『海原』No.4(2018/12/1発行)

◆No.4 目次

◆海原秀句 同人各集より

安西篤●抄出
流木は海の文殻九月来る 市原光子
台本に風の音なく蝉時雨 伊藤幸
毅然と逝く海の蒼さは祖国の青 植田郁一
少年の腰の鍵束栗の花 宇川啓子
堂内の微光におわす亡師よ白寿 大上恒子
国ひとつ消えてゆくようかき氷 大髙宏允
野に母の点描のごと曼珠沙華 川田由美子
追憶の影の行き交う水の秋 北上正枝
私雨薄葉紙うすようの香よ紀音夫忌よ 黒岡洋子
天の川やわらかかった師の握手 清水茉紀
変てこなスキップですが秋の空 すずき穂波
草の花相生八十路小競り合う 髙井元一
少女ひそかに蛇を描けり母無しに 高木一惠
いのちかな荒ぶる雨のからすうり 田口満代子
濃尾の青田尼僧絵のごと風のごと 樽谷寬子
黙読のように紫式部に雨 月野ぽぽな
雲雀野や記憶失くした脱走兵 遠山恵子
標本箱詩篇のごとく石と火蛾 鳥山由貴子
海鼠一本密漁のごと魚籠の中 中山蒼楓
芋の露少女の転た寝よく動く 成井惠子
桐の実のやさしく拒否するとき揺れる 藤野武
鮎食べて何時かふたりは無縁墓 本田ひとみ
うす味の煮物のかおり野分くる 増田暁子
創刊号かぼちゃの味がして満足 宮崎斗士
水中花採血の跡が消えません 村上友子
晩夏かな半熟卵に刃をあてて 室田洋子
野分また野分の夜の水を聴く 山本掌
旱魃や無口な人の速い足 吉村伊紅美
おこごとのように雨降る西鶴忌 らふ亜沙弥
梅花藻やふっとうすれゆく家路 若森京子

前川弘明●抄出

兜太逝き二月の長い廊下です 有村王志
風鈴吊す記憶の風に会うために 井上俊一
今朝の秋横向きの師を担ぎけり 上野昭子
腐りゆく水にぼんやり水中花 榎本祐子
夏の月被爆土層に生活史 江良修
月よ欲しいものは盗ると言ってみる 大池美木
アスファルトに白線引かれ休暇果つ 片岡秀樹
新しい蜻蛉は水にわたしは駅に 木下ようこ
退院のこの世の匂い麦の秋 楠井収
雨脚の速さ刈田は古書の匂い 小池弘子
青北風の血をきれいにする体操 こしのゆみこ
花野風浅き傷より乾きゆく 小西瞬夏
ナスの籠少し骨壺より重い 佐々木宏
純真な孤島の如く夜のコンビニ 佐孝石画
ブルドック畳を歩く良夜かな 髙井元一
色鳥やいつも遊びにゆく書店 田口満代子
黙読のように紫式部に雨 月野ぽぽな
秋暑し五臓六腑を言うてみる 寺町志津子
蠅取リボンアインシュタイン舌を出す 鳥山由貴子
どのドアも異界へ開く虫の闇 中條啓子
響き合い村軽くなる落し水 永田タヱ子
白鷺の歩のようおおむね物忘れ ナカムラ薫
微光まとう臍の緒も新米も 根本菜穂子
姉のように帆船は過ぐ夏のおわり 藤野武
禿頭に余白ありけり晩夏光 本田日出登
閉じ込めし言の葉たちへ大花野 松本勇二
木の実降るまだ下書きのわが老後 宮崎斗士
おろおろと男老いゆく彼岸かな 村井隆行
いなびかり兎のようにひとりきり 室田洋子
夜やしんしん癌病棟の星祭 諸寿子

◆金子兜太 私の一句

赤い犀車に乗ればはみだす角 兜太

 掲句は連作十句の中の、兜太がアレゴリーの手法を実践した一句である。怒りや興奮、そして強烈なエネルギーをイメージさせる赤い色は、疾走する犀そのもの。アレゴリー的に言えば、例えば好景気の高度経済成長の時代を暗示していそうな。だが出る杭は打たれるの諺もある。はみだす角、、、、、もそうだろう。当時昭和元禄と呼ばれていた浮かれた日本に警鐘を鳴らしていたとも。句集『暗緑地誌』(昭和47年)より。宇田蓋男

猪は去り人は耕す花冷えに 兜太

 十三年前、東京から会津に移住した際、兜太先生に色紙を頂き、そこにあった句。猪の句としては「猪が来て空気を食べる春の峠」、東北の句としては「人体冷えて東北白い花盛り」が知られる。それらに比べればインパクトは弱いかもしれない。しかし花冷えの中の耕しの姿はまさに会津の風景だった。当時の私の身上を慮ったような句で金子先生のはなむけの気持ちを強く感じた。〈編注:『東国抄』(平成13年)に「猪は去る人は耕す紅葉冷え」の一句がある。恐らくこの句を踏まえ、春三月、会津に帰る作者を思って揮毫されたオリジナル作品と推察する〉田中雅秀

◆共鳴20句〈10月号同人作品より〉〇印は2選者の共選句

江良修 選
薔薇を抱える人等逆さま憂える湖 石川青狼
大仰な指揮者のタクト夏痩せて 伊藤雅彦
口に含む針の冷たさ六月は 大西健司
紫陽花や君の不注意な顔浮かぶ 奥野ちあき
次々に軽い悔恨ソーダ水 川崎千鶴子
つぶやきをぬりつぶしゆく燕子花 こしのゆみこ
木洩れ日を青葉若葉の裏に見て 近藤守男
肩書の取れたる父や大昼寝 瀬古多永
淡白な視線がびっしり蝌蚪生る 十河宣洋
○籐椅子に『悲しき熱帯』開かれて 田中亜美
本まくら春雨まくら無眠の仲 董振華
正面や父が鯛めし食べた顔 遠山郁好
旅の身の意外な浮力青き踏む 永田タヱ子
梅雨寒や待っているものあればいい 丹生千賀
酒中花や一人を慎み生きるのみ 疋田恵美子
逆縁の父座す麦秋のハーモニカ 平田恒子
村が好き一人が好きで残る鴨 松本豪
初対面ってこころの体操青葡萄 宮崎斗士
春愁やどこかずれてる組立家具 森由美子
押入れの父のリュックサック八月色 佳夕能

鈴木修一 選
籠る逃げるされど少年青嵐 伊藤道郎
兜太師の鼓動青葉の葉脈へ 大浦フサ子
ほんとうの自由はひとり蛙の夜 奥山和子
深夜バス胸ポケットの若菜かな 奥山富江
ゆるびたるボタンのここち水温む 片町節子
白杖の泡立ちてゆく青嵐 川田由美子
夏の山国ただただ俳句谺かな 北村美都子
牛蛙詮無せんないなあと傾ぐなり 久保智恵
シーツ敷くひろびろ夏の月の出の こしのゆみこ
葱植える昨夜の夢の続きかな 児玉悦子
こめかみで耐えてる漢水すまし 小林まさる
気詰まりで幽霊のこと発言す 佐々木昇一
○春落日急がぬと言い兜太師逝く 篠田悦子
もう少し生きてみようか遠郭公 鱸久子
○籐椅子に『悲しき熱帯』開かれて 田中亜美
南風カモメも波も喉見せて 中塚紀代子
宅急便置いて子燕数へゆく 前田典子
明け易し母の依怙地の懐しく 汀圭子
仲直り急に早口黒揚羽 山内祟弘
嬉しさをかくし切れない蝶の影 山岸てい子

鳥山由貴子 選
バースデイカードの中の蛍かご 大髙洋子
青麦や途方にくれている夕日 金子斐子
眼を病めば茅花流しに攫われる 河原珠美
泣かないでください春月よりメール 北村美都子
つばくらめ先づ心臓を盗まれる 木下ようこ
感情は水の静けさ毛虫焼く 金並れい子
蜥蜴去り昼の綻びという僕 佐孝石画
○春落日急がぬと言い兜太師逝く 篠田悦子
短夜や鏡の中に魚群れ 白石司子
白鷺や軸足は日暮のなか 田口満代子
逃げ水やカザフスタンの馬洗う 遠山郁好
光背はベネチアングラス蛇の衣 中村道子
どこを切っても深緑の青虫 梨本洋子
定住の仮屋に去年の螢籠 日高玲
水無月は淡しコンビニの灯が見える 藤野武
○野兎が笛吹き鳴らす白雨かな 松本勇二
流れゆく一人でありぬえごの花 水野真由美
我が家は閑かにしずかに桔梗 三井絹枝
積乱雲渡ればくずれ行く橋よ 室田洋子
リラ冷えの岸辺で終わる映画かな 茂里美絵

水野真由美 選
蕨一束ほどの帰心で立っている 有村王志
ピアノは燃えてシリアの夕焼け 石橋いろり
流離かな窓深々と夕焼け待つ 伊藤巌
兜太抜けし湯舟の湯量の淋しさよ 大久保正義
青田波どれも悼句になってゆく 大髙宏允
雲雀野やシンバル奏者のごと孤独 奥山富江
水すまし翅より寂しきものあらず 小林まさる
黒揚羽尖ったままで立っている 清水茉紀
夏帽や「ちひろ」の少女視線鋭し 鱸久子
蝶うまれ水にどこから来た風か 竹本仰
母のいた町のバス停夏椿 中條啓子
告知無く人の壊れる麦の秋 新田幸子
トンネルの出口かならず椎の花 服部修一
星落ちて口開けて馬鈴薯の花 堀真知子
○野兎が笛吹き鳴らす白雨かな 松本勇二
馬鹿野郎と褒める父なり四葩咲く 三浦静佳
水口の砥石も八十八夜かな 武藤鉦二
青蜥蜴いっしゅん深傷というひかり 茂里美絵
母音かすれる青梅に塩たっぷり 矢野千代子
螢ぶくろ子規の寝床は10ワット 若森京子

◆海原集〈好作三十句〉武田伸一・抄出

愛しいという嘘のせて青葉風 泉陽太郎
勢いをつけて溽暑の爪を研ぐ 齋貴子
ハンセン病に手をとられ湖の水飲む 伊藤優子
コスモス揺れるよビンタって初めて 大池桜子
悪口はなぜか聞こえて澄む秋ぞ 大西恵美子
夕間暮表で大きな秋刀魚焼く 大山賢太
秋蛍「電話していい?」とメール 川嶋安起夫
錆びついたバス停があり銀河濃し 木村リュウジ
蝉しぐれ亡父の戦後史拾い読み 黒済泰子
星月夜始発で座るように逝く 小松敦
奈落から這い上がり観る花火かな 近藤真由美
一億総活躍きゅうり切るわたし 三枝みずほ
薪積む家たつき確かと見て過ぎる 榊田澄子
落葉松に風のひびける月夜かな 坂本勝子
いごんめきしもの書いてゐる盆の過ぎ 佐々木妙子
紫蘭の実無数にあればほじりたく 関口まさを
迎火の燃えさし半開きの門扉 ダークシー美紀
傷に露頂き白詰草もわたしも たけなか華那
スカートめくりあれは色なき風だった 立川真理
すずかけ落葉いつも遊びたがる右脳 立川瑠璃
夕ひぐらし遠くに細身の母がいて 中尾よしこ
鼻のそばかす濃くなり君はジギタリス 中野佑海
東京に災なき怖さ厄日過ぐ 野口佐稔
胃瘻にして本当にごめん冬安居 野口思づゑ
どこまでが青空なのか夏つばめ増 田天志
追熟のバナナアボカド言葉尻 松本千花
銀漢や少女回転体となる 望月士郎
復興の地の今年酒「絆舞」きずなまい 山本きよし
十四じゅうしに買ひし賢治の詩集秋の空 山本幸風
まっ先に熟れたトマトをむぎゅと捥ぐ 吉田和恵


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