『海原』No.78(2026/5/1発行)

◆No.78 目次

◆海原愛句十句(3月号の全同人作品より選出)

伊藤淳子 選
雨の白萩認知症の入口 川崎千鶴子
萩の風挑むほどではない石段 北上正枝
大戯場釣瓶落しの草木かな 鈴木孝信
ゐのこづちもう狼のゐない山 田中亜美
とおりゃんせしたりされたり開戦日 ナカムラ薫
くまぜみのいつもこの木のこの時刻 服部修一
母はふと母を手放し神無月 松本勇二
ちがふ世の水音がして冬木の芽 水野真由美
紅葉狩りまだ温かなコロッケパン 室田洋子
冬の噴水水には水の筋肉も 茂里美絵

若森京子 選
血の繋がりってこんなに虫時雨 綾田節子
凍蝶のかたちの誤解剥落す 泉陽太郎
稲つるび這うを辿れば子守唄 榎本祐子
日本列島熟し過ぎたる唐辛子 かさいともこ
雨の白萩認知症の入口 川崎千鶴子
離愁とはアダンの木蔭からの距離 河西志帆
開拓の曽祖父様じじさまこれが今年米 鱸久子
愛妻を遺してなんてアハハ虫 高木一惠
静かな静かな薬袋に「雪」と書く たけなか華那
土となる途上 極月の一句 並木邑人

◆海原秀句 同人各集より

堀之内長一●抄出

笹鳴きや少年髭を剃りており 石川和子
頬杖は放浪であり冬カモメ 伊藤道郎
星冴ゆるホスピス棟の灯も消えて 植竹利江
淋しさのかたまりだった海鼠です 大沢輝一
ぼたん雪村の掟を微調整 奥山和子
スローバラード掛け大根のしなりです 加藤昭子
人の根のあかあか見えて薊枯る 川田由美子
原野地吹雪脈打っている首太し 黒岡洋子
花冷えの尾骨シーソー動かざる 小西瞬夏
うっすらと唇の皺ホットレモン 小松敦
一画一画だいじに書いて冬木かな 佐孝石画
吹き溜りの枯葉の中に仏の座 篠田悦子
白鳥の声のきこえる古本屋 清水茉紀
新涼やぱつんぱつんと爪を切る 芹沢愛子
独り立ちしているつもりスカンポも 草みさを
略歴にすれば順風水っ洟 中村晋
落し穴上手に避けて日向ぼこ 中村道子
緩和ケアの娘真っ赤な鶴を折る 西美惠子
縄文のヴイーナス君は寒卵 野﨑憲子
顎上げて顔認証とやレノンの忌 長谷川順子
インフレぶるぶる鳰の浮巣を見にゆかん 日高玲
歯をみがく氷柱の蒼き闇を被て 藤盛和子
神になるまでなまはげの武者震い 船越みよ
冬怒濤哀しみ手放さない決意 松井麻容子
ラジオ体操肩こきと鳴る淑気かな 三浦静佳
こんぺい糖三粒ころがる小春かな 武藤幹
試練いくつか超え来る春の蝶だった 村上友子
冬の蝶抜け荷のように息ひそめ 室田洋子
大字須屋字霜深の初日の出 森武晴美
その男竹であやつるどんどの火 若林卓宣

石川青狼●抄出

男運悪し寒三日月繊し 石川義倫
浮遊する霧に存分の海鳴り 伊藤幸
遺されし父のコートや火の匂い 大池美木
木の船が航きます冬の寝棺です 大沢輝一
未開封のエロ本焚火の匂いせる 大西健司
枯木乱立縦書きに書き散らす 奥山和子
どの夜も同じ匂いの氷柱かな 小野裕三
ストーブで炙るスルメのヒュルリララ かさいともこ
温室明るし夫婦から友だちに 木下ようこ
着ぶくれの母は着ぐるみ卒寿かな 齊藤しじみ
薄墨で今年の雪を捕えたり 笹岡素子
寝落ちという不思議な平和年の暮 佐々木香代子
白鳥来気取った会話からしよう 佐藤詠子
年新た青臭い夢ですか「平和」 篠田悦子
白息の点眼崩れゆく平和 清水茉紀
着ぶくれて心の線を問う齢 鈴木修一
戦後八十やそ焦げ目しるけし雑煮餅 鱸久子
金木犀の香のまん中に君の声 芹沢愛子
元旦の鬣ふはり年女 高木一惠
こつこつと人を愛して十六夜 高木水志
総代は平にご容赦雪婆 並木邑人
虎落笛に喋らせて置けそれでいい 丹生千賀
寒三日月これくらいのことで泣く 藤田敦子
鶴の吐く白息地の神片笑窪 藤野武
霙が雪に後ほどと言うはぐらかし 船越みよ
冬たんぽぽベテランナースの片えくぼ 本田ひとみ
冬怒濤哀しみ手放さない決意 松井麻容子
湯たんぽは味方夫よりずっと味方 三浦静佳
おろしたての牛乳石鹸春を待つ 山本まさゆき
かんじきと刺子の襤褸父の遺品もの 山谷草庵

◆武蔵野抄78 安西篤
囀りや阿修羅の眉根弛むほど
水温むそのささやきを交わしおり
焼野を来て身に散弾の影を負う
料峭や発火し易きスマホと吾
春雪霏々二・二六の足音が

◆雑雑抄78 武田伸一
我と寝る白鳥あらんと思いけり
根の国から陽へ昇りゆくああ雲雀
命終の母に春くる鉢の水
旅終えて建国記念の日にありぬ
百まではまだまだ八十八夜なり

◆一翳抄10 堀之内長一
迷妄もまじり未明のぼたん雪
油然ゆうぜんと菜の花悠然と熊たち
菜の花畑ゆっくり地震体験車
其処にいてもういないそこ河原鶸
春の雨ヤクとヤク飼いいる村に ブータン映画を見て

◆たづくり抄10 宮崎斗士
案山子ですわたし以外は動画です
夫のように猫が蒲団に入ってくる
別れ話のふと目を閉じて冬かもめ
「ただ単に」とくり返すだけ凍蝶は
昭和百年湯冷めのような父がいる

◆金子兜太 私の一句

二十のテレビにスタートダッシュの黒人ばかり 兜太

 電車で山手線を一周したおり、「山手線沿線一周挫折桃の花」という句ができた。この句をたぶんめったに参加しない東京例会に提出して、金子先生から「長すぎる、俳句にケツをまくった句だ」とさんざんな評をいただいたのだが、まったく悪い気はしなかった。一方先生にも掲句のような長い句があり、自分の句とともに脳裏に焼き付いている。しかし、先生の句は別格である。圧倒的な臨場感とリズム感で私に迫ってくるのだ。『暗緑地誌』(昭和47年)より。服部修一

ふらここが亡妻つまの向こうで揺れている 兜太

 兜太師は、常々「母の享年百四歳までは生きる」と力強く公言しておられた。実際それは当然のことと受けとめられるほどお元気な日常に見えていた。しかし、御母堂に続き、ほどなくして妻皆子様を亡くされたという日々。心の中では、ふと自分の乗るべきふらここが見えたのかも知れない。力強く平和と生命を詠み続けた先生の多くの句の中で、心穏やかに素直に読みたい句のひとつと思う。句集『百年』(2019年)より。原美智子

◆共鳴20句〈3月号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句

三枝みずほ 選
○耕して皆こおろぎの老いの貌 有村王志
古地図睨むここで産まれた地の秋濤 石川青狼
実柘榴の笑むときすこし声を出す 榎本祐子
バイブル的日常だなんてハロウィーン 岡田奈々
ひと待ちて山羊と話しぬ葛の花 桂凜火
欲深に見えて佳きかなマスクの父 木下ようこ
枯野来て大きな声のでてしまう こしのゆみこ
秋天にあり音楽のはじまりも果ても 佐孝石画
暇のようで暇でなく栗剥いて居り 篠田悦子
○民衆や新秋に立つご飯粒 すずき穂波
青年書を読む老犬臥して紅葉読む 高木一惠
蜩の声を追い越し僕となる 高木水志
○黄落をざりりと踏んで澄みわたる 田中亜美
白鳥にあつまるあめつちの光 月野ぽぽな
渦の奥からマグマの声や秋の暮 野﨑憲子
◎アオチカラシバよく笑う風である 平田薫
霧に隠れた富士の全身ROCKだなあ 藤野武
赤松に照らされながら生きて冬 松本勇二
山葡萄みみずのごとき静脈よ 山本掌
線量のはっきりしない月夜茸 横地かをる

高木水志 選
血の繋がりってこんなに虫時雨 綾田節子
思いつきの産土紀行秋闌 石川青狼
枇杷の花仕舞い忘れた保険証 小野正子
星占い信じたくなる春日傘 小野裕三
うす紅の友の残せし骨秋思 河田清峰
えのころ草その日ぐらしの体力よ 黒岡洋子
○月光に入れてうすつぺらのからだ 小西瞬夏
追憶のあかるい雫として葡萄 小林育子
前を行く人に追い付き花八手 小松敦
背を向け合うを背北という秋天なり 佐孝石画
○民衆や新秋に立つご飯粒 すずき穂波
子供らを死なせる戦争桜二分 芹沢愛子
ゐのこづちもう狼のゐない山 田中亜美
途中下車して晩年稲穂明かりかな 田中信克
かたつむりたっぷり交む光かな 中村晋
◎アオチカラシバよく笑う風である 平田薫
コスモスや廃校の空ただ広く 保子進
○不機嫌を飼い慣らせワシコフの石榴 松本千花
青ざめた空に宛名のない秋蝶 望月士郎
大足のおほかみ大口でもあつた 柳生正名

山下一夫 選
紅葉かつ散る集合写真皆真顔 榎本祐子
冬晴れの水底したいことリスト 大髙洋子
東京の枯葉リュックは前に提げ 大西健司
一日の凸凹きれいに小芋むく 桂凜火
雨の白萩認知症の入口 川崎千鶴子
白地図の彷徨さまよいからすうりの花 川田由美子
○離愁とはアダンの木陰からの距離 河西志帆
刈田ですその黄昏のがらんどう 小池弘子
○月光に入れてうすつぺらのからだ 小西瞬夏
泣けぬ子へ雪のはじまり読み上げる 三枝みずほ
○鮫待てど狼待てどすすき原 佐々木宏
穴惑ひ『明暗』未完といふずるさ すずき穂波
○目覚めてもまだ少女だった日の樹雨きさめ 遠山郁好
きつつきに梁つつかれるプロローグ 新野祐子
この椅子に臀部の出合ふ秋深し 西美惠子
野兎や地図には載らぬ橋のあり 水野真由美
紅葉狩りまだ温かなコロッケパン 室田洋子
留守電に面ふくろうの気配だけ 望月士郎
漂ふは抗ふことで水鳥で 柳生正名
○レモン獲り増える青空ひとつ分 山本まさゆき

山本掌 選
○耕して皆こおろぎの老いの貌 有村王志
メビウスの帯解いて花野を束ねよう 伊藤幸
冬銀河白狼の息だと思う 大池桜子
ごうごうとただごうごうと冬ざるる 大池美木
○離愁とはアダンの木陰からの距離 河西志帆
菊月の鏡の間過ぎ自刃の間 小西瞬夏
凍蝶の傷の浅瀬に来て止まる 近藤亜沙美
○鮫待てど狼待てどすすき原 佐々木宏
静かな静かな薬袋に「雪」と書く たけなか華那
○黄落をざりりと踏んで澄みわたる 田中亜美
○目覚めてもまだ少女だった日の樹雨きさめ 遠山郁好
芒野へきれいな水を運ぶなり ナカムラ薫
コスモスひとつ火の鳥の羽根ひとつ 野﨑憲子
◎アオチカラシバよく笑う風である 平田薫
父の日や触覚が近づいてくる 北條貢司
○不機嫌を飼い慣らせワシコフの柘榴 松本千花
雁の棹眼は荒れておるまいか 松本勇二
花野の気流かすかに確かにの匂い 村上友子
菊師来て菊人形を着替へさす 柳生正名
○レモン獲り増える青空ひとつ分 山本まさゆき

◆海原集〈好作三十句〉宮崎斗士・抄出

セーターに毛玉ぽこぽこ胎動来 和緒玲子
我が足に足の裏あり鍬始 有栖川蘭子
命日や冬の蛾となり父帰る 井手ひとみ
マフラーに君をざつくり編み込んで 上田輝子
ローションを保湿タイプに冬蒲公英 上野恵理
かざはなの睫毛にふれる恋ごこち 遠藤路子
書き添へるこころの天気初日記 岡田ミツヒロ
蒼き眼の奥に戦場いくさば初相撲 小野こうふう
不幸から解き放たれて独楽廻る 小野地香
好き嫌ひありておでんの平和かな 廉谷展良
断捨離は生きてる証日脚伸ぶ 神谷邦男
セーターの僕を脱ぐとか脱がぬとか 北川コト
いのちとは一人で受くる初日の出 木村寛伸
神が塩まぶせば星の凍てにけり 工藤篁子
母という故郷ありて多喜二の忌 小林文子
去年今年パラパラマンガ人走る 佐竹佐介
死体役いずれは笑う冬隣り 塩野正春
水仙の「あ」と漏らす口連なりて 島村典子
冬の夜二人が使うホッチキス 末澤等
室咲きに問う魔性なるその履歴 宙のふう
「槍ヶ岳を眺めながら」と賀状に訃 藤玲人
寒鴉からから鳴くや殻の街 福田博之
平和賞とふ警鐘聞かず虎落笛 藤井久代
「爺いじー」を四人ユニゾン初みくじ 藤川宏樹
ご先祖は伊予の海賊大枯野 松岡早苗
新雪に点々生きてるよって足跡 松﨑あきら
風薫る双子を見分ける靴の色 松本美智子
枯柳しなやかという力業 峰尾大介
満員の重さで明日へ落つ夕焼 村上舞香
大褞袍錆びしママチャリ引きて夜 路志田美子

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