『海原』No.80(2026/7/1発行)

◆No.80 目次

◆海原愛句十句(3月号の全同人作品より選出)

北村美都子 選
頬杖は放浪であり冬カモメ 伊藤道郎
阿修羅像くすりゆびより凍て始む 小西瞬夏
一画一画だいじに書いて冬木かな 佐孝石画
年新た青臭い夢ですか「平和」 篠田悦子
黒外套一団黒曜石一塊 田中亜美
地図記号木走のいる冬の森 鳥山由貴子
祈るとはともに在ること冬の星 中村晋
とつぷりと暮れて柊からの文 野﨑憲子
神になるまでなまはげの武者震い 船越みよ
冬の蝶抜け荷のように息ひそめ 室田洋子

小林まさる 選
女正月寝そべっている丙午 市原正直
冬眠の熊の寝返り余震くる 伊藤歩
淋しさのかたまりだった海鼠です 大沢輝一
信じ切る未来のありて吊し柿 大野美代子
あの人の俳句が好きで冬苺 かさいともこ
こんな世と知らず開くや帰り花 川崎益太郎
涙ってからいもんだな冬の虹 竹本仰
どうしても曲げられぬ意地あっ狐火 中村道子
浮かぶ月ふーっと腰かけ山眠る 本田日出登
とろとろと時刻ときゆらゆらと冬すみれ 山本掌

◆海原秀句 同人各集より

堀之内長一●抄出

春の雪待つより僕は今ここで 泉陽太郎
ものの芽のひとつは波を聞くかたち 伊藤歩
鍬の土さらりと落し弥生尽 大西宣子
春愁や緑のコンセントを探す 奥山和子
薄氷に光の檸檬たゆたって 葛城広光
蝶過ぎて羅漢の唇のひらきおり 河田清峰
ぼつたくりのやうに死なれて花吹雪 木下ようこ
ひたひたとホモ・テクノロジカス目借時 日下若名
からっぽの鶏舎あおあお犬ふぐり 小池弘子
天道虫旅人が住み始めたよ 小松敦
殻閉じしままの蜆よ遠き父よ 白石司子
行く春のバッチャンカッチャン集音器 高木一惠
こんなむしゃくしゃさえずりがありったけ 田中信克
龍は天に魚座のわれは海を恋う 董振華
春の蜘蛛旅の切符に巣を創る 豊原清明
春の雷わたしのなかの金属音 鳥山由貴子
白鳥帰り端切れのような空残る 丹生千賀
舌噛んだ痛さよ春野に出る憂さよ 服部修一
雀の巣に捨人形の金髪や 疋田恵美子
暮らしあり蜘蛛の巣を潮騒抜ける 北條貢司
緑陰の古書店通り尼二人 松岡良子
陽炎のささやきなんだ腹話術 三好つや子
無器用な男の余白霾曇り 村井隆行
花曇けさらんぱさらん捕り逃す 村本なずな
大陸のようなおなかへ春の月 室田洋子
首すじに晩春といううすき愁い 茂里美絵
日記には書けないことの咲くミモザ 柳生正名
役者みな烏賊釣り仲間村歌舞伎 青森県下北郡佐井村 山谷草庵
益荒男や白魚の眼が恐いと言う 頼奈保子
無人駅の次もさくらの駅である 若林卓宣

中村晋●抄出

花びらになりすます君へもぐり込む 有馬育代
海をこぼさぬように鯖缶あける 市原正直
同様に巧く云へない初音かな 鵜川伸二
雲にある空の入口四月来る 大池美木
陽炎を負ひて波より松の影 河田清峰
不発弾持出禁止島らっきょ 河西志帆
朝のうぐひす昼の鶯父少食 木下ようこ
馬の背をそっと撫でる雲雀探す 日下若名
連翹咲くぽつんと一軒ありて咲く 楠井収
半殺しのぼた餅草に我の影 黒岡洋子
新緑の微睡みモルモットのつむじ 小松敦
いい人で終る無情や春疾風 齊藤しじみ
春の雨あかりを灯すように眠れ 佐孝石画
水にある舌に触れたと思う春 佐々木宏
春風に敬語もいつか解けてた 佐藤詠子
白梅に一筋の朱兜太の忌 重松敬子
あたたかやテニスせぬのにテニス肘 清水恵子
地震の罅ひたすらひたすら蟻が這う 清水茉紀
シャガールの牛の飛び出す緑の夜 草みさを
人工知能青い罌粟咲いてゐる 田中亜美
桜散る窓に四条派円山派 田中信克
春日和そうれと赤子抱かされる 鳥井國臣
がんばった脚から洗ふ花の風呂 西美惠子
風にはしゃぎ風を離さぬ花ミモザ 長谷川順子
まだ白いときが好きです花あぢさゐ 原美智子
でで虫や誤解と理解のはざま這ふ 平井利恵
耕しの隣子の墓親の墓 藤田敦子
人体の奥の記憶である朧 松井麻容子
春の雲私をどこへ連れ出そう 三浦二三子
外は冬病棟暑過ぎなんだよ 茂里美絵

◆武蔵野抄80 安西篤
亡き母に母の日の来る夕餉時
菖蒲咲き野鯉の慕い寄る水辺
水温む笑顔やさしき遺影です
春浅きガザに数なす写楽面
中也節ひとり舞い出づ蛍の夜

◆雑雑抄80 武田伸一
真夏真昼原爆投下はアメリカだ
トルーマン原爆投下を促せり
瀕死なる国に原爆落とせと命
都合良き大義名分盾にする
一兵士足下にキノコ雲を見た

◆一翳抄12 堀之内長一
春惜しむ半透明の容器に蜜
空間に無数の立体葉桜以後
黒板消しやっぱり空を飛ぶ五月
逃水蹴るセパタクローの青年たち
天に網昼顔に耳ありそうな

◆たづくり抄11 宮崎斗士
令和すでに哀しき時代紙ふうせん
配膳ロボットときおり青き踏みたがる
QRコードのもやもやずっと花粉症
鉛筆画の妻の横顔しじみ汁
ミウ四歳息ができないほど恋猫

◆金子兜太 私の一句

海とどまりわれら流れてゆきしかな 兜太

 平成27年の夏、北村美都子さんが海程の海隆賞を受賞し、その折、兜太先生から頂戴した手書きの色紙に書かれていたのがこの句。受賞のお祝いに、新潟支部の会の皆で花束を差しあげる。後日、北村さんよりその色紙と花束が飾られた素敵な写真と、私の句を北村さんがしたためて下さった小さな色紙も頂戴した。額に一緒に入れて部屋に飾り、時折、目に留めては当時のことを思い出し、懐かしい気持ちになる。句集『早春展墓』(昭和49年)より。石塚しをり

どれも妻の木くろもじ山茱萸山法師 兜太

 金子先生とは三度お会いした。ドキドキしながら自己紹介すると、「君が加藤さんかい。秋田の山奥で暮らす人が、東京の真似をしても良いものは書けない。秋田の土地に腰を据えて実を書きなさい」と。怠けてばかりだが、度々、先生の言葉を思い出す。庭の植木に奥様を偲ぶ先生の姿が浮かぶ。三種の樹の響きが良く、奥様を呼んでいるようだ。句集『日常』(平成21年)より。加藤昭子

◆共鳴20句〈5月号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句

三枝みずほ 選
吊り橋に佇てばほろほろ語る雪 伊藤幸
山茶花のほんのり紅き初キッス 漆原義典
春立つや一人称の心拍数 大池桜子
淋しさのかたまりだった海鼠です 大沢輝一
未開封のエロ本焚火の匂いせる 大西健司
凍蝶の開いたままの羽根に色 奥山和子
神馬はポニーゆっくり歩いていいんだよ 河原珠美
着ぶくれの母は着ぐるみ卒寿かな 齊藤しじみ
淑気満つ答え合わせのよう再会 佐藤詠子
淋しさが言葉使わせ秋夕焼 芹沢愛子
雪積もる健気に朽ちた案内板 たけなか華那
聖書かかえ冬蝶薄い薄い胸 竹本仰
○白鳥を追うともなしに走ります 遠山郁好
訳を話せば枯木三本歩み寄る ナカムラ薫
有耶無耶の関足踏み入れて寒夜 疋田恵美子
初凪や非武装地帯であれ日本 藤田敦子
○全身で時雨に打たれていたい夜 松井麻容子
象の鼻風生み地球回す マブソン青眼
報道が着ぶくれている雪の中 三好つや子
つなぐ手をするりと外し革手袋 森由美子

高木水志 選
ポケットの秋思ハグしてみたかった 安藤久美子
死がひとつ梢にありて柚子日和 榎本祐子
春動く一人遊びの時間軸 太田順子
空想を傷つけぬよう冬ざれる 岡田奈々
南天の実が転がって普通の日 河西志帆
実南天きっと勝負は明日から 清水恵子
白鳥の声のきこえる古本屋 清水茉紀
日向ぼこ君はどうして犬なのか 菅原春み
着ぶくれて心の線を問う齢 鈴木修一
○独り立ちしているつもりスカンポも 草みさを
少年の寝ぐせいちにち野水仙 鳥山由貴子
民生の水脈は死なずと寒施行 並木邑人
冬虹くぐる性善説を生きてきて 新野祐子
○言の葉はたましひのかほ風花 野﨑憲子
○人日やふと去るひとと居て淡し 日高玲
放棄田にいびつな冬のかざぐるま 平田恒子
寒三日月これくらいのことで泣く 藤田敦子
○神になるまでなまはげの武者震い 船越みよ
雪ふわふわ犬道小道急がない 本田日出登
わたくしと飛べない鳥は冬に入る 松井麻容子

山下一夫 選
頬杖は放浪であり冬カモメ 伊藤道郎
さりさりと狐火梯子立ててある 大西健司
こんな世と知らず開くや帰り花 川崎益太郎
働いて働いて裸木に感謝 河田清峰
花冷えの尾骨シーソー動かざる 小西瞬夏
不器用に刻みいつしか終わる葱 小林育子
うっすらと唇の皺ホットレモン 小松敦
去年今年切れ字の遺品整理かな 齊藤しじみ
戦後八十やそ焦げ目しるけし雑煮餅 鱸久子
金木犀の香のまん中に君の声 芹沢愛子
○独り立ちしているつもりスカンポも 草みさを
略歴にすれば順風水っ洟 中村晋
緩和ケアの娘真っ赤な鶴を折る 西美惠子
雑炊となるまで弾む話かな 藤田敦子
○神になるまでなまはげの武者震い 船越みよ
風に抱かれ白山茶花の火照り 増田暁子
体型が態度をつくる海鼠かな 松本千花
雨に濡れず象のましろな乳首 マブソン青眼
裸木のネルル火星と交信す 三浦二三子
その男竹であやつるどんどの火 若林卓宣

山本掌 選
晩年のふとオリオンは父の眼差し 有村王志
金継ぎをしたく母の湯呑み割る 雪 井上俊子
擬きなる我を枯野に放ちやる 榎本裕子
冬鳥のこぼれるように湧くように 川田由美子
阿修羅像くすりゆびより凍て始む 小西瞬夏
一月の闇をすり足黄泉にふれ 小林育子
もの書けば狐火灯るばかりなり 三枝みずほ
もがり笛ときどき塩を借りにくる 佐々木宏
冬ぬくしことりことりと歳をとる 舘林史蝶
○白鳥を追うともなしに走ります 遠山郁好
いきもののしずかな水位山眠る ナカムラ薫
祈るとはともに在ること冬の星 中村晋
雪の夜はあかるい闇のまま眠る 丹生千賀
○言の葉はたましひのかほ風花 野﨑憲子
○人日やふと去るひとと居て淡し 日高玲
○全身で時雨に打たれていたい夜 松井麻容子
ふんわりと象のふん出ておちる マブソン青眼
蕪ま白そうか無償の生なんだ 三世川浩司
きらら若水飛んで弾けて蝶れる 村上友子
大字須屋字霜深の初日の出 森武晴美

◆海原集〈好作三十句〉宮崎斗士・抄出

抽斗に母の剃刀ヒヤシンス 和緒玲子
ざわざわと人間である朝寝する 有栖川蘭子
二時間に一本の汽車鳥帰る 石口光子
聖五月文芸部室に待つ安吾 上田輝子
守人まもりびといて浪江町に咲く桜 遠藤路子
桜蘂降るワンプッシュの白髪染め 大渕久幸
世の中や春愁ひなど可笑しくて 小栗もとこ
囀りに奪われ過ぎし日となりぬ 小野地香
そっと誓う春三日月の船出かな 梶原敏子
プラカード持たされている花の冷え 亀田りんりん
やり直す空は真っさら草の笛 花舎薫
ユトリロのだあれもいない雪催ひ 北川コト
愛の誤差花の闇よりこぼれけり 木村寛伸
地層という地球の記憶揚雲雀 工藤篁子
四月来る炒飯躍る片手鍋 佐竹佐介
蛇穴を出て宝くじ買ってみる 島村典子
バレンタイン夫の傷跡見ないふり 末澤等
嘘さらりするりと剥くる春の蕗 鈴木弘子
コーヒーに溶けゆくミルク春の皺 中尾よしこ
歩道橋中間管理職視点 中村きみどり
丸き背のうつらうつらと薪能 野葛間
奉公さん三人ならんで初さくら 福井明子
恋猫や八人程が信号待つ 福田博之
九条を踏みつつ盾に時鳥 前田夏菜子
客膳へよそふ手料理初音せり 松岡早苗
寄生し喰い尽くすものに新年度 松﨑あきら
よそ行きの声ね母ちゃんシクラメン 松本美智子
ひよこめくミルクピッチャー花曇 向井麻代
陽炎や足りていたはず骨密度 向田久美子
韮切るや前頭葉に目盛りあり 路志田美子

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