を希望して、ようやく県北への赴任が叶ったとのこと。その最初の赴任校が私の通う「森岳中学校」だった。湖の見える木の校舎は私とは別の意味でお二人の忘れ難い思い出の光景だと思う。因みに、お二人の出会いは勿論「海程秋田句会」であり、「とても声の大きい人がいたの」と、暁美さんはお友達に話していたそうだ。

  火恋し息子の古き葉書もち
  小鳥来る子を待つ母のまわりにも

 私の棲む三種町は毎年地元の俳人、佐々木北涯翁を顕彰して北涯俳句大会を開催している。先生の最期の二句となってしまうなんて……。先生のような指導者には死などなくていいのに……。
 「羽後北上」には、句会や大会、吟行時の先生の句がぎっしりだ。迷ったら開く、悲しい時苦しい時、ただ聞いていただくために開く、そんな一冊になってくれるだろう。「視野を広く、静佳俳句を〜」と、先生の口癖が聞こえてきそうだ。
 令和三年六月句会を最後に先生は忽然と逝ってしまわれた。「俺の声は体育館でもマイクは要らないんだ」と、よく仰っていてお元気だった先生。いつかどこかで、ふいにお会いできる気がしている。

  花辛夷結んでひらいて死はふいに

 羽後の辛夷が花をつけるのももうすぐだ。先生、本当に有り難うございました。

『春は曙』寺町志津子句集〈知の明るさ 日高玲〉

『海原』No.38(2022/5/1発行)誌面より

『春は曙』寺町志津子句集

知の明るさ 日高玲

  八十歳なんて噓でしょ木瓜の花
  八十の夏には白いドレス着る

 寺町志津子さんの第一句集『春は曙』三百句。あとがきに、八十歳を期に「折々の句に、折々の自分の生き様があるのではないか。自分の生きた証として、夫への感謝を込めた句集を子や孫達に残したい」とある。
 掲句一句目「噓でしょ」と若者風の口調を借り、老いの本音を軽やかに句に込めている。茶目っ気たっぷりな作者の地肌が感じられると同時に、木瓜の花の可憐な姿から作者の内に生きている少女の気分も滲みでる。二句目にも作者の自尊心や気概、少女っぽさ、そして、あくまでも肯定的な明るい眼差しがある。
 この「明るさ」は全編の底に太く流れ、句集の大きな魅力となっている。

  春はあけぼのツートントーンとお腹の子
  胎生のよう涅槃のよう暁の闇

 春季六十句から始まる句集の一句目は、生命の誕生を胎児の心音により描いた作品。「ツートントーン」がのんびりとしていて豊かな気分の広がりを感じさせる。春の季と程よく響き合い、作者の感動がじんわりと伝わる。次の句は、夜明け前、目は覚めたがまだ十分に覚醒していない時の感覚。「仏は常にいませども現ならぬぞあわれなる人の音せぬ暁にほのかに夢に見えたもう」(『梁塵秘抄』)も思われる。ここは生まれる前の母の胎内か、さては、もう仏のように解脱して入滅しているのかと軽いユーモアを含みながら、生と死を肉体感覚で捉える。寺町さんの長い体験から、生死への想念が自ずから醸されるが、悲観的でも虚無的でもない。

  春は曙みちのく漁りの力かな

 句集名となった作品。東日本大震災後の漁を主題にしていると思われるが、東北の漁に携わる人々の深い苦悩を、いよいよ漁の再開を見て、「力かな」と強く跳ねのけた作者の冷静な度胸に驚く。漁船は暁のまだ暗いころに出航し、漁が終わる頃に曙となることだろう。その春の曙の光を身に受けた時、必ず希望が兆すと信じているような明るさ。「春は曙」が「力かな」と響きあい、作者の肯定的なメッセージが伝わる。

  人にみな叙事詩抒情詩梅開く

 寺町さんの経歴に、旧満州大連に生まれ、終戦翌年の七歳の年に、祖母、父母、妹、弟と広島へ引揚げる、とある。掲句が実を持って、より重く響いてくるが、しかし、そこに、「梅開く」の季の斡旋。すると、やはり寺町さんらしい柔らかく陽が射すような肯定的な気分が醸される。この明るさは闇雲に拵えたものではない。「知の礎」とでも言おうか、寺町さんの幼少から少女期を経て、長い時間に積んだ様々な経験の賜物。
 敬愛する父親と幸福な家庭もその一つ。

  鷹柱父のせなより力受く
  父の骨母の歯賜り冬麗

 「鷹柱」は、季語の品格が父への誇りを伝えて、神話の一シーンのようだ。父母から戦う知力、丈夫な骨や歯も受け継いだ。父母の逝く様を哀切に詠った作品群は句集の個性のひとつとなっている。

  管まとい尊厳問う父在りし夏
  父という絶対音感夏の破調
  書斎から父を消せないきらら虫
  母逝けり大白鳥の一直線

 寺町さんは「広島家庭裁判所家事調停委員」の仕事に従事され、離婚裁判に参与員として法壇に臨席されていたとのこ
と。

  極月の法衣くるりと壁に入る
  手袋が落ちてる家庭裁判所
  調停ならず家裁の裏の秋日陰

 「極月の」の作。「法衣くるりと壁に入る」の巧みな措辞により、深刻な調停を終え、裁判官が妖怪のように忽ち消えた後の空気感や、残された当事者のやり場のない気持ちまでもがせり上がってくる。極月の季感が景に移り、これでもかと響く。「手袋が」は、客観的な景に徹したことで、ドラマチックな効果が生まれ、俳句形式の力を感じさせる作品である。
 「この作者の叙述はいつもうまい」とは、金子兜太先生の言葉である。

  早暁の嗚咽老いたり原爆忌
  ヒロシマに生きて八月六日かな
  八・六やケロイドの友ひそと逝く
  兜太師の声蘇る原爆忌

 四季の章とは別立ての「原爆忌ヒロシマの祈り」の章六十句の中から、老いた被爆者の絶望を生々しく描いた一句目。「早暁」という静寂の時間の設定により景が際立つ。戦後に引揚げてかろうじて被爆は免れたが、原爆の影響を受けた
人々も間近に見た。長い年月を生活の場とした故郷広島への思い、また兜太師へ熱い共感の籠った作者の真情が伝わる。

  年甲斐もなくという癖草矢射る
  月夜茸女黙して火を抱く
  月天心思考の影の透き通る
  九月尽まだ見つからぬ接続詞

 折に触れて作句された軽いユーモアと若々しい覇気に富んだ作品は、作者の個性そのものである。そして、作品の底辺には知の光が柔らかく流れている。

★募集中★海原同人こしのゆみこさんの俳句教室♥現代俳句協会

現代俳句協会の俳句教室「水曜教室」で「海原」同人のこしのゆみこさんが講師をします。
現代俳句協会員でなくても、初心者でもベテランでも、どなたでも参加できます。
こしのさん、おもしろいですよ!是非ともご参加ください。

水曜教室(第1水曜午後1時~3時予定)
講師:こしのゆみこ 6月1日~
講師を交えての互選の句会。出句数三句
(教室一週間前までに講師にメールまたは葉書にて事前投句)

申し込み方法など詳細は下記現代俳句協会ウェブサイトをご覧ください。
https://gendaihaiku.gr.jp/news/news-9225/

おまけ~こしのゆみこ句集『コイツァンの猫』自選十二句
 朝顔の顔でふりむくブルドッグ
 麦藁帽夕暮れのようにふりかえる
 えんぴつで描く雨つぶはひぐらし
 蜻蛉にまざっていたる父の顔
 西口はよく晴れている花衣
 二次会や白鳥の中に入っていく
 母はひろってきれいに毬をあらう
 海しずかヌードのように火事の立つ
 僧ひとり霞の中へ掃きにゆく
 ひよこ売りについてゆきたいあたたかい
 青ばかり使う日子猫抱きにけり
 そのほかにれんげのかんむり流しけり


「この人の俳句を読んでいると、里山に春が来て、最後にぽこっと一つ、山頂ちかい凹みに残っている雪、その丸いかたまりが見えてくる。しかも、その雪の丸いかたまりはしだいに綿か羽のかたまりのようにも見えてくる。もやっとした、やわらかい感触になって、芽ぶきのはじまった枯木のなかでぼんやりと、なんとなくにこにこと、そこにいるのである。金子兜太」(『コイツァンの猫』帯より)

追悼 小宮豊和 遺句抄

『海原』No.37(2022/4/1発行)誌面より

追悼 小宮豊和 遺句抄

ヒヤシンス謀叛のように退職す
草若葉蒙古は陸に封じられ
愚鈍でも良いではないか葱坊主
ほんとうは異国の孤独牛蛙
クローバーの花編みつづけ居なくなる
遠蛙寝台特急の昭和
生あれば吸気の香り青い風
若く映る床屋の鏡五月なり
蜘蛛の糸忖度なる語すでに死語
原爆ドームに野晒しの鬼気初夏の川
蛍火は生き流れ星死ににけり
誠実に水沼なせり鳥渡る
果肉薄き哀しみ赤し烏瓜
小鳥来る酒肆あり風の道にあり
裏山やどんぐりならば余ってる
かなしみを置いて翔つ帰燕もあろう
うずくまる藁塚藁塚たるに倦み
腕で思い脚で考え桑枯れる
青く青く木枯走る空がある
鳥獣虫魚木霊の語る冬の森

(宮崎斗士・抄出)

また、会いましょう 宮崎斗士

 小宮豊和さんには、私が運営している句会、東京都区句会、青山俳句工場にご参加いただき、また「海程」東京例会を始め、秩父俳句道場や全国大会、一泊吟行会などにも積極的にご参加いただいていた。
 ご家族の都合で故郷の群馬県を離れられてからは、直にお会いする機会が減ってしまったが、ずっと青山俳句工場句会(通信句会)にて交流を深めてきた。
 ご遺族からのお葉書で昨年の十二月二十八日に逝去されたことを知る。享年八十一。令和に入ってから(コロナ禍の影響もあって)一度もお会いできなかったのが悔やまれる。
 機関誌「青山俳句工場」には「工員矢の如し」というエッセイの欄がある。小宮さんを偲ぶよすがとして、そこに掲載された小宮さんの文章をいくつか紹介させていただきたい。
 ――昭和十五年群馬県生まれ。育ちも群馬県。平成十二年までサラリーマン。定年まで営業関係の仕事。転勤多数回。海程入会は定年を二年ほど経過後。自分で「まあまあ」と思える句が、二、三十句出来れば、と思っている。従って天寿いっぱい句作するつもりである。
 ――思い出に残る自句は、
  遠蛙寝台特急の昭和 豊和
 「海程」全国大会でお褒めの言葉をいただいた一句。新幹線や航空機の旅が一般的となって、寝台特急がばたばたと姿を消した。いま体験するとしたらシベリア鉄道あたりか。旅情を味わうとしたら、他には体力の限りの鈍行各駅停車の旅などどうだろう。
 ――私は霊魂の不滅を信じている。人の死とはこの世、三次元の世界から、あの世、四次元以上の世界への移行である。人は死んでから行った世界で修業し、より上の世界へ進んで行くのだと考える。人の死については、私は故人との一時期な別れという意識が強い。故人が消滅してしまったり、全く無関係な別世界へ行ってしまうという感覚は無い。死を永遠の別れとは思わないのである。またあの世で会うか、転生輪廻して後世のこの世で会うか、意識し合う限り無関係ではあり得ない。
 小宮さん、いろいろとお世話になりました。今度会った時は、またあの頃のように俳句の話、四方山話でとことん酌み交わしましょう。

『兜太再見』柳生正名著

『兜太再見』柳生正名著

兜太が「言葉」と向き合い、対峙する姿をつかまえたかった。(「あとがき」より)「漢語/やまとことば」が織り成す重層性、切字としての「た」のはたらき――二つの着眼点から「言葉の人」兜太に迫り、そこから一茶、山頭火、虚子、草田男、白泉……にも論及。新たなる視座を提起するスリリングな現代俳句論。〈本書帯文より〉

発行:ウエップ
〒160―0022東京都新宿区新宿1―24―1―909
TEL 03―5368―1870

『草の罠』水野真由美句集

『草の罠』水野真由美句集

ゆるやかな被曝や毛野は水の國

『陸封譚』『八月の橋』に続く第三句集。「遊びたりない思いを草の罠に結んで帰ったものだった。この小さないたずらは、あす同じ草の道を遊ぶ友へのメッセージでもあった。水野真由美の俳句のことばも草の罠だろう。転んでくれる未知の読者を待っている」(「鬣」代表・林桂氏)

■発行=鬣の会《風の花冠文庫》
定価=一〇〇〇円(税込)
〒371‐0018 群馬県前橋市三俣町一―二六―八 山猫館書房

『羽後北上』武藤鉦二句集

『羽後北上』武藤鉦二句集

独活刻み母の広げる野のひかり

二〇二一年八月十八日に亡くなった著者の遺句集。「『羽後北上』は、『羽後地韻抄』『羽後残照』に続く武藤鉦二さんの第三句集である。三集ともに、題名に秋田県の旧国名「羽後」が付されており、武藤の郷土・秋田に寄せる思いの深さの並々ならぬ事を感じさせる」(武田伸一「序に代えて」より)

■発行=しらかみ句会
〒016‐0842 秋田県能代市追分町二―三一 武藤暁美

追悼 中山蒼楓遺句抄

『海原』No.36(2022/3/1発行)誌面より

追悼 中山蒼楓 遺句抄

風にもまれる半島快晴の荒筵
出処確かな閃光雪夜の労務者に
熱き股ぐら夜の倒れ稲起しては
旱魃の村過ぐ農夫の不意の起立
幻の群呼ぶ鰈の目を寄せて
海を好くだけの漁師で赤鼻で
赤い月の出あゝ肉体の躙り口
帰依するか西方浄土桃の村
雪舞うて円空仏のけはいかな
わが首座へ蛞なんぞゆるりと来い
なみなみと寝酒一杯山家に昴
俎石にふんわりと淡雪
夏の蝶動画のように人は去り
二礼二拍のあと一礼はかまきりへ
海鼠腸このわた引く能登のとと楽後生楽
師系絶ゆ梅雨の経車を廻せども
沖に白波帰らぬ波と人の波
今生の別れはいくつ竜の玉
俳界五十年睥睨の鷹高鳴きぬ
老人と海がきらめく海蛍

(白井重之・抄出)

懸命に日常を詠んだ人 白井重之

 中山蒼楓さんとはながいつきあいであった。もちろん俳句をつうじてのものである。中山さんの本名は黒田昭一である。これまで「黒田さん」と呼んだことは一度もない。すべて「中山さん」で通した。俳句いっぽんやりできたのだから、あたりまえであった。
 中山蒼楓は令和三年九月十八日、九十歳の生涯をとじた。昭和六年の生まれである。個人的なことをいえば、この昭和六年生まれの親しかった人がけっこういたが、近年つぎつぎと周辺から去っていった。昭和二十年の終戦時が十四歳であり、青年期まじかな人たちだったのである。中山さんから、あの混乱の時代をどうしていたか、聞いたことはなかった。
 昭和四十二年に出した句集『駝行』の著者俳歴によれば「石鳥」「水鳥」を経て「風」に参加したとある。また手代木啞々子の「合歓」にも加わり、そのご「海程」に入ったと記されている。
 句集『駝行』には金子兜太師の「序にかえて」がある。

 出処確かな閃光雪夜の労務者に
 「この句集は、自分の仕事、そして働く身辺の人たち、あるいは、その自分を取巻き、触れてくる家族や友人たち――そうした、日常の身辺の日々に向って、鋭敏に、かつ刻明に感応し、見定めようとしている。」

 この序文は、まさに中山さんの拠ってきたるところ、そして拠ってたつところを示唆するものでなかったかと思う。
 私が中山さんと出会ったのは、福井県越前海岸左右で開かれた、「海程福井勉強会」のときであった。しかしそのとき言葉を交わした記憶がない。それ以後、海程富山の毎月の句会で一緒になり、急速に親しくなった。あの当時の海程富山句会は、家木松郎先生、浅尾靖弘をはじめ、小西ありそなど女性陣も元気で、まことに賑やかなものであった。
 いま思い出すと泣けてくるほどに懐かしい。中山蒼楓さんよ、やすらかにねむられよ。

『春は曙』寺町志津子句集

『春は曙』寺町志津子句集

 春は曙みちのく漁りの力かな

 句歴16年の成果をまとめた第一句集。「……この句は、兜太師が述べているように、東北の漁業の復活を祝っているとともに、「春は曙」の美意識によって完成をみたのである。『枕草子』の美意識は、主観的感動から発する韻文型でなく、客観的観察から鮮やかに切り取る散文型の発想である。これは寺町俳句にも一貫してみられるものである」(安西篤「序に代えて」より)

■発行=朔出版 定価=二六〇〇円(税別)
https://saku-pub.com/books/akebono.html

後藤雅文句集『傾山』〈故郷と新たなる地と 山本まさゆき〉

後藤雅文句集『傾山』
故郷と新たなる地と 山本まさゆき

 傾山(かたむきさん)は、後藤さんの故郷・大分県に聳える祖母傾山系の三百名山である。弟さんの手による扉絵には、広大な耕地の遠景に、険しい岩の頂をもつという独特の山容が描かれている。
 後藤さんとは、「海原沼津句会」と「するが路句会」(前の船団静岡句会)でずっとご一緒させていただいているが、大分のご出身であることを意識させられたことは殆どなく、そのためか、タイトルを見た時に意外な感じがしたのが正直なところである。しかし、読み進むにつれ、そんな思いは完全に消えていった。

  麦の秋父母の背中に傾山
  かなかなよ名前間違えられ故郷
  寒肥やこの地に根ざす覚悟する

 後藤さんは、二〇〇〇年に静岡市の熊谷愛子主宰「逢」に入会した。右の句はその時代のものであり、不動産鑑定士として全国規模の財団法人の静岡支所に勤めていた時期と重なる。「麦の秋」の望郷、「かなかなよ」の、故郷への複雑な思い。「寒肥や」の、静岡を終の住処とする決意。後にはご両親を弔うために帰郷した際の句が現れる。故郷と新たなる地と。それが本句集の背骨になっているのだ。
 本句集は、所属した結社の順に、「逢」時代、「船団」時代Ⅰ、「船団」時代Ⅱ、「海原」時代の四部構成となっている。
 第一部の「逢」時代は、文語調のものや「や」「かな」などの伝統的な切れ字を使ったものが少なくないが、後藤さん持ち前のユーモアが徐々に顔を出す。

  初富士や雲竜型のせり上がり
  十二単衣かき揚げ走る蜥蜴かな
  春の月ホットミルクの匂いする

 「逢」は、熊谷主宰の死去により二〇一〇年十二月号をもって終刊。後藤さんは、二〇一二年から、坪内稔典代表の「船団」に活躍の場を移す。

  「役を解く」辞令頂くラムネ玉

 退職と、儚いが明るい「ラムネ玉」の絶妙な斡旋。後藤さんが退職されたのは、船団入会から間もなくのことだと思われる。実は、このころ私は後藤さんと仕事でご一緒している。俳人であることは知る由もなかったが…。
 「船団」時代Ⅰ以降は、すべて口語調となり、伝統的な切れ字も姿を消す。そして、等身大・自然体を保ちつつも写生を超えた、豊かな世界が広がり始める。

  夜行バス初蝶点呼始めます
  芋焼酎のグラス流星入ります
  友情のバトンぶっとい唐黍よ
  昼月の引力強し黒揚羽

 「夜行バス」の、初蝶による幻想的な空間演出。「流星」の、芋焼酎を取り合わせた大人の洒脱。「友情のバトン」は、作者の熱い一面を感じさせる好きな一句。そう、後藤さんは、飄々としつつも、静岡人にないようなパッションとしぶとさを内に秘めているのだ。「黒揚羽」は、蝶という小さな存在で宇宙を把握した秀句。坪内さんが高く評価し、帯句にもなった。
 「船団」時代Ⅱになると、後藤さんワールドは更に加速してゆく。

  春は恋逆さに回る観覧車
  婆ちゃんはポストの中よ鉦叩き
  時々は舌をからませペチカの火
  老人に普通になって山茱萸の花

 どの句も一筋縄ではないが、借り物の言葉はひとつもなく、自由である。それが読者に新たな発見と共感をもたらす。
 船団は二〇二〇年をもって「散在」。後藤さんは、以前より沼津句会のメンバーだった海原に入会し、早くも二〇二一年一・二月合併号で海原集巻頭を飾る。

  土間のある暮らし燕と住む暮らし
  アラ私自粛警察ホトトギス
  焼き茄子のお尻モーロクしています
  秋の富士黒はんぺんをもう一枚

 「土間のある」の、シンプルなリフレイン。「アラ私」は、コロナ禍社会への風刺だが、上五と下五のユーモアにより嫌みがない。「焼き茄子の」は、海原集巻頭句であり、とぼけているが、繊細な観察眼に裏打ちされている。「秋の富士」は、静岡人の食欲をそそる極上の挨拶句。静岡の風土をすっぽりと手中に収めている。
 そして、本句集を語るのに欠かせないのが、小さな生き物たちへの温かな眼差しである。動物の句はどれも捨てがたいが、ごく一部を紹介する。

  特売の浅蜊フクフク潮を吹く
  小春日の犬小屋犬は家出中

  新松子ポンポコポンぞ猫の小屋
  三島湧水蛙のみんなとうがいする
  冬の蠅足の臭いを嗅いでいる
  結婚に離婚を足して猫の恋
  猫が先ず落ち葉ゲレンデ上級コース

 どの動物も、自分の意思を持ち、今を飄々と生きている、憎めないものばかり。後藤さんにとって、小さな動物たちは単なる観察の対象ではない。肩を組んで現在を生きる同志に他ならないのだ。
 本句集を通読すると、現代俳句でありつつも、一茶を彷彿とさせるものがあることに気付く。小動物を愛で、社会への鋭い眼差しを備え、ユーモアを忘れない。そして、内に秘めた熱い心と粘り強さ。
 後藤さんの俳句世界は、静岡の地でますます深化していくだろう。

第4回「海原金子兜太賞」の募集案内

第4回「海原金子兜太賞」の募集案内

―新作30句、募集締切は2022年7月20日―

 第4回「海原金子兜太賞」の作品を募集します。同人・会友の別なく、だれでも挑戦できる公募型の本賞は、新たな作家の発掘と俳句の可能性の探求をめざすとともに、「海原」の活性化を図るものです。長引くコロナ禍の日常を見つめて――いま、このときしか詠めない清新な作品をお寄せください。

1 名称:海原金子兜太賞(第4回)
2 応募資格:
全同人と会友全員(会友とは「海原」の購読者です)
3 応募要領

① 応募作品数:新作30句
② 新作とは他の媒体(俳誌や雑誌、インターネット、各種俳句大会やコンクール等)に発表されていない作品を指します。句会報への掲載なども注意してください。
③ 応募作品にはタイトルを付し、都道府県名および氏名を忘れずに記入してください。原則として「前書き」はなしとします。
④ 応募作品は書面による郵送、またはメールで送ってください(メールによる応募を歓迎します)。
※手書きの場合は、市販の原稿用紙を使用し、楷書で丁寧に書いてください。
※メールの場合は、ワードファイルやテキストファイルのほか、メール本文に貼り付けて送ってください。
⑤ 作品送付先:編集人 堀之内長一 宛て
 〒338―0012 さいたま市中央区大戸1―2―8
 電話&FAX:048―788―8380
 メールアドレス:horitaku★ka2.so-net.ne.jp(★→@)
4 募集締切:2022年7月20日必着
5 選考委員:
安西篤/武田伸一/田中亜美/堀之内長一/宮崎斗士/柳生正名/山中葛子(五十音順)
6 選考方法:
応募作品は無記名にて選考。各選考委員の推薦作品をもとに、討議のうえで受賞作品を決定します。選考座談会は7月末~8月初旬に開催予定です。選考座談会の模様は「海原」誌上に発表します。
7 受賞者発表:
受賞者は2022年10月号に速報として広報し、受賞作品と選考座談会は11月号に発表の予定(本年度も全国大会開催が未定のため、表彰式等は別途考慮)。
8 顕彰:
受賞者には、金子兜太先生ゆかりの品物等の贈呈のほか、「海原」誌上における連作の場の提供などで顕彰します。

【問い合わせ】海原編集部 堀之内長一まで

『詩歌往還 遠ざかる戦後』松林尚志著

『詩歌往還 遠ざかる戦後』松林尚志著

「曲折のあった戦後の長い歩みであったが、この間に書いてきたものを読み返しながら熱い時代の甦るのを覚えた。しかし多くの方が泉下に赴き戦後は遠ざかるばかりである」(あとがきより)
■発行=鳥影社 定価=二〇〇〇円(税別)
詩歌往還 遠ざかる戦後 – 松林尚志|鳥影社 (choeisha.com)

鵜飼惠子句集『花蜜柑』〈日常への真撃な眼 山田哲夫〉

『海原』No.35(2022/1/1発行)誌面より

鵜飼惠子句集『花蜜柑』
日常への真撃な眼 山田哲夫

 鵜飼惠子さんの句集『花蜜柑』の表紙は、純白な蜜柑の花の写真の下に滑らかで見事な書体で花蜜相と句集の題名が記されている。一見して直ぐに書家の手になる書体だと思ったら、表紙の題字は、作者自身の筆跡で、題は、
  こぼさじと水をやりたる花蜜柑
からとったとのこと。まさにしとやかさとやさしさにあふれる作者を彷彿とさせる題字と題名だと感じた。
 普通蜜柑は冬の季語とされるが、花とか、青とか早生とか上に冠せられることで様々な季節の季語として使われる。ちなみに「花蜜柑」は初夏の季語である。
 句集は、四季構成で最後に新年がついている。全三百二十一句を収録。
 内表紙の裏に「亡母を偲んで」とあることから、亡き母へのレクイエムの意味もあり、当然のことながら母の句も多い。跋文の著者舘野豊氏も既に指摘しておられるので、重複は避けるが、著者も母への依存心が強いと自覚して、母を自らの人生の手本として生きようとする亡き母への強い親愛と敬慕の情が伺われる。
  母癒えて部屋に満たせるフリージア
  持て余す冬日に母の電話あり
  冬籠母への文の長くなり

 一句目には、病後に気分一新のため花を飾る母の行為を、素直に敬愛と安心の念を持って眺める作者の姿が感じられ、二、三句目からは母を気遣う細やかな娘の日常の心遣いが見えてくる。こうした作者の思いは、勿論母のみならず、幾つかの父子詠にも、確かな家族愛を育みながら、充実した日々を送る作者の心の有り様が見えてくる。
  屁理屈を言ふ受験子や梅雨長し
  夏痩せの子の帰り来て五目鮨
  逡巡の春まだ遠き子の机
  春待つや言葉少なくなりし人

 受験子を見守る母親の細やかな愛情がひしひしと伝わってくる。
 日常の生活の一コマ一コマを丁寧に生きる作者には、当然ながら四季を通じ生活詠と言うべき句が最も多い。
 春 割箸にささくれのあり冴返る
   明日来る二人のために菜飯

 炊くささくれ一つにも寒の気配を感じ取る細やかな感性。二句目は、我が子と友人かその恋人に対する母の心遣いか。
 夏 手紙書くこの距離がよし杜若
   夕凪の地を這うてゐる蚊遣香
 二句ともに、夏のひとときを静かに満ち足りた思いで暮らす人の在りざまが想像される。
 秋 秋耕のふたりに茶菓を振舞へり
   稲刈りの鎌の角度を会得せり

 この二句は、慣れぬ農作業時の詠か。
 冬 糠床に深く手を入れ大根漬け
   年用意あふれしものをまづ除き

 二句ともに、年の暮れの主婦としての年中行事への感慨が詠み込まれている。
 新年 釘抜きし跡に釘打ち去年今年
    元旦の厚焼卵ゆたかなり

 年中行事も主婦にとっては、疎かにできないこと。特に、正月は。
 これらの生活詠は、平明な表出を旨とし、奇異を狙っての誇張や思わせぶりな比喩的表現等はない。喜怒哀楽の表現も控え目で、客観描写が多いのは、作者の人柄にもよるのであろう。
  春暁や白き光の皿二枚
  いさかひもとむらひもあり八月尽
  溝さらひ終へて村中静まりぬ
  踊りの輪いつしか一人抜けてをり
  隣人の老いに気付きぬ秋の暮
  錦秋や金銀加へ村の葬

 これらの句には、日常の中の様々な物事や人との出会いを大切にしながら、静かに生きる確かな作者がいる。また、
  休耕田どこも白梅植ゑてをり
  感染の棒グラフ伸び夏深し
  原爆忌触れたるもののみな熱く
  小雪や陸奥に又地震の来る

 ここにはまた、誰しも看過出来ぬ社会問題へ関心を寄せる作者がいる。
 日常への細やかな生き様は、自然に対しては、無論のことである。素直な温かい作者のまなざしが、繊細に自然に向けられる。
  蕗の薹土のほころび見えてをり
  潔く一途に流れ花筏
  どこまでも群青深き夏の海
  一村を照らして余る月明り
  橅の木の立つばかりなる冬構

 土の微かなほころびに鋭敏に春の到来を感じ、夏の海や、秋の月明り、冬の木立にと、自在に五感を鋭く働かせた、多くの自然詠がこの他にもあり、身近な自然の営みに目を向け、眼前の対象を凝視して写生しようとする真摯な姿勢が感じられる。また、
  子の机借りて学びぬ梅の窓
  紅椿晩学にあるこころざし
  生きるとはたつといことよパリー祭
  力込めことに濃く磨る初硯
  花吹雪今在ることを慎みて

 これらの句からは、生きて学ぶことの尊さを自覚しつつ、今在る自らの立ち位置、言い換えれば、自分という存在の確かさを思う作者がいる。
 謙虚に生きる作者は、「この度、一生に一度の句集を作りました」と言っているが、この姿勢が絶えぬ限りこれが最期の句集で満足出来るはずはない。
  吾亦紅未だに母を頼りとす
と詠んだ人生の師御母堂も天国へ旅立たれた今、作者もあとがきで「お母さんを頼ってきた私ですが、独り立ちして更に精進いたします」と決意表明しているように、この句集『花蜜柑』は、更なる「言挙げ」ともいうべき句集ではないか。
 日常を大切に生きる作者が、今後ともに豊かな人生経験を積まれ、俳句表現の奥を極められ、更なる句集上梓となりますよう、御健吟を祈念する次第である。

2022年春「兜太通信俳句祭」

春だ! 祭りだ! 兜太祭だ!
2022年春「兜太通信俳句祭」開催のご案内

 全国の皆様の熱いご期待ご要望の声に応えまして、「兜太通信俳句祭」またまた開催いたします。今回はどんな名句・秀句・冒険句・問題句が生まれるのでしょうか……興味津々です。奮ってのご参加お待ちしております。

1.出句:2句(参加対象は「海原」の同人・会友全員です)
2.出句受付:宮崎斗士あて
 ・メール tosmiya★d1.dion.ne.jp(★→@ に置き換え、 「d1」の「1」は数字の1です)
 ・FAX 042―486―1938
 ・郵便の宛先 〒182―0036 調布市飛田給2―29―1―401
  ※出句の原稿には、必ず「兜太通信俳句祭出句」と明記してください。
3.出句締切: 2022年2月28日(月)必着
4.顕彰:参加者による互選のほか、特別選者による選句と講評。
(俳句祭の結果は「海原」誌上に発表します)
5.参加費:1,000円
  ※参加費は定額小為替にて宮崎斗士までお送りください。
【出句の際のお願い】
◆電子メールでの出句: メールを使用できる方は、できましたらメールにて出句をお送りください。メールで出句の際は、必ずメールの件名を「兜太通信俳句祭出句/(出句者氏名)」としてください。
メールにて出句の場合は、必ず受け取り確認の返信をいたしますので、その確認をよろしくお願いいたします。もし返信が届か
◆FAX、郵便での出句:原稿には、必ず住所・氏名・電話番号を記入してください。
【問い合わせ】
確認事項、お問い合わせ等は、宮崎斗士までお気軽にどうぞ。
宮崎斗士
〒182―0036 東京都調布市飛田給2―29―1―401
電話:070―5555―1523
FAX:042―486―1938

2021年秋 兜太通信俳句祭《結果発表》

『海原』No.34(2021/12/1発行)誌面より

2021年秋 兜太通信俳句祭《結果発表》

 二回目の「兜太通信俳句祭」。参加者数は計101名。出句数は計202句でした。大勢の方のご参加、あらためまして厚く御礼申し上げます。
 参加者全員に出句一覧を送付。一般選者の方々には7句選、20名の特別選者の方々には11句選(そのうち1句特選・10句秀逸)をお願いしました。
 以下、選句結果、特別選者講評となります。(まとめ・宮崎斗士)

☆ベストテン☆

《20点》
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵

《19点》
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子

《18点》
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子

《16点》
うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子

《15点》
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名

《13点》
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ

《11点(5句)》
漂泊さすらいは梢にありて日雷 伊藤淳子
高校野球見てる焼き場の控室 植朋子
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀
借りものの言葉しんしん蝉時雨 室田洋子
幻燈機カラカラ夏の月剥がれ路 志田美子

【10点句】
音もなく八月跨ぐ泥の靴 桂凜火
少年のでかいのりしろ涼新た 桂凜火
疫病み世にころがっている良夜かな 木村寛伸
妹は旅人のごと端居せる こしのゆみこ
敗戦日日に何回も手を洗ふ 菅原春み
キリストのふっと微笑む飛込台 松本勇二

【9点句】
夕焼けの秩父で先生見たような 近藤真由美
てのひらは生まれた町の地図とんぼ 望月士郎

【8点句】
二人して小鳥を握るようにして 小松敦
表現のひき算の果て秋のほたる 芹沢愛子
さるすべり白さるすべり夢は夢 竹田昭江
先に来た方に乗ろうよ夏が終わる 平田薫
心に浮かぶもの手離して小鳥 平田恒子
どこをどうとっても桃はまともじゃない 福岡日向子
「悩むことはない」宙に兜太の榠樝の実 松本千花
柿を剥く母の眼差しふと砂丘 宮崎斗士
敗戦忌その名つぶやくたび笹舟 宮崎斗士

【7点句】
梅雨ごもり海馬ほとほと昏れきって 上田輝子
部屋干しのシャツ蛇の吐息です 大沢輝一
「海程」の戦士またたく天の川 川崎益太郎
兜太が指し皆子ほほえむ檀の実 北村美都子
初夏の雨音羽化しそびれし言葉たち 黒済泰子
飛び石のような一生空は秋 舘岡誠二
硫酸紙の感触九月の少年に 鳥山由貴子
手足なき人が泳げり鰯雲 野﨑憲子
短夜の師の深きこゑ戦あるな 服部紀子
「だから何」君の口ぐせ実むらさき 室田洋子
白南風や移動パン屋の来る時刻 山本弥生
実紫口紅なんて忘れたよ 横田和子
黒い雨だった七十六年目の夕立 若森京子

【6点句】
山国の背のぬくもりも星月夜 大髙洋子
「生きてましたね」「生きてました」釣り忍 黒岡洋子
アマリリス朽ちゆきダリの時計音 黒済泰子
渇ききるからだ銀河に浸しをり 宙のふう
くくと鳴き昭和を耐えし扇風機 ダークシー美紀
一人親方次の現場へ夏揚羽 中野佑海
姥ぐるま凜凜と押せ大夕焼 間瀬ひろ子
シャガールの隣に兜太月の書架 望月士郎
あれしちゃだめこれもしちゃだめかなかなかな 森由美子

【5点句】
赤ペンの太き稜線闌ける秋 石橋いろり
水澄みて何かを殺めたことがあるかい 大渕久幸
長女から起き出して来る敗戦日 こしのゆみこ
忘れ物取りには行かず夏の道 近藤真由美
車椅子のきゅーという音流れ星 芹沢愛子
空蟬やまじめに生きている僕ら 高木水志
二百十日螺子山ことごとく潰れ 鳥山由貴子
星月夜永久凍土の溶け始む 中村道子
はちぐわつや紙一枚のホツチキス 深澤格子
新涼の埴輪身ごもる気配あり 船越みよ
八月の想いを消しに海は来る 三浦二三子
手花火や秘めし言葉の先に落つ 武藤幹
炊きたての淋しらに白曼珠沙華 柳生正名
日の影をあつめ梅花藻一途なり 横地かをる

《参考》
兜太通信俳句祭2021年春のベストテン(高点句)

不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝
記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
つちふるや折目の傷む世界地図 三浦静佳
ぶらんこを乗り継ぎいつか星になろう 竹田昭江
新しい光の住んでいる巣箱 小松敦
臘梅の一途に光縫う産衣 中野佑海
蝶覚めるそのひとひらを修羅という 茂里美絵
光年やいまさらさらと春のからだ 若森京子
死ぬことも未来のひとつ遠霞 森由美子
(本年6月号参照)

特別選者の選句と講評☆一句目が特選句

【安西篤選】
赤ペンの太き稜線闌ける秋 石橋いろり
薄荷臭仰臥の母や蝉羽化す 小田嶋美和子
兜太が指し皆子ほほえむ檀の実 北村美都子
敗戦日日に何回も手を洗ふ 菅原春み
在るがままと呟きひとつ牛蛙 宇川啓子
留守番のようなり薔薇の咲くアーチ 三浦静佳
高校野球見てる焼き場の控室 植朋子
先生の鼻いじる癖晩夏かな 長谷川順子
月光の原発貨物列車がよぎる 清水茉紀
敗戦忌その名つぶやくたび笹舟 宮崎斗士
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀
  ◇
 「赤ペンの」兜太先生愛用の太い赤ペンで、激しい叱咤激励を受けたことを思い出す。秋闌けて紅葉の朱色の稜線さながらに。「薄荷臭」病篤き母の周辺の清浄感。昇天近きを思わせる蝉の羽化。「兜太が」在りし日のお二人の団欒の庭。「敗戦日」戦争という原罪を洗い落とさんと。「在るがままと」兜太言行録と牛蛙の句の響合い。「留守番の」薔薇咲くアーチの留守宅。ひっそりと豪奢に。「高校野球」焼骨の待ち時間、TVの高校野球観戦で過ごす。生と死の時間の照応。「先生の」あの癖も懐かしい晩夏の面影。「月光の」月下の原発と貨物列車。その静と動に生と死映像を重ねて。「敗戦忌」戦没した人の魂送りを笹舟に。「資本論」若き経済学者によって俄に復活した資本論に大豆ミートの噛み応え。

【伊藤淳子選】
炊きたての淋しらに白曼珠沙華 柳生正名
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
夏暁の桟橋にして旅の全景 すずき穂波
心に浮かぶもの手離して小鳥 平田恒子
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名
さるすべり白さるすべり夢は夢 竹田昭江
アゲハ蝶飛んで皆野が近くなる 三木冬子
あの日以来ずっと黒くて川蜻蛉 大沢輝一
春の宵ほどのあはひや老い二人 寺町志津子
朝顔は母の涙を見た少女 森鈴
てのひらは生まれた町の地図とんぼ 望月士郎
  ◇
 「炊きたての淋しらに」という日常の中での省略の利いた表現が一句を魅力あるものにしている。炊きたての粒の立ったご飯。温かい香りと湯気に包まれたそのすべてを淋しいと感受し「淋しら」と表現した。滅多に見ることのない白曼珠沙華との配合も見事。
 「がちやがちやと」男性が「僕」と「俺」を使い分けるのは、何歳ぐらいからだろう。その微妙な感じを、恐らく幼い頃から大好きだったくつわ虫を前にして、見事に表現した。作品に漂う生命感が魅力だ。
 「てのひらは生まれた町の地図」というこの心のあり方、詩的発想が実に美しい。季語のトンボとの組合せも、さりげなく生きている。

【大沢輝一選】
空っぽの檻の暗がり日雷 堀之内長一
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
初夏の雨音羽化しそびれし言葉たち 黒済泰子
冷し馬このまま消えてしまおうか 遠山郁好
さるすべり白さるすべり夢は夢 竹田昭江
柿を剥く母の眼差しふと砂丘 宮崎斗士
アマリリス朽ちゆきダリの時計音 黒済泰子
キリストのふっと微笑む飛込台 松本勇二
かあかあと色なき風の鳴きたがる ナカムラ薫
八月の想いを消しに海は来る 三浦二三子
捩花も梔子も咲く平らな街 松本千花
  ◇
 〈空っぽの〉を特選句に。空の檻は、獣のためか人のための檻か。何を入れるものか何のための檻かは不明。暗がり―日雷より現世の不安さ現代の不気味さが窺える。
 〈舟となりゆく〉芒原の浮遊感。〈初夏の雨音〉羽化しそびれた言葉だからこそまた俳句をつくり続けるのです。〈冷し馬〉中七以下の独白と述懐。死語となりつつある“冷し馬”大切にしたい一つの景。〈さるすべり〉さるすべりと夢だけの妙な一句。他のものは一切省略。でも惹かれた。〈柿を剥く〉柿を剥く日常の中のふとした乾き感。〈アマリリス〉歪んだ現代感覚見事。〈キリストの〉キリストが「微笑む」という素晴らしい情と喩で決まり。〈かあかあと〉中七の古い季語をうまく擬人化。成功。〈八月の〉海は来るとは、どのような心境の時の景なのか。不思議な句。〈捩花も〉平らな街が言い得ている。捩花・梔子クドサを感じますが下五で納得。
 御世話様です。今後も続けて下さいませ。

【大西健司選】
夕焼けの秩父で先生見たような 近藤真由美
フナ虫が壁よじのぼる昼がきた 平田薫
妹は旅人のごと端居せる こしのゆみこ
軽口をたたけぬ齢蝸牛 宇川啓子
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
先に来た方に乗ろうよ夏が終わる 平田薫
長女から起き出して来る敗戦日 こしのゆみこ
「だから何」君の口ぐせ実むらさき 室田洋子
白南風や移動パン屋の来る時刻 山本弥生
  ◇
 前回に比べ全体の印象として落ち着いた感じがする。それぞれの句に個性が溢れ読んでいて楽しい。そんななか特選にいただいたのは、少しずるい気がしないでもないが、秩父と先生の取り合わせの句。ぼんやりと作者はつぶやく「先生見たような」と。地方に暮らすものにとって今でも先生は秩父にいるような思いがどこかにあるだけに、こう書かれるとたまらない。しかも夕焼けの秩父だけになおさら。

【川崎益太郎選】
部屋干しのシャツ蛇の吐息です 大沢輝一
実紫口紅なんて忘れたよ 横田和子
借りものの言葉しんしん蝉時雨 室田洋子
あんみつの匙が君をなめている 十河宣洋
時のプリズム薄物剥ぐごと恋に落ち 中野佑海
手足なき人が泳げり鰯雲 野﨑憲子
空っぽと糞残りけり燕の巣 三浦静佳
霧の夜歯痛をさぐり廻す舌 増田暁子
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
「あれはだれ?」吾子抹消の母夏椿 小田嶋美和子
カフカ忌やコロナ禍まかり通るなり 安西篤
  ◇
 〈部屋干しの〉自粛生活が続くと、自分の体も部屋干しのシャツに見えている。そのシャツを、蛇に譬え、単に蛇でなく「蛇の吐息」としたところが上手い。
 〈実紫〉マスクで唇が無視されている。私も髭に無頓着になってきた。〈借りものの〉にぎやかな蝉時雨も自分の声でないとは。ふと、総理の言葉を…。〈あんみつの〉逆の捉え方が面白い。誰かの何かの言い訳か。〈時のプリズム〉字余りのように、焼け棒杭に火がついた。〈手足なき〉生過ぎるかも知れないが、パラを言わないのがいい。〈空っぽと〉帰燕の巣に、空っぽが残されたという表現が上手い。〈霧の夜〉自分の舌だと当たり前。誰の舌かと妄想が膨らむ。〈サーカスが〉その昔、サーカスにさらわれるという言葉があった。今でもあるとすれば、怖いですね。〈あれはだれ?〉認知症の母。〈吾子抹消〉の措辞が上手い。〈カフカ忌や〉もしかして、コロナはカフカの変身かも。
 春に比べ、投句数は若干減りましたが、春に続いて、句柄の違う佳句が多く、選句に迷いました。これからも「海原」の俳諧自由の集いの場として、続けていってほしいと思います。

【北村美都子選】
夾竹桃「黒い雨」とう幻影肢 竹田昭江
心に浮かぶもの手離して小鳥 平田恒子
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
漂泊さすらいは梢にありて日雷 伊藤淳子
アマリリス朽ちゆきダリの時計音 黒済泰子
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
燕帰る肺腑を絞るということも 堀之内長一
硫酸紙の感触九月の少年に 鳥山由貴子
とても老う紅茸の毒こぼさずに 山中葛子
梅雨ごもり海馬ほとほと昏れきって 上田輝子
カナムグラ茂る自由や然りながら 篠田悦子
  ◇
  夾竹桃「黒い雨」とう幻影肢
 社会性俳句は詠むことも、読みとることも難しい。事実をいかに自分に引きつけ、詩としてどのように形象化できるか。対象を現前に、自身の直観、あるいは実感から掬い上げた言葉が、詩の内容をもって俳句形式に書き留められているか、どうか―。
 掲出句は「幻影肢」によって詩への昇華を成し得たといえる。もちろん幻影肢は単なる詩語ではなく、緑の還れぬほど破壊が尽くされた広島の地の、夾竹桃の蘇りと「黒い雨」に連動し、原爆を証徴しているのである。
 漸く勝訴を見た「黒い雨」を、喪失したあしが疼くという「幻影肢」を以て表白する掲句、原爆の恐怖と残刻は、後遺症のような痛みを伴って日本史上に影を曳く、と訴えている。

【こしのゆみこ選】
頤を曝す八月十五日 大渕久幸

幻燈機カラカラ夏の月剥がれ 路志田美子
日の影をあつめ梅花藻一途なり 横地かをる
敗戦日日に何回も手を洗ふ 菅原春み
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
お茶ばかり飲み遁世の鹿火屋めく 大髙宏允
先に来た方に乗ろうよ夏が終わる 平田薫
留守番のようなり薔薇の咲くアーチ 三浦静佳
月に追われて一部始終覗かれて 船越みよ
少年のでかいのりしろ涼新た 桂凜火
疫病み世にころがっている良夜かな 木村寛伸
  ◇
 特選〈頤を曝す八月十五日〉頭を垂れるだけではいけない、前を向き、この頤を曝すように上を向く姿勢の八月十五日。本当にいつ戦争がはじまるかわからない世界情勢。前を見据え、都合のよい感情に流されないよう、頤を曝す八月十五日、と何度も反芻してしまう。〈敗戦日日に何回も手を洗ふ〉コロナ禍の日常の手洗いと敗戦日がかさなる。何回だって手を洗うよ、戦争より、敗戦よりまし、とつぶやきながら。
 〈お茶ばかり飲み遁世の鹿火屋めく〉遁世も鹿火屋もなんかかっこいいのである、文字面構えが。世の煩わしさから逃れ、お茶ばかり飲んで、どうやら背中が鹿火屋ぽくなってきたぜ。〈月に追われて一部始終覗かれて〉追って来てくれているか、覗かれているか、いちいち確かめているこの自意識過剰ぶり。月を求めてやまないのは自分なのだ。〈疫病み世に〉どんなときも、ころがっている良夜かな、疫病み世だからこそ、いっそう美しくうれしく、ありがたい。

【篠田悦子選】
「悩むことはない」宙に兜太の榠樝の実 松本千花

手鏡見る振りも清けし秩父音頭 西坂洋子
短夜の師の深きこゑ戦あるな 服部紀子
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
暑気払う兜太のダンチョネ手拍子も 鱸久子
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
先に来た方に乗ろうよ夏が終わる 平田薫
にんげんに言葉は錘椿の実 すずき穂波
白南風や移動パン屋の来る時刻 山本弥生
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀
  ◇
  榠樝老樹に赤児抱きつく家郷かな 兜太
 かりんは金子先生が一番好きな木かも知れません。花には奥様の皆子さんの面影があります。艶々して香り高いその果実は硬くて渋くてとても生では食せません。何だか先生の分身のようにも思えます。
 「悩むことはない」「ありのままで良い」と木の上から励まされているようで元気になります。「秩父音頭」は勿論、三浦三崎の「ダンチョネ」節からも先生の声が聞こえて来ます。今でもその辺に先生は居られる気がいたします。
 長引くコロナ禍の強烈な時代のせいでしょうか。皆さまの独自性には敬服させられますが、事柄の発見に強さが足りないとつい思いました。

【芹沢愛子選】
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀

立秋のまなざしにふさわしい鳥になる 福岡日向子
山国の背のぬくもりも星月夜 大髙洋子
歌読めば声裏返る秋ひとり 梅本真規子
空蝉の皆上向いて思い出す 小松敦
高原の芒の罠にかかりたし 永田タヱ子
空蟬やまじめに生きている僕ら 高木水志
かなかなかな恋する人のいない星 遠藤路子
キリストのふっと微笑む飛込台 松本勇二
二人して小鳥を握るようにして 小松敦
疫病み世にころがっている良夜かな 木村寛伸
  ◇
 特選に「資本論復活」。ベストセラーになり注目された〈人新世の「資本論」〉。このまま資本主義を突き進めば人類の経済活動が地球を破壊する。著者は晩期マルクスの思想の中に解決のヒントがあるという。畜産業の地球温暖化に与える負荷を減らし、食糧危機にも対応する大豆ミートとの配合が光る。実際の肉より高蛋白で歯ごたえもあり、噛み応えは作者の肯定感とも受け取れる。
 「立秋の」自分の感覚を信じて書き切っている。「山国の」秩父を懐かしく連想。「歌読めば」声裏返っても一人。「空蝉の」無常観とは違う命の温さを感じた。「高原の」海のような芒原に惹かれる作者。「空蟬や」背景にはコロナ禍も。「かなかなかな」いない星、とまでいうのが大げさなようで切ない。「キリストの」ユニークな発想の魅力。「二人して」二人の関係の穏やかさ。「疫病み世に」美しい良夜がコロナの影に追いやられている。

【十河宣洋選】
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵

うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子
幻燈機カラカラ夏の月剥がれ 路志田美子
敗戦日日に何回も手を洗ふ 菅原春み
銀河まで君と歩こう猫足で 石川まゆみ
アマリリス朽ちゆきダリの時計音 黒済泰子
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
蟬の穴きっと現の夢のみち 横地かをる
指先が熱くてルート開けない 服部紀子
秩父の宙青鮫がやさしく翔ぶ 後藤岑生
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀
  ◇
 「合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏」が言葉が軽くつながっていて読み手に作者の心の動きを思わせる。特にさよなら夏に作者の若さを感じさせる。
 「幻燈機」の言葉に子供のころ校庭で先生が幻燈を見せてくれたのを思い出した。月より蛾が多かった。
 「秩父」も懐かしい思い出です。青鮫が飛んでいるようですが、旭川の旭山動物園はペンギンが空を飛ぶのが売りです。
 全体的に熱気が感じられないのは、俳句がそういう方向に動いているのか、個性の主張が希薄になったのか、物足りない気分で読みました。私も惚けたが、全体的に惚けの症状が出始めたのか。認知症とは違う惚けの気分である。いずれにしても楽しい作品が多かったです。

【高木一惠選】
ミヤマクワガタ昭和の箱に生きのびて 若森京子

短夜の師の深きこゑ戦あるな 服部紀子
生の凝縮解夏のパラリンピアン 野口思づゑ
手足なき人が泳げり鰯雲 野﨑憲子
空蟬やまじめに生きている僕ら 高木水志
バランスの極み爽やかパラ五輪 東海林光代
ほおずきを一つ失敬墓参り 松田英子
キリストのふっと微笑む飛込台 松本勇二
蟬の穴きっと現の夢のみち 横地かをる
カフカ忌やコロナ禍まかり通るなり 安西篤
標識のない世もあるか鬼やんま 佐藤詠子
  ◇
 〈ミヤマクワガタ昭和の箱に生きのびて〉棲息域が広く指標昆虫とされた鍬形の代表格ミヤマクワガタは、作者を含む衆の投影か。「昭和の箱」という一時代の見立てによって、それに続く平成・令和の箱の中身と衆との関わりも自ずと問われるように思います。
 〈カフカ忌やコロナ禍まかり通るなり〉ユダヤ人のカフカはプラハの保険局に勤務していたそうです。この度の疫禍で仕事を無くした人々をはじめ、人種差別や病躯その他に困窮する社会が想起されます。
 一連の五輪関連作品から、〈生の凝縮〉の句に『解夏』(さだまさし著・ベーチェット病で視力を失う若者を描いた)を思ったり、出場選手の熱い影像が蘇りました。
 〈短夜の師の深きこゑ戦あるな〉選句にはしかし日常に立ち返った視点で向かわねばと、短夜の蟬の声も聴きました。
 〈空蟬やまじめに生きている僕ら〉そうです。蟬に負けず、私達は案外マジメなのです。

【舘岡誠二選】
長女から起き出して来る敗戦日 こしのゆみこ

短夜の師の深きこゑ戦あるな 服部紀子
妹は旅人のごと端居せる こしのゆみこ
軽口をたたけぬ齢蝸牛 宇川啓子
種ふくべ九条をいまも信じて 北上正枝
夕焼けの秩父で先生見たような 近藤真由美
暑気払う兜太のダンチョネ手拍子も 鱸久子
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
在るがままと呟きひとつ牛蛙 宇川啓子
朝顔は母の涙を見た少女 森鈴
地球あるか蛍まみれに寝てみたい 藤好良
  ◇
 自分はこの特選句に触発され、戦時下の厳しさを回想。七人きょうだいの長女の姉を思い起こした。姉は昭和六年生まれで、戦中戦後の家族の絆をよく覚えていた。八歳年下の自分の幼少時代のこともよく話してくれた。父は出征し、母が貧しいながら農業に従事していたので、姉も手伝いに励んだようだ。長女らしく家族を思い一生懸命で何より謙虚な人だった。昨年八十九歳で病気のため逝去。頼りになる姉であった。
 特選とした作品「長女から」の長女は、今を生きる若い人であろう。ごく自然に身についた長女としての心構え、生きる信念をしっかり持った優しさ、心がけの良さが伝わってくる。作者が親の立場で詠まれたと思った。
 敗戦日の昭和二十年八月十五日。当時五歳の自分。幼かったが戦争の怖さ悲しさは知っている。戦争は二度とあってはならない。
 いつも心にしている「敗戦日」。この句の作者と長女の方の人柄を感じとれ、また自分の励みになった。

【遠山郁好選】
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵

妹は旅人のごと端居せる こしのゆみこ
夏逝けり浮標のような罠かけて 榎本愛子
高校野球見てる焼き場の控室 植朋子
春の宵ほどのあはひや老い二人 寺町志津子
キリストのふっと微笑む飛込台 松本勇二
「だから何」君の口ぐせ実むらさき 室田洋子
とても老う紅茸の毒こぼさずに 山中葛子
夕顔白し元祖無頼派フェミニスト 石橋いろり
白南風や移動パン屋の来る時刻 山本弥生
車椅子のきゅーという音流れ星 芹沢愛子
  ◇
 特選の〈合わせ鏡の軽い幽閉〉あえかなこの感覚、体感としてもすうーと入って来る。座五の過ちのごとき甘美な「さよなら夏」も、今は受けとめようと思う。
 〈春の宵ほどのあはひ〉繊細で微妙な表現、言い得て妙。飛込台で十字を切ればキリストも唯、微笑むしかないでしょう。
 「だから何」と言われたら無視するしかないでしょう。それにしても実むらさき、憎いほど効いていておかしい。〈夕顔白し〉太宰をはじめ無頼派は得てしてフェミニスト。それも元祖というところに俳諧味あり。季語の夕顔を「白し」とまで念を押したところにも技がある。

【野﨑憲子選】
バランスの極み爽やかパラ五輪 東海林光代

幻燈機カラカラ夏の月剥がれ 路志田美子
黒い雨だった七十六年目の夕立 若森京子
音もなく八月跨ぐ泥の靴 桂凜火
朝日選評兜太十句目ミント味 藤好良
「悩むことはない」宙に兜太の榠樝の実 松本千花
日の影をあつめ梅花藻一途なり 横地かをる
緑泥片岩よろこびどおしに下り鮎 山中葛子
あれしちゃだめこれもしちゃだめかなかなかな 森由美子
どこをどうとっても桃はまともじゃない 福岡日向子
兜太まつり蟻もはしゃぐやどどどどど 高橋明江
  ◇
 特選は、パラリンピックの一句。〈バランスの極み爽やか〉がコロナ禍の中のパラ五輪を見事に表現している。師はよく俳句のバランス感覚そして多様性の大切さを話された。何でも有りの世界である。掲句の世界と通底している。
 次点の、〈日の影を〉は、気韻溢れる美しい響き。〈黒い雨〉〈音もなく〉は、現代社会の不穏な空気を活写している。〈幻燈機〉のノスタルジックな世界。〈「悩むことはない」〉に、師のご著書にもあった榠樝老樹を目の当たりにし、〈緑泥片岩〉では、秋の俳句道場で師が「男根は落鮎のごと垂れにけり」を披露し、ご自身の加齢を憂いつつも楽しんでいらっしゃる笑顔が蘇り〈兜太まつり〉も師の「どどどどと螢袋に蟻騒ぐぞ」をベースにした通信俳句祭への挨拶句として頂いた。
 〈あれしちゃだめ〉はコロナ禍の現状を〈どこをどう〉は、桃の妖艶過ぎる不思議な魅力を共に絶妙に表現。〈朝日選評〉の憧れのポジションをミント味とは!

【堀之内長一選】
長女から起き出して来る敗戦日 こしのゆみこ

くくと鳴き昭和を耐えし扇風機 ダークシー美紀
妹は旅人のごと端居せる こしのゆみこ
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名
二百十日螺子山ことごとく潰れ 鳥山由貴子
冷し馬このまま消えてしまおうか 遠山郁好
霧の夜歯痛をさぐり廻す舌 増田暁子
灯台守消えて海の日所在なし 東海林光代
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
炊きたての淋しらに白曼珠沙華 柳生正名
先生の鼻いじる癖晩夏かな 長谷川順子
  ◇
 深読みを誘う、八月俳句の〈長女から起き出して来る敗戦日〉を特選に。日常のなかに紛れ込んだ敗戦の日を、それこそ日常の視線のままにさりげなく詠んで強く印象に残る。「長女」や「起き出して来る」の表現には何かの意味が込められているようだが、どこにでもある核家族の暮らしが浮かべば十分だ。
 〈くくと鳴き〉の擬音語、〈妹は〉の旅人のごとが発見。〈がちやがちやと〉の僕と俺の闘いが愉快。〈二百十日〉の螺子山、〈冷し馬〉の取り合わせ、〈霧の夜〉の歯痛、〈灯台守〉の所在なし、〈鳥渡る〉のみるみる海、〈炊き立て〉の淋しら、等々、どの句も作品のヘソのあたりをつかむ言葉の工夫が光っている。
 最後の金子先生を偲ぶ俳句。そういえば、先生はよく鼻をいじっていたなあ、となつかしく思い出した(鼻の穴もほじくっていましたが)。晩夏も先生の好きだった季節。

【松本勇二選】
車椅子のきゅーという音流れ星 芹沢愛子

頤を曝す八月十五日 大渕久幸
くくと鳴き昭和を耐えし扇風機 ダークシー美紀
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
二百十日螺子山ことごとく潰れ 鳥山由貴子
敗戦日日に何回も手を洗ふ 菅原春み
水澄みて何かを殺めたことがあるかい 大渕久幸
少年のでかいのりしろ涼新た 桂凜火
親子感染白曼珠沙華目に沁みる 野口佐稔
梅雨ごもり海馬ほとほと昏れきって上田輝子
一人親方次の現場へ夏揚羽 中野佑海
  ◇
 「車椅子のきゅーという音流れ星」を特選でいただいた。二年前に母親を亡くした。それまでは通院や施設などでよく車椅子を押した。奇麗な廊下などではカーブや停止の弾みに「きゅー」とタイヤが鳴った。その音が今耳の奥でさみしく鳴っている。下五の流れ星への急転回こそこの句の眼目で作者の透徹し
た思いを示している。どうか車椅子を押し続けていただきたい。

【茂里美絵選】
柿を剥く母の眼差しふと砂丘 宮崎斗士

うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子
越境不可荒川に夏逆流す 森由美子
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
初嵐ふいに古墳のまばたきす 木村リュウジ
水澄んで声やかたちの消えるまで 遠山郁好
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
八月の想いを消しに海は来る 三浦二三子
二人して小鳥を握るようにして 小松敦
疫病み世にころがっている良夜かな 木村寛伸
車椅子のきゅーという音流れ星 芹沢愛子
  ◇
 特選句・老境に入っても習慣として柿を剥く母。人は年と共に少しずつ無表情になる。眼差しを「砂丘」と。哀切と衝撃の一句。
 秀逸句10句を短く次に。芒原でのときめきと不安を「うさぎ」に託す。簡潔にかつ大胆にコロナへの怒りの吐露。情景が鮮やかでかつ詩的。初嵐と古墳の響き合いがいい。「水澄む」の季語に対する中七下五が斬新。「みるみる海」で決まりです。海に対して人それぞれの想いはあるが、この句は戦争への強烈な憎悪が感じられる。二人の関係が仄々と。「小鳥を握る」が抜群。中七下五のフレーズに救われる。「きゅー」と「流れ星」で詩になった。
 コロナが収まり皆様とお会い出来る日を楽しみにして居ります。

【柳生正名選】
戦争の穴を掘る音カンナより ナカムラ薫

あんみつの匙が君をなめている 十河宣洋
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
白鳥の本気の助走空の先 小林育子
渇ききるからだ銀河に浸しをり 宙のふう
水澄みて何かを殺めたことがあるかい 大渕久幸
芋名月昭和わたしと同い年 鱸久子
高校野球見てる焼き場の控室 植朋子
硫酸紙の感触九月の少年に 鳥山由貴子
はちぐわつや紙一枚のホツチキス 深澤格子
大将と呼ぶ看護師と霧の中 梅本真規子
  ◇
 特選句、亡骸を納め、また空襲に備え、燃料を掘り、最前線では塹壕にと戦争に穴は不可欠であることに気付かされた。燃え上がるカンナの色彩。
 「あんみつの」、人間の視点でなく匙を主体にする視点の転換が鮮烈だ。「舟となり」も人間中心主義としてのヒューマニズムを一歩踏み出た感性が爽やか。「高校野球」を青春とは裏腹から捉える冴えた視線もコロナ禍の影響かも。これが「渇ききる」では渇望から癒しへと至る体験、「水澄みて」ではぐっとハードボイルドな感覚へとつながっているかもと。
 「芋名月」には昨今ノスタルジーの対象とされがちな昭和の健在ぶりが頼もしい。「硫酸紙」は典型的な少年俳句だが、夏休み明けで自殺が増えるともいう「九月」を切り口に安易な少年性の消費に終わらない切り口を得た。「はちぐわつ」、紙一枚がホチキス止めされている不条理な景が心に刺さる。「大将と」、おぢさんっぽい看護師像がやけに新鮮。

【山中葛子選】
てのひらは生まれた町の地図とんぼ 望月士郎

うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名
師の墨書津々浦々に今朝の秋 伊藤巌
シャガールの隣に兜太月の書架 望月士郎
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
弱っちくなった男が甘えてすいっちょん 遠藤路子
つまべに咲き少年脱兎のごと駆ける 吉澤祥匡
ひがん花は白なり老いし夫は柔順 永田和子
車椅子のきゅーという音流れ星 芹沢愛子
亡夫よりも四万六千日齢 永田タヱ子
  ◇
 特選句〈てのひらは〉生まれたときの手のひらの形がよみがえるような懐かしさだ。新鮮な時空を浮上させた「とんぼ」が眩しいばかり。秀逸〈うさぎの心拍〉芒原と溶け合っているやわらかな体感。〈がちやがちやと〉轡虫に喩えた混乱ぶりの「俺」がいいな。
 〈師の墨書〉目が醒めるようだ。〈シャガールの〉画集と兜太句集が隣り合っている命の親しいかがやき。〈合わせ鏡の〉自己投影が描かれた孤愁というもの。〈弱っちくなった〉馬追の「すいっちょん」が何とも愛おしい。〈つまべに咲き〉二物配合の妙味。〈車椅子の〉オリパラの競技が連想される流れ星だ。〈亡夫よりも〉四万六千日の季語を思いの丈とした「齢」が絶妙。
 秋の「兜太通信俳句祭」の素晴らしさを頂く有難さに感謝いたしております。

【若森京子選】
心に浮かぶもの手離して小鳥 平田恒子

音もなく八月跨ぐ泥の靴 桂凜火
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
部屋干しのシャツ蛇の吐息です 大沢輝一
「悩むことはない」宙に兜太の榠樝の実 松本千花
にんげんに言葉は錘椿の実 すずき穂波
背骨までこのうしろ手を秋あかね 川森基次
硫酸紙の感触九月の少年に 鳥山由貴子
新涼の血のうすい街光合成 榎本愛子
少年のでかいのりしろ涼新た 桂凜火
月光の原発貨物列車がよぎる 清水茉紀
  ◇
 特選〈心に浮かぶもの〉この簡明な一行から、思いと言葉に、そして言葉を形象化する詩の根源を見る思いがした。最後に放つ小鳥によって春の季節も感じられる。
 〈音もなく〉静かに跨いで来た幾年の八月。しかしいつも泥の靴であった。〈合わせ鏡の〉柔軟な感性で晩夏を詠っている。〈部屋干しの〉は「合わせ鏡」とは反対に硬質な感性で晩夏を表現している。〈悩むことはない〉兜太先生の声が聞こえてくる様です。〈にんげんに〉〈椿の実〉が実に言葉の錘にマッチしてます。
 〈背骨まで〉作者の人生が快く響いてくる。〈硫酸紙〉少年には厳しい九月。痛ましく伝わってくる。〈新涼の〉現代の都会の空気がよく書かれている。〈少年の〉希望に溢れた少年、「涼新た」が効いている。〈月光の〉「月光の原発」が少し抽象的だが、月光に浮かぶ原子炉の側をよぎる貨物列車が現実に引き戻す。
 第二回「兜太通信俳句祭」を開催して下さり感謝いたします。作品で皆様と交流して「海原」の結束といたしましょう。

その他の参加者(一句抄)

太腿の蛇のタトゥーや雲の峰 石川義倫
大戦の沈没船や雑魚も自由 大上恒子
暗転の舞台に老狐溽暑かな 大西健司
糸トンボ小暗き川に腹を打ち 岡村伃志子
さよならと一花を絞るクレマチス 川崎千鶴子
炎天に水飲む地球内生命 高木一惠
考や妣かとおはぐろ蜻蛉追いにけり 樽谷宗寬
蕎麦の花心の小部屋をノックする 西美惠子
籠り居て友なきごとしががんぼう 日高玲
満月や人生の師にひたりをり 藤盛和子
臨時ニュース冷房の部屋人でなし 森田高司

『花蜜柑』鵜飼惠子句集

『花蜜柑』鵜飼惠子句集

こぼさじと水をやりたる花蜜柑

「亡母を偲んで」の言葉を添えた第一句集。「私が俳句を始めたばかりの頃、母に「どうしたら俳句が上達するの?」と無邪気に聞くと、間髪を入れず「棺桶に片足をつっこむことだね」とパシッと答えたことを思い出します」(あとがきより)

■発行=NHK学園

『傾山』後藤雅文句集

『傾山』後藤雅文句集

昼月の引力強し黒揚羽

句歴22年間の成果をまとめた第一句集。句集名は故郷大分の傾山かたむきさんから。「この句の世界には、昼月と黒揚羽しかいない。人間とか建物とか車とか、その他の一切は消されている。五七五の小さな表現がなんと大きな力を発揮していることか」(坪内稔典氏の跋文より)

■発行=ふらんす堂 定価=二五〇〇円(税別)
後藤雅文句集『傾山』(かたむきさん) – ふらんす堂オンラインショップ (ocnk.net)

山田哲夫句集『茲今帖』〈風土・海への親しみ 横地かをる〉

『海原』No.34(2021/12/1発行)誌面より

山田哲夫句集『茲今帖』
風土・海への親しみ 横地かをる

 本句集の帯表紙には、闘病中の山田氏を初めて訪れた金子兜太先生の第一印象が記されている。

 「どちらかと言えば寡黙。意志の強い人だな、と直ぐ思った。病気など食ってしまって、噛みしめて、俳句という表現行為にベストを尽くそうとしていた……あれから幾年経つか。相変わらずじっくりと作っている。」〈「海程」年間賞感想より〉

 名古屋句会などでお会いする山田氏は渥美半島の風土に培われ恵まれた体形をもち、温和ななかにも内に秘めた俳句へのつよい信念をお持ちである。
 第一句集『風紋』から二十年後に編んだのが、今回の第二句集『茲今帖』である。六九三句が収められていて、作品は年代順ではなくテーマ毎に八つの章からなり、名称には山田氏の独創性が発揮されている。

  凪を読むずうっと沖を見てきた眼で

 生まれ育った渥美半島を離れることなく過ごして来た生活者としての海への眼差しと親しみ。強いて言えば意識の奥にある風土への志向。表現者として今回の句集の要となっていると言えよう。

  生国にどっぷりと老い草虱
  一耕人他には里の山三つ
  花菜摘む杜国に出会いそうな昼

 生まれ育った地は魂の故郷、故郷にどっぷり身を置いている作者、季語に草虱を配したことにより、満ち足りた日常生活がにわかにユーモアを帯びて立ち上ってくる。渥美は一年を通して農業が盛んな地であり広々とした畑に一人の耕作者を置き、近くの里山を際立たせる。普遍化された人の営みと誠実さがひかる。花菜摘むという穏やかな行為の中、時代を超え芭蕉の若い愛弟子杜国(三十代で保美に没)を登場させ淡い期待をえがく。目の前にひろがる花菜の黄と近くに見えているであろう青い海とのコントラストの美しさが想像されてくる。

  軽い言葉に溺れるおそれ月見草
  青嶺仰ぐ少しこころの乾くとき
  秋深く言葉黄ばんでゆくばかり
  籐椅子のきしみに骨の音一つ
  白い皿ひとつ置かれて無月

 人は誰も心に弱い部分がある。軽い言葉に溺れる弱さ、こころが乾くときなどときに自省もしながら人の心の奥底を見つめる作者。そして言葉が黄ばんでゆくばかりとため息をつく。この作品たちからは、飾らない誠実さがみえてくる。聴覚を通して骨の音を聴く生の肉体の確かさを感覚的に捉え、自身の存在を確かめている。テーブルに置かれた白い皿、真実こそが美であるかのように絵画的で感性がゆたか。

  父のような冬日が射しているここは
  嫁姑老いてどちらも茄子が好き
  妻白きもの干す頭上秋の雲
  母がいてくれたよこんなに枯れるまで

 冬日に父の温もりを実感する。年老い穏やかになられた父の存在感。母をみ
つめる山田氏の限りない愛と慈しみ。読者に共感をもって受け入れられよう。嫁姑の好物も同じという居心地の良さに心が和む。白きものを干す妻の柔らかな動きにかけがえのない日常のすがたと誠実さが伝わる。

  凍雲や関東平野の一つの訃
  急な別離思えば白し幣辛夷
  野を渡る麦秋の風となり逝くや

 凍雲の作品は金子兜太先生の、急な離別は森下草城子先生の、野を渡るは山口伸氏への追悼句として収められている。いずれの作品にも深い悲しみが内蔵されている。

  見えぬとは恐ろし梅にはある微香
  水撒いている戦争を消すために
  十二月八日の空をゆく鴉
  八月やどこの寺にも兵の墓

 一句目は福島原発事故の見えぬことへの恐ろしさ、以下三句は、幼い頃の戦争の記憶を通して深い実感と余情が息衝いている。戦争を消すために水を撒く行為、戦争を暗示するかのような鴉の飛ぶすがた、どこの寺にも兵士の墓が並ぶ現実。戦争への批判的精神が脈々と続く。

  身の内の狐を放つ芒原
  君らしくわたくしらしく梨と柿

 狐はずるいものの象徴とされているが誰もが内蔵する心の動き、芒原を背景に解放するその心、君らしくわたくしらしくそれぞれの個性を肯定する現代の生き方など魅力に溢れる。

  和紙にある幽かな湿り菜種梅雨

 山田氏は平成十一年春、高等学校の校長を定年退職した。平成二十年から古文書翻刻に従事し、今も週二日仕事を続けている。この句は和紙を触れたときの皮膚感覚を通しての抒情詩。

  野に遊び思いを異にして戻る
  逃げ水やみんな途中の巡り会い
  鵯が来ている朝の透明感
  えのころや光ることばに会いにゆく
  一月のやさしさ天龍の川下は

 この誌面だけでは収まりきれないほどの秀句の数々。山田氏の感覚、感性が存分に溢れ出た句集と言えよう。

追悼 木村リュウジ遺句抄

『海原』No.35(2022/1/1発行)誌面より

追悼 木村リュウジ遺句抄

頬杖は時のほつれ目シクラメン
初つばめ絵筆は水の先を追う
寝言かもしれず初蝶かもしれず
遅き日の海を手紙と思うかな
はつなつの白線出たら死ぬ遊び
おとうとに椅子のしずけさ五月行く
母の書くとめはねはらい麦の秋
白き帆が夏の痛みに耐えている
ほおずき市ことばが宿りそうな風
詳しくはないけど虹の手話だろう
耳鳴りに明日のかもめを描き直す
朝顔や指先いつも風を乞う
ゆっくりと名前を失くしコスモスへ
秋桜やまどろみという小さな駅
ラ・フランスやさしい鬱によりかかる
息白し音叉のようにひと待てば
あやとりは一本の糸山眠る
ふと父の問わず語りや龍の玉
風花に舟という舟やせてゆく
自画像に足され白鳥は不機嫌

(宮崎斗士・抄出)

君はこれからも 宮崎斗士

 10月20日(水)の夜遅く、彼はこっそりと自宅を出て自転車に乗ったらしい。目的地は近くの公園。一本のロープを携えて……。
 彼が生前発表してきた文章。
 ――私はこれからも俳句によって「日常のなかの非日常」とも呼ぶべき瞬間を追いかけていきたい。
 ――私はこれからも俳句の海のなかでその時々の「大切なこと」を言葉にしていきたい。
 ――私はこれからも「俳句とは何か」ということを考えながら句を書いていきたい。
 彼が熱く語った様々な「私はこれからも」、彼の俳句への情熱のベクトルがたった一夜にして全て消え去ってしまったのだ。
 享年二十七。戒名「蒼龍俳諧信士」――。彼との初めての出会いはかつて埼玉県大宮で開催されていた「海程」東京例会だった。その頃、金子先生のお体のコンディションが思わしくなく、ご欠席が続いていた。「今日も金子先生にお会いできなかったです。残念です」と彼がよく例会のあとの懇親会で嘆いていたのを思い出す。結局、彼は一度も金子先生と対面することができなかった。
 彼は2017年に自律神経失調障害、神経症との診断を受け、その後もずっと心療内科に通っていたらしい。心の中に爆弾を抱え、その導火線に火が点いたら消し、火が点いたら消し……を繰り返しつつこれまで生きてきたのだろう。彼の最後の選択である「自死」を肯定することはもちろんできないが、長い間彼が抱えていたその辛さ、苦しみはほんの僅かでも解ってあげたいと今思う。

 死と生の交わるところ揚雲雀 リュウジ

 彼の「海原」での三年間の活動、彼の作品群は、まさに揚雲雀の煌めきとして、私の心の中にいつまでも遺るのだろう。若干のほろ苦さを伴いつつ。
 そういうわけで蒼龍俳諧信士よ、向こうで海程院太航句極居士さんという方にお会いすることがあったら――「お会いできたらお聞きしたいことがたくさんあります!」ってあの頃いつも言ってたよね――俳句の話で心ゆくまで盛り上がってください。
 そして、君はこれからも――。

追悼 武藤鉦二遺句抄

『海原』No.34(2021/12/1発行)誌面より

追悼 武藤鉦二遺句抄

飢えは遠い記憶抱けば藁あたたか
キリンの首で立つ地震後の夕焼けに
晩い娶りへ車中転がる牛乳瓶
雉子連れて青春宝仙台分校
あぶり絵の鬼立ちあがる桃の花
花ひとすじ白神山地越えゆけり
林檎煮てふんわり暮れてゆく夫婦
秋の蜂野の石に耳あるごとし
色鳥の木があり老いの地平あり
恕も哀も山唄であり濁り酒
夜の滝羽後の動悸としてひびく
父の掌に雪の径あり山河あり
鬼になれる器でもなし夕ざくら
役一つ降りやわらかき冬日抱く
文重ねゆくよう母が紫蘇を摘む
遺書などはなし辛夷咲く小径あり
くちびるは少女に還りさくらんぼ
晩成を期する晩年夜の蟬
蝦夷の地の水の弾力胡桃落つ
壁の青蔦残り時間はわからない

(船越みよ・抄出)

師の懐に抱かれて 船越みよ

 今にも語り掛けてくださりそうな遺影の眼差しに「なぜ、どうして、一人芝居なの?」と質したくなるほど、あまりにも突然の訃報でした。「第三句集を出したいから宜しく頼む。俺は生きてもあと2年くらいだから、来年には出したいなあ。」とおっしゃっていたのに。
 7月中旬、息苦しさを訴えられ、24日、自分で運転して出向いた病院にそのまま入院。27日の「重症ではない。会報は遅れる。会員に入院のことを伝えてほしい」との電話が最後のお声になりました。その後、8月に入って倒れられた由。酸素吸入となり、快復の兆しがなく18日、肺炎のため逝去されました。
 コロナ禍の医療体制の厳しい現実に直面し、面会は奥様と娘さんの二人だけで、亡くなられる前の二、三日間だけだったとか。感染症さえなかったら、先生も最後の想いを家族に伝えられ、掛け替えのない時間を共有できたでしょうに。想いをたくさん抱えたまま逝かれたかと思うと、本当に言葉に詰まります。
 先生は、退職後の1999年「しらかみ句会」を設立して会報「しらかみ」を創刊。私は、同年俳句初心者として入会。先生を俳句入門の師と仰ぎ、卓越した指導力と懐の深さに、俳句を嗜む喜びを存分に味わうことができました。投句の折に頂いた一筆箋の数々にどれほど励まされ勇気づけられたことか。仕事や家族、人間関係等の相談にも乗っていただき、絶大な信頼を寄せていた先生でした。
 退職後の先生は、最も充実した俳句人生を送られました。第一句集『羽後地韻抄』で県芸術選奨受賞。県芸術文化章、「海程」三賞等、受賞歴数多。後進の指導にも尽力、秋田県俳句界の充実発展に貢献され、2016年には県文化功労者として表彰されております。
 少しでも今の自分から変わろうとする気持ちを持つことを自ら実践され、最後までその姿を見せてくださいました。好きな俳句道を貫き通し、俳句を嗜む人を育て、偉大な指導者として頼られ歩まれた先生、本当にお疲れ様でした。そして、本当に有難うございました。先生の俳句がある限り、私の心の中に先生は生き続けていらっしゃるのです。

追悼 竹内義聿遺句抄

『海原』No.34(2021/12/1発行)誌面より

追悼 竹内義聿遺句抄

蟠りなく菜の花はまさに理性
ものづくりの町すっぽんは月へ飛んだ
交差路わが枕上そこから百済杭全くだらくまた
さっぱりしたもう怒ることはない五月
路地で繋がる地球朝顔咲き巡る
死ぬ順番に遅れて威張れずみそさざい
後からあとから直ぐに忘れて羅漢となり
何でやねんが癖で大阪赤とんぼ
本能を鍛え老人石蕗の花
路地暮らし路地を一歩も出ず旗日
雑炊と卒塔婆の路地に紙ヒコーキ

さるとりいばら身障者我が心安らぐ
オノマトペがすべて濃霧の吃音者
迷惑かけることが生き甲斐かも知れぬ
高架電車の地面に百済沈みゆき
老惨の我欲仏間のワンルーム
金網越しに蓮池も見てマラソン
昼寝から醒めて仏壇を見ている
生駒山麓原子力研究所二月小若江
穭田に不動明王立っている

(樽谷宗寬 ・抄出)

俳句に熱く、真摯であった人 谷口道子

 大阪句会の大ベテラン、竹内義聿さんは二〇一二年頃から脚の具合を悪くされ、句会場へ来ることが困難になっておられました。以来、句会へは通信で参加されていたのですが、投句は締め切りの数日前に必ず届き、催促の必要が一度もないほど俳句に熱心で律儀な方でした。海原二〇二〇年一二月号に自由作品「介護認定・要支援2」が掲載された後、入院・休句となりました。もうそろそろ投句していただけるころと思っていた矢先、「思いがけずの急逝でした」と連絡を頂きました。
 竹内さんは、八木三日女さんと親しく、三日女さん主宰の「花」(一九六八年一月創刊)にも所属しておられ、「Unicorn」(一九六八年五月創刊)の創刊同人に八木三日女さん、大橋嶺夫さん、酒井弘司さんとともに名を連ねておられます。海程では一九八三年に同人になっておられます。この経歴からも推察できるように俳句だけでなく、文学全般に造詣が深く、「バリバリの論客、理論家だった」「難しい議論を向けられ困った」などの思い出話が異口同音に出て来ました。
 司馬遼太郎の熱心なファンでもあり、司馬遼太郎記念館でボランティア活動もしておられました。電動カートに乗られるようになってからは「今が一番楽しい」と東大阪周辺の取材を続けておられたそうです。郷土愛に満ちた眼差しで市井の景を沢山詠んでおられたことが強く印象に残っております。
 最後に、竹内さんがご家族に託された俳句を紹介します。

  リハビリはもうやめられませんまた明日
  待望の先生を待つ春霞
  久方の水羊羮で息をつく
  功名が辻に引かれて空飛ぶ馬

 始めの二句は入院加療中、あとの二句は退院後、高齢者住宅で作られたものとのこと。「長い入院生活はまさに紆余曲折でしたが、自分で歩いて取材することを夢見、最期までリハビリに励む父でした」「いつも怒ってばかりいる父でしたが、本当ににこやかに笑っているかのような顔でした」とご家族の言葉を紹介し、追悼の文とさせていただきます。
 二〇二一年八月一九日逝去、享年八五歳。

追悼 豊山くに遺句抄

『海原』No.34(2021/12/1発行)誌面より

追悼 豊山くに遺句抄

返り花定年失業団塊世代
白椿亡夫の一言命の花
初硯筆先の一句余命です
雪に映ゆ兜太の筆の千蔭句碑
吊り伐りの名人高所恐怖症に非ず
句碑除幕カメラマン並ぶ芒原
菊匂ふ悩める人の背をさする
開戦日騙されし国民たみ原発事故
手を胸に乳房の儚げ梅雨入りす
落葉集め縄文の声風誘う
米寿迎え死はまだだよ小正月
亡夫に見せたし黄の花の君子蘭
父の日やそれぞれの人に歴史あり
紫は陸奥の色かも花菖蒲
龍神の驚く程に水澄めり
満月夜遺言清書封じぬ卒寿なり
風が哭き雲が動きて霧走る
烏賊の街鯣の哭きし応援歌
兜太師の永遠の魂死の彼方かなた
光りの衣闇夜彩る昇り藤

(後藤岑生・抄出)

夫の故豊山千蔭氏を支えたくにさん 後藤岑生

 くにさんが二〇二一年八月二十四日、享年九十四歳で他界された。生まれも育ちも八戸市で、教師となり、生粋の八戸人で、穏やかな八戸弁(南部弁)の人であった。青森県俳句大会にいつも千蔭氏を車椅子に乗せて参加されていた。娘さんのお話によると、いつも仲睦ましく手をつないで、海外旅行に出かけ、中国や台湾に行き俳句を楽しんでいたという。俳句仲間から聞くと、千蔭氏が眼を患い盲いた時も車椅子を押し、東南アジアを巡り、俳句作りを献身的に支え、千蔭氏の分身のごとくであったと聞く。
 千蔭氏が亡くなってから、千蔭氏の句碑建立に奔走し、兜太氏直筆による句碑が建立された。除幕式は兜太氏を招き盛大に執り行われた。千蔭氏の俳句に生涯を捧げるようであった。
 くにさんが俳句を始めた時期や動機について、想像で語るしかないと思っていたが、くにさんの俳句仲間に訊くことができた。私の想像通り、俳句を始めたのは、千蔭氏の眼が不自由になり、口述の俳句を代筆から始まったこと、師は千蔭氏で自然に始めたようであった。
 私がくにさんとお会いしたのは、近年では、海程五十周年記念式典で、千蔭氏のことやら、くにさんの足が不自由になり、車椅子でないと出歩くことができないなどを話した。最後にお会いしたのは、二〇一六年青森県俳句大会に兜太氏が特別選者として来青したときである。娘さんに車椅子を押してもらい挨拶に来ていた。
 電話でお話をしたのは、「海程」が廃刊になり「海原」に移行するときである。「岑生さんが海原に移るなら私も移ります」これが最後の会話となった。
 娘さんから近況を聞いたところ、俳句に集中し命をかけているようであった。八月二十日頃体調が優れなくなったものの、二十一日には若干気分がよく、公民館に行き俳句談義をしていたという。その三日後、二十四日に静かに息を引き取ったとのこと。
 「海程」からの俳人がまた一人黄泉の国へ旅立たれた。豊山くにさんのご冥福をお祈り申し上げます。

第3回 海原金子兜太賞

『海原』No.33(2021/11/1発行)誌面より

第3回 海原金子兜太賞

【本賞】
 大沢輝一「寒落暉」

【奨励賞】
 河田清峰「笈日記」
 三好つや子「力水」

 第3回「海原金子兜太賞」は、応募作品55編の中から、上記三作品の授賞が決まった。
 応募作品数は、昨年よりやや少なかったのだが、内容は大変充実したものであった。二年に及ぶ新型コロナウイルスの感染拡大は創作活動を省みる機会ともなり、30句の持つ意義を再確認することにつながったのではないだろうか。
※選考座談会および選考委員の感想は、海原本誌でご覧ください。

【本賞】
大沢輝一 「寒落暉」

寒風のなかでは鳥になるふしぎ
寒風一頭壊しにかかる一ヶ村
うようよと寒風集る舟着場
寒い風母きれぎれの鳥である
ひゅうひゅう北風獣ごっこする
電柱を浮かせる北風の筋肉や
北の魚嘗て冬空飛んだ説
すれ違う人小春日を背に貼り
冬極み村の火ひとつ石になり
ぽつんと灯進化が止まる冬の潟
潟の上野生の雪が唄いだす
めそめそと潟魚雪になっている
冬夕焼け少女は可燃性だった
どの木にも眇の冬のカラスです
ふさふさな獣になった冬鴉
手縫いです雪は産着を枝に掛け
霏霏と雪降る家族みな底魚そこざかな
風呂敷をほどくとなかに雪がある
父のYシャツ雪の日は泡になる
雪山の寝息のひとつ新墓建つ
雪と風ぎぎぎと来り人を刺す
舟小屋や双手の冬を重ね置く
寒林の鳥まっしろな声を出す
満開の白鳥かなしい光りの球
白鳥を置き新しい供物です
寒の水咽に小骨があるみたい
大寒波とりの卵に尖りあり
大寒の夜気痛いほど静寂です
寒落暉ぱりんと割れた音がする
寒落暉いま不死鳥が飛び立つや

【奨励賞】
河田清峰 「笈日記」

花のごと雪ふりにけり臙脂の父
病む妻といくたびゆきし芒原
膝行の玉串奉奠雪の山
猪と居る大斎原に冬の虹
舌曼陀羅細魚を強請るカマイルカ
鹿の糞拾う鯨の供養塔
狼煙台百艘湾に鯨一頭
釘打ちの補陀落渡海白ふくろう
二ン月をうるうるとオリオン南中
紙雛を栞に熊野の笈日記
佐保姫の玉石を置く老杉の杜
果無山脈のかなたは奈落やまかがし
蛇踏んで翼賜る若王子
露もらぬ笙の窟を山蚯蚓
天蚕無き風穴に棲む大百足虫
くらがりに雨の音して蛇苺
きのこ持ちてかへれる父に母の朧
春蟬や御厨人窟みくろどの死者のやさしさ
遍路杖忍辱袈裟に潮垂るる
室戸岬まで辺地修業す善根宿
御厨人窟の青年空海明星喰
蛇踏んで遠目に見やる我拝師山
山に動くヤッケの黄色みどりの日
山上に臍出すをみな夏来る
雲雀東風山より高き役小角
二つ鳥居のをのこをみなこ女郎花
中指を立てて笛方杜若
かへりみる嶺や郭公啼きやまず
山下りて稚なになりぬ杜鵑
時を熟る勾玉抱き三尺寝

【奨励賞】
三好つや子 「力水」

春の水それはジュラ紀の力水
真言をなぞっています水馬
水かげろう仮想通貨の匂いあり
窓開けて終わる映画よ花水木
はつなつの水くるくると蛇の中
打ち水にぶつかるヘレンケラーの忌
去りぎはのあっけらかんと水鶏笛
じゃんけんに負ける極意やソーダ水
水彩のことばを発し河鹿かな
夏水仙ときどき烟る薬指
水質調査員になるはずだった蛍
見えていて見えない老人噴水広場
八月の声の出入りする水屋
水ふっと炎となりて曼殊沙華
試験管のたまご脈打つ水の秋
水平線になりたい少年九月過ぐ
秋うらら水を啄む鳥の影
水の星の水のまなざし青梨に
あやとりの橋流れつく水草紅葉
まなうらに白夜のふくろう水薬
水澄んで鍵のかたちに秋深む
暁の水の疼きでしょうか 霜
喪を告げる淡き文字なり鴨の水尾
冬蝶のうとうと透ける水墨画
熊眠る太古の水音みおとを枕とし
若水や馬のいななく声がした
冬桜 水の棺にトリチウム
真っすぐに反るということ寒の水
如月の奥へ奥へと水鏡
雪解水童の耳の耀いぬ

全応募作品から選考委員が選んだ推薦10句

 応募55作品から、選考委員が推薦する10句を選出した。各選考委員が候補に挙げた五作品を除いて選出することを基本としたが、一部はその限りではない。ご了承いただきたい。

安西篤
糸繰節誦しつつ老婆小草引く 4「石敢當」
毛虫焼く少年の唇薄く開け 8「穴」
花の息化石の魚の潤みおり 18「地球には水」
海鳴りは死者のはなむけカモメ舞う 28「東北十年」
見えていて見えない老人噴水広場 29「力水」
キンモクセイ幻獣図鑑あけしまま 45「ひらききる」
舌先が敏感である藤の花 48「逃げ水」
榧の実炒る祖母に纏わる手と手と手 51「阿蘇姫百合」
黙祷のサイレン微か冷房車 53「二号棟」
蛍狩ひとの夫やひとの妻 55「の」

武田伸一
一揆の碑洗はれてあり鳥帰る 4「石敢當」
広島も長崎も日本原爆忌 5「飢餓海峡」
驟雨きてここは横須賀コカ・コーラ 14「夏の地図」
海鞘を裂く六十五歳は登り坂 16「六十五歳」
涅槃図の遠くの席を許される 21「空師」
植木鉢金魚土葬の十五階 26「土葬」
ラ・フランスやさしい鬱によりかかる 27「誤字と空耳」
手離した掌に十年の雪の染み 28「東北十年」
ほうずきをゆららさららと遊ぶかな 45「ひらききる」
同級生に見られる初めての駅前行動 46「あつかましい平和」

田中亜美
棄民寄りて拓きし高地蕎麦咲けり 4「石敢當」
朝の夢忘れて秋の蝶逃がす 8「穴」
溶ける自由少女ふわっとリラへ 10「神々の遊び」
晩夏光縮尺かへて鳥の地図 14「夏の地図」
心臓で雉が鳴くから目が覚める 24「みらい」
部屋へ蟻ヒッチコックの貌もてり 26「土葬」
海葡萄ひとり暮らしの九谷焼 37「極東」
キンモクセイ幻獣図鑑あけしまま 45「ひらききる」
蕗の薹ほぐれ秩父の終の家 49「白は白」
春は重たいやわらかい猜疑心 50「月焚べる」

堀之内長一
さわやかに杖より低く母が来る 1「囲いから」
棄民寄りて拓きし高地蕎麦咲けり 4「石敢當」
超新星爆発春をはみ出せり 25「火星移住者」
陸軍と海軍が飛ぶ蛍かな 34「白い鷹」
人流の小骨のごとく薔薇に棘 35「波」
桃を買うぱっくり開いた胸のまま 42「今はない渚」
ほうずきをゆららさららと遊ぶかな 45「ひらききる」
夕暮れを穴と思いて紫蘇を揉む 48「逃げ水」
半裂や内を流るる白は白 49「白は白」
どの本能も身のそばにあり時雨 55「の」

宮崎斗士
さくらさくらうぬぼれてゐる水鏡 26「土葬」
吃音の友の手のひら柚子渡す 27「誤字と空耳」
薄荷水うっとり鳩といる東京 42「今はない渚」
なめくじり肉であること照れている 48「逃げ水」
木守柿「おお来たか」てふ独り言 49「白は白」
勝ち凧のひとりの空やご飯だよ 51「阿蘇姫百合」
黙諾のようなみちのく冬木の芽 52「ありふれた夕刻」
まだ若い雲だと思う鬼やんま 53「二号棟」
春の日のないしょ話やパンの耳 54「銀河」
蟻の列やさしくされるから歩く 55「の」

柳生正名
さわやかに杖より低く母が来る 1「囲いから」
初蝶ののたりはたりと牛涎 13「千年」
植木鉢金魚土葬の十五階 26「土葬」
真っすぐに反るということ寒の水 29「力水」
あめんぼの脚が気になる雹とつじょ 33「気候・環境抄」
陽の当たる四葩の顔で会いにゆく 37「極東」
なめくじり肉であること照れている 48「逃げ水」
桜守一枝くわえて案内せり 49「白は白」
朧夜に触れたら流砂なのでした 50「月焚べる」
覚め際は故里出羽に葛をひく 51「阿蘇姫百合」

山中葛子
驟雨きてここは横須賀コカ・コーラ 14「夏の地図」
夕火事が咲いてる遠いとなり町 20「となり町」
箱庭にみらいの家族あそばせる 24「みらい」
蜜柑食ぶる火星移住者の路地裏 25「火星移住者」
遺影に一杯結局俺が飲む酒か 28「東北十年」
春の水それはジュラ紀の力水 29「力水」
月曜のこめかみに咲き韮の花 37「極東」
象徴派サフランのこぼるる真昼 45「ひらききる」
いつでも何処でもどんなにでもあつかましい平和 46「あつかましい平和」
なめくじり肉であること照れている 48「逃げ水」

候補になった17作品の冒頭五句〈受賞作を除く〉

4 石敢當 押勇次
石敢當かたへに坐して初日受く
相逢うて落鷹われに近よらず
風葬崖蘇鉄が奏づ虎落笛
昼過ぎてふくら雀来解除の日
多喜二の日ガラス戸にふと犬の顔

8 穴 小西瞬夏
花守の水を零しにゆきしまま
巻尺のはげしき戻り謝肉祭
空き箱に空き函しまふ蝶の昼
花冷えの俯いて読む手紙かな
聖金曜日ジャムの壜固きまま

10 神々の遊び 十河宣洋
神々の遊びはじめの猫柳
春雨の重い空気ふわっふわっと
一人静多情多感の日々あふれ
春隣木口の匂い書の匂い
春の野に鹿一頭は淋しいぞ

12 バッハ マブソン青眼
「バッハ」とは「川」という意味 生きようか
川燕 バッハのごとく軽く低く
飛ぶ鷺と歩く私と出会いけり
ドビュッシー聴くヘッドフォンに柳と柳
耳はバッハ頭上は鷹の停止飛行

16 六十五歳 三浦静佳
白鳥帰る切れそうなミサンガ
春浅し自粛自粛の誕生日
減量の脳かろきかな柳絮飛ぶ
ステイホームの五月下駄箱片付ける
跡継ぎと決められ育つ蛍籠

18 地球には水 渡辺のり子
紫木蓮ひとすじ悪女のDNA
所望する春ショールかけてくれし手
長すぎる廊下春愁に捕まる
まさか逆流してくるなんて逃水
さくらさくら地球半径ふくらみぬ

20 となり町 望月士郎
ききみみをたててる胎児春の月
朧夜のポストの口に指ひらく
摩天楼にひろがる花の夜の鱗
春眠し夢のマニマニが来るよ
海市立つ二つかさなる洗面器

24 みらい 大髙宏允
夕焼けの紙芝居油のここち
さまよえる絵筆こゆるぎして止まる
夏の泥得体の知れぬ目のひかり
これから来るぬばたまの世の螢かな
黴たちといる押入れの自画像

25 火星移住者 椿野ゆう
火星ワインの樽割り歓迎す新年
火星牛の背に初蝶の止まりけり
火星より入電あり「雑煮食つたか?」
人類の出アフリカす春の朝
小型核炉一つ畸形の蝶震へ

26 土葬 有馬育代
野火の闇膨張都市の蠢きぬ
みどりごをはきだすやみよねこのこひ
カニカマにサラダ華やぐ万愚節
さくらさくらうぬぼれてゐる水鏡
言の葉と音色のあはひ蝶生まる

28 東北十年 植田郁一
手離した掌に十年の雪の染み
たなびくは霧でも霞でもなく死臭
瓦礫の海に白亜観音朱の鳥居
桜貝君かとばかり手に包む
雪キラキラ骨片キラキラ星キラキラ

32 異形 小林育子
形代のためらいがちな半回転
夏つばめ視線あう君もう遺影
遺骨にも心地よい場所雲の峰
ヴィオロンの哀しき茅花流しかな
それぞれのアイスコーヒーこもれび荘

42 今はない渚 桂凜火
不知火の鰯籠ゆらすさざれ波
つかまれて骨冷ゆる朝おとろしか
陽炎の窓という窓かしこまる
鰭の掌をゆらす少年のさくらいろ
麦青し生きていることふにおちぬ

45 ひらききる 山本掌
ぼうたんの影の見る夢人間じんかん
象徴派サフランのこぼるる真昼
キンモクセイ幻獣図鑑あけしまま
露あれはうすずみいろの馬を恋う
うつくしき嘘とうものは白露の

46 あつかましい平和 谷口道子
先生の最後の言葉あつかましい平和
あつかましい平和 どういうこと?
同級生に見られる初めての駅前行動
幼なじみ一筆くれし平和の署名
笑顔にて署名お願い半歩出る

50 月焚べる ナカムラ薫
春は重たいやわらかい猜疑心
末黒野を真昼抱えて誰か来る
如月の眠りを青い火と思う
ミモザふる天使の悲鳴として小鳥
朧夜に触れたら流砂なのでした

51 阿蘇姫百合 鱸久子
阿蘇姫百合卑弥呼のあかを纏い立つ
大草原阿蘇姫百合の孤高
すがし男の子ら阿蘇姫百合の
朱と金と阿蘇姫百合の耳飾り
夏雲へ廃車の心臓積まれ行く

◆応募作品の冒頭二句〈受賞作・候補作を除く〉

1 囲いから 永田タヱ子
水仙やふところ深くリズミカル
風花やいつもの景も生き生きと

3 十八番 藤川宏樹
降臨を手引きし聖夜宇宙酔ひ
風花や牛乳瓶の蓋ぱっちん

5 飢餓海峡 上野昭子
浚渫の海峡兜太と鷹柱
鯨骨音消して航く自衛艦

6 紀寿の母 宏洲弘
有耶無耶の関振り向けばコロナ四波
コロナ禍に帰れぬ待つ銀の匙

7 工事 葛城広光
ピンボールゲームであったかチリ役者
夜の秋車で何も出来なくて

9 ちょっとピンボケ 吉田和恵
蟹籠船真昼日白し境港
冬の陽にゲゲゲの一族はにかんで

11 四季の移ろい 漆原義典
蒲公英の綿毛ふうわり宇宙旅
麦秋や寄り添えばまた反発す

13 千年 藤好良
千年を星を見詰める鼬かな
喜びの雪の玉水水琴窟

14 夏の地図 川森基次
薄暑の候川のポストに投函し
さっきまで黒揚羽ゐてシンメトリー

17 妻の顔 神谷邦男
みちのく忌妻の残せし小座布団
牡丹の芽防犯カメラの見てゐたり

19 心にクリップ 中野佑海
花ミモザ身守る術の息遣い
甘やかな謀そして沈丁花

21 空師 稲葉千尋
白梅や自粛生活へうへうと
末黒野の匂ひ膕あたりかな

22 蟻の旅 黒岡洋子
マスクとう機微をはずして冬満月
騒いだのか救ったのか春節のマスク

23 夜話 中村セミ
老婆の手動かせば枯木喋る
影絵映ゆ梅を探れる犬の顔

27 誤字と空耳 木村リュウジ
空耳を待っている耳ほうせんか
桃を剥く指や影絵のあふれだす

30 送り梅雨 藤田敦子
避難地は遠流のごとく青田風
喫水深く十年のタネねむる初夏

31 春の雷 岡村伃志子
見逃したドラマの終わり春の雷
虫だしの雷 気難しいパートナー

33 気候・環境抄 野口佐稔
雨つぶて逃げおおせるかひきがえる
あめんぼの脚が気になる雹とつじょ

34 白い鷲 齊藤邦彦
蟷螂や一人芝居の格闘家
蟻の列青山避ける羅針盤

35 波 川崎益太郎
波という「種の起源」天の川
皮なめし柔肌なめす夏の波

36 風を聴く 横地かをる
ガラス戸にしずかな緑雨湯を使う
羚羊にふいに出会えり青葉山

37 極東 山本まさゆき
眠りの底の暗い水面をつばくらめ
巣燕や同居期間のない離婚

38 献体 梨本洋子
献体の母を見送る日雷
献体の決意十年前の夏

39 つくしんぼ 深澤格子
おのれわらふおのれうれしもつくしんぼ
春風や素描のひとと逃避行

40 白髪太郎 川崎千鶴子
咲くときも散る時もぱりっと梅花
怠惰な眼を洗う犬ふぐりの眼

41 不老不死 木村寛伸
アマビエの絵面遊ばせ去年今年
日の本に悪疫のある節料理

43 たまて箱 増田暁子
茎立ちのふりして茶髪少年の孤愁
明日葉の電流がくる夕餉かな

44 夏の果へ 佐竹佐介
水晶の夜や雷声容赦なき
星涼し夜明の晩を漕ぎ下る

47 もも肉 石川まゆみ
アクリル板へ顔つつ込んで蒸暑し
思うさま雑談飛沫夾竹桃

48 逃げ水 榎本祐子
立膝に黄色い風の春が来る
芹の根の縺れ直面ひためんで通す日の

49 白は白 西美惠子
落葉は遺言てふ詩人ありにけり
空縹鴎五秒の風まかせ

52 ありふれた夕刻 佐藤詠子
ありふれた夕刻なれど水を打つ
蛍や標はどこに置いてきた

53 二号棟 小松敦
今ここに始まっている水源地
梔子の匂い現像前のネガ

54 銀河 清水恵子
鳥雲に曖昧模糊な弁明そよ風のたんぽぽ畑よラテアート

55 の 河西志帆
臆病な本能たちの晩夏かな
夏布団とりあう夢の中の足

第3回 海原新人賞

『海原』No.32(2021/10/1発行)誌面より

第3回 海原新人賞

【受賞者】
 木村リュウジ

【選考経緯】
 『海原』2020年9月号(21号)~2021年7・8月合併号(30号)に発表された「海原集作品」を対象に、選考委員が1位から5位までの順位を付して、5人を選出した。
 得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、木村リュウジの授賞を決定した。【本年より、従来の10名推薦から5名推薦に変更した】

【受賞作品抄】

Border 木村リュウジ
黄水仙散歩と旅の境目に
頬杖は時のほつれ目シクラメン
八十八夜乱筆乱文恋しくなる
冗談を届ける風がひとつ初夏
母の書くとめはねはらい麦の秋
夏の夜耳鳴りという吃水線
寒色のペディキュアを塗る太宰の忌
ほたるがりふたりそろってひとぎらい
詳しくはないけど虹の手話だろう
花糸瓜切り紙ひらくように朝
時々は姉をサボってほうせんか
台風が近づく赤いヘアゴムに
良夜かな背中に文字を書く遊び
レモン切る子午線を切るように
立冬や赤の減りゆくボールペン
花八手栞代わりの帯失くす
ふと父の問わず語りや龍の玉
風花に舟という舟やせてゆく
白鳥が来る目薬の一滴に
遅き日の海を手紙と思うかな

【候補作品抄】

陽炎に 大池桜子
夏痩せだわたしの中の優しさが
髪の色明るく街に埋没大暑
鳥渡るハンドソープを買う列に
ホットミルク混ぜる日記のように
風花って出してない手紙みたいだ
パッツンと切った前髪目借り時
水色のレースのようなヒヤシンス
花ロックつくばエクスプレス待つよ
陽炎に突っ込むバイク恋したり
渋谷交差点燕占いでは良い日

花篭り 立川真理
きのうより強い蚊のいる寝屋に行く
あたりまえを無くした年を去年と言おう
山水画に童走らせとんぼつり
解体は看取りのように菊師の子
別の日は別の顔する菊人形
コロナ禍は地球の言葉お正月
鳥帰る未完のままに自画像
花篭り鏡の少女と喧嘩して
書き溜めた蝶の俳句のひらひらと
虹の色校庭を踏みしむように夏座敷

無口な窓 ダークシー美紀
ほうたるや闇に眠れぬ目がふたつ
私信のよう晩夏の塀に白い羽根
どんぐりをふんだ足裏の睡くなる
ほろほろと崩れてぬくき蛇の衣
小鳥来て無口な窓を明るうす
ポケットの埃の手ざはり小六月
大綿虫おおわた湧いて集合時間に遅れます
冬泉を掬ふ指先失語症
雪平に遅春の粥をまた噴かせ
街ひとつ幽体離脱蜃気楼

豹 葛城広光
赤ん坊耳だけ大きくつくられて
釣鐘が小さくなって降ってくる
ヒキコモリコロナヨリソウ春の川
豹の足電車の床からぬっと出る
水銀のように団扇の光る面
ワンピース音波のような少女達
銀世界蹴鞠一つが蒸発す
村の漁師近所の鳥を食べちゃった
正月や蜘蛛が真っ直ぐ下降する
石庭に夕焼け紅鯨上陸す

モウロク 後藤雅文
春の夢ずーと笑っている私
ものの芽や空を斜めによじ登る
土間のある暮らし燕と住む暮らし
夏休み忍者学校手裏剣部
長い梅雨長い昭和のアーケード
焼き茄子のお尻モウロクしています
押印の不要に押印文化の日
女坂パンツに紅葉はいってる
木枯をリヤカーに乗せ弟よ
北風や尻が狡いと鼻がいう

蒼白 渡邉照香
白梅や骨一片のDNA
春の雷ゴッホの自画像髭もそり
転々と段ボール敷く木下闇
シヴァ神の踊る街這ふ青大将
宵闇や泉下のに吾子かぐはしき
地球いま挽歌漂ふ風の色
長き夜や息絶へし子の皮膚呼吸
洞窟に蒼白冬眠の日本兵
冬怒濤歩兵の心臓食みにけり
冬苺くらわんか皿よりこぼれをり

【海原新人賞選考感想】

■大西健司
①大池桜子 ②木村リュウジ ③立川真理 ④立川瑠璃 ⑤後藤雅文
 大池〈黒いワンピースを選んで竜胆〉〈ジェラシーはシンプルな金木犀〉。
 木村〈時々は姉をサボってほうせんか〉〈カーナビは海を走っていて小春〉。
 真理〈草矢放つ源氏の君の乱反射〉〈鳥帰る未完のままに自画像〉。
 瑠璃〈喪失のパズルの破片蝶といて〉〈未来図へ朱筆で点す秋灯〉。
 後藤〈焼き茄子のお尻モウロクしています〉〈猿股に翼冬空狭すぎる〉。
 第三回ともなると、やはり積み重ねてきたものが大事。いかにブレずに書くか、書き続けているかとなると自ずと上位は決まってくる。都会の雑踏を颯爽と歩く大池桜子は今年も外せない。そして木村リュウジはすでに実力者。
 立川姉妹は休むことなく、醒めた眼差しを社会へ向けている。浮ついたところがなく、すでに独自の世界をもっている。学生などという物差しは不要。
 しかし問題はここから、みんな紙一重のせめぎ合い。後藤の日常を斜に見ての諧謔味も捨てがたく五位に。そうなるとまだ大勢残ってしまい混乱。葛城広光、かさいともこやダークシー美紀、松﨑あきらも捨てがたく悶絶。宙のふうも気にかかる。

■こしのゆみこ
①木村リュウジ ②ダークシー美紀 ③立川真理 ④後藤雅文 ⑤宙のふう
 木村リュウジのとぎすまされた幻想的な情感表現に引き込まれる。季語が美しい。
  夏の夜耳鳴りという吃水線
  母の書くとめはねはらい麦の秋
  過去形の空をはがしてかりん生る
  寒卵もうすぐシンバルの出番
  遅き日の海を手紙と思うかな
 ダークシー美紀のてらわないやわらかさ。
  ほろほろと崩れてぬくき蛇の衣
  蛍火忌の鉛筆の芯とがらせる
  どんぐりをふんだ足裏の睡くなる
 立川真理の大胆で繊細な孤独。
  時の日やこんなに動かない地球儀
  昏るる音聴く為に焚く牡丹の炎
 後藤雅文のちょっと切ないユーモア。
  木枯をリヤカーに乗せ弟よ
  北風や尻が狡いと鼻がいう
 宙のふうの詩情、昨年からの飛躍に期待。
  錆びた鍵捨つれば深し戻り梅雨
  やまももの落花素足にさびしくて
 候補に吉田貢(吉は土に口)、松﨑あきら、渡辺照香、大池桜子、増田天志、葛城広光、有栖川蘭子、山本まさゆき、福田博之、大渕久幸等に注目。

■佐孝石画
①木村リュウジ ②有栖川蘭子 ③ダークシー美紀 ④宙のふう ⑤かさいともこ
 まず、各号から佳句と思われるものを全て抜き出す。その後、作者名を確認し、選んだ句数順に並び替え、作者ごとに句を書き移し見直す。そこでは数に拘らず、あらためて作品世界の密度と瞬発力(遠心力)、浸透圧を確かめ、最終的に総合判断する。
  母の書くとめはねはらい麦の秋 木村リュウジ
  詳しくはないけど虹の手話だろう 〃
  過去形の空をはがしてかりん生る 〃
  耳鳴りに明日のかもめを描き直す 〃
  はじまりの台詞に吃る冬菫 〃
 非常に微妙な感覚を言葉にしようとしている。この誠実な姿勢こそ作者としての「格」だと思う。「分かる分からない」「伝わる伝わらない」ではなく、感覚という未踏の地へ切り込む「覚悟」。彼にはそれがある。
  短夜やはじめましてを何度もいう 有栖川蘭子
  青嵐沈んでいるのが美しい 〃
  寒雷やそこには何もいませんよ 〃
 俳句は衆の文学と言われる。しかし彼女の作品世界には、他者を前にして戸惑う、脆い自画像が映し出される。それは自己愛とは異質の、不確かな救済感覚。自己を包む不可解なベールを解かんとする我が手と、他者が差し出しているかもしれない朧な手。呟きに似た彼女の俳句世界は、そのまま他者へと見開かれた彼女の希求の眼差しなのかもしれない。
 ダークシー美紀、宙のふう、かさいともこらの閃光の如き俳句力にも大いに惹かれた。
 ほかに大池桜子、増田天志、小林ろば、植朋子、飯塚真弓、荒巻あつこ、中村トヨ子、松﨑あきら、上田輝子、吉田和恵、小林育子、日下若名、遠藤路子にも注目した。

■白石司子
①立川真理 ②木村リュウジ ③ダークシー美紀 ④谷川かつゑ ⑤飯塚真弓
 第3回「海原新人賞」選考に当たり、原点回帰ということで、金子兜太師の「造型俳句六章」を再読。
 一位立川真理の〈涙もろき波長だったな柘榴の実〉〈銀杏落つアレルギー連鎖に君が居る〉〈解体は看取りのように菊師の子〉〈鳥帰る未完のままに自画像〉。
 二位木村リュウジの〈ほたるがりふたりそろってひとぎらい〉〈花糸瓜切り紙ひらくように朝〉〈自画像に足され白鳥は不機嫌〉。
 三位ダークシー美紀の〈横這ひに愚図つてゐたる秋の雷〉〈大綿虫おおわた湧いて集合時間に遅れます〉〈街ひとつ幽体離脱蜃気楼〉。
 四位谷川かつゑの〈紅葉且つ散る人間のままでいる〉〈白菜ごろり巻を緩めぬ思想だな〉。
 五位飯塚真弓の〈母という唯一確かなる夏野〉〈父の肺より十六夜の水を吸う〉などの、季語の斡旋の確かさによる具体と感受に共鳴。
 〈鮟鱇を食ふて経年劣化かな〉の大渕、〈落葉して人の姿になりにけり〉の有栖川、〈やつがくんだ。一角獸がてゐる〉の吉田(吉は土に口)、〈学校は大きな吃り冬の空〉の福岡などにも注目。

■高木一惠
①木村リュウジ ②松﨑あきら ③立川真理 ④大池桜子 ⑤後藤雅文
  自画像に足され白鳥は不機嫌 リュウジ
  青空という拘束郭公は破る あきら
  小鳥くるドナウデルタの沫くる 真理
  東京の孤独とか言いたくない月 桜子
  ものの芽や空を斜めによじ登る 雅文
 兜太先生の俳句日記(昭和54年)に「山の木や人との〈いのち燃える通い〉を目ざして作る」とあるが、新型コロナ禍の足止めで、世界的な人流の想像以上の進展ぶりに気付かされ、渡り鳥の姿も一層こころに沁みた。
 次点に〈切り絵師の鋏はなるる寒夕焼 ダークシー美紀〉〈汗光るわたしは黒人女性です 野口佐稔〉〈棘線に囲まれ墓地のイモ畑 増田天志〉を。また〈紅薔薇の好きな人にはわかるまい 植朋子〉〈満月をルパンのように手に入れる 近藤真由美〉ほか、有栖川蘭子、安藤久美子、飯塚真弓、遠藤路子、大渕久幸、かさいともこ、葛城広光、古賀侑子、小林育子、小林ろば、坂本勝子、宙のふう、立川由紀、立川瑠璃、仲村トヨ子、福田博之、藤好良、吉田和恵、吉田貢(吉は土に口)、渡邉照香、渡辺のり子等の作品に注目した。

■武田伸一
①大池桜子 ②渡邉照香 ③吉田貢(吉は土に口) ④葛城広光 ⑤木村リュウジ
 大池は新鮮かつ柔軟にして、表現にも破綻がない。昨年に続いて一位に推す所以〈東京の孤独とか言いたくない月〉〈風花って出してない手紙みたいだ〉。
 渡邉は人生の諸相を厚みのある作品にて表現〈洞窟に蒼白冬眠の日本兵〉〈清明の気を吸ひ込めよ父の体〉。
 吉田の端正な本格俳句も若手への刺激となること必定。〈かたつむりみどりの井戸のあたりかな〉〈隠元豆煮染める窓に海せまり〉。
 葛城はときどき暴走するがそれも若さの特権〈リモコンを芝生の上に忘れたる〉〈棚を開け隠した黒子をまた付ける〉。
 木村はときに安易に流されるがナイーブさ抜群〈ほたるがりふたりそろってひとぎらい〉〈自画像に足され白鳥は不機嫌〉。
 ほか、順序不同に松﨑あきら〈その児を救えなかった私達茅花流し〉。飯塚真弓〈燃えるのよ花も至誠もすべからく〉。大渕久幸〈鮟鱇を食ふて経年劣化かな〉。渡辺のり子〈わが骨のもろさのかたち冬の蝶〉。藤川宏樹〈恋文を丁寧に折る二月かな〉。ダークシー美紀〈雪平に遅春の粥をまた噴かせ〉。梶原敏子〈彼岸花黄泉平坂よく照らせ〉。植朋子〈銀杏落葉踏みしめ向かう湯灌かな〉。仲村トヨ子〈捨案山子倒されたまま寝息して〉。後藤雅文〈焼き茄子のお尻モウロクしています〉。ほか多士済々。
 また、立川瑠璃〈李香蘭語る祖母居て桃の花〉、立川真理〈きのうより強い蚊のいる寝屋に行く〉の姉妹は大学と高校の受験生。今回はあえて受賞の候補から外した。許されよ。

■月野ぽぽな
①木村リュウジ ②大池桜子 ③ダークシー美紀 ④立川真理 ⑤宙のふう
 木村〈ほたるがりふたりそろってひとぎらい〉に代表される、作者特有の情(ふたりごころ)の深みと広がり。
 大池〈風花って出してない手紙みたいだ〉の独特の感性と口語による伸びやかな表現力。
 ダークシー〈街ひとつ幽体離脱蜃気楼〉に見る、更に深まる直感力。
 立川〈解体は看取りのように菊師の子〉の感性の良さ。
 宙〈優しさにすこしおびえる春の雷〉に代表される、心という謎への探究心と感受性の冴え。それぞれに注目した。
 この他に期待する作者とその作者の独自性を感じる作品を挙げる。渡辺のり子〈とぐろまく髪をなだめて熱帯夜〉、大渕久幸〈秋思断つべくズブロッカのお湯割り〉、山本まさゆき〈アーモンドを冬の涙として噛る〉、後藤雅文〈夏休み忍者学校手裏剣部〉、梶原敏子〈百合の花聞かずにいれば諦めた〉、植朋子〈朧夜の起きたら虫になる話〉、渡邊厳太郎〈納骨の現場に届くメールかな〉、渡邉照香〈宵闇や泉下のに吾子かぐはしき〉、谷川かつゑ〈デンデラ野ビールを家に置いてきた〉、飯塚真弓〈父の肺より十六夜の水を吸う〉、武藤幹〈秋刀魚焼く無頼の過去をけむにして〉、かさいともこ〈遡上する鮭ボクサーの面構え〉。
 自分の感性を信じて次の一句を。

■遠山郁好
①葛城広光 ②大池桜子 ③日下若名 ④木村リュウジ ⑤飯塚真弓
  棚を開け隠した黒子また付ける 葛城広光
  リモコンを芝生の上に忘れたる 〃
  アイスティーもう味もなく溶けた別れ 大池桜子
  夏盛り馬臭かろうが我も獣 日下若名
  自画像に足され白鳥は不機嫌 木村リュウジ
  母という唯一確かなる夏野 飯塚真弓
 葛城句は、一読変な句と思わせるほどの着想のユニークさ。そして句のモチーフによって表現方法を変幻自在に操作する巧みさ。例えば、「黒子」の句では、くどい位に執拗に念の入った書き方をし、また「リモコン」の句では、何でもないことをさらっと提示し、あとは読み手の想像力に委ねるという手法。感心する。
 大池句、若い女性の気分やムードをうまく俳句のリズムに乗せて書いていて爽やか。
 日下句、体験を通して真実をみつめる目、その生々しいリアリティーは人の心を動かす。「我も獣」の把握は鋭い。
 この他にも、近藤真由美、吉田和恵、渡邉照香、吉田貢(吉は土に口)、遠藤路子、福岡日向子らに注目した。

■中村晋
①木村リュウジ ②大池桜子 ③渡邉照香 ④仲村トヨ子 ⑤吉田和恵
 木村リュウジ〈花八手栞代わりの帯失くす〉〈ほたるがりふたりそろってひとぎらい〉。力みがなくなり、柔らかい句が増えてきた。青年期独特の孤独が、軽妙な韻律にのって甘く響く。
 大池桜子〈ゆっくりと帰る星たちクリスマス〉〈冬苺怒らないのって愛?〉。表現意欲にあふれた作品群。独特の韻律感覚と言語感覚に惹かれた。定型の韻律と作者の個性とのぶつかり合いに、清々しい初々しさ。
 渡邉照香〈シヴァ神の踊る街這ふ青大将〉〈冬怒濤歩兵の心臓食みにけり〉。一貫して重いテーマに取り組んできた。力みから、言葉が空回りするときもあったかもしれない。しかし、イメージと言葉との歯車が噛みあったときのパンチ力は強く、他にない重量感。
 仲村トヨ子〈トランペット蛍が一匹飛び出した〉〈青蛙戦争知らぬ肉食派〉。奇をてらわない率直な句の愉しさ。そしてその句にある色濃い風土の匂い。
 吉田和恵〈遠蛙伯母は結婚推進員〉〈新米炊く夜汽車のように炊飯器〉。地方生活者の日常がさりげないユーモアとともに作品化されるところの魅力。
 ほかにも後藤雅文、近藤真由美、宙のふう、立川真理などにも注目。惹かれる作者多数。

■宮崎斗士
①吉田和恵 ②中尾よしこ ③後藤雅文 ④山本まさゆき ⑤野口佐稔
  あの ほら 言葉になろうとして冬芽 吉田和恵
  森の感情まいにち変わる冬はじめ 中尾よしこ
  カピバラと咀嚼してます行く秋を 後藤雅文
  夏はいつも角のパン屋のガラスから 山本まさゆき
  けいざいといのちてんびんさるすべり 野口佐稔
 私が担当している「後追い好句拝読」欄の一年間の結果に基づいて、以上の方々を挙げさせていただいた。以下、年間を通して印象に残った作品群のほんの一部を――。
  落蝉の羽音しーんとじっと虚空 遠藤路子
  東京の孤独とか言いたくない月 大池桜子
  亀鳴いて出口の分からない微笑 木村リュウジ
  泣き顔の落葉一枚陽にかざす 小林育子
  しみじみと身辺整理ごつんと冬 谷川かつゑ
  蛇口噛むように水が破れてくる 中村セミ
  学校は大きな吃り冬の空 福岡日向子
  月曜のトーストの耳広島忌 藤川宏樹
  満天の星へ投網を冬木立 増田天志
  貧乏からやや貧乏になるソーダ水 松﨑あきら

※「海原新人賞」これまでの 受賞者
【第1回】(2019年)
 三枝みずほ、望月士郎
【第2回】(2020年)
 小松敦、たけなか華那

第3回 海原賞

『海原』No.32(2021/10/1発行)誌面より

第3回 海原賞

【受賞者】
 鳥山由貴子

【選考経緯】
 『海原』2020年9月号(21号)~2021年7・8月合併号(30号)に発表された同人作品を対象に、選考委員が1位から5位までの順位をつけ、選出した(旧『海程』の海程賞を引き継ぐかたちで、海程賞受賞者は対象から除外した)。
 得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、鳥山由貴子への授賞を決定した。

【受賞作品抄】

蝶ボルト 鳥山由貴子
ががんぼはわれ嵌殺しの窓を打つ
滝しぶき淋しい鳥が鳥を呼ぶ
独語満ちゆく自室水のないプール
蟻地獄脱ぎ捨てられし靴の数
ボクたちの不自然な距離青柿落つ
月光の立方体に釘を打つ
石棺に少年の骨つづれさせ
オキシドールの泡とめどなく蚯蚓鳴く
鵙の贄3Dプリンターの心臓
繃帯の人差指で撃つ秋思
緑啄木鳥あおげらの森ホチキスの針の山
わたくしに枸杞の実いろのかがやく血
翔べない白鳥秋のカーテン翻る
そっと息吹けば兎になる落葉
俯伏せに眠る少年蟬氷
流氷期見知らぬ町の蝶番
皿廻しきっと雲雀が墜ちてくる
たんぽぽを真っ直ぐに来る装蹄師
春の蠅裸電球切れる音
蝶ボルト春愁の指遊ばせる

【候補作品抄】

季節外れの入学式 中内亮玄
あらたまの光混み合う鶏舎かな
春の致死言葉の先に人がいる
道端で体温計る老夫婦
紋白蝶マスクの内の顔険し
花見頃人波避けて咳ひとつ
離れて離れて入学式に風薫る
粗暴なる新たな病霾曇
Uber走る国道沿いに麦青し
虹ばかり集めて家に籠る日々
夏煮えて酸っぱい雨の降るバス停

月日 川田由美子
白南風や掬えるほどに澄む月日
吾子の背青蘆原に水脈を引く
秋草や私いつかがらんどう
白湯冷ましつつ洎夫藍の真昼濃し
暮の秋小石をひとつ沈めたり
まざと見ゆ水鳥罅割れしなり
ほこりやほつれや冬蜂のかぎろへる
臘梅やふるさとの荷を下ろすかな
春あけぼの持ち重りする空の果て
緑さす蛹のかたち記憶てふ

音色のひとつ 横地かをる
すずなすずしろ透明な箱を買いにゆく
ひとり遊びのうすい唇寒ぼたん
空耳の耳朶のあたりを春という
フルートの音色のひとつ諸葛菜
水底の晴やかなれば燕来る
柚子坊のまるい感情ねむたそう
あいまいに笑う少年川蜻蛉
蝉時雨止んで石段現れる
亡母を訪う旅の途中の一位の実
稜線はやさしいかたち綿虫とぶ

八月の光 藤田敦子
父早く春繭のごと吾子を抱く
言いそびれ聞きそびれ鳥雲に入る
葬式に出られなかった遠青嶺
八月の光は生命線で受く
夕焼やニュースは今日の死を数え
傷つけば傷から光る青檸檬
胸中に冴える月あり医学棟
林檎むく不安があばれだす前に
美しき火との訣別開戦日
冬晴や国に穏やかなる死相

【海原賞選考感想】

■安西篤
①鳥山由貴子 ②伊藤巌 ③竹田昭江 ④中内亮玄 ⑤蕫振華
 例年通り、海原賞は単年度ばかりでなく、ここ数年の実績の傾向が上向きであることも加味して評価することとした。昨年の海原賞候補の一位はすんなり受賞したので、今年は昨年実績の二~五位をスライドして一位~四位を先ず決め、五位に新しく董振華を推した。
 一位鳥山は、昨年に続く詩的感性の広がりに、批評性も加わり、断トツの成果であった。〈皿廻しきっと雲雀が墜ちてくる〉〈古代魚の影過ぐきさらぎの背中〉。
 二位伊藤は、地味ながら境涯感と妻への細やかな介護に高齢人生の生きざまをみせた。〈「昭和史」の日々生きて来し龍の玉〉〈夏椿妻へと拾い道を掃く〉。
 三位竹田は、詩的抒情性を体感的に映像化する進境をみせた。〈耳朶柔し百態の春に惚ける〉〈頬杖の置きどころなしこの秋思〉。
 四位中内は、作品と地域俳壇活動の総合力で評価した。〈清潔なマスクや誰ぞ舌打ちす〉〈恋猫の無明ムミョウと哭きにけり〉。
 五位蕫は、大陸的スケールの作品活動の外に、中日バイリンガルの新俳誌「聊楽」を創刊、独自の詩境を開拓し始めた。〈春眠深し釈迦の掌中かもしれぬ〉〈ハロウィンの渋谷細身の托鉢者〉。
 ほかに、伊藤雅彦、北上正枝、河西志帆、鱸久子。川田由美子、望月士郎、黒岡洋子、清水茉紀、木下ようこ、すずき穂波、横地かをる等に注目。

■石川青狼
①川田由美子 ②鳥山由貴子 ③三枝みずほ ④横地かをる ⑤楠井収
 昨年度上位に推した川田由美子と鳥山由貴子は安定した詩情を重ね、今年度も上位に推す。
一位の川田は〈吾子の背青蘆原に水脈さかを引く〉〈わたくしが遠くに離る日向ぼこ〉の柔らかな詩情を高く評価したい。
 二位の鳥山は〈滝しぶき淋しい鳥が鳥を呼ぶ〉〈裸木の影美し裸になれわたし〉の力強い内面の表出に魅力を感じた。
 三位に推した三枝は〈かくほどに右手はかたち失へり〉〈空蝉のなかは光だったと子は〉の圧倒的な筆力に魅了され、注目の一年であった。さらに飛躍を期待する。
 四位の横地は〈蝉時雨止んで石段現れる〉〈フルートの音色のひとつ諸葛菜〉の静かな洞察力が詩情に生かされている。
 五位は混戦状態の中から楠井の〈死に方にも本音と建て前糸蜻蛉〉〈じき爪を噛む癖それって含羞草〉のさり気ない日常の切り口の妙を推す。
 選考外となったが、三世川浩司、黒岡洋子、河西志帆、河原珠美、伊藤幸、松井麻容子、峠谷清広、嶺岸さとし、さらに北海道の佐々木宏、北條貢司、奥野ちあき、笹岡素子、前田恵等に注目した。

■武田伸一
①鳥山由貴子 ②加藤昭子 ③河西志帆 ④中内亮玄 ⑤遠山恵子
 昨年惜しくも賞を逃した鳥山由貴子が弛まぬ精進にて他を引き離し、一位に推すことに躊躇はなかった〈五月の空アウシュビッツの青い壁〉〈石棺に少年の骨つづれさせ〉。
 加藤は秋田の風土と肉親を詠うところに特徴があったが、句域を広げ進歩が目覚ましかった〈息吸って吐いて新緑仕様の肺〉〈虎落笛中村哲氏の声混じる〉。
 河西は相変わらずの巧者ぶり。しかし正統派に近づいた分、訴える力が弱まったように思う。昨年九月号全句の字空けは大失敗、何があったのだろうか。
 中内はさすがの力量を示したが、こんなところで安住する作家ではないはず。一層の奮起をうながしたい〈戸を叩く風蕪蒸睦まじき〉〈あらたまの光混み合う鶏舎かな〉。
 五位には、ダークホース遠山を推す。私の好みでもあるが、昨年一位の河西に劣らぬシニカルな作風が心強い〈朴落葉悪妻という自覚あり〉〈春休み家庭教師の吸い殻嗅ぐ〉。
 ほかに、横地かをる、伊藤巌、楠井収、竹田昭江、伊藤幸、川田由美子、三好つや子。句集を刊行して意気上がる疋田恵美子、桂凜火、大池美木などなど名を挙げたらきりがない。

■舘岡誠二
①中内亮玄 ②鳥山由貴子 ③船越みよ ④川田由美子 ⑤河原珠美
 中内亮玄〈電線の隙間に痺れ白き月〉〈マスク並ぶかすかな舌打ち菊花展〉作品と人柄に侠気を感じる。福井の風土にしっかりと根を張っている。
 鳥山由貴子〈滝しぶき淋しい鳥が鳥を呼ぶ〉〈蜥蜴追いつめ少年の皮膚呼吸〉作者は埼玉。金子先生の教えを大切に、日々の生活の瞬間を心象的にとらえ、独特の句味ある表現。
 船越みよ〈鴨の沼水輪のように師の言葉〉〈体内の暗部と思う桜トンネル〉固定化しない発想がよい。平易さから脱皮の息づかいを全句から感じられる。
 川田由美子〈暮の秋小石をひとつ沈めたり〉〈からすうりの花やわらかく子は巣立つ〉作者の日常の境地を十分に季語を生かし、生きる命脈を力まずに詠出。
 河原珠美〈初夏やままごとのように生きよ〉〈熟柿透く孤独の果てるところまで〉自身の句座を大切に温情味をもたせ、心から発した子への気持ちと人へのいたわりを言い切って張りがある。
 人生と同じで誰しも句作に好不調があると思う。私は金子兜太先生に約五十五年間師事し、師の一言ひとことの言葉を大事にして生き、句作している。

■田中亜美
①関田誓炎 ②董振華 ③藤田敦子 ④小松敦 ⑤鱸久子
 関田誓炎を推す。〈実南天古刹は水の照るところ〉〈石蕗咲いて気さくな刀自とおしゃべりす〉〈梵刹のくうを秩父の蝶なりし〉〈産土の神の湿りに凌霄花〉〈寒昴は面妖なりと産土に〉。句のモチーフの秩父の風土もさることながら、くどくどと述べない、どこかぶっきらぼうな韻律が、兜太師の声音を想起させるところがある。「気さく」「面妖」の形容は使えそうで使えるものではない。風雅の中の野趣ともいうべき味わいが、二〇二一年の現在、かえって新鮮だと思う。
 董振華は漢文脈と和文脈の間に俳句表現の新しい可能性を拓く。貴重な存在。〈ハロウィンの渋谷細身の托鉢者〉〈朝光あさかげの柔かき湯気秋彼岸〉〈辛丑年かのとうし来し透明に豊潤に〉。
 藤田敦子の端正な定型感覚と詩情の翳り。〈看る人の手の甲にメモ寒昴〉〈傷つけば傷から光る青檸檬〉〈遠雪嶺喪失という被膜〉。
 小松敦の批評意識と感性のひらめき。〈皺寄ったシーツの窪み憂国忌〉〈愛こそはすべて連結部の蛇腹〉。
 鱸久子の明るさ。長寿者ならではの包容力。〈すべりひゆにも花あると知る平和なり〉。

■野﨑憲子
①桂凜火 ②三枝みずほ ③小松敦 ④竹本仰 ⑤藤田敦子
 今回、ますます世界最短定型詩の新しい潮流を強く感じ、私と同世代も含め、諸先輩の方々を別格に、注目する若手作家の名を挙げさせて頂いた。
 桂凜火は、コロナ禍の中、関西合同ZOOM句会の世話人として活躍。作品の進化も顕著だ。〈ハリネズミ抱く東京の春の闇〉〈継ぎはぎの春愁ふふっと河馬のキス〉。
 三枝みずほは、これからの成長がますます楽しみな注目の若手である。〈野を走る少女は水無月のひかり〉〈子をぎゅっとして春の日の終わらない〉。
 小松敦は、「海原」ウェブサイト管理人で、しなやかで光あふれる作風が魅力いっぱい。〈あたたかいくぼみに違う生きものと〉〈愛こそはすべて連結部の蛇腹〉。
 竹本仰は、作品にも鑑賞にも熱い気が充満。〈三日月がさくらを静かに分けている〉〈人形も双子ふたつの南風〉。
 藤田敦子の作品は現代を詠み込んで圧巻だった。〈夕焼やニュースは今日の死を数え〉〈さくらさくら時疫の咳ひとつ〉。
 また、川田由美子、中内亮玄、伊藤幸、新野祐子、マブソン青眼、山内祟弘、松井麻容子、齊藤しじみ、董振華……魅力あふれる作家の名が書き切れぬほど浮かんでくる。

■藤野武
①川田由美子 ②鳥山由貴子 ③根本菜穂子 ④黍野恵 ⑤榎本愛子
 新型コロナウイルスの蔓延で、吟行や句会が制限される中、今年は全般的に句作りに苦労している跡が伺われた。
まず、川田由美子。その感性の奥行き。〈白湯冷ましつつ洎夫藍の真昼濃し〉〈暮の秋小石をひとつ沈めたり〉。
 鳥山由貴子は清新な叙情。〈ボクたちの不自然な距離青柿落つ〉〈石棺に少年の骨つづれさせ〉。
 根本菜穂子の、思いと言葉のバランス。〈衣ずれを心のささくれとして緑夜〉〈里芋のぬめりのように母と娘は〉。
 黍野恵の上質な機知。〈菫買ったらうす暗がりもついて来た〉〈青梅ぽとりクラスで透明な俺〉。
 榎本愛子はしなやかな感性。〈若葉陰魚影のようにすり抜けて〉〈草踏む音まぎれなく君に初夏〉。
 この他に藤原美恵子、佐々木宏、遠山恵子、らふ亜沙弥、竹本仰、小松敦、桂凜火、河原珠美、川崎千鶴子、竹田昭江、佐藤詠子に魅かれた。

■堀之内長一
①鳥山由貴子 ②中内亮玄 ③藤田敦子 ④伊藤巌 ⑤加藤昭子
 昨年、鳥山由貴子を「海原賞レースの先頭をゆく有望株」と評したが、この一年で一気に駆け上がってきた。〈稲びかり遠き鳩小屋の惨劇〉〈月光の立方体に釘を打つ〉などの、物語を秘めた映像ははっとするほど新鮮である。さらに、〈鵙の贄3Dプリンターの心臓〉の「3Dプリンター」、〈たんぽぽを真っ直ぐに来る装蹄師〉の「装蹄師」、〈蝶ボルト春愁の指遊ばせる〉の「蝶ボルト」など、言葉の発見とその言葉を詩語にまで高める力量も見事と言うしかない。
 毎年推し続けている中内亮玄。〈紋白蝶マスクの内の顔険し〉〈Uber走る国道沿いに麦青し〉など社会的な事象を詠んで、紋白蝶や麦の青さを配する中内のやわらかな感性は健在である。
 選考の対象とはならないと重々承知しつつ、句集「時疫ときのえ」50句は、藤田敦子の実力のほどを見せつけた大作であった。〈八月の光は生命線で受く〉〈傷つけば傷から光る青檸檬〉の、感じたことをシンプルに深くという作句姿勢には共感を惜しまない。
 〈青き比叡稚鮎躍らす四つ手網〉伊藤巌のどこか悠揚迫らざる風土詠に魅かれている。〈妻の裸つつききれいと言う五月〉の愛妻句も大人の味わい。
 〈峡に生き芽吹き始める母の杖〉加藤昭子は肉親を詠んでもべたつかない。新しい風土詠を開いてくれそうだ。
 ほかに、竹田昭江、平田薫、横地かをる、河原珠美、船越みよなどに大注目。

■前川弘明
①鳥山由貴子 ②横地かをる ③望月士郎 ④川田由美子 ⑤船越みよ
 鳥山由貴子は描写がしっかりして詩感が透っていた。
  蜥蜴追いつめ少年の皮膚呼吸
  竜頭巻く音のかすかに水の秋
  月光の立方体に釘を打つ
  皿廻しきっと雲雀が墜ちてくる
 横地かをるのさりげないような表現感覚には、ふと、遥かなものを思い出させる気がする。
  雨垂れの音の真うしろ夏の蝶
  臘梅や白いまぶたの鳥が来る
  蝉時雨止んで石段現れる
 望月士郎の活発な感覚には自在の魅力がある。
  頬杖の三角形を金魚過ぐ
  落丁のまた乱丁の夏の蝶
  夜ふたつ蛍しずかに縫い合わす
 川田由美子の句には、いつも静かに流れゆく時間のようなものを感じるのだが……。
  南風吹く面影の帆の運ばるる
  木の実降る身体水平に澄ます
 船越みよの今期は落ち着き過ぎたような。
  俳句にも骨格のあり冬けやき
 ほかに注目したのは、木下ようこ、小池弘子、桂凜火、狩野康子、佐藤詠子、河西志帆。

■松本勇二
①小池弘子 ②狩野康子 ③藤田敦子 ④藤原美恵子 ⑤加藤昭子
 小池弘子を今年も一位とした。切れ味鋭い風土詠に加え少し沈潜した句にも力があった。〈延齢草先に萎んだほうが負とりけ〉〈鶏絞めてその黄昏のがらんどう〉。
 自然の力を信じそこからエネルギーを得ようとしている狩野康子を二位に推す。〈初御空ひよどりの木を借り助走〉〈得体しれぬものへ粗塩夜の雷〉。
 三位の藤田敦子は詩的構成力に優れていて世相も鋭く切り取っていた。〈冬晴や国に穏やかなる死相〉。
 四位の藤原美恵子は大胆な閃きを言語化できるようになった。〈笑う時空へ行く癖冬木立〉。
 五位を加藤昭子とした。風土に立脚しながら書く生き生きとした句に勢いがあった。〈コロナ禍や母を匿う紫蘇畑〉。
 〈産土の神の湿りに凌霄花〉の関田誓炎に注目したが欠句が痛かった。〈冬ぬくし柴犬三匹分の距離〉の奥山和子の機知。〈春キャベツ割れて相続放棄する〉の大野美代子の冷静な視線。〈神迎え眼鏡の螺子を絞め直す〉の金並れい子の日常から詩へのアプローチ。各氏の今後の奮起を期待したい。その他、竹田昭江、木下ようこ、らふ亜沙弥、黍野恵、三枝みずほ、三好つや子、ナカムラ薫の面々にも注目した。俳句で何を書こうとしているのかを、いつも自問自答しながら精進していただきたい。

■山中葛子
①鳥山由貴子 ②すずき穂波 ③並木邑人 ④中内亮玄 ⑤河原珠美
 一位の鳥山由貴子は、新具象といえる圧巻の作品群を発揮した。〈ボクたちの不自然な距離青柿落つ〉〈石棺に少年の骨つづれさせ〉〈そっと息吹けば兎になる落葉〉〈たんぽぽを真っ直ぐに来る装蹄師〉など、硬質な抒情のゆたかさは期待そのもの。
 二位のすずき穂波の、人情あふれる俳諧味。〈エスプレッソに男の匂ひ小鳥来る〉〈五郎助に耳羽民生委員奔る〉〈水仙のまはり透明死にとうなか〉〈野梅黄昏晩節はもう当てずっぽう〉など徹底した私性がひかっている。
 三位の並木邑人は、社会性をみちびきだす表現へのこだわりが小気味好い。〈夏鳥の真言を聴くステイホーム〉〈コロナ禍の裂け目に嵌まる泥鰌かな〉〈ブーケトス継ぐに樺太鱒遡上〉。
 四位の中内亮玄は、ロマン性ゆたかなバイタリティに満ちている。〈鴨群れて白鷺一羽火事のごと〉〈夏煮えて酸っぱい雨の降るバス停〉〈電線の隙間に痺れ白き月〉。
 五位の河原珠美の、孤愁という熱情のたかまる新鮮な叙景。〈百物語きみの出番はあるのかな〉〈犬呼ぶ声朝涼という劇場に〉〈熟柿透く孤独の果てるところまで〉。
 また、川田由美子の抒情に最後までこだわった。

■若森京子
①横地かをる ②鳥山由貴子 ③望月士郎 ④三世川浩司 ⑤河原珠美
  空耳の耳朶のあたりを春という かをる
  亡母を訪う旅の途中の一位の実 〃
  滝しぶき淋しい鳥が鳥を呼ぶ 由貴子
  独語満ちゆく自室水のないプール 〃
  髪洗う空中ブランコが見える 士郎
  湯たんぽのたぷんと不審船がくる 〃
  ドアノブしっとりと春愁のゆくえ 浩司
  角ひかる葛切ふうっと未明のにおい 〃
  百物語きみの出番はあるのかな 珠美
  少しだけ声が聞きたい春満月 〃
  死の中に夕暮れのあり冷奴 志帆
  模型屋に時の種あり天の川 つや子
  前の波の鎮魂歌なり 波の音 マブソン
 揺るぎない安定した抒情の横地を一位。独自の感覚世界を駆使した鳥山を二位。語彙豊かに詩情を展開した望月を三位。ナイーブな感性の三世川を四位。情感豊かな河原を五位。
 河西志帆、三好つや子、マブソン青眼も遜色のない活躍をした。中内亮玄、平田薫、川田由美子、董振華と多士済済。その他ダークホースに期待する。

※「海原賞」これまでの受賞者
【第1回】(2019年)
 小西瞬夏、水野真由美、室田洋子
【第2回】(2020年)
 日高玲

『光ひとり』藤野武句集

かげひとり』藤野武句集

夜半よわ醒めて寒牡丹燃ゆ胸の浅瀬

二〇一五年から二一年までの七年間の作品から、三二三句を収めた第三句集。「……個人的には、じわじわと押し寄せる老いや病と、否応なく向き合わざるを得なくなってきている。こうした日常の、さまざまな思いや、光や風や、揺らめくもろもろを、俳句という言葉に紡いだのが本書である」(あとがきより)

■発行=飯塚書店
■定価=一五〇〇円(税別)
■著者住所 〒198‐0062東京都青梅市和田町二―二〇七―八
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784752250159

田中雅秀 遺句抄〈佳人・雅秀さん逝く 北村美都子〉

『海原』No.31(2021/9/1発行)誌面より

田中雅秀 遺句抄

桐の花本音はいつまでも言えず
わぁ虹!と伝えたいのにひとりきり
ほうほたる弱い私を覚えてて
再来年の約束だなんて雨蛙
タイミングが合わない回転ドアと夏
愛鳥週間線量計を渡されて
夏野かな何もしないという理想
秋の蝶ゆめの果てなる汚染水
紅葉かつ散る乾電池切れるまで
ものの音の澄みゆき人は原子になる
兄弟は三人林檎の蜜多少
手袋のままほっペたに触りし人
初雪や鳥には鳥のしらせかた
白鳥の声する真夜のココアかな
ファルセットここからはもう雪の域
この町に住む食べる泣く冴え返る
他界っていったい何処だ雪虫よ
乗り継いでナウマン象に会う春野
山藤ゆれて会いたかった会いたかった
初蝶にもうなっている遺稿かな

(句集『再来年の約束』より 北村美都子・抄出)

佳人・雅秀さん逝く 北村美都子

 「紫が好きだから、よかったわ。」紫色の帯のかかった自身の第一句集『再来年の約束』に手を添えながら、そう仰しゃった雅秀さん。「届いたばかりの完成見本、ともかく美都子さんに……」と、直接句集をお渡しして下さった昨年12月句会の折のこと。病状は以前に打ち明けられてはいたけれど、その時の様子に快方を信じ切って――迂闊さが悔やまれる。
 雅秀さんとの出会いは、夫君と共に東京から福島県の会津に移住され、高校教師とホテル経営が軌道に乗った頃。東京時代の俳諧研究会「解纜」に所属を続けながら、連句の素養を以て、連歌の宗匠・猪苗代兼載忌の開催や連歌集の刊行、自身は福島県文学賞の準賞受賞等、会津での活躍の時期でもあった。
 平成15年より兜太先生の膝下に学んで10年、会津移住後に癌を発症。5年経過をクリアの6年目にして他部位への転移宣告を受ける。兜太先生ご逝去の少し前のこと。しかし雅秀さんには悲しみにも辛さにも堪えられる秘めたる勁さがあった。「笑って笑ってと最後まで明るく爽やかでした」との夫君の御挨拶のとおり、最期の病床からさえ、笑って、と呼びかけ頬笑まれる佳人だったのである。
 雅秀さんの新潟句会参加は平成21年5月から。海原支部・にいがた航の会に改まった後にも会津から遥々と句会に通い続けて下さった。大病を秘しての雅秀さんの熱心さに新潟句会は励まされて来たともいえる。

 何度でも握り返して春手袋 雅秀

 3月通信句会で特選に戴いた句。「季節は春。再会のよろこびか、惜別の挨拶か――」と、鑑賞を寄せた句である。今にして雅秀さんの今生への、そして出会えた全ての人への別れのメッセージのようにも想えて切なくなる。
 4月11日「体調不良のため航の会はしばらく休会にします」とのメール。この僅か17日後の4月28日、満五十七歳・享年五十九歳の若さにして、会津の佳人(兜太先生のお言葉)田中雅秀さんは逝ってしまわれた。
 《詠生院釋尼雅秀》様。航の会は淋しくなりましたけれど、雅秀俳句の魂の帰れる会として、励まし合いながら活動を続けたいと思います。すてきな思い出をありがとう!

鈴木康之句集『いのちの養い』 こころの郷愁 永田タヱ子

『海原』No.31(2021/9/1発行)誌面より

鈴木康之句集『いのちのやしない』

こころの郷愁 永田タヱ子

 ひとつぶの朝露にわが修羅を見き 哲哉
 
        鈴木寛之氏(俳号哲哉)

 冒頭に実兄の遺句集『時をなだめて』(昭和六十三年刊)から、この一句が掲載されている。日野草城「青玄」の同人で現代俳句協会の幹事を務めた方で、金子先生との御縁が、後に鈴木さんと赤い糸で繋がって
いたのでしょう。

 うなりつつ逆返りたり基地の凧 康之

 昭和三十年、「青玄」へ哲哉さんの薦めで投句、「初入選という記念の作」である。
 平成三年まで、鈴木さんは会社人間で仕事に邁進され俳休されていた様です。
 あれから幾十年?、仕事を辞退され、平成十一年夏、宮崎へ帰郷され、みやざきエッセイスト・クラブに入会、エッセイストとして活躍、中央の俳壇を模索、十三年に「古きよきものに現代を生かす」に共感され今がある、と。

 〈故郷恋恋 平成十二年以前〉
 しぐるるや朝倉里に山詰まる 一乗谷
 樹齢包む七十余棟権と聖 永平寺
 溶岩に絡み突き出す冬樹海 青木ヶ原
 山つつじ腹でたる人の遍路かな 屋島寺
 山寺や緑したたる甍かな 立石寺

 仕事が東京ゆえ、東北への旅、宮崎からだとなかなかです。名所旧跡をめぐり、自然あり、人間あり、心境の癒えを、うるおすほっとと、旅の醍醐味、深い味わいの句。俳諧へ引き込まれていく。

 〈いのちの養い〉
 平成十三年二月「海程集」投句
 「金子兜太選」好句
 しやぼん玉辛夷の花に滅びたり
 短夜の名画に煙草多かりき
 瓢の笛小観覧車空廻り
 待合の窓の形で東風は来ぬ
 乳バンドと言ひし項にも夏は来ぬ

 海程集への投句、五感の鋭さ、俳諧の抒情が心に沁みます。滑稽も。

 平成十七年「海程同人」
 天空より鳥居を潜る初鴉
 菜の花や花壇はカタカナ語ばかり
 首のない浴衣マネキン妻の首
 御崎馬祓ひ給ひの尻尾かな

 ますます自然、鳥獣、家畜、気候、そして人を俳句に詠まれ、滑稽がふっと笑いを誘う。心潤うロマンがある。

 ここ青島鯨吹く潮われに及ぶ 兜太
 句碑建って鯨乗り来し兄と逢ふ 康之

    (句碑建立記念句会 兜太特選)

 若くして他界された実兄、哲哉様を詠まれた句、兜太先生との縁が強く伝わる。

 〈マイウェイ〉
 しがらみや餅に捕られし歯一本
 魂送り済ませしあとの眠りかな
 産土も北辰斜め春立ちぬ
 夏霧の渓に一筋隠れ川
 青葉木莵埴輪の農夫肩に鍬
 直会や猪の生首薄目あけ
 順調に老いております男郎花

 日常をさりげなく詠まれ、こころがくすぐられる。気持ちが和みます。共に俳句で色々な処へ連れられる楽しみに、和む。共に宙中のリズムを感じる。

 〈壮心止まず〉
 日の丸のぽつんぽつんと初御空
 投げ入れの梅がほころぶ朝かな
 終ひ雛五人囃子は疲れ気味
 氷雨降る千鳥ヶ淵の残花かな
 産土の兜太は不死身荒凡夫
 体育の日妻と観る刑事コロンボ
 肥後大変日向は不安菜種梅雨
 一本の樹があれば足る蟬時雨
 後ろ手で秋の渋谷を歩きけり

 日常を切り取り、風を、水を、土を、日を、妻を、自分を、匂いまで、追及されている熱意がひかっています。
 次の句群は、句集中の追悼句。

 墓冷し師の戒名を記憶せり
 棺の中花野となりぬ義足は駄目
 兵に逢ふ微笑み遺し雲の峰
 百歳未達新米食つて逝きにけり
 飛魚のとんでとんで俳の海
 秋風とともに逝きしか印旛沼
 バッテリー組みし明逝く竹馬で
 行く春や冥府の記事を待ちかねて
 一世紀自在に生きぬ秋日和
 志なほ遥かなり額の花
 はらからへ献体といふ生身魂
 詩人死す無蓋の村は黄金色
 生き様を教へし兜太秩父紅
 農に生き卒寿の前の沙羅の花
 上弦の寒月灯り昇天す
 懐かしき下宿の伴へ大文字
 恩師の訃紅燃ゆる寮歌誦す


 鈴木さんの『いのちのやしない』は、故郷への思いの強さがあり、暖かさ、温かさ、がひしひしと伝わり、内なる人間への拘りの作品が、読む者を俳縁の世界へ誘う魅力がある。
 追悼句の兜太先生を始め、恩師、兄弟姉妹、親戚、友人、句友、先輩、後輩、知人。どの句も哀悼深く、人は生まれると、いつかは死ぬ運命、鈴木さんの追悼句は、皆様俳句の中で生き生きとして居られる。合掌。
 鈴木さんの『いのちのやしない』句集評を引き受けたが、誠にいのちの養いがひしひし伝わって来ました。
 詠めば詠むほど養いの奥深さへ引き込まれます。『いのちのやしない』上梓お目出とうございます。

『茲今帖(じこんじょう)』山田哲夫句集

茲今帖じこんじょう』山田哲夫句集

八月やどこの寺にも兵の墓

20年ぶりの第二句集。「『茲今帖』の「茲」は「ここ」、今は「いま」の意。……私の意図する「茲」とは、ここという場所、私の依って立つ空間であり、「今」は、いまというこの一瞬の依って立つ時間である。……依って立つ日常の一コマ一コマと言い換えてもよい」(あとがきより。巻末に堀之内長一の鑑賞文掲載)

■発行=現代俳句協会 現代俳句の躍動 第3期・10
■定価=二五〇〇円(税別)
■著者住所 〒441‐3421 愛知県田原市田原町新町六四

第3回 海原金子兜太賞

第3回「海原金子兜太賞」(2021年度)が決定しました

2021年8月22日(日)、第3回「海原金子兜太賞」の選考会が開催され、応募55作品の中から、次のとおり受賞者が決定いたしました。おめでとうございます。

【海原金子兜太賞】
 大沢輝一(石川) 作品「寒落暉」(30句

【海原金子兜太賞 奨励賞(二名)】
 河田清峰(香川) 作品「笈日記」(30句)
 三好つや子(大阪) 作品「力水」(30句)

選考委員:安西 篤/武田伸一/田中亜美/堀之内長一/宮崎斗士/柳生正名/山中葛子
(以上7名 五十音順)

受賞作品と選考過程は、「海原」11月号に発表予定です。

第3回 海原賞・海原新人賞の決定

第3回の海原賞、海原新人賞の授賞者が、次のとおり決定しました。
「海原賞」「海原新人賞」の詳細は2021年10月号(第32号)に掲載予定です。

◆第3回 海原賞
 鳥山 由貴子

◆第3回 海原新人賞
 木村 リュウジ

2021年秋「兜太通信俳句祭」

秋だ! 祭りだ! 兜太祭だ!
2021年秋「兜太通信俳句祭」開催のご案内

 好評の「春祭」に続き、皆様のご期待ご要望の声に応えまして、「秋祭!」開催いたします。他界の金子先生に私たちの祭囃子が届きますように……ますます盛り上げていきましょう。奮ってのご参加お待ちしております。

1.出句:2句(参加対象は「海原」の同人・会友全員です)
2.出句受付:宮崎斗士あて
 ・メール tosmiya★d1.dion.ne.jp(★→@、「d1」の「1」は数字の1です)
 ・FAX 042―486―1938
 ・郵便の宛先 〒182―0036 調布市飛田給2―29―1―401
  ※出句の原稿には、必ず「兜太通信俳句祭出句」と明記してください。
3.出句締切:2021年8月31日(火)必着
4.顕彰:参加者による互選のほか、特別選者による選句と講評。優秀作品には、特別選者の色紙贈呈、その他の賞品授与を予定しています
(俳句祭の結果は「海原」誌上に発表)。
5.参加費:1,000円
  ※参加費は定額小為替にて宮崎斗士までお送りください。
【出句の際のお願い】
◆電子メールでの出句:メールを使用できる方は、できましたらメールにて出句をしてください。メールにて出句の場合は、必ず受け取り確認の返信をいたしますので、その確認をお願いします。もし返信が届かなかった場合は、その旨宮崎斗士までご一報ください。
◆FAX、郵便での出句:原稿には、必ず住所・氏名・電話番号を記入してください。
【問い合わせ】
確認事項、お問い合わせ等は、宮崎斗士までお気軽にどうぞ。
宮崎斗士
〒182―0036 東京都調布市飛田給2―29―1―401
電話:070―5555―1523
FAX:042―486―1938

2021年春 兜太通信俳句祭《結果発表》

『海原』No.29(2021/6/1発行)誌面より

2021年春 兜太通信俳句祭《結果発表》

 「海原」初の試み――金子先生の名を冠しました「海原」内の全国規模の通信句会「兜太通信俳句祭」。参加者数は計123名。出句数は計246句でした(応募の締切は2月27日)。かくも大勢の方のご参加、あらためまして厚く御礼申し上げます。
 参加者全員に出句一覧を送付。一般選者の方々には7句選、21名の特別選者の方々には11句選(そのうち1句特選・10句秀逸)をお願いしました。選句結果、特別選者講評の順に紹介します。
(まとめ・宮崎斗士)

☆ベストテン☆

《23点》
 不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子

《19点》
 青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝

《18点》
 記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子

《17点》
 つちふるや折目の傷む世界地図 三浦静佳

《16点》
 ぶらんこを乗り継ぎいつか星になろう 竹田昭江

《15点(3句)》
 新しい光の住んでいる巣箱 小松敦
 臘梅の一途に光縫う産衣 中野佑海
 蝶覚めるそのひとひらを修羅という 茂里美絵

《14点》
 光年やいまさらさらと春のからだ 若森京子

《13点》
 死ぬことも未来のひとつ遠霞 森由美子

【12点句】
 師はいまも溲瓶洗うや冬銀河 大西健司
 自然死でした鴇色の蒲団干す 若森京子
 文字たちの清潔な部屋寒の星 わだようこ

【11点句】
 反骨の種握りしめ青鮫忌 石橋いろり
 冬木の芽たとえば意思とか祈りとか 上田輝子
 風船を放てば僕は帰れない 近藤真由美
 紅梅や悲しい時の集中力 芹沢愛子

【10点句】
 脱ぎたてのコートの微温秩父音頭 桂凜火
 夜の梅おとこは淋しくて老ける 河西志帆
 三・一一終わらず子には恋人 小林育子
 たんぽぽを真っ直ぐに来る装蹄師 鳥山由貴子
 春淡しやさしい言葉の集め方 松井麻容子
 水少し急ぐさすらい針魚来て 山中葛子

【9点句】
 耳鳴りに明日のかもめを描き直す 木村リュウジ
 
九十路ここそじよろし紙の雛に囲まるる 鱸久子
 福島沖に余震眠らせ春の月 中村晋
 おんひらひらウルトラマラソンの途中 野﨑憲子
 ホスピスの渡り廊下に在る 朧武藤幹

【8点句】
 春大根輪切りに混ざる昼の月 奥山和子
 うすらひや春画の帯の解けをり 木村寛伸
 師の反戦物の形に残る熾 黒岡洋子
 師居ませり菜の花を連れ利根遥か 篠田悦子
 冴え返る兜太先生のサインペン 芹沢愛子
 身を曝す廃炉逃げ水追うごとく 野口佐稔
 枕辺に枯露柿三個遺書はなし 野田信章
 えび天の泡しゅんしゅんと春が来た 船越みよ

【7点句】
 産土の春よ大地に掌を当てる 鱸久子
 戸袋にふはりと空気春近し ダークシー美紀
 くちびるのあらわになりし桜餅 根本菜穂子
 蝶の居て世界が滲むのがわかる 福岡日向子
 引鴨の沼は微笑の昏さかな 船越みよ
 燕の巣この平明で重いもの 堀之内長一
 両手ひろげて光受く児よ冬すみれ 森武晴美
 金縷梅やことばほぐれてくるように 横地かをる

【6点句】
 如月の花押となりぬ青鮫忌 安西篤
 遠武甲背に耕人の進み来る 石田せ江子
 ゆっくりと牛立ち上がる年始 石田せ江子
 曖昧な喪失コロナ禍棒グラフ 大上恒子
 鴎かもめみんなが春の言葉です 大沢輝一
 たましいは少年のまま此の裸 大髙宏允
 春星をひと抱え隠れている君に 小林育子
 冬の翡翠隠れ水脈あり不戦なり 高木一惠
 庭石に白菜干して青鮫忌 長谷川順子
 菜の花や老いてふと追う原風景 保子進
 いくつかの螺子の足りない春隣 松井麻容子
 ひたすらに青海原を冬の蝶 三木冬子
 春灯のどれにも我を待つ灯なし 武藤幹

【5点句】
 折り紙折る雪ひらの舞う時間のように 阿久沢長道
 もう十年還れぬままや春の星 稲葉千尋
 隣り合うオオカミの檻ヒトの檻 植朋子
 春寒や言葉に愛を入れたくて 遠藤路子
 兜太後を兜太に見せる蝶の旅 川崎益太郎
 うしろより兜太の羽音鳥雲に 小西瞬夏
 春の水湧く原発のほうへまた 三枝みずほ
 角ぐむ葦人間はこれから すずき穂波
 金子師の追伸らしい冬の虹 舘岡誠二
 ふくろうの翼の波動言う聾児 平田恒子
 少年にせせらぎのあるクロッカス 福岡日向子
 亡父の椅子座り心地は春の海 宮崎斗士
 ふきのとうは鍵のきらめき谿暮らし 宮崎斗士
 冬いちごさよなら少年もういない 村松喜代
 まんさくさきしか兜太師よ奥様よ 森鈴
 北帰の白鳥水平線を黙らせて 茂里美絵
 半日は二人それぞれの冬日向 森武晴美
 笑わない男流氷見て笑う柳生正名
 秩父へと雲は白狐と翔く二月 山下一夫
 陽炎は吾の陽炎見つめてる 横田和子
 軽やかに湯の沸く音や春一番 わだようこ

その他の参加者(一句抄)

 虹色の綿あめ売りだよ春の宵 綾田節子
 日常に陽が燦燦といぬふぐり 伊藤巌
 忘られぬ手袋のまま握手され 鵜飼惠子
 如月は兜太夕日に染まる大欅 大谷菫
 しづの女の美質に惚れよ兜太の忌 小田嶋美和子
 ワイシャツが地球が曲がるように折れ 葛城広光

 梅咲くや四方よもより師の声師の姿 川崎千鶴子
 アンドロイドの産声からっ風に紛れ 黒済泰子
 白梅や夢に兜太師仁王立 清水茉紀
 アマビエのあまた集まり兜太祭 鈴木弘子
 春雷や龍神来てる総持寺に 髙橋一枝
 手毬の紐あまた揃えて気の病 武田伸一
 プリズムを抜けて嫋やか春日差し 東海林光代
 春霞孤心山河の優しさよ 豊原清明
 亀鳴けりコロナ死にでももういいやい 永田和子
 撫でている友が持参の大大根 中村孝史
 かの家に火を焚くしぐさ去りにけり 日高玲
 狼の遠吠えふいに師の笑顔 平山圭子
 吾を叱る振りむきし姉雪女 藤盛和子
 蚕も狼もオール海原通信祭 藤好良
 純正の春な忘れそ亀の鳴く 松本千花
 おぼろ月ルール変更午前2時 峰尾大介
 薄氷や食う寝るところ行くところ 深山未遊
 眼底の痛み時折牡丹の芽 山本まさゆき
 石蒜せきさん植う苗百弐株兜太の忌 吉澤祥匡
 雪積もる庭も狂気ものっぺらぼう 渡辺のり子

特別選者の選句と講評 ☆一句目が特選句

【安西篤選】
 師居ませり菜の花を連れ利根遥か 篠田悦子
 冬の翡翠隠れ水脈あり不戦なり 高木一惠
 つちふるや折目の傷む世界地図 三浦静佳
 先生が呼吸いきするように萌え木いろ 遠山郁好
 枕辺に枯露柿三個遺書はなし 野田信章
 菜の花や老いてふと追う原風景 保子進
 金縷梅やことばほぐれてくるように 横地かをる
 師はいまも溲瓶洗うや冬銀河 大西健司
 死ぬことも未来のひとつ遠霞 森由美子
 コロナ禍の春よ歴史を早送り 西坂洋子
 師があふれまた浮雲と握手して 遠山郁好

 特選は亡師追慕の一句。利根川のほとりの菜の花の景の中から、師の姿がひょっこり現れたという幻覚。下五「利根遥か」は、その映像がずうっと棚引くように景の中に溶け込んでゆくのが望まれる。師が言っておられた此の世に続く他界が見えて来る。そこから上五「師居ませり」の確信に帰って行くのだ。
 第二位〈冬の翡翠〉不戦の誓いが今もなお脈々と受け継がれていることを、隠れ水脈から突然現れた翡翠の姿によって確かめている。隠れ水脈は、その声なき声の分厚い水量を暗示している。第三位〈菜の花や〉老いは、つねに死の近きを自覚しながら、おのれの生の原点に回帰しようとする。一種の再生願望だろうが、菜の花はその原風景の舞台として用意されている。
 〈つちふるや〉コロナ禍に傷む世界の有態。〈先生が〉先生の呼吸で萌え木が息づく。〈枕辺に〉ちょっと荷風調の死にざま。〈金縷梅や〉ことばのほぐれの有り様まさに。〈師はいまも〉他界でも同じ日常。〈死ぬことも〉ひとつというより行き着く果て。〈コロナ禍の〉歴史の中のコロナ禍は早送りを。〈師があふれ〉師に握手を求める手は今も。

【伊藤淳子選】
 不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
 コロナ禍のあやうき時間ときを実南天 上田輝子
 春淡しやさしい言葉の集め方 松井麻容子
 紅梅や悲しい時の集中力 芹沢愛子
 燕の巣この平明で重いもの 堀之内長一
 おんひらひらウルトラマラソンの途中 野﨑憲子
 春寒や言葉に愛を入れたくて 遠藤路子
 冬木の芽たとえば意思とか祈りとか 上田輝子
 春きざすエスカレーターのギザギザ 大渕久幸
 師居ませり菜の花を連れ利根遥か 篠田悦子
 風船を放てば僕は帰れない 近藤真由美

 「兜太通信俳句祭」にたくさんの師を偲ぶ句が寄せられていて、どの句も心情に溢れ、それぞれに金子先生の面影を彷彿とさせるものであった。
 特選に頂いた〈不要不急いつか鯨を見に行こう〉は二四六句を何度も読み返し、胸に残った一句である。現在のこの逼塞した時代をふまえて「いつか」に全身の重みをかけている。大海原に見え隠れして潮を吹く鯨を私も一度は見たいと思っている。

【大沢輝一選】
 月凍てて吠える山神唸るは兜太 篠田悦子
 青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝
 紅梅や悲しい時の集中力 芹沢愛子
 いくつかの螺子の足りない春隣 松井麻容子
 東風の中紅差し指はあそび指 北上正枝
 春闇へ魚の骨を投げてやる 石川まゆみ
 新しい光の住んでいる巣箱 小松敦
 全集百冊あれは私現代日本文学全集処分すの花の山 間瀬ひろ子
 文字たちの清潔な部屋寒の星 わだようこ
 耳鳴りに明日のかもめを描き直す 木村リュウジ
 死ぬことも未来のひとつ遠霞 森由美子

 〈月凍てて吠える山神唸るは兜太〉下五「唸るは兜太」は言い得ています。正にこの実景を四十数年前、実体験しました。当時、僕はまだ福井支部に在籍中で、海程勉強会の名残の後夜祭のことです。同室で兜太先生と一緒に句をつくった覚えがあります。その時の先生が唸る兜太でした。一句を捻り出す重さ、力感。唸りながら句を生みだす苦しみを本当に体験出来たのです。句を創る厳しさ気魂で体が震えていました。先生凄い兜太凄いという強烈な印象を受け、その夜は一睡も出来ませんでした。貴重な体験でした。掲句は、場所、形は違いますが「唸るは兜太」の一語から句創りの本物を思い出させてくれました。
 大会になかなか出席出来ない僕にとって、このような作品発表の場は最高最良の場になります。御苦労様ですがぜひ続けて下さい。

【大西健司選】
 枕辺に枯露柿三個遺書はなし 野田信章
 青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝
 身を曝す廃炉逃げ水追うごとく 野口佐稔
 もう十年還れぬままや春の星 稲葉千尋
 春灯のどれにも我を待つ灯なし 武藤幹
 反骨の種握りしめ青鮫忌 石橋いろり
 うすらひや春画の帯の解けをり 木村寛伸
 不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
 宵闇のドールハウスや春の雪 清水恵子
 臥竜梅夕くれないの海の微熱 平田恒子
 老優また緑衣の鬼と語らいて 上原祥子

 〈枕辺に枯露柿三個遺書はなし〉「兜太通信俳句祭」の特選句にこの句をいただいた。新型コロナウイルスにより生活が一変したなか、このように「海原」全体での通信句会はありがたい。どうしても時期的に先生の三回忌やら青鮫忌といった句が多く、少し力が入りすぎのように思える。そんななか、この句からはミステリーのひとこまのような面白さがうかがえて特選とした。作者は少し距離を置いてこの死を見つめているのだろう。孤独死で不審死。遺書はなくたぶん自然死。故人の生前を偲ばせるものは枕元の枯露柿のみ。寒々しい光景にあってこの枯露柿の存在は大きい。作者は冷静にこの死を切り取っていて成功している。

【川崎益太郎選】
 晩成の器に充たぬシャボン玉 高橋明江
 身を曝す廃炉逃げ水追うごとく 野口佐稔
 ひたすらに青海原を冬の蝶 三木冬子
 隣り合うオオカミの檻ヒトの檻 植朋子
 沈丁の毬の匂いや密匂う 松田英子
 ふくろうの翼の波動言う聾児 平田恒子
 温暖化蛇自堕落に冬眠す 安西篤
 東風の中紅差し指はあそび指 北上正枝
 七草や自粛自粛と土踏まず 永田タヱ子
 春の水湧く原発のほうへまた 三枝みずほ
 風船を放てば僕は帰れない 近藤真由美

 〈晩成の〉大器晩成という幻想を信じて信じて生きているが、しゃぼん玉のように結実しないのが現実である。しかし、これからも幻想を求め生きて行きたい。〈身を曝す〉果てしない原発との戦い。まさに逃水。完全廃炉を見届けたいが……。〈ひたすらに〉「海原」は一つ。なれど、目指すは人それぞれ。〈隣り合う〉オオカミとヒトの間に名句が生まれる。〈沈丁の〉蜜が密に変わる時世。〈ふくろうの〉聾児にしか聞こえぬ音がある。〈温暖化〉近く冬眠は死語となる。〈東風の中〉薬指は一番働きにない指といわれるが、動き出すと怖い指。〈七草や〉「土踏まず」は「土踏めず」。〈春の水〉地下水も放射能も終わりがない。〈風船を〉昔、風船おじさんがいた。まだ帰って来ない。
 さすが「海原」、力作が多く選句に迷いました。結社としてまとまるには良い企画だと思います。今後ともよろしくお願い致します。

【北村美都子選】
 如月の花押となりぬ青鮫忌 安西篤

 臘梅の一途に光縫う産衣 中野佑海
 紅梅や悲しい時の集中力 芹沢愛子
 記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
 亡父の椅子座り心地は春の海 宮崎斗士
 金縷梅やことばほぐれてくるように 横地かをる
 春の水さながらの片えくぼかな 佐竹佐介
 新しい光の住んでいる巣箱 小松敦
 春星をひと抱え隠れている君に 小林育子
 文字たちの清潔な部屋寒の星 わだようこ
 光年やいまさらさらと春のからだ 若森京子

 特選〈如月の花押となりぬ青鮫忌〉兜太作品〈梅咲いて庭中に青鮫が来ている〉に因み、兜太先生のご命日の二月二十日を心中密かに「青鮫忌」と命名し、そのことへの肯定と同時に、青鮫忌は「如月の花押」であると断定して止まない作者。兜太先生の数多の名句の中でも特に鮮烈な印象をもって受けとめられている、絶対の「青鮫」なのであろう。切ないまでに潔いこの思い入れ、この真情……「花押」のぎょうありありと。
 秀逸では、〈亡父の椅子〉〈新しい光〉〈文字たちの〉等々。詩の世界が魅力的。

【篠田悦子選】
 師の反戦物の形に残る熾 黒岡洋子

 両手ひろげて光受く児よ冬すみれ 森武晴美
 紅梅や悲しい時の集中力 芹沢愛子
 春落日師の掌で遊び来て 鈴木修一
 うすらひや春画の帯の解けをり 木村寛伸
 冬木の芽たとえば意思とか祈りとか 上田輝子
 不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
 煩悩も詩情も立てり兜太の忌 佐藤詠子
 死ぬことも未来のひとつ遠霞 森由美子
 鴎かもめみんなが春の言葉です 大沢輝一
 たんぽぽを真っ直ぐに来る装蹄師 鳥山由貴子

 祭という気軽さから遊びごころの句が多く、その上独自性もあり、さすがだと思いました。選ぶのに苦労しました。
 兜太師を偲ぶ時、ご自身の戦場体験から「反戦」を貫き通し、晩年は『アベ政治を許さない』を請けて書かれた信念に驚きます。全く野の人、兜太でありますし、師の優しさの極みと思うのです。第一回兜太俳句祭にとって、この〈師の反戦〉の句は未完成感はあるのですが、作者の思いが深く、外せない句で特選で頂きました。
 兜太師の何を私たちは継ぐのか。継げるのか。この思いを熾火のように消えることのないよう連帯して行けたらと思う次第です。

【高木一惠選】
 角ぐむ葦人間はこれから すずき穂波

 淡雪や先生逝きて弟子残す 菅原春み
 兜太後を兜太に見せる蝶の旅 川崎益太郎
 母子草親子丼とはかなしい語 中村晋
 きらっと春風兜太忌の笑い声 高木水志
 冴え返る兜太先生のサインペン 芹沢愛子
 不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
 新しい光の住んでいる巣箱 小松敦
 文字たちの清潔な部屋寒の星 わだようこ
 光年やいまさらさらと春のからだ 若森京子
 曖昧な喪失コロナ禍棒グラフ 大上恒子

 東日本大震災の春、被曝した池畔に葦の芽をみつけて希望の光を感じつつ、「人間は考える葦である」という『パンセ』の一節を想いました。そして昨今の世の厳しさに同じ感慨を抱き、特選に〈角ぐむ葦人間はこれから〉を戴きました。我儘勝手な人間として、考えても考え足りないのですが、「人間はこれから」と思うのです。
 芭蕉が俳諧集『貝おほひ』を奉納する少し前に、パスカルの『パンセ』は刊行されました。その後およそ三百五十年、「海原」の時が始まっています。この度の企画は、恒例の全国大会には足を運べない方々の参加も可能となり、互選もありますから、新型コロナの禍を福に転じた新たな句会の誕生と喜んでいます。

【武田伸一選】
 三月やつばきの音して国訛り 久保智恵

 山国の純粋酸素燕来る 松本勇二
 夜の梅おとこは淋しくて老ける 河西志帆
 亡父の椅子座り心地は春の海 宮崎斗士
 金縷梅やことばほぐれてくるように 横地かをる
 春の水さながらの片えくぼかな 佐竹佐介
 陽炎や誰も知らない音のして 菅原春み
 かげりつつひかりつ海へ涅槃雪 北村美都子
 春泥をつけるだけつけ妻の前 松本勇二
 遠武甲背に耕人の進み来る 石田せ江子
 やすやすと人は吹かれて春逝くなり 伊藤淳子

 〈山国の〉は「純粋酸素」が言いすぎ。が、このようにストレートに書ける方に拍手。〈亡父の椅子〉思いと叙景の一致。〈金縷梅や〉マンサクの咲きざま。〈春の水〉比喩◎。〈陽炎や〉ひっそりと、しかし紛れのない音。〈かげりつつ〉感受、把握の確かさ。〈春泥を〉自己アピール。特選の〈三月や〉は、唾を吐き出すような音に特徴の方言。きれいごとを蹴散らしてほしいとの方言にこもる思いの深さ。

【舘岡誠二選】
 まんさくさきしか兜太師よ奥様よ 森鈴
 兜太師三回忌かな老梅咲き初む 松本節子
 ひたすらに青海原を冬の蝶 三木冬子
 兜太忌や続く疫病世引き籠もる 山本弥生
 燕の巣この平明で重いもの 堀之内長一
 三・一一終わらず子には恋人 小林育子
 冴え返る兜太先生のサインペン 芹沢愛子
 福島沖に余震眠らせ春の月 中村晋
 師はいまも溲瓶洗うや冬銀河 大西健司
 不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
 風船を放てば僕は帰れない 近藤真由美

 ご苦労さまです。「通信俳句祭」は一瞬のうちに練り上げ熟成させる訓練をするという意味で、とても勉強になりました。
 二四六句の中には金子先生と奥様を詠まれた作品が目につきました。〈まんさくさきしか兜太師よ奥様よ〉を特選にしました。かつての先生夫妻の日常を想い起こしての作品と思います。「まんさく」の季語の効果が伴い、先生夫妻の人生魂を心優しく詠まれていると思いました。
 秀逸十句の〈ひたすらに〉〈燕の巣〉〈冴え返る〉は、八十一歳の私の作句への思いをよみがえらせてくれました。現在の俳壇と海原人は金子先生の独自性を生かした重厚な作品を大切に学ぶべきことと思います。

【遠山郁好選】
 新しい光の住んでいる巣箱 小松敦

 春淡しやさしい言葉の集め方 松井麻容子
 自然死でした鴇色の蒲団干す 若森京子
 紅梅や悲しい時の集中力 芹沢愛子
 記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
 九十路ここそじよろし紙の雛に囲まるる 鱸久子
 蝶覚めるそのひとひらを修羅という 茂里美絵
 師はいまも溲瓶洗うや冬銀河 大西健司
 耳鳴りに明日のかもめを描き直す 木村リュウジ
 鴎かもめみんなが春の言葉です 大沢輝一
 風船を放てば僕は帰れない 近藤真由美

 〈新しい光の〉いのちは光と解っていても、改めて「新しい光の住んでいる」とストレートに表現されると、その簡明さ故、かえって新鮮で眩しい。〈蝶覚める〉今のコロナ禍の過敏な世界は蝶の目覚めさえも修羅と捉えてしまう。〈紅梅や〉中七下五の情感に共鳴し、悲しみに寄り添うように置かれた紅梅が美しくかなしい。〈師はいまも〉他界された師は冬銀河で溲瓶を洗っているだろうか。案外、復活した師は若者となり、溲瓶とは縁のない生活をしているような気がする。

【中村孝史選】
 引鴨の沼は微笑の昏さかな 船越みよ

 自然死でした鴇色の蒲団干す 若森京子
 くちびるのあらわになりし桜餅 根本菜穂子
 紅梅や悲しい時の集中力 芹沢愛子
 春の鳥流れを去らぬ言葉在り 上原祥子
 亡父の椅子座り心地は春の海 宮崎斗士
 菜の花や老いてふと追う原風景 保子進
 東風の中紅差し指はあそび指 北上正枝
 煩悩も詩情も立てり兜太の忌 佐藤詠子
 寂しさの嚙めばじわりと凍豆腐 伊藤雅彦
 ホスピスの渡り廊下に在る朧 武藤幹

 特選の〈引鴨の〉。春先の鴨が北へ帰ったあとの沼。僅かながらさざめく沼。その下には動かぬ沼の水が深い。微笑にはそんな深い想いが昏さとして籠もる。

【野﨑憲子選】
 角ぐむ葦人間はこれから すずき穂波
 着ぶくれを解いても羽後は脱げないぞ 武藤鉦二
 蝶の居て世界が滲むのがわかる 福岡日向子
 冬紅葉きりんの影が反芻す 久保智恵
 秩父へと雲は白狐と翔く二月 山下一夫
 冴え返る兜太先生のサインペン 芹沢愛子
 光年やいまさらさらと春のからだ 若森京子
 芽吹き盛んなり読経の最中なり 武藤鉦二
 命かな列列椿わっしょいわっしょい すずき穂波
 風船を放てば僕は帰れない 近藤真由美
 天城路やバス停の名はかたつむり 石川義倫

 特選句〈角ぐむ葦人間はこれから〉この星を混迷させたのが人間なら、その淵から踏ん張って立ち上がるのも人間だと信じています。考える葦から創造する葦へ、これからが私達の正念場だと思います。「角ぐむ葦」に万感の思いあり。
 〈秩父へと〉一読、師の〈日の夕べ天空を去る一狐かな〉が浮かんできました。作者の師への思いの凝縮した作品に共鳴しました。〈命かな〉トラック島で手榴弾の実験台となって亡くなった戦友の遺体を仲間で担ぎ野戦病院へ運んだ師の話を思いました。平和への祈りが聞こえてきます。
 「兜太通信俳句祭」で、いろんな素敵な作品に出逢え楽しませていただきました。もっとたくさんいただきたかったです。宮崎斗士様、お世話になりました。

【野田信章選】
 花木五倍子尿瓶と一体ダイナミズム 金子斐子
 青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝
 両手ひろげて光受く児よ冬すみれ 森武晴美
 紅梅や悲しい時の集中力 芹沢愛子
 記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
 冬いちごさよなら少年もういない 村松喜代
 冬紅葉きりんの影が反芻す 久保智恵
 日短かや節くれ指の蝶むすび 深澤格子
 蝶覚めるそのひとひらを修羅という 茂里美絵
 冬木の芽たとえば意思とか祈りとか 上田輝子
 光年やいまさらさらと春のからだ 若森京子

 「花木五倍子尿瓶と一体ダイナミズム」。兜太祭に因んだ句として注目した一句である。題材の「尿瓶」については句集『百年』の中で〈去年今年生きもの我や尿瓶愛す〉〈荒川で尿瓶洗えば白鳥来〉など、その晩年の生き様をさらした句として拝読できる。これに「花木五倍子」を配合し、二つの題材が見事に合体して、即物的映像をも現出させているようだ。
 また、この句に遠く響合してくるものに次の句がある。句集『詩經國風』の中の「そして日本列島の東国」と題した中にある〈きぶし群落美女群浴は乳房見せぬ〉の一句である。この野放図な生命の躍動感を伴いつつ冒頭の一句の「ダイナミズム」も感受したいところである。

【堀之内長一選】
 蝶の居て世界が滲むのがわかる 福岡日向子
 青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝
 つちふるや折目の傷む世界地図 三浦静佳
 土佐和紙にほむらとありぬ寒の雨 大西健司
 記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
 陽炎は吾の陽炎見つめてる 横田和子
 冴え返る兜太先生のサインペン 芹沢愛子
 春きざすエスカレーターのギザギザ 大渕久幸
 笑わない男流氷見て笑う 柳生正名
 耳鳴りに明日のかもめを描き直す 木村リュウジ
 たんぽぽを真っ直ぐに来る装蹄師 鳥山由貴子

 一句に絞るのに悩みつつ、意欲的な表現に挑んだ〈蝶の居て世界が滲むのがわかる〉を特選に。「世界が滲む」は多義的な詠みを誘ってくる。滲みつつありながら、険しく隔たっている今を象徴するようでもある。救いの蝶がもうじき舞い始めるだろう。
 金子先生を偲ぶ句もたくさん寄せられたが、とってもシンプルな〈冴え返る兜太先生のサインペン〉をいただいた。ああ、そうだったなあ、気さくなサインペンの先生。装蹄師という珍しい題材を詠んだ〈たんぽぽを真っ直ぐに来る装蹄師〉にも魅かれた。馬の気配がたんぽぽとともに匂ってくる。
 初の兜太通信俳句祭を、みなさんの顔を思い浮かべて楽しんだ。次はリアル再開で!

【松本勇二選】
 紅梅や悲しい時の集中力 芹沢愛子

 てのひらにくまなく青空青鮫忌 大髙洋子
 百日紅子孫持たずも先祖をり 野口思づゑ
 師の反戦物の形に残る熾 黒岡洋子
 軽やかに湯の沸く音や春一番 わだようこ
 記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
 えび天の泡しゅんしゅんと春が来た 船越みよ
 遠雷や児童労働味のチョコ 伊藤清雄
 新しい光の住んでいる巣箱 小松敦
 ホスピスの渡り廊下に在る朧 武藤幹
 雪は膝下に尉鶲ピュッと飛ぶ 村松喜代

 〈紅梅や悲しい時の集中力〉を特選でいただいた。六十有余年生きてきた。二十代での三歳上の兄の死はとても悲しかった。自分が一番悲しいと思っていたが、自分に子供が出来てあの時一番悲しかったのは両親であることに気付いた。あの時の両親が取った様々な行動はまさに掲出句そのものであった。作者の洞察力を称えたい。起伏の少ない季語紅梅の斡旋は、切ない真実を淡々と書こうとした意志の表れなのであろう。静かなフォルムであるが句に血が通っている。

【武藤鉦二選】
 自然死でした鴇色の蒲団干す 若森京子
 マスク外してスマホに映す表情筋 遠藤路子
 師の反戦物の形に残る熾 黒岡洋子
 記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
 三・一一終わらず子には恋人 小林育子
 金縷梅やことばほぐれてくるように 横地かをる
 春の水さながらの片えくぼかな 佐竹佐介
 春の水湧く原発のほうへまた 三枝みずほ
 まんさくさきしか兜太師よ奥様よ 森鈴
 引鴨の沼は微笑の昏さかな 船越みよ
 ふきのとうは鍵のきらめき谿暮らし 宮崎斗士

 特選は〈自然死でした〉。この世あの世の境や敷居など無いのではなかろうか。深い哀悼の意を込めながらも、その生涯と大往生を讃える心情が鴇色の蒲団に表れている。この蒲団が実際はどのような色合いだったにしても、作者の心の中では鴇色だったに違いない。喪中ながら、冬の晴間の鴇色がやわらかい。
 鋭く繊細な感覚の句と、構えない軽やかな表現の句が多くなっていることを新たな海原の流れとして喜んで見ている。
 一方で、「実」が薄れてゆくのではないか、兜太先生選のあった頃の土の匂いの剛の句が少なくなってゆくのではないかなどと、高齢の石頭などは少々寂しく感じることもないわけではない。

【茂里美絵選】
 蕗の薹少年シュールな風の時代 三浦二三子
 青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝
 こだまきくそのようにして春の日は 三枝みずほ
 記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
 春寒や言葉に愛を入れたくて 遠藤路子
 冬木の芽たとえば意思とか祈りとか 上田輝子
 半日は二人それぞれの冬日向 森武晴美
 笑わない男流氷見て笑う 柳生正名
 文字たちの清潔な部屋寒の星 わだようこ
 やすやすと人は吹かれて春逝くなり 伊藤淳子
 引鴨の沼は微笑の昏さかな 船越みよ

 特選の〈蕗の薹〉超現実主義に傾くしかない、現況下の少年像。季語と「風の時代」が言い得て妙。〈青すぎて〉孤独なるが故に仕掛けた「狐罠」。誰を捉えたいのかと。〈こだまきく〉穏やかさが、逆に心の空白さを際立たせる。〈記憶とは〉「記憶」の語に、兜太師の姿が強烈に浮かび上がる凄さを誰もが感じたのではないか。〈春寒や〉本当に癒されます。〈冬木の芽〉言い過ぎ感はあるが共感も。〈半日は〉ソーシャルデイスタンスをスマートに表現。〈笑わない〉ゾクっとする程、分かる。心の底の虚無感。〈文字たちの〉作者の純粋さに惹かれました。〈やすやすと〉人間の弱さへの叙述の巧みさ。「春逝くなり」で更に。〈引鴨の〉沼の静謐、温かさの楚辞が適切。全国の海原人との交流を改めて嬉しく思います。

【柳生正名選】
 戸袋にふはりと空気春近し ダークシー美紀

 山削る重機の音よ母の顔 森田高司
 庭石に白菜干して青鮫忌 長谷川順子
 着ぶくれを解いても羽後は脱げないぞ 武藤鉦二
 九十路ここそじよろし紙の雛に囲まるる 鱸久子
 おんひらひらウルトラマラソンの途中 野﨑憲子
 師はいまも溲瓶洗うや冬銀河 大西健司
 「白蝶の画像をすべて選択して下さい」 植朋子
 太陽が真上げんげん束ねられ 小西瞬夏
 たんぽぽを真っ直ぐに来る装蹄師 鳥山由貴子
 天城路やバス停の名はかたつむり 石川義倫

 特選〈戸袋に〉、雨戸をあけ戸袋内の空気の動きを感じている。日常に詩を発見。次点〈着ぶくれを〉風土性とそこに棲み付く気概。最近の海原句に欠けていないか。〈山削る〉母俳句でもこれなら。重機との取り合わせが新鮮。〈庭石に〉忌日が日常に溶け込むさまに共感。〈九十路よろし〉雛祭の空気感を肌で感じ。〈おんひらひら〉一茶の句にもある金毘羅さんの真言でお遍路の姿も浮かび……。「爆心地のマラソン」を連想。〈師はいまも〉追悼句として。賢治の世界も感じ。〈太陽が〉春の太陽を実感。〈白蝶の〉デジタルな感触を巧みに俳句化。〈たんぽぽを〉競馬好きなこともあり素直に読めた。〈天城路や〉バス停の標識を這っている? ゆったりとした時間。
 全体を概観して、良質の句揃った一方、もう一歩「攻めた」作品と出会いたいと……。

【山中葛子選】
 おんひらひらウルトラマラソンの途中 野﨑憲子
 臘梅の一途に光縫う産衣 中野佑海
 湧き水ぽこぽこ蒲公英くぐり田んぼぬけ ナカムラ薫
 蕗の薹少年シュールな風の時代 三浦二三子
 秩父へと雲は白狐と翔く二月 山下一夫
 春泥をつけるだけつけ妻の前 松本勇二
 光年やいまさらさらと春のからだ 若森京子
 耳鳴りに明日のかもめを描き直す 木村リュウジ
 龍勢花火真っ逆さまに冬に入る 黒岡洋子
 師居ませり菜の花を連れ利根遥か 篠田悦子
 たんぽぽを真っ直ぐに来る装蹄師 鳥山由貴子

 特選句〈おんひらひら〉走り続ける谷佳紀さんへの追悼句か。句集名を思う、「おんひらひら」の「おん」とは、死者を呼び寄せるシャーマンの発語のようでもあり、また恩のようでもある。
 〈臘梅の〉臘梅の花の命が美しい。〈湧き水ぽこぽこ〉勢い盛んな春の息吹。〈蕗の薹〉蕗の薹の野生と、非日常的な少年との対比が鮮やか。〈秩父へと〉秩父の天空をゆく白狐の艶めき。〈春泥を〉俳諧味たっぷりな夫婦愛。〈光年や〉宇宙感覚ゆたかなる映像の言葉。〈耳鳴りに〉老化を体感する映像力の妙。〈龍勢花火〉秩父事件などが蘇えるインパクト。〈師居ませり〉兜太師が鮮やかに立ち現れてくる叙景の遥けさ。〈たんぽぽを〉ドラマチックな装蹄師の登場だ。
 「兜太通信俳句祭」参加は、俳諧自由の命の美しさを頂く感謝そのものです。

【若森京子選】
 青ざめた少年朧のサンドバッグ 榎本愛子
 臘梅の一途に光縫う産衣 中野佑海
 夜の梅おとこは淋しくて老ける 河西志帆
 平安時代春の木は飛べていた 大沢輝一
 春寒や言葉に愛を入れたくて 遠藤路子
 蝶覚めるそのひとひらを修羅という 茂里美絵
 不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
 まんさくさきしか兜太師よ奥様よ 森鈴
 ふきのとうは鍵のきらめき谿暮らし 宮崎斗士
 水少し急ぐさすらい針魚来て 山中葛子
 折り紙折る雪ひらの舞う時間のように 阿久沢長道

 好句が多くて迷いました。特選の〈青ざめた少年朧のサンドバッグ〉は現代社会の不気味な不安定な世相を詩的に表現しています。少年の怯える青ざめた表情が浮かびます。〈平安時代〉「平安時代春の木は飛べていた」少し衝撃的でした。平安時代のロマンの詩歌を吟ずる人達はきっと春の木々を飛ばしていたのではと一瞬時間をすりのぼりました。兜太忌の句が沢山ありましたが、お二人の好きだったまんさくの季節になると秩父を思い、先生御夫妻を思います。〈まんさくさきしか兜太師よ奥様よ〉を採りました。
 コロナで開催出来ない大会をこのような紙上句会にして下さり感謝致しております。

以上

『金子兜太 俳句を生きた表現者』井口時男著

『金子兜太 俳句を生きた表現者』井口時男著
最晩年の句友、文芸評論家・井口時男による兜太論―
過酷な戦場体験を原点として、前衛俳句の追求から、「衆」の世界へ、そして晩年にはアニミズムに軸足を据えた金子兜太の、生涯を貫いたものは何だったのか。戦後精神史に屹立する比類なき「存在者」の根源に迫る。
発行:藤原書店
〒162―0041東京都新宿区早稲田鶴巻町523
TEL 03―5272―0301
https://www.fujiwara-shoten-store.jp/SHOP/9784865782981.html

第52回 原爆忌東京俳句大会のご案内

第52回 原爆忌東京俳句大会のご案内

1月22日、「核兵器禁止条約」がついに発効しました。核大国の抵抗を抑え、被爆国日本を一日も早く批准国にさせ、核兵器の無い地球を実現させるため、俳句表現を大いに発揮して行きましょう。今年もぜひふるってご応募下さい。

とき:021年8月28日(土) 午後1時開会(参加費1,000円)
ところ:北とぴあ(15階ペガサスホール)
(東京都北区王子1―11―1 ☎03―5390―1100)
内容:◇記念講演能島龍三さん(作家)
    「戦争のリアルを見つめて」
   ◇大会作品顕彰(東京都知事賞ほか) ◇当日句会
作品募集:未発表作品2句1組1,000円(何組でも可)
投句締切:6月10日(木)締切済
投句先:〒114―0023 東京都北区滝野川3―48―1―603
    石川貞夫あて(☎・FAX 03―3916―5919)
応募料の納入:定額小為替、または現金にて
主催:第52回原爆忌東京俳句大会実行委員会

第68回 長崎原爆忌平和祈念俳句大会のご案内

第68回 長崎原爆忌平和祈念俳句大会のご案内

本大会は、昭和29年に発足し、被爆地長崎から俳句を介して平和祈念の灯火を掲げて以来、全国俳句人の熱情に支えられて、第68回大会を迎えることになりました。原爆忌の語や季節にこだわらず、自由に広く「人間のうた」の俳句作品をお寄せください。

とき:2021年7月31日(土) 午後1時~4時半
ところ:長崎原爆資料館(平和学習室)
(長崎市平野町7―8 ☎095―844―1231)
講演:朝長万左男先生(長崎大学核廃絶研究センターRECNA客員教授)
   「被爆75年を振返り、100年目の核なき世界を展望する」
作品募集:未発表作品2句1組(一般部門:1組1,000円ジュニア部門:無料)
投句締切:5月15日(土) 締切済
投句先:〒850―0028 長崎市勝山町44―2 森ビル301
 えぬ編集室気付馬津川ゆり宛(☎095―825―8242)
特別選者:有村王志・安西篤・岸本マチ子・高岡修・高野ムツオ・寺井谷子・福本弘明・松本勇二・宮坂静生ほか、多数を予定
主催:長崎原爆忌平和祈念俳句大会実行委員会/共催長崎新聞社

マブソン青眼句集『マルキーズ諸島百景』『遥かなるマルキーズ諸島』〈無季の楽園にて 柳生正名〉

『海原』No.28(2021/5/1発行)誌面より

マブソン青眼句集『マルキーズ諸島百景』『遥かなるマルキーズ諸島』

無季の楽園にて 柳生正名

 ここに2冊の句集がある。ともにマブソン青眼が2019年7月から1年間、南太平洋ポリネシアの仏領マルキーズ諸島ヒバオア島に滞在した成果を収めてある。
 うち『マルキーズ諸島百景』の序文は19年9月13日付。記された151句はわずか2か月ほどのうちに生み出されたということになるだろうか。かつて画家ゴーギャンが棲み、死に至るまで作品をものした地である。そこには表現に手を染める者のモチベーションを刺激してやまない何かが存在するに違いない。

  一句詠めば嘘のように雨上がりけり
  コケコッコーが赤・黄に響くゴーギャン旧居

 例えば、南洋特有の雨上がり、陽光に浮かび上がる色彩の氾濫が120年もの時間を挟んで、画家と俳人の心を同じように揺さぶる。そういうことが当たり前のように起こる土地なのだ。
 全作は日本語に加えマルキーズ語、フランス語の3か国語トリリンガルで記される。

  仏軍基地軍歌の伴奏に草刈機
  Papua kape/ No te hakako i te himenetoua/ Te himene o te maihini vaveeteita
  Base militaire/ Pour basse aux chants de guerre/Le chant des tondeuses

 ローマ字読みで音の連なりをたどるしかない島言葉だが、その母音の多さに日本語に通じる響きを感じる。一方、気候風土は日本と全く異なるようだ。

  雨・晴れ・雨・晴れ・雨・晴れや貴婦人島マルキーズ
  日の出五時日没も五時永遠とわの島
  「冬の旅」聴く冬も夏もなき孤島

 もし有季以外は俳句と認めない偏狭な俳句観の持ち主にとって、この四季はおろか雨季乾季の別もない、詩人ジャック・ブレル曰く「時が止まる」島で1年を過ごすことは論外のはずだ。

  ポリネシアに赤トンボあり原爆忌

 ここに形式的な季語は存在するが、「季節」感はないのだ。では、俳句として無意味なのだろうか。実はマルキーズ諸島から太平洋を真南に下ったムルロア環礁は20世紀後半、宗主国フランスの核実験場とされてきた。それを思い起こすと

  巨大な雲が巨大な山に巨大な影を落とす
  ビッグバン前の無音ぞティキの

 という句にまで思ってもみなかった奥行きが生まれてくる。ティキと言うのは

  古代先祖像ティキ金子兜太の悲しき笑み

で分かるように、諸島に数多くみられる「先祖」の姿を刻んだ石像という。これにトラック島で戦争の悲惨を心に刻んだ兜太の面影を重ねるのが青眼ならでは。

  大砲とやまい以前のティキの笑み

の句に註として付記されたように「西洋人が持ち込んだ病気が主因で19世紀から1926年まで、免疫がなかった島民は10万人から2000人まで減った」という歴史の重みを背負った存在でもある。
 ここまで読み進めると、青眼が「亡き師・金子兜太が戦時中のトラック諸島で作ったような“純粋な無季句”が詠めるのではと願って、ずっと暮らそうかと思った」と語る思いの深さが腑に落ちる。季節のない島で「原爆忌」を俳句に詠むというたくらみが、どれだけ文学の本質に深く根差しているか思い知らされる。
 旅人の目には楽園そのものとしか映らないこの島。その実、今も外部から持ち込まれた「大砲とやまい」が暗い影を落とし続けている。その事実を「原爆忌」に託して表現した青眼は、さらに劇的な形で自身の生身の現実として体験することになる。20年3月、万全な医療体制のないこの孤島で、新型コロナウイルスによる肺炎を発症したのである。
 同じ頃、諸島への交通は空路海路ともすべて途絶する。病床の青眼は枕もとに手持ちの現金をすべて置き、「ゴーギャンとブレルと同じ墓場で葬って下さい」という書き置きを添えることまでしたとか。その後、幸いにも回復し、3か月後に奇跡的に日本への帰還がかなった。とは言うものの、生死をさまよった病床体験は新たな句の数々を生んだようだ。

  神を信じるしかない島よ崖しかない
  大ヤモリがゴキブリ呑むやまだ動く

 これらに前集の収録句も交える形で成立したのが2番目の句集『遥かなるマルキーズ諸島』ということになる。シャンソン歌手でもあるブレルの名曲にちなんだタイトルの下、500句ほど+短歌50首がこちらは日本語、仏語の2か国語バイリンガルで収められている。

  丘のに見下され人類末期
  警官のタトゥーに蛇あり島に蛇無し

など昨年の海原金子兜太賞の応募作として出合った句も見受けられるが、「人類末期」という重い言葉の指し示すものが、この句集を通じてますますはっきり見えてくる。植民地後ポストコロニアルコロナ後ポストコロナという二つの“ポスコロ”のただなかにあって、人類が生きものとしての終末へと着々と歩みつつある―そうした現状を指す言葉に違いない。それを青眼は俳句という最短詩型の内に的確かつ真正直に、何よりも自由かつ天真爛漫に言い止めている。

  スマホのうえ歩きづらそうゴキブリは
  鶏にバナナをやっていずれは鶏を食う

  狩人が子猪こじしを捌きししも笑顔
  流れ星やいばのごとく眼球切る

 これらは有季の句として読み、歳時記に収めることすら可能だ。それで生きもの感覚にあふれた佳句としての魅力を十分に味わうことはできるだろう。ただ青眼自ら言うように、これらを含む500句ほどはすべて純粋な無季句として読むべきだと思う。それでこそ、兜太は「俳諧自由」を南洋で獲得したと確信し、そのひそみに倣った青眼の思いを真正面から受け止めることができるに違いない。(敬称略)

私の好きな俳句5句と谷さんとの思い出◆伊藤淳子・平田薫

『海原』No.27(2021/4/1発行)誌面より

◆私の好きな俳句5句と谷さんとの思い出◆

三人会 伊藤淳子

 野ヤギたち全体としてご近所なり
 ひまわりと俺たちなんだか美男子なり
 たくさんの心が僕に蕎麦の花
 もう五年です小春のお墓皆子様
 愛は消えてもそこはまぁ紅葉です

 谷さんから誘って頂いて月一回の吟行を始めたのは、海程の東京例会が両国で開催されていた時であった。始めは二人で、後に三井絹枝さんが参加して、三人会と名付けたこの会は随分長く続いた。何処へでも出かけたし、句会場も三人の身軽さで、時には喫茶店の片隅だったり、庭園の四阿だったりも、良き思い出である。谷さんは、俳句に関しては揺るぎない信念を持っていた(と思う)が他では、温かい人間味溢れる人であった。いつの頃からか、谷さんの発案で、折帖にその日の一句を筆で記し、落款を押して、それぞれに贈り合い、手元に残した。
 階段が心のようでなんじゃもんじゃ 谷佳紀
 二〇〇九年四月二三日。東京調布市の深大寺。唯一日付がある一句である。


まっすぐ 平田薫

 一人って空の広さで紅葉多分ですが
 人生はひらひら赤蜻蛉は軽い
 愛は消えてもそこはまぁ紅葉です
 ただ風を思うなるべく小春日の
 出会ったこと小石を手放したこと冬

 谷さんは心をまっすぐ書く、真っすぐ読む。優しく。
 〈みんな了解冬たんぽぽと隅の人〉〈団栗が大好き下手はあたりまえ〉〈猫は足もとそうかぴよぴよか
 こんな風に書いていいんだと嬉しかった。海程神奈川の句会は二カ月に一度、マラソンに参加していて来ないこともしばしばあった。
 〈小説がときどき僕を青葉にする〉〈ヘタウマ文化論と猛暑なのである〉〈俺はもう凄いのだと声百日紅
 私は谷さんの句をどんどん採った。
 雀ほどの智恵かな麦わら帽子かな 薫
 あるときこの句を谷さんが採った。「かな、かな」と重ねるのはどうかという意見が当然あった。谷さんは言った。この「かな」は自然に出てきた「かな」だと僕は思う。

純心―谷佳紀句集『ひらひら』に寄せて 芹沢愛子

『海原』No.27(2021/4/1発行)誌面より

純心―谷佳紀句集『ひらひら』に寄せて 芹沢愛子

 谷佳紀さんが突然亡くなられたのは衝撃的でした。その事実をまだ受け止め切れずにいた頃、宇多喜代子さんの次の句を知りました。
 
  亡き人の亡きこと思う障子かな 喜代子

 思えば宇多さんの『里山歳時記』が素晴らしいと教えてくれたのも谷さんでした。この句は「亡きこと」ばかりを嘆いていた私に、「亡き人」と向かい合わなければ、ということを気づかせてくれました。幸い手元に「海程」のバックナンバーがあるので、青年時代の谷さんを辿りたいと思います。
 谷さんは二十四歳の時に「海程」の同人になりました。まだ大所帯ではなく「同人スケッチ」という欄では、金子兜太先生が一人ひとりの紹介文を書かれています。「谷佳紀 くらげのごとくハイエナの如し。純心。二〇代、小柄褐色」。その二年後の「ショート・小答」という自己紹介の欄では、谷さんは「配偶者なし。悪口雑言大好き。身体と反対の大声。純心」と自身でも先生から贈られた「純心」という言葉を使っています。「純心」は「純真」の誤用とされていますが、先生はわざとこの字を選ばれたような気がします。
 そして谷さんが海程賞を受賞した時の挨拶文には、「作品を書きつつある私は、つむじ風のまっただ中にいる。ひかりだけがある。すべてがきらめいている。じつに心地よい。私は、つむじ風を、ひかりを、きらめきを求めて書く。そのため、わがまま、勝手きままに書いている。誇り得るものがあるとすれば、このようにして書いているということである。(中略)私は受賞したことに責任をもたない。新たなる決意もない。いままでどおり、わがままに、勝手きままに書いていこうと思う」とあります。晴れ晴れとこの宣言をした当時、谷さんは三三歳でした。そして、こうも書いています。「幸いに、すぐれた師、すぐれた先輩、友人にかこまれている。海程にいる喜びを感じる。信頼をもって語りあえる」と。
 金子先生の元で始まり、一度離れて、また金子先生の元に戻り……その六十年間を谷さんは俳句と共に過ごしました。

 八ツ手咲き男は幸福なのだろう

 この句は二〇〇二年初冬、前橋市の敷島公園吟行会での一句。萩原朔太郎が書斎に使った蔵に展示された詩の一節、「男は幸福なのだろう」が引用されています。「男」は私の中で谷さんと重なって行きました。

 ただ風を思うなるべく小春日の

 二〇一八年が谷さんの俳句人生の最終章になりました。愛唱したい句や、心に響く句が、たくさんありました。二三五ページの「愛は消えても」から「紅葉や」の五句が「海原」最後の掲載句です。
その後の未発表句の中には、ふと過去からの風が吹くような、なにか思いを馳せているような句も見受けられました。

 枯れすすきの唄が川に映る夕焼

 この「枯れすすきの唄」は、金子先生が最後の秩父道場で歌われた「船頭小唄」のことでしょうか。戦時中、出撃前夜の飛行兵たちがよく歌っていたと聞きました。その夜の先生は、トラック島で兵士だった青春時代に戻られたように見え、胸が痛みました。谷さんものちに上映された動画でその歌を聞いています。あかねさんから「夫も若い頃この歌をよく歌っていました」とお聞きし、「船頭小唄」は谷さんの愛唱歌でもあったと知りました。

 帆柱はいまも青空青鮫忌

 金子先生は『今日の俳句』の中で、忌日の句についてこう書かれています。「人の死んだ忌日を季語にしてしまうやり方は、不埒千万、季語そのものさえ冒瀆するものと考えている」。先生もおそらく、個人の忌日の句は残されていません。谷さんも普段は忌日の句は書かず、保存されていた中でもこの一句だけですが、あえて句集に入れました。「青鮫忌」は「青空」と韻を踏んで自然に出てきた言葉かも知れません。おだやかに晴れ渡った海を進んでいく船が見え、明るい世界です。最後の数句の中に、この句が書かれていたことの不思議さを思います。
 ある年、谷さんからの年賀状に「俳句を楽しんで書いてますね。楽しいのが一番!」とありました。真に楽しむことは難しいけれど、試行錯誤や実験も含めて、谷さんは人生をかけて俳句を楽しんだ方だったと思います。

  ◇  ◇  ◇

 マラソンの空気ふかふか菜の花畑
 どこへでも走って天気の中にいる
 美しい俳句ではなくマラソンする

 谷さんは一〇〇キロ、二〇〇キロ、長いときは二四〇キロのウルトラマラソンに参加していました。「体に悪いんじゃないですか」と聞くといつも「そうなんだよ」と答えていました。夫人のあかねさんは「もりもり食べてくれていた人が、急にいなくなって寂しい。あと十年は俳句を書いて欲しかった。俳句は命を取らないから」と話してくれました。週に六日、二、三時間のランニングをしていたそうです。

 猛暑日の如何に生きるべきかは走ってみる

 この句は最後の年の夏の作。亡くなった後にも、新しいシューズや大会のゼッケンが届いたと聞きました。まだまだ走り続けるつもりだったのです。

 たくさんの心が僕に蕎麦の花

 あかねさんから谷さんの遺句集を出したいとのお話を伺って、私に出来ることがあったらぜひお手伝いしたいと思いました。その後パソコンに記録、保存されていた俳句の数が四千句近いことが分かり、選を依頼されました。私一人では荷が重く、心もとないので複数選にしました。お願いしたのは、平田薫さん、木下ようこさん、三世川浩司さん、柳生正名さん、小松敦さん、小川楓子さん。そして私を含めた七人の選が集まりました。その結果をもとに抄出、原満三寿さんの選も加え、最終的に四四七句になりました。「海程」復帰以前の谷さんと朋友であった原さんに「私と皆さんの評価が似ていることが嬉しい」と思っていただけたのも、大変心強く、ほっとしました。
 谷さんの俳句は時々解らないと言われます。解説は不要、というようなたたずまいです。なので好きな句という基準で選びました。帯の抄出句は原さんの特選との重複を避け、複数選の結果も参考にしています。たくさんの心が集まりました。
 谷さんの初対面での印象は、くらげでも、ハイエナでもなく「洗い晒しの木綿のような人」でした。そう言うと、みんな笑うのですが、「糊が取れて体に馴染んだ、清潔な木綿」と説明していました。その後も谷さんは、谷さんとして、気取らず、マメで、一途で、ストイックで、面倒見の良い、優しい、せっかちな人。「純心」という言葉の似合う人でした。句集上梓について「出せるなら出したほうがいい。それは必ずその人の俳句のためになるから」と言っていた谷さんでしたが、きっとこの句集を読んで新たに刺激を受けたり、心が自由になる人もいるはずです。
 あかねさんの強い思いでこの句集が出来ました。句集のタイトルを「ひらひら」と直感で決めたのもあかねさん。その感性は谷さんと通ずるところがあると思います。生活人としても谷さんはとても幸福な人でした。

 二〇二〇年 秋晴れの日に

※句集『ひらひら』は、二〇一八年十二月十九日に急逝した谷佳紀氏の遺句集である。序文・原満三寿、跋文・芹沢愛子、あとがき・谷あかね。発行・令和二年十二月十九日。本稿は、その跋文の全文である。(編集部)

『再来年の約束』田中雅秀句集〈幸せな成熟の記録―風土・ふたりごころ・師 中村晋〉

『海原』No.27(2021/4/1発行)誌面より

田中雅秀句集『再来年の約束』
幸せな成熟の記録―風土・ふたりごころ・師 中村晋

 桐の花本音はいつまでも言えず

 本句集冒頭の一句。明るい空と桐の花。そこに陰影を含んだ、しかし決して暗くはない呟き。身体のどこかで作者の声が倍音になって響くのを感じる。

 わぁ虹!と伝えたいのにひとりきり
 タイミングが合わない回転ドアと夏

 平易な言葉と軽妙なリズムで日常の一コマを切り取りつつも、ふっと漏れ聞こえてくるため息。そしてこの句集のタイトルとなった一句。

 再来年の約束だなんて雨蛙

 再来年という微妙な未来への違和感と毒を、「だなんて」という口語に上手に包む技巧。しかもそれを「雨蛙」で見事に中和し、滑稽味まで出す味わい。
 かと思えば、ふっと自分自身の内面を覗き込むかのような次の一句。

 ほうほたる弱い私を覚えてて

 蛍の光が美しく、その闇は深い。「ほうほたる」に妖しい呪術的な響きがある。私は思わず作者に心の中で声をかけていた。「雅秀さん、こんなふくよかな句の世界をいつの間に熟成させていたんですか」と。
 雅秀さんの俳句の特徴といえば、都会的なセンスと大胆な言葉づかい、鮮やかな切れ味。

 仲良しや微妙な距離のフラミンゴ

 これは私が初めて東京例会に参加し、また雅秀さんと初めてお会いしたときの句と記憶している。「仲良し」という言葉を持ってくる意外性。一方、人間関係の微妙さをフラミンゴにみる繊細さ。いたく感心した思いが今も鮮明だ。また、

 木守柿忘却という安堵かな
 初雪や鳥には鳥のしらせかた
 白鳥の声する真夜のココアかな

など、日常生活の一瞬や一場面、そのときどきの心情をシンプルにかつ大胆に切り取る鮮やかさに、多くの仲間から共感を得ていた。ところが、雅秀さんはとっくにその域を抜け、成熟と豊饒と陰影に富んだ境地を目指し、外の世界と自らの内面を通わせる句を確かに作りあげていたのだった。一読三嘆。その充実度。
 この句集の魅力のひとつに、雅秀さんが住む会津地方の風土が深く内面化されていることが挙げられると思う。雅秀さんは平成十八年、東京から福島県会津地方に移住した。当初、東北の厳しい風土に戸惑いを隠せないこともきっと多かったはずだ。

 この町に住む食べる泣く冴え返る

 こんな率直な句が、同じ福島県に住む私にもずしんとくる。しかし雅秀さんはその風土に根を下ろし次のような佳句をものにする。

 ファルセットここからはもう雪の域
 冬虹の低し集落は小さし

 裏声が美しい合唱曲。そこに雪の降る音を感じている作者。生活の枷となる東北の重い雪を、美しく華やかに、祈りを込めて描く。また冬虹と集落との対比。自然には抗いがたい人間存在。風土の血肉化結晶化をみる思いがする。
 また、あの震災に向き合う作品群も読み応えがある。原子力発電所から離れた会津地方も決してその影響から逃れられなかった。その記録は震災後十年を経てなお貴重である。

 愛鳥週間線量計を渡されて
 秋の蝶ゆめの果てなる汚染水
 冬木立フクシマの月串刺しに

 個人としてまた俳人として社会の問題にどう関わるか。真摯な態度が伝ってくる。また、高校教師として生徒たちと学び、彼らへ注ぐ眼差しも温かい。

 山藤ゆれて会いたかった会いたかった
 雪虫の話を仮設の少女とす

 震災でつらい思いをした子どもたち。それにそっと寄り添う作者。人間味あふれる「ふたりごころ」の世界。
 そして、この「ふたりごころ」の世界が、師金子兜太への追悼句として結実するのも見逃せない。

 猪の去りたちまち迷子なりわれは
 他界っていったい何処だ雪虫よ

「猪」「他界」という師の好んで使った言葉と「雪虫」という会津の風土との交感。生きもの感覚。雅秀さんは師からしばしばこう言われたという。
「もっと会津の風土を詠みなさい。」
 金子先生も、これらの句と作者の成熟ぶりにきっと喜んでいるはずだ。
 風土、ふたりごころ、そして師の存在。こうしてみると、「ほうほたる弱い私を覚えてて」には東北の深い闇がある。また、「桐の花本音はいつまでも言えず」にも初夏の会津の色彩があふれている。桐の花の色と共鳴する句集帯の紫色。装幀にも作者の心憎い配慮がある。
 この句集には、個人と俳句との幸せな成熟の過程が見事に記録され、俳句を隅々まで味わう喜びに満ちている。

『臘梅』若森京子句集〈臈と華と 茂里美絵〉

『海原』No.27(2021/4/1発行)誌面より

若森京子句集『臘梅』
臈と華と 茂里美絵

 咳ひとつ肺は薄陽さす森林
 仄暗い葉擦れ。こすれ合う小枝の微音。森は生きている。生温かい肺のように。そして自然界という悠久の時空の中で人もその一部であり、咳をひとつこぼすのも生の証。同時に生きることの儚さをも象徴する白眉の一句と言えよう。
 てのひらにしっくりと馴染むような小型の本。装幀は作者の人物像を髣髴とさせる、やわらかな藤の花のような淡いむらさき。紫。いにしえびとの衣装、或いいは高僧の袈裟を思わせる高貴な色。若森京子を色にたとえれば、たぶん紫。『臘梅』は第七句集とある。つまり、俳句の世界での長い歴史を背負っていることになる。
 本句集は前回の『簟笥』から七年を経た平成二十六年から令和二年までの約七年間の二七七句を収めたもの。厳選された句集なのである。
 今さら言うまでもないが、近代女流俳人の傾向としてこれまで、身辺の日常の中から詩(俳句)を見つけることが多かった。その点この作家は、そのようなスタンスを変え異なった視点から新たな表現の場に立っている。作句の試行の過程を見るとき、虚と実の、虚の部分で大胆に形象化するその様相。

 難聴のふたりブラームスは冬けむり
 痴呆とはブランコ揺れる白い海馬

 ブラームスも、白い海馬もさりげなく置かれてはいるが、実はこの言葉が句のキーワードなのである。そして季語に対する考え方も独特で、他の言葉に重心を置くことによって季語を従とし際立たせる技法。自身の内面に目を向けるこの二句。ブラームスの荘重なイメージと、加齢に身を置くふたりに降りそそぐ冬の煙のような諦念が、じわりと胸に迫る。静かに揺れるブランコに脳のゆらぎを重ねる。敢えて痴呆という厳しい言葉で老いをしっかりと肯定する強さ。言語空間の中から抽象的な心象風景を鮮やかに呼び醒ます。これまでの経験を通して幻想は幻想として、それを具象に転化し、読者に実景を提示してしまうのだ。

 体内に曖昧な部屋春障子
 白内障そこひかなしばらく暗い野の遊び
 春眠や球体感覚のままがいい
 陽炎や胃の腑はやわらかい小部屋

 官能的というか生理的ともいう感覚を知的な手法で処理する時の冴えには並々ならぬものがある。しかも楽しんで。すいと脇道に迷い込む技法で重層的な世界を創り出す。確かに人間のからだの中は肉眼では見えない部位が当然あるが、春障子の持つ明るさで読者は救われた気分になる。白内障を、暗い野の遊びと美的に且つ客観視する余裕もこの作者ならではのこと。陽炎のようにゆるやかに揺らぐ胃の腑も、胎児のように球体感覚で眠るのも、自然界を信じ帰依する心があってこその想いなのであろう。

 絽のきもの解けば万のうすばかげろう
 朱の襦袢二センチ縮め初明り
 紗をまとい忘却にあるのゆらぎ

 ロイヤルブルーは英国の皇族や貴族が好む服飾の色。日本の和装を思う時、どうしても古来から受け継がれた、紫に拘ってしまう。勿論ほかにも美しい色彩があるにはある。偏見と言われれば是とするしかないが。これらの三句は色彩を超越してとにかく美しい。絽も紗も繊細なうすもの。さまざまな記憶が沁み込んでいる筈。そうした想いと共に身に纏う作者の毅然とした感慨が伝わってくる。

 民民民やがて亡びる蟬・国も
 やわらかく人さけ蟻地獄の記憶
 臘梅のほのかな家路また転ぶ

 作句の構成の過程で、言葉の一つ一つはそれほど奇抜ではなくても、組み合わせる操作の結果、謎めいたものに変化する場合もある。そうした効果の前で読者は当惑し、また納得する。若森京子はその様な言葉を操る巧者として見事としか言うほかはない。故に、先に揚げた三句のような諧謔性の濃い作品にも品性は損なわれない。

 東北の紅梅白梅あの子かしら
 二重瞼は八歳のまま敗戦忌
 夕刊は慟哭のごと秋の風

 不条理が罷り通るこの世。災害や戦で命を落とす者たち。犠牲になる子供達も。秋の風の中を慟哭が走り抜ける。作者の眼差しも又。紅白の梅は亡くなった子供達の生まれ変わりと呟く。八歳で敗戦と直面し途方に暮れる少女。

 兜太なき浮世の羅はりついて
 野火恍惚と師よ存分にさようなら

 只一人の師として金子兜太と出逢い才能を愛された幸せを抱きしめる。「この人は俳句の世界でずっと生きてきて、俳句に対して自分の節操を守ってきた。頑張ってきた。それで今、恥ずかしくない状態にいる」と恩師・兜太は評価した。

 幻聴かしら凍蝶一頭と暮らす
 アスパラガス我が余生の青い旋律
 白露踏む又踏む人生の余白

 この瑞々しさに驚嘆するしかない。誠実に詩を追い続ける作者に同じ世代を生きてきた者として敬意を表する。(敬称略)

第30回ヒロシマ平和祈念俳句大会のご案内

第30回ヒロシマ平和祈念俳句大会のご案内

本年も平和を祈念する作品を広く募集いたします。投句者全員による互選および特別選者による特選の発表のほか、出席者による当日俳句会もあります。多数の応募と大会への出席をお待ちしております。


とき:2021年7月17日(土) 午前10時~
ところ:広島市中区民文化センター
 (広島市中区加古町4―17 ☎082―244―8000)
作品募集:未発表作品2句1組1,000円(何組でも可)
投句締切:5月8日(土)
投句先:〒730―0002 広島市中区白島中町12―15
 川崎千鶴子あて(☎082―222―1323)
特別選者:中村和弘・宮坂静生・宇多喜代子・安西篤・池田澄子・寺井谷子・夏井いつきほか、多数を予定
顕彰:大会賞(現代俳句協会長賞)・広島県知事賞ほか
主催:広島県現代俳句協会
後援:現代俳句協会・広島県・広島市・中国新聞社など

句集『時疫』藤田敦子(全50句)

『海原』No.26(2021/3/1発行)誌面より

◆句集『時疫ときのえ』藤田敦子(全50句)

大寒の雲雀警告かもしれず
桜冬芽祈るかたちの朝かな
震災忌しばれる夜の飛行機雲
首都閉鎖桜隠しの降り積もる
春を待ち春を弔う桜かな
さくらさくら時疫の咳ひとつ
迂闊にも涙四温の雨をゆく
ことさらに鎮魂の碑の春しづか
足裏に下萌鎮め畑の道
街騒の夜は戻りぬ猫の恋
球音や山少しずつ笑いだす
蘖や十八歳の世帯主
啓蟄や人は蟄居をしています
清やかに蛇穴を捨て山を捨て
都市の肺浄めて咲けり黄水仙
火焔てふ名や三月を葬れり
千羽鶴解く春霖に色褪せて
供花届かず叔父逝きし春に
春夕焼先の見えない城下かな
木のベンチ座るヒト蜂ヒトの距離
うららかに言葉交わさず触れ合わず
とりどりのマスクを洗う春の宵
卒業や雨は射さずに撫でるごと
ずる休みしているような町うらら
チューリップはらり分散登校日
思春期が終わってしまうねぎ坊主
薫風や顔半分で生きている
手を洗うまた手を洗う青葉騒
クレゾール匂う初夏の教室
自粛ってラムネの瓶のガラス玉
夏蝶の生死の地表離れをり
黒南風やみなと食堂閉店す
夕焼やニュースは今日の死を数え
孤独というくぼみダリアの咲きはじめ
令状を掲げるごとく白雨来る
ガーベラや静かに帰る救急車
病院ラジオ最後の未来たる晩夏
防護服脱いで裸足のリノリウム
立ち尽くす背中に明るすぎる夏
冷奴喪服を脱げば兄妹
夕凪やどこへもゆかぬ亡父とゐる
再びの封鎖に黴の花白く
ででむしの乾ききったる子供部屋
夏空をみんなどこかへゆく途中
黙祷の昼サンダルの細き脛
八月の光は生命線で受く
カラメルの匂いや母の終戦日
災禍の水集め噴水立ち上がる
列島や災間を生き涼新た
星涼し自分に語る物語


藤田敦子さん(愛媛県松山市)が句集『時疫』を刊行した(二〇二一年一月一日、発行所・マルコボ.コム、跋・松本勇二)。送り状に「急な事ですが、今しかできないと思い、コロナ50句をまとめました。半年間の地方都市の日常、学校の実感です。一日も早いコロナ感染の終息を祈念して」とあった。今だからこそのテーマであり、多くの方々に読んでいただきたいと考え、収載された全50句をすべて紹介する。●編集部

第3回「海原金子兜太賞」の募集案内

第3回「海原金子兜太賞」の募集案内

―新作30句、募集締切は2021年7月20日―

 第3回「海原金子兜太賞」の作品を募集します。同人・会友の別なく、だれでも挑戦できる公募型の本賞は、新たな作家の発掘と俳句の可能性の探求をめざすとともに、「海原」の活性化を図るものです。長引くコロナ禍の日常を見つめて――いま、このときしか詠めない清新な作品をお寄せください。

1 名称:海原金子兜太賞(第3回)
2 応募資格:
全同人と会友全員(会友とは「海原」の購読者です)
3 応募要領

① 応募作品数:新作30句
② 新作とは他の媒体(俳誌や雑誌、インターネット、各種俳句大会やコンクール等)に発表されていない作品を指します。句会報への掲載なども注意してください。
③ 応募作品にはタイトルを付し、都道府県名および氏名を忘れずに記入してください。原則として「前書き」はなしとします。
④ 応募作品は書面による郵送、またはメールで送ってください(メールによる応募を歓迎します)。
※手書きの場合は、市販の原稿用紙を使用し、楷書で丁寧に書いてください。
※メールの場合は、ワードファイルやテキストファイルのほか、メール本文に貼り付けて送ってください。
⑤ 作品送付先:編集人 堀之内長一 宛て
 〒338―0012 さいたま市中央区大戸1―2―8
 電話&FAX:048―788―8380
 メールアドレス:horitaku★ka2.so-net.ne.jp(★→@)
4 募集締切:2021年7月20日必着
5 選考委員:
安西篤/武田伸一/田中亜美/堀之内長一/宮崎斗士/柳生正名/山中葛子(五十音順)
6 選考方法:
応募作品は無記名にて選考。各選考委員の推薦作品をもとに、討議のうえで受賞作品を決定します。選考座談会は7月末~8月初旬に開催予定です。選考座談会の模様は「海原」誌上に発表します。
7 受賞者発表:
受賞者は2021年10月号に速報として広報し、受賞作品と選考座談会は11月号に発表の予定(本年度も全国大会開催が未定のため、表彰式等は別途考慮)。
8 顕彰:
受賞者には、金子兜太先生ゆかりの品物等の贈呈のほか、「海原」誌上における連作の場の提供などで顕彰します。

【問い合わせ】海原編集部 堀之内長一まで

『黒きは耕す男の眼』舘岡誠二

 シリーズ時代を語る
『黒きは耕す男の眼』―俳句と共に歩んだ日々
 語り 舘岡誠二
 秋田魁新報の聞き書き連載を一冊に。
 自らの俳句人生を語り尽くす。

発行:秋田魁新報社 さきがけ新書
定価:880円(税込)
著者住所:〒018―1616
南秋田郡八郎潟町大道1―1
https://www.sakigake.jp/secure/books/genre.jsp?gn=10

2021年春「兜太通信俳句祭」

春だ! 祭りだ! 兜太祭だ!
2021年春「兜太通信俳句祭」開催のご案内

 満を持して立ち上げました「兜太祭」ですが、新型コロナウイルス禍の影響でなかなか開催に至りません。今年の2月・3月もやはりまだ開催は難しいかと思います。
 ならば、ということで、金子先生の名を冠した「海原」内の全国規模の通信句会を行いたいと思います。題しまして「兜太通信俳句祭」。以下の要項を参照のうえ、奮っての出句お待ちしております。

1.出句:2句(参加対象は「海原」の同人・会友全員です)
2.出句受付:宮崎斗士あて
 ・電子:メールtosmiya★d1.dion.ne.jp(★→@、「d1」の「1」は数字の1です)
 ・FAX 042―486―1938
 ・郵便の宛先〒182―0036 調布市飛田給2―29―1―401
  ※出句の原稿には、必ず「兜太通信俳句祭出句」と明記してください。
3.出句締切:2021年2月27日(土)必着
4.顕彰:参加者による互選のほか、特別選者による選句と講評。優秀作品には、特別選者の色紙贈呈、その他の賞品授与を予定しています
(俳句祭の結果は「海原」誌上に発表)。
5.参加費:1,000円
  ※参加費は定額小為替にて宮崎斗士までお送りください。
【出句の際のお願い】
◆電子メールでの出句:メールを使用できる方は、できましたらメールにて出句をしてください。メールにて出句の場合は、必ず受け取り確認の返信をいたしますので、その確認をお願いします。もし返信が届かなかった場合は、その旨宮崎斗士までご一報ください。
◆FAX、郵便での出句:原稿には、必ず住所・氏名・電話番号を記入してください。
【問い合わせ】
確認事項、お問い合わせ等は、宮崎斗士までお気軽にどうぞ。
宮崎斗士
〒182―0036 東京都調布市飛田給2―29―1―401
電話:070―5555―1523
FAX:042―486―1938

『金子兜太の〈現在〉定住漂泊』齋藤愼爾 編 春陽堂書店

『金子兜太の〈現在〉定住漂泊』編集:齋藤愼爾

戦後の俳壇界において、常に先頭に立って戦い続けた「金子兜太」は、わが道を貫き、自分の戦争体験から平和を希求してきた俳人である。〈定住漂泊〉――一茶や故郷の俳人たち、秩父の風土に対峙するなど、常に新しい俳句への意欲を燃やし続け、平成30(2018)年2月20日、98歳の生涯を閉じた。齋藤愼爾氏編集により、金子兜太の全容を著名な人たちとの数々の対談、貴重な文章、晩年の俳句を再編集した貴重な1冊がここに誕生(春陽堂書店ホームページの紹介文より)。

発行:春陽堂書店 価格:2,750 円(税込)
https://www.shunyodo.co.jp/shopdetail/000000000719/

鈴木修一詩集『緑の帆船』〈影法師の叙事詩 佐孝石画〉

鈴木修一詩集『緑の帆船』
影法師の叙事詩 佐孝石画

  我はいま雲雀が落とす影法師

 扉の裏に青いインクで記されたこの一句に、彼の詩魂が象徴されている。
 そもそも空高く飛ぶ雲雀の影など、地上に届くわけはない。しかしながら、自分が「いま」、雲雀の「影法師」として地上にいるという幻想、幻視、雲雀が、自然が、己に「いま」憑依しているという瞬間のエクスタシーこそ、彼の詩の源なのである。俳句とはこの瞬時のインスピレーションをネガとして焼き写される、心霊写真のようなものだが、彼が俳句とともにこれまで手掛けてきた「詩」というものは、何を写し出し、何をつかみ取ろうとしたものなのだろうか。

  「夕影に」

  夕影の中に少女を立たせ
  僕は言葉を包み隠した
  もぎ取って来た果実の
  青さをにわかに恥じらうように
  振り向いた顔ははりつめて
  何かを待っていたのだったが

 
  夕影の中に少女を立たせ
  僕は言葉を噛み殺す
  手渡そうとした果実の

  うつろな軽さに驚くように
  ふり向いた顔はほころんで
  僕も笑い返したのだが

  てのひらに載せ
  渡さずにいた果実から
  蝶は何時いつ 羽化していったか
  そのきらめきに
  僕の瞳は瞬くことを忘れていたか
  今も変わらず 夕影に
  少女をひとり
  残して去ろうとするばかり

 五・七調のこの詩に描かれるのは、「少女」であり「僕」。しかし、先ほどの句の「雲雀」と違い、「少女」はこの現実世界にはいない。幻想の中で少女はかつての僕でもあり、そのかつての自分を「ひとり」「残して立ち去ろうとするばかり」なのだ。「もぎ取って来た果実」を手にした少女は、「何かを待ち」、僕にその「果実の虚ろな軽さ」を手渡そうとする。しかしその果実は、渡されることなく「蝶」となり「羽化」していくのである。この詩では、幻視の中、「少女」という自分も含めたかつての穢れなき存在との切ない対話が続く。しかしその対話は「僕」が言葉を吐くばかりの限りなく独白に近いもの。青春への憧憬ともいえるこのような叙情詩は、彼の詩や俳句の魅力でもあるが、詩集を紐解いていく
とそこに明らかな変化がみられる。妻を得、家族を得た彼の言葉は己以外の人へ、他者へと向けられていくことになる。
 「沖・パラソル」という作品は家族への思いと己の孤独な心の間の微妙な心の揺らめきを描いた、彼の作風が独白から対話へと向かう過渡期の秀作。家族から離れ沖へと身を運ぶ彼の脳裏に、浜辺に佇む妻、子、父の様々な仕草が浮かび、「得も言われぬ愛しさが背筋を走る」。孤独と愛の混濁に戸惑いながらも、彼はやがて家族の待つ「岸」へと泳ぎ出すのだ。

  「ポスターの中の家族」

  真夏の海の輝きをバックに
  横切る家族の姿を
  隣り合う「海の家」の間の
  通路の向こうに捉えた
  古いポスター写真
  張り出した屋根の裂け目にのぞく
  午後の太陽は
  逆光の赤に燃え
  一瞬の影と光を永遠に焼き付ける

   母 父
   上の子に手をつかまれて
   振り向く下の子
   親子四人の黒いシルエット

  「この親子は どこに行き
    今 どこにいるのだろう」

  止まった時間を動かすと
  彼らを追って現れる親子がいる
   夫 上の子
   下の子の手を取って遅れる妻…

  ポスターの中を歩きつづける
  遠い日のわが家族の肖像

   別々の場所で暮らしながら
   共に歩みを止めない
   親と子の影法師

 ポスターの中の「逆光」の家族の「黒いシルエット」を見つめているうちに「彼らを追って現れる親子」が動き出す。無論、それは「遠い日の」鈴木自身の家族。今は別れて暮らすことになっているが、その遠い記憶達は今も強く温かく彼を包む込んでくれる。そしてその思いと私は、「共に歩みを止めない」。かつて自分の内側へ向けられた言葉たちは外へ、モノローグからダイアローグへ、閉じた感情は他者へ開かれた慈愛へと変容していく。いつしか彼ひとりの叙情詩から、神話の如き家族の叙事詩への「羽化」が始まっていたのだろう。かつて一つしかなかった影法師は、家族を含めた全宇宙の無数の影法師となり、これからも賑やかに彼と「共に歩みを止めない」にちがいない。

  星々の交信

 昭和の歌が
 「見上げてごらん」と歌うから
 夜空を仰ぐ癖がつき
 星の数は命の数と思いながら
 見上げているうちに
 いつしか眼は涙の壺となる


 星もまたそらおきてを守りながら
 こぼれまいと耐える光を瞬いている
 涙の壺をあふれ出る地上の星の交信が
 空の星へと届いているだろうか

 銀漢けむるあたりには
 何かがさざめいているようで
 ああ そこから
 嘆きや哀しみではなく
 天上の笑い声が
 零れて来はしないかと思うのだ

   父母の笑み
   逆縁の子らの笑み
   別れて会うことの絶えた人々の
   笑い声までも……

 「幸せに 笑っていてくれたなら」
 この願いを 星々もまた
 人々へ瞬き返しているのだろうか
 かすれながら星空を磨いてきた
 秋の虫の声も絶え
 冷たい闇に息を潜める命の数……
 空を仰ぎ 星との応答をくり返し
 やがて人は 想い描くのだ

   たたえ あふれ 流れた涙と
   星の光が交わって この闇に
   命の数の虹を架けてゆくさまを

(鈴木修一詩集『緑の帆船』の掉尾に置かれた詩の全文)

福富健男句集『新燃岳』〈韻律のしたたかさ―健男俳句の魅力 有村王志〉

福富健男句集『新燃岳しんもえ
韻律のしたたかさ―健男俳句の魅力 有村王志

 今回上梓された第七句集『新燃岳』は平成二十七年から令和二年までの五年間の作品、二百六十一句を収めている。
 表題の「新燃岳」は宮崎と鹿児島に跨る山である。福富健男氏とは隣県ということもあって長い間親しくさせていただいた。また、あつ子夫人も、かって田原千暉「大分市・石主宰」に参加して注目を浴びていた。その関係で存じあげており、後年、福富健男氏と結婚されたことを知った。
 この作品の鑑賞に対して福富健男俳句(以下「健男俳句」という)を識るうえで読者の理解を深めるために、次の二人の方の「健男俳句」評を引用しておきたい。
 一人は『鰐塚山』(海程叢書21)の序文で安西篤氏は次のように述べている。
 「(俳句の)整理の仕方を編著書目録等で見ると、まことに整然たるもので、明らかに人生への意志を感じさせるものがある。つまり福富は「自分をマネージできる」人なのであって、それ故にこそ現在の〈成熟〉の姿を実現し得たと言ってもいい」。人間の信頼の醸成でもあろう。
 このことについては、平成二十七年に刊行した『俳人山下淳の世界』にその足跡が窺える。時系列で纏めた労作で宮崎県現代俳句の貴重な資料集となる一冊、福富健男氏はその山下淳氏の後継者として海程をはじめ俳人の育成に努めて今日に至っている。
 もう一人は、句集の序文の秋尾敏氏(俳誌『軸』主宰)の一節である。
 冒頭「平明で作為のない俳句ほどおそろしいものはない。それが単純に見えたとすれば、ただその句を読めていない、というだけの話だからである」。健男俳句を理解するうえで的確な指摘である。
 もともと福富健男氏は多作家である。今回の作品数は前回『鰐塚山』の五百七十八句からすると少ない。真意は定かではないが厳選したことは間違いない。
 二十句を抽出したが、それについて触れてみたい。その前段として福富健男氏は県の農業改良普及員として各地を転勤したことにより、地域の顔が固有名詞で随所に登場する。

  握りと煮付け森にもてなす春神楽

 神楽と言えばやはり高千穂の夜神楽が余りにも有名。ところが近年になって沿岸部のもっこりとした森の神社で昼間に春神楽が催されているという。
 その地域の声が聴こえる。宮崎米と煮付けでもてなす神楽、その動きすら想像できる。簡明である。
 地域といえば、例えば次の一句。

  尾鈴山麓生涯牛を飼いし日日よ

 前句集『鰐塚山』に収められた句だが、かっての口蹄疫という苦難を乗り越えてきた人々の覚悟をこの句の即断の力で示している。この尾鈴はまた葡萄の産地でも有名。

  白樺派へ想いを馳せる釜炒り茶

 農業県として、武者小路実篤の「新しき村」が根底にあり釜炒り茶が新鮮。

  昭和の家ぽっかぽっかと蕗の薹

 オノマトぺに特長があり時には慈愛に満ち満ちて独我の世界を醸成している。

  被爆胎児のわれを陽子と呼びし父

 記念すべき第七十回現代俳句大会での一席作品。最近の同大会の中では出色の作品と思っている。記念すべき一句である。

  海辺の句碑クロツグ椰子が華やぎぬ

 平成十七年七月十日、宮崎市青島亜熱帯植物園に兜太の句碑「ここ青島鯨吹く潮われに及ぶ」が建立された。
 また、二十句のほかに特に次の作品群を加えておきたい。

◇傘寿の作品
 人世で傘寿を迎えての感慨。例えば還暦や傘寿を記念した同窓会の開催などもその一つ。ひとしおの想いはその場面場面を通して物象、心象様々な形で醸成される。

  傘寿とは常山木くさぎの花まだら紋
  傘寿とは枸杞の実熟れる垣根なり
  傘寿とは葦が穂孕む河畔なり

◇妻の作品
 ご夫妻での海外旅行も多い。この句集ではマニラ、ミンダナオ島、セブ島などがある。それらの旅の折々の思い出と共に夫人と歩む姿が親しく見えてくる。

  妻と来て白せきれいの翔ぶ朝よ
  妻と歩む銀杏の実のいろづく森
  妻と来て枝垂れる花の紅チョウジュ

 最後に、栞「句集に寄せて」の南邦和氏(詩人)、吉村豊氏(『流域』)、高岡修氏(『形象』主宰・鹿児島)および服部修一氏の一文も福富健男氏を識る貴重なもので、本句集はその交歓を加えた渾身の一冊。

福富健男句集『新燃岳』二十句(有村王志・抄出)

握りと煮付け森にもてなす春神楽
尾鈴山麓樫の実こんにゃく山椒味噌がけ
デンドロビウム目線の高さに華やぎぬ
びしびしと楠の実踏んで梅雨の明け
皇帝ダリア倒れ伏すとも年新た
朝日の沼に影を映して黒面箆鷺へらさぎ
新木の集落昭和を語る兄が居て
キャベツ畑穫られぬままに黄の結界
昭和の家ぽっかぽっかと蕗の薹
広島忌ケネディ大使は頰かぶり
小さな泉湧き出る里の耕地整理せいりの碑
白樺派へ想いを馳せる釜炒り茶
梅雨明けの空眩しくて柿甘し
ふわっふわっと繁りに茂る飼料稲
海辺の句碑クロツグ椰子が華やぎぬ
被爆胎児のわれを陽子と呼びし父
赤松を抜け来る霧の我が晩年
終章や朝から斑鳩いかるが頻りに鳴く
祖母なれば桑の葉を摘む鉤型指
わっと鳴いてすっと引きあげ春蟬よ

桂凜火句集『瑠璃蜥蜴』〈 きらきらとギラギラと すずき穂波〉

桂凜火句集『瑠璃蜥蜴』
きらきらとギラギラと すずき穂波

  大浦天主堂毛虫一匹入れる瓶

 あの神聖なる大浦天主堂だが、眼目は毛虫と小さな瓶だ。瓶の中の毛虫が視野に入った時、まず面白さがあっただろう。それから人間の傲慢さへ心が動き、そして哀しみへ、と感情は連なっていったであろうか。旅の通りすがりの、脳裏に起こった一瞬の錯綜であるが、不条理性の、高度な滑稽感漂う作品だ。

  覚悟とは小春日和の大欠伸
  過去は真綿ぐるぐる巻いて出かけるぞ
  あけび裂く人を束ねる指をもて

 作者は一九五八年生まれ。二〇一五年第五十回海程新人賞を受賞されている。句集あとがきに「日常生活はいろいろあって日々怒涛」と、短い言葉が添えられている。何某かの組織の重要ポストについておられる方だろう。掲句の「覚悟」は外界との関係性に於ける自己内部への求心性の始まりか。「大欠伸」はその時空の受容と不安と祈望の横溢そのものだ。「過去は真綿」の肯定性の裏にある微妙な心の震え……。「人を束ねる指」と「あけび裂く」指の同位性による自らへの懐疑……。
 これら三句が、この句集の解読キーではなかろうか。組織に生き、その〈現場〉のきらきらギラギラする、怒涛の日々の肉感を、情動の向くまま外界へ、世界へシャッフルし、放散せしめている。それが『瑠璃蜥蜴』の最大の魅力だと思う。

  蒼穹はカッターナイフ銀杏散る

 日常のただなかにある倒錯。現代文明がもたらす生の痛み。もはや人は美しき奈落に生きているのかもしれない……。

  耳洗う清潔な仕事白露かな
  鯛焼きのつらいとか書いてないけれど
  海仙人掌待つこと腹の空くことよ
  酢海鼠や百万回も死んでいる
  絶望って薄い壁です実むらさき

 「耳洗う」の句から、例えばカウンセリング・マインドの傾聴を想う。「鯛焼き」の向こう側(他者)へ思いを遣らざるを得ない作者。砂底に潜り込んで出て来ない「海仙人掌」の句は現代社会が産んだ引籠りの風刺画と読んだ。己を殺し殺し「百万回も死んで」もなお〈現場〉を愛し、〈現場〉に「実むらさき」のようなロマンを抱き続ける、そんな作者をおもう。

  春の宵ひと刺してきた口漱ぐ
  沖縄忌見て見ぬふりの指を嗅ぐ
  八月のゆるき寝息の映画館
  背徳のラ・フランス海匂うなり
  正論の刈られゆく国青嵐
  月見草ふとくらがりにつかまれる
  菫草怒りの束は光に放つ
  夜の鏡深く透くかな氷魚遡上

 果敢な一面の自己。対して揺らぐ現実の有り様。散見する忿りは多分に公憤である。「遡上」する「氷魚」は純なワタクシであり、夜々自己を顧みるのだ。句の内部に伏在する実社会を負う感情、それが複雑に入り組み、しかも耀きを失わず撓る。一句に載せる情報を極限まで切り落し、内部衝迫である〈こころの髄〉で勝負してくる作者。句の中でうねり、句の中でもがき、句の中で己の存在を問い、応えようとする作者がいる。事、モノそれ自体が哀しみをもって、作者の眼前に迫ってくるのだろう。だから、この作者の言葉扱いは、わざとらしくない。

  ハエ取り蜘蛛跳ぶ年寄りを笑うな

 ハエ取り蜘蛛は、網を張らず歩き回りながら獲物を取る徘徊性の益虫。言われてみると目玉大きく、腰の曲がった長老のようにも見える。それが跳ぶ!……。いのちの尊厳を、その底辺から丁寧に掬い上げている句と言えるが、これは直感ではなく、直観だ。精神が対象を直に知的に把握し、実態と観念を即座に合体させているのだ。社会性俳句という範疇に到底収まらない独特の詩力に圧倒される。

  ぎゅっと抱いて子鹿の斑もう消える
  思うまま生きてみなはれひよこ豆
  駄目な奴そういったのか冬鷗
  性悪のどこから悪か抱卵季

 一方、生な表現に瑞々しい情が溢れ、天与の母性愛を感じる句。一見サブカルチャー風であるが、アップテンポな諧調が、より今日的な哀感を創出させている。

  春の水耀うわたしの鬼は此処
  蛍飛ぶ哀しくきれいな切り取り線
  桃ふたつかたみに息を吸うて吐く
  春の馬一等さみしい男です
  抱かれてもいいのは夜明け蓮の花
  桃吹くや似合わぬものを脱ぎ捨てる
  水草生う白きリネンの匂いして

 愛おしく切なく、情緒的な句だ。「リネンの匂い」に象徴される作者が、外界に対峙し、抗い、享受してゆくほかなき生、そしてその先に広がる豊潤な人の世の味わい……。

  執念くもよいよい生きて花菜漬け
  ざくざくと花の朧を生きてきた

 強靱な精神性に改めて感動が深まる巻頭句と巻末句だ。どちらも鷹揚な人間賛歌の句と読ませて頂いた。
 ピュアでエッジの効いたこの一冊、今ふたたび、詩の真髄とは何かを問うてもいるか。

大池美木句集『きっと瑠璃色』〈海色の羽音 茂里美絵〉

大池美木句集『きっと瑠璃色』
海色の羽音 茂里美絵

 白い表紙の半分を占めるあざやかな青い帯は、現在の大池美木の立ち位置を示すかのように、瑞々しい感覚の冴えを暗示している。
 この第一句集は、西暦二〇〇〇年から約二〇年分の二三八句を、一章から六章とし時系列で構成されている。
 すんなりと入って行ける言葉の内奥を時に横切る鋭い陰影。美意識と普遍性を巧みに交差させる。客観写生とは離れた、体感ともいうべき自由な発想から言葉の入り口をひらく。対象に自身を同化させそのものに成りきる天性の無邪気さは、別の形のナルシシズムとも言えよう。
 〈俳句作家は、まったくの素手の着流しで、いき当たりばったりの手近の入口から何の予定もなく、とにかく入る〉(『飯島晴子読本』より)
 一章から六章まで、まるで輝く波の満ち引きのように、自然に移行していく構成になっており、気が付くと次の章に何の違和感もなく、まさに着流しの姿のまま読み進むことが出来る。

  水仙抱えきれず私が始まる

 本集の巻頭句である。いのちの内側に存在するひかりを一瞬の内に捉えた感性の冴えが、もう此処にある。私が始まる、と断定し、水仙を冠とし然も抱えきれない、とは羨ましいほどの大らかさ。

  重力はあなたに向かうソーダ水
  つなぐ手の中の宇宙よ夏祭

 甘くなりがちな恋の句を重力、宇宙という無機質と壮大な叙述で押えて見せる。

  魂は永遠?若葉匂う中
  きっと瑠璃色香水に色あらば

 「?」を取り込んで新鮮なおどろきを喚起させる魂の句。句集名ともなった次の句。香水は女性の身近に在るものだが、目に見えない香りを色彩で詠嘆するのは大池美木の強い独特の主観として読者は思わず立ち止まる。

  熱帯魚しびれるまでに読書して
  パンドラの箱を開けても若葉でしょう
  冬苺きれいな噓を差し上げます
  都忘れ君はどこ私はここよ
  土曜日は春の隣に座ります

 口語俳句の手本のような句群。これらの句の持つ一種の鮮やかさは、意図しているのではなく作者の特質とも思うが、切り口の冴えと視点の推移が自然であり、加えて精神性が非常に健康的である。例えば熱帯魚の句。水槽と部屋の空間が、軽い閉塞を感じさせるが不思議にも光が存在する。パンドラも嘘も語り口が如何にもモダンな印象で帰結する。四、五句目は、呟きがそのまま心象風景となり、しかも現実にしっかりと根を降ろしているようだ。

  ペン皿に耳搔きのある朧かな
  コンビニの前に一枚の白夜
  叱られて嬉しと思う冬木立
  マリアにも女の鎖骨五月来る
  猫の名を聖書よりつく星月夜

 この部分は二〇一七年の作品で、海程新人賞を受賞した年でもある。金子兜太師がお元気な時の最後の海程の賞でもあり感慨深いものがある。そしてこの頃から志向的にも微妙な心象風景を散見するようになる。そもそも非日常を語るとき日常を無視することは出来ない。対象を眺め、内在する理知やそれに抗う感情を踏まえて言葉に対するエネルギーへと気を燃やす。
 ペン皿の句と、コンビニの句ともに適切な具象的な部分から、朧というアンニュイな季語で成立させる。またコンビニの、やや通俗的な導入部に、一枚の白夜、と。その対比は鋭い。
 マリアや猫の句は、敬虔なクリスチャンには叱られそうだが、それも承知の上で書いているフシがある。

  かなかなやひとりの旅のきらきらす

 大池美木そのもの。自由でちょっと哀しげ。きらきら、が逆に澄んだ愁思を提示すると同時に、かなかなと呼応して充実した自分の世界を展開していく。

  如月の奈落にも降る紙吹雪
  春の森屈葬という休み方

 只今の時代意識的反映と思える言葉の様相が実に巧み。奈落も屈葬も、俳句の世界では珍しくはないが、この二句を形成する上でぴたりと共鳴している。

  あ、その言葉ポストに入れて蝶々
  春の恨みははらはらと降ってくる

 蝶を見た時、思わず口からこぼれた言葉がそのまま句になる。共に一枚のかがやき。むろん言葉とはもう一枚のハガキの意。春愁を分解して春の恨みとは実に艶っぽい自己表現への発露であろう。

  ラフランス軽く軽く死を語り
  露草のうしろ六さいのわたし
  私も欲しい球体感覚冬の雨
  今日だけは貝を探そう神の留守
  手も足もばらばらになり蝶の昼
  花冷えや指をそらして指輪抜く

 これらの句は、想念と身体感覚を相対化しまた自己愛も加えて再び歩きだす。
 ラフランスから死を想起し、神の留守の日は海への憧憬を呼び醒ます。海の光の奥に幼い自分の姿を探す。ふと頬に触れた蝶の影や冬の雨滴も、自分の魂の開放へと導く。衣も指輪も脱ぎ捨てて薄ら寒い春の夜を閉じることにしよう。
 大池美木を語るとすれば従来のもの派とは異なる新しい時代の、ことば派と思われる。しなやかで弾力に富んだ世界をこれからも見守りたいと思う。(敬称略)

疋田恵美子句集『日向灘』〈広くて深い 河原珠美〉

『海原』No.24(2020/12/1発行)誌面より

疋田恵美子句集『日向灘』
広くて深い 河原珠美


 まもなく宮崎空港に着陸いたします。こんな機内放送が流れると、私はいっそう窓に顔を近づける。そして美しい弓なりの海岸線や、きらきら輝く日向灘に見入る。宮崎を実感する瞬間である。
 そんな宮崎を代表する日向灘を句集名に、疋田恵美子さんの第一句集が上梓された。全国大会や勉強会などの参加にも熱心で、社交的な疋田恵美子さんは、もはや全国区の知名度であると思う。

  菩提寺のおたまじゃくしの数珠つなぎ
  玉手箱秩父をまるごとつめこんだ
  さんしょの実かめば精霊こだまこだま
  さあ夏だモンローのよう歩きましょう

 本句集は年代順の七章に編まれているが、「菩提寺」の句には「海程」四十周年全国大会と前書きがあるので、本格的に俳句を始められたばかりの頃だろう。次々と言葉が溢れ、俳句を作る嬉しさや楽しさ、屈託のなさまでもが見受けられ、読者までうきうきした気分になってくる。
 疋田さんは年季の入った山ガールのようで、「滑落、三ケ月入院四句」という前書きの句まである程だ。

  山笑うわたし砂礫を滑落す
  碧雲の樹氷にあそぶわたし天使
  初日の出韓国岳でワイン酌む
  祖母山や欅芽吹ける縦走路

 どの作品も明るく、読者を山へと誘ってくれるが、ドキュメント風の句群もさることながら、

  山小屋や寝る向き同じ牛蛙
  駆け抜ける狭霧の鹿を愛という
  手は常の白さ樹氷に昼の月
  なずむ身を青葉の山に置きて去る

など、より内省的な句群に表現の深化を見ることができ、興味が尽きない。

  月光に母を泛べる日向灘

 句集名「日向灘」は掲句に拠るとのこと。広大な日向灘の月光は、どんなにか輝くことだろう。夜の青さの日向灘の輝きに、お母様への想いを重ねて美しい作品となった。疋田さんは高知県のご出身と聞く。日向灘の向こうは故郷なのだ。

 集中には母恋いの句だけでなく、家族愛がテーマとなっているものも多く、微笑ましく心温まる作品群であるが、私はもう少し別の「愛」をテーマとした作品に注目した。

  月載せて谷に群れなす孕み鹿
  常設テント夜半なり虫のなわばり
  空也上人鈴の音いろを秋風に
  にぎりめし山蟻合掌して消える
  空振や狐の声のうわずって

 一句目、雌鹿への共感が「月載せて」という美しい表現を喚起したのだろう。
 二句目、夜半のテントに飛んで来た虫を嫌悪するのではなく「虫のなわばり」と面白がる余裕。
 三句目、空也上人像を見ての発想と思われるが、宗教上の敬愛というよりも、他者への労りのような情の深さを感じてしまう。
 四句目、蟻の動作を「合掌」と感受する優しい眼差しが嬉しい。
 五句目、火山の噴火の予兆に怯えるのは人も獣も同じなのだが、当然のようにそう思える作者に共感する。
 次に挙げる句群は、フクシマへの深い想いを描いたものだ。

  磔刑のごと夕焼けに一本松
  フクシマやあかくならないからすうり
  累卵のしずけさ初秋のフクシマ
  会津初夏セシウム測定機校庭に

 楽しくて言葉が溢れるようだった初期の句群とは趣の異なる表現が見られるようになり、「磔刑のごと」「累卵のしずけさ」などの比喩は圧巻である。

  秋青しジュゴンに会えるところかな
  ジュゴン今冬の辺野古をさまよえり
  辺野古湾ジュゴンの住処荒されて
  ジュゴンの死ふかふかの砂絶たれしか

 フクシマの句群と同じで何の注釈もいらないだろう。俳句をする人ならだれでも自然を愛し、平和を尊ぶものだと思っている。だから、これらの句群をイデオロギーだ何だと評するのは少し違う気がしている。「ふたりごころ」そんな言葉が過る。疋田さんの作品には日常を濃やかに描いたものも多く、心惹かれる数句を挙げる。

  置いてありひとりに足りるマスカット
  九年母や一日一個楽しめり
  夫の間に夫の手植えの椿盛る
  少しずつ身軽になる歳茗荷の子

 いつも明るくて行動力のある疋田さんは、憧れの阿辺一葉さんを訪ね、指導を仰いだという。お二人はまるで母娘のようで、今もその絆は深いのだ。
 金子先生と同い年の阿辺一葉さんは、今もお元気で一人暮らしをなさっておられ、相変わらずの睦まじさだ。

  生涯に恋しき師あり野梅咲く
  百歳や稲穂のごとくたおやかに
  亡師ひとり老師ひとりや遠霞

 広くて深い言葉の海を、疋田さんはどのように航海するのか、興味は尽きない。

『初時雨』松林尚志詩集

『初時雨』松林尚志詩集

「詩誌『方舟』を代表する詩人にして評論家でもあった松林尚志氏は、平成の始まりと同時に俳句に舵を切り、俳誌『木魂』を主宰して精緻な古典文学論を展開してきた。文壇碁会の名手としても知られる。本書はその稀代の文人がふたたび詩の原点をめざす新しい船出といっていいだろう」(詩人・郷原宏氏の帯文より)■発行=砂小屋書房 定価=二五〇〇円(税別)
https://www.sunagoya.com/?pid=156425963

『新燃岳』福富健男句集

新燃岳しんもえ』福富健男句集

初御代桜手渡す朝の光かな

「この句が巻頭を飾る理由はもう一つある。それは「初御代桜」が、宮崎県人の篠原邦明という人が作り出した桜だということである。福富健男氏の精神が宮崎県から離れることはない。氏の句を読むことは宮崎を知ることであり、宮崎に近づくことである。氏の魂が宮崎の地を離れることはなく、宮崎の地霊が氏を離すこともない」(秋尾敏・俳誌「軸」主宰の序より)

■発行=鉱脈社 定価=二五〇〇円(税別)
■著者住所=〒880‐0034宮崎市矢の先町八〇番地

第2回 海原金子兜太賞 発表

『海原』No.23(2020/11/1発行)誌面より

第2回 海原金子兜太賞

【本賞】
 三枝みずほ「あかるい雨」

【奨励賞】
 小西瞬夏「ことばのをはり」
 森由美子「万愚節」

 第2回「海原金子兜太賞」は、応募のあった60作品の中から、上記三作品の授賞が決まった。
 昨年の第1回に引き続き、多数応募していただいた同人・会友のみなさまに感謝申し上げたい。とくに本年は、コロナ禍のなかでの創作活動であったにもかかわらず、質量ともに大変充実した作品が寄せられた。決定までの詳細は、選考座談会をご覧いただきたい。
(※本ウェブサイトでは「選考座談会」は掲載しておりません。「選考委員の感想」のみの掲載となります。)

【本賞】

三枝みずほ「あかるい雨」

葉のうらのきれいなみどり反抗期
白い紙に閉じ込めている夏の蝶
抜き取ったページなんてうすい鳥
雑踏を行く半身は痺れる木
はにかんだほかは花アカシアの風
ひとたび髪をほどけば雨の新樹かな
あめんぼの水面にやがて沈む街
雨降りしきる白シャツの心臓へ
片腕に青葉の冷気投函す
夏草が胸の深さを埋め尽くす
少女の自我摘みそう首の骨鳴る
揺れている首より上の白日傘
籐椅子や手紙を透かす日の痛み
泉へとつながる鼓動ペンはなす
野を走る少女は水無月のひかり
砂の奥へいまだふたしかなる両手
くるぶしにあしたの自由水打てり
夕焼けが耳を塞いで橋のある町
水槽に海月きりもなく飢餓湧く
夏の雨みずうみという黒い穴
夜の鏡うつりたがるは蛇の飢え
ソーダ水底からまぜる遠い月
玉葱やじんわりとこころをしる
蝉時雨やむまでにかく一筆箋
夏の木に触れてあたらしい電流
夏雲を辿りゆくさき水湧けり
ハミングのずれる歩幅や夏帽子
マンホール飛び越え向日葵の高さ
リネンワンピース祈りのように風
あかるい雨という球体のなかへ

【奨励賞】

小西瞬夏「ことばのをはり」

一粒の凍星聖者のあばら骨
青木の実家系図てのひらに重し
足裏にまだある痛み雪解川
狼の眠りを雨の音に聴く
草青むことばのをはり見つからず
空き箱に闇の片寄る木の芽時
片仮名のひしめきあひし猫の恋
抽斗の奥の波音蝶の昼
飢ゑ兆す春の野原を駆け抜けて
三月をさらつてゆきし海のいろ
草青むからだのどこか置き去りに
桜狩戻りてこゑの戻りつつ
蝶の昼耳朶重くなりゆけり
青葉冷えマネキンの皆横向きに
青き淵まで初蝶の沈みゆく
春の風邪人形の家散らかつて
蜜蜂のはじめからおはりまで光
ちちははのややかたぶきて春の山
耳朶を確かめてゐる桜どき
少年と少しの水と春の蝉
涅槃西風石積むやうに眠るなり
砂に描く帆船八月のかたち
星幾つある手のひらの潦
八月の密語消えゆく知覧かな
とぢあはす少年の唇白はちす
八月。人形の片腕を拾ふ
蚯蚓鳴く眉間に小さき仏来て
木偶の首ころがつてゐる大花野
真白に来る戦争と火取虫
盗人萩酔へば酔ふほど深き夜

森由美子「万愚節」

二十四時間見張る狐火無菌室
覚悟の瞳避けて躱して冬の蝶
細き指嬰の手に絡め命の榾
凍て雲や死を真っ向に端坐せり
けあらしや夫の未来消すまいぞ
瞳孔散大ダイアモンドダストになる瞬間
深々と凍てし瞳よ尊厳よ
うつつ世の呪縛を放ち鵙高音
鮟鱇もジャンヌダルクも口惜しい瞳
完璧な金継ぎひとつ冬満月
鳥帰る数多の情に翳を置き
後のこと頼まれたって寒すぎる
朧夜のボサノバ遺言だったかも
残雪の遠嶺ひとりを踏みしめん
死の軽重三国志読む春宵
春眠の朦朧夫に囚われて
寝釈迦図の右足あたり夫と犬
白木蓮手洗い美しき外科医の夫
花吹雪あの世歓迎の大パーティー
草萌えの野の遠白や生きめやも
ひらひらと恋文天を突く焚き火
頭骨に一人食む音冴え返る
風花ちらちら昔語りの文届く
亡き夫の靴を磨いて彼岸入り
突っつけば生き返るかも草の餅
優しさのこころさまざま濃紫陽花
距離感を手探る家族鉄線花
万愚節まるでラブラブだったみたい
天の川手招く夫に首を振る
遺されし孤独と自由梅雨の虹

◆選考委員の感想

※選考座談会で取り上げた作品はすべて匿名で議論しており、次の選考感想は、作者名がわかってから執筆していることをお断りしておきたい。

■安西篤
 座談会でも言及したことだが、今回はコロナ禍の渦中にあっての選考だっただけに、もっとその危機感が出てもよかったとの印象はある。もちろん、我が国におけるコロナ禍の影響はこれからが本番だろうし、それが個々の生活感を本格的に脅かすのも晩秋から冬にかけてのことだろうから、作品への波及にタイムラグが出るのはやむを得ない。しかし状況の先取りや危機意識まではあまり見られなかった。
 座談会でふれなかった入賞作以外を見ると、46番「新コロナ禍の豪雨被害」が、この問題に真っ向から取り組んでいた。〈コロナ禍や棺を照らす春の雷〉〈コロナ禍の牛が鳴く阿蘇長梅雨に〉等その問題意識は体験にも裏付けられている。異色作6番「秋の夜を」では動物に特化したテーマながら、〈梅雨兆すシロサイが呼ぶ死者の霊〉〈荒寥の果ての荒寥野ウサギ跳ね〉等、アニミスティックな人間観を打ち出していた。また19番「火打ち石」では、現代の倦怠感とも不安感ともみられる生活感覚〈くすぐったい朧夜のトルソーの指〉〈葉桜や悪い遊びを置いてくる〉等、実験的意欲に今後の可能性を感じさせるものがあった。30句全体の安定感に期待している。

■武田伸一
 最後まで競りつつも、次点とせざるを得なかった候補作を次に掲げる。1番「ヒバオア島三十景」〈指先にバニラのにおいそして性欲〉は、意見交換の際にも少し触れたが、俳句としては未だしの感が残るが、一行詩として見るべきもの多く、国際的にも称揚に値しよう。16番「静かな点線」〈捕虫網かぶせるための弟欲し〉は意欲十分、かつ作品の質がそろっている。23番「原皮師」〈枝垂梅訪うごと曲がる兄の体〉は、風土性が魅力、かつ措辞に瞬発力あり。30番「星朧」〈英会話が大阪してます鵙日和〉は、とてもユニークにて、少し饒舌な大阪的作風に味がある。32番「子供食堂」〈赤腹の親子いっしょの炎となりぬ〉は、多様な素材の底を流れるアイロニーが魅力。39番「ヒトに祈りのDNA」〈花
過ぎの鉈の重さのステイホーム〉は、敏感な時代性、そして表現意欲旺盛。48番「月鈍る」〈サングラス覗く不都合な都市風景〉は、時代性を捉えるほどほどの自負。

■田中亜美
 一位に「蜃気楼」を推した。闘病という重いテーマにもかかわらず、読み手に癒しを与えるような健やかさが貴重と思う。
  麦の秋けむりのような検査食
  梨の食感外科医師の受け答え
  排尿を褒められている夏病棟
  さるすべり勲章のよう手術痕
 体言止めの句が多いが、作者の心の中でもきっぱりとした区切りのような効果を与えているのかもしれない。〈前向きなリアリズム〉の精神は兜太師にも通じよう。
 二位の「あかるい雨」については選考会で述べたとおりである。今後、ますます活躍してゆく優れた才能の作者と確信する。あえて苦言を呈するならば、「分からなさ」を指摘されるのは、表記の斡旋の曖昧さに因るところもあるのではないか。
  抜き取ったページなんてうすい鳥
  玉葱やじんわりとこころをしる
 傍線部を私は「何て」「知る」と脳内で漢字に変換した上で魅力的な句と解釈したが、曖昧さは残る。短詩型の持つ多義性という概念に甘え、伝達性を疎かにしてはならないと、自戒を込めて思う。
 三位に推した「鯨の余暇」は伸びやかな感性が魅力。
  サイダーの思い続けている世界
  晴れた日の鯨の余暇の過ごし方
 四位の「静かな点線」は寡黙な印象の作品に惹かれた。
  来たことのある駅前と思う汗
  老いという静かな点線蟻つまむ
 五位の「黴の男」の柔らかい諧謔に潜む洞察力が心に残った。
  深眠り黴の男になってから
  噴水の繰り返している火の記憶

■堀之内長一
 受賞した三作品にはそれぞれに個性と表現の工夫が感じられた。座談会では苦言も呈したが、まったく異存はない。選考には、自分なりの評価基準を秘めて臨むのだが、それも作品との出合いによって、逆にその基準を変更せよと迫られることもある。それもまた、選考の醍醐味であり、選考にあたるものの責任でもあると自戒している。
 私の推薦五作品以外で、最後まで迷いに迷ったのが、42番「ディストピア」である。傭兵という特異な題材をテーマに、劇画タッチで描かれる廃墟の光景は、不気味で静謐。西東三鬼や三橋敏雄の戦火想望俳句に似た立ち位置だろうか。〈傭兵の厚き唇割りて蟻〉最終的には映画のヒトコマに似たイメージが気になり、候補からはずしてしまったが、果敢に俳句で現代社会の一側面を表現しようとする挑戦意欲には感心させられた。
 そのほか、25番「どこへでも行ける」のやわらかな叙情、31番「捕虫網2020」のどこか破れかぶれの句の勢い、33番「無精髭」のユーモアと俳味、45番「群青の馬」の瑞々しい幻想、59番「鯨の余暇」のフレッシュな日常の把握、60番「伏流水」の悠揚迫らぬ読みぶりがもたらす豊かな世界などが心に残っている。

■宮崎斗士
 応募作60編を何回も熟読の上、1番「ヒバオア島三十景」、2番「告白」、4番「ことばのをはり」、11番「大根おろし」、16番「静かな点線」、18番「万愚節」、19番「火打ち石」、23番「原皮師」、24番「白花水引草」、26番「小鳥くる」、28番「蜃気楼」、29番「若き母性」、32番「子供食堂」、34番「一人称」、36番「西瓜」、38番「行ってらっしゃい」、47番「花の中」、49番「リボン」、50番「黴の男」、51番「あかるい雨」、53番「海を忘れる」、59番「鯨の余暇」、(番号順)以上22編を第二段階へ残した。
 さらに熟読、熟考の末、最終段階まで残ったのは、「小鳥くる」「子供食堂」「一人称」「ことばのをはり」「鯨の余暇」「あかるい雨」「花の中」「蜃気楼」「白花水引草」「火打ち石」の10編。さらに絞り込んで、決定した一位から五位までの作品を、選考座談会にて挙げさせていただいた。
 今回の選考の中で、特に印象に残っているのは、受賞作「あかるい雨」の一編全体に漂う「球体感覚」に思い当たったこと、そして奨励賞「万愚節」の表題句「万愚節まるでラブラブだったみたい」に託された作者の切なる思いになかなか気づけなかったことであった。私も当賞の選考委員としてまだまだ修行の身……次回もさらなる刺激をお待ちしております。

■柳生正名
 30句としての存在感から「ヒバオア島三十景」をまず推し、続いては個々の句の強さで「星朧」以下四作を選んだ。その中に入った大賞作「あかるい雨」を今読み返し、例えば
  夏草が胸の深さを埋め尽くす
にコロナの翳を否応なく読み取っている自分に改めて気付く。他の選考委員諸氏も同様の思いを多少とも共有していたのではないか。
 「ヒバオア島」の迫力に圧され、同様に連作としての力を感じた「蜃気楼」「ディストピア」などが五作から漏れた。「万愚節」もそう。看取りを実体験した者のみが描ける
  瞳孔散大ダイアモンドダストになる瞬間
の切実さはかけがえがない。こうした濃密な句の合間に、写生風自然詠の句なども配すれば、思いはさらに響きを増したのではないか。
 「セカイノオハリ」やベケットの不条理劇の台詞「言葉にもおさらば」を思い起こさせるタイトルの「ことばのをはり」では
  空き箱に闇の片寄る木の芽時
五作に次ぐ評価をしたが、ここにもコロナの「今」がある。格調ある旧仮名文語調が新鮮。
 「伏流水」にも注目した。30句から匂いたつ「土」の重くれ。海原の本流がここにこそあることを教えてくれる気がする。

■山中葛子
 第2回の受賞作品「あかるい雨」〈リネンワンピース祈りのように風〉の新風のごとき体感。奨励賞「ことばのをはり」〈草青むことばのをはり見つからず〉の時代を導きだしている想念。「万愚節」〈万愚節まるでラブラブだったみたい〉のリアルタイムを誘う詩情。「海原金子兜太賞」の素晴らしさを再認識させられる受賞を心より喜びたい。
 私の推薦した五作品のうち四作品は推薦が誰とも重ならなかったが、大衆性と芸術性を思う「海原」の俳諧自由を目の当たりにする感慨を60
作品からいただいた感謝です。
 推薦作品については、座談会で触れているので、それ以外で惹かれた作品は、9番「オオルリが鳴く」〈オオルリが鳴いたら自画像描くだろう〉の、幻想と現実のあわいを生々しく表現するチャレンジ。20番「頃合いの鹿」〈草原を鹿で満たして青なんばん〉の、野生動物と共存する、果てしなく祖がいる家系図の大地。36番「西瓜」〈ちょっと哀しいような四角い西瓜〉のコロナ禍の日常が胸に迫ってくる、自分史のような詩情。42番「ディストピア」〈ソファーから夏草伸びる廃ホテル〉の廃墟化する現代社会を浮き彫りにした連作の迫力。47番「花の中」。53番「海を忘れる」など、期待です。

候補になった18作品の冒頭五句〈受賞作を除く〉

1 ヒバオア島三十景 マブソン青眼
 白犬の睾丸黒しゴーギャン墓前
 今日はゴーギャン墓碑のみ朝日当たりけり
 崖に霧ゴーギャンという派手な神秘
 指先にバニラのにおいそして性欲
 「あたしをさわって」と震えるブーゲンビリア

5 風の味 藤川宏樹
 野暮天がことを始める十二月
 まるで鶏昼餉搔つ込んでる師走
 表札へ「班長」加う〆飾り
 もてなしの牛乳臭し囲炉裏端
 家鴨口拗ねて窄める虎落笛

10 海の漢 金子斐子
 山影船影夏影七浦海岸
 水平線夢々浜防風茫々
 漁師とう船魂しいと山の気と
 沖を見る簡単服の親と子と
 夏暁烏賊舟傾いて戻る

16 静かな点線 望月士郎
 鴎光ってはつなつの水晶体
 シマウマの白地に黒へ更衣
 地球儀にががんぼ止り夏の月
 金魚玉その内側とそれ未満
 ふるさとや揚羽と揚羽の影の距離

19 火打ち石 渡辺のり子
 くすぐったい朧夜のトルソーの指
 倦怠のたっぷり重い白木蓮
 ジーンズの穴にまどろむ朧月
 まといつく微熱の感覚花の冷
 体内の砂漠に沁みる春の雪

23 原皮師もとかわし 稲葉千尋
 猪檻の存在に遇う春の山
 ライダーの蓬髪春をなびかせて
 枝垂梅訪うごと曲がる兄の体
 繃帯のよう初蝶は低くひくく
 たんぽぽの絮降っている姉の家

28 蜃気楼 三浦静佳
 喉元に育てし病蜃気楼
 青葉冷ゆ父が無言で夢枕
 ピンと来ぬ病名牛蛙しきり
 泣き顔の向日葵もあり硝子拭く
 麦の秋けむりのような検査食

30 星朧 三好つや子
 夜のふらここ鬼ごっこのみんな鬼
 音だけが芽吹いておりぬ種袋
 紫雲英田の時報の外を歩きけり
 うららけし顔を盛ったり削ったり
 春蝉ひゅるひゅる令和二年の縮んでる

34 一人称 木村リュウジ
 はつなつの白線出たら死ぬ遊び
 桐咲いてことばするりと遠くなる
 おとうとに椅子のしずけさ五月行く
 似顔絵の大きな瞳柿若葉
 かきつばた涙はいつも垂直に

37 非戦 上野昭子
 蝉の穴声をかければ返事する
 広島や長崎遠し原爆忌
 麦秋や海峡渡る自衛艦
 向日葵が幾千万の敵となる
 いきもののすべてが散華沖縄忌

39 ヒトに祈りのDNA 伊藤道郎
 海底うなそこに灯はあるか子らよ雛たちよ
 花過ぎの鉈の重さのステイホーム
 ふり向くな虹はいまガラスの脆さ
 みごもりのこだまのようにおぼろ月
 ひと肌がひと肌を喚ぶ雪解風

40 猫 笹岡素子
 賑わいの中の孤独やお正月
 デパートに雪の降るのが解っている
 冬ざれの原野吾子の思い出ばかり
 寒明や何時からか水で顔洗う
 簡単に言えば入学式ができないって事

45 群青の馬 山本掌
 かつかつと一角獣は朧より
 リラの雨罪咎のごと巣ごもり
 昼の蝶影のもつれるるそのあわい
 沖に朱夏まひるのまの真塩燦燦
 青水無月水のまなざし水となり

47 花の中 ナカムラ薫
 春の雪ときにあやまちの疾走
 つちふるや一糸まとわぬ走り書き
 雛人形息をするたびヒトの乱
 水よりもしずかな吐息桃の花
 野遊びの素直になるための順路

49 リボン 大池美木
 山百合を少女の我が捧げ持つ
 男の手にひとつの美学かきつばた
 雨音はチェロの爪弾きゼリー冷ゆ
 少女らの髪すこやかに聖五月
 余り苗野良猫ヌクが嗅ぎながら

50 黴の男 山本まさゆき
 若き日の兜太の日記男梅雨
 熱帯魚バブルの頃の妻の写真
 夏つばめ弥生遺跡の泥運ぶ
 蝸牛を葬る丑寅の方角へ
 なめくじら心にぴったりの曲線

59 鯨の余暇 小松敦
 サイダーの思い続けている世界
 夏館静かな文字のような人
 凌霄花なにか憑りつかれています
 糸瓜咲くずっと一緒にいるような
 夏布団ごと抱き寄せる月日かな

60 伏流水 鱸久子
 鳥海山の伏流水や羽州うしゅう
 山の精の滴り秋田杉真直ぐ
 夏の山唄秋田杉う山に溶け
 娑婆知らぬ山椒魚の家池塘
 池塘深く山椒魚は冬を寝る

応募作品の冒頭二句〈候補作・受賞作を除く〉

2 告白 深澤格子
 蕗の薹天狼星からEメール
 蓬踏む男はむかし鯨捕り

3 来し方を 永田タヱ子
 熱燗や口にひろがりひろがれり
 ふるさとへ風つれ集うさくら狩

6 秋の夜を 松本勇二
 密集や霞の中のニホンザル
 春満月アフリカゾウの夜泣き癖

7 ほんまもん 工藤篁子
 春星に潤む裸婦像きみを抱く
 呟きを言葉に托す新樹の夜

8 ありのまま 森田高司
 山田の父垂直移動父の風
 エアメール春の方角鬼瓦

9 オオルリが鳴く 遠山郁好
 ひる近く風出て若葉家籠る
 不安とう眩しさ憑かれ山青む

11 大根おろし 葛城広光
 運命を愛玩しているシャボン玉
 春の土天国の庭に盛っていく

12 吾も亦 小川佳芳
 道半ば漢さらに沈思な初日
 寒月や肚内高く朗報よ

13 試着せぬ恋 中野佑海
 男の子海市ばかりを食べたがる
 軟式テニス俺も入れろと五月晴れ

14 猪羊とや 河田清峰
 猪羊とや干支ちよう父母も曼珠沙華
 母の遺言おかはりするな秋彼岸

15 薔薇を貴方に 藤好良
 蓬萊や子宮のごときビッグバン
 歯固めてシュプレヒコール「口」すさび

17 如月の窓 黒岡洋子
 獅子にカツン噛まれしかしら陽がしみる
 兜太の忌蒸気まみれに機関車来

20 頃合いの鹿 十河宣洋
 群鹿は頃合いの仲間草ロール
 宇宙船掴みそこねた流れ星

21 視点 大髙洋子
 虫出しの雷長いてがみの余白
 夏兆すフラットな風だったような

22 一回転 梨本洋子
 短夜や読書こそ創造の花芽
 郭公の雌が応えるギャッギャッギャ

24 白花水引草 横地かをる
 青鷺の老いし感情春の水
 春の砂こぼれて父の文机

25 どこへでも行ける 松本千花
 はじめに言葉あおあおと月を置く
 露の玉名前呼ばれしものたちへ

26 小鳥くる 岡村伃志子
 目の涼し赤子抱く母小鳥くる
 春耕の身の丈ほどの鍬をもつ

27 短音階 石橋いろり
 モディリアーニの瞳の映す春の鬱
 老鶯や聞き流す術聞かぬ術

29 若き母性 大髙宏允
 朧かなひとつの問いが顔を出し
 扇風機外ばかり見て何を見る

31 捕虫網2020 川嶋安起夫
 啓蟄や生きものでないものやってくる
 蠣蜆蚫蛤 遠ざかる

32 子供食堂 河西志帆
 子供食堂かまきりを先に入れ
 燕来る大きな鳥の来ない此処

33 無精髭 川崎益太郎
 残雪は余生それとも遺言書
 春眠は永久の眠りのリハーサル

35 狂言師 木村寛伸
 世迷い言酒池肉林の雛納め
 ホワイトデー円周率の朧月

36 西瓜 小林育子
 こでまりはさみしい人の塊です
 陽炎にまみれた手指を消毒す

38 行ってらっしゃい 川崎千鶴子
 立春や老いのお面を捨てましょう
 口紅を吸ってほんのり春マスク

41 心の風景 漆原義典
 今を生き淡々と跨ぐ茅の輪かな
 もう少し話していたい蛞蝓

42 ディストピア 鈴木弥佐士
 夏草に呑まれし廃墟静まれり
 廃ホテル玻璃なき窓に朧月

43 まだまだの老い 野口佐稔
 梅雨晴間確率論が足止めす
 めまといや重症化率という言葉

44 生胡桃 石川まゆみ
 それぞれの雷雨警報共振す
 二笑亭守宮退散したでせう

46 新コロナ禍の豪雨被害 赤崎ゆういち
 ウィルスは国境知らず白鳥また
 火葬にも立会えぬ兄春コロナ

48 月鈍る 桂凜火
 漂流す青い蝶と棲む非日常
 春の闇棺の車列街ゆけり

52 痛みの行方 清水恵子
 創造の扉を開けて紋白蝶
 こじつけて私のせいにされ不眠

53 海を忘れる 平田薫
 つまさきとんとん雪柳は白
 雄雌雄雌雄と雄春の池

54 水里みずさと 長谷川阿以
 遠き声鼓動応える青葉潮
 宇宙船チューブを出れば青葉潮

55 蹴出し 植田郁一
 お腰きりりと北の大地をイヨマンテ
 ねぶた跳ねっ人お腰湯もじが入り乱れて

56 夢幻舎 増田天志
 腕一本くれてやろうか雲の峰
 奥底に蛇眠らせる阿弥陀仏

57 魚の血 上原祥子
 情念の閑かに澄んで今朝の春
 有終のことばの軽く去年今年

58 想い 佐藤詠子
 呼吸には表裏がなくて朧月
 白蓮や吐露するように喉仏

第2回 海原賞

『海原』No.22(2020/10/1発行)誌面より

第2回 海原賞

【受賞者】
 日高玲

【選考経緯】
 『海原』2019年9月号(11号)~2020年7・8月合併号(20号)に発表された同人作品を対象に、選考委員が1位から5位までの順位をつけ、選出した(旧『海程』の海程賞を引き継ぐかたちで、海程賞受賞者は対象から除外した)。
 得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、日高玲への授賞を決定した。

【受賞作品抄】

森の深部 日高玲
緑の夜湖心へ伸びる長い足
山椒魚森の深部に書庫のあり
象老いて詩人を疎む沙羅の花
浅き夢麻服に風鳴らしつつ
卯の花腐し髪梳くように浪費して
牡丹崩れてピアノタッチが重くなる
螢の夜老女のはかりごとに溺れ
ねむの花上着の裡に入れる猫
歯の疼くからすうりの花開く
多肉植物幼児の首の汗湿り
曼珠沙華糞尿譚とは愛のこと
死後のごとく気ままな旅の柿を食ぶ
桃を剝く君の指先トンネル長し
茗荷の花悔悟のように掌の濡れて
森番に焚火の匂い恢復期
紙マスク凍蝶のよう張り付きて
海鼠噛むラガーの耳の肉厚し
もずく酢すするハスキーボイスの少女
春光のソナタ形式にて老女
朧夜のレコードを拭くベルベット

【候補作品抄】

ビードロの小箱 鳥山由貴子
巻き癖の海図の上へ青檸檬
木枯や青く欠けゆくナフタリン
冬青そよごの実孤独が鳥の眼する
野兎は少年火薬庫までの距離
真夜中の鏡砕氷船が過ぐ
柊の花傷口がまだ濡れている
破船描き足すきさらぎの鳥瞰図
海市夜市ビードロの小箱買う
きみを刺すことばにかえて石鹼玉
どこでもない懐かしい町蠅生る

蚊は矢(世界最短句) 中内亮玄
青蛙ひやりと燃やす命かな
黒鍵に蝶白鍵に蝶あらゆる風
ひなあられ光を玉にしてこぼす
ケータイ忘れコップに昼酒の卯波
少年に風青々と原野来る
ミサイルのよく飛ぶ日だな夏蚊遣り
怪しきは罰せずアリウムギガンチウム
鎌首を肥沃に擡げ九頭龍川
言い切ってからの深海髪洗う
通勤の隣は冬霧を抱く人

水鳥の小函 川田由美子
しろつめ草雲と私編み込んで
落としものはるか梢の朴の花
晩夏光鳥籠のようとらわれて
水汲みて葉脈として今朝の秋
吾亦紅風割るひびき石のむら
えのころ草旅の心を湿らせる
手渡しのしずけさふっとちちろむし
夢に父花柊の匂う朝
水鳥の小函のように眠りおり
野水仙私というは小さきふち

コスモスの 横地かをる
遠蛙群青いろの村だった
少年が少年を待つ青野原
六月の円を正しく描くあそび
一周忌オオムラサキのやわらかさ
水底の石声上げる水の秋
コスモスの真ん中にいて自由
胡桃の実鳥のことばを溜めておる
触れたくてわたむしわたむし一寸さがれ
ふたりいてリズムのような十二月
湖北行く今なら風花になれる

レモンをぎゅっ 河原珠美
楠若葉さびしい小鳥お断り
レモンをぎゅっサラダいよいよ白南風に
夏暁の異類婚姻譚いくつ
狐に礼そしてあなたにお訣れを
先生の口真似すれば木の実降る
整列の鯛焼虚ろ憂国忌
落葉の椅子へ魂と猫預けます
落葉降る散歩の犬は陽に融けて
料峭や夜という名の黒猫
少しだけ声が聞きたい春満月

鴨の水脈 船越みよ
自分史に入りきれない三・一一
少年に馬のまなざし青水無月
文殻は波の旋律月見草
少年ぶきっちょ花栗の青引きずり
秋茄子キュルキュル水のことばかな
まだ曲にならない音符冬銀河
音叉のよう鴨の水脈ひく逢瀬かな
静かな看取り日溜りの冬の蜂
未完の詩葱は素直に反りてゆく
廃炉まで死なぬ耕しの鍬一本

【海原賞選考感想】

■安西篤
①日高玲 ②鳥山由貴子 ③伊藤巌 ④竹田昭江 ⑤中内亮玄
 海原賞は本誌の作家的ステータスを示すものでもあるから、昨年度ばかりでなくこれまでの実績をも加味して評価することにした。
 一位日高は、独自の詩的領域を深掘りしつつあって、〈春光のソナタ形式にて老女〉〈山椒魚森の深部に書庫のあり〉など発想に重厚なものが健在。二位鳥山は、昨年取りこぼしていた感があり、軽快な詩的感性の飛翔力にあらためて瞠目した。〈冬青の実孤独が鳥の眼する〉〈巻き癖の海図の上へ青檸檬〉。三位伊藤は、風土性に物語性を加味した作風をもって、前年とは一味異なる境地を目指した。〈大花野今泥流のびょうびょう〉〈春琴抄閉じ春雷の中にいる〉。四位竹田は、持ち前の抒情性を現代の新感覚で捉え、次なる可能性を予感させてくれた。〈形状記憶シャツ葉桜に雨〉〈人去りてあしびの花に次の雨〉。五位中内にはもっと上位の成果が欲しかった。〈ひなあられ光を玉にしてこぼす〉〈五月晴れ左右の足と左右の手〉など若々しいが、前年比もっと飛躍した発想を望みたかった。
 ほかに注目株として、伊藤雅彦、楠井収、有村王志、董振華、望月士郎、河西志帆、北上正枝、木下ようこ、黒岡洋子、清水茉紀、すずき穂波、横地かをる等がいる。

■石川青狼
①日高玲 ②川田由美子 ③鳥山由貴子 ④北條貢司 ⑤横地かをる
 第一回の海原賞に推した上位三名が受賞して、第二回目の選考は実力伯仲の作家が犇めき混沌としていた。その中で一位に推した日高は〈鬼灯市二十才であった妻とはぐれ〉〈茗荷の花悔悟のように掌の濡れて〉〈海鼠噛むラガーの耳の肉厚し〉の安定した作品を柔軟に展開し読み応えがあった。二位の川田は詩情豊かに〈しろつめ草雲と私編み込んで〉〈えのころ草旅の心を湿らせる〉〈コロナの時代白き春日の栞閉づ〉の誇示することなく対象を柔らかく包み込む表現力を推したい。三位の鳥山の一年間は圧巻の作品群で〈雨垂れをことばに桑の実はジャムに〉〈柊の花傷口がまだ濡れている〉に注目した。四位の北條は〈不眠症金魚は朝の夕陽である〉〈北狐いつも手軽な雪つぶて〉の硬質な叙情の魅力を推す。五位の横地は〈コスモスの真ん中にいて自由〉〈ふたりいてリズムのような十二月〉の軽やかな詩情を推す。
 選考外だが伊藤雅彦、伊藤幸、片岡秀樹、三世川浩司、峠谷清広、加藤昭子、木下ようこ、清水茉紀、さらに北海道の佐々木宏、奥野ちあき、笹岡素子等に注目した。

■武田伸一
①河西志帆 ②平田薫 ③楠井収 ④加藤昭子 ⑤笹岡素子
 ベテランの方たちには申し訳ないが、〈風の衆〉と〈帆の衆〉だけからの選出となった。悪戦苦闘、こうしないと収まりがつかなかったのである。
 河西志帆は〈ついてない蛙が解剖台の上〉〈かいやぐら水にかがむな年をとる〉など自在な俳境を深めて秀抜。平田薫は〈おおいぬのふぐり有耶無耶日和かな〉〈雪柳あったところに石を帰す〉など独自な世界を開花させた。楠井収は〈母を抱く震えるほどの汗かいて〉〈定年後の父さんああなの冬の蠅〉などシニカルな手法で家族を捉える。加藤昭子は〈神留守の少しずれてる鍋の蓋〉〈昨日とかさっきが零れ冬の母〉など生活実感に味わいがある。笹岡素子は〈柿剥いて詰まらないとつぶやく〉〈整形外科医加齢ですと言う根雪〉などさりげない日常のアンニュイ。
 さらに惜しみつつ選外とした竹田昭江、峠谷清広、日高玲、伊藤巌、伊藤幸、伊藤雅彦、大池美木、すずき穂波、遠山恵子、鳥山由貴子、中内亮玄、船越みよ、三好つや子、諸寿子。さらには、別格として横山隆の名も記憶に止めておきたい。

■舘岡誠二
①中内亮玄 ②日高玲 ③宇川啓子 ④船越みよ ⑤川田由美子
 中内亮玄はズバリ言って、日常活動の旺盛さと作句力が相俟っている。
 ミサイルのよく飛ぶ日だな夏蚊遣り
 銀杏散る蝶散る如く詫びるごとく
 日高玲はイメージのひろがりを効果づけている。
 卯の花腐し髪梳くように浪費して
 山椒魚森の深部に書庫のあり
 宇川啓子は震災後の作者の心情が行き届いている。
 フクシマの無言の更地炎天下       
 避難解除の地あかりのごとく柿たわわ
 船越みよは才に流れず地についたさりげない表現がよい。
 少年に馬のまなざし青水無月
 音叉のよう鴨の水脈ひく逢瀬かな
 川田由美子は詩情深くすっきりとさりげなく心情をまとめている。
 しろつめ草雲と私編み込んで
 夢に父花柊の匂う朝
 すばらしい同人の多い「海原」。さらに切磋琢磨しあいたい。

■田中亜美
①関田誓炎 ②鱸久子 ③藤田敦子 ④齊藤しじみ ⑤董振華
 関田誓炎の風土に根ざした清潔な詩情に魅かれた。〈黒揚羽弁才天にまぎれたる〉〈落人の血を継ぐ吾に石榴熟る〉〈土着なり冬泉に生む星ひとつ〉。このベテラン作家に「古き良きものに現代を生かす」精神の結実を見るような気がした。鱸久子の韻律感覚のよさ。平明ということの深さ。〈稔田の無頼の草の孤高〉〈両手で受ける遍路のお鈴波の音〉〈学徒愛し散り急ぐなよ花〉。藤田敦子の定型の安定感。フィギュアスケートでいうならば、規定演技の精確さの上に、自由演技の個性もまた花開くのではないだろうか。〈ぎくしゃくと言葉色づきゆく稲田〉〈海の声海へ還して開戦日〉。〈田を流し車を流し水澄めり〉。対句表現が決まっている。齊藤しじみの静かなペーソス。〈自販機の唸り声聞く残暑かな〉〈長き夜や人生訓に付箋貼る〉〈無表情拾ひ集めし四月かな〉。自らは力まずに、読み手に余韻を与えるということを知っている作家と思う。董振華の不思議な包容力。〈旧友の遠方より来る晩夏かな〉〈啓蟄や夫婦という名義の下〉。漢籍のような大らかな世界観やユーモアを「かな」「や」の切れ字が絶妙に支えている。

■野﨑憲子
①河原珠美 ②川田由美子 ③中内亮玄 ④伊藤幸 ⑤竹本仰
 海程誌から続く世界最短定型詩の新しい潮流を強く感じ、今回も、諸先輩の佳句を別格に、注目する若手の名を挙げさせて頂いた。
 河原珠美は、〈楠若葉さびしい小鳥お断り〉〈狐に礼そしてあなたにお訣れを〉〈料峭や夜という名の黒猫〉など、日常の景を明るいタッチで歌い上げる名手なのだが、今回は悲しみを通り抜けたしなやかさが加わり眩しいばかり。川田由美子は〈しろつめ草雲と私編み込んで〉〈落としものはるか梢の朴の花〉など、繊細な表現の中に溢れる情感に注目。中内亮玄は、〈麦秋の彼方へ人は火事を抱き〉〈ひなあられ光を玉にしてこぼす〉など、今年もエネルギッシュな感覚の佳さを頂いた。伊藤幸は、〈何度も言ったよ俺牛蛙だって〉など、自在な表現がますますパワーアップして楽しみだ。竹本仰は、〈うぐいすの声ペン先に或る楽想〉など、心底から湧き上がる詩情に瞠目した。
 このほかに、前述五名に遜色なく、マブソン青眼、奥山和子、山内祟弘、松井麻容子、桂凜火、新野祐子、藤田敦子、齊藤しじみ、董振華、そして、新同人にも気になる作家多々。

■藤野武
①川田由美子 ②鳥山由貴子 ③日高玲 ④木下ようこ ⑤丹生千賀
 非常に難しい選考だった。私が見たところざっと数えて、五十名をこえる方がほぼ一線に並んでいて、そのどなたが受賞してもおかしくない。「海原戦国時代」と言いたいほど。
 川田由美子はやわらかな感性の温かい俳句世界の魅力。〈えのころ草旅の心を湿らせる〉〈手渡しのしずけさふっとちちろむし〉。鳥山由貴子の詩的で豊かな叙情。〈柊の花傷そよご口がまだ濡れている〉〈冬青の実孤独が鳥の眼する〉。日高玲は知的な言語空間、その充実。〈山椒魚森の深部に書庫のあり〉〈春光のソナタ形式にて老女〉。木下ようこの存在への柔らかくてしかし鋭い切り口。〈烏瓜咲く感情に糸目無し〉〈男手の無くて弥生のおろしがね〉。丹生千賀は「土」に根差した情感溢れる世界。〈刈田広しみんな短い風ばかり〉〈霾ぐもりひりひりひりと手を洗う〉。
 このほかに、藤原美恵子、佐藤君子、藤田敦子、峠谷清広、遠山恵子、竹田昭江、三世川浩司、中塚紀代子、榎本愛子、根本菜穂子、河西志帆、ナカムラ薫、川崎千鶴子、西美惠子、村本なずな、らふ亜沙弥に魅かれた。

■堀之内長一
①日高玲 ②中内亮玄 ③河原珠美 ④鳥山由貴子 ⑤鈴木修一
 日高玲がまたいちだんと俳味を加えていると感じた。〈卯の花腐し髪梳くように浪費して〉〈曼珠沙華糞尿譚とは愛のこと〉など。「浪費して」と言える苦くて甘い諧謔、金子兜太の発言を思わせるスカトロジーへの親近など。もっとも、〈山椒魚森の深部に書庫のあり〉〈朧夜のレコードを拭くベルベット〉といった妙に懐かしい想念が去来するのも、日高の年輪のなせるわざであろう。中内亮玄もまた、根っからの抒情体質である。〈蚊は矢〉という目が飛び出るような最短自由律で遊んだりするから、こちらはひやひやもの。それでも〈言い切ってからの深海髪洗う〉〈ケータイ忘れコップに昼酒の卯波〉などと少し自省しつつ、挑戦することを忘れない。その感受の姿を信じている。そして、河原珠美を改めて見直す。〈夏暁の異類婚姻譚いくつ〉と〈少しだけ声が聞きたい春満月〉の間をすたすたと往き来する想念をかたちにして、静かにたたずんでいる。いや、静かにマグマを溜めている様子か。すでに感覚のしっかりした鳥山由貴子は、〈巻き癖の海図の上へ青檸檬〉を見てもわかるように、感性だけで終わらせない映像の豊かさを発揮。海原賞レースの先頭をゆく有望株である。最後に。鈴木修一が俳句と詩の橋をかけようとしている。地に足のついた鈴木の抒情が、この乾いた星を潤していくような嬉しさがある。
 そのほかでは、竹田昭江、平田薫、峠谷清広、加藤昭子などに、常に注目。そのほかにも、切りがないので挙げないが、必ずだれかが見守っていることを伝えたい。

■前川弘明
①船越みよ ②横地かをる ③鳥山由貴子 ④川田由美子 ⑤望月士郎
 選考対象期間の全同人作品を読み直した結果は右記のとおりである。
 その作品を少しずつ挙げると、
 船越みよ、
  耳鳴りは悼みの羽音百日紅
  尊厳死行きどころなき余り苗
  少年に馬のまなざし青水無月
  月光や恋人たちの鍵穴に
など、衒いのない安定した読みぶりであり安心して読めた。
 横地かをる、昨年も二位に推した。
  コスモスの真ん中にいて自由
  抱卵の鳥の眼差うすみどり
  湖北行く今なら風花になれる
 鳥山由貴子、
  真夜中の鏡砕氷船が過ぐ
  巻き癖の海図の上へ青檸檬
 川田由美子、
  傾けば涙こぼれる黒揚羽
 望月士郎、
  空席にハンカチのあり広島忌
 ほかに、日高玲、伊藤幸、寺町志津子、竹本仰、安藤和子、松本悦子の諸氏に注目した。

■松本勇二
①小池弘子 ②狩野康子 ③日高玲 ④藤原美恵子 ⑤藤田敦子
 一位の小池弘子は明るい風土詠と昨年称したが、この一年も同様に富山の山里の風景を切り取りそれに明るく感情をまぶしている。とにかく元気がもらえる。〈ぞっとしました桜隠しに月光とは〉〈夏銀河亡父ちち亡母ははとが擦れ違う〉〈あかあかと在ろうよ晩年からすうり〉。狩野康子は豊かな感性で俳句を書いてくる。あっけらかんと自由に書いているようで意外に制御が効いている。〈鳥居背に正月の脳きらきらす〉〈冬は隙間から父が話しかける〉。日高玲は冷静に句を書いてくる。見たもの思ったことを一度沈潜させてから呼こんちょうび戻しているようだ。〈生き継ぎて在り今朝の目白二羽〉〈気持ちよく雑念の殖ゆ蕎麦の花〉。藤原美恵子は身体への興味が深く、生きもの感覚に冴えがあった。〈げんげ咲くさっき居た子のふくらはぎ〉〈眼裏に眠りの水路冬銀河〉。藤田敦子はもともとの豊富な語彙に加え、書きたい方向が定まってきてぶれなくなった。〈生家なく幻肢痛のごと緑夜〉〈踊り場の先のまほろば冬満月〉。
 そのほか、峠谷清広の徹底した自虐俳句は毎号圧倒された。山内崇弘のぶっきらぼうな俳句もいい感じに仕上がってきた。いずれにせよ「自分らしさ」が肝要か。

■山中葛子
①日高玲 ②鳥山由貴子 ③中内亮玄 ④並木邑人 ⑤すずき穂波
 一位の日高玲は、ことに発想ゆたかな、思索にふける組曲のような充実感を際立たせた。〈卯の花腐し髪梳くように浪費して〉〈アマゾンは燃えているか釣瓶落し〉〈春光のソナタ形式にて老女〉など、品格をまとう句境を展望させている。二位の鳥山由貴子は、新具象ともいえる叙景のみごとさを描き出した。〈ボタン失くしたあのきさらぎの雑木林〉〈少女らに晩夏雑草研究部〉〈冬青の実孤独が鳥の眼する〉など、映像をさし出している新鮮さ。三位の中内亮玄は、独自な美学を思うバイタリティに満ちている。〈青き踏む体のうろが軋みけり〉〈参考書手に早乙女の登校す〉〈ひなあられ光を玉にしてこぼす〉の、ロマンが何とも見事。四位の並木邑人は、言語表現ならではの興奮をやどす魅力というべきか。〈颱風禍ゴッホの晩餐を三日〉〈碁敵は石見に出張り年木積む〉。五位のすずき穂波は、人情を湧かせる俳諧味ゆたかな私性をつらぬいた。〈家蜘蛛は大事左義長さんのやうだし〉〈寄鍋の内乱の果てみんな寝る〉。
 また、黒岡洋子、川田由美子、佐藤詠子、竹田昭江、横地かをる、河西志帆、河原珠美、清水茉紀など多士済済。

■若森京子
①日高玲 ②横地かをる ③中内亮玄 ④三世川浩司 ⑤平田薫
 鬼灯市二十才はたちであった妻とはぐれ 玲
 山椒魚森の深部に書庫のあり 〃
 一周忌オオムラサキのやわらかさ かをる
 胡桃の実鳥のことばを溜めておる 〃
 言い切ってからの深海髪洗う 亮玄
 ひなあられ光を玉にしてこぼす 〃
 ペン先鳴ってここから先は十六夜 浩司
 沼ふっと舌出したよう葛の花 薫
 手渡しのしずけさふっとちちろむし 由美子
 独自の智と情のバランスが良く熱気があった日高を一位。安定した中に自在に感覚を駆使した横地を二位。大胆な切り口に流れる抒情性の中内を三位。独自の詩性に新しい息使いの三世川を四位。自然と一体化したナイーブな表現の平田を五位。
 そのほか、静かな言葉の示唆する一句の良さの川田。三好つや子、鳥山由貴子、増田暁子、奥山和子、らふ亜沙弥、竹本仰、河原珠美、伊藤幸、すずき穂波、マブソン、桂凜火と注目した作家は数え切れない。

第2回 海原新人賞

『海原』No.22(2020/10/1発行)誌面より

第2回 海原新人賞

【受賞者】
 小松敦
 たけなか華那

【選考経緯】
 『海原』2019年9月号(11号)~2020年7・8月合併号(20号)に発表された「海原集作品」を対象に、選考委員が1位から10位までの順位を付して、10人を選出した。
 得点の配分は、1位・10点、以下9・8・7・6・5・4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、小松敦・たけなか華那への支持が多く、得点も拮抗しているため、2人への授賞を決定した。

【受賞作品抄】

葉桜の章 小松敦
チューリップ理由をきこうとして笑う
探偵のポスターに犬こどもの日
ねじり花あらすじのない墓誌に一人
昆布浜再開を待つ低い卓
常夏の崖に続くという轍
水飲んで人間の血を薄めるよ
カウンター皆空蝉となりにけり
ブロンズの小さな裸夏の窓 
手花火の夜を円くして亡ぶ
まくなぎや明るい出口までふたり
傷口のぴったり閉じた烏瓜
花薄しばらくいてもいいですか
憂国忌生温かき肉団子
起き上がりかけてひんやりうつぶせる
ひとりぶん明るい朝よ寒卵
冬の朝見知らぬ人の煙立つ
春の森眼差しいたるところより
花卯木本の厚さのうわの空
返信を読む街灯の桜かな
僕達はまだ葉桜の章にいる

ぽたぽた歩く たけなか華那
かじけた心蒲公英におうまで野にしゃがむ
沼杉の根っこも木だねぽたぽた歩く
結局見る成っているだけの夏蜜柑
看取り人のように夏草が触れている
すぐ走るこども夕焼けを信じていいよ
砥石使うような寝息す白露
しじみ蝶誰かちぎって棄てた過去
ぼさっと懐こい曼珠沙華の間隔
ぷちぷち刻を潰し背高泡立草
与えすぎて十月黒いヒマワリ
恋敵に勝てない運命白カンナ
踏みたがわずにゆくもうじき根雪
こころは死ねるコキアの赤昇りつめ
雲のない青 秋の嘘だろう
しゃがんだら仏の座の花が凍っていた
冬芝につっ立って風に穴があったよ
陽の窪みを揺らし冬のメタセコイア
慎重に春の縫い目をほどき雨
とことん弱音吐き花韮に青と白
白樺若葉足を止めて長まれよ

【候補作品抄】

しずかな呼吸 木村リュウジ
初つばめ絵筆は水の先を追う
木蓮やなにも知らないくすりゆび
白き帆が夏の痛みに耐えている
素描という孤独な時間紀音夫の忌
コスモスや日記に残す軽い嘘
青蜜柑だから集合写真は嫌い
パズル解くしずかな呼吸銀やんま
おとうとの一人称が変わり雪
実南天鏡を運ぶように朝
息白し音叉のようにひと待てば

銀のピアス 大池桜子
母ったら薔薇を褒めるのが毎日
新宿が10度傾くソーダ水
銀のピアスいくつもしてる流れ星
オリオンまでの切符が欲しい晩です
そこでその質問するか?鳥渡る
綿虫や絵文字ばかりのメールして
これで二回目ヒイラギで殴っても?
天気予報は雪こころ予報は吹雪
雪女すっぴんにマスクが定番
感情に名前はないよかげろえる

つづらおり 松本千花
花氷あたしは明日どこにいる
涼しさは転がる石の先のさき
数えないことが約束曼珠沙華
他界とは秋夕焼のつづらおり
桃に雨気うしろに武器のある気配
晩秋の元彼にやる六文銭
いちめんの刺草ふくろう振り向けば
春隣二列目に干す狐面
目礼す春のマスクの共犯者
ウイルス百態ガバリゴブリと三鬼の忌

眠る弾薬庫 黒済泰子
唐突な言葉のゆくえ夜の噴水
空蝉や未生のことば抱くかに
清水汲む少女の腕に緋のタトゥー
胡桃割るコツいやなこと忘れるコツ
衣被夫の機嫌をうっちゃりぬ
銅鏡の奥に狐火ひそむらん
冬眠の原子炉オブジェめく鴉
野遊びや足下に眠る弾薬庫
風光る解体現場の写真展
深爪で打つキーボード啄木忌

母が来て 小林ろば
昭和って私が毛たんぽぽだった頃
ニュートンとととと蛙の目借り時
兜太さんの字どっくんどっくん夏
裸の子どこに触れても葉緑素
ははが来て息ふきかけて初紅葉
なんもかんもこんがらがって雪虫で
母性愛って系統はあんぽ柿
正しくて弱くて少年雪だるま
建国記念日半地下って微妙
欠伸白濁三月のカレンダー

紙の時計 葛城広光
御飯粒雀の卵に付いている
春の水飴がゆっくり割れだした
参観日紙の時計を持っている
蟻達が迷う地面に拡声器
苺汁鎖かたびらを動かす ぽ
メロディが鳴るよゴボウ引くときに
冬の海卑弥呼が昇っていきました
ぐみの実がサウナの床に転がって
時計屋の床にこぼした春の塩
クリスマスあいすくりーむしぼんでく

とうめい 渡邉照香
春みぞれ一人母追ふ五歳かな
母の目にぼくはとうめい春の夜
体脱ぎ少年ふわり春の海
久方に妣帰るらし春障子
「ひとり行け」とタゴールのうた春怒濤
大蚯蚓の遺骸をよけて僧の列
梅雨雲の腹刺す東京タワーかな
人様のいのちの重み佗助よ
神がかる父にこの世の大旦
短日の握手三回それっきり

休校日 立川真理
身に覚えなき死が語る原爆忌
師の中に寅さんが居た祭りうた
佳き人の呼ぶ声がする蜻蛉つり
名の川のいくつが壊れ藤村忌
雪女郎そして私は生きていた
落椿波動の中で見た景色
母知るや化粧ケースに春の嵐
クラスター抽斗にある休校日
こんな世に放り出されて行行子
生きてます春灯なき街にもわれら

【海原新人賞選考感想】

■大西健司
①大池桜子 ②松本千花 ③木村リュウジ ④たけなか華那 ⑤小松敦 ⑥黒済泰子 ⑦飯塚真弓 ⑧有栖川蘭子 ⑨小林ろば ⑩渡邉照香
 大池〈爽やかに告白されても嫌いなんだ〉〈冬銀河お母さんはふわっとしてる〉。松本〈玉葱と夫は大切カレーでいいか〉〈晩秋の元彼にやる六文銭〉。木村〈あめんぼや鏡の中ってきゅうくつ〉〈くちづけのどこかが自傷烏瓜〉。たけなか〈誕生日のからだは二月の舟〉。小松〈ペルソナの手を引かれゆく夜店かな〉。黒済〈空蝉や未生のことば抱くかに〉。飯塚〈金輪際より参上や花むぐり〉。有栖川〈朝ぐもりわからないので会いに行く〉。小林〈なんもかんもこんがらがって雪虫で〉。渡邉〈大蚯蚓の遺骸をよけて僧の列〉。第一回より全体に底上げされ、ますます多彩になった。みんな伸びやかに日常、非日常の間を漂いながら自分の言葉で書いている。
 泉陽太郎、工藤篁子、ダークシー美紀、武藤幹、葛城広光、松﨑あきら、吉田和恵、立川瑠璃、立川真理。上げれば切りが無い。やはり海原集は厳しい競争社会。激しいせめぎ合いがレベルを高くしている。

■こしのゆみこ
①木村リュウジ ②たけなか華那 ③小松敦 ④黒済泰子 ⑤ダークシー美紀 ⑥小林ろば ⑦松本千花 ⑧立川真理 ⑨葛城広光 ⑩増田天志
 木村リュウジはつぶやくような、負の感覚が漂う独特の世界観が魅力。〈独り言は下書きのよう青胡桃〉〈くちづけのどこかが自傷烏瓜〉〈寝言かもしれず初蝶かもしれず〉。たけなか華那のそこはかとない乾きの美しさに惹かれる。〈春の風ソウイウモノニなってるわたし〉〈帰りたいいつでも肩にリラの重たさ〉〈誕生日のからだは二月の舟〉。小松敦の含羞。〈まくなぎや明るい出口までふたり〉〈僕達はまだ葉桜の章にいる〉。〈白鳥数ふ失ひしものきらめきぬ 黒済泰子〉〈男待たせて零余子の蔓を引きにけり ダークシー美紀〉〈全身うずうず飲み込んだのは青葉 小林ろば〉〈ウイルス百態ガバリゴブリと三鬼の忌 松本千花〉〈汝は軋む心象もちて子供の日 立川真理〉〈坊さんを剃るとき桔梗の香りする 葛城広光〉〈地球いまブルースだよねつくしんぼ 増田天志〉。
 さらに山本まさゆき、大池桜子、泉陽太郎、有栖川蘭子、大渕久幸、吉田貢(吉は土に口)、渡邉照香、福田博之、立川瑠璃、植朋子等多士済々。

■佐孝石画
①木村リュウジ ②たけなか華那 ③小松敦 ④上田輝子 ⑤黒済泰子 ⑥大池桜子 ⑦小林ろば ⑧有栖川蘭子 ⑨松本千花 ⑩日下若名
 実力のある作家に光を当てるために賞というものは必要だとしみじみ感じた。それぞれの句をまとめて鑑賞してみると、あらためて作家の強さが分かる。今回の選考でも、それぞれの句集を読んだような充実感を抱いた。
 木下闇ふいに流人の顔描く 木村リュウジ
 賢治の忌雲に名前をつけてみる 〃
 くちづけのどこかが自傷烏瓜 〃
 冬蜂や目を合わせない握手 〃
 おとうとの一人称が変わり雪 〃
 センチメンタリズムに寓話性が加わり、昨 年以上に俳句世界が広く深く魅力的なものに仕上げられている。日常に横たわる自分を、あたかも我が肉体から幽体離脱したように俯瞰し、一つの儚げな物語へと昇華させるその俳句力に脱帽する。迷いなく一位に推す。
 看取り人のように夏草が触れている たけなか華那
 昨年も彼女の独自の感覚世界を「憑依力」と評させていただいたが、その感覚は「喪失感」からくる切ない咆哮なのかもしれない。
 小松敦〈まくなぎや明るい出口までふたり〉昨年以上に重層的な作句姿勢が見えた。
 上田輝子、黒済泰子、小林ろば、有栖川蘭子、松本千花、日下若名、泉陽太郎、立川瑠璃、増田天志にも注目した。

■白石司子
①たけなか華那 ②大池桜子 ③木村リュウジ ④小松敦 ⑤黒済泰子 ⑥松本千花 ⑦立川瑠璃 ⑧ダークシー美紀 ⑨大渕久幸 ⑩かさいともこ
 高校生と共に俳句を学んでいる関係上、私自身が最も刺激を受ける場所が「海原集」であり、今回も「海程の後継誌である海原」という観点で選考させていただいた。
 第一位としたのが、たけなか華那で、〈祥月命日ざうざう赫き夕立ちくる〉〈ぼさっと懐こい曼珠沙華の間隔〉〈こころは死ねるコキアの赤昇りつめ〉〈誕生日のからだは二月の舟〉などに、たけなか独自の「創る自分」のイメージの獲得をみることができる。二位は〈新宿が10度傾くソーダ水〉〈ワンテンポずれるアピール法師蝉〉の大池桜子、三位は〈独り言は下書きのよう青胡桃〉〈なんとなく厄日レモンを持て余す〉の木村リュウジ、四位は〈手花火の夜を円くして亡ぶ〉〈僕達はまだ葉桜の章にいる〉の小松敦を。五位から十位は拮抗。
 ほかに、立川真理の〈身に覚えなき死が語る原爆忌〉、葛城広光の〈黒インク落ちたら出来る枯野原〉、武藤幹の〈避難所に柿剥く人の正座して〉、渡邉照香の〈大蚯蚓の遺骸をよけて僧の列〉、泉陽太郎の〈おとこがまだ何かのために死ねた夏〉にも共鳴、今後を期待したい。

■高木一惠
①小松敦 ②松本千花 ③松﨑あきら ④たけなか華那 ⑤木村リュウジ ⑥立川真理 ⑦野口佐稔 ⑧小林育子 ⑨増田天志 ⑩ダークシー美紀
 〈水飲んで人間の血を薄めるよ/ペルソナの手をひかれゆく夜店かな 敦〉心澄ませて日常に寄り添う。〈白雨やむ誰も拾わぬキーホルダー/ウイルス百態ガバリゴブリと三鬼の忌 千花〉意欲的な取り組みが生む多彩さ。〈花の夜ざらっと冷めている背広/そっと帰ってくる血液春の宵 あきら〉中身は熱い。〈沼杉の根っこも木だねぽたぽた歩く/独楽やがてふらついて明日が来る 華那〉天性の豊かさは作句の大きな柱。さらに、兜太先生の『俳句日記』に遺された古今東西に亘る読書の軌跡を心に留められ、皆さんのもう一つの柱を育てていただきたい。
 〈青嵐修司とハツは同じ墓 リュウジ〉〈名の川のいくつが壊れ藤村忌 真理〉〈ゴミ袋二匹の蟻を出してやる 佐稔〉〈孤独死や冷蔵庫開けると煌煌 育子〉〈ひまわりや旗焦げ臭き解放軍 天志〉〈八幡さまの亀に会ひたし梅雨深し 美紀〉。
 候補に大池桜子、黒済泰子、立川瑠璃、森本由美子、山本美惠子。

■武田伸一
①大池桜子 ②たけなか華那 ③小松敦 ④松本千花 ⑤渡邊照香 ⑥葛城広光 ⑦木村リュウジ ⑧黒済泰子 ⑨吉田貢(吉は土に口) ⑩ダークシー美紀
 大池〈綿虫や絵文字ばかりのメールして〉などの現代性。たけなか〈ぼさっと懐こい曼珠沙華の間隔〉対象把握と表現の独自性。小松〈巻き戻すことなきテープ春の雪〉季節のアンニュイ。松本〈春隣二列目に干す狐面〉独自の感性。渡邉〈大蚯蚓の遺骸をよけて僧の列〉そのヒューマニティー。葛城〈苺汁鎖かたびらを動かす ぽ〉詩の冒険。木村〈青嵐修司とハツは同じ墓〉生前は反発し合ったが。黒済〈空蝉や未生のことば抱くかに〉その眼差し。吉田〈皐月闇嗅げば六波羅蜜寺かな〉京都人ならでは。ダークシー〈枯芭蕉底ひに水の音すなり〉の自然観照の深さ。
 ほかに巻頭獲得の立川真理・瑠璃の生徒コンビと武藤幹、上野有紀子。意欲旺盛の松﨑あきら。上位常連の有栖川欄子、飯塚真弓、泉陽太郎、荻谷修、かさいともこ、工藤篁子、小林育子、小林ろば、山本まさゆき、吉田和恵などの皆さんにも期待大。

■月野ぽぽな
①小松敦 ②木村リュウジ ③たけなか華那 ④武藤幹⑤大池桜子 ⑥松本千花 ⑦渡邊照香 ⑧泉陽太郎 ⑨荻谷修 ⑩黒済泰子
 小松〈まくなぎや明るい出口までふたり〉の句境の深化、木村〈独り言は下書きのよう青胡桃〉のふたりごころ、たけなか〈こころは死ねるコキアの赤昇りつめ〉の柔軟さ、武藤〈黴の香に労われ遺品整理かな〉の情景把握のセンス、大池〈亀鳴けり方言がかわいいとかって〉は口語で定型を呼吸、松本〈花氷あたしは明日どこにいる〉の程よいアイロニー、渡邊〈母の目にぼくはとうめい春の夜〉達観の詩、泉〈快晴の空埋め尽くす蛾の紋様〉の心象表現、荻谷〈気楽は寂しい冬瓜煮転がす〉平明が描く人のサガ、黒済〈空蝉や未生のことば抱くかに〉のたおやかな詩情。
 次点に森本由美子、ほかに吉田もろび、有栖川蘭子、植朋子、野口佐稔、上野有紀子、かさいともこ、ダークシー美紀、立川真理、井上俊子、吉田貢、増田天志、大山賢太、小林ろば、山本まさゆき、工藤篁子、日下若名、榊田澄子、清本幸子、渡辺厳太郎、福田博之、立川瑠璃、立川由紀、葛城広光、谷川かつゑ、遠藤路子、重松俊一、飯塚真弓にも注目。自分の感性を信じて次の一句を。

■遠山郁好
①葛城広光 ②小松敦 ③たけなか華那 ④黒済泰子 ⑤木村リュウジ ⑥大池桜子 ⑦泉陽太郎 ⑧松本千花 ⑨小林ろば ⑩飯塚真弓
 黒インク落ちたら出来る枯野原 葛城広光
 巻き戻すことなきテープ春の雪 小松敦
 慎重に春の縫い目をほどき雨 たけなか華那
 胡桃割るコツいやなこと忘れるコツ 黒済泰子
 寝言かもしれず初蝶かもしれず 木村リュウジ
 ワンテンポずれるアピール法師蝉 大池桜子
 うちよせる波のかたちは冬のゆめ 泉陽太郎
 玉葱と夫は大切カレーでいいか 松本千花
 昭和って私が毛たんぽぽだった頃 小林ろば
 愛されし記憶まるめる浮寝鳥 飯塚真弓
 たけなか華那の感性に惹かれながらも、上位三名の順位を決めるのに迷った。黒済泰子は昨年に続き安定感と実力を示した。ほかにも、上野有紀子、小林育子、吉田和恵、有栖川蘭子、武藤幹、かさいともこに注目した。

■中村晋
①小松敦 ②黒済泰子 ③渡邉照香 ④大池桜子 ⑤たけなか華那 ⑥松本千花 ⑦立川真理 ⑧葛城広光 ⑨荻谷修 ⑩小林ろば
 小松〈雪時雨何度もさようならを言う〉取り合わせの技術を磨き上げ、抒情性を自在に結実できるようになった。抜群の安定感。黒済〈衣被夫の機嫌をうっちゃりぬ〉女性ならではの日常観察に優れた明快な句多数。渡邉〈母の目にぼくはとうめい春の夜〉社会への洞察に支えられた深い抒情の魅力。大池〈秋そうび褒め言葉に慣れてしまった〉青年期の屈折や葛藤、自虐など果敢な表現意欲。たけなか〈世渡りってなんだろうカリン見事なり〉感性と韻律との激しいぶつかり合いを果たした作品群。松本〈花氷あたしは明日どこにいる〉自分の存在を常に言葉で探そうとする内省の深さ。立川〈オリオンや静かでしょうかバンザイクリフ〉社会や歴史への想像力。葛城〈御飯粒雀の卵に付いている〉自然との近さ親しさの魅力。荻谷〈気楽は寂しい冬瓜煮転がす〉どこかとぼけた句の味わい。小林〈兜太さんの字どっくんどっくん夏〉作句への初心童心にあふれた作品の力。

■宮崎斗士
①小松敦 ②黒済泰子 ③松本千花 ④小林ろば ⑤木村リュウジ ⑥大池桜子 ⑦小林育子 ⑧山本まさゆき ⑨たけなか華那 ⑩立川瑠璃
 昨年受賞の三枝みずほ、望月士郎をはじめ、実力作家がかなり多数同人になられたので、「後追い好句拝読」担当者としては、「海原集」二年目の全体のクオリティはどうなるか……と若干案じていた。だが、それは全くの杞憂だった。会友の皆様のますますの感覚の冴え、表現の豊かさ、そして俳句へのひとかたならぬ情熱に圧倒され通しの一年だった。
 カウンター皆空蝉となりにけり 小松敦
 唐突な言葉のゆくえ夜の噴水 黒済泰子
 玉葱と夫は大切カレーでいいか 松本千花
 言葉遅き子ポケットから青蛙 小林ろば
 あめんぼや鏡の中ってきゅうくつ 木村リュウジ
 新宿が10度傾くソーダ水 大池桜子
 河骨や涙こらえるという過ち 小林育子
 半歩ずつ進む婚礼夏燕 山本まさゆき
 慎重に春の縫い目をほどき雨 たけなか華那
 指先で取り出す海市ユーチューブ 立川瑠璃
 泉陽太郎、上田輝子、小田嶋美和子、かさいともこ、葛城広光、立川真理、土谷敏雄、ダークシー美紀、中村セミ、野口佐稔、以上の方々を「次の十名」として挙げさせていただきたい。

『瑠璃蜥蜴』桂凜火句集

『瑠璃蜥蜴』桂凜火句集

蒼穹はカッターナイフ銀杏散る

「桂凜火は写生から始めて徐々に階段を上りつつ、自己特有の個性を確立する多くの俳人とは違い、ほかの誰とも同調しない独自の世界で句を作り始めた、希有の作家といってもいいだろう」(武田伸一の跋文より)

■発行=ふらんす堂 第一句集シリーズⅡ
■定価=一七〇〇円(税別)
https://furansudo.ocnk.net/product/2696

『きっと瑠璃色』大池美木句集

『きっと瑠璃色』大池美木句集

手も足もばらばらになり蝶の昼

「ここには身体感覚の冴えがある。蝶々が乱れ飛ぶ真昼は「手も足もばらばらにな」るとの感覚は、まさしく現代の不安感そのもの。現代を生きる私たちの避け得ない不安。その不安感を身体感覚で捉えた一句と言えよう」(塩野谷仁の序文より)

■発行=ふらんす堂 第一句集シリーズⅠ
■定価=一七〇〇円(税別)
https://furansudo.ocnk.net/product/2697

『日向灘』疋田恵美子句集

『日向灘』疋田恵美子句集

月光に母を泛べる日向灘

「日向灘は、山好きの恵美子さんが愛する宮崎の山々に源をもつ県内主要河川が注ぎ込む、私たち県民にとって母なる海―、この句集はその日向灘が象徴する「ふるさと宮崎」讃歌でもあろう」(長友巌「錆」俳句界代表・宮崎県俳句協会顧問の序文より)

■発行=現代俳句協会
https://gendaihaiku.gr.jp/learn/publication/book_member/

『緑の帆船』鈴木修一詩集

鈴木修一詩集

緑の帆船

育てるまなざしと
しなやかな感性で紡ぐ

「令・和」に放たれた一本の矢は、キラリ
と光りながら玲瓏な空に白い軌跡を描く。
俳句と詩の融合を試みた「愛」にあふれる
詩集が誕生した。(駒木多鶴子)

■発行=書肆えん 定価=2000円(税別)
http://shoshien.com/

第2回 海原金子兜太賞

第2回「海原金子兜太賞」(2020年度)が決定しました

2020年8月23日(日)、第2回「海原金子兜太賞」の選考会が開催され、応募60作品の中から、次のとおり受賞者が決定いたしました。おめでとうございます。

【海原金子兜太賞】
 三枝みずほ(香川) 作品「あかるい雨」(30句)

【海原金子兜太賞 奨励賞(二名)】
 小西瞬夏(岡山) 作品「ことばのをはり」(30句)
 森由美子(埼玉) 作品「万愚節」(30句)

選考委員:安西 篤/武田伸一/田中亜美/堀之内長一/宮崎斗士/柳生正名/山中葛子
(以上7名 五十音順)

受賞作品と選考過程は、「海原」11月号に発表予定です。

第2回 海原賞・海原新人賞の決定

第2回の海原賞、海原新人賞の授賞者が、次のとおり決定しました。
「海原賞」「海原新人賞」の詳細は2020年10月号(第22号)に掲載予定です。
なお、「海原金子兜太賞」の発表は2020年11月号(第23号)の予定です。

◆第2回 海原賞
 日高 玲

◆第2回 海原新人賞
 小松 敦・たけなか 華那

海外リポート 新型コロナウイルスで日常と表現はどう変わったか

『海原』No.20(2020/7/1発行)誌面より

◆海外リポート 新型コロナウイルスで日常と表現はどう変わったか

世界中に拡大した新型コロナウイルスにより、日常の風景が一変してしまった。日本国内の事情は承知しても、海外のリアルな状況はよくわからないところがある。そこで、海外(ニューヨーク・ホノルル・シドニー)に住んでいる三人の同人の方々に各地のリポートをお願いした。質問項目は次の三点である。
 ① 現地の状況と、あなた自身を取り巻く日常の出来事や変化
 ② 新型コロナウイルス問題を通じてあなたが感じたこと(とくに日本との比較で)
 ③ 俳句という表現と新型コロナウイルス問題(自由に思いを述べてください)

◎ニューヨーク〈アメリカ〉
「何か」に気付く 月野ぽぽな
 三月、ニューヨーク市で初めての感染者が見つかるや連日爆発的にその数が増加。非常事態宣言、公立学校休校、外出制限が次々に発令され、世界一賑やかな街から人影が消えた。私達夫婦も在宅勤務し、外出は食料調達と最低限の運動のためのみに限られた生活に。海外渡航も制限され、日本への帰省を延期。四月、米国は感染者死者数共に世界最多数を記録し、中でもニューヨーク州が、その中でもニューヨーク市が最多数を占める事態に。 感染拡大防止のための行政の対策と、市民の協力が功を成し、四月中旬を境に徐々に感染収束の兆しが表れており、六月八日から段階的に非常事態宣言は解除される予定(五月三十日現在)。日本における感染は早期に収束に向かっていると見受ける。米国生活では、非常事態の中、命あること、健康であること、衣食住に恵まれていること、家族の存在の有り難さを感じた。
 巷には「皆で乗り越えよう」という意識を感じる。国は納税者への現金給付をし、市は市民全てが食事を無料で受け取れるようにし、市民は感染拡大防止のためにマスクを着用。日本では広く普及しているマスクだが、米国では今まで日常に用いる習慣は無かった。また、毎日午後七時になると、日夜患者に対応する医療従事者への感謝を表す拍手や歓声が起こり、高層街に響き渡る。米軍も飛行ショーにより彼らに敬意を示すと共に、市民を激励した。喧騒が消えた街には豊かに鳥が囀り、桜を始め色とりどりの花々や樹々の緑が殊更美しい。自然の営みの力強さは私を日々癒し励ましてくれている。
 人と会う句会が休会となる中、従来からあったEメールで行う通信句会やネット上で行うオンライン句会が盛んになることに加え、ネット画面上で対面しながら行うZOOM句会が登場。遠く江戸時代にその原型を見る句会はITの力を得て令和時代でも益々健在だ。
 俳句表現についてはその柔軟さを思う。人は変化があると、以前には気付くことのなかった「何か」に気付く。今回のような未曾有の変化であれ、日常の僅かな変化であれ、変化の大きさや種類に関わらず、俳句という優れた器は、その「何か」を掬い取り新しい自分に出会わせてくれると信じる。故金子兜太師は、日頃から自分の感覚を磨くように、と言われたが、心と体を凝らして句作し感覚を磨き、より多くの新しい自分と出会えたらと願う。日々目覚め、命あることに感謝して。
  息ふかく吸って爪先まで万緑 ぽぽな

◎ホノルル〈ハワイ〉
「助け合う」アロハの精神 ナカムラ薫

 ハワイ州内で新型コロナウイルス感染者が確認されると州政府は直ちに外出禁止令を発令し国際空港を閉鎖しました。これは、観光業が主産業であるハワイ州にとっては、経済の崩壊を意味しました。しかし、州政府は、徹底的に人命を守る決断をしました。
 そして、まずは御老人と子供を守るべく老人ホーム、デイケア、学校が閉鎖され、エッセンシャルワーカーと呼ばれる社会生活維持に必須な職種以外には自宅勤務が義務付けられました。ロックダウンです。万事にゆる~く、外出外食大好きなロコにこんな厳しい外出禁止令は守れるのだろうか、と密かに案じていましたが、私がハワイの底力を知らなかっただけ。一致団結してポジティブに愉快にコミュニティーを盛り上げ収束させました。
 日本と比べたとき、あらゆる差別はないと言っても過言ではありません。ギャングは存在しますが暴動はなし。四月初めには、官民が協力して「Hotels for Heroes」というプログラムを立ち上げました。医療従事者など最前線で働く人々が無料でホテルに宿泊できるサポートです。彼らのストレスや肉体的疲労、また家族に感染させる不安を解消する助け合いのアロハです。州からホテルへ一泊八五ドルの補助金が支給されます。
 さて、我が家は夫がエッセンシャルワーカー。毎日出社し帰宅。ただし、玄関から直行でシャワールームへ。衣類はカゴに入れ翌日まで触らない。私は週一回食料品の買い出しのみです。そして四月末にはアメリカ連邦政府から昨年度納税者へ給付金一二〇〇ドルの振込みがありました。納税者リストは国が持っていますから申請は不要。失業者には州から週六〇〇ドルの手当が今年一年支給されます。ハワイ州は、住民と州政府の努力と本気が実りコロナ収束。現在医療体制を強固に整えながらウイルスと共存、様々なビジネスを四段階に分けて慎重に緩和しているところです。
 南太平洋の自然と米国の基地が隣接しているこの土地では、日本に居た時よりも世界が近いのです。コロナ禍のみならず地球上の数多の病原体や人間の争いに近いのです。緩やかな四季がある人種のるつぼハワイも天災人災戦争で人口が激減した歴史があります。しかし、ハワイには愛を伝える、助け合う、心と心を繋げる「アロハの精神」があります。アニミズム的発想、価値観があります。人々は、自然を敬い人間との繋がりを大切にしポジティブで力強い思いに溢れています。この暮らしの中で私の俳句表現や価値観は更新されています。天恵は地球上のあらゆる悪より勝るのだと信じています。
  南風の円柱ねむらねばならぬ 薫

◎シドニー〈オーストラリア〉
俳句から取り残されて 野口思づゑ

 オーストラリアのモリソン首相は二月末、WHOに二週間先んじコロナはパンデミックであると宣言した。三月中旬には「コロナは一〇〇年に一度の出来事であり豪州は不安の中にある。オーストラリア人はコロナの免疫を持たないが、健康は守られる。準備態勢は整っている。生活水準は維持される。最低六カ月はウイルスに耐える生活が必要」などと国民に真剣に呼びかける。そしてこれらの言葉は生きていた。
 過去二回のコロナ経験で感染知識を持っていたアジアの国々と違い、オーストラリアは日本と同様、ほとんど影響を受けなかった。しかし、感染に対する対策は用意されていたという。日本の五分の一の人口でPCR検査は日本の三倍、感染者数は日本の約半分だが、犠牲者は百人強である。生活の規制措置では、例えば外出禁止では、例外として仕事、買い物、法律相談、DVからの避難、その他数項目が挙げられ、集会は結婚式は五名、葬儀は十名など、具体例や数字が明確に示され混乱がなかった。違反すれば罰金だが、制限執行と同時に、雇用水準を守るなどの経済救済措置も取られ、必要な人々には日本円にして五万円ずつ二回自動的に振り込みがあったという。休校になったが、医療関係者など事情のある子供のため学校は開けられており、オンライン授業での機器を持たない子供は提供を受けた。
 社会的距離一・五メートルを順守すれば散歩は自由だったので、家族連れなど皆よく歩いていた。私も公園や近所を毎日のように歩いたが、窓辺、庭先の木に、テディベアと呼ばれる熊の縫いぐるみを置いた家々があり、明るく行こうね、のメッセージのようであり温かい気持ちになった。仕事以外にもオンラインが多く活用され、ヨガ、体操教室、そして多くの教会が礼拝を中継していた。現役には不便があったに違いないが、周りの退職者達は慣れると制限生活もあまり苦にならなくなっていった。期間中あと四週間この状態が続くと見通しが示される。日本の連休が終わる頃、追跡アプリ導入と共に三段階の制限緩和が始まる。ステージ1では来訪者は五名まで。テイクアウト以外営業停止だった飲食店は十名までなど。次のステージではそれぞれ人数が増え、ジムなども再開され、ステージ3が終わる七月末までにはウイルスに安全なオーストラリアの実現をめざす。
 コロナウイルスで、世界の誰もが同じ重苦しさ、不安、困難を抱えているが、豪州には国民の生活負担を軽減し、支えるのも政治という理念を持つ余裕があった。人類が、世界史に大きく刻まれるこの経験から何か学ばないとコロナに負けたことになるし、何十万人もの犠牲者の供養にならない。そして、この状況に圧倒されたのか、私は俳句から取り残されてしまった。
  荒波去り疼く砂浜七月や 思づゑ

鈴木康之エッセイ集『故郷恋恋』 多才で多彩なストーリー 服部修一

『海原』No.19(2020/6/1発行)誌面より

◆鈴木康之エッセイ集『故郷恋恋』
多才で多彩なストーリー 服部修一

 鈴木康之さんは、いくつかの顔を持つ多才な人物だ、と思って来た。このたびの鈴木さんのエッセイ集『故郷恋恋』を読んでさらにその思いを新たにした。
 まず、鈴木さんは「ストーリーテラー」である。読み始めると短いフレーズの歯切れよい展開にぐいぐい引き込まれる。登場する本人もタフな行動派だ。ユーモア精神もある。それもそのはず、鈴木さんはみやざきエッセイストクラブのメンバーであり、毎年刊行されている作品集の常連だ。
 三〇編ものエッセイの中には人物が入れ替わり、場面がつぎつぎに展開し、時代が飛ぶものがある。ところがうまいぐあいにテーマから離脱することもなく、なんとなくはじめにもどってきて、現在唯今の自分の思いで締め括られるうまい構成となっている。
 二つ目の顔は何か。それは時事評論家、コラムニストの顔である。鈴木さんは、会社役員を途中で退任して帰郷、六年間にわたって、時々刻々変化する政治、経済社会の情勢をコラムに書いた。それを「日本インターネット新聞」に送り、二四八本が掲載された。そのうちの二二○編ほどをまとめた時事評論集『時事コラム・芋幹木刀』を出版している。これらのコラムは結構硬派の小気味良いものだった。今度のエッセイ集にはそういった鋭い視点、特異な切り口のものがあるのかないのか。たしかに地球環境と経済政策をテーマに論じたコラムニスト鈴木康之ならではの
エッセイもいくつかある。しかし全体的には、鈴木さんがこれまでに出会った人々との交流やエピソードをもとに、ソフトタッチで書かれた抒情味溢れる一冊である。
 三つ目の顔が、いわゆるかつての企業戦士、会社人間、日本の経済を転がしてきた人の顔だ。自分に厳しく真面目である。このエッセイ集でも仕事人間であったころの思い出が語られる。親会社から経営をまかされて大幅な赤字から立て直した会社を久しぶりに訪問して、今も会社をもり立ててくれているかつて中堅社員に熱きものを感じた話など、往時の仕事の思い出がつづられている。
 もう一つ忘れてはならない鈴木さんの顔がある。それは紛れもなく「俳人」の顔である。特に、「さいたま俳句紀行」や「マイウエイ―俳句の道のり―」などでは、亡くなった兄が現代俳句協会の幹事だったこともあって、もともと俳句に関心があったこと、当時の事務局長津根元潮さんとの縁で現代俳句協会に入会したことなど、壮年過ぎて見出した俳句への道が語られている。
 俳句編に登場する人物の筆頭はなんと言っても金子兜太だ。日頃から「私淑している」師金子兜太に関する記述が多いのが、このエッセイの最大の特徴といえるかもしれない。金子兜太と初めて出会った時のエピソードをはじめ、大会などで出会った師金子兜太と鈴木康之さんの、短いが味のあるやりとりの場面は圧巻である。

2020年の「海原全国大会」は中止します

《会員のみなさまへのお知らせ》
2020年の「海原全国大会」は中止します
 周知のとおり、新型コロナ・ウイルスの感染が広がっています。緊急事態宣言の終了後も、治療法や新たなワクチンが開発されるまでは、不安な状態が続くものと思われます。つきましては、本年の11月初旬に秩父での開催を予定しておりました、第2回「海原全国大会」は中止とさせていただきます。総会や海原三賞の贈賞式等への対応については、逐次誌面にてご報告させていただきます。みなさまのご理解とご協力をお願い申し上げます。
「海原」代表 安西篤

第2回「海原金子兜太賞」締切は7月20日!

第2回「海原金子兜太賞」締切は7月20日!
コロナ禍に負けない30句をお寄せください

 第2回「海原金子兜太賞」の作品を募集します。同人・会友の別なく、だれでも挑戦できる公募型の本賞は、新たな作家の発掘と俳句の可能性の探求をめざすとともに、「海原」の活性化を図るものです。本年は選考委員に武田伸一発行人が新たに加わり、募集締切日も昨年より1カ月延ばしました。コロナ禍にめげずに、従来の観念にとらわれない清新な作品をお寄せください。

1 名称:海原金子兜太賞(第2回)

2 応募資格:全同人と会友全員(会友とは「海原」の購読者です)

3 応募要領:
① 応募作品数:新作30句
② 新作とは他の媒体(俳誌や雑誌、インターネット、各種俳句大会やコンクール等)に発表されていない作品を指します。句会報への掲載なども注意してください。
③ 応募作品にはタイトルを付し、都道府県名および氏名を忘れずに記入してください。原則として「前書き」はなしとします。
④ 応募作品は書面による郵送、またはメールで送ってください(メールによる応募を歓迎します)。
※手書きの場合は、市販の原稿用紙を使用し、楷書で丁寧に書いてください。
※メールの場合は、ワードファイルやテキストファイルのほか、メール本文に貼り付けて送ってください。
⑤ 作品送付先:編集人堀之内長一宛て
 〒338―0012 さいたま市中央区大戸1―2―8
 電話&FAX:048―788―8380
 メールアドレス:horitaku★ka2.so-net.ne.jp(★→@)

4 募集締切:2020年7月20日必着(締切が昨年より1カ月延びました)

5 選考委員:
安西篤/武田伸一/田中亜美/堀之内長一/宮崎斗士/柳生正名/山中葛子
(新たに武田伸一を加え計7人・五十音順)

6 選考方法:
応募作品は無記名にて選考。各選考委員の推薦作品をもとに、討議のうえで受賞作品を決定します。選考座談会は7月末~8月初旬に開催予定です。選考座談会の模様は「海原」誌上に発表します。

7 受賞者発表:
受賞者は2020年10月号に速報として発表し、受賞作品と選考座談会は11月号に発表。

8 顕彰:
受賞者には、金子兜太先生ゆかりの品物等の贈呈のほか、「海原」誌上における連作の場の提供などで顕彰します。

【問い合わせ】海原編集部堀之内長一まで

第51回原爆忌東京俳句大会のご案内

◆第51回原爆忌東京俳句大会のご案内
今年は被爆75年。核兵器廃絶への希望と危険が揉み合う状況の中で、第51回大会を迎えます。この“希望”をふくらませるために、今年もたくさんのご応募と多くの方々の大会参加を切に願うものです。

とき:2020年8月16日(日) 午後1時開会(参加費1,000円)
ところ:北とぴあ(15階ペガサスホール)
(東京都北区王子1―11―1 ☎03―5390―1100)
内容:◇記念講演能島龍三さん(作家)「戦争のリアルを見つめて」
   ◇大会作品顕彰(東京都知事賞ほか)
   ◇当日句会
作品募集:未発表作品2句1組1,000円(何組でも可)
投句締切:6月10日(水)
投句先:〒114―0023 東京都北区滝野川3―48―1―603石川貞夫あて(☎・FAX03―3916―5919)
送金先:郵便振替口座番号:00130―4―359255 口座名:原爆忌東京俳句大会実行委員会
主催:第51回原爆忌東京俳句大会実行委員会

鈴木康之 エッセイ集『故郷恋恋』ふるさとれんれん

◆鈴木康之 エッセイ集
『故郷恋恋』ふるさとれんれん

ふるさとへ。宮崎へ。
しなやかな知の視点

「宮崎からの発信」にこだわってきた著者のエッセイ集。熊谷市で開催された海程全国大会参加記「さいたま俳句紀行」などを含む。

■発行=鉱脈社定価=1,500円(税別)

中村晋句集『むずかしい平凡』〈自由な清潔感 山中葛子〉

『海原』No.17(2020/4/1発行)誌面より

中村晋句集『むずかしい平凡』
自由な清潔感 山中葛子

 われわれは
 俳句という名の
 日本語の最短定型詩形を
 愛している。
  ―金子兜太『海程』創刊のことばより

 句集の扉にかかげられた兜太師のことばは、中村晋氏の“俳句を愛する”という一点を何らかの形で受け継ぎたいという私信による、未来指向をたっぷりと令和の只今に運んでいよう。
 あらためて、「現在ただいまの自由かつ個性的な表現を繰り返し、これによってこの美しい魔性を新鮮に獲得しようというわけなのだ」の“創刊のことば”が蘇える懐かしさは、

 フリージアけっこうむずかしい平凡

 句集名となった、可憐な花の香りを咲かせる「平凡」への決意表明でもあろうか。「けっこうむずかしい」という日常語が「美しい魔性」を獲得したような軽やかな表現への挑戦を果たしていよう。
 本句集は四章に編まれていて、先ずは近作による「むずかしい平凡」の章が、夜明けのような「ふくしま」の時空を座の文学として展望させていよう。

 植田百枚水をこぼさぬ水の星

 まんまんと水をたたえた田園地帯の情景は、まばゆいばかりの「水の星」を巻頭句にして明るい。

 祖父病んで父祖の田ただの夏草に
 雪つむ木々書体も文体も肉体
 雪に刺さって雪映すのみカーブミラー
 雪のち雪東北の田の深眠り

 ここには、受け継がれゆく祖先の気質や文化が、「雪」の大自然界と対峙する生きざまを映像化した、畳み込むような韻律がみちびきだされている。

 蟻と蟻ごっつんこする光かな

 「さあ、みんなあつまれ」と言っているような、光の中に溶け込んだ時間が、ドラマチックに進行している言語感覚のゆたかさ。「海程」から「海原」に受け継がれてきた俳諧自由をめざす知的な抒情が眩しいばかりである。
 さて、ことに注目する次の「春の牛」の章は、「平成二十三年以降東日本大震災に関わるもの」とされた「フクシマ」の表記による生死が問われる章である。

 春の牛空気を食べて被曝した

 あるとき自分の中からぽっと出てきた記念になる句だとされる、この句との出会いは、〈猪がきて空気を食べる春の峠〉の、兜太句がすぐに浮かんでくる。しかし、内容は全く別世界を想像する次の句との出会いである。

 末枯れや未来とは今のことでした

 「今」を「末枯れの未来」と表現した、強烈なパンチを食らっているストレートな感情は、テクニックを超えた本能の呟きの呼吸音となって伝達されてくる。

 じーっと見てこんな枝豆にもベクレル
 ひとりひとりフクシマを負い卒業す
 被曝とは光ること蟻出でにけり
 光ること除染後の田をひた打つこと

 「ベクレル」という見えないものが見えてくる被曝の地に暮らす緊張感。「ひとりひとり」の巣立ちと向きあっている一人の教師の万感が胸に迫ってくる。
 「光ること」とは祈りであろうか。そして祈りとはかがやくことであろうか。ふとたちこめてくる柔らかな空気は、「フクシマ」から「ふくしま」へのターニングポイントであろうか。〈東北に肉厚な闇盆踊り〉の句は、不思議なほどの闇の艶めきを、更に壮大なポエジーとして、次の句を登場させている。

 フクシマよ夭夭と桃棄てられる
 生きるため桃もくもくと棄てる仕事
 桃棄ててふくしまをなお愛すなり

 棄てられた桃さえも「夭夭」と若々しく和らいだ美しいさまを描くロマンは、『詩經國風』を思うことばの大空間を生みだしている。ことに『詩経』の中でも最もポピュラーな詩編「桃夭」を思う兜太句集『詩經國風』への思いが乗り移っているようだ。

 東北は青い胸板更衣

 一転して「ふくしま」に立ち戻る「青い胸板」「初期句編」の章は、

 大学出て唄へたな妻菠薐草ほうれんそう
 吾子胎るか雫を割って柿芽吹く
 授乳の妻へ夜明け白鳥鳴きわたる
 草田男忌朝からたっぷり湿る吾子よ
 いつも月あり夜学子と靴探すとき
 遅れきて喪服のままの夜学生
 夜学の参観あいつの父が仕事着で
 夜学子離郷す日本語拙き母喚き

 わが子の成長を見つめる家族の日常。そして、天職のような教師のやわらかな眼差しに包まれた、夜学子の生活感がいきいきとかがやいているのだ。
 中村氏の、“俳句を愛する”自由な清潔感がつらぬかれている原郷としての「ふくしま」。愛のテーマをかがやかす牧歌的抒情と言えようか。

榎本祐子句集『蝶の骨格』二十句抄(藤野武・抄出)

『海原』No.17(2020/4/1発行)誌面より
◆榎本祐子句集『蝶の骨格』二十句抄(藤野武・抄出)

雨粒を拾う眠りの染みており
髪梳けば背に谿裂ける晩秋
触診のとき藻刈舟すべり出づ
春の波踏んで哀しい尿意かな
萍を片寄せ流離はじまりぬ
冬の家皆正座して鯉食べる
蝶が湧く洞のあり誰にも言わぬ
還暦や土筆ぎくしゃく煮殺して
韮臭き体夜雨に入れにけり
蔓草の絡まる速度ひきこもり
胸の辺にありて揚羽の水飲み場
もの忘れ芒にこつん風にこつん
冬麗や完璧な横顔の過ぐ
逢いに行く落ちし椿を縫い合わせ
春立つ日遊んで胸のぬた場かな
四葩咲く生臭きもの日々食べて
いきものの素足や月に触れてゆく
花のとき母は叩いてブリキの太鼓
ゆったりと行間白鷲の狩り場
さわさわとこおろぎの寄る枕かな

榎本祐子句集『蝶の骨格』〈スリリングな詩的世界 藤野武〉

『海原』No.17(2020/4/1発行)誌面より

榎本祐子句集『蝶の骨格』
スリリングな詩的世界 藤野武


 榎本祐子の俳句は優れてである。金子兜太師も「感性の飛翔力を発揮しての、個性的な作品が心強い」と評価する(「海程」五三五号)。この「個性」とは何なのか。またこの個性が生み出す、榎本句の魅力とは如何なるものなのか。
 まず私は「感覚」に着目する。

 触診のとき藻刈舟すべり出づ
 いきものの素足や月に触れてゆく


 なんと繊細で独特で魅力的な感覚。さらに榎本のこの感覚は、強力なバネ(感性の飛翔力)を具えていて、この飛翔力で一挙に「詩」を掴み取るのだ。

 雨粒を拾う眠りの染みており
 舌出して最上階の春夕焼


 これらの句の飛躍や展開は、私達の常識的予測を超え、日常の鋭利で新鮮な「切口」をあらわにする。これが第一の魅力。さらに私は「美意識」に瞠目する。

 髪梳けば背に谿裂ける晩秋
 風花のどこか骨片人恋えり


 ここには既成の「美意識」の明確な排除が見て取れる。古臭きもの、つきなみなるものを遠ざける。あくまで自身の感覚を信じ、自身の感性に依って「詩」を掴む。「谿裂ける」も「骨片」も榎本以外の何ものでもない。屹立する美意識。
 さらに一人立つこの美意識は、感覚の直接表現・ ・ ・ ・ ・ ・ ・とでも呼ぶべき句をも生む。

 花野風一筋乳の流れよな
 麦秋の真ん中ひゅっと攫われる


 感受したものを言葉にするときに私達は、概ね何らかの知的計らいをし、句を膨らませる。しかし榎本はそれらを極力排し、感受した衝撃を直に俳句に定着・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・させようとする。ここが極めて新しいのだ。
 ところで、これらのことを別な角度から見れば、榎本作品の底を流れる時間というものの特徴(魅力)に行き当たる。

 蝶横切りわたし横向く無音かな
 己が影うっとりとゆく大揚羽


 重層する硬直した、ときに黴臭い縦割の時間よりも、というフラットな一瞬に重心を置く。「の時間」。
 だから只今の「私」の、心の襞深く分けいり、心理的な世界を繊細に紡ぎ出し、

 水草の絡まる髪のあしたかな
 春立つ日遊んで胸のぬた場かな


 ときに、現代の空気感をポップ?に軽々摘まみだし、今の気分を独創する。

 鵲やエキセントリックな父の寝室
 発熱のぱんと弾ける冬の鳥


 榎本祐子の個性は自身の言葉と感性で、独特な俳句世界を現出させる。それはまた俳句の可能性を広げる「しん」なる営為でもあった。私たちをざわざわさせる極めてスリリングで魅力的な句集である。

第29回ヒロシマ平和祈念俳句大会のご案内

第29回ヒロシマ平和祈念俳句大会のご案内

本年も平和を祈念する作品を広く募集いたします。投句者全員による互選および特別選者による特選の発表のほか、出席者による当日俳句会もあります。多数の応募と大会への出席をお待ちしております。

とき:2020年7月18日(土) 午前10時~
ところ:広島市中区民文化センター(広島市中区加古町4―17 ☎082―244―8000)
作品募集:未発表作品2句1組1,000円(何組でも可)
投句締切:5月10日(日)
投句先:〒730―0002 広島市中区白島中町12―15 川崎千鶴子あて(☎082―222―1323)
特別選者:中村和弘・宮坂静生・宇多喜代子・安西篤・池田澄子・寺井谷子・夏井いつき ほか、多数を予定
顕彰:大会賞(現代俳句協会長賞)・広島県知事賞ほか
主催:広島県現代俳句協会
後援:現代俳句協会・広島県・広島市・中国新聞など

第1回海原全国大会レポート(その3)

『海原』No.16(2020/3/1発行)誌面より
◆第1回海原全国大会レポート(その3)

《第三日●第三次句会》
兜太師の気配を感じながら 山下一夫


 前夕には、宿のそばから瀬戸内海に沈む美しい夕陽を拝めたが、当日の朝は曇りで海は鈍色であった。テレビはどのチャンネルも台風19号による方々の惨状の報道。朝食会場では心配のコメントが交錯していた。
 句会会場は、西方に海を一望する大会議室。日程の最後であり、大きなロの字に組んだテーブルに並ぶ44名の一座には、軽い疲労の雰囲気も漂っていた。
 総合司会・進行は中野佑海、披講は室田洋子・鳥山由貴子。一人2投句5句選。全投句は、A3用紙二段組に整った手書き文字で空欄なく清記され、スタッフの心遣いが偲ばれた。奇しくも霊場八十八か所に因んだかのように88句が並んだ。
 88句巡りの司会は、佐孝石画。開口一番、選句点数がこんなにばらけた句会は珍しい、一同の多様性の現れであり、それは「海程」から「海原」になってもしっかり引き継がれているものと。ただし、最高点句は、抜きん出た10点であった。
 秋夕焼島はゆっくり鍵を掛け 奥山和子
 鍵が掛かるのは島の生活でもあり、自分自身でもありいろいろな思いが湧いてくる。開閉に自然のリズムもあり重層的。一体感の中にある安心感。ゆっくり夜になる気分がOK。吟行句の良さがある。
 わかりやすくはない句だが鑑賞者の妄想がすごい、そこいらにはないすごい句会であると司会。その後も盛り上げるコメントを交えながら歯切れよく進行する。
 白秋やもろみ大桶おおこが百ならぶ 西美惠子
 吟行で醤油工場を見学して「大桶」という言葉を初めて知ったが、それを使って情景を活写。前句と対照的にこれぞ俳句という句。季語「白秋」が秀逸。「白」の色、冷たい触感が醤油の「黒」と肌合いと対照する。また、「百」とのビジュアルの対照も指摘され、感心が広がった。
 秋深し木の定規なら計れます 綾田節子
 木の定規が温かい。吟行で訪れた分教場で目にしたが、時代、ノスタルジーを感じる。季語と透けず使いにくい木の定規に人の心の深さを連想。「深さ」と「計る」の連関。木の定規に勅諭として力があると、深まる。
 四方指とおくに我が滑空の鳥影 佐孝石画
 四方指の高さを良く捉えている。自分の影が鳥となっている雄大な景。気持ち良さを言い得ている。「我が」については、ナルチスチック、無い方が良いと、そこがポイントで無いとつまらない作品と意見が分かれた。司会ご本人の句であった。どおりでコメントなく整理に徹しておられたわけである。
 ゆく秋の島影それぞれの心音 望月士郎
 「心音」の含意について、生活のリズム、吟行のバスに同乗していた皆の心音、島の明け暮れのリズム、島が擬人化されていて島それぞれの心音と解釈が広がったが、「それぞれ」に少し違和感を感じるとの評もあり。
 秋の水脈いい大会でした先生 伊藤巌
 ベタだがジーンときた。先生の句にある「水脈」を取り込んで素直に想いを表現。「小豆島水脈大会」との混ぜ返しが入ったが、「会員の一人一人が水脈、何よりの挨拶句をありがとう」との鑑賞が応じて拍手が湧く。武田伸一が「実感が良く出ている。我々の航跡と行きかう船のイメージ。取らなかった人もそうは思っている。一字空けて先生に万感。」とまとめられた。
 この辺りで一座は一体に。刹那、兜太師の気配を感じ、ばらけた選句傾向は一座のそれぞれが触手を出して繋がり合い立体をなしているものとのイメージが浮かぶ。それは幻想かも知れなかったが、気付くと空は晴れ海は青んでいたのは、本当である。
 ふくふくと息するもろみ秋深し 石川まゆみ
 「ふくふく」という擬態語が良い。「秋深し」については、もっと良い季語があるかも、「フ」の音の重なりにじわっとくると分かれた。
 島にオリーブ廃校にわらべ歌 川崎千鶴子
 訪れた分教場で皆で歌を歌ったが、四つの要素をうまく配合した。単純さと力強さ、挨拶句として優れていると好評が並んだが、AにB、CにDの構成への問題意識も呈された。
 以上、5点句までだが、当日の選句者等による鑑賞は、4点句まで及んだ。
 句会は、武田氏から零点句・1点句へ真心がこもった鑑賞で締め。僅かであっても、一座でその場に呈された句を味わい学ぼうとする丁寧さも本会の良き伝統と感じ入った。
 続いて、本大会代表者の野﨑憲子からの挨拶にて記念すべき第一回大会が閉会した。

《第1回「海原全国大会」を終えて》
小豆島の満月に見守られて 野﨑憲子


 それは、一年半ほど前の一本の電話から始まりました。電話口から宮崎斗士さんの声がして「野﨑さんですか?第一回の全国大会を香川で開催して欲しいという意見があります。お願いできませんか?」。私は、驚きと共に一瞬沈黙してしまいました。このリクエストを、金子兜太先生のご存命中にいただいたらどんなに嬉しかったかという思いが駆け巡る中、これは先生のご遺志であるという思いが大きく膨らんでまいりました。ただ、少人数である「海程香川」のメンバーだけではとうていスムーズな大会運営は望めないという危惧もあり「本部で、お手伝い願えるなら前向きに検討させていただきます」と返事をしました。
 幸い、第1回の「海原全国大会」開催という栄誉に「海程香川」の仲間達からも、賛同を得る事が出来、大会開催を決めました。そして引き受けた限りは、ご参加の方々に存分に楽しんでいただこうと、有志吟行は、大海原を渡り、小豆島へ行くことで意見が一致しました。
 まず、昨年8月、施設選びからのスタートです。最初から、中野佑海が積極的に協力してくださり、有難かったです。ただ本年の10月は、瀬戸内国際芸術祭秋会期の真っただ中なので、第一候補の高松駅前のホテルは、土・日が空いているのは月の後半のみ、しかも行楽期なので、一年で一番高い価格設定の時期ということでした。
 叶うなら総会も宿泊も全て同一ホテルで開きたかったのですが、従来の予算内で賄うことは不可能なので断念しました。そして、大会は、10月12日からと決め、総会の会場はサンポートホール高松、宿は「花樹海」と決定しました。
 ちょうど折良く、中野佑海から置県百年特別企画で、香川県芸術文化振興財団から援助金を交付する文化事業の募集をしているとの情報が届き直ちに応募しました。選考のヒアリングの席上、金子兜太先生の「海程」の後継誌「海原」の第1回全国大会の開催の経緯を説明しますと、審査の方々も好印象を持ってくださり、公開講演会を開くという条件付きで会場費の援助を受けられることになりました。毎月の句会場でもあるサンポートホール高松での大会開催に向け陽光が一気に差し込んだ思いでした。
 大活躍の中野へ、大会当日の総合司会をお願いすると即座に快諾し立派にやり遂げて下さいました。会場の横幕は、書家の漆原義典。有志吟行は、小豆島の地理に詳しい藤川宏樹が、とっておきの小豆島を提案して下さいました。島田章平は、大会の裏方の詳細な進行表を作る提案を出して下さり、お陰様でスムーズな大会運営ができました。河田清峰と鈴木幸江は、会場に入らず、書籍販売ブースのある受付で総会終了まで待機して下さいました。そして大会の要である句会の統括は、増田天志が積極的に務めてくださり、効率的に素晴らしい句会を開くことが出来ました。
 マイク係も、感謝です。佐藤仁美、三枝みずほ、小西瞬夏、大西政司、樽谷寬子、田中怜子、谷口道子、榎本祐子にも多大なご助力をいただきました。感謝です!
 台風発生を大会前に知った瞬間はショックでしたが、否、これはチャンスだ!台風が特別ゲストの全国大会なんて願ってもないことだと思い直しました。すると、来賓の金子眞土ご夫妻の前泊のご連絡を皮切りに、高松での前泊の方が増え、時局がみるみる好転してまいりました。ご夫妻にお目にかかると、先生をより身近に感じます。大会を盛会へと導いてくださり、ほんとうに嬉しかったです。ただ、諸事情で予定変更ならず参加できなかった方々には申し訳ない思いでいっぱいでした。公開講演会の開催日を動かせず、宿の確保の難しさから、中止や順延という選択肢がなかったのです。お許しください。
 講演会も台風接近のため、一般の来場者は少なかったのですが、安西篤代表と堀之内長一編集長の対談形式の「金子兜太という存在――句集『百年』の魅力を探る」、田中亜美さんの「若い世代に広がる俳句」どちらも聞きごたえ十分の見事な講演会でした。
 今回の全国大会で、私もいろんな勉強をさせていただきました。ご参加くださった全ての方々に心からお礼を申し上げます。大会最終日の小豆島の夜の満月が何故か兜太先生の大笑いしたお顔に見えて仕方なかったです。

熱く、そして温かく 中野佑海

 平成30年の2月、第1回海原全国大会を香川でと聞き、驚きつつも、今が一番若いからという理由のみでお受けする。
 7月、会場は香川句会の開かれるサンポートホール高松の小ホールの空いている10月12日~13日に決定。宿泊は句友一押しの「ホテル花樹海」に100人超えたら受けませんと言われつつ、無理押し頼む。
 吟行会は台風が来たら渡れないけど、夕日の絶景の小豆島の国民宿舎に決定。この時点ですでに空頼みの状態に。兜太先生のてるてる坊主を作って、お願いすることにする。小豆島へは2回も視察に行って、一番絶景の四方指展望台へ、雨が降れば、大阪城残石記念公園に決める。
 10月4日、最終打合せで、名簿、名札、部屋割り、プラカード、役割分担を決定する。さて、イザというこの期に及んで何と台風19号が如何に大型化という前触れを持って大会の当日、四国に上陸しそうな予報となった。とりあえず兜太師てるてる坊主「照男」君に命運を掛ける。
 10月9日、本部から第1回目の大会はどうしても開きたい旨連絡があった。金子眞土ご夫妻始め、できる限り前泊をお願いする。
 10月12日当日朝。風少し強いが、注意予報位。しかし、現場はてんやわんや。資料を何度も入れ直し。来られない方の数をずっと読み直し決定し、花樹海に昼までに電話して、それにお応え頂き有り難し。
 12時。いよいよ、第1回「海原全国大会」総会開催。幸いにも金子眞土様ご夫妻をお迎えし、故人になられた方の御冥福をお祈りし総会が始まった。
 武田氏より「海原」の会計報告、三賞の発表、表彰と順調に進んだ。眞土氏の兜太師の検証に尽くされている姿勢に心打たれた。
 公開講演会には、台風のため、高校生には入場頂けなかったが、一般の30名位の方が、参加された。安西篤、田中亜美の講演は俳句を広めるための熱心な働き掛けを感じた内容だった。
 第一次句会では、特別選者の方の講評に会場との掛け合いで、今台風が来ていることも忘れて、熱く話が盛り上がった。来てくださった方から、皆様しっかりした意見を述べられていて、時間を忘れた、とお聞きした。
 16時半。熱く、暖かな第一日目は終了。楽屋口から皆バスでホテル花樹海へと出発。
 18時半。眞土氏の「金子兜太」を一度離れたところから見てという言葉に納得。料理も美味しく、皆様の温かい言葉に癒されつつ明日の人数計算に勤しむ。風呂場には暴風が!
 13日9時。一般の方と、台風で欠席された方で座が少し寂しい。が、天気も良くなり元気に二日目に突入。松本勇二の司会。特別選者の方と、会場の応酬で、増田天志がマイクを持ち階段の会場を走る。喋る。皆俳句に熱い。
 11時半。名残惜しくも全大会終了。皆様、吟行に行く準備。荷物を持って、バスに飛び乗り、隣のフェリー乗り場からいざ小豆島へ。藤川さんの名リードで積み残し無く皆船中に。この日は絶好の行楽日和。二蝶のお弁当に、船からの瀬戸の景色と会話も絶好調。
 13時半。草壁港着。岬の分教場で一同「七つの子」を歌う。校庭のオリーブの実を拾って食べるも苦し。
 14時半。丸金醤油の木下様のご配慮にて工場内の大木桶を見学。お土産に生醤油頂く。
 15時半。風の冷たい四方指展望台。本物の絶景を堪能。皆で鳥になる。
 17時。ふるさと荘に到着。30分後の夕日の落ちて行く様。もう30分後の満月の浮かぶ様。天体ショーに「うおー」とただ叫ぶ。
 18時。最後の晩餐会。新同人を武田氏よりご紹介頂く。演台の代わりに椅子に立って揺れながら自己紹介&抱負を。酒に酔った勢いで叫ぶ。今日は感動し過ぎかな。
 19時半。小句会が始まる前に関東より金子斐子が駆け付ける。よくぞ此処まで。感謝。小句会は出句3句。2日間の総括は如何に。名残惜しさが更けていく。
 最終日9時。佐孝石画のよく通る声で司会の第三次句会始まる。皆ちらほらと、連日の疲れと、終了の安堵の心地良さに景色の麗らかさに身を任せたくなる。皆で言い合える句会は楽し。
 この後は、各自の予定に合わせて、福田港に急ぐ組。急がない方は土庄港の近くにある尾崎放哉記念館「南郷庵」と千年オリーブの樹を見学。土庄港では総勢10名余り、フェリーを「待ってー」と、5分も止めて、無事高松に帰り着いた。あーお疲れ様でした。でも、本当に楽しかった。皆、今浦島太郎となり、帰ってからの止め処無き日常。
 被災されました方のご心労は如何ばかりかと察してまだ余りあるものと存じます。  (文中、会員の敬称略)

《全国大会事前投句/特別選者特選一句抄》

【安西篤選】
おなごせんせー谺して海天の川 伊藤巌
【大西健司選】
雨気孕む肉よ野越えの人形座 野田信章
【川崎益太郎選】
海原に光トラック島に虹 島田章平
【こしのゆみこ選】
雨気孕む肉よ野越えの人形座 野田信章
【佐孝石画選】
まくなぎや明るい出口までふたり 小松敦
【十河宣洋選】
指紋という小さな銀河針しごと 望月士郎
【高木一惠選】
指紋という小さな銀河針しごと 望月士郎
【武田伸一選】
空蝉の中に風吹く無言館 若森京子
【田中亜美選】
空海兜太猿酒酌むや讃岐富士 すずき穂波
【遠山郁好選】
巻き癖の海図の上へ青檸檬 鳥山由貴子
【並木邑人選】
夜の端ときどき纏う蛇の衣 榎本祐子
【野田信章選】
わだつみや添寝に白波立ち八月 若森京子
【藤野武選】
夜を待つ雲ひとつ居て夏の窓 佐孝石画
【堀之内長一選】
晩夏光鳥籠のようとらわれて 川田由美子
【前田典子選】
野分たつ嘘ひとつぶんの距離にいて 松井麻容子
【松本勇二選】
まくなぎや明るい出口までふたり 小松敦
【柳生正名選】
巻き癖の海図の上へ青檸檬 鳥山由貴子
【若森京子選】
空海兜太猿酒酌むや讃岐富士 すずき穂波

《大会作品》(前掲作者を除く一句抄)

居心地の良さそう涅槃図余白かな 永田タヱ子
天の川村深々とデブリ溜る 白石修章
薄倖の女児消ゆる日の手鞠花 石川まゆみ
病窓や深夜マンタに会うことも 遠山郁好
根ではない脚だ青嶺に押し出して 高木一惠
祗園祭万有引力曳いている 武田伸一
ででむしの肉色あはし遠発破 小西瞬夏
花菖蒲きつと御前は鯉になる 樽谷寬子
これよりの終活の日々合歓の花 寺町志津子
日傘さす猫の目ほどの安心感 大野美代子
ベンチャーズ的な終始を百日紅 松本勇二
点眼す朝蟬灘を鳴きわたる 河田清峰
ネズミの喉しっかと黒猫夏野ゆく 竹本仰
軽トラに泥つきごぼうのごと眠る 藤田敦子
舟虫の群れて軍靴の迫り来る 山内祟弘
さやかなる四国海原音律無限 石橋いろり
赤紙来る頃芋の蔓引く頃 川崎千鶴子
ラムネ玉音まで吸うて球児ちる 西美惠子
桑の実をふふめば雲伏し雲ゆきぬ 水野真由美
天地や同行二人あかとんぼ 河西志帆
姉八十路暗譜で弾いたよゆかた会 杉野敬子
晩夏光父性はぐんぐん透明に 堀之内長一
食えない詩のために死ぬなよ赤楝蛇 並木邑人
きつつきの穴のまんまる憂国忌 北上正枝
ヒバクシャを残土とさせぬ原爆忌 川崎益太郎
赤蜻蛉また先生を泣かせたか 藤川宏樹
梅咲いていないないばあす兜太かな 鈴木幸江
老人ホームに虫ピンで止められし晩夏 藤野武
蝉時雨水の底からさんざめく 佐藤仁美
草いきれ生きる方便という家族 増田暁子
半夏生斜め下から母に似る 奥山和子
月の夜すい臓に効く君の声 山下一夫
生きる日の道草もあり穴惑い 藤田乙女
楊枝ほどの小鳥の足も敗戦日 芹沢愛子
火蛾浮かべ火蛾のかたちに水凹む 柳生正名
柚子は黄に相槌だけの母でいい 宮崎斗士
黒羽トンボが新宿駅で舞い給う 田中怜子
放哉や梨剥くナイフ濡れてをり 田中亜美
向日葵や子に捨てられそうな真昼 室田洋子
剥落の父の踏ん張り雲の峰 桂凜火
星雲の化石を背負ふ蝸牛 増田天志
記名なき箱の臍の緒つくつくし 中村道子
怒涛打つ岬に影や老遍路 赤崎ゆういち
走馬灯廃棄の中に昭和見る 漆原義典
骨を抜くシェフは長身女郎花 峰尾大介
画策の要らぬ雄日芝どこでもドア 中野佑海
眠れない死の数多あり八月尽 安西篤
少しづつ身軽になる年茗荷の子 疋田恵美子
原発止む夏雲狭間の風車群 滝澤泰斗
ハンガーに掛けた俺俺を確かむ 十河宣洋
芸術祭平面立体片えくぼ 太田順子
句集の余白国旗に余白いのこずち 河西志帆
海峡の月をくらげが食べている 大西健司
ちと誘う句会や蕪村の追而書 新田幸子
ジャージーの四肢抱く発電の體 久保智恵
夾竹桃の白さ疼きのヒロシマ 谷口道子
白障子あたりいちめん明るいフェイク ナカムラ薫
言つとくけどね僕いじめたら颱風くるよ 野﨑憲子
梅雨明や湿った風に火の匂い 江良修
森のパン屋御盆は休み旅に出る 谷川瞳
皿運ぶせっせがちゃがちゃ良夜の子 三枝みずほ
まだ亡妻に掌など合わせず秋彼岸 綾田節子
梟が鳴くわたくしの痛点あたり 金子斐子
礫刑の熊蟬単騎地上にあり 大西政司
雲の峰大山巓が啣えこむ 佐藤稚鬼
赤のまま喃語あたかも黄金比 藤原美恵子
骨太の兜太のサイン夏である 菅原春み
遺されて菫濃き野に吹かれいる 前田典子
空蝉のなおも何かを脱ごうとす こしのゆみこ
父のこゑ海から来たる秋うらら 亀山祐美子

第1回海原全国大会レポート(その2)

『海原』No.16(2020/3/1発行)誌面より
◆第1回海原全国大会レポート(その2)

《第二日の午前●第二次句会》
臨場感あふれ問題句も 竹本仰


 第二次句会は、司会を松本勇二が担当。16名の特別選者の感想に会場参加者の意見を交え、進行した。
 野分かな四捨五入して讃岐路へ 大西健司
 この全国大会に超大型台風来襲。今から出るか、残るか、心配事を切り捨ててここへ来た。それを四捨五入とした。今回の事情が凝縮された挨拶句。
 傷口のぴったり閉じた烏瓜 小松敦
 「傷口のぴったり閉じた」の措辞が「烏瓜」にかかってぴったり感があり、心の中の傷が治まったというイメージも出来ている。
 置いてきた時間の向こうの月夜茸 榎本祐子
 ある状況を置いてこちらに来た、そういう意味で「時間の向こう」に深みが出ている。これも台風がらみの句か。こっちの時間があり、向こうの時間があり、そちらに夜中光る茸がある。この状況だからそう読めるが、そんな背景がなくともちゃんと読める句。
 神無月さわれぬ石の艶々と 峰尾大介
 初日午前中訪れたイサムノグチ庭園美術館では作品に絶対に触るなとされていたが、ごつごつ、ツルツルの石に触りたいという気になる、その石への尊敬と誘惑が「艶々と」に出ている。それでも触りたいという禁忌の思いが「神無月」に生きている。
 秋思とは石の穴から見える赤 綾田節子
 その赤が何か、具体感がないが、その赤に秋思の感情が見える。イサムノグチのこの石の穴はいつからのものか、太古の時間が感じられる。赤は何の赤か、色んなものが想像させられる。
 ちひさき島のちひさき神よ水の秋 水野真由美
 言葉の流れがすーっと水の秋に吸い込まれる感じ。瀬戸の小さい島、どこの村にも小さい神、そこに生活のことばがある。
 秋天や骨肉のごと雲ちぎれ 藤田敦子
 「骨肉」の語がきついが、ちりぢりになってしまっても、しがらみがあり身内の感じは切れない、それが「秋天」によってあっけらかんと感じられた。
 生兜太こころにいます瀬戸晩秋 室田洋子
 (前日の金子眞土氏の挨拶にあった)「生兜太」がすぐ出せる、その瞬発力。「こころにいます」に兜太の存在感が出ている。
 宇宙への石の直立熟し柿 白石修章
 鉱物のハードで大きいもの、植物の丸くて腐っていく赤、上昇と下降、俳句での取り合わせの好例。そして、イサムノグチと言わずにイサムノグチ感が出ている。
 秋風や地球の骨を削ぐイサム 十河宣洋
 「地球の骨を削ぐ」というところ、石でもあり生きものでも死体でも宇宙でも地球でもある、その感じがわかる。「秋風や」の、この句を包むような感じがよい。
 雲急ぐ融け合うようにバスに揺れ 佐孝石画
 「融け合うように」、運命共同体の感じがある。ぎゅうぎゅう詰めのバスに圧しつけられた体の融合。「雲急ぐ」を臨場感に合っているものとして季感語として見ると、周辺状況から秋の雲らしさが出ている。金子先生は、問題句とは問題を提起していく重要なものだとされた。その意味で問題句と言える。四つの動詞、二つの比喩も入れ、体感を強調している韻律ある好句。
 母というひとくくり平和憲法みたいに 三枝みずほ
 「母というひとくくり」、そのひとくくりな見方に対し、批判的に書いたもの。憲法みたいに決めつける、母=無償の愛、という考えにがんじがらめの世の中だから。母というもの、憲法の議論、これは見据えていくべきもの、安易に見てはいけない。金子先生が言う問題句ではないか。ひとくくりという切れ、平和憲法みたいに、の止め。これは俳句のしがらみからは出て来ない表現。
 秋の蟷螂寝違えのやう轢かれ 川崎千鶴子
 蟷螂の死に際は悲惨だが、どこかへ行ったその姿のあっけない感じがいい。
 電話ふいに野分掠めゆく海原 藤原美恵子
 今回が海原の第1回全国大会、電話ふいに、で不安の心境をストレートに出している。
 ふかし藷つくり笑いを真似てみる 大野美代子
 周囲への違和感を感じ、つくり笑いを真似てみるが、ふかし藷はそれでも和んでいる。この屈折感がいい。
 蜂の巣を焼いて讃岐に発ちました 若森京子
 讃岐は巡礼の地。蜂の巣を焼くという大変厄介な日常を克服して、巡礼の地へ飛び立った。空海の育った地へ。
 小生は海程に入り7年になるが、全国大会には今回が初参加となった。選者に対する田中亜美や増田天志等の熱い意見が印象的だった。兜太先生への思いが会場の熱気につながって感じられ、この同志の集いを今、先生はどう見ておられることだろうかと思った。三枝みずほの問題句の後、「チコちゃんに、『きみたち、ボーっと俳句作ってんじゃねえよ‼』と叱られたような気がした」と松本勇二がまとめたのが、今も耳に残っている。

《第二日の午後●小豆島吟行〈その1〉》
まずは岬の分教場へ 伊藤巌


 海原第1回全国大会の総会が終わった。いい大会だった。ゆっくりと走るフェリーの上で、秋の陽に光る水脈を見ながらしみじみとそう思った。先生の句がうかぶ……。
 行く先は小豆島、有志吟行の始まりである。船旅はほぼ1時間、台風の余波か、風が強い。
 「小豆島は馬の形、そう覚えるとわかりやすいです。後ろ脚の部分へまず行きます」そんな説明を受けながら40数名を乗せバスは出発。曲がりくねった海沿いの細い道を岬の分教場へ。「二十四の瞳」の舞台である。
 木造の校舎・教室。床、ちいさな机、椅子、そして机の傷……すべてが往時のままを息づいている。突如「七つの子」の唄声が起こる。オルガンを弾く袴姿のおんな先生が見えるようだ。教室の後ろのガラスのケースに、教育勅語が飾ってあった。難しい漢字は今でも読めない。だが「ワガコウソコウソー」とすらすらとでてくる。
 昭和、平成、そして令和、ほんとうに早い。懐かしい、郷愁、わーかわいい、世代により、分教場もいろいろな受け取り方・感じ方がある。私はやはり痛みかな、おもちゃのような小さな椅子を見ながらそう思った。
 島にオリーブ廃校にわらべ歌 川崎千鶴子
 秋深し木の定規なら計れます 綾田節子
 黒板塀と白壁の端正な街並みが続き、町に醪の強い香が溢れている。小豆島を支えているのはオリーブと並んで醤油でもある。100年以上も天然醸造を守り続けている丸金醤油の駐車場には観光バスが何台も止まっていた。
 まず小麦を煎ることから、そして大豆を蒸す。焙煎・甑・唐箕・麹……安西代表の友人であるご夫妻が丁寧に天然醸造の工程、用具等の説明をしてくださる。
 大きな金庫に迎えられ、まず資料館に入る。樽、棒締機……その大きさに驚かされる。「娘のおしおき」そんな名前の大樽、どんな娘でもここに入れられたら観念するだろう。
 少し離れた建物が登録有形文化財・天然醸造ギャラリー、ぶつぶつと発酵している醤。直径2メートルを超す大桶おおこがが列をなし100メートル以上も並んでいる。先が見えない。1年以上もかかるという天然醸造。自然が醸し出す日本の味、そんなことを思いもした。
 ふくふくと息するもろみ秋深し 石川まゆみ
 白秋やもろみ大桶おおこが百並ぶ 西美惠子

 小豆島は思ったより遥かに大きい。複雑な海岸線を集落を結ぶ路線バスが走っている。そして盛り上がるように険しい山。「観光スポット、寒霞渓はまだ紅葉が早いので、ぜひ皆さんに見ていただきたい素晴らしい場所に、最後にご案内します」と案内役の中野佑海。この日のために何回も実踏をされ、観光課の人にも褒められたとの今回のコース。バスは海岸線を離れ山道に入る。「こんな島にもダムがあるんですよ」そんな説明に、皆興味深く窓の外を見る。
 急な坂道を一気にバスは登っていく。まさに九十九折、よくもまあと思うくらい曲がりくねった山道、両側には照葉樹と針葉樹の混じった原生林が迫り、さすが温暖な瀬戸内の島だなあと感じる。
 四方指しほうざし展望台は素晴らしかった、そぎ落とされたような険しい崖が、海岸線から一気に700メートル余もせりあがりその頂に正方形の展望台が備えてある。四方指、ぴったりの名前だ。いち早く上った女性達がもろ手を上げ歓声を上げている。頭上には茫漠とした秋の空の広がりがあるばかり。東西南北、素晴らしい眺望、穏やかな瀬戸内の海と島、遠くには霞む陸地、まさに四方指、3000メートルを超す高山にも劣らぬ風格を持った展望台であった。
 両手拡げ空掴む女四方指 谷口道子
 四方指の秋空飛べるまで待つ 松井麻容子

 宿舎「ふるさと荘」は小高い丘の上にあった。入り口の前の広場から瀬戸内の海と島々の広がりが見える。吟行も終わりみなホッとするひととき。大会2日目も終わる。
 彼方にゆっくりと太陽が沈んでゆく。声もなく。そんな時間が過ぎていく……。いい一日だった。
 秋夕焼島はゆっくり鍵をかけ 奥山和子

《第二日の午後●小豆島吟行〈その2〉》
醤油の香りと展望台と 石川まゆみ


 第二次句会後、小豆島吟行組はバスへ。12時15分、高松港でフェリーに乗る。お弁当とお茶を受け取り、ゆったりとした船室で頂いた。食後、デッキに。台風一過の瀬戸内海。風が凄い。髪も乱れて為すがまま。客席に戻ると、コーヒー片手に句作する人。そうだ!夕方の5時までに4句は必要なのだ。
 1時間で小豆島の草壁港に到着し、再びバスに乗り込む。車窓に瀬戸内芸術祭の作品を眺めながら、『二十四の瞳』の映画ロケ地、岬の分教場へと向かう。道中、中野佑海と藤川宏樹の名ガイドにより、風景と共に情報を得ながらバスに揺られる。この道は小豆島マラソン(春)のルート、右手の湾はとても深く、台風時は多くの船が停泊しに来る、など。「湾曲マラソンですね」などと言いながら湾を走る。1時40分に分教場に到着。中野ガイドに従い、校舎へ。窓の傍にはオリーヴの樹。緑と黒の実をつけている。入場券を買って苗羽のうま小学校の教室内見学へ。低、中、高学年の教室に分かれているが、椅子の大きさは同じ。机も椅子も私には小さすぎる。『二十四の瞳』の曲が放送され、一緒に歌って面白がった。当時この教室で学んだ児童らの絵画作品が展示してある。禿げた緑色の黒板が懐かしい。分教場は昭和46年4月24日に廃校式が行われ、94年間の歴史に幕を下した。郷愁を胸に、小学校を後にする。バスの冷房が有り難い。
 10分ほどでマルキン記念館に到着。下車した途端、醤油のいい香りがした。安西代表のご友人という社長さんが案内してくださる。寛政10年の大福帳なども展示されており、醤油づくりの工程をパネルで観ながら館内見学。こうじづくりは温度と湿度がいのち。こうじと食塩を入れ「もろみ」をつくる。「大桶おおこが」は背丈以上の深さで、大桶を混ぜる櫂は長くて重い。もろみは1年かけて熟成する等、俄か知識。ふんだんに醤油の香りを嗅ぎ、バスの時間まであと10分となった。その時、「歩いて5分で現役のもろみを入れた建物がある」と誰かが叫んだので、皆必死で辿り着く。広大な建物内は薄暗い。窓から覗き込み目を凝らすと、もろみの大桶がずらっと100もあるだろうか。目の前のもろみへ、むにっと手を突っ込みたい衝動。また必死で歩いて2分前に戻り、大急ぎで「醤油ソフトクリーム」を買ってバスに乗り込む。セーフ!
 15時、大観峰へ向けて出発。車窓に建設中の内海うちのみダムを見る。小豆島は高低差がある為、水が溜まりにくいそうだ。ダムは既に水を貯えていた。小豆島といえば寒霞渓かんかけい展望台だが、紅葉には早いので、「四方指しほうざし園地」の方へ。くねくねの道を大型バスは巧みに登る。拍手! 眼下に瀬戸内海が見える。歓声!
 四方指園地は、高度777m、テーブルのような展望台に20人は乗れそう。順番に立っては、四方の展望に感嘆する。句を作る人、万歳する人、それをスケッチする人など、限られた時間を存分に楽しむ手練れの集団。さすがである。16時にはここを出発し、今夜の宿「ふるさと館」を目指す。景勝地の急こう配を下りながら、バス内に余裕ある笑い声があがる。もうみんな俳句ができたらしい。17時に到着し、あと30分で日没となることを聞く。急ぎ翌日分2句を出句し、展望浴場へと走る。豊かなお湯に浸かって、瀬戸内の多島美に落ちる夕陽を見届けた。
 適度以上にアルコールも取った夕食後は、3部屋に分かれて小句会。出句数は各司会者に任され、2句だけか席題もか、などとバラエティーに富んでいたようだ。句会の後は恒例の二次会。入浴後のスッピン参加もあり、アットホームな雰囲気で話が弾んだ。深夜に部屋に戻り、心静かに明日の選句をする。
 最終日の第三次句会も無事終了し、昼食はご褒美のような「オリーヴ牛」。ずっと食べていたかったが、時間が来た。国民宿舎が、土庄港(牛の口か耳)行、福田港(しっぽの付け根)行と、バスを2台出してくださった。途中、オリーヴの千年樹に寄り、みんな御利益欲しさに樹を撫で回した。そして、尾崎放哉記念館。放哉が最後の8カ月を過ごし、その場所で亡くなったという南郷庵の狭い部屋に佇む。ほんの15分の滞在だったが、西光寺の放哉のお墓までを往復した健脚の方もあった。バスは、そこで東西に別れた。
 台風の進路を気にかけつつも、瀬戸内海の爽やかな空気を満喫。忘れ難い吟行となった。

《第二日の夜●グループ交流句会》
【Aグループ】抽象の句に議論伯仲 赤崎ゆういち


 高松港からフェリーで小豆島に渡り、小豆島を牛にたとえると、牛の蹄の位置にある「二十四の瞳」の映画のロケ地・岬の分教場をまず見学した。分教場の教室に残る木製の三角定規、分度器など年配の方々には懐かしさ溢れる教材が壁にかかっていた。「海原」の女性の見学者の中から思わず童謡の「ふるさと」のコーラスが自然発生的に生まれるほどであった。
 マルキン醤油記念館では、バスが近付くにつれ、醸造用もろみ、麹の香りがして、木桶の大樽がいくつも飾ってあった。台風一過の見学バスが何台も駐車していて、見学者でごった返していた。
 紅葉にはまだ早い寒霞渓を素通りし、バスの運転手さんが是非見てほしいとのすすめで、大観峰の四方指展望台まで携行していただいた。そこには今回の吟行でしか味わえないと思えるほどのパノラマ絶景に出会えた。眼下には、小豆島の街が米粒の様に見え、ハンググライダーにでも乗れば滑空の素晴らしさが味わえそうなパノラマ絶景であった。四方指展望台から、この日の宿「公共の宿ふるさと荘」に、予定時間を過ぎて到着した。「ふるさと荘」では、A、B、Cの3グループに分かれ、各自2句投句で、夕食後8時ごろから、グループ交流句会が始まった。
 我々Aグループ14名の司会は小松敦、アドバイザーは熊本の野田信章であった。
 以下、高点句を記すと次の通りであった。
〈5点〉
 石の性なぞり彫り出す良夜かな 桂凜火
 つるべ落とし諸味も母のつぶやきも 野田信章

〈4点〉
 秋風やはなはうらから透きとほる 三枝みずほ
 経歴の果ては破線に竜の玉 山下一夫
 素馨の夕髪の先からほぐれゆく 石川まゆみ

 (注)素馨とはジャスミンのこと
〈3点〉
 「殿髪が」野分のあとの棕櫚の乱 石川まゆみ
 風の青空りぼんはいっぽんのひも 三枝みずほ
 梵鐘やみぞおちに秋の揺らぎ 藤原美恵子
 桶底のつぶやき秋御輿は跳ね 山下一夫
 オリーブ島秋字余りのように分教場 赤崎ゆういち
 百年樹オリーブ小熊座のささやき 野田信章

 討論に移り、イサムノグチ庭園美術館に想を得たと思われる桂凜火の〈石の性なぞり彫り出す良夜かな〉の句に議論が集中した。
 野田信章から、上・中句の「石の性なぞり彫り出す」の表現が抽象的で具体感に欠け、全体として抽象的な句に終わったのではないか、上・中句に具体性を置くことがこの句の生命なのではないか、との指摘があった。
 これに対し、川崎益太郎から、上・中句には「十分な具象性・具体感があり、具体的イメージも浮かぶ」との反論があった。作者からも「上・中句の具体性について検討してみたい」との意見があったものの両氏の議論が延々と続き、句会終了後ロビーに移ってからも続くほどであった。また、この句は下句の「良夜かな」で句全体が締まった、との指摘もあった。
 四方指展望台、マルキン醤油記念館、二十四の瞳の分教場を詠んだ句にも吟行句ならではの臨場感溢れる句が多かった。
 「海原」新人賞受賞の三枝みずほの句にも人気が集まり、〈秋風やはなはうらから透きとほる〉の中・下句の「はなはうらから透きとほる」の表現がユニークだ、との意見が多かった。
 今大会では、無季の句の投句が結構あった。芭蕉の著書にも「無季の句もあらまほしきもの」との表現がある。しかし、無季の句が中心でもなあ、との個人的感想も持つ。
 最後に、丘の上にある「公共の宿ふるさと荘」から見た瀬戸の海に沈みゆく夕焼け、「後の月」の満月も美しく、有志吟行に参加して良かった、との印象を持った参加者は多かったことと思う。

【Bグループ】活発な議論と笑いと 谷口道子

 台風一過、秋晴れの中、心惹かれる小島、漁船などを楽しむうちに草壁港に到着。岬の分教場、マルキン醤油記念館、四方指展望台を経て国民宿舎に到着。なお、マルキン醤油の代表者が安西先生のお知り合いとかで特別に醤油蔵の中を案内していただいた者もおり、ここで、多くの吟行句が生まれた。
 グループ交流句会開始は19時30分、そして20時18分、埼玉から金子斐子さんが到着され「死に物狂いで来ました」とご挨拶された。
 司会・増田天志、アドバイザー・堀之内長一、披講・榎本祐子の各氏、参加者15名、一人2句出し、4句選で会は進められた。
〈最高得点(7点)〉
 醤舐め秋を深くしている躰 榎本祐子
 大いに議論された句。“舐め”があるから“躰”はいらない。“躰”よりベストな言葉がありそう。“躰”にダメ押し感がある。深くしている“躰”はよい、などなど。“舐め”は原因結果の感あり、いや“舐め”は必要との意見が拮抗。答えが出すぎ、一本調子という意見もあったが、吟行句ではここまでで上等。「海原」における金子先生の“体、肉体感覚”を引き継ぐ句と思うとアドバイザー。作者から「“舐め”は外せない。“秋を感じた躰”しか思いつかなかった」と。
〈次点(5点句・2句)〉
 醤油甕の底に秋が潜んでいた 榎本祐子
 選んだ人から「正解ではない、若干、類想感あり」等とマイナス意見。短い時間にここまで把握されたことに共感を覚えた人が多くいた結果の高得点だろうとアドバイザー。作者を名乗られて一同驚きの声。
 自作のバッグ秋は縫い目の解れから 中野佑海
 バッグを“自作の”としたところを評価する人が多かった。独特のセンス、良き日常感という評価も。作者の「友人の手作りのバックを見て。ただし、解れさせたのは私」の言に一同大笑い、一気に場が和んだ。
〈4点句(1句)〉
両手広げ雲掴む女ひと四方指 谷口道子
 現場を見た者として“雲掴む”の表現がオーバーではあるが素晴らしい。オーバーでなく、ストレートで良い、面白いとの評価。
〈3点句(4句)〉
 鳥になろうか雲になろうか瀬戸晩秋 佐孝石画
 瀬戸晩秋が効いている。四方指の景として、気持ちよい句。
 名と顔が合わないみみず鳴いている 望月士郎
 よくあることと共感しつつも“鳴いている”に疑問符を示す人多し。
 散りぢりの引率の子ら野分好き 中野佑海
 子供の“野分好き”を意外性と捉える人と子供は野分好きなものとする人に分かれたが、今回の台風と絡めて楽しい、明るい句と評価。ただし、子らはもしかしたら今日の私たちかもとの意見に、作者の中野さん(引率の御苦労をお掛けしっぱなし)、やはり、「子らは皆さんのこと」と。
 芒原石のたましい並んでいる 松井麻容子
 “石のたましい”に、賛否両論。イサムノグチの作品を見た人はおおむね高評価。作者は石川県の人、「この島の人たちは石に敬意を払っている。いろんなものに魂が宿っているのでは」と。俳句は魂を読むものだから、魂を句に入れてはダメと教わった人が、「だから、これは取れない」と。「海程、海原は何を読んでも良し」とアドバイザー。なお、アドバイザーの句にも“たましい”が入っていた。
 鬼の首ぶらさげ屋島霧襖 増田天志
 きつい表現だが、屋島の歴史的背景か。屋島があるから頂いた。屋島が霧襖の中、鬼の首を下げているような感覚的俳句として面白いなど、選者の評。香川には鬼ヶ島(女木島)と呼ばれる伝説や、「泣いた赤鬼」という児童文学も有名と地元の人から解説してただいた。
 以下、上記以外の句と作者名を列記する。
 校庭の木の実七粒四方指 亀山裕美子
 瀬戸内海はかくスクランブル夕焼ける 金子斐子
 望の月金星ヴィーナス宿し瀬戸の海 伊藤巌
 ふれおちるむかごてのひらむかごめし 川崎千鶴子
 どうしてますか雁の使いに委ねます 新田幸子
 落暉空気のような君と見る 永田タヱ子
 秋の日を縮緬皺の海に置き 佐藤仁美
 取れ立てのオリーブ色のたましいよ 堀之内長一


【Cグループ】個性って何だ? 小西瞬夏

 二日目夜。きれいな夕日が瀬戸内海に沈むのを、みなで溜息をつきながら見たあと、今度は東の空に満月が煌々と上がっていった。宿から夕食の会場まで、暗い道を少し歩かなければならなかったのだが、その道のりは、その満月を見るためにあったような暗さだった。後から聞くと、それも今回の主催者、野﨑憲子さんの演出であったらしい。
 参加者は14名。2句出し、そして他のグループにはない直前の席題1句を課した、きびしく優しい奥山和子リーダーのもと、進められた。披講は増田暁子、室田洋子。高得点句より紹介する。
〈6点〉
 十五夜の島に捨て石置き直す 高木一惠
☆満月の景を即座に詠みこんだ一句。前日の高松でのイサム・ノグチとは違った表情の石である「捨て石」。その「捨て石」をどう読むかがあとで議論されたのだが、捨てられている石、どこにでもあるような石、それを「置き直す」という一見意味のないような動作が読まれ、それにあるかもしれない複雑な意味を想像させられる。または、まったく意味がないかもしれないことをする、その割り切れない心情をも思わせる。
○「石」が海岸線にあるテトラポットのようなものであるとしたら、それを動かす、ということがあるだろうか。
○囲碁にも「捨石」というものがあるが、それに関連はあるのか。
○上手にまとめ過ぎてあるのではないか。その人でなくては言えないことが言えているか。
〈4点〉
 島も人も逆光にあり晩秋 鳥山由貴子
○島の光は眩しかった。写真をとるときも、夏と違ってどうしても逆光になってしまう今日のリアルな実感がある。
☆最後の晩秋という季語は動かないか。これでベストか。
☆「も」が二つ重なるのはどうか。
 左手に満月きみに会いに来た 室田洋子
☆これも、今日の満月をうまく詠み込んだ。「きみに会いに来た」というのは甘すぎるが、「左手に満月」が決まっていて心憎い。花束ではなく、左手にあるのは満月。そして空いている右手はどうするのだろう、と思わせる。
○「きみに会いに来た」は甘すぎるでしょう。
*作者からは「海原のみんなに会いに来た、という意味」という補足があった。
〈3点〉
 口笛は挽歌オリーブの実の熟れて 鳥山由貴子
☆「挽歌」と「オリーブの実」の取り合わせがとてもおしゃれで、今日手にしたオリーブの実の実感もある。
○「口笛は挽歌」はやや言葉でうまく言った感じがある。
○手練れの句である。
 吐く息を少し長めに律の風 奥山和子
☆「律の風」というのが美しい。
☆吸う息と吐く息があって、その吐く息のほうが少し長い、ということは発見である。
○律の風というのがよくわからなかった。
*作者より、お琴の音色とともに感じる風のようなものであったり、音楽が流れてくるような風、という補足があった。
 軽四輪の神輿の御成り醤蔵 武田伸一
☆今日見た、ちょっと不思議な御神輿の景がそのまま書かれてあって、実のある句。
○やや、そのままの景ではないか。
 瀬戸内や人の世に蝶紛れ込む 武田伸一
☆「蝶が人の世に紛れ込む」というのは幻想的で美しい。
○今日の吟行では通用するであろうが、「瀬戸内や」というのが効いているかどうか。
 印象に残ったやりとり。
・高得点句は、手練れの句、という傾向があった。上手な句ではあるが、上っ面だけ言ってないか。もっと個性が必要なんじゃないか。
・それでは、個性ってなんだ?
・「その人じゃないと言えないことか」「誰にでも言えることではないのか」という視点が必要。

第1回海原全国大会レポート(その1)

『海原』No.16(2020/3/1発行)誌面より
◆第1回海原全国大会レポート(その1)

第1回 海原全国大会in高松&小豆島
2019年10月12日(土)~14日(月)
於サンポートホール高松
ホテル「花樹海」/国民宿舎「小豆島」

《第一日●総会レポート/公開講演会》
初の「海原全国大会」スタート! 増田暁子

◇総会と「海原」三賞の表彰
 会場のサンポートホール高松は、高松駅前にそびえる大変立派な建物である。12時に受付開始。香川句会の皆様と関係者の尽力で、台風のなか初の「海原全国大会」が始まった。
 台風の直撃予報はなんとか外れたものの、新幹線、在来線、飛行機などが全面ストップし、残念ながら当日に参加予定の方々が身動きがとれず不参加となる。最終的に参加人数66名で受付が終わる。
 午後1時、総会開始。司会進行は香川句会の中野佑海。総会に先立ち、昨年からの物故者4名に黙祷を捧げる。
 開会挨拶は地元香川句会を代表して野﨑憲子。台風のなか、皆様のお力で開催出来ることになり喜んでいます。台風のエネルギーを取り入れ、この大会を盛り上げていきましょう。このホールの利用を含めて、今回は講演会と第一次句会を一般市民にも公開することで、県の文化芸術振興活動費助成金をいただいていることが報告された。
 代表挨拶は安西篤代表。「海原」は金子兜太師亡き後の「海程」を引継ぎ、同人誌の形で出発した。兜太師の俳句に対する理念でもある「俳句形式への愛が基本」「俳諧自由の自己表現」を引き継いで、これからも「海原」を盛り上げていきたい、と話された。
 次は武田伸一発行人による挨拶。「海原」は会費収入で無事発行出来ている。10月現在、同人は305人、会友は185人あまり。皆様からご
協力いただいた発行基金はまだ残額が十分にあり、次の発展のために使いたい。最後に、初年度(18年9月~19年8月)の会計報告が詳しく説明された。
 堀之内長一編集人からは編集の報告。「海原」は同人作品掲載が5句になり、「海程」のときより迫力が出たようだ。まだまだ試行錯誤の途中で、これからも「海原」らしさを追求していきたい、と意気込みが語られた。
 いよいよ「海原」三賞の発表と表彰式。「海原金子兜太賞」本賞はすずき穂波、奨励賞は望月士郎、特別賞は植田郁一。すずき穂波は体調不良であいにくの欠席。代理として同じ広島の川崎益太郎に金子眞土氏より兜太師直筆の色紙が贈呈されると、会場は一気に盛り上がった。「海原賞」は小西瞬夏、水野真由美、室田洋子の3名。「海原新人賞」は三枝みずほ、望月士郎の2名。安西代表より、それぞれ顕彰と副賞の授与が行われた。ちなみに、副賞は『金子兜太さんの最後の言葉』(DVD)、金子兜太句集『百年』、熊谷市制作の俳句を染め抜いた扇子などであった。

◇公開講演会
 公開講演会は午後2時から始まった。最初の講演は田中亜美による「若い世代に広がる俳句」。「100メートル走は無理でも10メートル走ならばできる」という日本学校俳句研究会の小山正見先生の言葉を巻頭に、小・中学校の俳句授業の様子を江東区や荒川区の事例で解説。高校生については「俳句甲子園」を紹介。2019年の第22回大会は35都道府県95校120チームが参加。兜太師も2009年に特別審査委員長として参加。高校生たちの求めに応じて「生・兜太」とサインして話題に。大学生の場合は学生俳句会が隆盛で、授業での導入も増えているとのこと。
 若い世代に広める意義は、一般教養、集中力、自己肯定感をはぐくみ、他者を受け入る姿勢を学ぶことであると締めくくられた。
 次は、安西篤代表による「金子兜太という存在――句集『百年』の魅力を探る」。堀之内編集人が適宜聞き手を務める。兜太師は晩年の人間像をさらけ出し、多面性を持つ存在者であった。師は亡くなったが生者として存在し、信頼感は揺るぎない。業績は正当に評価されるべきだ。生者に対し「今ここにある問題」を提起しているとして、例句をあげながら、師の最終章である句集『百年』の魅力を熱く語られた。

《第一日●第一次句会》
晴れ男は高松に 鳥山由貴子

 「海程」から「海原」へと変わり迎えた第一回目全国大会。熊谷・秩父を離れ高松・小豆島での開催は期待に満ちていた。しかし危惧していた台風発生。昨年の西日本豪雨による混乱が頭を過る。交通機関の計画運休が必至となり大会自体の中止も検討された。しかし少人数でもとの地元の強い希望もあり実施へ。結果、前泊組も多く約70名が参集した。
 事前投句162句。特別選者18名。代表者7名(安西篤、高木一惠、藤野武、松本勇二、若森京子、こしのゆみこ、十河宣洋)により講評が始まった。

【特別選者の特選句のある高得点句】
 雨気孕むししよ野越えの人形座 野田信章
 大西健司、こしのゆみこ特選。十河宣洋、高木一惠、遠山郁好、並木邑人、柳生正名、若森京子秀逸。
 まくなぎや明るい出口までふたり 小松敦
 佐孝石画、松本勇二特選。こしのゆみこ、遠山郁好、野田信章、藤野武秀逸。
 空蝉の中に風吹く無言館 若森京子
 武田伸一特選。大西健司、川崎益太郎、田中亜美、前田典子、柳生正名秀逸。
 巻き癖の海図の上へ青檸檬 鳥山由貴子
 遠山郁好、柳生正名特選。田中亜美、堀之内長一秀逸。
 晩夏光鳥籠のようとらわれて 川田由美子
 堀之内長一特選。安西篤、田中亜美秀逸。
 野分たつ嘘ひとつぶんの距離にいて 松井麻容子
 前田典子特選。並木邑人、松本勇二秀逸。
 指紋という小さな銀河針しごと 望月士郎
 十河宣洋、高木一惠特選。
 空海兜太猿酒酌むや讃岐富士 すずき穂波
 田中亜美、若森京子特選。

【特別選者代表による句の講評(一部)】
[安西篤選]
 半夏生斜め下から母に似る 奥山和子
 斜め下という手の込んだ視覚。複雑な思いが感じられる。季語の半夏生が効いている。
[こしのゆみこ選]
 まくなぎや明るい出口までふたり 小松敦
 好きな句。まくなぎが手をつないで突っ走っている感じがする。青春性を感じた。
[十河宣洋選]
 ででむしの肉色あはし遠発破 小西瞬夏
 昔住んでいた村で、15時になると石灰岩の山に発破がかかったのを思い出した。ででむしの肉色、が上手い。
[高木一惠選]
 核と人間かりかりの蚯蚓掃く 川崎千鶴子
 核による人間の痛ましい姿と、かりかりになった蚯蚓。それを合わせて詠まれた作者の思いを感じた。
[藤野武選]
 夜を待つ雲ひとつ居て夏の窓 佐孝石画
(50年近く前に宇高連絡船で来た四国。ここにまた来ることが出来、とても懐かしくしあわせに思う。と話されてから)
 美しい句。夜は老いや死の喩えか。雲は作者自身でもある。刻一刻と変わる夕暮。その過程こそ大切だと思っているのでは。口先で作っているのではない、思いの深さを感じた。
[松本勇二選]
 食えない詩のために死ぬなよ赤楝蛇 並木邑人
 語りかけているような口語がよい。赤楝蛇という季語がこの句を支えていると思う。
[若森京子選]
 老人ホームに虫ピンで止められし晩夏 藤野武
 切ない悲哀を感じる。生と死。老人と何かが止められているような哀しみ。好きな句だ。
 さて、今回特別選者はどの作者の句に惹かれたのだろうか。特選2点、秀逸1点とし総得点を出してみた。(堀之内長一案)。結果は小松敦(11点)、野田信章(10点)、若森京子(9点)、宮崎斗士(8点)、佐孝石画・望月士郎(7点)、川田由美子・奥山和子・室田洋子・鳥山由貴子(6点)。5点以下省略。
 高得点者には賞品が授与され、特選句の作者には特別選者自筆の色紙が渡されて第一次句会が終了した。
 ちなみに鳥山が頂いた一句です。
 ががんぼう醤を買いに苗羽のうままで 遠山郁好
*「のうま」は小豆島町の地名

《第一日の夜●懇親会》
天地ゆうゆう 河西志帆


 台風で電車も飛行機も止まったこの日に、呑気に俳句なんぞしていて良いのかと、後めたい気持ちで、高松の水城を見ていました。
 でも来たからには精一杯楽しんでしまえるのが俳人なんです。都合の良い言い訳だって二つ三つ用意して来ました。
 懇親会会場に向かう満員のバスは、坂道を登るのに、青鬼吐息でございます。「大丈夫なの~」と口々に盛り上がったところから、宴の幕が上がりました。
 若森京子さんの乾杯の挨拶の中で、「この四国開催を、高橋たねをさんがいたら、どんなに喜んだでしょう」という言葉に、胸がきゅんとなりました。でもこの時、本気で思ったんです。ここに来れなかった沢山の人達も、もしかしたら他界からバスに乗って来ているかも知れないと。
 だって、ここは四国巡礼の地‼ 乾杯と献杯の心で飲みほします。四国入り出来なかった方々の分まで、楽しい夜になるように。
 第1回海原賞3名、いつも元気な水野真由美さんによる香川勢への労いの言葉で始まりました。今日まで気が気じゃなかったよね‼野﨑さんが、うるうるした眼で微笑み返しました。その大きな声の、水野流都はるみを嬉しそうに見ていた先生を思い出しました。
 「この後じゃやりずらいわあ」と言いながらの室田洋子さんの笑顔に、ご主人を亡くされた悲しみも、少しは和らぐといいねと思いました。みんな頑張って、いろいろなものを抱えて、俳句に背中を押してもらって、ここに来ているんだ。
 たったひとり着物姿で、しっとりとゆったりと、第2句集のことなども、小西瞬夏さんは、この大会のお手伝いもして下さっていたこと、ご苦労様でした。
 そして、海原新人賞の三枝みずほさんは、若く美しく、パッと目立ったのでした。海原の明日が見えたね‼ ハワイから参加のナカムラ薫さんと、顔を見合わせ声をそろえて言いました。俳句界に欲しいのは、若さです。
 もう一人新人、とうていそうは見えません。兜太賞奨励賞まで手にしたんですよ。その望月士郎さんが、何と眞土さんに似ていると、おいしいところまで持って行っちゃいました。
 海原金子兜太賞本賞のすずき穂波さんが体調を崩して不参加ということで、川崎益太郎さんがご自分のことのように嬉しそうでした。
 でもこの日、何といっても忘れられないのは、この壇上にまさか上がることになるとはと、スリッパに短パン姿の眞土さんでした。
 その照れた少年のような横顔が心に沁みました。普段着の言葉を聞けるのは海程の者達だけなんだという身内感が、じわぁーと心の中に広がっていきました。
 先生の最後の9句を収めた『百年』ああ、先生サインして下さい‼ と言えないのが淋しいけど、仕方ないよね。
 俺は死なない‼ なんて言って様になるのは兜太先生しかいないと思いながら、眞土さんの声を聞いていました。
 私達は、先生のいない淋しさを少しずつ埋めて前に進まなければなりません。それが眞土さん、千佳子さんの願いだと思うのです。
 こうして全国大会がなかったら、名前も顔も覚える機会はなかったと思いませんか。
 恒例の地区ごとの顔見せは、皆の保護者のように紹介したり、時々忘れたふりなどをして盛り上げてくれる武伸さん‼ 今宵も絶好調です。皆さんの名前を書ききれなくて残念です。あの人もこの人も会いたかった~。
 お料理のお品書きは、紅葉の絵をほどこした「寒露の頃讃岐路」とありました。俳人好みではありませんか。年に一度、家族に公認の大手振って出掛けられる、ありがたい大会です。あちらこちらで話の輪がふくらみます。
 あの大会で会ったよね。そんな数回の出会いなのに、こんなに嬉しく懐かしいのは何なんだと、いつも思うんです。
 ああ~ここで
 おらほうじゃこうだよ
 おかしけりゃ
 お笑いなっと
 コラショ♬
 秩父音頭が聞こえないのは悲しいけど、四国は阿波踊りと、よさこいばかりじゃございませんとばかりに、「一合まいた」は、さぬき高松の盆踊り。東尾会のお二人の軽妙な喋りと三味線につられて、会場は踊る阿呆になりました。
 我等は今、一合まいたばかりです。うまく根がつき穂になって、一升一斗一石に、なるには手間暇かかります。
 天地悠々 なれど海の道のりは
      まだまだ ずっと先

第2回「海原金子兜太賞」の募集案内

◆第2回「海原金子兜太賞」の募集案内
―新作30句、募集締切は2020年7月20日―

 第2回「海原金子兜太賞」の作品を募集します。同人・会友の別なく、だれでも挑戦できる公募型の本賞は、新たな作家の発掘と俳句の可能性の探求をめざすとともに、「海原」の活性化を図るものです。本年は選考委員に武田伸一発行人が新たに加わり、募集締切日も昨年より1カ月延ばしました。従来の観念にとらわれない清新な作品をお寄せください。

1 名称:海原金子兜太賞(第2回)
2 応募資格:全同人と会友全員(会友とは「海原」の購読者です)
3 応募要領:
① 応募作品数:新作30句
② 新作とは他の媒体(俳誌や雑誌、インターネット、各種俳句大会やコンクール等)に発表されていない作品を指します。句会報への掲載なども
注意してください。
③ 応募作品にはタイトルを付し、都道府県名および氏名を忘れずに記入してください。原則として「前書き」はなしとします。
④ 応募作品は書面による郵送、またはメールで送ってください(メールによる応募を歓迎します)。
※手書きの場合は、市販の原稿用紙を使用し、楷書で丁寧に書いてください。
※メールの場合は、ワードファイルやテキストファイルのほか、メール本文に貼り付けて送ってください。
⑤ 作品送付先:編集人堀之内長一宛て
 〒338―0012 さいたま市中央区大戸1―2―8
 電話&FAX:048―788―8380
 メールアドレス:horitaku★2.so-net.ne.jp(★→@)
4 募集締切:2020年7月20日必着(締切が昨年より1カ月延びました)
5 選考委員:安西篤/武田伸一/田中亜美/堀之内長一/宮崎斗士/柳生正名/山中葛子
 (新たに武田伸一を加え計7人・五十音順)
6 選考方法:応募作品は無記名にて選考。各選考委員の推薦作品をもとに、討議のうえで受賞作品を決定します。選考座談会は7月末~8月初旬に開催予定です。選考座談会の模様は「海原」誌上に発表します。
7 受賞者発表:受賞者は2020年10月号に速報として発表し、受賞作品と選考座談会は11月号に発表。11月に開催予定の全国大会(秩父)にて表彰します。
8 顕彰:受賞者には、金子兜太先生ゆかりの品物等の贈呈のほか、「海原」誌上における連作の場の提供などで顕彰します。
【問い合わせ】海原編集部堀之内長一まで

並木邑人句集『敵は女房』 〈「本当の前衛」の底光り 柳生正名〉

『海原』No.16(2020/3/1発行)誌面より

並木邑人句集『敵は女房』

「本当の前衛」の底光り 柳生正名

 戦後、「前衛」ということばがきらきら輝いていた時代が確かにあった。筆者は多分、それを知る最後の世代だ。とすれば、10歳ほど年長の並木邑人はさしずめそのど真ん中を生きた。そんな彼が上梓したこの第2句集には1994年から2016年までの20年強にわたる333句が収められている。その全編からは、「前衛の本当」を知る者のみが感じるはずの恍惚と不安を読み取らずにはいられない。
 革命の五月! 雛罌粟コクリコ手折らばや
 「その時間を売るな」
  甦る 虹の
 ギロチン
 犀抱けばそんなに恥ずかしがり屋では
 ない

 陶然、という語がある。本集に接し、そのような念を抱いたことも筆者の個人的感慨にすぎないのかもしれない。並木邑人の世界を「前衛」の語をもって語ることは、むしろ不当なレッテル張りになりかねないことが気がかりでもある。
 しかし、それはそれとして1968年、仏蘭西で学生運動に端を発したうねりを思い出させる巻頭の一句にまず引き込まれる。また高柳重信「身をそらす虹の/ 絶巓ぜってん/処刑台」ばりの多行形式に労働力の商品化が生む搾取への批判を託し、さらには兜太の「犀」連作にライトヴァースで挑みかかる―。そんな作者の気魄の現れ方には、「前衛」を感じてしまう。
 思えば、香港の若者たちを突き動かすものの熱量の大きさや、大ヒットTVドラマで語られた「好きの搾取」という言葉、没後ますますの盛り上がりを見せた兜太トリビュートの動き―。これらの「前衛」句が「今、この時」につながる視点をあらかじめ具えていたことに気付かされる。それは「前衛」を知らない世代や人々にも、その魅力を伝えるに十分な文学的力を備えている。
 俳句における「前衛」を過去の遺物として片付けることへの疑念は、2011年から16年にかけての震災句を集めた本集第5部を読むことで決定的になる。
 街も春田もことごとく薙ぎTSUNAMI来る
 津波。そして時間は動かざり
 わたつみはくさめしただけ くさめする権利
 原発のための原発舌苔濃き

 街も田も荒野も区別せず、平等に呑み込んだ津波。それは人類の歩んできた「進歩」という時の足取りを押しとどめ、くじくのに十分なできごとだった。喪われた多くの命や日常のかけがえのなさを思うにつけ、被災地の廃墟で目の当たりにされた自然の力は圧倒的なものとして人間に迫ってくる。
 しかし一方で、大自然の側からすれば、それすら千変万化の海原が催した一瞬の嚏にすぎない、ともいえる。その事実が、俳句では禁じ手のはずの「。」で表現される絶対的な断絶=「切れ」の感覚を作者のうちに生んだのではないか。自然と人間の間にある安易に踏み越えてはならない一線の存在と、すべての自然は人間の制御下に置き得るという増上慢が生んだ「原発信仰」への怒りを、読点という究極の切字を用いて読者に突きつけてくる。この大胆にして蠱惑的な試みこそが「前衛の真骨頂」などとついつい思う。
 「前衛」には「難解」がつきものである。本集についても筆者のみならず、檜垣梧樓による跋文を読むにつけ、その博学と句の解釈の鮮やかさに圧倒される反面、自身の読解力の拙さと浅学ばかりに気が行く向きもあるのでは、と気にかかる。ただ、例えば
 蟷螂に星刈るしぐさありにけり
 一角獣座より伝声管の冬ざくら
 
真穹まそら一枚かもめ食堂に売ってます
 わが尿蜥蜴来て舐む入り日かな

 鹿児島かごんまや耳のよい木に小鳥来る
の抒情は、読者が言葉そのものに身を委ね、自然に心を遊ばせることができる。それはこれらの句が「生きもの感覚」に裏打ちされているからにほかならない。
 さらに人間や世間、社会に対して少し斜に構えた批評的まなざしを感じさせる
 青梅雨の船体あんたんと性的
 鶴をよく食べる若者ディープキス
 燃やさないゴミの日に出す終末論
 鰓呼吸したし正論に食傷し
 ねばならぬもののこみあうのっぺじる

 手袋がくうを征く日のことを書こう
も、並木邑人の人となりを知る読者にはどこか懐かしい。それは小手先の機知を弄した作ではなく、人間性の奥からにじみ出る深みを帯びている。それがさらに俳味を帯びた自己客観化にまで至る
 洗濯機に入れておしまい邑人句集
 宿敵はずっと女房秋ざくら

では、あの長身のうちにたたえた体温をさえ感じ取れる。そして何よりも、明確な社会詠に踏み込んだ時の鉈の切れ味。
 眼のきれいな鴉を拒むテロルの木
 秘密法座視するままに冬の蝶
 いつか来る開戦号外鳥雲に
 憲法は死にますか今朝蕗を煮る

 ここに至って「前衛」フォワードにも二種類あることに気付く。例えるならば、サッカーでは他の選手が担ぐ神輿の上に乗って脚光を浴びる役割だが、ラグビーでは逆。自身が体を張ってお膳立てし、後衛にポイントゲットさせる。それで言うなら、並木邑人は文字通りラグビーのスクラム第1列。きらきらちやほやと言うよりは、どこか土の匂いのする、いや俳句の産土そのものに足を踏まえて最前線に立つ者である。
 棒杭派われら桜に寄りつかず
 飛花落下のうわついたきらきらでなく、月光を受けた産土の底光りするきらきら―。本集を通じ、ようやく「前衛の本当」を知ることができた。 (敬称・敬語略)

小西瞬夏句集『一対』〈いちまいの光と影 若森京子〉

『海原』No.16(2020/3/1発行)誌面より
小西瞬夏句集『一対』

いちまいの光と影 若森京子

 いちまいは蝶いちまいは光かな

 第一句集『めくる』より七年目の第二句集『一対』の扉を開けると零れおちるかの如き第一句目。ひらひらと舞う蝶と光、光の裏には必ず影がつきまとう。蝶を暗喩として作者の、女性として人間として、光と影の間で常に抗いつついかに生きるか、どの様な発語で他者と自然の中で切り結んでいくか絶えず試行錯誤をくり返す小さな叫びの様にも思える。
 小西瞬夏は香川大会において第一回「海原賞」を受け、舞台の上での長身の和服姿は大変美しかった。元教師の彼女が、やゝ饒舌に自身の俳句に対する姿勢を淡々と語る姿は私には芯の強さと共に深い淵から込み上げる呻きにも似ていた。
 この一冊のあとがきにも述べている様に、自分が何かを見ている時、同時に自分はそれから見つめられている。その時生まれる感情を言葉にした時、その言葉の中で対象と自分が混り合い俳句が生まれる。その俳句が世界と自分との結び目となる。即ち瞬夏の肉体からの発語が俳句となって新しい世界を創造していく、いわゆる肉体を通して濾過された言葉、解説者の中原省吾氏の“もの派”“ことば派”の説から言えば後者であろう。

 一頭の蝶一対の耳凍てる


 この句から「一対」を題名にしているが、一頭一対のひびきの良さもあるが、耳から凍ててゆく静寂の中の淋しさ、儚さの中に一人の女性像を見る。
 蝶ほど美と醜の二面性を明確に生きるものは他にいない。第五節からなる作品群の中、てふてふ、黒揚羽、初蝶、夏の蝶、秋の蝶、冬の蝶、凍蝶などさまざまの蝶をモチーフにした作品は四十二句もある。

 てふてふの脚より生まれかなしめり
 てふてふを白き凶器として飼へり
 てふてふを逃がして朝の指の艶


 “てふてふ”の表記には女性性が濃く内包されている。脚から生まれるのは逆児でありそれを嘆いている。白い凶器として飼うてふてふは、危険だが、半面艶っぽい媚を感じさせる。てふてふを逃がした朝の指の艶は正にエロスである。女の情念を思わせる三句。

 自刃の間二畳を過ぎる黒揚羽
 黒揚羽飼ふ函人形しまふ函
 黒揚羽抓んで逃がす光かな


 マゾヒストを思わせる自己の痛みに開張十センチ以上の全身黒に後翅の外線に赤紋のある黒揚羽をメタファーとした三句。“自刃の間二疊”の措辞には忘れ難い過去の暗い痛みの物語を。また自分が大切にしてきた人形の函に蝶を飼わねばならぬ悲哀を、また折角の一条の光を抓んで逃がさねばならない宿命を、人間の負の象徴として黒揚羽の三句だ。

 しんしんことんしんしんことり冬の蝶
 光踏み合うて冬蝶遊ばせる
 肉挽いてをり冬蝶の匂ふなり


 しんしんと冷える中ことんことりと密かに生きる孤独感がオノマトペでよく効いている。僅かに差す光をお互いに分けあって生きる慎ましさ、生活感溢れる肉を挽く行為の間にも女性の本能だろうか微かに香を放つ冬蝶。

 父恋ふれば凍蝶に水堕ちゆけり
 冬蝶嗅ぐ母の日溜まりありにけり


 成人した女性の目で父を恋うたのか述懐の涙の様に凍蝶が融けてゆく女性特有の父へのオマージュとして水が堕ちてゆく。無臭に近い冬の蝶を、女として生きた日々を追憶するかの様にしきりに嗅ぐ母、“日溜り”の措辞から現在の母の安堵の日々がうかがえる、深い愛の二句。

 にんげんをねむらすあそび蝶の昼
 いにしへのひとのこゑ否蝶の昼
 その奥の墓標の傾ぐ蝶の昼


 真昼の蝶は一層影を濃くする。軽く“にんげんをねむらす”と言うが、ねむらすには死を指す場合もある。“いにしへのひとのこゑ”すなわちあの世からの人々の声であり現在と過去が一瞬結ばれた様に蝶は影を曳く。あの奥で少し傾ぐ墓標に舞う蝶は光と影が綾なして死者と生者の舞いである。あの世この世をことばによって妖しく結んでいる三句だ。
 瞬夏と蝶の呼吸が見事に合っているのは確かだが、もちろん他にも沢山の佳句がある。

 小鳥きて昼のからだをうらがへす
 折りたたむ手足のかたち終戦日
 雛の間にゐてわたくしをしまふ箱
 幾本の紐跨ぎをり夜の素足
 身に入むや煙のやうに詩のやうに
 蛍を受くに差し出すからだかな
 髪洗ふ平城京は火の匂ひ
 絵日傘の中の耳たぶくらがりとうげ
 水の秋みづくちうつしくちうつし


 生きることは悩むこと、幸い日常から少し離れた俳句との出逢いにより彼女の精神生活は、肉体を通して智的な情念をかりたてて、この混沌とした世の中を呟きながらも強く生きてゆくであろう。

 あとがきの後の頁や大枯野

 年齢を重ねると共に展かれてゆく瞬夏の言葉の質感を、作品の未来を静かに見守りたい。 (敬称略)

『むずかしい平凡』中村晋句集

◆『むずかしい平凡』中村晋句集

 蟻と蟻ごっつんこする光かな

「俳句とは座の文学、人と人との出会いの文学。この句集を読むと、私たちの世界がいかに光というものに彩られているか、ということに思い当たる」(宮崎斗士の解説より)
■発行=BONEKO BOOKS 定価=一四○○円(税別)

『蝶の骨格』榎本祐子句集

◆『蝶の骨格』榎本祐子句集

 子を採寸冬の蝶の骨格あり

「確かな詩の世界は、誰かの借り物ではない自分の納得できる表現を求めての結果である」(武田伸一の序文より)
■発行=現代俳句協会 定価=二五○○円(税別)

「兜太祭2020」開催延期のお知らせ

「兜太祭2020」開催延期のお知らせ
この度、新型コロナウイルスの猛威に鑑みまして、3月21日(土)~22日(日)にて予定しておりました「兜太祭2020」の開催を延期することに致しました。(「中止」ではありません。「延期」です。)開催日は今のところ未定です。
以上、ご理解ご了承のほど、よろしくお願い申し上げます。
皆様くれぐれもご自愛くださいますよう。

「兜太祭2020」幹事 宮崎斗士

第1回「兜太祭2020」のご案内

第1回「兜太祭とうたさい2020」のご案内

このたび、わが「海原」にて「兜太祭」を立ち上げることになりました。金子兜太先生ご夫妻のお墓参りも兼ねての秩父での一泊吟行会。これを毎年の春の恒例行事にしたいと思います。その記念すべき第1回――。どうぞ奮ってのご参加お待ちしております。

【開催日】2020年3月21日(土)~22日(日)
【宿泊】長生館(秩父鉄道「長瀞駅」近く)
    〒369―1305 埼玉県秩父郡長瀞町長瀞449
    電話:0494―66―1113
【参加費】20,000円(予定)
【スケジュール概要】
◇3月21日(土)
12:00~12:30 長生館にて受付
12:30~ バスにて吟行
(金子先生ご夫妻のお墓参り、壺春堂記念館、宝登山梅百花園など)
17:00 第一次句会出句締切出句2句
18:00 夕食
19:30~ 第一次句会
 句会終了後、懇親会
◇3月22日(日)
7:30~ 朝食
8:00 第二次句会出句締切出句2句
9:00~12:00 第二次句会
 句会終了後、現地解散
 引き続き、22日(日)~23日(月) 有志一泊旅行を開催します。
 こちらの方も奮ってのご参加お待ちしております。
◇申込み締切:3月7日(土)
 ※一人部屋は参加費+8,000円(参加者数によっては一人部屋をご用意できない場合がありますのでご了承ください)
【申込み・問合わせ先】
宮崎斗士 〒182―0036 東京都調布市飛田給2―29―1―401
     電話:070―5555―1523
     FAX:042―486―1938
     メール:tosmiya★d1.dion.ne.jp
     (★→@ 「d1」の「1」は数字の1です)

『山法師』松林尚志句集〈しなやかな野生美 山中葛子〉

『海原』No.15(2020/1/1発行)誌面より。

松林尚志句集『山法師』 二十句抄(山中葛子・抄出)

 若き母白くいませり半夏生草
 今朝の秋布衣の雀もきてゐたり
 黄金田や女神の臥せしあと残る
 リュックには餡パン一つ山法師
 連なる蔵王茂吉メッカに秋惜しむ
 手術果つ羊の顔して夏の雲
 花かたばみ帰りはどこに佇んでゐるか
 術後二年泰山木の花仰ぐ
 母がりの遠の紅葉尋めゆかな
 新涼や那智黒を先づそつと置く
 亡羊を追ひきし荒野月赤し
 綿虫の一つ浮かんではるかなり
 広場にガーゼ踏まれしままに凍ててあり
 鉄棒に五月の闇がぶら下がる
 大根提げて類人猿のごときかな
 妻に紅茶われに緑茶や冬あたたか
 ポストに落す原稿の嵩年の果て
 虎ふぐでジュゴンでありし兜太逝く
 足寒し戦後を刻みしわが齢
 遠い日向見つむるわれも遠い日向

しなやかな野生美  山中葛子


 あとがきによれば、「私は詩を読むことから俳句に入っており、無季を容認した瀧春一先生のもとで学び、また金子兜太さんの「海程」にも加わって歩んできた」とされる松林尚志氏は、「海程」「暖流」での活躍。また、俳誌「木魂」「澪」の代表を全うされておられる。ことに評論『古典と正統』『芭蕉から蕪村へ』をはじめ、多くの評論集を世に著しておられ、その研究心のゆたかさは『和歌と王朝勅撰集のドラマを追う』(「海程」五二一号)など記憶に新しい。さて、『山法師』は『冬日の藁』(平成二十一年刊)以後の、平成十五年から三十年までの七〇五句を収録されている。

 リュックには餡パン一つ山法師
 山法師心が急に軽くなる
 晩年は素のままがよし山法師


 自宅の目前に山法師の並木があり、その清楚な白い花を咲かせる好きな樹にあやかり、迷わず決めたとされる句集名の山法師の三句である。
 一句目の「餡パン一つ」に省略された旅立ちの心情は、臍もゴマもあるふわふわな笑みがこぼれてきそうな美学を思う比喩のあざやかさ。そして二句目の、自然界と溶け合った天人合一のみごとさは、三句目の「素のままがよし」の、白い花へのノスタルジーゆたかな晩年を称える自画像でもあろう。
 追悼句の多い一巻は、また吟行句も多く、能動的な野生をひきよせて実にドラマチックである。

 森は若葉縄文土器と府中郷土の森村野四郎記念館詩人のペン
 『実在の岸辺』パンジー濃紫

 逆白波の歌碑茂吉メッカ巡礼行黄落直中に
 月涼し百鬼も化粧して遊ぶ
 寝につくは地蔵を倒すごとき冬


 しなやかな野生美にみちびかれる作品世界は、まるで自然界を解明する文学の明かりのようではないか。

 近代を封じて駒場夏蒼し
 たつのおとしご空に浮かんで春夕焼
 遠い日向見つむるわれも遠い日向

 ここには前句集『冬日の藁』の暖色のかがやきが、さらに憧憬という閃きを存在させていよう。四片の苞の中心にある球形の花。湾曲した数本の脈のあざやかな葉形。空に上向く『山法師』は、宇宙空間にみごとな明かりをともしている。

『一対』小西瞬夏句集

『一対』小西瞬夏句集

 いちまいは蝶いちまいは光かな

「…心の中にある不定形なものにも挑むため、俳句をつくるとは、言葉で、あるかなきか分明でないものを発見していく作業ともなる。結句、存在するらしき対象に言葉が現れる瞬間に情景(存在)が同時に立ち現れる、ということになる」(中原省五の解説より)
発行=喜怒哀楽書房 定価=二○○○円(税別)
https://www.amazon.co.jp/dp/4907879474

並木邑人句集『敵は女房』

◆並木邑人句集『敵は女房』
宿敵はずっと女房秋ざくら
「邑人と奥様は文学のみならず人間学の競い合いをして来たのでは。それも邑人の学生時代から。照れくさそうな邑人の顔が見えるが、掲句、邑人が気合いを込めて表明する奥様への愛である」(檜垣梧樓の評より)
発行=文學の森 定価=二〇〇〇円(税別)
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第1回 海原新人賞

『海原』No.13(2019/11/1発行)誌面より。

◆第1回 海原新人賞

【受賞者】
 三枝みずほ
 望月士郎

【選考経緯】
 『海原』2018年9月号(創刊号)~2019年7・8月合併号(10号)に発表された「海原集作品」を対象に、選考委員が1位から10位までの順位を付して、10人を選出した。
 得点の配分は、1位・10点、以下9・8・7・6・5・4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、三枝みずほ・望月士郎への支持が多く、得点も拮抗しているため、2人への授賞を決定した。

【受賞作品抄】

虹のほうへ  三枝みずほ
春野出るりぼんはひたすらに赤い
蝶止まるてのひら血のかよふ感覚
切り傷は直線てふてふは空を
春塵をふり落としてはみな狐
夜桜の白さもうだれの顔でもなく
ページ繰る指に初夏の森の匂ひ
両頬のいちご約束にうなずく
虹のほうへ少女ふっと出る旋律
子といたい仕事に行きたい夏燕
おかあさんじゃないとだめな日夏の空
引く波についていかなかった海月
泉湧き出る便箋の一行目
奥へゆくほどほうたるの息づかひ
一億総活躍きゅうり切るわたし
おとなしく触らせる髪水の秋
叱ってばかり金木犀の風が来る
ヘッドホンと繋がる秋の群衆は
どの人もマスク近未来はそこに
枯枝で描いた円を抜け出せず
吐く息のあつまるかたち冬薔薇

蟹を見る  望月士郎
銀漢や少女回転体となる
秋思四角ときおり月の内接す
投函の小鳥の名前をもう一度
林檎剥くしずかに南回帰線
サーカスの爪先がくる霜夜かな
駅頭に落ちてる顔のないマスク
悲しみが海鼠のかたちをして困る
手首から先が狐で隠れて泣く
どの本で見かけた兎だったか雪
ひとり灯して白梟に囲まれる
たんぽぽのわた吹く柔らかい自虐
しらすぼし知らない人の死亡記事
砂時計の中に二匹のアリジゴク
鴎のいるページめくると白雨の街
桐の花わたくし雨とあなたの雨
蛍狩しらない妹ついてくる
柩を運ぶ内の一人は蟹を見る
髪洗う指にこの世の頭蓋骨
はんざきの半分もらってくれという
射的場の人形ひとつ落ち夜汽車

【候補作品抄】

毎日が  たけなか華那
長く細い尾だ母の日の霧笛
音源はヒルガオ片想いは終わる
古梅干黒いし献体は余っている
ラムネ抜く音下手っぴいでも愛なんだ
傷に露頂き白詰草もわたしも
榠櫨ひろってきれいなんだよ毎日が
雲が夜を擦る紅葉忌から白秋忌
冬の月ラッコは自分の石を持つ
谷さんが死んじゃった ベンチを探す三日
生きるって邪魔くさい雪は雪を追う

くちうつし  小松敦
黒揚羽青空の集まってくる
前髪を邪魔そうにして脱皮
暗闇を離さぬように草いきれ
人肌に時雨のすぐに乾くころ
小春日の窓離れたくないページ
海沿いの街冬眠の透明度
寒桜また夜の人たちが来る
石蕗の花まもなく明くる朝ふたつ
鉛筆を忘れたノートだけ朧
青葉闇くちうつしすることばかな

手紙  木村リュウジ
初雪やまつげ一本ずつ描く
話すこと話さないこと龍の玉
読みさしの岩波文庫鶴眠る
本当は知っていましたふきのとう
青き踏む証明写真撮る顔で
少しずつ慣れるあだ名やライラック
聖五月フルマラソンの女子生徒
古書店の百円ワゴンすべりひゆ
耳打ちのようだ訃報も残照も
天高しすこし長めの手紙出す

ブルー  大池桜子
友達の結婚式って朧かな
恋敵もいないのにブルー鳥雲に
口紅水仙声出ないほど不機嫌
花冷えってこころ的に冷えます
北千住商店街や蝸牛
神の留守街がどんどん不機嫌に
わたくしは喋る母は毛糸を編み続け
幸せかと聞く人嫌い石蕗の花
ジェラードに透明の匙白鳥みたい
クリスマスローズ全員片想い

蓮の風  松本千花
人形の前髪そろう霜夜かな
階下には占星術師春の雨
瘡蓋をおしゃべりにする蓮の風
薔薇の雨仲良くしなけりゃ損だそん
追熟のバナナアボカド言葉尻
タコの不可解クラゲの自由我鬼忌かな
ピーマンの切り方恋の進め方
適当な良妻である秋刀魚焼く
蓑虫やママが言うならそうだろう
立春大吉パパがいるから怪我をする

弔う日  泉陽太郎
癇癪はクリーンエナジー木の芽和え
ひとつだけ白状すれば春の蝶
デカケルと冬のホテルの窓に書く
あくまでも外からあたためる焚火
湯豆腐の真下に湧いたゆめひとつ
初雪や三つの恋を弔う日
虫の音はたぶんわたしのむすめです
棺には死体と死んだ秋の花
黒ずんだ鮪の刺身居場所なし
火星では死体はかるいいわしぐも

核心に  黒済泰子
萍や角の取れゆく言葉たち
蝉しぐれ亡父の戦後史拾い読み
核心に触れぬ詫び状みみず鳴く
鉦叩わたしの洞を穿つごと
切り札は使いそびれて神の留守
草の花手話の夫婦に笑い皺
濁酒や出雲訛りに諭さるる
名シェフと出会い大根冥利かな
不揃いのセーター親父バンド燃ゆ
人形を葬りしあたり冬の蝶

感情線  立川真理
手毬花ペンを置く時俯きぬ
この道は帰る道なし蜻蛉つり
還りこぬ命がありぬ母郷の夏
スカートめくりあれは色なき風だった
天界は死ぬることなし風の盆
黄落の富士北斎のしかめっ面
てのひらに感情線もち卒業す
芒原より一人称の少年来
ランドセルに異空間ありチョコレート
心象に寅さんの土手あやめ咲く

【海原新人賞選考感想】

■大西健司
①木村リュウジ②松本千花③たけなか華那④三枝みずほ⑤小松敦⑥前田恵⑦泉陽太郎⑧吉田和恵⑨ダークシー美紀⑩中野佑海
 〈キョウチクトウ嫌いな人の名が綺麗〉〈キャラメルの箔を剥がすや冬銀河〉の木村は海原の船出にふさわしい若々しい感性を評価したい。まだまだ荒削りなところもあるがそれもまた魅力。〈失言の多そう夏のエトピリカ〉〈蓑虫やママが言うならそうだろう〉松本は対象を捉える視点の豊かさがいい、自在だ。〈春の丘もりもり割って駝鳥くる〉〈負け組でよかったアネモネの白がいいな〉たけなかの屈託のなさ、明るさが好ましい。〈両頬のいちご約束にうなずく〉〈おかあさんじゃないとだめな日夏の空〉三枝の伸びやかさ、さらなる展開に期待したい。小松の〈冬仕度いつも誰かの交差点〉前田の〈馬の脚ごりごり洗い夏に入る〉などなどいずれも個性的な句が見られ、順位をつけるのに苦労した。ただ全体にまだまだムラがあり、好不調の波が大きい。そんな中魅力的な句を書き続けていたのが立川真理さん。ようやく中学生とのこと。これからも伸びやかに、等身大の句を見せて欲しい。
■こしのゆみこ
①望月士郎②小松敦③三枝みずほ④木村リュウジ⑤立川真理⑥たけなか華那⑦松本千花⑧山本幸風⑨高木水志⑩大池桜子
 独特の孤愁に目を瞠った望月士郎の作品。目が離せない。〈射的場の人形ひとつ落ち夜汽車〉〈桐の花わたくし雨とあなたの雨〉〈背美くじら遠い隣にいて眠る〉。
 繊細な叙情に心ゆさぶられた小松敦はこの一年本当に頑張った。〈星月夜始発で座るように逝く〉〈暗闇を離さぬように草いきれ〉。
 何気ない風景から詩情を醸し出す三枝みずほの世界。〈吐く息のあつまるかたち冬薔薇〉〈夜桜の白さもうだれの顔でもなく〉。
 負の感情が多い句群なのだけれど、それを突き抜けたり、面白がることのできる木村リュウジ。〈読みさしの岩波文庫鶴眠る〉。
 立川真理のあくなき挑戦、「○○らしさ」に臆することなく、いろんな主人公になってみよう。〈芒原より一人称の少年来〉。
 そして〈雲傷みやすくなった11月が降りてくる たけなか華那〉〈烏野豌豆雀野豌豆雲流る 松本千花〉〈本棚に雑然と過去青嵐 山本幸風〉〈僕はまだ火星を見てる初嵐 高木水志〉〈わたくしは喋る母は毛糸を編み続け 大池桜子〉のほか、小林ろば、増田天志、山本きよし、大西恵美子、泉陽太郎、多士済々。
■佐孝石画
①望月士郎②たけなか華那③三枝みずほ④木村リュウジ⑤泉陽太郎⑥小松敦⑦黒済泰子⑧小林ろば⑨吉田和恵⑩大池桜子
 写真とはやさしい死体白日傘 望月士郎
 桐の花わたくし雨とあなたの雨 〃
 白雨きて街に時間の断面図   〃
 射的場の人形ひとつ落ち夜汽車 〃
 愁思四角ときおり月の内接す 〃
 望月の圧倒的な映像力、その透明感のある幻想世界に魅せられた。海原代表作家ともいうべきその風格は、今回一位に推さざるを得ない。
 茶柱が二本春のキリンです たけなか華那
 雲傷みやすくなった11月が降りてくる 〃
 雪が家族でした体温でした 〃
 たけなかの「憑依力」ともいうべき感覚世界は、衝撃的だった。対象に自身が浸透し共鳴するその力はまさに天性の身体感覚であり、それは金子先生のいう「天人合一」や「アニミズム」の境地にすでに足を踏み入れている。
 三枝みずほ〈ページ繰る指に初夏の森の匂ひ〉等の明るいエロス。木村リュウジ〈夜という大きな鏡冬蝶来〉等の自己愛の昇華。泉陽太郎〈あきらめは効率的に山滴る〉等の軽妙な諧謔性にも惹かれた。次いで小松敦、黒済泰子、小林ろば、吉田和恵、大池桜子、葛城広光、高木水志、有栖川蘭子にも注目した。
■白石司子
①望月士郎②三枝みずほ③立川真理④木村リュウジ⑤大池桜子⑥河田清峰⑦葛城広光
⑧たけなか華那⑨小林育子⑩小林ろば
 日常的で軽妙な作品が多い中で、一位に挙げた望月士郎の〈忘却の日時計として案山子立つ〉〈背美くじら遠い隣にいて眠る〉〈ひとり灯して白梟に囲まれる〉、二位に挙げた三枝みずほの〈春塵をふり落としてはみな狐〉〈泉湧き出る便箋の一行目〉〈叱ってばかり金木犀の風が来る〉には、韻文としての更なる可能性を覚えた。三位には、おそらく十二歳という年齢でしかできないであろう〈芒原より一人称の少年来〉〈友達のともだちは猫ひなたぼこ〉〈ランドセルに異空間ありチョコレート〉などの句の立川真理を、四位には〈半分は薬のからだ百合活ける〉〈耳打ちのようだ訃報も残照も〉の木村リュウジを、五位に挙げた〈コスモス揺れるよビンタって初めて〉〈友達の結婚式って朧かな〉の大池桜子の口語調にもおもしろ味を感じた。六位から十位は拮抗。
 今後、ダークシー美紀、小松敦、中野佑海、泉陽太郎、松本千花、綾田節子、松崎あきらなどにも期待したい。
■高木一惠
①望月士郎②たけなか華那③小松敦④三枝みずほ⑤松本千花⑥泉陽太郎⑦小林ろば⑧木村リュウジ⑨松﨑あきら⑩立川真理
 〈髪洗う指にこの世の頭蓋骨/砂時計の中に二匹のアリジゴク 士郎〉〈しゃらっと妻茅花流しの継目にて/冬の月ラッコは自分の石を持つ 華那〉〈寒桜また夜の人たちが来る/眼差しの交わる匂い秋の蝶 敦〉作者それぞれの場の把握と創意に感嘆。新米同人の頃、兜太先生がお便りで「自己表現の節度」に言及されたが、今その御心が思い返される。
 〈虹のほうへ少女ふっと出る旋律 みずほ〉〈蓑虫やママが言うならそうだろう 千花〉〈あきらめは効率的に山滴る 陽太郎〉〈婆バクハツ半世紀ぶりの水着 ろば〉〈青き踏む証明写真撮る顔で リュウジ〉〈ぼぉーっと生きてる最初はタンポポ あきら〉〈病欠に忠犬のごとランドセル 真理〉新鮮な詩情が頼もしい。
 他候補に大池桜子、黒済泰子、中野佑海、前田恵、綾田節子、野口佐稔、上野有紀子、荻谷修、ダークシー美紀、仲村トヨ子、増田天志、山本幸風。立川弘子と中川邦雄、高木水志―老若共に想いが深い。
■武田伸一
①大池桜子②松本千花③小松敦④三枝みずほ⑤望月士郎⑥たけなか華那⑦松﨑あきら⑧小林ろば⑨立川真理⑩立川瑠璃
 選考作業をしていて、まず驚いたことは、新人賞の候補の顔触れが「海程」時代とがらり変わったことである。それも、次に示す候補者の各人一句をみても分かるとおり、レベルの高さは相当のものである。「海原」に期待されるものは大きいとつくづく思わされた。
 幸せかと聞く人嫌い石蕗の花 大池桜子
 忘るるは慰めに似て春の雲 松本千花
 心音の窪地を螢埋めつくす 小松敦
 泉湧き出る便箋の一行目 三枝みずほ
 悲しみが海鼠のかたちをして困る 望月士郎
 長く細い尾だ母の日の霧笛 たけなか華那
 迸り収斂する言葉春嵐 松﨑あきら
 鰊漬けあふれる愛を食べていた 小林ろば
 天界は死ぬることなし風の盆 立川真理
 日本列島被災の冬よはらからよ 立川瑠璃
 ほかにも大化けしそうな木村リュウジ、葛城広光、黒済泰子、武藤幹、吉田和恵、渡邉照香など多士済済、目が離せない。
■月野ぽぽな
①小松敦②三枝みずほ③たけなか華那④望月士郎⑤山本幸風⑥大池桜子⑦木村リュウジ⑧増田天志⑨泉陽太郎⑩中野佑海
小松〈眼差しの交わる匂い秋の蝶〉の詩性の充実、三枝〈泉湧き出る便箋の一行目〉の端々しい感性、たけなか〈塩飴ころがす口中に瀑布〉の発想と表現の自由さ、望月〈たんぽぽのわた吹く柔らかい自虐〉の言葉選択のセンス、山本〈抜けそこねたLINEグループしろばんば〉の現代の日常への視線、大池〈コスモス揺れるよビンタって初めて〉の発語の力強さ、木村〈牡丹雪鏡に溜まる独り言〉の孤心から溢れる詩、増田〈どこまでが青空なのか夏つばめ〉の漂流感覚、泉〈あきらめは効率的に山滴る〉の情の描き方、中野〈ジャズの香と夜桜我をたどる指〉に見る詩の開拓精神に注目。
 他にも綾田節子、上野有紀子、大西恵美子、葛城広光、川嶋安起夫、立川真理、ダークシー美紀、山本きよし、松本千花始め多くの俳諧自由作家を確認し諸氏に大いに期待する。海外の森本由美子、野口思づゑにも声援を。
■遠山郁好
①たけなか華那②三枝みずほ③望月士郎④大池桜子⑤黒済泰子⑥小松敦⑦前田恵⑧泉陽太郎⑨木村リュウジ⑩葛城広光
 榠樝ひろってきれいなんだよ毎日が たけなか華那
 虹のほうへ少女ふっと出る旋律 三枝みずほ
 悲しみが海鼠のかたちをして困る 望月士郎
 コスモス揺れるよビンタって初めて 大池桜子
 核心に触れぬ詫び状みみず鳴く 黒済泰子
 青葉闇くちうつしすることばかな 小松敦
 唐辛子嘘はぴちぴちと明るい 前田恵
 棺には死体と死んだ秋の花 泉陽太郎
 青き踏む証明写真撮る顔で 木村リュウジ
 天の川放火のように涼しいな 葛城広光
 感性の儘に多少の破綻も厭わず、何かに挑むという姿勢は新鮮で、新人賞に適うのではと考え、たけなか華那、三枝みずほ、大池桜子を選んだ。望月士郎、黒済泰子の好句をコンスタントに発表する安定感も頼もしい。この十名以外にも、川嶋安起夫、松本千花、小林ろば、有栖川蘭子、仲村トヨ子、綾田節子、日下若名に注目した。
■中村晋
①大池桜子②三枝みずほ③たけなか華那④望月士郎⑤渡邉照香⑥木村リュウジ⑦松本千花⑧泉陽太郎⑨川嶋安起夫⑩飯塚真弓
 大池〈檸檬切るわかりにくいのが幸せ〉屈折のある日常を巧みな取り合わせと韻律で表現し続けた安定感。三枝〈身をたたく雨だけを雨だと思ふ〉外界と内界との微妙な違和感を積極的に言葉にした意欲の強さ。たけなか〈あれだべさ雪塊かっぽんかっぽん流れてさ〉自身の風土を積極的に取り入れ大胆に表現する新鮮さ。望月士郎〈ひとり灯して白梟に囲まれる〉独特の抒情が定型の韻律になじんできた。渡邉〈狐火やシリアの石鹸匂ふ夜〉シリアの状況への憂慮。社会的関心のやわらかい結晶化。木村〈キョウチクトウ嫌いな人の名が綺麗〉自然に使う口語の魅力。松本〈色鳥を呼ぶ合法的に逢うために〉強引さと猥雑さの底知れないパワー。泉〈きみは去りぼくは長き夜にもどる〉少し内向する繊細な抒情。若さの憂愁。川嶋〈夏薊上手に書けぬ「正義」の文字〉積極的な社会性志向。飯塚〈水揚げの修羅場をあそぶ海鼠かな〉鮮度の高い生き物感覚と言語感覚。
■宮崎斗士
①望月士郎②三枝みずほ③黒済泰子④岡村伃志子⑤小松敦⑥小林ろば⑦山本幸風⑧たけなか華那⑨木村リュウジ⑩川嶋安起夫
 昨年の「海原」11月号より「後追い好句拝読」欄を担当。「海原集」を毎号くり返し精読した。一年を通しての印象……「海原集」は非常に刺激的かつ可能性に満ちたステージだということ。会友の方々の才気の迸り、俳句に対する情熱、探求心に幾度も唸らされた。記念すべき「第一回海原新人賞」。選考に当たり、作家性の豊かさ、表現の瑞々しさ、感覚の新鮮さなど、様々な観点から、あらためてじっくりと作品に触れさせていただいた。
 どの本で見かけた兎だったか雪 望月士郎
 両頬のいちご約束にうなずく 三枝みずほ
 草の花手話の夫婦に笑い皺 黒済泰子
 鳥渡る疎遠になりし人の指 岡村伃志子
 黒揚羽青空の集まってくる 小松敦
 古書店の主も客も雪虫ぽやっ 小林ろば
 祈りつつ朽ちてゆく家夏燕 山本幸風
 老シスターの笑み冬の産毛みたい たけなか華那
 牡丹雪鏡に溜まる独り言 木村リュウジ
 真実は深海魚の眼夏逝けり 川嶋安起夫
 その他、泉陽太郎、伊藤優子、井上俊子、大池桜子、日下若名、小林育子、高木水志、立川真理、中尾よしこ、永田和子、仲村トヨ子、松﨑あきら、矢部すゞ、以上の方々に心が残っている。

第1回 海原賞

『海原』No.13(2019/11/1発行)誌面より。

◆第1回 海原賞

【受賞者】
 小西瞬夏
 水野真由美
 室田洋子

【選考経緯】
 『海原』2018年9月号(創刊号)~2019年7・8月合併号(10号)に発表された同人作品を対象に、選考委員が1位から5位までの順位をつけ、選出した(旧『海程』の海程賞を引き継ぐかたちで、海程賞受賞者は対象から除外した)。
 得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、小西瞬夏・水野真由美・室田洋子への支持が多く、得点も拮抗しているため、3人への授賞を決定した。

【受賞作品抄】

冬日。  小西瞬夏
せんせいのこゑ春星にまぎれさう
みづうみの青しおおかみ呼べばなほ
海原を欲る白シャツを白く干し
薬包紙より初夏の波の音
腹帯を巻けばしづかに泉鳴る
また音叉鳴るやう六月の歯痛
更衣へてまづしきからだしづもれり
素数あり一途に孑孒生まれけり
誘蛾灯その夜の淵に鍵落とし
ヒロシマの水ナガサキの水滴れる
ほうたるの夜の火薬庫の匂ふなり
花野風浅き傷より乾きゆく
菊を焚く昼のこめかみ煙るなり
白き鳥見しより耳朶に秋の風
サルトルの眼鏡どこまで芒原
白萩の白の崩るるまで待たせ
煙突が白蝶を吐く震災忌
まつさらなからだをしまふ長き夜
夢を喰ふけものや夜を着ぶくれて
冬日。ちひさき母のまた小さく

柊の花  水野真由美
納骨の日の春蘭のうすみどり
武州にはあけびの花の咲く日なり
師を送る旅の真昼のえごの花
さびしさに睡くなりけりたんぽぽ黄
流れゆく一人でありぬえごの花
山影に蜻蛉の大群兜太来る
われもまた夏霧の落とし物なり
夏月の影森行の汽笛かな
霧の旅一本の木に会ひにゆく
小鳥来て辞書引く息のやわらかく
秋蝶の飛ぶとき兄の老ゆるなり
ちひさき舟のちひさき睡り紫苑咲く
木犀の散りつくすまで師を待てり
ホルモン焼のひかり食堂かりん落つ
三角形いくつも描いて冬に入る
海に遠く柊の花の匂へりき
花柊少年の耳ちひさくて
くるぶしの寂しさ枇杷の花咲きぬ
父を呼ばねば届かぬ高さ朴の花
海にも空にも帰れぬわれら草を摘む

兎のように  室田洋子
折り紙の角のゆるんで柳の芽
春の瀞先生スープ召しあがれ
花馬酔木ひと日をすべて書き留めて
しぼみゆく夫の掌朴の花
梔子のほのと生家は灯るかな
お墓参りずっとお喋りさるすべり
マーガレット本当はわたし飛べるのよ
姉さんの全円スカート無花果食う
晩夏かな半熟卵に刃をあてて
転がって昔の音の椿の実
髪ほどくまんじゅしゃげ白まんじゅしゃげ
いなびかり兎のようにひとりきり
竜胆にきれいな約束が明日
蓮の実飛ぶもう一駅歩こうよ
冬青の実雪ノ下郵便局で投函
日付のようにヨットの並ぶ由比ヶ浜
さびしいは自由の同義語冬カモメ
立ち読みの背中あかるい寒林
冬林檎鼻がひくくて愛される
梅咲いて一緒に笑うあなたがいない

【候補作品抄】

有漏路ゆく  中内亮玄
兜太先生白梅咲いてますねここ
有漏路ゆく春雨に稚児光りつつ
麦秋の彼方へ人は火事を抱き
春光茂る公園淡き恋かな
苔寺に慈雨楚々と降る牛横切る
電線たわむ秋雨さりさりと慕情
小さな子は小さなあくび木の実降る
満開の漢の寿命冬銀河
蟹割ってみて雪明かりと思う
師を思うひとつに厚きてのひら忌

東京奇譚  日高玲
蛍籠大往生の息通る
草刈女水のひびきを思慕しつつ
天上のひとに弟子入り草刈女
哀歌として犬の目はあり合歓の花
鮎焼くとネパール人の覗く庭
東京奇譚古アパートの竈猫
枯葦の間に刺さるバイオリン
春の祭典少女と少年入れ替わる
産卵の漆黒を聞く夜となり
巣箱掛けて流れはじめる足の裏

野にほどく  川田由美子
穭田のしずかな呼吸褥かな
野に母の点描のごと曼珠沙華
今日の黙身体に残る花野かな
羽ばたきは鈍色の針冬野道
日向ぼこ母居る水脈に棹を差す
まんさくの薄き縫い目を野にほどく
枕木と同じ匂いの春の鳶
うっすらと引き潮の音花蘇枋
青嵐小窓のような家族かな
ほたるぶくろ流されているふっと青

周波数  鳥山由貴子
春の風邪石灰石の貨車過る
すべて射程のなかタンポポも少年も
春が逝く白抜きのわたしのカモメ
ヒヤシンス風の少年導火線
少女期後篇つるばみの花ざかり
満天星躑躅水平器の泡動く
どこまでも荒野少年蚊帳を出て
草原に星飛ぶ夜の輪転機
少年の髪に絡まる蜥蜴の尾
烏瓜わたしと同じ周波数

母ひとり  藤田敦子
母ひとり漢の貌で毛虫焼く
哀しみは伏流水のごと青嶺
往き往きて草の冠敗戦日
新涼や一卵性の海と空
暴れ萩母は静かに手折るかな
残照の縄跳びどこでやめようか
大根炊く夫の寡黙を手で量り
声上げぬ列島鯨ひるがえる
冬凪やどこにもゆかぬ亡父といる
花曇母から母が消えてゆく

エナメル質  横地かをる
鳥帰るエナメル質の声出して
あれから七年三春桜に会いに行く
野遊びの人ももいろの口ひらく
娘家族迎え山法師の気分
多数決って理不尽なこと若夏
人間をみておる出目金の退屈
雨の日のえのころ草は孤独らし
昨日よりあおき感情小鳥来る
綿虫や息の根ふれし京都御所
フルートの少女つめたき耳ふたつ

【海原賞選考感想】

■安西篤
①日高玲②小西瞬夏③室田洋子④伊藤巌⑤中内亮玄
 昨年の候補五名のうち、受賞を逸した二名をそのままの順で一、二位に推し、三位以下はまったく新しい視点から見直した。上位二名にゆるぎのない実力を感じたからだ。
 一位日高は、社会性から懐かしい市井感に及ぶ幅広い領域を渉猟し、独自の句境を開拓しつつある。言語感覚に厚みがあってスケールも大きい。〈東京奇譚古アパートの竈猫〉。二位小西の持続力のある感性は依然ダイナミック、時に危機意識をともなうほどの物語性への仕掛けをする。〈ほうたるの夜の火薬庫の匂ふなり〉。三位室田は、ナイーブで柔軟な言語感覚と自在な日常感の発掘によって、しばしば句会の人気を浚う。〈さびしいは自由の同義語冬カモメ〉。四位伊藤は、もともと風土に根ざす叙情派の体質ながら、最近は時事的な題材にも積極的に仕掛けて句境をひろげつつある。〈人の世に優生保護法猫の恋〉。五位中内は、やや荒削りながらエネルギッシュにぶっつけてくる情感に若々しい魅力がある。〈電線たわむ秋雨さりさりと慕情〉。未完の大器。
 他に注目したのは、有村王志、伊藤雅彦、河西志帆、北上正枝、黒岡洋子、清水茉紀、関田誓炎、竹田昭江等。誰が出てきてもおかしくない。

■石川青狼
①水野真由美②室田洋子③小西瞬夏④日高玲⑤有村王志
 第一回の海原賞選考に重責を感じながら、海程時代に培われた実力と更なる可能性を秘めた作家への期待を込めて選考させて頂いた。
 一位に推した水野は〈霧の旅一本の木に会ひにゆく〉〈蜻蛉追ふかたちとなりて僧ひとり〉等の沈潜する漂泊感を一年通して書き上げた。二位の室田の〈晩夏かな半熟卵に刃をあてて〉〈立ち読みの背中あかるい寒林〉の軽妙な語り口の中に切れ味鋭い感性を内包。三位の小西は注目の作家で〈子宮かろし春昼の橋渡り終へ〉〈あたらしき風くれば鳴る蝶の骨〉の研ぎ澄まされた感性を推す。四位の日高は〈天上のひとに弟子入り草刈女〉〈東京奇譚古アパートの竈猫〉に見る硬質な作風に魅力を感じた。五位の有村王志は〈蕨一束ほどの帰心で立っている〉〈吊し柿疎遠のままの兄逝けり〉の風土に沁み込んだ詩情を真摯に表現する姿勢を推す。選考外としたが北海道勢を牽引するベテラン作家十河宣洋をはじめ、北條貢司、佐々木宏、奥野ちあき、笹岡素子、伊藤歩の活躍を頼もしく思い、大いに期待したい。

■武田伸一
①小西瞬夏②室田洋子③中内亮玄④日高玲⑤船越みよ
 《風の衆》が二名、《帆の衆》が三名。これからの更なる発展を期待しての選考となった。小西瞬夏は、〈春の雨耳朶透けるやうに夜〉〈まつさらなからだをしまふ長き夜〉など、繊細な感覚を駆使しつつ、独りよがりに陥ることなく、意欲的に独自の世界を展開してみせた。室田洋子は〈さびしいは自由の同義語冬カモメ〉〈台風の匂いがすこし恋人よ〉など、心理のアヤを軽やかに形象化して見せる。中内亮玄は〈蟹割ってみて雪明かりと思う〉〈イオン右手に春三日月の騒々し〉など、異空間への鋭い切り込みにて、中内ワールドを確立、次への期待が大きい。日高玲は、〈芭蕉七部集に書き込みのあり雛の家〉〈東京奇譚古アパートの竈猫〉など対象の分厚い切り取りに力があり、読み手を圧倒した。船越みよは、〈生いちじくの緩い食感愛に飢え〉〈原発禍蜜吸う蜂の無垢な刻〉など、生活実感を詩に昇華する術を身につけ、心強い。
 河西志帆、黒岡洋子、水野真由美、横山隆。新進の石川まゆみ、伊藤巌、伊藤幸、大池美木、楠井収、笹岡素子、すずき穂波、鳥山由貴子、三浦静佳、三好つや子などにも注目。

■舘岡誠二
①小西瞬夏②中内亮玄③宇川啓子④河西志帆⑤船越みよ
 第一回海原賞。優秀な作家が多いことを再確認でき、素晴らしいと思った。
 自然風土と時代性、人生に深くかかわり妙に新鮮でサッパリして迫ってくる作品を心がけて選んだ。
 ほうたるの夜の火薬庫の匂ふなり 小西瞬夏
 花野風浅き傷より乾きゆく     〃
 蟹割ってみて雪明かりと思う 中内亮玄
 満開の漢の寿命冬銀河     〃
 春三ヵ月どこか危うい国に住み 宇川啓子
 あけびの実破裂しそうな十五歳  〃
 五輪より福島大事いのこずち 河西志帆
 逝きて戻らぬとりあえず冷奴  〃
 原発禍蜜吸う蜂の無垢な刻 船越みよ
 戦のにおいサンタ淋しき眉と髭 〃
 皆さん一層頑張ってください。

■田中亜美
①藤田敦子②鱸久子③室田洋子④齊藤しじみ⑤佐藤詠子
 藤田敦子の安定した定型感覚に共鳴。〈落花累々かりそめの夜をひた歩く〉〈往き往きて草の冠敗戦日〉〈災害の夏に生まれし子のしづか〉〈稜線をすべてはみ出し秋の行く〉〈花曇母から母が消えてゆく〉。内容がすっと頭に入り、じんわりと思いが広がる。
 鱸久子のモノに即した表現と歯切れのよい韻律。〈囁いてふわふわ笑う草の花〉〈「塩小賣所」の琺瑯看板秋相模〉〈リリヤン編む秋しんしん蚕の眠り深深〉。言葉の勢いが若々しい。
 室田洋子の口語表現に注目。言葉の運動神経が抜群の作者と思う。〈冬青の実雪ノ下郵便局で投函〉〈竜胆にきれいな約束が明日〉〈鳥渡るサーフボードに小さくK〉。
 齊藤しじみのバランス感覚のとれた知性の楽しさ。〈春愁や赤福の餡均したし〉〈背後より手綱のごときランドセル〉〈老記者の一人語りや五月三日〉。
 佐藤詠子の甘美だが抑制の効いた表現に惹かれた。〈色鳥や風の淋しさ持ち帰る〉〈誰よりも会いたい人が秋黴雨〉〈雨意すべて消えてゆくかな花万朶〉。

■野﨑憲子
①水野真由美②中内亮玄③竹本仰④伊藤幸⑤小西瞬夏
 山影に蜻蛉の大群兜太来る 真由美
 兜太先生白梅咲いてますねここ 亮玄
 ひとはひとの匂いを漂流春岬 仰
 蟻ガキテオロオロアルク賢治の碑 幸
 子宮かろし春昼の橋渡り終へ 瞬夏
 第一回「海原」賞選考に関わらせていただき光栄です。迷いに迷った挙句、敬愛する諸先輩は別格とし、私(昭和二十八年生まれ)より若い方々に的を絞り順位を付けさせていただきました。一位の水野さんは、丸ごと縄文を思わせる自然体の作品と文章に圧倒的迫力あり。二位の中内さんは、進化を続けるパワフルな行動力と情感たっぷりの作品に注目。竹本さんは、豊饒な沃野を思わせる鑑賞とエッジの効いた感性豊かな作品が魅力。伊藤さんは、鋭い観察眼と作品の完成度の高さが抜群。小西さんは、今年は少し力を溜めている感。新たな飛躍がますます楽しみです。
 他に、室田洋子さん、菫振華さん、桂凜火さん、新野祐子さん、藤田敦子さん等、さすがに「海原」。気になる作家、数多です。

■藤野武
①川田由美子②丹生千賀③鳥山由貴子④黍野恵⑤木下ようこ
 川田由美子の繊細な感覚の情感あふれる句に、成熟を見る。〈穭田のしずかな呼吸褥かな〉〈まんさくの薄き縫い目を野にほどく〉。じつ 丹生千賀の「実」に根差した俳句世界の豊饒。〈紫陽花の孵化とも違うあふれよう〉〈毛玉なども繁るや言葉にはなれず〉。鳥山由貴子は純で透明な、(詩的な映像の)、叙情の魅力。〈春が逝く白抜きのわたしのカモメ〉〈草原に星飛ぶ夜の輪転機〉。黍野恵のエスプリの利いた、個性的な感受と切り口の洗練。〈瑠璃立羽夏の記憶をなかおもて〉〈実柘榴や母の凄みに息をつめ〉。木下ようこは、ありふれた日常から「詩」を紡ぎ出す。その力量。〈八十八夜のかるいブリキの音だ父〉〈冬鳥が落葉に足を突つ込む泣く〉。
 このほかに、前述五名と甲乙つけがたく小西瞬夏。さらに、河西志帆、竹田昭江、清水茉紀、室田洋子、中塚紀代子、黒岡洋子、藤原美恵子、マブソン青眼に注目。六本木いつき、ナカムラ薫の個性にも魅かれた。

■堀之内長一
①室田洋子②中内亮玄③日高玲④水野真由美⑤小西瞬夏
 室田洋子の軽やかだが実のある俳句は貴重である。本人はあまり自覚していないように見えるけれども。夫のいなくなった時空間に漂う感情をしみじみと詠んだ一年だった。〈いなびかり兎のようにひとりきり〉。中内亮玄は独自の映像を築き上げつつある。もともと叙情の作家ではあったのだが、そこに自分なりの覚悟というか意志を加えつつある。時に甘さがあるのも愛嬌か。〈苔寺に慈雨楚々と降る牛横切る〉。本格派の日高玲も順調に自分の世界を自由に飛び回っている。俳味を隠し味にして。〈鮎焼くとネパール人の覗く庭〉。これまで受賞していなかったというのも水野真由美らしい不可思議。その詩質は本物である。〈父を呼ばねば届かぬ高さ朴の花〉。揺れ動くこと、そのことが魅力の小西瞬夏。〈煙突が白蝶を吐く震災忌〉。

■前川弘明
①小西瞬夏②横地かをる③水野真由美④室田洋子⑤川田由美子
 小西瞬夏は、情感を伴いながら安定した作品であった。句を詠むときの小西の心中にひとすじの芯のようなものを持っているように感じた。大切にして作句に励んでほしい。
 腹帯を巻けばしづかに泉鳴る 小西瞬夏
 黴の花ちらかつてゐる嘘まこと 〃
 煙突が白蝶を吐く震災忌    〃
 横地かをるは、ゆるやかな情感の作品。
 水底をともしていたり時鳥 横地かをる
 フルートの少女つめたき耳ふたつ 〃
 水野真由美は、率直な抒情の句。
 霧の旅一本の木に会ひにゆく 水野真由美
 くるぶしの寂しさ枇杷の花咲きぬ 〃
 いなびかり兎のようにひとりきり 室田洋子
 青葉木菟胸にストロボの点滅 川田由美子

■松本勇二
①水野真由美②小池弘子③狩野康子④藤原美恵子⑤松本豪
 一位の水野真由美はその風貌とは全く遠い静かな抒情に吸引力があった。そして何年もぶれることがない。この抒情性は海原作家の中でも際立っている。〈山茱萸に雲に手をあて逝きしかな〉〈蜻蛉追ふかたちとなりて僧ひとり〉。小池弘子は風土に立脚しその風土を明るく書こうとする姿勢を称えたい。暗くて重い風土俳句は巷に溢れている。〈ふわっと歩いてざざーっと付いて草虱〉〈雨脚の速さ刈田は古書の匂い〉。狩野康子は感覚を優先して書いた句に切れ味があった。〈立春や羽化には邪魔な乳房持ち〉〈干柿の中の明るさ美容室〉。藤原美恵子の句は機知に富み決して一定の着地を好まない。〈二股のだいこひんやり三回忌〉〈出てこない歌に似ている烏瓜〉。松本豪は諧謔性と向日性が持ち味で一年間安定していた。〈蚊遣豚桂馬にこりと裏返る〉〈仔猫に鈴俺に大腸ポリープかな〉。
 後、木下ようこの自在な発語感、川田由美子の高潔な詩性、山内崇弘の俳諧自由、奥山和子の日常からの浮上、近藤亜沙美の虚構、らふ亜沙弥の直情、金並れい子の構成力、室田洋子の自然体などに注目した。
 分かって貰えないだろうと引っ込めた句にこそ自分がいる、どんな句でも他人は案外分かってくれる。

■山中葛子
①室田洋子②小西瞬夏③水野真由美④鳥山由貴子⑤黒岡洋子
 第一回の記念すべき「海原賞」の選考に当たり、俳諧自由をめざす気力あふれる作家の台頭が実感される、「海原」への期待が増すなかで、ことに充実感のゆたかさに注目した。
 一位の室田洋子は、〈「さみしい」の使用を禁ず吾亦紅〉〈さびしいは自由の同義語冬カモメ〉〈春の瀞先生スープ召しあがれ〉の、日常の気分を”まあるくとばす”比喩の妙。いよいよ自由で個性的な作品を示した。二位の小西瞬夏は、〈子宮かろし春昼の橋渡り終へ〉〈ほうたるの夜の火薬庫の匂ふなり〉の、生理感覚ともいうべき特有の心理を、美意識に高められた独自さ。三位の水野真由美は、〈父を呼ばねば届かぬ高さ朴の花〉〈流れゆく一人でありぬえごの花〉など、韻律の自在さをみせた抒情の見事さ。四位の鳥山由貴子は、〈蠅取リボンアインシュタイン舌を出す〉など、独自な感性で描き出した映像力のゆたかさは期待そのもの。五位の黒岡洋子は、
〈私雨薄葉紙うすようの香よ紀音夫忌よ〉など、多彩な表現領域をみごとに描き出した。なお、中内亮玄の即興の臨場感。片岡秀樹の社会を投影した鮮度。狩野康子の詩力のかがやき。また日高玲、楠井収、並木邑人、有村王志など。

■若森京子
①小西瞬夏②水野真由美③日高玲④三世川浩司⑤横地かをる
 子宮かろし春昼の橋渡り終へ  瞬夏
 まつさらなからだをしまふ長き夜 〃
 山茉萸の黄を反戦の水脈とせり 真由美
 流れゆく一人でありぬえごの花  〃
 東京奇譚古アパートの竈猫 玲
 小鳥来て赤ん坊の表情筋  〃
 「海原」になっての一年間、三人各々の特性を活かしモチベーションの持続に大差は無かった。〈蕪つやつやザビエルのことなど〉〈カワセミきて三角公園がびしょぬれ〉の三世川は新しい感覚のダークホース。〈綿虫や息の根ふれし京都御所〉〈白日の鵙の気迫を我にも欲し〉俳句の本質からずれることのない作風の横地。五位には入らなかったが、〈春の瀞先生スープ召しあがれ〉の室田洋子。〈納棺師動かざるものに春の虹〉の赤崎ゆういち。中内亮玄、奥山和子、山本掌、桂凜火、平田薫、三好つや子、仁田脇一石、竹本仰、三浦静佳と注目。紙面には書けないが沢山の有望作家がひしめいている。第一回なので緊張感をもって選をした。兜太師の遺志を継ぐ「海原」の未来は明るい。

嶺岸さとし句集『天地』(あめつち)

自らを耕し深めたもの  武藤鉦二

 句集『天地』は、著者が俳句を始めてから一〇年の三二〇句である。句作りを始めてすぐ「海程集」で金子兜太主宰の選を受け、たちまち新人賞候補に名を連ね、二〇一六年同人に推挙されている。嶺岸は「もし俳句に出会わなかったら、どんな一〇年になっていたか」「俳句の魅力は想像以上でした」と言う。
  真っ直ぐは疎まるる性韮の花
  実は根がはにかみ屋です菠薐草
  決め台詞持たずに生きて心太

 中村孝史の序文によれば、嶺岸は「僕は理屈っぽい男なんで感性を磨くために俳句を始めることにした」と自己紹介したという。真っ直ぐで正義感強くやや理屈っぽく、はにかみ屋で、すかっとした啖呵など吐けなかった嶺岸が、次第に視野を広げ、隠し持っていた感性を伸び伸びと生かしている。それぞれ「韮の花」「葱坊主」「菠薐草」「心太」の配合に、それが表れているではないか。
宮城に住む嶺岸は「俳句を始めて一〇年の中で最大の出来事は、あの東日本大震災と福島の原発事故だった」と言い、何とか句に詠もうともがき続け、特に「原発事故と人々の暮らしへのこだわり」を持ち続けている。
  津波あと錆びし鉄路に鼓草
  手付かずの廃炉横目にあめんぼう
  萬の向日葵被曝の大地掴み立つ

 大津波に呑み込まれて不通のままの線路にけなげなまでのタンポポの黄色が鮮烈だ。五〇年・一〇〇年掛かって処理できるのかも不明な壊れた原子炉、被曝のため全村避難して無人と化した大地に踏ん張っている無数の大向日葵。
  避難児の空席ひとつ冬日差す
 高校教師だった彼は、教室の空席ひとつに顔を曇らせる。大震災・津波により避難した生徒の席なのだ。私も中学教師だったので、被災ではなくてもその日の空席が気になって落ち込んだもの。何日ぶりかの冬の日差しのなか、ぽつんと空席のあるつらさ。
  疎まれてタンク千基の春の水
 メルトダウンした原発からの汚染水のタンクが、日々増えていく。この汚染水は処理できないまま、どこにも持って行けないまま、増えていく。それさえも春の水であることの辛さ悲しさ、そして怒り。さらに、被爆地の汚染土も、真っ黒い袋に入れて各地に積み上げられたままなのだ。どこにも持って行けず処理できない汚染水のタンクと汚染土の黒い袋が積み上げられているフクシマの現実がここに描かれる。
 教職を退いたあと、彼は畑仕事に精を出している。「たんぽぽや端農はしたのう身の丈に合う」と作り、「端農はしたのう」として土を耕す。
  大根抜きしうろにいのちの温みかな
 理に傾きがちな面があると自覚していた著者が、土に根ざし作物を育て始めたことは、彼の感性を掘り起こす大きなきっかけになっているようだ。畝を盛り上げ、種を蒔いた時から日々丹精込めて育てた太く立派な大根の収穫の喜びを体感する。立派な大根を抜いた後の畝の黒土に大きく空いた穴・つまり洞に、命の温みを感じた嶺岸の表情が見えてうれしい。「~洞にいのちの温みかな」の実感のすごさに目を見張るばかりだ。
  大白菜尻の重さを抱き穫る
 同様に、大きく育った白菜を、全身で女性を抱くように愛しみながら収穫する。
  へぼ胡瓜健全という曲がり方
  曲がれるを誇りに峡の地大根

 飽食の現代は、真っ直ぐに育てた胡瓜でないと売り物にならない。曲がった胡瓜はへぼ胡瓜として処理されてしまうが、胡瓜に罪はない。自由に健全に育って曲がっただけなのだ。地大根も、大地の様相によって曲がっただけなのだから、威張って当然なのだ。農作物への嶺岸の愛が強く表れている。
  青空へ大地うっちゃる大根引
 自ら農家の端くれと言いつつも、大根をうっちゃるのではなく、大地をうっちゃるほどになっているのだから。
  武器持たぬものの尊厳冬菜畑
 「兜太主宰の選の無い『海原』は都会的なセンスの句が主流になって、土臭い句は流行らなくなるぞ」と言い切った人もいて、その通りかも知れぬ。が、それはどうでもいい。嶺岸は宮城の地に、武藤は秋田の土にこだわっていくばかりだ。
  不易とは母の猫背の草むしり
  父の背は最初の他人蛇の衣

 働く母の姿が目に焼き付いていて永遠に変わらない。また、どうにも敵わない男としての父の姿に嫉妬すら覚える息子のまなざしがいい。
  歪むからこころなんだよしゃぼん玉
  すててこの捨てがたきこと蛇の衣
  遁走に処世の快感耳袋

 自分を「理屈っぽい男」と言っていた彼のこの柔らかさはどうだ。また、
 春一番パソコンを猫踏んじゃった
 逃げ水を追う猫放哉かもしれぬ

など、遊び心を持ち始めた余裕ある句作りもうれしい。素材も対象も無限に拓いていく可能性が見えてくるのだ。
  亀鳴くや大器晩成にして余生
  余生にも種火はあるさ茄子の花

 これからへの意気が頼もしい。ぜひ余生の中の種火を基にして大器晩成を目指してほしいものだ。
 そのほか、触れたかった句。
  廃校の夜空はまろし盆踊
  藁蒲団少し
つのある温みかな
  冬の駅みな隠し持つ尾骶骨

  他人ひと救う嘘もあります心太
  子連れママみんな素っぴん青蛙

 終わりに、嶺岸さとしの兜太先生追悼の一句をあげおく。
  兜太逝く春星天に収まらず
(文中敬称省略)