2023年夏【第5回】兜太通信俳句祭《結果発表》

『海原』No.51(2023/9/1発行)誌面より

2023年夏【第5回】兜太通信俳句祭《結果発表》

 第5回を迎えました「兜太通信俳句祭」。参加者数は計110名。出句数は計220句でした。大勢の方のご参加、あらためまして厚く御礼申し上げます。
 参加者全員に出句一覧を送付。一般選者の方々には7句選、23名の特別選者の方々には11句選(そのうち1句特選・10句秀逸)をお願いしました。
 以下、選句結果、特別選者講評となります。(まとめ・宮崎斗士)

☆ベストテン☆

《21点》
青林檎に歯形小気味いい異論 綾田節子

《20点》
はつなつの水面すうっと切り傷 川田由美子

《19点》
ひとりとは白湯がひっそり冷めるところ 伊藤淳子
竹皮を脱ぐ青年は昏いつつ 堀之内長一
寿命という軽いのりもの百千鳥 若森京子

《16点》
八月の影脱ぐように喪服ぬぐ 北上正枝
兜太句をそらんじている牛蛙 北村美都子
麦熟れ星兜太無限に去来する 船越みよ

《14点》
いもうとのうしろがいつも夕焼ける 鳥山由貴子

《12点》
苺つぶす無心につぶす鬱潰す 宇川啓子
降り始めの雨音が好き守宮です 遠藤路子
さみだるる断るときの「だいじょうぶ」 松本千花

【11点句】
蝶生れ森に神経満ちてくる 十河宣洋
朗らかに貧乏であるプラタナス 室田洋子

【10点句】
ほとり
辺とは風の余韻の青芒 伊藤淳子
居るはずのない人といて春の昼 森由美子

【9点句】
いもうとが波打際にいる五月 芹沢愛子
新緑に匂い出したる素顔かな 高木水志
人間を休みたい午後ダリア剪る 竹田昭江
スケッチの少年青葉の言葉話す 三浦二三子
初蛍未完成でもいいのです 横田和子
天辺の好きな鳥から夏に入る 横地かをる
灯心蜻蛉ふっと言霊点します 横地かをる

【8点句】
花疲れどの本能も遊び下手 木村寛伸
昭和の日昭和の傷へオロナイン 後藤雅文
兜太忌を平和祈の日とも詠み込んで 島﨑道子
犬が死んだ白を尽くして木槿咲く 竹田昭江
舟虫のやたら子分になりたがる 松本千花
あと何字生きられるかな新茶汲む 宮崎斗士

【7点句】
新茶飲む知覧の二文字見詰めつつ 鵜飼春蕙
わやわやと曲がるストロー夏に入る 小西瞬夏
兜太杏子談笑談義花筵 島﨑道子
目に青葉こころに戦止まぬこと 鈴木栄司
腕時計を置く音父に父の日果つ 中村晋
他言無用これは郭公のたまご 三浦静佳
かわほり飛ぶ波が大魚になる夜を 三浦二三子
平和とうモザイクかかる白紫陽花 室田洋子
夏の空ふいに銃後となりにけり 矢野二十四
脳外科にいてひたひたと青葉潮 若森京子
花心には懺悔室ありしろい薔薇 渡辺のり子

【6点句】
五月の田父は牛なり四つ脚なり 大沢輝一
行ったきり帰らぬズック広島忌 大髙洋子
そらみみの近くにありぬ袋角 こしのゆみこ
逃水のみんなサンダル履きだった こしのゆみこ
麦の秋師のこの径を辿るかな 篠田悦子
富むことは盗むと同じ蟻地獄 藤玲人
頬杖はいま新緑のなかをゆく 平田薫
厚みある紹介状よ五月闇 平山圭子
五月雨や木馬出征する目付き 松本勇二
蜜柑の花だね母若き日の横顔 村松喜代
「ガンバレナイ」。ひまわりが押印す 茂里美絵

【5点句】
緑陰にふたりごころの片方かたえかな 安西篤
逃水や自分の影に色がない 河西志帆
泥炭地住めばわらびの血が混じる 佐々木宏
チャットアプリ津軽弁といふ難問 塩野正春
9条の枕詞であれ非戦 中村道子
天地返して青水無月に染む手足 根本菜穂子
文字摺草心許なきパスワード 根本菜穂子
青春は車中にリュック直に置く 野口佐稔
新緑揮発して風甘く膨らむ 増田暁子
母の夏様々神へ返しつつ 村松喜代
この夜のこの世の線香花火 指 望月士郎
まぼろしの斜塔が見えてきて白雨 望月士郎
ふりつもる星のさざめき山法師 森由美子
運命でない人と心太啜る 柳生正名

《参考》兜太通信俳句祭の高点句
◆第3回 2022年春のベスト5
感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
あやとりの橋を来る妣ぼたんゆき 北村美都子
臍の緒の続きに母の毛糸玉 河西志帆
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子
すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子
◆第4回 2022年秋のベスト5
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
白雨ですぼくを象どる僕のシャツ 大沢輝一
この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子
ひとり身の怒りは不発ころんと枇杷 森由美子
草いきれ痩せっぽっちの特攻碑 藤田敦子

特別選者の選句と講評☆一句目が特選句

【安西篤選】
麦熟れ星兜太無限に去来する 船越みよ

新緑揮発して風甘く膨らむ 増田暁子
粽結ふ母の手の窪の故郷かな 赤崎裕太
ほとりとは風の余韻の青芒 伊藤淳子
母娘の絆やまざくらのロンド 梨本洋子
花疲れどの本能も遊び下手 木村寛伸
居るはずのない人といて春の昼 森由美子
青林檎に歯形小気味いい異論 綾田節子
灯心蜻蛉ふっと言霊点します 横地かをる
含羞や遺影の前のわが裸身 石川青狼
蝶生れ森に神経満ちてくる 十河宣洋
  ◇
 特選〈麦熟れ星〉麦熟れ星の輝く天に、兜太師の魂は無限に去来する。永遠といわず無限として、繰り返し出現する具象感。〈新緑〉新緑の揮発性が、風の体感に溶けて。〈粽結ふ〉故郷は、粽結ふ母の掌の窪みそのもの。〈ほとりとは〉大和言葉の辺とは、まさに。〈母娘の絆〉いつも父親はカヤの外。〈花疲れ〉兜太師もって如何となす。陰に声あり「死ななきゃ治らない」。〈居るはずの〉不在の人こそいつまでも心の中に生き続ける。〈青林檎に〉カリッと来る音、一気に広がる酸っぱさ。その小気味よさ。〈灯心蜻蛉〉体の形を灯心に喩え、そこに言霊が点るとみる生きもの感覚。〈含羞や〉夫か恋人の遺影の前で裸身をさらす含羞。反転した恋しさ。〈蝶生れ〉蝶の乱舞の軌跡から、森中に生きものの神経満ちわたる気配。

【石川青狼選】
春氷にさざ波玉響たまゆらの潜みたる 黒岡洋子

苺つぶす無心につぶす鬱潰す 宇川啓子
振鈴にまいまいつぶりあつまり来 榎本祐子
伏線は花眼曖昧な春の闇 榎本愛子
メーデーは昭和の遺物「化石賞」 川崎益太郎
たんぽぽの根を炒りながらする話 三好つや子
犀の息うずうずと黴雨国家 すずき穂波
五月のドローン俺の禿頭は浮標 尾形ゆきお
まどろめば雲降りてくる鷺の抱卵 平田薫
牛蛙の遊牡つるみ見ぬふり寺の道 小田嶋美和子
銃後とやががんぼ額に触れゆくも 堀之内長一
  ◇
 特選〈春氷にさざ波玉響たまゆらの潜みたる〉春先になって寒さが戻り、道端に薄く張っている氷を見かけ、立ちどまりじっと見詰める。その氷が、まるでさざ波のような波形を閉じこめているように輝いて見えたのだ。氷る一瞬、瞬間に触れ合い響き合いながら放つ音を「玉響たまゆら」という古語の響きで再現させ「潜みたる」と表現する詩情に惹かれた。私などは、ついバリバリと音を立てて薄氷の上を踏み歩き、その割れる音を楽しんでしまうのだが。
 秀逸〈犀の息うずうずと黴雨国家〉この句の「犀」と「国家」の取り合せに、「犀の息」に潜む凶暴なイメージを放出し、得体の知れない暗黒国家像を「うずうずと黴雨」という陰湿な皮膚感覚で内包させ、現在の社会性を表現しようとしている意思を感じた。
 〈五月のドローン俺の禿頭は浮標〉〈牛蛙の遊牡つるみ見ぬふり寺の道〉に垣間見る何とも言えない俳味を嬉しく思う。俳句を心底楽しみたい。そんな時代になって欲しいと願うのだが。

【伊藤淳子選】
母の夏様々神へ返しつつ 村松喜代

緑陰にふたりごころの片方かたえかな 安西篤
はつなつの水面すうっと切り傷 川田由美子
いもうとが波打際にいる五月 芹沢愛子
天辺の好きな鳥から夏に入る 横地かをる
目撃者の顔になってる梅の青 三好つや子
犬が死んだ白を尽くして木槿咲く 竹田昭江
青林檎に歯形小気味いい異論 綾田節子
わやわやと曲がるストロー夏に入る 小西瞬夏
逃水や自分の影に色がない 河西志帆
朗らかに貧乏であるプラタナス 室田洋子
  ◇
 特選句〈母の夏〉人はこの世に生を受けてより生きてゆく過程で様々なものを身につけ与えられて生きてきたのである。それを神へお返しする時が来たのだと。省略の利いた一句から感じられるきびしさ。母の晩年の日常を書いてするどい。
 秀逸句〈緑陰に〉ふたりごころの解釈が鮮しい。〈はつなつの〉夏の初めの光が放つ季節感が良く感じられる。〈いもうとが〉波打際にいるいもうとへの視線があたたかい。波の音とはるかな水平線。五月が決まっている。〈天辺の〉樹の天辺に一羽で止まっている鳥。はつ夏の或る日の景色をさりげなく見せてくれた。季語がぴたりと決まった。〈目撃者の〉青梅が丸丸と大きくなって葉隠れに見えかくれしている様子をユーモラスに表現した。〈犬が死んだ〉このぶっきらぼうな言葉と、木槿が白を尽くして咲いたという中七下五に、作者の万感の思いが伝わってくる。〈青林檎〉小気味いい異論がぴたりと決まっている。〈わやわやと〉いつの頃からストローが真っ直ぐでなくなった。わやわやが面白い表現と思った。〈逃水や〉逃水に対して「自分の影に色がない」の組合せが新鮮。〈朗らかに〉決してプラタナスを貧乏などとは思わないが、こう書かれると魅力を覚える。未知の色合い、可愛い実など。

【大沢輝一選】
はつなつの水面すうっと切り傷 川田由美子

蜜柑の花だね母若き日の横顔 村松喜代
八月の影脱ぐように喪服ぬぐ 北上正枝
頬杖はいま新緑のなかをゆく 平田薫
脳外科にいてひたひたと青葉潮 若森京子
いもうとのうしろがいつも夕焼ける 鳥山由貴子
ほとりとは風の余韻の青芒 伊藤淳子
天辺の好きな鳥から夏に入る 横地かをる
夏の空ふいに銃後となりにけり 矢野二十四
目撃者の顔になってる梅の青 三好つや子
灯心蜻蛉ふっと言霊点します 横地かをる
  ◇
 〈はつなつの〉この句を特選に。すうっと忍び来る。切り傷みたいな恐さ。平和を解しない輩の多いこと。国内にも国外にも、過去にも現在にも。不気味さが書けています。
 〈蜜柑の花〉母の若い頃は、本当に美しいものです。写真で見る限り。〈八月の〉喪服を脱いだ時のある種の安堵感開放感。哀しみも喪服のように蹲る。〈頬杖は〉ほんといつまでも、この若さを保ちたい。〈脳外科に〉特異な脳外科。ひたひたと青葉潮、とは素敵な詩です。〈いもうとの〉いもうとのうしろが夕焼けている。この句いもうとという名の恋人ではなく素晴らしい兄妹愛。大正ロマン。〈ほとりとは〉”青芒”をじっと見ている。根気。俳句には絶対的条件と判っているのですが、僕には出来ません。〈天辺の〉鳥には、暑さ寒さが感じられない。天辺の好きな鳥から元気な夏に入って行くのだ。〈夏の空〉遠い昭和の昔話でなく、令和五年の現在唯今の話です。〈目撃者の〉青い梅の鈴に生っている形状をサスペンス風に書いた作者。一体何の目撃者だろうか。好事だろうか凶事だろうか。〈灯心蜻蛉〉本当に美しい灯心蜻蛉。言霊を点すようにとは言い得て妙。

【川崎益太郎選】
目に青葉こころに戦止まぬこと 鈴木栄司

蘇生を学習している羽脱け鳥 四方禎治
花心には懺悔室ありしろい薔薇 渡辺のり子
富むことは盗むと同じ蟻地獄 藤玲人
八月の影脱ぐように喪服ぬぐ 北上正枝
9条の枕詞であれ非戦 中村道子
昭和の日昭和の傷へオロナイン 後藤雅文
五月雨や木馬出征する目付き 松本勇二
泥炭地住めばわらびの血が混じる 佐々木宏
青林檎に歯形小気味いい異論 綾田節子
逃水や自分の影に色がない 河西志帆
  ◇
 特選〈目に青葉〉現在の万人の気持ちを見事に言い当てた、見事な本歌取りの句。秀逸〈蘇生を〉いくつになっても、どういう状態になっても生きていたい。これ本能。〈花心には〉人間にもこういう謙虚さがほしい。〈富むことは〉プーチンよ、何がほしいのか。〈八月の〉八月の影は、爆死者の影。合掌! 〈9条の〉これを言わないと、と思う現実が悲しい。〈昭和の日〉効くかどうか疑問もあるが、昭和の傷は昭和の薬で治そう。〈五月雨や〉人だけでなく、木馬まで召集されるかも。〈泥炭地〉ボタ山に残る悲喜劇の数々。〈青林檎に〉若者の異論は、納得できないものも多いが、歯形に力強さが読める。〈逃水や〉年取ったせいか、自分の考えに自信が持てなくなってきた。この選も迷った果ての…。
 今、ヒロシマ平和祈念俳句大会の整理をしているが、今年は「はだしのゲン」の句が、目に付いている。行政に対する批判の表れであろう。

【川田由美子選】
蝶生れ森に神経満ちてくる 十河宣洋

初蛍未完成でもいいのです 横田和子
新緑揮発して風甘く膨らむ 増田暁子
さすらいの真昼まだある蛇苺 山中葛子
降り始めの雨音が好き守宮です 遠藤路子
おだやかな弟そこに蝌蚪の水 舘岡誠二
犀の息うずうずと黴雨国家 すずき穂波
たんぽぽ絮に地図から消えてゆく街に 田中信克
黎明の地震浅葱の繭の揺り返し 榎本愛子
寿命という軽いのりもの百千鳥 若森京子
ひとりとは白湯がひっそり冷めるところ 伊藤淳子
  ◇
 特選句〈蝶生れ〉膨大な数のニューロンが複雑につながり合うという神経回路。地下を廻る根や大気の隅々にまでいのちが吹き込まれ覚醒していく森。いのちの基盤としての森、その緊密感。秀逸句〈初蛍〉「初蛍」「未完成」の配合に理を感じたが、「でもいいのです」と言い切って独自の味わいが。永久に未完成ないのちへの共感。〈新緑揮発して〉揮発というとらえ方が新鮮。甘きエーテルの風。〈さすらいの〉「まだある」から、揺り戻されるさすらいの途方もなさを感じた。胸に去来する蛇苺こそさすらいの核。〈降り始めの〉かすかなノックの音のように意識の中に溶け込んでくる雨音。「ああ、雨だ」というさざなみのようなつぶやき。〈おだやかな〉回想のそして永遠にあり続ける「そこ」なのだろう。溶け合う春の生き物の姿がなつかしい。〈黴雨国家〉不信、幻滅が渦巻き、混沌として出口の見えない現代国家のありようが見えてくる。渇望の犀の息だろうか。〈たんぽぽ絮に〉地名としてのみならず、限界集落として存在が消えてゆく街を思った。人の作ったものは人の営みの中で消えてゆく。〈黎明の地震〉「浅葱の繭の揺り返し」の喩で、地震の不可知のエネルギーが美しく表されている。浅葱色の底知れぬ力。〈寿命という〉「軽いのりもの」の喩が印象深い。人知を超えた寿命、寿命と言えば諦めもつく。「軽い」は「百千鳥」と同列にある明るい無常か。〈ひとりとは〉「ところ」という結びに、実感と余韻とを感じた。「ひとり」の充足と肯定。

【北村美都子選】
青林檎に歯形小気味いい異論 綾田節子

麦熟れ星兜太無限に去来する 船越みよ
9条の枕詞であれ非戦 中村道子
居るはずのない人といて春の昼 森由美子
舟虫のやたら子分になりたがる 松本千花
そらみみの近くにありぬ袋角 こしのゆみこ
ひとりとは白湯がひっそり冷めるところ 伊藤淳子
灯心蜻蛉ふっと言霊点します 横地かをる
リラ冷えや震える母のスマートフォン 清水恵子
朗らかに貧乏であるプラタナス 室田洋子
向き合うべきわたし横むく青葉木菟 芹沢愛子
  ◇
 特選〈青林檎に〉歯形そのものが、小気味いい異論、とも想定したい一句。青林檎は青年像の象徴とも。破調でありつつ独特のリズムを蔵し、現代俳句を提示している。
 秀逸〈麦熟れ星〉いつでもどこでもどこまでも行き来できると追慕される兜太先生。麦熟れ星を仰げば殊更に心が満たされる。〈9条の〉そうあってほしいと祈るばかり。〈居るはずのない〉亡き人と一緒に、麗らかに。〈舟虫の〉やたら、の俗語が妙に利く。〈そらみみの〉身体感覚の鋭敏が詩の世界を喚起する。〈ひとりとは〉冷めた白湯にひっそりと澄む心象。〈灯心蜻蛉〉繊細な糸蜻蛉、言霊を点すとは作者の中の詩語の点じ。〈リラ冷えや〉リラ冷えと震える、は不調の母の暗示か。弾んでほしいスマートフォン。〈朗らかに〉高々と輝くプラタナスに象られた貧乏の肯定は、即ち詩精神の高さの裏返し。〈向き合うべき〉本当の自分を見つめたくない今、青葉木菟が言問うように…。

【こしのゆみこ選】
ひとりとは白湯がひっそり冷めるところ 伊藤淳子

ふりつもる星のさざめき山法師 森由美子
八月の影脱ぐように喪服ぬぐ 北上正枝
春氷にさざ波玉響たまゆらの潜みたる 黒岡洋子
昭和の日昭和の傷へオロナイン 後藤雅文
天辺の好きな鳥から夏に入る 横地かをる
夏の空ふいに銃後となりにけり 矢野二十四
癖になる頬杖継子の尻拭い 北上正枝
舟虫のやたら子分になりたがる 松本千花
寿命という軽いのりもの百千鳥 若森京子
あと何字生きられるかな新茶汲む 宮崎斗士
  ◇
 〈ひとりとは白湯がひっそり冷めるところ〉とは温かい白湯が冷めて、ただの水に戻ってゆくところ、と読んだ。「放置されている」白湯の、誰にも知られず、気にかけられず、「ひっそり」と「何かが」冷めてゆくさみしさをぞくっとするほど感じとってしまった。それがひとりということだと作者はいう。〈八月の影脱ぐように喪服ぬぐ〉「八月」といえば敗戦、終戦の影、八月は何を描くにも、戦争を意識し、覚悟しなければならない。だから「喪服」がつきすぎな気もするが。〈昭和の日昭和の傷へオロナイン〉そう、傷という傷何でもオロナインで治した世代。戦争の傷もいちおうオロナインをぬっておこうか。〈夏の空ふいに銃後となりにけり〉本当にいつの間にか私たちはウクライナの銃後にいる。そして世界人口八十億人の内、一億人以上の人々、ほぼ日本国民人口が今難民生活を強いられている。〈天辺の好きな鳥から夏に入る〉コウモリやコノハズク、夏鶯など好きな鳥を天辺に飛ばして夏に入れるのが爽快。〈舟虫のやたら子分になりたがる〉親分はいないのにいっせいに渦巻くように動き出すのはみんな子分になりたがって後ろに回るからなんだ。〈寿命という軽いのりもの百千鳥〉乗っているうちは楽しまなくっちゃ。本人も分からないうちに下車させられるらしいから。〈あと何字生きられるかな新茶汲む〉「あと何字」俳句も含め、宅配の宛名書き含め、愛しい文字を書く喜びにあふれて素敵だ。

【小西瞬夏選】
腕時計を置く音父に父の日果つ 中村晋

新緑に匂い出したる素顔かな 高木水志
過去を生きる兄ひとり春炬燵 河西志帆
がうがうと炎樹のびゆく海霧の奥 野﨑憲子
いもうとのうしろがいつも夕焼ける 鳥山由貴子
竹皮を脱ぐ青年は昏いつつ 堀之内長一
いもうとが波打際にいる五月 芹沢愛子
居るはずのない人といて春の昼 森由美子
五月雨や木馬出征する目付き 松本勇二
そらみみの近くにありぬ袋角 こしのゆみこ
重心のついとずれたり夜の新樹 加藤昭子
  ◇
 特選句。一見地味目でありつつ、しみじみと父への思いが滲む。腕時計は父のものだろうか。もしかして亡くなったあとの形見の時計か。ことりと音が響く静けさ。自分自身も父となり、より父の存在が大きく感じられるのだろうか。インパクトのある言葉や内容にたよらず、韻律を生かし、物がしっかりと描かれ、それでいて余白のある句に魅力を感じるこのごろです。兜太先生が「韻律」「モノ」とよく言われていたこと、やっと身に染みて感じるようになってきました。

【芹沢愛子選】
ふたりです空想老人の晩夏 山中葛子

初蛍未完成でもいいのです 横田和子
降り始めの雨音が好き守宮です 遠藤路子
夏の果何を見せられているのか 大渕久幸
合歓の花絵本三冊読まされちゃった 西美惠子
花疲れどの本能も遊び下手 木村寛伸
目に青葉こころに戦止まぬこと 鈴木栄司
五月雨や木馬出征する目付き 松本勇二
国境は小さなプレート雪解川 宙のふう
蕊が笑うよ空気にまろぶ熊ん蜂 中村晋
かわほり飛ぶ波が大魚になる夜を 三浦二三子
  ◇
 特選〈ふたりです〉「ふたりです」で始まる構成と「空想老人」という独特な造語に惹きつけられました。「老人」「晩夏」と暗めの言葉が「空想」という言葉によって不思議な明るさへと一転する。自由でみずみずしい感性が素敵。「晩夏」は先生の好んだ季語と聞く。
 〈初蛍〉初蛍を見た昂ぶりが未完成を肯定するフレーズにつながって……。〈降り始めの〉まるで守宮のつぶやきのよう。口語体が空気を柔らかくしている。〈夏の果〉具体的な映像が見えず読み手に預けているが、その問いかけが心に刺さってしまった。気候変動、パンデミック、そして戦争の衝撃。〈合歓の花〉大人にとっても心打つ絵本もある。子守歌の代わりに読み聞かせているのか。どちらにしても多幸感に満ちている。〈花疲れ〉金子先生の句のもじりに挑戦。欲を言えばですが、気軽で大胆な元句の雰囲気を取り入れ広がりを持たせるという展開もありと思えた。〈目に青葉〉青葉を目になおさら募る憂い。〈五月雨や〉背景に過去に巻き添えになった軍馬達が見える。この句では木馬はまるで人間に操られているような目付きをしている。〈国境の〉国境という重みに反して小さなプレート。季語の中に隠れている雪解けという言葉に平和を願う思いが。〈蕊が笑うよ〉清らかで汚されていない空気が童謡のように軽やか。〈かわほり飛ぶ〉ダイナミックで幻想的な映像を呼ぶ。

【十河宣洋選】
竹皮を脱ぐ青年は昏いつつ 堀之内長一

苺つぶす無心につぶす鬱潰す 宇川啓子
うららかや村で名うての酔っ払い 石川義倫
麦熟れ星兜太無限に去来する 船越みよ
脳外科にいてひたひたと青葉潮 若森京子
はつなつの水面すうっと切り傷 川田由美子
おだやかな弟そこに蝌蚪の水 舘岡誠二
河鹿鳴く吟行・混浴は遠谺 森鈴
ふたりです空想老人の晩夏 山中葛子
五月のドローン俺の禿頭は浮標 尾形ゆきお
青鳩や孫が覗いた貯金箱 舘岡誠二
  ◇
 〈竹皮を脱ぐ〉成長していく青年を見つめている。昏い筒にこの筒に色々な経験が詰まっていく。そんな印象を受けた。
 〈苺つぶす〉類想はありそうである。それは鬱が安易なのではなろうか。でも納得する。〈うららかや〉村の人に愛されている酔っ払い。村の人の目があたたかい。〈麦熟れ星〉兜太さんは麦秋が好きだとおっしゃっていたことを思い出した。〈脳外科に〉手術を待つ不安な気持ちが伝わる。〈はつなつの〉鳥影が横ぎったか。山奥の池でこういう情景を見たことがある。ホラーぽいのがいい。〈おだやかな〉おたまじゃくしを無心に見ている様子が見える。〈河鹿鳴く〉温泉に浸って吟行。おおらかな気分がいい。〈ふたりです〉晩夏の夕暮の中の老夫婦。少しロマンチックな気分がいい。〈五月の〉禿頭も目印になる。これくらい明るい人ばかりなら諍いも無いと思うが。〈青鳩や〉微笑ましい。日常の一齣。
 軽い作品が多くなった印象を受けた。俳句の総合誌を読んでいて、感じた甘い作品が多くなったなあという印象がここにも何となく感じる。「新鮮」な感じはするのだが「本格」「平明」の頃の勢いが見えないように思う。頭の隅に「本格・平明・新鮮」は入れておきたいと感じた。

【高木一惠選】
寿命という軽いのりもの百千鳥 若森京子

新緑に匂い出したる素顔かな 高木水志
富むことは盗むと同じ蟻地獄 藤玲人
新茶飲む知覧の二文字見詰めつつ 鵜飼春蕙
腕時計を置く音父に父の日果つ 中村晋
さへずるや同時代ゲームといふ持続 藤好良
コンビニの灯火に稼ぐ雨蛙 小池信平
五月雨や木馬出征する目付き 松本勇二
夕薄暑肌理とは遅遅としたひかり 川田由美子
軽はずみな哲学兆す竹の秋 安西篤
麦の秋師のこの径を辿るかな 篠田悦子
  ◇
 特選の〈寿命という軽いのりもの百千鳥〉…寿命の捉え方は様々なので、その軽重を簡単には言えませんが、座五の「百千鳥」から春の山野に群れて囀る小鳥達の姿が見えて、次の春まで生き延びるのが難しいその寿命の軽さも思われました。寿命を真正面に受け止めるのが聊か辛い齢を迎えて、兜太先生の他界に通じる道を横目に「一巻の終わり」の方へ心がゆく日々の中で、「軽いのりもの」の詩情に惹かれます。鳥のように早く、石のように堅固な楠の「鳥船」に乗り、立ちはだかる余命の切岸から俳諧の世界へと飛翔する、そんな心をまた、兜太先生は「他界」と称されたでしょうか。象徴的に現代を写しとった〈さへづるや〉の句(*表記注意)と〈麦の秋〉の句を並べて拝見し、師とご一緒した荒川堤の散策をただのゲームに終わらせたくはない、という想いを強くしました。

【舘岡誠二選】
麦熟れ星兜太無限に去来する 船越みよ

マスク外して神も仏も目借時 丹生千賀
虹待たせ夫百才の乾杯す 藤盛和子
新茶飲む知覧の二文字見詰めつつ 鵜飼春蕙
脳外科にいてひたひたと青葉潮 若森京子
兜太句を諳そらんじている牛蛙 北村美都子
いもうとが波打際にいる五月 芹沢愛子
師は餅肌母ゆずりとう汗を拭く 高橋明江
目に青葉こころに戦止まぬこと 鈴木栄司
ヒロシマの対話はじまる虹出るよう 桂凜火
兜太忌を平和祈の日とも詠み込んで 島﨑道子
  ◇
 〈麦熟れ星兜太無限に去来する〉
 麦熟れ星とは麦の刈入れの頃に見える牛飼座のアークトゥルスの別称。ちょうど梅雨の晴間に輝く一等星だ。兜太先生の産土である秩父もまた麦の生産地。上句は星の美しさと共に生産の喜びが表現され惹かれた。
 また、私の頭に浮かんだのはロシアの軍事侵攻、ウクライナの反転攻勢の現実である。戦いにより麦などの物価が高騰し続けている。肉親への愛を守るため中堅、若手の人々が戦争に駆り出され、戦死者も数えきれず悲しい。人間の命を危険にさらす戦争には断固反対である。反戦、平和を唱えた兜太先生を想い起こさずにはいられない。
 この句の作者に感謝し、平和を愛した金子先生を偲んでいる。私たちの脳裏に兜太先生はいつも去来する。

【遠山郁好選】
寿命という軽いのりもの百千鳥 若森京子

新緑に匂い出したる素顔かな 高木水志
花心には懺悔室ありしろい薔薇 渡辺のり子
夢をみるトカゲと暮らす業平町 桂凜火
降り始めの雨音が好き守宮です 遠藤路子
はつなつの水面すうっと切り傷 川田由美子
ほとりとは風の余韻の青芒 伊藤淳子
言の葉に命けぶらせ母の夏 茂里美絵
水蠟樹の花父の手帳の小さき旅 安藤久美子
泥炭地住めばわらびの血が混じる 佐々木宏
どくだみ地獄いのち生きるの声・声・声 伊藤巌
  ◇
 特選〈寿命という〉まず寿命をのりものに喩えた事に注目し、それも「軽い」と言う。作者の達観したような境地に共鳴した。また、季語の百千鳥ともよく響き合っている。
 〈新緑に〉新緑に匂い出すような素顔とは、外見よりも心の美しい人だと思う。〈花心には〉花心に懺悔室があると感受した作者に、虫になってしまったように引かれた。〈夢をみる〉トカゲはいつも夢見るような目をしているが、そんなトカゲと暮らす「業平町」の地名が効果的。〈降り始めの〉集中豪雨は本当に困りますが、しとしと雨の日は好き。それも守宮といて。〈はつなつの〉はつなつの水面を風か何かがすうっとよぎった。鋭敏な作者は心が少しぴりぴりした。〈ほとりとは〉辺とは日常の身辺であり、そこに青芒が美しい。その青芒 に風の余韻と感応した繊細さに惹かれる。〈言の葉に〉お母様の微妙な心の揺れを表現している「命けぶらせ」。結句の「母の夏」に光を見ていて救われる。〈水蠟樹の花〉水蠟樹の花は好きな花で、中七下五によく照応している。特に父上の小さな旅とはどのような旅か想像が膨らむ。〈泥炭地〉泥炭地に住むとはどういうことなのか。そしてそこにわらびの血が混じると書かれると、その凄さに思わず引き寄せられる。〈どくだみ地獄〉どくだみの花は、清楚で可憐だが、蔓延ってしまうと地獄とも。懸命に生きようとしている叫び声が、中七下五から聞こえる。

【中村晋選】
「句集百年」に尿瓶の句多しよバラ咲きぬ 長谷川順子

新茶飲む知覧の二文字見詰めつつ 鵜飼春蕙
八月の影脱ぐように喪服ぬぐ 北上正枝
たんぽぽの根を炒りながらする話 三好つや子
降り始めの雨音が好き守宮です 遠藤路子
合歓の花絵本三冊読まされちゃった 西美惠子
赤ちゃんの大きな目玉山笑う 藤盛和子
居るはずのない人といて春の昼 森由美子
金魚のあぶく俳人ときにナルシスト 船越みよ
ひとりとは白湯がひっそり冷めるところ 伊藤淳子
チャットアプリ津軽弁といふ難問 塩野正春
  ◇
 特選。尿瓶をこよなく愛した金子先生への親愛の情の厚さ。尿瓶を詠んでも品を失わなかった師の存在を「バラ咲きぬ」と見事に捉えた一句。追悼句の手本としたい作品です。
 〈新茶飲む〉は「知覧」という地名が効いています。新茶を飲みながら思い出す過去の記憶。〈八月の影〉は、広島または長崎のことを詠んだ句でしょうか。決して忘れることのできないものを「影」と捉えたところに惹かれます。〈たんぽぽの根〉は健康食として最近注目されているようです。いったいどんな話をしているんでしょうか。炒るとどんな味や匂いがするんでしょうか。興味は尽きません。「守宮です」の結句が印象的。守宮の言葉のようでもあり、作者の言葉のようでもあり、その二重性が雨音を引き立てます。「合歓の花」が効いていますね。三冊も読んでもらって子どもは大満足。実におおらかに赤ちゃんを詠んだ一句。「山笑う」の斡旋も平明かつ大胆。作者は亡き人と魂の世界で交流しているのでしょうか。「春の昼」という異界めく怪しい時間をうまく捉えました。俳人という生き物の生態を見事に見抜いた一句。「金魚のあぶく」とは言い得て妙ですね。冷めた白湯を飲む作者の孤独。でも、冷めた白湯ってけっこう甘いんですよね。津軽弁は難問奇問。とはいえ、だからこそ東北の、そして人類の宝。
 とにかく今回の俳句祭、好句多すぎて絞るのに苦労しました。

【野﨑憲子選】
今にして「沖縄ノート」黄砂降る 伊藤巌

振鈴にまいまいつぶりあつまり来 榎本祐子
蜜柑の花だね母若き日の横顔 村松喜代
落ち着けと羽根を広げるヤマボウシ 松本勇二
降り始めの雨音が好き守宮です 遠藤路子
兜太句をそらんじている牛蛙 北村美都子
母の日や憲法九条でんと在れ 篠田悦子
麦の秋非戦非核の「ゲルニカ」や 疋田恵美子
この夜のこの世の線香花火 指 望月士郎
万緑の内なる叫び解き放つ 平田恒子
行ったきり帰らぬズック広島忌 大髙洋子
  ◇
 ロシアとウクライナの戦争の終りは見えず、ますます不安は募って行くばかり。愚かしい戦争の狂った流れの中、その先端にいる者は己を見失い愚かな行為を繰り返す。今回特選にいただいた〈今にして「沖縄ノート」黄砂降る〉は、今年三月に他界した大江健三郎が半世紀前に書いた「沖縄ノート」を中七に据えた作品。戦争という理不尽の極みを、人類の心の闇を、暴いても暴いても新たな闇が生まれてくる。「黄砂降る」にロシアやウクライナの砂塵も混じっているに違いない。準特選の〈麦の秋非戦非核の「ゲルニカ」や〉も、人種差別や戦争へのピカソの怒りの爆発を表現している。〈母の日や憲法九条でんと在れ〉大いなるいのちを生かされている私達は、唯一の被爆国である日本の痛切なる願いを籠めた憲法九条の具現化を願わずには居られない。それが〈万緑の内なる叫び〉であると思う。佳句満載の中、特に、私の琴線に触れた11句を選ばせていただいた。

【藤野武選】
腕時計を置く音父に父の日果つ 中村晋

新緑に匂い出したる素顔かな 高木水志
いもうとのうしろがいつも夕焼ける 鳥山由貴子
ほとりとは風の余韻の青芒 伊藤淳子
夏の果何を見せられているのか 大渕久幸
蕗糸を辿りて先は母の膝 深山未遊
打水や白紙で出したっけ答案 三浦静佳
泥炭地住めばわらびの血が混じる 佐々木宏
青林檎に歯形小気味いい異論 綾田節子
向き合うべきわたし横むく青葉木菟 芹沢愛子
行ったきり帰らぬズック広島忌 大髙洋子
  ◇
 特選句〈腕時計を置く音父に父の日果つ〉で作者は、「父」なるものの存在感を巧みに造形し得た。この「時計」のベルトは、おそらく(皮製ではなく)金属製。一日の勤めを終え家に帰った父が、いつものように、(纏った外皮を一枚脱ぐように)時計を外し、テーブルに置く。少し重みのある、ジャラリとした手触りの音。その音に作者は、父という役割を負った一人の人間の生きざまや存在が、まさに凝縮されていると感じたのだ。父という習慣?あるいは虚構?それを全うしようとする日々。その充実と空疎……。名ばかりの父の日も、もう過ぎようとしている。そんなありふれた一日の、ありふれた音に感応する作者の、繊細で鋭い感性に、私は強く魅かれる。

【堀之内長一選】
チャットアプリ津軽弁といふ難問 塩野正春

他言無用これは郭公のたまご 三浦静佳
緑陰にふたりごころの片方かたえかな 安西篤
いもうとが波打際にいる五月 芹沢愛子
師は餅肌母ゆずりとう汗を拭く 高橋明江
癖になる頬杖継子の尻拭い 北上正枝
寿命という軽いのりもの百千鳥 若森京子
青林檎に歯形小気味いい異論 綾田節子
五月のドローン俺の禿頭は浮標 尾形ゆきお
ひとりとは白湯がひっそり冷めるところ 伊藤淳子
青春は車中にリュック直に置く 野口佐稔
  ◇
 いつものごとく悩みながら、現代世相を写すテーマに軽々と挑んだ〈チャットアプリ〉の句を特選に。怪しげなものがまたしても跋扈しそうないま、ユーモアのセンスで軽くいなす。何といっても「津軽弁」がいい(山形弁も難問だろうけれど)。私たちはいつも表層にだまされる。津軽弁の土着こそ、それに抗う存在なのである。俗なるものを詩語へ高める――これぞ俳諧である。
 〈他言無用〉郭公の托卵の習性を詠んで楽しい句。人間世界の有様が透けて見えるのも作者の企みか。〈緑陰に〉こころを通じ合う相手は緑陰で待っている。相手は人間だけでなく、鳥でも虫でも花でも何でもよさそう。自然なふたりごころよ。〈いもうとが〉五月のいもうとはどこか淋しげ。自分だけの映像が勝手に増殖していく不思議。〈師は餅肌〉金子兜太先生の自慢話ですね。汗がきらり、素直な詠み方に好感。〈癖になる〉「継子の尻拭い」という植物名だけで、ぴたりと着地。言葉を発見し生かすうれしさよ。〈寿命という〉「軽いのりもの」という達観(いや諦念か)に魅かれる。最後まで乗り継ごう。百千鳥の群れ飛ぶ空を。〈青林檎に〉取り合わせのお手本のような句。こんな異論を時々吐いてみたい。〈五月のドローン〉自分を客観的に眺めると、俳諧の種が見つかります。自由な発想が光ってる。〈ひとりとは〉さみしいとは違うひとりの存在感。白湯は冷めてさらに透明に。〈青春は〉青春という気恥ずかしいことを一瞬にして映像化。「直に置く」のだ、何でも。これぞ青春。最後に、宮崎斗士さんのお骨折りに感謝感謝です。

【松本勇二選】
父が逝き母が逝きつつじらんまん 小林育子

さみだるる断るときの「だいじょうぶ」 松本千花
肩をぽんぽん薫風のよう笑顔 平田恒子
いもうとのうしろがいつも夕焼ける 鳥山由貴子
昭和の日昭和の傷へオロナイン 後藤雅文
天辺の好きな鳥から夏に入る 横地かをる
天地返して青水無月に染む手足 根本菜穂子
ふたりです空想老人の晩夏 山中葛子
寿命という軽いのりもの百千鳥 若森京子
わやわやと曲がるストロー夏に入る 小西瞬夏
あと何字生きられるかな新茶汲む 宮崎斗士
  ◇
 特選は〈父が逝き母が逝きつつじらんまん〉父上、母上と順に亡くなってしまった。そして、庭には両親が愛でたツツジが今を盛りと咲き誇っている。ツツジは明るい雰囲気があるが、見ていると少しさみしくなる花だ。言葉を並べただけのようだが、じわじわと迫ってくる句だった。ツツジのイメージが評価の分かれ道ではあるが。〈天地返して青水無月に染む手足〉の風土感にも惹かれた。畑や田んぼの土の表層部と下層部をひっくり返す「天地返し」は楽な作業ではない。難儀した手足を青水無月という季節のなかで、ゆったりと伸ばしている作者が見える。〈寿命という軽いのりもの百千鳥〉は、軽快な物言いではあるが核心を突いていた。百千鳥がそれを見事に受けている。〈あと何字生きられるかな新茶汲む〉も、寿命のことを書いている。切迫感のある作品が、妙に明るく感じられるのは、「かな」の口語調と取り合せた「新茶」のせいであろう。

【茂里美絵選】
竹皮を脱ぐ青年は昏いつつ 堀之内長一

花心には懺悔室ありしろい薔薇 渡辺のり子
八月の影脱ぐように喪服ぬぐ 北上正枝
腕時計を置く音父に父の日果つ 中村晋
居るはずのない人といて春の昼 森由美子
この夜のこの世の線香花火 指 望月士郎
寿命という軽いのりもの百千鳥 若森京子
青林檎に歯形小気味いい異論 綾田節子
軽はずみな哲学兆す竹の秋 安西篤
万緑の内なる叫び解き放つ 平田恒子
汗搔いて素面の父をシラノと言い 豊原清明
  ◇
 特選〈竹皮を脱ぐ青年は昏いつつ〉「戦」の文字はないが反戦の句と思った。青年自身が筒。つまり銃の化身とならざるを得ない現況。世界の昏さを背負う姿が目前に。
 秀逸句の寸評。〈花心には〉花心に人間のごうを思った。季語に救われる。〈八月の〉八月の影には個人的な想いの他に日本の負の原点でもある八月の記憶も。喪服に集約されるその想い。〈腕時計〉仄暗い父の日。腕時計に込められた哀感。〈居るはずの〉日常から非日常へ推移する心の動き。亡き人への想いが春愁いに繋がる。〈この夜の〉やはり、指ですね。一字開けも心理を表す意味で効果的。〈寿命という〉命に対するさらりとした達観。〈青林檎に〉具象と想念が見事に合致。「異論」に知性を感じる。〈軽はずみな〉竹皮の状態と上、中句の飛躍に思わず納得。〈万緑の〉明快で率直。万物への賛歌。〈汗搔いて〉このアイロニーが素敵。父への愛と哀感も。「シラノ」が絶妙。
 他にも佳句が沢山。評も不十分ですがポイントだけに絞りました。宮崎様には心から感謝申し上げます。これからも宜しくお願い致します。

【柳生正名選】
そらみみの近くにありぬ袋角 こしのゆみこ

青大将梁から落ちたよ昭和のこと 長谷川順子
がうがうと炎樹のびゆく海霧の奥 野﨑憲子
たんぽぽの根を炒りながらする話 三好つや子
ほとりとは風の余韻の青芒 伊藤淳子
目を見張りバナナ頬張る親子かな 大髙洋子
蕗糸を辿りて先は母の膝 深山未遊
人間を休みたい午後ダリア剪る 竹田昭江
舟虫のやたら子分になりたがる 松本千花
蝮絡み新幹線を止めにけり 赤崎裕太
わやわやと曲がるストロー夏に入る 小西瞬夏
  ◇
 一応多種多様といえる。ただ、かつての海程俳句にあった、ずんと心に刺さる言葉の重量感を懐かしく思った。時事に棹さすにしてもTV映像の延長線、家族に執するにしても葛藤のない情愛の世界にとどまっていては、集団としての高齢化が否応なく進む現状で、かつての熱量を求めるのは無理なのだろうか――そんなあきらめの気分に陥らないためにも、「海原俳句、来たるべきもの」の具体像について今、もっと論議があってよい気がする。
 特選には〈そらみみの〉を、個人的事情ながら父母の出身地である、春の朧な奈良を思いつつ。つい鹿煎餅をあげたくなる気分。秀逸句としては〈青大将〉共生への思いこそ生きもの感覚の根底にあるものだと再認識。〈がうがうと〉北国の荒々しくも美しい風土感と素直に受け止めて。〈たんぽぽの〉話の内容もさぞかし苦くて甘かろうと。〈ほとりとは〉食傷気味の「とは」俳句だが、青芒の存在感で。〈目を見張り〉贅沢品だった昭和の空気感。〈蕗糸を〉透明な筋を一本ずつ剥く。お決まりの「母俳句」もこの水準まで来れば。〈人間を〉前半の発想は既視感あるが、午後のダリアの鮮烈な実感に惹かれ。〈舟虫の〉すばしっこい動きを追いかけて遊ぶ子がモチーフか。〈わやわやと〉曲げて遊べるストローの造形的魅力。〈蝮絡み〉土俗の持つ力が何やら頼もしく。

【山中葛子選】
明日あしたを睨む夏野はゼレンスキー色 田中信克

秩父と出羽の荒川二川にせん渓は夏 鱸久子
今日の無為ままよ卯の花腐しかな 吉澤祥匡
はつなつの水面すうっと切り傷 川田由美子
竹皮を脱ぐ青年は昏いつつ 堀之内長一
海亀よ吾は旅半ば九十路ここのそじ 鱸久子
寿命という軽いのりもの百千鳥 若森京子
ひとりとは白湯がひっそり冷めるところ 伊藤淳子
「句集百年」に尿瓶の句多しよバラ咲きぬ 長谷川順子
含羞や遺影の前のわが裸身 石川青狼
「腹減った」どっちも笑う浮人形 西美惠子
  ◇
 特選〈明日あしたを睨む〉いまだ続く悲惨な戦争に向けられた「明日を睨む」未来志向の眼差し。まさに夏野の野生がかもしだされた「ゼレンスキー色」がなんとも象徴的。〈秩父と出羽〉二つの発源をもつ荒川への心模様に誘われる。〈今日の無為〉即興の気合にみちた「ままよ」のみごとさ。〈はつなつの〉風景が痛みの感覚にすり替わる美意識の妙味〈竹皮を脱ぐ〉青春期を暗喩した詩情の映像力。〈海亀よ〉長寿のめでたさに導かれる人生観。〈寿命という〉軽やかに羽ばたいている寿命の存在感。〈ひとりとは〉時空をきわめられた叙情のみごとさ。〈「句集百年」〉兜太先生の尿瓶が誇らしい。〈含羞や〉のりうつってくる肉体感覚のつやめき。〈「腹減った」〉相棒のいるユーモラスな生活実感が抜群。
 夏の「兜太通信俳句祭」の交流あればこその、俳諧自由のすばらしさをいただく感謝です。宮崎斗士さん有難うございました。

【若森京子選】
さへずるや同時代ゲームといふ持続 藤好良

花心には懺悔室ありしろい薔薇 渡辺のり子
青大将梁から落ちたよ昭和のこと 長谷川順子
はつなつの水面すうっと切り傷 川田由美子
竹皮を脱ぐ青年は昏いつつ 堀之内長一
蕗糸を辿りて先は母の膝 深山未遊
ふたりです空想老人の晩夏 山中葛子
夕薄暑肌理とは遅遅としたひかり 川田由美子
青林檎に歯形小気味いい異論 綾田節子
五月のドローン俺の禿頭は浮標 尾形ゆきお
草矢打つ戦嫌いの射程距離 木村寛伸
  ◇
 特選〈さへずるや〉話す中でその時代の音楽、漫画、ゲームなど、流行によって年令が判別できる。この散文的な表現が”さへずるや”季語と響き合って、時代を流動的に切り取り一句にした。
 〈花心には〉真白い薔薇の中にはきっと懺悔室があるに違いないとの感受性に惹かれた。〈青大将〉青大将のドスンと落下音のリアリティー、まさに昭和への遡行。〈はつなつの〉はつなつの繊細な心の痛みを詩にしている。〈竹皮を〉皮を脱ぐ事の出来ない青年特有の意固地さ。〈蕗糸を〉母に対する慕情を美しい一行に。懐古の一句。〈ふたりです〉最後のふたりに訪れる老々介護を空想老人と詩的な一行に。〈夕薄暑〉人間の五感を繊細に美しく表現している。〈青林檎〉上語と下語の衝撃が小気味よい。〈五月のドローン〉ドローンから見た自分が浮標に見えた。自嘲も含めた面白い切り口。〈草矢打つ〉銃弾を草矢に替えて欲しい。平和への祈り。
 御世話する宮崎氏に感謝します。一一〇人の海原人が句会できる素晴しさ、楽しさ、こんな時代だからこそ意義ある行事だと思います。

その他の参加者(一句抄)

肩甲骨蒼し二人の晩夏光 石川まゆみ
くちびるにピアスてのひらに桜貝 上田輝子
大江父子とひかりを辿る新樹光 大上恒子
風呂にひとり想う兜太も裸っぽ 大髙宏允
春の雨恋の仕方がわからない 小野地香
サミットへゼレンスキーの夏怒濤 川崎千鶴子
スカートを胸まで上げて滝の口 小松敦
左投げ右打ち涼風前後から 佐々木昇一
せっかちな花のようです積乱雲 佐藤詠子
新しき葭簀に自由な市民透く 高木一惠
縄飛びの雛罌粟ひなげし火縄銃 遠山郁好
巡礼の客死の墓に草の餅 藤田敦子
帰るものよ風は若葉に積もりゆく 藤野武
思草忘れ上手よ認知症 松田英子
加齢は華麗なり立葵 三木冬子
元気です青海苔まみれアスパラガス 峰尾大介
永遠の嘘のひとつや赤い薔薇 武藤幹
田水張る藪のしがらみ背負う家 山下一夫
囀りや耳穴太き裸針 山本弥生

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