◆No.81 目次

◆海原愛句十句(6月号の全同人作品より選出)
北村美都子 選
偶然と即興が降る春の書架 石川青狼
再燃の柏崎の炉冴返る 石塚しをり
指揮者手をゆっくりと上げ草青む 小松敦
空に蒔く母の微睡麦は芽に 川田由美子
知らぬ人もてなすように小六月 高木水志
天辺に白き胸張り春の鵙 高木一惠
風邪気味のわれを愛せり寒立馬 遠山郁好
冬星のガザにもきっと子守歌 藤野武
釘を打ち春の何かを掛けて祖母 松本勇二
ついさつきまで雲だつた雪だるま 柳生正名
小林まさる 選
空蝉のなかごうごうと昭和行く 有村王志
野火遠し父の年越え父のこと 伊藤巌
菜の花食べて生きる力と未来みる 大西宣子
力点をまちがえたまま亀鳴けり 小野裕三
切株にもったいないほど水がある 河西志帆
白梅にある懐かしいありがとう 佐孝石画
福寿草延命不要耳打ちす 佐藤紀生子
啓蟄に軍靴の音は似合わない 佐藤博己
老いるだけ老いて海馬の春霞 仲村トヨ子
薄氷を踏んで気泡となる言葉 船越みよ
◆海原秀句 同人各集より
堀之内長一●抄出
逆光がまるで光背自撮りする 綾田節子
ふらここを降りて女は歩くかな 石田せ江子
武甲山渋面両神山おぼろ畑返し 伊藤巌
歩いて天草歩いて黄槿 伊藤幸
葱坊主老いてまことのままごとよ 伊藤道郎
卒業生の如く白鳥発ちにけり 江井芳朗
笊に盛る赤い地玉子春愁い 榎本祐子
夕まぐれ一途に薔薇の前通る 大池美木
夕陽にも戦火にも似て君子蘭 小野千秋
女豹めく角度崩れし紅牡丹 桂凜火
父の森芽吹きの匂い嗅ぎに行く 加藤昭子
マザーズデー銀紙強張るチョコレート 北上正枝
憲法記念日たまご焼きの朝がきた 小林育子
巣箱へと長い梯子を登りきる 小松敦
春風邪をひいて皮蛋舐め回す 齊藤しじみ
夏の浜転ぶ一瞬砂鉄を摑む 佐藤紀生子
泥に寝て蛙菩薩になる途中 鱸久子
取っ手なき記憶の引き出し花は葉に 芹沢愛子
文字消して消しゴムに熱花ぐもり 月野ぽぽな
さようなら大光和尚の素足も 遠山郁好
落蝉や武器がゴロゴロ基地の島 仲村トヨ子
たんぽぽの陽を齧る音聞いている 丹生千賀
ホルムズ海峡ねぇそのシナモンとって 疋田恵美子
水の私語聞きつつ流る笹飾り 平井利恵
太筆の線のやさしさ花散りし 藤野武
アバウトな山鳩の巣が父の神棚 堀真知子
初産の馬の眠りや木の芽吹く 本田日出登
地震十年あの夜の小手毬咲いている 村松喜代
星涼し脊柱というサキソフォン 望月士郎
雨粒から放られ孤独なかたつむり 夜基津吐虫
中村晋●抄出
わかり合うということ無言田水張る 石田せ江子
若みどり切株にスナフキンが居たよ 石橋いろり
波の音風の音夏まえの夏 泉陽太郎
酢味噌が推しだよぷりぷりの黍魚子 伊藤幸
日記帳ただみてるだけ花は葉に 井上俊子
独り碁や猫は相手のつもり 大久保正義
花は葉になってからなの夫婦なの 岡田奈々
合唱隊白木蓮に合流す 小野裕三
菜種梅雨ルリルリと鳴る体温計 河原珠美
桃色の尻春場所の土俵入り 後藤雅文
神隠しにも似て初夏の睡魔かな 近藤亜沙美
母の日をMama絶唱のプレスリー 佐々木香代子
憲法記念日まずは仕事とご飯だ 佐藤博己
跳び箱の向こうには海夏近し 白石司子
鎌倉に生まれて住まず額の花 菅原春み
泥に寝て蛙菩薩になる途中 鱸久子
しちへんげ他界の辺りまでゆく気 すずき穂波
ブロッコリーが木に見えたから旅に出る 野口思づゑ
日にひとつぽよんといいことタンポポ咲く 平田薫
われと娘をよぶ声続く月夜の夫 藤盛和子
補聴器ホチョーキ鶯の谷渡り 船越みよ
木漏れ日のおはようセール初燕 本田ひとみ
大山蓮華内緒話は空とする 松岡良子
友達のともだちというオボロな響き 松本千花
春キャベツ中に思想のようなもの 松本勇二
鶯餅飛ぶ気など更々なし 村井隆行
いつだって末席が好き山法師 村上友子
地震十年あの夜の小手毬咲いている 村松喜代
花辛夷ハイジのパンにママレード 森由美子
噴煙の夏雲に触れ桜島 山本まさゆき
◆武蔵野抄81 安西篤
青柿に光の遊ぶ半夏生
冷奴無心に崩す施餓鬼かな
中也節ひとり舞い出づ蛍の夜
いくさ止まず隈取りの濃き蟇出でて
木下闇胴の轢死久遠なれ
◆雑雑抄81 武田伸一
秩父とう郷の分厚き蝌蚪の群
永らえてかくかくしかじか墓洗う
秋ぐもり確かならざる世のありて
秋深む仏壇に些事押し込んで
出羽丘陵霧に抉られしひとところ
◆一翳抄13 堀之内長一
自愛せよ他人に自分に木葉木菟
自己中のはびこる街を鴉の子
劇中劇少年枇杷をもぐしぐさ
死より深く愛されている夏の骨
火神鳴ときどき造語落ちてくる
◆たづくり抄12 宮崎斗士
薬指からはじまる迷路おぼろ夜の
履歴書やわたしの過去の草を摘む
受験生鍵が掛かっている青空
逃げ水は誰の手鏡さっと仕舞う
参加賞のような老後だ桜餅
◆金子兜太 私の一句
合歓の花君と別れてうろつくよ 兜太
最愛の妻皆子さんが亡くなった頃の句。人間兜太のどうしようもない淋しさが伝わり心が痛くなる。合歓の花は夜に葉を閉じる。永遠の別れを句に醸し出しているようだ。「うろつく」という言葉に豪胆な兜太氏が、喪失の現実を受け止めきれずにいる姿が見える。合歓の花のように柔らかく光のような存在の皆子さんだったから。句集『日常』(2009年)より。佐藤詠子
軍歌練習暮れて眞赤な海の月 兜太
『寒雷』昭和十八年十二月号所収。海軍入営生活下の句だと思われる。句意は一目瞭然。感情の高ぶりと前途の不安、国や家族への使命感が同時に滾っているようだ。映像が鮮明で隠喩にも迫力があり、同号掲載の、出征までを詠った遺書的で抒情的な作品群とはかなり趣きが異なる。運命と環境が自己の表現を変えてゆく。その転換期が掴めるようだ。大事にしたい一句である。田中信克
◆共鳴20句〈6月号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句
尾形ゆきお 選
青春の秘話は桃から洩れてくる 有村王志
柑橘の明るい孤独黄砂降る 市原正直
呪文めく牛よ冬野の深い闇 大沢輝一
無表情往き交う人に別れ霜 太田順子
風俗のチラシ浅春の地蔵堂 大西健司
この顔の鏡の奥の朧かな 川崎益太郎
○密過ぎる連絡梅に目白かな 木下ようこ
朧夜を濡れてもどりし回覧板 小西瞬夏
○霾るやタワーマンション卒塔婆めく 齊藤しじみ
六月夜輪郭のない塔ばかり 田井淑江
はだら雪やはらかきもの引き裂かれ 田中亜美
繋がっているから孤独冬の山 高木水志
AIに「生きがい」がない余寒かな 梨本洋子
北窓開きチョムスキーの書にひかり 新野祐子
○慟哭の水の星なり梅真白 野﨑憲子
着ぶくれて反論の息深く吐く 日高玲
飄飄とアレクサの住む冬館 松本千花
春禽群れ宇宙交信所のごとし 松本勇二
牡丹の芽見え奥まりし自決の間 柳生正名
○いつの間に右へ右へと散る桜 山下一夫
小林育子 選
耕しながら皆こおろぎの老いの貌 有村王志
障子全開春だと妻に雨の庭 伊藤巌
囀りの真中に 立ちて仏がほ 小田嶋美和子
詮索をふりきり夜を漕ぐ鞦韆 桂凜火
○野遊びは手ぶらで自分だけ連れて 河西志帆
再会をあだ名で呼べず木瓜の花 後藤雅文
春暁や棺に君のいる不思議 菅原春み
○知らぬ人もてなすように小六月 高木水志
○わ今日は紋白蝶で来ましたね 月野ぽぽな
風邪気味のわれを愛せり寒立馬 遠山郁好
○春の海水の重さの赤んぼう 鳥井國臣
流氷期どこかが軋む長女です 鳥山由貴子
会話の隙間がぽつんと空いて梅の白 藤野武
踏みしめて細胞開く春の雲 松岡良子
茶柱の羽化するころよ春隣 松本千花
釘を打ち春の何かを掛けて祖母 松本勇二
地球に頬をもたれ雀の子の死 マブソン青眼
○ふっと図書館のにおいそこはタンポポ 三世川浩司
午後二時の生きてる化石日向ぼこ 三好つや子
余寒です一方的なやさしさは 横田和子
ナカムラ薫 選
春立ちぬ生き抜くんだよ山上君 石川義倫
うろ覚えのダンスのようで牡丹雪 奥山和子
○野遊びは手ぶらで自分だけ連れて 河西志帆
○密過ぎる連絡梅に目白かな 木下ようこ
菜の花におぼれる野垂死ならよし 小林育子
囀りや言葉は吾の滑走路 近藤亜沙美
○霾るやタワーマンション卒塔婆めく 齊藤しじみ
○知らぬ人もてなすように小六月 高木水志
跳ねれなくなったバネだらけ冬の滝 たけなか華那
○さえずりのどこかに確信犯がいる 田中信克
○わ今日は紋白蝶で来ましたね 月野ぽぽな
○春の海水の重さの赤んぼう 鳥井國臣
○慟哭の水の星なり梅真白 野﨑憲子
このまんま野垂れ死ぬかも桜まじ 藤田敦子
茶箪笥の抽斗母という密度 松井麻容子
海市より電話パスタゆでるたび 松本千花
自販機は胸張り麦の青むかな 松本勇二
せせらぎの下せせらぎのねいき マブソン青眼
○ふっと図書館のにおいそこはタンポポ 三世川浩司
葛湯吹くちょっとべたつく母の文 森由美子
村井隆行 選
老人となりしはいつか雪が降る 石川義倫
ラナンキュラスドレスの顔が頁なの 伊藤清雄
雛の間のぐずぐずとある畳の目 榎本祐子
お焚き上げの雛や人の影揺らぐ 大西健司
如月の素足でなければならぬ道 奥山和子
秘め事は沈思するべし螢烏賊 齊藤しじみ
牡丹雪帰りたくない汽車をまつ 清水茉紀
猫の恋高橋源一郎と同い歳 芹沢愛子
○さえずりのどこかに確信犯がいる 田中信克
ケネディの死を知る霜月の部活室 田中怜子
真夜中に目覚める癖が任天堂 千葉芳醇
山笑う人に頼るのは恥じゃない 峠谷清広
牡丹雪ひとひら出さなかった手紙 根本菜穂子
この星のかなしみ告げよ夕ひばり 野﨑憲子
うすらい踏むファシストのファルセット 日高玲
春塵やついと巻き付く老いの容 増田暁子
春夕焼木琴はまだ待ってます 松本勇二
花ミモザ時々母を脱ぎに出る 三浦二三子
口幅ったいようですが鯛焼です 矢野二十四
○いつの間に右へ右へと散る桜 山下一夫
◆海原集〈好作三十句〉宮崎斗士・抄出
また脱皮したがる街よ夕陽炎 和緒玲子
いつだって一人でしたの時計草 有栖川蘭子
義理なんて無理あることば金鳳花 石口光子
ロバのパン売りに来てよ昭和の日 井手ひとみ
この坂に未だあの風青梅落つ 伊藤治美
パン生地に残る指跡聖五月 上野恵理
蜘蛛の糸顔なき人の待合室 うづき巴那
行く春や無駄遣いして母の愛 遠藤路子
夏来る答え合わせの椅子ひとつ 小野こうふう
逝く人のたちまちはるか蕃茹熟れ 小野地香
パパおむつ替えて臍の緒ぽろり夏 梶原敏子
谷若葉水音透けてゐたりけり 神谷邦男
母の日をツンとしたまま受け取った 北川コト
春の月老いの純度の問はれをり 木村寛伸
信号が青になる間に夏めいて 香月諾子
亡き夫の愛犬エリィ緑の夜 小林文子
船旅へ馳せる想ひや更衣 佐竹佐介
口喧嘩布団の中へ春の闇 島村典子
貴女から恋の無茶ぶり葱坊主 末澤等
聖五月緩和ケアの窓に人 宙のふう
明日語る友いて五月の水平線 谷川かつゑ
ふきのとう二度寝していたら戦争 中尾よしこ
わが部屋を二分探索初燕 坂内まんさく
蜜豆やアメ横に買ふリーバイス 福田博之
囀りや半分上げる老いのギア 松岡早苗
五月来北辺の大地生命にまみれ 松﨑あきら
若き日の恋は薊の裏表 三嶋裕女
煮蛤黙っているのも接客です 峰尾大介
若葉風母と揃ひのエコバッグ 向井麻代
ふりかぶる槍のきっさき春の蝶 路志田美子


