第5回 海原新人賞

『海原』No.52(2023/10/1発行)誌面より

第5回 海原新人賞

【受賞者】
 渡辺のり子
 立川瑠璃

【選考経緯】
 『海原』2022年9月号(41号)~2023年7・8月合併号(50号)に発表された「海原集作品」を対象に、選考委員が1位から5位までの順位を付して、5人を選出した。
 得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、渡辺のり子、立川瑠璃の2人の授賞を決定した。

【受賞作品抄】

窓 渡辺のり子
手榴弾のようてのひらにレモン
火宅あり幸水という梨をむく
柿撫でる子規の痛みをさするかな
机下に垂れるエゴイズムしゃこばさぼてん
大花野わたしの棺の窓かしら
からっぽの宝石箱や白鳥来
寒紅や母親の胸にある曠野
ファスナー開く体内は寒い海
白鳥来あおいインクで編む詩集
着膨れてまずたくましき乳房かな
夜桜の発火点まで来てしまう
菜の花の地下茎蒸気機関車へ
デッサン画の彼よこがおは陽炎
スイートピーひとふで書きの風を着る
産道をくぐる皮膚感花明り
蜃気楼のしずく君のあおいシャツ
白薔薇や獅子座のおとこ所望する
髪洗う背なに原罪やどるかな
林檎食うさざなみ鎖骨のあたりから
夜の桃奈落の水の甘さかな

十九の春に 立川瑠璃
緑陰やモノローグな日の立体図
月の家形状記憶のままに立つ
人は生く泰山木の花咲かせ
天体は遠い過去形流れ星
戸惑いは内なる怒涛われもこう
おおむらさき誰かの背に結ばれて
地球儀の北より乾く草の絮
顔見知りの菊人形に誘わるる
薄紅の本のぬきがき一葉忌
木の実のコトリ風の音する童話かな
寒茜燃え尽きるまでクラリネット
雪女郎人恋うる時紅くなる
七草やおいてけぼりの時の色
冬かげろう吾の眼にいない吾を探す
我が生は太古よりくる半仙戯
如月や同じ角度に未成年
十代が後ろ姿になりゆく春
装うや蚕の生きた青の底
ベイブリッジ果敢な海の浮き人形
手鏡に他人のような十九の春

【候補作品抄】

雪の匂い 福岡日向子
死にたいとき死ねるといいね茄子の花
伏し目なる男とオランダ獅子頭
秀でたるものなき日々を馬肥ゆる
話すことなくなり冬の虹ともなれば
男とも女ともなく雪の匂い
くちびるは一つしかないシクラメン
流氷を厚くしてゆく怖い夢
夜桜の不可侵領域まで少し
思ってるチワワと違う雲の峰
八月は舌の厚さを超えてゆく

春を抱き 立川真理
父の日やひと日娘になりにけり
祖父といふ静けさ囀りの中へ
青野を食む獣と草を分けあふて
祖父の東京どこも銀座でお祭りで
霧は善を戻らぬ日日へ連れていく
落ち椿触れるを拒む導火線
高一や浮かんで消ゆる春を抱き
我が輩は仔猫の主で父母の子で
理科室に春は戯むる人体図
誠実な獏が苺の山盛りを

【海原新人賞選考感想】

■大西健司
①渡辺のり子 ②福岡日向子 ③立川瑠璃 ④立川真理 ⑤小林育子
 渡辺のり子〈白薔薇や獅子座のおとこ所望する〉〈無頼派の孤高きわまる銀杏散る〉〈蜃気楼のしずく君のあおいシャツ〉この一年の充実ぶりが眩しい。伸びやかに、大胆に書いていて楽しい。
 福岡日向子〈揚羽蝶前頭葉にフラグが立つ〉〈八月は舌の厚さを超えてゆく〉〈しあわせは相対評価耳袋〉全体にその言葉は暗く重く響く。沈潜した美学とでもいうのか、自分の世界を構築しつつある。
 立川瑠璃〈おおむらさき誰かの背に結ばれて〉〈手鏡に他人のような十九の春〉静かに自分自身を見つめる、その眼差しの豊かさ。
 立川真理〈祖父の東京どこも銀座でお祭りで〉〈ふと止まる歩幅さびしき冬帽子〉時に暗い表情を見せるその詩性の豊かさ。姉妹そろって確かな世界を見せてくれた。素晴らしいとしか言い様がない。
 小林育子〈かなかなや母の手は小さき日溜り〉〈いるはずのないホームに君と風花〉たくさんの句が私の胸に響いた。やわらかな感性が素晴らしく、最終的に選ばせていただいた。十代から九十代までがせめぎ合う新人賞。順位をつけるのは難儀な作業、紙一重である。
 ほかには、渡邉照香、宙のふう、飯塚真弓、後藤雅文、有栖川蘭子、押勇次、松﨑あきらなど多彩、さらなる飛躍に期待したい。

■こしのゆみこ
①渡辺のり子 ②福岡日向子 ③立川瑠璃 ④立川真理 ⑤宙のふう
 渡辺のり子は死、原罪、火宅、奈落など強いマイナスイメージの言葉を桃や梨や芍薬など、柔らかい季語と昇華させ、インパクト抜群。
  レースを着る足の指先水けむり 渡辺のり子
  火宅あり幸水という梨をむく 〃
  夜の桃奈落の水の甘さかな 〃
 福岡日向子の気負いのない(ようにみえるのが大事)発想力と独特な身体感覚が素敵。
  僻むのに使う筋肉合歓の花 福岡日向子
  男とも女ともなく雪の匂い 〃
 立川瑠璃の一瞬の等身大の青春の表現。
  妹を置けばなお濃き春の虹 立川瑠璃
  春落葉人は短編そして蒼 〃
 立川真理の家族やヒロシマへの熱い思い。
  わが町はカルデラの匂いヒロシマ忌 立川真理
 宙のふうの繊細ではかなげなたたずまい。
  語尾消えて夕虹すうっと立ちにけり 宙のふう
  大花野私の棺の窓かしら 渡邉照香
  老羸に新しき服蝦夷四月 松﨑あきら
  舞ひすすむ假面の裏の青山河 吉田貢(吉は土に口)
  犀星忌異郷に母を死なしめし 押勇次
  銀杏黄葉光集めるかかとかな 小林育子
  凍星や夜はあまりにも狭く 村上舞香
  黙々とこの世の外へ蟻の列 岡田ミツヒロ
  名もなき家事をしている菫かな 有栖川蘭子
  秋澄むや足音はいつしか羽音 飯塚真弓
 等多士済々。ただただ俳句を楽しむこと。

■佐孝石画
①福岡日向子 ②宙のふう ③渡辺のり子 ④小林育子 ⑤有栖川蘭子
  僻むのに使う筋肉合歓の花 福岡日向子
  夜の新樹身籠る人のアイシャドウ 〃
  あやとりの半ばでたるむ秋思かな 〃
  話すことなくなり冬の虹ともなれば 〃
  冬薔薇舌の収まる不思議かな 〃
 昨年に続き一位に推す。以前より彼女の抒情に惹かれていたが、視点の独自性と、配合の練度が深まり、風格さえ漂うようになった。
  血管を透かせば蝶の濡れた翅 宙のふう
  薔薇の棘空に刺ったままきれい 〃
  語尾消えて夕虹すうっと立ちにけり 〃
  騙しきることの重さや青瓢 〃
 比喩の飛躍が美しく心地良い。彼女の提示する幻想世界に、作家の人生とインスピレーションとが重なって生まれる強さを見た。
  水玉の麻シャツ濁流のはじまり 渡辺のり子
  からっぽの宝石箱や白鳥来 〃
  正解が欲しくなる夜守宮来る 小林育子
  銀杏黄葉光集めるかかとかな 〃
  わかった私が悪かった大夕立 有栖川蘭子
  いい人と呼ばれたくない冬夕焼 〃
 これら三名の作品にも大いに惹かれた。
 続いて立川瑠璃、かさいともこ、小林ろば、木村寛伸、松﨑あきら、わだようこ、吉田貢(吉は土に口)、村上舞香、藤玲人、横田和子、安藤久美子、重松俊一、福井明子、上田輝子に注目した。

■白石司子
①福岡日向子 ②立川瑠璃 ③渡辺のり子 ④有栖川蘭子 ⑤村上舞香
 兜太師の「海程」後継誌にふさわしい作家をということで選考させていただいた。
 一位の福岡日向子の〈死にたいとき死ねるといいね茄子の花〉〈死にたいと思わなくなる噴井かな〉の若さゆえともいえる揺れるような死生観、また〈八月は舌の厚さを超えてゆく〉〈くちびるは一つしかないシクラメン〉の独自性に注目、二位の立川瑠璃の〈月の家形状記憶のままに立つ〉〈人は生く泰山木の花咲かせ〉の季語の斡旋の斬新性、また〈顔見知りの菊人形に誘わるる〉〈雪女郎人恋うる時紅くなる〉の特異性に俳句作家としての幅の広さを、三位の渡辺のり子の〈夜桜の発火点まで来てしまう〉〈蜃気楼のしずく君のあおいシャツ〉の感性、四位の有栖川蘭子の〈人柱のように蚊柱がたつ〉の鋭さ、五位の村上舞香の〈向日葵の正面に立つという勇気〉の青春性にひかれた。
 〈蝉時雨ふと無音ですわれの死も〉の遠藤路子、〈マンゴーを切って太陽取り出した〉の小林ろば、〈青野を食む獣と草を分けあふて〉の立川真理にも期待したい。

■高木一惠
①立川瑠璃 ②松﨑あきら ③立川真理 ④石鎚優 ⑤有栖川蘭子
 立川瑠璃〈十代が後ろ姿になりゆく春〉なのです。〈月の家形状記憶のままに立つ〉〈妹を置けばなお濃き春の虹〉そして〈装うや蚕の生きた青の底〉…青い山繭でしょうか。絹布に蚕を想う内観の深まりが見えます。
 松﨑あきら〈野良仔猫大きな好意は怖いのです〉〈雪の道ひしと玉子を買って帰る〉…佳き住地を得て純なる詩情が冴えます。
 立川真理〈落ち椿触れるを拒む導火線〉〈学園や拒絶の海に孤児らは住み〉…豊かな感性が伸び盛りです。「孤児」と「こ」は違いますね、ルビに頼らぬ工夫を。
 石鎚優〈一湾の水平線と年酒酌む〉、有栖川蘭子〈春深しこれから生まれる好きなひと〉…まさに俳諧宇宙です。
 次点に福岡日向子、渡邉照香。ほかに有馬育代〈老犬の里親二十歳春隣〉等、紹介したい佳句が沢山ありました。
 五周年を迎え充実の「海原」ですが、佐々木靖章筆「金子兜太初期句文集」に若き兜太先生の作品と句評が掲載されて(47号・波郷、草田男作品の評等)、新人諸氏がこれをどう受け止めるか期待しています。

■武田伸一
①渡辺のり子 ②飯塚真弓 ③立川真理 ④立川瑠璃 ⑤松﨑あきら
 毎月の「海原集」の順位を数値化して、上位五名を新人賞の候補とした。
  夜桜の発火点まで来てしまう 渡辺のり子
  病魔よ和め春暁に居座るな 飯塚真弓
  落ち椿触れるを拒む導火線 立川真理
  我が生は太古よりくる半仙戯 立川瑠璃
  冷房は無い必要だったのは空だ 松﨑あきら
 次点とでもいうべき方々を挙げ、次年度の奮起を期待したい。後藤雅文、渡邉照香、福岡日向子、吉田貢(吉は土に口)、有栖川蘭子、安藤久美子等であるが、これで終わりではない。共に九十代の押勇次、宙のふうは別格的存在。ほかにも日頃期待している作家たちの名を列記して、応援としたい(ほぼ北から、順不同)。
 小林ろば、かさいともこ、谷川かつゑ、吉田もろび、大渕久幸、近藤真由美、藤玲人、遠藤路子、小林育子、福田博之、石鎚優、平井利恵、井手ひとみ、伊藤治美、重松俊一、村上紀子、藤井久代、村上舞香、福井明子、藤川宏樹、有馬育代、路志田美子等々。

■月野ぽぽな
①渡辺のり子 ②立川瑠璃 ③立川真理 ④飯塚真弓 ⑤渡邉照香
 渡辺のり子〈夜桜の発火点まで来てしまう〉の表現力の充実と広がる句境。
 立川瑠璃〈我が生は太古よりくる半仙戯〉と、立川真理〈祖父といふ静けさ囀りの中へ〉の、それぞれの純粋で上質な詩性の深まり。
 飯塚真弓〈胆勇を備へ旦暮のマスクかな〉、渡邉照香〈此の身脱ぎたしセーターを脱ぐやうに〉の情感の豊かさに注目した。二位から五位までは僅差。
 その他やはり僅差の、有栖川蘭子〈父母のありてさびしさ袋掛〉や、大渕久幸〈宮益坂中村書店前穀雨〉、谷川かつゑ〈水中花最後の晩餐は点滴〉。また、増田天志〈にんげんとは何ひまわりに砲弾〉、宙のふう〈体内にブラックホール大焚火〉、近藤真由美〈銀杏降るこの名画には武器はない〉、後藤雅文〈カナカナカナとっても長い後一周〉、淡路放生〈子を産めぬ娘と猫とねこじゃらし〉、石鎚優〈象の貌のやうな流木に初日〉、遠藤路子〈蟻ころす部屋のかたすみ資本論〉、かさいともこ〈れんぎょうの花よ大人の反抗期よ〉、小林育子〈かなかなや母の手は小さき日溜り〉、松﨑あきら〈野良仔猫大きな好意は怖いのです〉、大浦朋子〈譜面台小さくたたみ卒業す〉にも期待する。自分の感性を信じて次の一句を。

■遠山郁好
①福岡日向子 ②立川瑠璃 ③立川真理 ④遠藤路子 ⑤渡邉照香
 福岡日向子〈眼のなかの冬蝶未現像のまま〉独特の着想、感覚の発見、どれも読み手の想像力を刺激し、作者への興味が尽きない。
 立川瑠璃〈妹を置けばなお濃き春の虹〉先達の〈虹立ちて忽ち君の在る如し〉の句もあるが、この句は共に作句している妹さんへのオマージュも込め、柔らかな韻律に乗せ、濃やかに書かれていて、作者の句の領域の広がりをも感じさせる。
 立川真理〈青野を食む獣と草を分けあふて〉大胆な切り口ともの言い。青野に繰り広げられる生き物たちの夏が、大らかに、生々と表現されていて清新。
 遠藤路子〈あれから漂いがちです春のかけがね〉句全体に漂う、生への軽い戸惑いと屈折。特に春のかけがね・・・・・・にそれが読み取れて、こころに染みる。
 渡邉照香〈剃髪の母大海のごと笑ひをり〉母上の剃髪。すでに深い悟りを開いているような、大海のごと笑う・・・・・・・、その母上が見事。
 ほかに注目した作者は、大渕久幸、渡辺のり子、小林ろば、石鎚優、飯塚真弓、安藤久美子、村上舞香、小野地香、宙のふう、小林育子。

■中村晋
①渡辺のり子 ②渡邉照香 ③松﨑あきら ④後藤雅文 ⑤立川真理
 渡辺のり子〈林檎食うさざなみ鎖骨のあたりから〉から読み取れる作者の身体感覚に唸りました。「鎖骨」という言葉は作者ならではの感性。また〈スイートピーひとふで書きの風を着る〉にも生き生きとした感覚が宿っています。年間を通して感性に磨きがかかり、自身のスタイルをしっかり持ったように見え、文句なく第一位に推しました。
 渡邉照香〈剃髪の母大海のごと笑ひをり〉に見られるようなドラマティックな作品に個性が感じられました。一方、日常のさりげない句にいささか力みが感じられ、そこが課題でしょうか。しかし〈壁の穴しずかに塞ぐ春の闇〉に新境地を感じます。
 松﨑あきら〈雪の道ひしと玉子を買って帰る〉に見られる北海道の生活の魅力。またそこから感じ取れる作者の誠実さにも惹かれました。今後に大いに期待します。
 後藤雅文〈吊し柿夫婦の糖度高めあう〉にある俳諧味がなんとも言えない味わい。
 立川真理〈定位置に記憶のぼうし祖父よ秋〉初々しい感性と斬新な措辞に大いに魅力を感じます。
 ほかにも注目した名は多数。根気よく感性を磨き、またその感性を活かす技術を習熟しましょう。

■宮崎斗士
①立川瑠璃 ②小林育子 ③立川真理 ④有馬育代 ⑤遠藤路子
  春落葉人は短編そして蒼 立川瑠璃
  喉仏には小さき骨壺雲の峰 小林育子
  月光に深眠りするヴァイオリン 立川真理
  尺蠖のうぶ声余命始まりぬ 有馬育代
  冬キャベツ地球の芯まで剥がしてやる 遠藤路子
 例年同様、「後追い好句拝読」欄の一年間の結果に基づいて五名の方々を挙げさせていただいた。これに続く方々として、
  無花果を食べてふふふの夫婦です 後藤雅文
  夏の少年海より帰りことば研ぐ かさいともこ
  不意にくる酢牡蠣を啜る父の顔 上田輝子
  ふぁっと母じゃがたらの花に座ってる 横田和子
  あくびするロボットだって?田螺鳴く 小林ろば
 ほかにも、有栖川蘭子、飯塚真弓、石口光子、石鎚優、岡田ミツヒロ、岡村伃志子、小野地香、梶原敏子、古賀侑子、谷川かつゑ、藤玲人、服部紀子、平井利恵、福岡日向子、保子進、増田天志、吉村豊、渡辺のり子……と注目作家はここに書き切れない。

※「海原新人賞」これまでの受賞者
【第1回】(2019年)
三枝みずほ/望月士郎
【第2回】(2020年)
小松敦/たけなか華那
【第3回】(2021年)
木村リュウジ
【第4回】(2022年)
大池桜子

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