◆No.79 目次

◆海原愛句十句(3月号の全同人作品より選出)
伊藤淳子 選
とんぼうの停まりそうなるわが晩年 有村王志
言の葉は体鳴楽器雁渡し 榎本愛子
黄落や哲学のよう歯磨き 河原珠美
蜜柑剥く譲歩を決めてより無言 楠井収
東雲や夜を丁寧に折り畳む 佐孝石画
然別湖の先生の句碑冬に入る 高尾久子
しろながすくじらであればひとりもいい ナカムラ薫
虫喰いのセーターのよう失語 日高玲
デラシネや冬の残照が故郷 村本なずな
詫びるなら冬の日向のあるところ 矢野二十四
若森京子 選
とんぼうの停まりそうなるわが晩年 有村王志
友だちは遠野の灯り山眠る 石川まゆみ
こころざし奇譚で終える師走かな 齊藤しじみ
許された光と信じ螇蚸とぶ 高木水志
短歌欄社会問題落穂のごと 滝澤泰斗
りんご匂うきみの中にもいた妖精 竹本仰
傾聴とはただ光ることつわの花 中村晋
終焉は雪解生涯のてっぺんで 平井利恵
老境に郁子の実甘し命惜し 本田日出登
散る銀杏黄色の小鳥ら夜は熟れ 山本掌
◆海原秀句 同人各集より
堀之内長一●抄出
耕しながら皆こおろぎの老いの貌 有村王志
一日や小島のような春愁い 大髙宏允
春を呼ぶゆっくりゆっくり黒牛 大髙洋子
空に蒔く母の微睡麦は芽に 川田由美子
野遊びは手ぶらで自分だけ連れて 河西志帆
涅槃絵図ドローンを飛ばすのは誰だ 河原珠美
去年今年無心のままの茎の石 楠井収
雪解野を帰り夫の髪を切る こしのゆみこ
囀りや言葉は吾の滑走路 近藤亜沙美
目張り剥ぐ日付変更線あり母の 佐々木宏
春一番象のからだが水を割る 菅原春み
梅雨晴れ間空に未読の白ひとつ 田井淑江
知らぬ人もてなすように小六月 高木水志
鳥つつく蜜柑は空の味がする 竹内一犀
野仏の一重瞼や春の星 竹田昭江
珈琲をフィルターにして波羅蜜多 千葉芳醇
山笑う人に頼るのは恥じゃない 峠谷清広
風邪気味のわれを愛せり寒立馬 遠山郁好
春の海水の重さの赤んぼう 鳥井國臣
鉛の活字あまた沈めて冬の水 鳥山由貴子
青年と歩けば梅の白さかな 平田薫
あさり汁飲み干し深い夜残る 松井麻容子
海市より電話パスタゆでるたび 松本千花
自販機は胸張り麦の青むかな 松本勇二
おでん鍋象形文字が煮えている 三浦静佳
嘘も方便は否ラナンキュラスよ 三木冬子
ふっと図書館のにおいそこはタンポポ 三世川浩司
剪定枝どれも万歳して落ちる 嶺岸さとし
雛の昼みみたぶほどの人見知り 望月士郎
雀色時温さまだある冬の窓 森由美子
中村晋●抄出
あおいあめにぬれそぼったぼくのゆびきり 阿久沢長道
晩年のふとオリオンは父の眼差し 有村王志
かゆくなる季語の一例よなぼこり 石川まゆみ
再燃の柏崎の炉冴返る 石塚しをり
野火遠し父の年越え父のこと 伊藤巌
内裏雛夫亡き家を灯しけり 大西恵美子
密過ぎる連絡梅に目白かな 木下ようこ
子離れも別れの一つ豆の花 金並れい子
酒蔵にショパンの調べ雨水かな 黒済泰子
きんぴらの土の香りや春近し 佐藤君子
耕しの国なり九条の国なり 白石司子
崩れそうな地球を繕うはこべらよ 菅原春み
繋がっているから孤独冬の山 高木水志
雪原の狐振り向きごとんと電車 田中怜子
菜の花に長い貨車行く歯ぬけ行く 谷川瞳
わ今日は紋白蝶で来ましたね 月野ぽぽな
丹頂が忘れて行った野を焼く火 遠山郁好
叱られて星になりたい雪だるま 丹生千賀
全音符ころがってくる恋雀 根本菜穂子
慟哭の水の星なり梅真白 野﨑憲子
うすらい踏むファシストのファルセット 日高玲
独りとは寂しく強し福寿草 平井利恵
枇杷の花全て捧げてはならぬ 福岡日向子
冬星のガザにもきっと子守歌 藤野武
せせらぎの下せせらぎのねいき マブソン青眼
蛇穴を出る選挙カーから腕が出る 三浦静佳
ふっと図書館のにおいそこはタンポポ 三世川浩司
空爆のニュースのさなか鹿尾菜煮る 三好つや子
葦牙の突んがり黙らせてフクシマ 柳生正名
月木の可燃日以外朝寝して 若林卓宣
◆武蔵野抄79 安西篤
煩悩の限りを尽くし春の蝶
あの世からその世この世と桜闇
日の本の行方知らずも散る桜
兜太祭先師の太き眉白毛
聖五月石階の窓ゼラニウム
◆雑雑抄79 武田伸一
雁の声逝き掌中の出雲埼
太秦の弥勒へ花の降りつづく
蟻の列静かに迅き夕間暮れ
春一番闇に破船の舳かな
補植とはわが晩年の置手紙
◆一翳抄11 堀之内長一
里桜ひっそり花の母御座す
つばめ来る二宮尊徳像真上
空白のスピーチバルーン春の雲
胸底の裏面史つつく雀の子
花の昼無能の人と立ち話 悼つげ義春氏
◆たづくり抄11 宮崎斗士
シングルマザー我に返って冬至風呂
待ち人来ず風花は秒読みに似て
「あれ」と言えば「どれ?」と夫婦の去年今年
玉子酒母が絵本の中にいる
老老介護このままずっと手毬唄
◆金子兜太 私の一句
唯今二一五〇羽の白鳥と妻居り 兜太
新潟県の瓢湖には、渡り鳥が沢山飛来する。掲句は、二一五〇羽の白鳥と妻だけを際立たせて他は全て省略されている。冬の湖畔に白鳥と皆子夫人が瑞々しく愛おしく浮かび上がってくる。兜太先生は晩年、「雪梁舎」俳句まつりの選者として、新潟に十年近く来られた。会場で兜太先生にお会いした一時が今は夢のように思い起こされる。句集『皆之』(昭和61年)より。志田すずめ
粉屋が哭く山をかけ下りてきた俺に 兜太
掲句に関連して私が思い浮かべる句が「暗闇の下山くちびるをぶ厚くし」である。福島と長崎、句の背景はそれぞれ違うとしても、左遷をファクターとして両句に感応する部分が私にあるからである。そしてその思いは「青く疲れて明るい魚をひたすら食う」という先生の逞しい詩魂に触れて昇華されてゆく。粉屋は先生のその姿を見て哭くのである。『金子兜太句集』(昭和36年)より。矢野二十四
◆共鳴20句〈4月号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句
三枝みずほ 選
友だちは遠野の灯り山眠る 石川まゆみ
○か、た、こ、と、のように夜の落葉かな 大池美木
敵なんて誰でもよくて黒葡萄 小野裕三
白菜がくたくたになり待っていた 河西志帆
水や湯気やかなしい時にひかる冬 川田由美子
蜜柑剥く譲歩を決めてより無言 楠井収
冬空すこしやぶれて君がゐなくなる 小西瞬夏
お互いを聴かないままに山茶花散るよ 小林育子
富士山は女湯側に冬至風呂 小松敦
母という皮むいてから切る林檎 佐々木宏
待つというだけ七色の毛糸編む 田中信克
さびしさのその野兎を素描する 鳥山由貴子
冬の薔薇ようやく語り出す被災者 中村晋
○どんぐりのころり向かうは平和の塔 服部修一
少年のいらだち読めず辛味大根 増田暁子
○小春日がこんなに八百万の神なんだ 三世川浩司
とりあえず化粧は濃ゆく鳥渡る 室田洋子
○寒林をゆくやがて聴力検査室 望月士郎
大根の厚さに惚れて結婚す 茂里美絵
足あとを再読している日向ぼこ 山下一夫
高木水志 選
虫眼鏡びっしり冬が付いていた 大沢輝一
椿の実ことばで殴り合うふたり 桂凜火
いくたびも紙漉くように平和かな 小林育子
十二月八日こわれものの記憶かな 齊藤しじみ
あきらめの檸檬真っ二つにして光る 三枝みずほ
あと百歩螢草咲くわが家まで 鱸久子
夫亡しの干し竿二本露しとど 高木一惠
○おかあさん葉牡丹の中へ帰りなさい たけなか華那
りんご匂うきみの中にもいた妖精 竹本仰
さすらふにあらず落鮎飛びはねて 樽谷宗寬
調弦の小さな響きレノンの忌 月野ぽぽな
枯すすき声にならざるもの集う 菫振華
セロリ噛む半身はまだとうめいな朝 ナカムラ薫
○どんぐりのころり向かうは平和の塔 服部修一
ポインセチア君らの死後を生きる意味 福岡日向子
混み合って熊と人間口ごもる 松本勇二
○小春日がこんなに八百万の神なんだ 三世川浩司
反骨のDNAあり枯蟷螂 三好つや子
雪が降る鋭角四角重いもの 茂里美絵
会ったのに出会えてなかった冬めく日 山下一夫
山下一夫 選
笑窪ある土間代々のすがれ虫 石川まゆみ
夕時雨バーコード探すセルフレジ 石橋いろり
○か、た、こ、と、のように夜の落葉かな 大池美木
冬の蚊を叩くかすかに獣臭 奥山和子
スキーバス満員でみないい人生 小野裕三
産土というは点描花ひいらぎ 川田由美子
人と手をつなぐ仕事やみかん食ぶ こしのゆみこ
デフリンピックもみじ舞うように拍手 小林育子
近寄ると感じて光る十二月 小松敦
秋の暮廊下一本分の息 三枝みずほ
窓に雪口にくちびるあるように 佐孝石画
ばあちゃんに絶対音感冬の庭 佐藤詠子
小火のように消える獣ら雪催 十河宣洋
テーブルを拭いて冬至の日を招く 月野ぽぽな
ともだちが欲しいわたしは熊を追う 豊原清明
冬のホツチキスニンゲンも動物である 野﨑憲子
吹雪押し開く雨傘学校へ 藤盛和子
もともとは石を積む民冬至粥 松本勇二
鍵穴を探してばかり去年今年 武藤幹
○寒林をゆくやがて聴力検査室 望月士郎
山本掌 選
鰯雲ガニ股歩きの父は鳶職 綾田節子
耕しながらこおろぎの貌でいる 有村王志
そばがき三つ祖父はゆっくり丸火鉢 石橋いろり
たぶん私は編み物の毛糸の生き方 井上俊子
遺されし紅さしおれば鶲来る 榎本裕子
吊るされる鮟鱇のごとまた不眠 尾形ゆきお
煤逃にさしたる動機などないが 河西志帆
砂の上の母がちひさく畳まれる 小西瞬夏
東雲や夜を丁寧に折り畳む 佐孝石画
冬ざれや底意にザクっと彫刻刀 佐藤詠子
眠れぬ夜凍て星ばりりはがします 鱸久子
しんねうと二点しんねう鰡が飛ぶ すずき穂波
○おかあさん葉牡丹の中へ帰りなさい たけなか華那
シリウスは青し夭逝ならずとも 田中亜美
冬木立青空ひとつ肯えり 田中信克
しろながすくじらであればひとりもいい ナカムラ薫
傾聴とはただ光ることつわの花 中村晋
十グラムは塩分過多と炬燵猫 並木邑人
木の葉降りつぐ何者なのか何者なのか 藤野武
少女といふ伽藍少年の氷柱 柳生正名
◆海原集〈好作三十句〉宮崎斗士・抄出
凍返るミネアポリスより続きし道 秋枝ゆう兒
葱洗ふ指の先から人老いて 和緒玲子
不自由な母の気遣ひ梅の花 阿武敬子
スカイツリーのウェスト辺り春霞 石口光子
生と死の狭間に落ちて春の雷 井手ひとみ
アーベルの定理説く夫花粉症 上田輝子
フォークダンス手に触れるまでクロッカス 植松まめ
恋猫の最後に見たのは尻尾です 遠藤路子
春野来てラジコンカーに追はれけり 小栗もとこ
野良猫に妻の名を呼ぶ春の暮 小野こうふう
落椿「そうなのね」だけでよかった 梶原敏子
さへづりや教師の死角吾の座席 神谷邦男
ジャズバーの銀河の如き春ともし 亀田りんりん
てんごくの姉女雛の目のみずうみ 北川コト
うすらひやドーナツの穴ほどの黙 木村寛伸
初蝶やギブス外れる日の自由 小林文子
鍵盤を猛る十指や雪解川 佐竹佐介
運針の仕舞い玉止め柳の芽 島村典子
三月のしゃぼん玉飛べ おかあさあん 宙のふう
知らぬ間に老い知らぬ間に芽吹く森 中尾よしこ
梅の花静かに歩む自分軸 灘谷美佐子
確定申告終えて見え出す犬ふぐり 松本直子
卵黄の光を春の箸で溶く 松本美智子
氷面鏡空一面にエゴがある 三嶋裕女
開花日や告知どこまで自分の死 峰尾大介
わたくしはわたくし春の星潤む 向井麻代
半島は東風寄るところ魚の寄る 向田久美子
投票を済ませ薔薇の芽見てかへる 森美代
桃の花アラフォー娘は遠い街 吉村豊
太閤に梅一輪と耳打ちす 路志田美子


