第4回海原新人賞

『海原』No.42(2022/10/1発行)誌面より

第4回海原新人賞

【受賞者】
 大池桜子

【選考経緯】
 『海原』2021年9月号(31号)~2022年7・8月合併号(40号)に発表された「海原集作品」を対象に、選考委員が1位から5位までの順位を付して、5人を選出した。
 得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、大池桜子の授賞を決定した。

【受賞作品抄】

夏燕 大池桜子
夏燕ちょっと本を買い過ぎた
若葉過剰一体どうなってるのかな
こころの迷彩は何を隠すの夏
疑似彼氏あてラインに咲かせるパラソル
今日は話せたガーベラを抱いてゆく
テンションが高いと言われる秋思かな
優しいと優しいふりと秋の七草
ポケットの多いジャケット君にあげる
綿虫や信じきれないのが病
マスクにイヤホンの自由手放せない
すぐみかんとか出してくる母が好き
冬菫違う夢をみているの?
カトレアや無意味の意味って何
大寒にして我が恋の決戦日
海外ドラマハーゲンダッツ二月
共通語はダイエット春のお月さま
春の夜やまた友達が多すぎる
ヒヤシンス後悔って一人芝居だ
チェスの駒ほどの頭脳で冴返る
クールぶってやってきたのに亀鳴くよ

【候補作品抄】

祖父を抱く 立川真理
夏館母は吾を吾はデグーを叱る (デグー=ペット。ネズミの仲間)
メリーウィドーそれとも薄羽蜉蝣
汝は花野拡大鏡に消えて行く
祖父在るはも一つの故郷小鳥くる
名山の眠りたまふや麓の葬
「ニーッ」といふは笑いの形受験生
祖父の胸の静謐に置くライラック
貝寄風や想い出といふ持病
綾取りのれては消える多角形
かさこそと落葉の音の祖父を抱く

散歩 葛城広光
在来線巨大な赤ちゃん現れる
蟻の足凄い速さで乱れるよ
白鳥が中学生についてくる
花の枝骨折ごとに舟に落ち
しゃりしゃりと炭が崩れる原爆忌
七夕に配管すると管光る
入学の二日前から風呂にこもる
公園に誰もいなくて脳死かな
モヒカンに滝が当たっておお寒い
ややこしく出来た人間鳥交る

疼いてならぬ 渡辺のり子
ぼたん雪天使の耳のかたちして
乳張りし日の胸騒ぎ花朧
左手が疼いてならぬ百合の夜は
四畳半サルトルニーチェ迷い蜂
押し返すナイフ白桃の産毛
抽斗に溜めし秋思のしろい骨
枯芒まだ返り血は乾かない
地吹雪やポツポツ火の粉まじる雪
絵皿いちまい一頭の蝶凍つる
寒満月浮かぶ地球のふかい闇

心地よい場所 小林育子
鳥の巣をのぞきこむ朝人嫌い
息継ぎを惜しむ語り部終戦日
鶴折るやぽつんぽつんと先のこと
遺骨にも心地よい場所雲の峰
黒揚羽トリアージする者される者
蓑虫やありのままとは超難問
林檎むくいつも誰かのためなんて
鯛焼きの餡のはみ出て父白寿
太刀魚のごとく白髪水俣よ
初蝶の無色透明ここは戦場

【海原新人賞選考感想】

■大西健司
①立川瑠璃 ②大池桜子 ③淡路放生 ④宙のふう ⑤立川真理
 立川瑠璃〈そっとくる風が疲れているから素足〉〈あすを裁く晩秋の風に恋もして〉〈泣く時は白鳥のよう後向く〉しなやかな感性、そしてほんの少しのせつなさに包まれた詩性。この一年ぶれることなく書くことが出来た。小さくまとまらずにこれからも伸びやかに書き続けてほしい。大池桜子〈優しいと優しいふりと秋の七草〉〈すぐみかんとか出してくる母が好き〉少しおとなしくなったように思う。きらめく言葉に溢れていた独自の感性に僅かだが変化が見られる。さらなる世界を展開するための過渡期ととりたい。淡路放生〈黒薔薇の蔓が寝棺の窓を這う〉〈空海の書にたどりつく花槐〉男の美学の虚しさだろうか。何とも切ない美しさ。宙のふう〈熊野路の雨は球体雨月かな〉〈秋深しダリの時計の二十五時〉何故か一号だけ本名での発表があり驚いたが、その衰えない詩性を評価したい。とても自在だ。立川真里〈メリーウィドーそれとも薄羽蜉蝣〉〈かさこそと落葉の音の祖父を抱く〉やはりしなやかな感性、それは瑠璃さんと双璧。あとは継続あるのみ。それから吉田貢だが私にとって別格という位置づけ。古い記憶にある名前に出会えた嬉しさ。
 他には葛城広光、渡邉照香、福岡日向子、渡辺のり子、谷川かつゑ、松﨑あきらにも注目。さらなる飛躍を。

■こしのゆみこ
①渡辺のり子 ②宙のふう ③小林育子 ④渡邉照香 ⑤植朋子
 まずは名前を見ずに選句。混戦の中から得点数の多かった渡辺のり子を一番に推す。渡辺は2020年10月から海原集に参加。海原金子兜太賞応募の他、今年の現代俳句協会年度賞応募、170作品中私の予選15作品に渡辺の名を発見。意を強くして一番に推す。
 渡辺のり子の句は転換のインパクト。「だれか一人」のための俳句という主張も素敵。
  ほうたるやわたし全身水たまり のり子
  ぼたん雪天使の耳のかたちして 〃
  菜の花やふかい地下から反戦歌 〃
 繊細な叙情、見守りたくなる宙のふうの句。
  騙し絵の階段登る夜の霧 宙のふう
  耳鳴りの軋みて流星群ピーク 〃
  父の手の昏がりにほうほたる 小林育子
  受刑服雪より白き過去包み 渡辺照香
  大好きな百合がぎゅうぎゅう柩窓 植朋子
  鳥曇海に帰れぬ水のあり 矢野二十四
  夏至の日はリングの上の背中細る 大池桜子
 次に野口佐稔、吉田貢、重松俊一、立川瑠璃、立川真理、有栖川蘭子、有馬育代、松﨑あきら、山本まさゆき、淡路放生らに注目。

■佐孝石画
①福岡日向子 ②立川由紀 ③小林育子 ④わだようこ ⑤遠藤路子
  紫陽花は精神だらけ空間だらけ 福岡日向子
  水銀の重たさ九月のいきさつに 〃
  言いかけて止めるそれは雪の手ざわり 〃
  冬の薔薇優しさは角度による 〃
  三月をここから開封してください 〃
 直観力と叙情性に惹かれた。言い切らず余白を残すような手法には、独自の美的感覚が滲み、羅のような軽やかさと切なさが香る。
  遺る句に体温ありぬ師よ八月 立川由紀
  助走して飛び立つ形からす瓜 〃
  頭の中の定住漂泊夏帽子 〃
  自傷のよう病む町に咲く桜かな 〃
 句の持つ共鳴力、浸透圧に金子先生の言う「情(ふたりごころ)」を見た。
  胡桃割る夜を毀してしまわぬよう 小林育子
  荒川に白鳥言葉は曲線に わだようこ
  かなかなや恋する人のいない星 遠藤路子
 これら三名の感性にも大いに惹かれた。
 他に渡辺のり子、有栖川蘭子、日下若名、吉田和恵、木村寛伸、増田天志、重松俊一、田口浩、宙のふう、小林ろば、植朋子、佐竹佐介、立川真理、大池桜子、そして超新星の村上舞香に注目した。

■白石司子
①葛城広光 ②遠藤路子 ③大池桜子 ④渡邉照香 ⑤福岡日向子
 選考月の七月は俳句甲子園全国大会の準備期間と重なるため、「海原」が届いた時点で毎月共鳴した句をチェックし、五十音順の表にしている。第四回の選考では、
  蟻の足凄い速さで乱れるよ 葛城広光
  ややこしく出来た人間鳥交る 〃
  モヒカンに滝が当たっておお寒い 〃
  緑まばゆし死にゆく母とふたり 遠藤路子
  ことんとこころ聞こえたような冬日 〃
  発熱の君を包んで霜夜です 〃
  綿虫や信じきれないのが病 大池桜子
  クールぶってやってきたのに亀鳴くよ 〃
  白薔薇と燃へて発光父の体 渡邉照香
  傷付きやすき男が零る遅日かな 福岡日向子
 葛城句の特異な発想、遠藤句の繊細な感性、大池句の少し拗ねたような青春性、福岡句の将来性にひかれた。
 他に、植朋子の〈秋刀魚喰う組閣のテロップが邪魔〉、渡辺のり子の〈もののけのはしゃぐ声する青嵐〉、立川瑠璃の〈泣く時は白鳥のよう後向く〉、村上舞香の〈餡蜜から向こう側は未知である〉にも響き合うものがあった。

■高木一惠
①立川瑠璃 ②大池桜子 ③松﨑あきら ④淡路放生 ⑤立川真理
 立川瑠璃。
  胎児ネームティンクル母が見た銀河
  三密を守っていつか白鳥に(既に白鳥)
 大池桜子。
  雛罌粟や名前を軽く呼ばないで
  ヒヤシンス後悔って一人芝居だ(季語◎)
 松﨑あきら。
  仮想世界は生け贄さがし師走来る
  花大根やんちゃ老人求職中(頑張れ)
 淡路放生。
  虹消えてひとまず老いに戻りけり
  俳号に蝶の思いもなくもなし(祝新生)
 立川真理。
  貝寄風や想い出といふ持病
  ペンやがてマタギとなりて熊を追ふ(期待!)
 「今こそ俳句」と思う今回は、好作の紹介を以て選考のメッセージに替えます。
 *旧仮名表記「おく・想ふ・老ゆ・見ゆ」等要注意。
  蜘蛛下がる御用学者の眉尻へ 植朋子
  一言も発することのない泉 大渕久幸
  砂時計冬と魂入れ替わる かさいともこ
  毛虫達ゆんゆん立てた青信号 葛城広光
  暮の秋一頭騸馬せんばになりました 日下若名
  難民のザックの犬よ春遠し 後藤雅文
  たましいの空回りして春の雷 宙のふう
  青田波蝦夷百年の風の記憶 谷川かつゑ
  隔離なら蛍袋が希望です 野口佐稔
  南米のとある豆腐屋金魚掬ひ 吉田貢
  受刑服雪より白き過去包み 渡邉照香
  抽斗に溜めし秋思のしろい骨 渡辺のり子
 ほかに有栖川蘭子、有馬育代、飯塚真弓、井手ひとみ、遠藤路子、木村寛伸、小林育子、小林ろば、重松俊一、福田博之、藤好良、武藤幹、村上紀子、矢野二十四、山本まさゆき、吉田和恵、路志田美子等、紹介できず残念。

■武田伸一
①大池桜子 ②立川真理 ③渡邉照香 ④葛城広光 ⑤松﨑あきら
 大池桜子は〈テンションが高いと言われる秋思かな〉〈クールぶってやってきたのに亀鳴くよ〉など、やや屈折感のある情感を、新鮮に自在に表現し、頭一つ抜け出た存在。立川真理は高校生にして〈メリーウィドーそれとも薄羽蜉蝣〉〈綾取りのれては消える多角形〉など、読者の意表を衝く巧者。末恐ろしい存在である。渡邉照香は父上の死に際しての作品が秀抜だった。欠稿を余儀なくされたことが残念であった。〈素っ裸おむつ一つの父の体〉。葛城広光は時に難解、手に負えない作品を交えつつ、意欲的な作品を多産した。松﨑あきらは、人を食ったような不思議なペーソスが持ち味。〈なんでそんな人がいるの菫には解らない〉。吉田貢は松﨑と同点だった〈孟蘭盆會戰に死にし碑は高し〉。
 以下順不同に、立川瑠璃、後藤雅文、藤川宏樹、淡路放生、飯塚真弓、大渕久幸、増田天志、有栖川蘭子等々挙げたら限がない。さらに七、八十代ながら意欲満々、かつ秀作連続の渡辺のり子、谷川かつゑ、土谷敏雄、宙のふう、押勇次等がいることを追記しておきたい。

■月野ぽぽな
①大池桜子 ②渡辺のり子 ③立川真理 ④立川瑠璃 ⑤大渕久幸
 大池〈こころの迷彩は何を隠すの夏〉に見る持ち前の感性と口語による伸びやかな表現力の深化。渡辺〈左遷さる鬼薊の群れの中〉の柔軟な発想と表現力のバランスの良さ、立川真理〈夏館母は吾を吾はテグーを叱る〉の詩的洞察力の幅広さ。立川瑠璃〈白というまばゆき坩堝更衣〉の詩的洞察力の瑞々しさ。大渕〈揮発する言葉八月十五日〉の直観力の冴えに注目した。
 このほか、五位と僅差の有栖川蘭子〈紫蘇揉んであしたの天を新しく〉や、山本まさゆき〈水馬に押され水馬前に出る〉、川森基次〈神無月誘われたので行くソワレ〉、日下若名〈形よく西瓜も赤ん坊も転がっているよ〉、淡路放生〈冬蝶のステンドグラスとなり了る〉、渡邉照香〈白薔薇と燃へて発光父の体〉、葛城広光〈モヒカンに滝が当たっておお寒い〉、遠藤路子〈俯瞰して自分みている守宮のように〉、藤井久代〈スギハラの命のビザや冬銀河〉、吉田貢〈道まがれば橋遠ざかる暮の春〉、宙のふう〈主治医逝く新病棟に冴ゆる月〉、後藤雅文〈難民のザックの犬よ春遠し〉、谷川かつゑ〈水母の傷夜の素顔に似てはずかし〉にも期待する。
 自分の感性を信じて次の一句を。

■遠山郁好
①葛城広光 ②大池桜子 ③立川瑠璃 ④立川真理 ⑤日下若名
 葛城広光〈雨粒のたった五粒に山沈む〉大胆でユニークな着想を一句と成す手腕。そして〈青い凪大きなハサミで切り抜いた〉こんな素も垣間見えて魅力的。
 大池桜子〈すぐみかんとか出してくる母が好き〉いつものように口語を駆使した軽やかな韻律には惹かれる。また〈こころの迷彩は何を隠すの夏〉こんな呟きのような破調の句にも若さが溢れる。
 立川瑠璃。祖父への悼句とある〈泣く時は白鳥のよう後向く〉真実の力が心に響く。〈あすを裁く晩秋の風に恋もして〉思春期の屈折した心情が表現されていて好感を持つ。
 立川真理〈祖父の胸の静謐に置くライラック〉悼句はどのようなアプローチのし方でも心を打つ。〈胸の静謐に置く〉の捉え方に感心し、これが若さというものかとも思う。
 日下若名〈暮の秋一頭騸馬せんばになりました〉〈なりました〉の口語表現に、意図的でなく、そっと置かれた〈暮れの秋〉がかえって新鮮。
 他に〈木漏れ日は八月に思い当たる感情〉の福岡日向子に注目した。また、かさいともこ、渡邉照香、遠藤路子、川森基次、飯塚真弓、近藤真由美にも注目し、期待する。

■中村晋
①大池桜子 ②立川瑠璃 ③渡辺のり子 ④渡邉照香 ⑤淡路放生
 大池桜子〈優しいと優しいふりと秋の七草〉〈ヒヤシンス後悔って一人芝居だ〉徹底して自分自身の内面にこだわって作句してきた。かつて強力な自意識ゆえに作品としての客観性を失うこともあったように見受けられたが、今年は句にゆとりが感じられ、ユーモアや俳諧味を感じさせることが多かった。ソリッドで良質な現代の漫画を読むような魅力。
 立川瑠璃〈そっとくる風が疲れているから素足〉〈泣く時は白鳥のよう後向く〉若い感性による率直で大胆な言葉づかいが魅力的。明るい基調の句の中にも若さゆえの陰影も描かれ、題材も多彩。さらなる成長を期待したい作家である。
 渡辺のり子〈ポケットの団栗逃がす海へ海へ〉〈菜の花やふかい地下から反戦歌〉アニミズムの感覚に富んだ作家と思った。北海道の豊かな自然の息吹が句の韻律に感じられる。風土の匂いが強く、スケールの大きい句に大いに惹かれた次第。
 継続して句を作り続けることは決して容易ではないが、そのプロセスこそ俳句の醍醐味。あきらめずに作り続けましょう。作り続けるときっとブレイクスルーする瞬間が来るはずです。

■宮崎斗士
①有栖川蘭子 ②小林育子 ③立川真理 ④福岡日向子 ⑤松岡早苗
  紫蘇摘んであしたの天を新しく 有栖川蘭子
  蓑虫やありのままとは超難問 小林育子
  かさこそと落葉の音の祖父を抱く 立川真理
  夏蝶の溢れた部分全部あげる 福岡日向子
  鳥雲に水を切りたる皿の白 松岡早苗
 例年同様、私が担当している「後追い好句拝読」欄の一年間の結果に基づいて、上位と思われる五名の方々を挙げさせていただいた。他にも、次の方々が印象に残った。
  初鏡認めぬ貌にまた遭うた 有馬育代
  元妻と言わずもがなの春の駅 淡路放生
  俯瞰して自分みている守宮のように 遠藤路子
  すぐみかんとか出してくる母が好き 大池桜子
  あっけなく抜ける人参活断層 かさいともこ
  唇になってしまって雪女 葛城広光
  竹の春ロボットと歌うイマジン 日下若名
  蜘蛛の糸好きなことして光り満つ 高坂久子
  小便小僧をあの子と呼ぶ子青葉風 佐々木妙子
  主治医逝く新病棟に冴ゆる月 宙のふう
  不要不急卵一個が立っている 千葉芳醇
  大いなる片陰として競技場 野口佐稔
  水連れて父母の井戸から月上る 服部紀子
  ボート漕ぐ昭和の白きランニング 福田博之
  地球は未だゴロツキ笑うかわせみよ 松﨑あきら
  ススキハラムジンキカへルトコロナシ 矢野二十四
  受刑服雪より白き過去包み 渡邉照香

※「海原新人賞」これまでの受賞者
【第1回】(2019年)
 三枝みずほ、望月士郎
【第2回】(2020年)
 小松敦、たけなか華那
【第3回】(2021年)
 木村リュウジ

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