シリーズ・海程の作家たち《最終回》八木三日女―『紅茸』から『私語』へ(下)~谷佳紀の個人俳句誌「しろ」より

『海原』No.11(2019/9/1発行)誌面より
~谷佳紀の個人俳句誌「しろ」より~ ご参考:2023/04/19お知らせ

シリーズ・海程の作家たち《最終回》

八木三日女―『紅茸』から『私語』へ(下) 谷佳紀

 八木が連作を実践するようになった動機は知らない。ただ連作論は色々あろうとも動機はただひとつ、一句では書き切れない内容を連作で果たそうということだろう。前衛俳句が盛んな一時期、連作について色々議論されたことがある。八木はその実践者であったわけだ。『赤い地図』で一つの頂点を極め、次の展開を連作に求めたのだろうか。単作では書きつつある作品と自身は一対一の関係にとどまるが、連作ではその関係に前後の作品が絡み、さらに書き終えた幾つかの作品が書きつつある未完の作品に絡んでくるという複数の視点と複数の関係が生じる。その関係をどのように捉えるかという言葉の実験として魅力を感じたのかもしれない。句数の少ないものを二つあげてみる。

    川底のうた
  色街めぐるその川底の黒葡萄

  遊女の昼流るでもなきトマトのへた
  発芽の川猿に食わせる夢流す
  弥勒の指腫れて惟えり球根畑
  はがねめく帯で占う葦の女
  川の脈触れそうで三味音を断つ
  熔鋼の眼光移し思惟菩薩
  だるい運河老娼の瞳に星流れ
  竜神の予言を移し藻となる舌
  を洩れる夕焼くるわをめぐる川

    シャモのための舞台装置
  シャモはしわがれしわくちやばあさんかつかとわらう
  湖底に覚めとさかまっ青シャモの悶え
  虹を透き惨敗のシャモ木っ葉微塵
  クレーターのようなほゝえみほどけゆくファスナー
  ダムのそこびえダイヤモンドより固く誓う
  ロックフィールド渉る人無く人影ある
  けだるい反り身ゆらゆら鮎澄む里の詩人

 「川底のうた」は色街のけだるい風景を写実風に捉え、「シャモのための舞台装置」はダムに沈んだ村を戯画的に捉え悼んでいるのだろう。「シャモ」は反対運動の象徴のようだ。連作の思想をよく生かしている作品と肯定できるが、この二作品のように風景となるものはよいが、思想そのものは連作でも書けないようだ。

    時計塔
  鹿もえている赤門の空の奥
  アドバルーン乱発の森猛獣飼い
  ずいずいずいころばしげばぼうころがし
  昼も夜も会議の河の河底剃り
  風船つなぐ森に野犬の群を封じ
  鹿のかたちの夕雲時計塔揺れる
  時計塔炎上の舌雲に吸われ
  煙りつゝ秒針とまる牛のひたい
  鹿の眼の占い師密月をさゝやく

 一九六九年、東大安田講堂を占拠した全共闘の学生を排除する警察官との闘争風景を書きとめようとしているが、闘争の景をイメージにしようという意識ばかりで、闘争を感受すべき心が閉じられているため、結局景の説明にとどまっている。『紅茸』や『北海道行』のような意識の客観性や精神の深まりがない。
 私は連作を肯定も否定も出来ない。わからないのだ。ただ俳句は独立した一句が基本と思っている。そういう意味では否定派になるのだろう。八木の連作を読んで吟行句のように書かれた「川底のうた」の系列は納得できたが、「時計塔」のように事件をテーマにしたものは失敗作が多いと思った。事件そのものが圧倒的に力を持っているということもあろうが、事件を説明しなければ表現は理解されないし、説明すれば表現にならない。だからと言って説明文をつければ表現できるというものでもない。説明に頼った俳句では表現の独立性が損なわれるという、短さゆえの宿命は連作でも解消されないということであり、特別の理由がない限り連作は不要ということになる。しかし八木はそうは考えなかったらしく次の句集『石柱の賦』でも、連作とは言っていないが連作風の
作品をたくさん書いている。八木には旅行吟等一つのテーマで集中的に書く傾向があり、それも連作を好む理由なのかもしれない。
 私は連作であっても単作的に読んでしまう。連作の意味を無視して読むと、『落葉期』は安定した力で安定した作品を書き続けている句集となり私を刺激しない。とは言え単作篇の次のような作品に出会うと次への準備をしているように思えてくる。
  カーテンの波間啼き啼き啼き千鳥
  破廉恥よきぬこしどうふくずれぬよう
  吊り橋りゃんりゃん鈴虫しゃんしゃん頭昏れる
  落ちるにじむ椿じめじめ魔女の靴
  猫屋敷きちがいなすび生えつのり
  成層圏の無銭飲食ぴいちくぱあ
  三ケ日だるまになれば粉雪ふる
  みのむしないてちちよそのまたちちよぢぢよ

 八木がいらいらしているように思えるし、表現を楽しんでいるようにも思える。言葉遊びのようでもあり、イメージにならないイメージを無理やりイメージにしているようでもあり、思うままにならない感情をもてあまし悪態をついているようでもある。魅力的な作品なのだが何が原因でこのように書かせているのかと思う。安定した表現から脱皮しようという意欲がこのように書かせていると思えるのだ。
  カオスカオスと鴉過ぎゆき夏過ぎゆき
  旅の終わりの肺ばらばらに針葉樹

 句集はこの二句で終わる。「カオスカオス」と鴉にからかわれ、肺はばらばらの息苦しさ、それともばらばらになった開放感か。自然は夏の蒸し暑さから秋の澄んだ明るさへと移り、針葉樹は空を突き刺すように伸びている。俳句を書き出して以来、全力疾走を続けてきた八木は、自分が転換期に来ていると感じたのではないだろうか。
 昭和六十三年に刊行した句集『石柱の賦』は昭和四十九年から五十九年までの作品を収めているが、巻頭は昭和五十四年の「石柱の賦―ギリシャ・エーゲ航―」と題された四十九句の旅吟である。晴れ晴れと明るく旅をたっぷり楽しんでいる。それまでの三冊の句集には見られなかったゆったりした気分に満ちた旅吟である。
  梅干の種捨つエーゲ海の燦
  芥子もゆるアクロポリスに水のむ猫
  逆光のかもめもつれる無音界
  石柱に鳩降り鳩降り白拍子
  石をまわって蜥蜴神託をわする
  とかげの使者石をまわって腸に消ゆる
  獅子吠ゆる激怒のときも石のまま
  エーゲ海睦みて水虫も灼ける
  アネモネサンシャインさざれ石の八千代
  石柱また芥子噴くトルソー乳噴くごと

  大地ゲ―に捧げる血はなし草を毟る指
  黒白の魂魄ちゞれ蟻の塔

 八木は見ることを楽しみ、見て湧いてくる言葉を楽しんでいる。今まではそうではなかったと思わない。しかし今まではぎらぎらと見て、ぎらぎらと言葉にする熱中の楽しみであった。ここでは余裕がある。見て戯れ、見て遊んでいる。
 前衛俳句運動は表現領域の拡大を目指し言葉の実験を果敢に行ったが、観念先行のおびただしい反故を生み出した。しかしそこで実験された言葉のありようは伝統俳句と称される作品にも影響を与え今日実を結んでいる。八木のギリシャ・エーゲ海の作品には季語的美意識や予定調和的美意識がない。見たままを書いているような客観写生的な書き方をしているが、興味を持ち楽しんでいる心の動きが書きとめられているところは、景が単なる景でなく、心の動きが捉えた景であることを示している。「梅干の種捨つ」「アクロポリスに水のむ猫」「鳩降り鳩降り白拍子」「蜥蜴神託をわする」「激怒のときも石のまま」等、なんでもない見たままのようであるが、句を感受するときに感じられる意識と言葉の自然な繋がりは、前衛俳句という意識を強調した表現活動で言葉を試し、そこから抜けて自由になった結果を思わせる。『赤い地図』を経ることなく『紅茸』だけの活動であったならば、このような表現はなかったであろう主体性が働いた結果の表現なのである。
 『落葉期』に萌芽があり『石柱の賦』ではっきり姿を見せた表現の変化は、イメージそのものに社会批判や現状認識の意味を持たせ、イメージを書くことが表現であるという、イメージで語る姿勢から、イメージに過重な負担をかけず、日常のありふれた光景の切り取り方に思いを託し主体性を発揮する方向である。これはまかり間違うとそれまでの表現活動を否定し生活の些末主義になりかねないものだった。それは八木自身が自覚していることでもあった。

 削ればみんな無くなってしまうように思うので、あえて書きおろし句集のようになってしまった。

 という二〇〇一年に刊行された句集『私語』のあとがきは本音であろう。『私語』を読んでいると六十歳を過ぎた八木の生活、旅行、社会活動を俳句で追いかけているような気分になる。では退屈したかというととんでもない、まったくその逆である。掲載句数が二千句は超えていると思われる句集に熱中した。今回この一文を書くために読み返してみても退屈しなかった。『紅茸』が世の中を若さで跳ね回っているなら、『私語』は色々なことをやってきたがまだまだ元気な老人が世の中をじっくりと引き寄せているのである。外貌は変化したが本質は変わっていない。
  裸のくに裸のひとを飢餓襲う
  焼却場の裏は名月消えどころ
  赤子抱けばあひるいちいち叫んでゆく
  風鈴や脳に隙間のあるらしく
  葉櫻をくらいくらいと通りぬけ
  宙吊り男日永女像の黴洗い
  ごみ箱の蓋をぱたんと後の月
  春風の尻尾クッキー焼く香り
  元旦の計あり吊橋に止り
  湯呑みいつも落伍者と共にあり
  身をよじてホース墓原縫いゆけり
  ばあさんやほおずきが火をつけた
  河豚屋まで地下をくゞるか陸橋か
  自分という軍用語あり梅日和
  盗みたしコアラの眠る刻なども
  春の小川に沿いゆき宝石店もろもろ
  兜虫とうとう勝った反戦派
  大観音月見草などぱっぱと吐く
  天体望遠鏡見てきてとんぼ返りする
  艶聞あり枝豆のゆで加減
  宗教のはじめや水を分ち合う
  防毒マスクの事件記者春霞みをり
  ほうき星とんでゆくのは越中ふんどし
  わさび田に濡れてもどって激論する
  梅雨晴れの海がふくらみ織女の胸
  見つむれば芭蕉の「死」の字「花」そっくり
  相合傘の老人に梅雨おしまい
  冬の銀行ホームレスには庇貸す
  絵日記に金魚のあぶくばかり画き
  受験子の大波越える靴大き
  バイク暴走村よごし村おこし君ら
  ダリのパンガリガリ食べたい夜の秋
  コーランも禅問答もない日記
  休暇果つ作文上手の問題児
  ビルの隙間窮屈々々大満月
  初潮の子逃げてしまって小豆飯
  器量よき桃もぎくれし日焼婆

 大急ぎでふっ飛ばしつつ抜書きしたが、二千句以上の中からの引用なのだからこれでも微々たる句数なのだ。八木本人が語っているように、選句しようとすればみんな消してもよいように思える。だが孫の絵日記なのだろうか、あぶくばかりの絵日記の天真爛漫な力強さ、相合傘で恥じらいながらも嬉しそうな老人の生き生きとした姿、貧乏人には優しくない銀行が知らないところで役に立っているという皮肉、芭蕉の書のカタログで「死」の字を探してみたら本当に「花」そっくりであった。芭蕉の風雅を思わぬところで引き出した八木の風雅を思う。「日焼婆」の逞しさとやさしさ。読者に感じる能力があればどんどん感じてのめり込んでゆけるこれらの作品は反故にもなるし宝にもなる。
 『私語』は感性の柔らかさがなければ読めない句集であり、惚れ込んでしまうととことん惚れ込む句集である。そういう見事さがある句集だ。
 八木は実験精神に富み様々な形で表現を試みてきたが、それによって表現が崩れることがなかった。いまなおその精神は旺盛である。「削ればみんな無くなってしまうように思う」という八木の自戒は、その精神が横溢していることの現れであろう。
(シリーズ「海程の作家たち」は本号で最終回となります)

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