『海原』No.82(2026/10/1発行)

◆No.82 目次

◆海原愛句十句(7・8月号の全同人作品より選出)

北村美都子 選
先生につづく雲梯春の雲 こしのゆみこ
蝶渡る誰のものでもない海峡 小林育子
青々と地球は濡れて復活祭 月野ぽぽな
龍は天に魚座のわれは海を恋う 董 振華
こんな日はただ野馬かげろうとなり遊ぶ 鳥山由貴子
風にはしゃぎ風を離さぬ花ミモザ 長谷川順子
舌噛んだ痛さよ春野に出る憂さよ 服部修一
人体の奥の記憶である朧 松井麻容子
花曇けさらんぱさらん捕り逃す 村本なずな
首すじに晩春といううすき愁い 茂里美絵

小林まさる 選
あなたとのひびむねになみだのさくらあめ 阿久沢長道
春深し石の仏の深い息 大西宣子
春風や思い通りに生きて来た 小野正子
行く春やゆっくり吐きて深く吸う 河田光江
流れなさい流されなさい花の雨 佐孝石画
花と葉で微睡み包む半夏生 中内亮玄
息が足りないこの世の息が風船玉 野﨑憲子
大根と母と白菜乗せてきた 服部修一
どこまでも菜の花やがて水平線 水野真由美
蛇穴を出てどの本能を頼ろうか 三好つや子

◆海原秀句 同人各集より

堀之内長一●抄出
砂利道にくいこんでいる蛍の火 石田せ江子
浜木綿の鉢動かせば新世界 石橋いろり
夏兆す滝に小鳥が飛びこんで伊藤歩
まだ橋の架からぬ島の氷旗小野裕三
草雲雀「こわれもの」と書く荷札 川田由美子
悼むとは忘れないことアイスクリン 河原珠美
おしゃべりが黙ると怖い日雷 楠井収
救命講義果て新樹の雫首に 黒岡洋子
漂泊のTシャツ透けて臍ひとつ 小西瞬夏
AIの君って夜ふけのチョコアイス 小林育子
夏木立まっすぐ奥の旧校舎 三枝みずほ
後悔もとろ火もトマト甘くする 佐々木宏
曇る日は薔薇に暗示をかけてみる 佐藤詠子
半夏生裏の塀にも猫が居る 篠田悦子
万緑や小学校は丘の上 清水恵子
ほうたるの晩年賢く水を飲む すずき穂波
薄っすらと騙されてみる浮寝鳥 高木水志
明易し句読点なき独り言 竹田昭江
献血車に入る若者風薫る 峠谷清広
麦秋やレールの残る河東線 梨本洋子
直感は琅玕に似てしたたりぬ 西美惠子
父母の濡れるがままに田草取る 仁田脇一石
立役にも女形にもなる蝮草 野﨑憲子
バラの実やまだやわらかい雨がふる 平田薫
サンゴ白化やせ貝つまむ老二人 宏洲弘
はつなつの私たてがみ生え揃う 福岡日向子
南部赤牛どどっと動く星祭 藤野武
担任のお荷物となる磯巾着 松本千花
苺狩り先ずクマダスに訊いてから 三浦静佳
武器ひさぐ国さればこそ夕蛍 水野真由美

川田由美子●抄出
寝返ればそこは戦場 夏の星 赤崎冬生
あの蛍ふり向く癖の母の光かげ 伊藤道郎
菜の花咲いたこの胸のこのあたり 井上俊一
待合室春の小さながらんどう 大沢輝一
白あじさいだんだん海を消してゆく 大髙洋子
アカシア散る逆算の残り時間 加藤昭子
国旗損壊さくらんぼ噛んじゃった 河原珠美
夏燕曲がりきれない道がある 三枝みずほ
底辺×高さ÷2の春の鬱 佐孝石画
肺という小さいオルガン弾く五月 佐々木宏
源流や闇の折り目に鳴く鶯 白石司子
枝豆の飛んで夕べの四分音符 竹内一犀
風鈴や胎児のような息づかい 舘林史蝶
漂流や青き時雨の夢を見て 田中亜美
青嵐軽く傷つけあう言葉 董振華
谷若葉切取り線のなき設問 並木邑人
地震深く折曲がる国額の花 仁田脇一石
仙人掌の花コロッケの美味い店 根本菜穂子
春愁の一つ書店の遠いこと 野口佐稔
児がみんな降りてしまった五月の箱 平田薫
青トマト反抗するは壊れぬため 藤野武
ほととぎす設備多彩なお風呂入り 藤盛和子
水温む手はおとなしい萼となる 北條貢司
遅れたりあわてたりしてニラの花 堀真知子
老後とは無伴奏なり麦の秋 本田ひとみ
ペンギンの拾った小石夏きざす 松本千花
夜濯の白くなる音北斗星 三浦静佳
西日の扉ドアにまた身を当ててマレー熊 村本なずな
耳たぶは多肉植物梅雨入かな 望月士郎
子かまきり見入る私の伸び縮み 山下一夫

◆武蔵野抄82 安西篤
妹の忌の軽きからだを支えきれず
卒寿路や我が炎天の昼花火
終戦忌安堵の吐息ひそかなる
いつよりか相性の良き秋の蝉
どこまでもお相伴です遠花火

◆雑雑抄82 武田伸一
美輪明宏死すずっと同い年だった
梅雨明けるヨイトマケの唄また歌う
瀕死の民へ原爆落せとトルーマン
米兵士足下にキノコ雲を見た
炎天やうち重ねられ無辜の民

◆一翳抄14 堀之内長一
真葛原朽ちゆくひかり粗金に
鬼の子よ東北地方は風ばかり
一方と他方どちらも赤とんぼ
露霜のシステム軋む音すなり
ダチュラの花ナルコレプシーまで一歩

◆たづくり抄13 宮崎斗士
みな同じ合歓の木想う家族葬
別れの手紙追伸ほんの蛇いちご
らいてう忌髪乾くまで素顔でいる
冷戦中金魚とぱくぱくし合う夫
訃報どう告げよう揺れる月見草

◆金子兜太 私の一句

人体冷えて東北白い花盛り 兜太

 掲句の由来を我が師・徳才子青良から聞いてから、この句をとても身近に感じてきました。昭和四十年代初めに、地元の地方新聞社の企画で兜太先生を芭蕉にみたてて、「奥の細道」で象潟以北の紀行を津軽半島の竜飛崎まで行ったとのことであった。その際に、関東から東北・青森まで車窓から見てきた景色を詠ったものだと聞かされ、地元の人には無い感性に感じ入ったものでした。句集『蜿蜿』(昭和43年)より。 千葉芳醇
 
友ら亡し青く大きく榠樝の実 兜太

 この、句の形が好きだ。友らとは戦友だろう。生き残った者の使命のように先生は反戦を詠み続けた。青い榠樝が熟しても梨のようには食べられない、そんな大きな屈折感。亡し、のキレが読み手の胸にピシリと突き刺ってくる。掲句、私にとって記念の「海程全国大会in箱根」特集号(平成26年10月)の東国抄から抽かせていただいた。記念写真に凛として先生がおられる。句集『百年』(2019年)に収録。 三浦静佳

◆共鳴20句〈7・8月号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句

尾形ゆきお 選
鳥帰る故国の闇を背負うかな 石川和子
花便り終末論も飛び出して 石川青狼
囀や悲鳴濃くなる戦渦あり 市原正直
地図ばかり見て沢蟹の泡ふふふ 木下ようこ
連翹咲くぽつんと一軒ありて咲く 楠井 収
〇シャガールの牛の飛び出す緑の夜 草みさを
人工知能青い罌粟咲いてゐる 田中亜美
胡蝶とわれいずれか夢の外にいる 董振華
〇春の雷わたしのなかの金属音 鳥山由貴子
梅雨寒の海は閑かなる古書店 中内亮玄
はぐれ方いよいよ上手しゃぼん玉 新野裕子
AIに青き帆影や春落日 野﨑憲子
無人機の飛びかう日常目刺し焼く 疋田恵美子
人体の奥の記憶である朧 松井麻容子
緑陰の古書店通り尼二人 松岡良子
不夜脳は逃水が好きどんとはれ 松本千花
〇 花の昼哲学書なぞヴィトゲンシュタイン閉じました 山本掌
足並をはなれて影の野に遊ぶ 横地かをる
益荒男や白魚の眼が恐いと言う 頼奈保子
〇無人駅の次もさくらの駅である 若林卓宣

小林育子 選
〇春の雪待つより僕は今ここで 泉陽太郎
雲にある空の入口四月来る 大池美木
苺一粒挽歌のひとつであるような 大髙洋子
〇蝶過ぎて羅漢の唇のひらきおり 河田清峰
〇人間の巣箱に要らぬものばかり 河西志帆
母消えて泡立つ我れに緑さす 川田由美子
青葉若葉人に遅れて笑うなり 北上正枝
〇ぼつたくりのやうに死なれて花吹雪 木下ようこ
一匹となって水槽冴え返る 黒済泰子
抱卵期薄目を開けて確かめる 小松敦
早春や息子のような野のけむり 佐々木宏
春風に敬語もいつか解けてた 佐藤詠子
〇シャガールの牛の飛び出す緑の夜 草みさを
父が逝く新緑の地に母を置き 鳥井國臣
そして空ってふいに匂うし花辛夷 中村晋
自分から自由になれれば鳥風に 新野祐子
蛇穴を出て満月を呑み干しぬ 野﨑憲子
全力疾走したのはいつか木の芽風 藤田敦子
春の雨散らし書きするみすずの詩 増田暁子
〇無人駅の次もさくらの駅である 若林卓宣

ナカムラ薫 選
〇春の雪待つより僕は今ここで 泉陽太郎
海をこぼさぬように鯖缶あける 市原正直
ものの芽のひとつは波を聞くかたち 伊藤歩
この頃女の子みたいで菫かな 大池桜子
春愁や緑のコンセント探す 奥山和子
退院や春の地球儀よく回る 小野裕三
〇蝶過ぎて羅漢の唇のひらきおり 河田清峰
〇ぼつたくりのように死なれて花吹雪 木下ようこ
天道虫旅人が住み始めたよ 小松敦
春の雨あかりを灯すように眠れ 佐考石画
水にある舌に触れたと思う春 佐々木宏
こんなむしゃくしゃさえずりがありったけ 田中信克
龍は天に魚座のわれは海を恋う 董振華
〇春の雷わたしのなかの金属音 鳥山由貴子
舌噛んだ痛さよ春野に出る憂さよ 服部修一
まだ白いときが好きです花あぢさゐ 原美智子
手をつなぎたくて手をだす春の風 平田薫
弔いの寺は明るし春の雨 福岡日向子
口笛吹けたよタネツケバナ咲いたよ 藤野武
春泥の塊である母の指 松井麻容子

村井隆行 選
白粥を吹く痩せし夫別れ霜 榎本愛子
原発を建てたばかりに町が消え 大西政司
戦始まるお前のような馬鹿はいない 大野美代子
〇人間の巣箱に要らぬものばかり 河西志帆
三度目の被爆はご免八月来 川崎益太郎
自由とは春の日傘を回すこと こしのゆみこ
昭和の日スーダラ節の酔い加減 後藤雅文
身の中の火宅の人や風信子 齊藤しじみ
春雨へ殺意が少し足りません 佐孝石画
しじみ売り朝は湖より始まる 白石司子
昼寝していのち養ふ深夜便 鈴木康之
亀鳴くや悪友全員持病持ち 峠谷清広
引き揚げ船花吹雪のようDDT 中井千鶴
燕来るついつい追伸長くなる 中村晋
老いるだけ老いて海馬の薄曇り 仲村トヨ子
息が足りないこの世の息が風船玉 野﨑憲子
花の雨老老介護の始まれり 平山圭子
君って筋肉質ネ兜太の忌 本田日出登
夜桜や亡夫つまに似た人先ざきに 松田英子
〇花の昼哲学書なぞヴィトゲンシュタイン閉じました 山本掌

◆海原集〈好作三十句〉宮崎斗士・抄出

心太気に入らないので聞こえない 有栖川蘭子
廃屋を日々咀嚼する夏の草 井手ひとみ
青葉風わたしといふ籠置いてゐる 伊藤治美
君に耳ほめられしこと新樹光 上田輝子
バードウィーク遊園地までバスも飛ぶ 上野恵理
火蛾死して寡黙が部屋を満たしてる 遠藤路子
まくなぎや前世に罪の横たわる 小野地香
晩年も青を撰びて更衣 廉谷展良
河鹿鳴く村に一つの聖教会 神谷邦男
緑さす靴ひも結んでくれる人 亀田りんりん
母というひかりを抜けてみどりの夜 北川コト
更衣素肌に近き嘘を着て 木村寛伸
人類は八十余億水鉄砲 小坂修
選挙ビラ腕にずっしり薔薇の朝  小林文子
田水張る枡にこぼるるコツプ酒 齊藤邦彦
黒板の数式消され窓に虹 佐竹佐介
歌麿の団扇で酢飯扇ぎけり 島村典子
WiFiのフリーのカフェに扇風機 藤玲人
耳たぶの硬さで歩く額あじさい 中尾よしこ
松落葉ラジオ体操第三を 中村きみどり
夕紫陽花ついてくるのはあなたなの 福井明子
直上落下紙飛行機の夏終る 福田博之
田水張る地球好きやし女子が好き 藤川宏樹
囀りや気のいい彼の葬の列 松岡早苗
もみぢの花は葉隠れウクライナ募金 松﨑あきら
蟇一匹我も独りや径真中 松本直子
草笛や右目の隅にある記憶 三嶋裕女
国により違ふ「肌色」若葉風 向井麻代
蛇衣を脱ぎかけこの世いぶかしむ 向田久美子
ぬけがらや受話器にのこる母の咳 路志田美子

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