マブソン青眼『遥かなるマルキーズ諸島』〈アニミズム的「魂」の世界観 石川青狼〉

『海原』No.49(2023/6/1発行)誌面より

マブソン青眼『遥かなるマルキーズ諸島』(句集と小説)
アニミズム的「マナ」の世界観 石川青狼

 2022年(令和4年)5月22日の北海道新聞に『細谷の獄中記日仏語で復刻』との活字とマブソン青眼氏の顔写真が飛び込んできた。細谷とは、治安維持法違反で新興俳句弾圧事件に遭い、投獄された北海道ゆかりの俳人細谷源二である。細谷の獄中記「俳句事件」を、氏がフランス語と日本語の2カ国語で出版したとの記事である。
 細谷源二は北海道の戦後昭和俳句界を牽引した主柱的存在であり、結社「氷原帯」を創設した。その結社も廃刊となり惜しまれていただけに、この記事に「喝」を入れられたような衝撃を受けた。
 さらに北海道立文学館の特別展「細谷源二と齋藤玄」の講演会に、「細谷源二著『俳句事件』―『俳句弾圧不忘の碑』からフランス語訳の出版まで」と題して、氏の講演が3月12日に文学館講堂にて行われた。参加できず、後日ユーチューブに配信され拝聴することができた。
 前置きが長くなった。では本書、句集と小説『遥かなるマルキーズ諸島』のあとがきから。
 ―二〇一九年七月から二〇二〇年六月まで、フランス領ポリネシア・マルキーズ諸島ヒバオア島で一人で暮らした。もともと以前から日本社会の閉鎖性に疲れていて、ある日突如、世界で最も孤立した島に住んでみようと決めたのだ。―とのこと。この行動する強靭なパワーと精神力に圧倒される。
 すでに「海原」13号に『マルキーズ諸島五十景』と題した俳句50句と短文。さらに28号にて、柳生正名氏が「無季の楽園にて」と題して、マブソン青眼句集『マルキーズ諸島百景』『遥かなるマルキーズ諸島』を紹介している。再度読み返してもらえれば風景が見えてくる。
 本書の重力は「句集と小説」のコラボであり、一句一句が小説の発句的触発の起因ともなり、日本とマルキーズ諸島行脚風物語としての楽しみ方もある。物語と俳句が織りなすファンタジーな世界観を堪能できる。過去と未来がリンクする。
 第一部の句集は、8項目のキーワド「海」18句。「島」27句。「植物」26句。「動物」59句。「人間」56句。「先人」22句。「天」14句。「日本」28句。計250句で構成。いわゆる従来の歳時記的春夏秋冬の季節感を払拭し、詩語としての無季の世界観を描き出している。各項目の句を紹介。  
  海・は最初で最後の人間怒濤のまえ
  島・「冬の旅」聴く冬も夏も無き孤島
  植物・創生語るパイプオルガンや大ガジュマル
  動物・ポリネシアに赤トンボあり原爆忌
  人間・泳ぐのタトゥーの模様波の模様
  先人・十字架の片腕欠けて赤道墓地
  天・流れ星やいばのごとく眼球切る
  日本・浅間からポリネシアまで鰯雲
 第二部の小説は一から十六の章に分かれ、物語の導入部に俳句が書かれてある。冒頭部分を紹介。
 ―〈マルキーズ語で「歌」をウタと言う 波笑え〉
 新潟県上越市立水族博物館前の食堂「いるか」。ずいぶん前から店舗ドアのネジがバカになっていて、取っ手を引くとまさにイルカの悲鳴のように軋む。

 物語はここから始まる。この冒頭の部分は最終章十六でも登場する。
 小説はマルキーズ島の青年ヨハンと島で囚われ日本の水族館で見世物となった人魚ネイラとの究極の愛の救出劇で、マブソン一家を巻き込んだファンタジーな物語である。
 ―「ヨハン、僕だよ。その詩人は!」上越市立水族博物館のほうから、ディズニー・アニメ「リトル・マーメイド」の主題歌が流れてくる。「人魚ショー」の始まりだ。
 小説の中で作者の心境を吐露する場面がある。
 ―「二十年前、一年間、僕はヒバオア島で、本当に幸せだった。あの時、日本でのストレスを全部忘れてね。父の死の直後だった。あなたの島に、本当に癒された…。一生に一度、時が止まったような幸せだった。あそこでたくさんの詩を、そして小説を書いたよ」
と語り、ヨハンが、マブソン氏に「日本の詩、ハイクだっけ、それを作ったでしょう。」と運命的な出会いを語らせる。現実と物語が交錯する。
 小説にも〈ゴーギャン墓碑女像の乳首を触れば死す〉や〈汗一滴ブレル墓石に吸われけり〉が挿入され、ジャック・ブレルの最後のシャンソンとなった「遥かなるマルキーズ諸島」の歌声を聴きながらマブソン氏の歌詞の邦訳を味わった。氏は不思議なほど、自由に書けたと言い
 ―”アニミズム的”ともいえる、この風変りな句集と物語の双面ふたおもてを通じて、日本の読者も「遥かなるマルキーズ諸島」に残る大らかな時空オムアに浸り、南太平洋のそよ風アリゼに身を委ねるような、自由ノマドな心地になればと思う。(中略)”先進国”の都会で蔓延る様々な心身の病や憎しみの連鎖、環境破壊、AIによる心の束縛などから解放してくれる「人魚」は、きっと存在する。南太平洋のどこかで存在すると私は信じる。そんな”最後のユートピア”のような白日夢を一冊に託した。
 日本とマルキーズ諸島を舞台に氏が体感した”アニミズム文化圏”を自由に往還しマナを揺さぶるユートピアの世界観が描かれている。もちろん金子兜太師の魂へ捧げるオマージュでもあろう。
  犬は海を少年はマンゴーの森を見る 兜太
  古代先祖像テイキ金子兜太の悲しき笑み 青眼
 劇団四季の「リトル・マーメイド」札幌公演のポスターが句会場のロビーに貼られてあり、瞬時に小説の世界となった。

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