◆No.83 目次

◆海原愛句十句(9月号の全同人作品より選出)
北村美都子 選
マホガニーの手摺を辿る春の闇 石田せ江子
しらしらと明け方の母鶴だった 大沢輝一
合唱隊白木蓮に合流す 小野裕三
巣箱へと長い梯子を登りきる 小松 敦
日永とは黙って父と歩くこと 佐々木宏
泥に寝て蛙菩薩になる途中 鱸 久子
坊守さんは白花が好き朝日子も 芹沢愛子
杜氏帰る東一華の傾きに 遠山郁好
初産の馬の眠りや木の芽吹く 本田日出登
星涼し脊柱というサキソフォン 望月士郎
小林まさる 選
まっすぐに字が書けないよ豆の花 植竹利江
夜の新樹背中合わせに目を瞑る 小松 敦
春の風信書届けるかのように 鈴木孝信
父の死はなんであったか花は葉に 永田和子
我と吾また鬩ぎ合う夜長かな 野口思づゑ
燕来る旅の顔して草を嗅ぐ 日高 玲
AIに愛ありますか牡丹餅つくる 三木冬子
背のびすれば新樹の真昼だだっ広い 三世川浩司
桜散る小さな嘘も落ちてゆく 村井隆行
石楠花や二回ハグしてさようなら 室田洋子
◆海原秀句 同人各集より
堀之内長一●抄出
戻り梅雨匂いも音も刃こぼれて 綾田節子
海霧襖人体希釈されてゆく 石川青狼
昼顔や宿場を人のさらさらと 植竹利江
我病めば駆けつけてくる蜥蜴かな 大久保正義
蠟石の冷たさ文字の生まれけり 大西健司
衣食住足りてむなしき蚊食鳥 川崎益太郎
蜘蛛の糸さっと仕上げていなくなる 河西志帆
他界とは西日の先のカフェテラス 河原珠美
瞑想は蛍袋の中が良い 金並れい子
蜥蜴の死仁王は瞼閉じられず 後藤雅文
花桐や大事な本を返しに行く 佐孝石画
捨案山子みぞおちあたりに水音 白石司子
子蟷螂身を折り畳み歩み寄る 鈴木孝信
トナカイという緑陰の隣人よ 鈴木修一
熱砂踏む老人の中の異邦人 宙のふう
独り居の湯上がり素裸とはまゐらず 高木一惠
裏山の笹切る園長星祭り 高橋明江
おはじきの硝子冷たし沢蟹も 田中亜美
死ぬまでを旅人と言うそばの花 谷川かつゑ
海鞘蒸せば地震の記憶の立ち上る 新野祐子
青田全し空の瞬き痛くなる 丹生千賀
夏空の裂けてドローンの特攻隊 日高玲
凌霄花明日は明後日を待って 平田薫
桐の花咲いても落ちても桐の花 藤盛和子
向日葵や期限の切れたパスポート 本田ひとみ
人声のよう老鴬と魂あそび 増田暁子
夜光虫最もわたしでいたくなる 三浦二三子
思春期のはらわたのよう蚯蚓もがく 嶺岸さとし
壁としてめまとひと佇つゴール前 柳生正名
熟れバナナ仲間外れが疼きます 山下一夫
川田由美子●抄出
戻り梅雨匂いも音も刃こぼれて 綾田節子
本物は何か足りないあやめ咲く 泉陽太郎
蝉しぐれ記憶外して風になる 伊藤幸
よく転ぶ李が打撲したやうに 鵜川伸二
軸足は遠き水田に差したまま 榎本祐子
胎児が蹴る夏の星の向こう側 大池桜子
今日も来る守宮やさしき少年期 大池美木
耳なりや今日一日の夏惜しむ 太田順子
河骨の朝相聞歌が一首 大西健司
お互いの夢を行き交う夏燕 小野裕三
葬列の帰路かな蟻の道連ね 片岡秀樹
ライラック散りしく過密なることば 桂凜火
昨日と違う郭公の帰る家 河西志帆
夕焼の黒板ながいながい数式 こしのゆみこ
蝉の穴隣家の電話鳴り止みぬ 小松敦
どくだみの群れ多数派がこわくなる 佐藤詠子
みんな居たむかしの匂い茄子の花 篠田悦子
熱砂踏む老人の中の異邦人 宙のふう
柔らかな雲に生まれる夏はじめ 高木水志
博物館の窓入道雲が干されてる たけなか華那
梅雨の夜は心に水輪あるような 峠谷清広
幻想の少しのにごり日の盛り 遠山郁好
冬の霧罪無き盆地沈ませる 野口思づゑ
星月夜身のどこかより釦落つ 水野真由美
青梅やかりっと音する中学生 室田洋子
一人居の友みな明るく立葵 森武晴美
夏燕すいと門戸を開け放つ 矢野二十四
星涼し少年ほのかにこぼれては 山本掌
濁流は戦場のごと沖縄慰霊の日 夜基津吐虫
かたちとは感覚からす瓜の花 横地かをる
◆武蔵野抄83 安西篤
秋光に透かす手のひら現在地
耳遠くなるにまかせし花野かな
九頭竜に土石流荒れ草の花
亡父が来て風を呼び込む夕端居
テーブルにマチスの蜃気楼浮かぶ
◆雑雑抄83 武田伸一
まどかなり横に師のいる日向ぼこ
玄室めく土間に草餅焼く老母
次の世は山羊の子であれ野に遊ぶ
日矢届く渓の奥にも秩父あり
北の鉄路より永らえて三味線草
◆一翳抄15 堀之内長一
畦道の白靴革命前夜かな
拒否とも違う野良猫の眼に秋の色
零余子採り無口な君に望むこと
さやさやと溜まる落蝉その一隅
露草にかがんで生き方単純に
◆たづくり抄14 宮崎斗士
麦わら帽子空の面積求めます
被告ただあの日の蛇いちごが目の前
蛍火に少年兵の僕がいる
すぐ分かる四キロ太ったと織姫
茄子咲いて独り居淡々と振り子
◆金子兜太 私の一句
蝌蚪つまむ指頭の力愛に似て 兜太
蝌蚪をつまんだ。ぬるりとした生命体への恐れと高揚感。細くてぐるぐる巻きの腸の感触が指先に蘇る。力加減など知らない幼い頃のこと。強すぎて死なせたかもしれない。「愛に似て」とは何だろう。考え続けている。第17回海程会賞でいただいた大切な句だ。句集『蜿蜿』(昭和43年)より。「この句集とともに、私は四十代に入った」「自分の肉体で承知した自然しか信用しなくなる」等の後記がある。 石川まゆみ
夜の航武器のごとくにバナナを持ち 兜太
長年、関わっている「俳句甲子園」第29回全国大会の兼題の一つが「バナナ」だった。全句提出をして、本戦までがディベート練習となり、対戦相手の句に選んだのがこの句である(なんて贅沢)。南方戦線ではバナナ一本がどれほど貴重だったか、その一本を手に漆黒の大海を航っていく。長崎から東京への航路で生まれた「海程」百句。後の「海程」創刊へと続く、俳句という海を切り開き航っていくという強い意思。戒名の「大航」にも通じる一句である。句集『金子兜太句集』(昭和36年)より。 藤田敦子
◆共鳴20句〈9月号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句
尾形ゆきお 選
前衛の断層 薫る風がくる 市原正直
誰かの欲望誰かの絶望半夏生 奥山和子
いつからか我を引っ張る蟻地獄 川崎益太郎
深海の酸素濃度の薪能 片岡秀樹
まむし草出会わぬように昼の闇 かさいともこ
破船に花びら声にならない叫びあり 黒岡洋子
夏の夜の秒針赤く急ぎをり 小西瞬夏
憧れは夏の聖域鼻濁音 近藤亜沙美
〇春眠や絶望名言ラジオより 新野祐子
花時の蕾と骸掃かれゐる 田中亜美
桜騒絶滅までの残り時間 鳥山由貴子
ゆるやかな思索あるいはチューリップの修羅 平田 薫
ゲーセンで孤独釣りあげ暮れかぬる 藤好 良
雨の日の白い芍薬豪華船 本田ひとみ
AIに愛ありますか牡丹餅つくる 三木冬子
頭脳めき忽ちパンクするキャベツ 嶺岸さとし
背信やふっと呑み込む春の闇 村本なずな
スミレが姦しいが空耳である 山下一夫
抽斗に常闇のあり菜種梅雨 矢野二十四
卯の花腐し老いの独語が壁を這う 渡辺厳太郎
小林育子 選
春昼の妻に逆光菩薩めく 綾田節子
日記帳ただみてるだけ花は葉に 井上俊子
在る時は闊歩し怒る被爆牛 江井芳朗
〇花は葉になってからなの夫婦なの 岡田奈々
球根を植えてどれにも翼なし 小野裕三
夏の雨真白く母はかたむいて 小西瞬夏
新緑の揺れてたくさんのただいま 三枝みずほ
大袈裟な泣き顔ですね春夕焼 佐孝石画
我もまた土の器よ温き水 笹岡素子
白蝶や更地へと解体の火花 清水茉紀
泥に寝て蛙菩薩になる途中 鱸 久子
〇取っ手なき記憶の引き出し花は葉に 芹沢愛子
倒木のきしみやけもの哭くように 竹内一犀
人ひとり想う蛙の目借時 田中信克
眠れないから海市の街の辺りまで 谷川かつゑ
捕虫網ゆらり友達などいらぬ ナカムラ薫
風は空をゆき残りは白詰草を吹く 平田 薫
葉ざくらの並木わたしの非常口 本田ひとみ
大山蓮華内緒話は空とする 松岡良子
立浪草ほろほろみんな還りゆく 村本なずな
ナカムラ薫 選
ふらここを降りて女は歩くかな 石田せ江子
緑蔭や返信中のメール保存 大池桜子
〇しらしらと明け方の母鶴だった 大沢輝一
冷蔵庫の人参人類滅亡史 大西健司
〇花は葉になってからなの夫婦なの 岡田奈々
耳たぶの小さな家系金魚草 奥山和子
浮いてこい悪いようにはせぬと言う 河西志帆
憲法記念日たまご焼きの朝がきた 小林育子
巣箱へと長い梯子を登りきる 小松 敦
夜明けかな小さな雲から鳥になり 佐孝石画
揚雲雀つかみそこねた君の耳 佐々木宏
〇取っ手なき記憶の引き出し花は葉に 芹沢愛子
ブロッコリーが木に見えたから旅に出る 野口思づゑ
なつかしさは擦過傷のようチューリップ 平田 薫
蜜豆に匙読みさしの本閉じて 藤田敦子
補聴器ホチョーキ鶯の谷渡り 船越みよ
友達のともだちというオボロな響き松本千花
春キャベツ中に思想のようなもの 松本勇二
その先が桜蘂降る現場です 矢野二十四
雨粒から放られ孤独なかたつむり 夜基津吐虫
村井隆行 選
人であることが五月の罪になる 市原正直
〇しらしらと明け方の母鶴だった 大沢輝一
老いといふはじめての道薔薇の園 小田嶋美和子
桜まじ女らをデモに行かしめて 桂 凜火
フォークの背に飯乗せる父昭和はるけし 黒岡洋子
アマリリス転びやすいが好きな服 こしのゆみこ
全身がもう流木で卯の花腐し 小林育子
全部など頑張れなくて水母です 三枝みずほ
たっぷり糞して菜虫柔らかき 篠田悦子
死に近き人の書斎や夏帽子 菅原春み
聖五月緩和ケアの窓に人 宙のふう
乳房より臍うつくしき君等に夏 中村 晋
〇春眠や絶望名言ラジオより 新野祐子
人形流す 人は人を殺し止まず 藤野 武
母さんは僕の知らない朧かな 松井麻容子
まっすぐの疎ましい日や初燕 松本千花
春闌けて空手チョップはもう効かぬ 松本勇二
くらければ水深きより夏の蝶 水野真由美
星涼し脊柱というサキソフォン 望月士郎
蹠のあまた蝶めく春画集 柳生正名
◆海原集〈好作三十句〉宮崎斗士・抄出
遠景に近景になり日傘さす 有栖川蘭子
幼子の口づけチュッと薄暑光 阿武敬子
箸置きのおかめひょっとこ豆の飯 石口光子
二度見するポストの奥に夜の涼 伊藤治美
捩花や十年の介護終えし友 植松まめ
感情のない言葉を吐いて雷を待つ 遠藤路子
金魚掬ふごとく言葉を待ちにけり 岡田ミツヒロ
読みさしの本に埋まるる三尺寝 小野こうふう
人ごみに友老けたるを見し晩夏 小野地香
濃紫陽花ユースホステルの廃屋 神谷邦男
口癖の「ああそうなんだ」青田雨 亀田りんりん
蓮咲くや水に残れる母の嘘 北川コト
簾越し異界といふはこそばゆし 木村寛伸
菖蒲湯の外反母趾は父に似て 小坂修
終点の見えぬリハビリ蝸牛 小林文子
虹立つや柩車真白のリンカーン 佐竹佐介
白南風やこぶしをしゃぶる赤ん坊 島村典子
老いといふ余白のページ破れ傘 鈴木弘子
葉桜や口が裂けても言っちゃだめ 藤玲人
青い山眺め気骨な父の籐椅子 中尾よしこ
紫陽花や壁に浮輪を飾る家 福田博之
決めつけはやめてください石鹸玉 藤川宏樹
雨重き額の花なり妣の庭 前田夏菜子
金魚赤しアイドルにある卒業期 松岡早苗
ナナカマドの青い実平和っていつまで 松﨑あきら
かなかなや献血できる歳過ぎて 松本直子
同人誌ひらくや囀りとともに 松本美智子
スポンジに負ける握力鉄線花 峰尾大介
6といふ文字の触角めき緑雨 向井麻代
炎天に我を倒すべく烏来る 吉田もろび


