『海原』No.5(2019/1/1発行)

◆No.5 目次

◆海原秀句 同人各集より

安西篤●抄出

膕の美しき人秋茜 浅生圭佑子
長蛇の列顎を突き出す鮭となり 石川青狼
言い淀むわが浅瀬にも昼の虫 伊藤淳子
ぬくめ酒こつんこつんと二人の会話 井上俊一
大叔母の遺影横向き単帯 奥山富江
ブラインド降ろし花野を眠らせる 片岡秀樹
花野しゅわっと風を見たのは誰かしら 河原珠美
百日紅先に逝くなと言ったのに 楠井収
栗の実落つ手足くびれて暮れるかな 児玉悦子
聖廟に偸安のあり白い風 小松よしはる
萩騒ぐ妻の反乱かも知れぬ 佐藤君子
鵙の贄風鳴りのごと父の声 白石司子
台風圏一道化師のわれ晒し 鈴木孝信
丸腰で生きねば夏野に夕日吊り 関田誓炎
地すべり遠景琺瑯質の赤とんぼ 十河宣洋
手話の少女はなびらのよう草の花 高橋明江
月天心師は大陸を踏みしめむ 田中亜美
淡海なり昔透蚕のようにかな 寺町志津子
電線たわむ秋雨さりさりと慕情 中内亮玄
花野ゆく食虫植物愛好家 長谷川順子
秋の日のこんなはじまりまずは牛乳 平田薫
認知症の友の確かな菊なます 平田恒子
独り居のこゑ響きをり南瓜切る 前田典子
夏の隅皮片手袋のひとり言 宮川としを
添え乳の転た寝のよう草の花 深山未遊
晩年に隠し球なし薯を掘る 武藤鉦二
髪ほどくまんじゅしゃげ白まんじゅしゃげ 室田洋子
文化の日絵馬に個人情報じょうほう保護シール 諸寿子
会いたいがいっぱいいっぱい夜の案山子 六本木いつき
終活や記憶の花野こみあげる 若森京子

前川弘明●抄出

この星の夜のアジアの虫の闇 赤崎ゆういち
二百二十日女は役者に逢いにゆく 伊藤道郎
木曽が好き野菊に言葉かけられて 植田郁一
目の紅にはつかな憂い秋まつり 榎本愛子
黄落や神に見せたき楽譜あり 大池美木
秋の蚊を叩くひとりがこわくなる 尾形ゆきお
濁り酒噛んで呑むなり神の里 大沢輝一
鉄柵にホースだらりと夏季休暇 小野裕三
五輪より福島大事いのこずち 河西志帆
親の家しとしと山椒の実がこぼれ 木下ようこ
白き鳥見しより耳朶に秋の風 小西瞬夏
目覚めとは眩しき傾斜秋の風 近藤亜沙美
豊洲市場火口の上の踊りかな 今野修三
黄金の自虐の群れよ泡立草 佐孝石画
雪虫や白い分だけ目が重い 佐々木宏
炎熱を溜めし巌の空歪む 佐藤稚鬼
フクシマや鬼灯ほおずきの如母ねむる 清水茉紀
螢の夜人の生死と艶ばなし 関田誓炎
秋の風ぴくりと動く馬の耳 竪阿彌放心
あきらめのあかるさ昼顔の真昼 月野ぽぽな
気が合って秋の水底歩くよう 遠山郁好
里芋の煮くずれている通夜なりし 藤野武
台風一過龍が漂流している 服部修一
秋晴のだから何だよ人は死す マブソン青眼
風の盆どこかで誰かが遺し文 宮川としを
喪服脱ぎ萩のこぼれを掃きにけり 武藤暁美
文重ねゆくよう母が紫蘇を摘む 武藤鉦二
曼珠沙華父の罠なら逢いに行く 茂里美絵
木星に嵐ありけり蚯蚓鳴く 柳生正名
鷹を見しひと日小異にこだわらず 山田哲夫

◆金子兜太 私の一句

山峡に沢蟹のはな微かなり 兜太

 沢蟹は山の沢の石の下などにひっそりと生きている。それを「微かなり」と捉えている。二本のはさみをかざし、足を左右に開いて、踏ん張っている姿は美しい。自然の中にけなげに生きている生き物の美しさを「華」はなと捉えている。「華」はなと言い、「微かなり」と言ったところ、作者の産土である「山峡(秩父)」に生息している生き物に対する作者の温かいまなざしが感じられる。句集『早春展墓』(昭和49年)より。内野修

夕狩ゆうがりの野の水たまりこそ黒瞳くろめ 兜太

 先生が三重県にいらした時、書のお手伝いをしたことがある。その折、「何でも良いからお前さんの近所の話をして」と言われたので、畑を荒らす猪や猿や鹿のこと、狢や蛇との闘いのことなど話した。それらを一々うんうんと頷いて面白そうに聞いていらした。あの時先生は私の話から言葉を狩っていたのではないのだろうかと、先生の好奇心一杯の目の輝きとともに、時々懐かしく思い出す。句集『暗緑地誌』(昭和47年)より。奥山和子

◆共鳴20句〈10月号同人作品より〉〇印は2選者の共選句

江良修 選
水無月やしみじみと読む終の号 泉尚子
小惑星「りゅうぐう」画像蠅生まる 市原光子
○夏の山国他界というはどのあたり 伊藤淳子
父の手記折れた頁のあり曝書 伊藤雅彦
五才児の遺す悲しみひらがな文字 植田郁一
親族は丸顔ばかり母の日よ 植竹利江
水馬水面に残すわだかまり 宇川啓子
トイレットペーパー二人増えれば三倍の夏 宇田蓋男
葉の裏に棲んで理系の青蛙 大沢輝一
簡単に生きてゆきたし胡麻に味噌 河西志帆
海傾けて大空を恋ふ海鼠 小西瞬夏
水すましゆっくり流れ影持たず 小林まさる
夏風邪や一分間が長すぎる 佐々木昇一
燕の巣四代目なる下駄屋かな 佐藤美紀江
蛞蝓が溶けない平和な村である 白井重之
油照りどこかで煎餅かじる音 竹田昭江
秋の空映して清し今日の酒 中内亮玄
麦熟星私に散歩ほどのほてり ナカムラ薫
田螺鳴く父母亡き里の遠きかな 疋田恵美子
スクランブル交叉の孤独五月尽 吉澤祥匡

鈴木修一 選
思うほど哀しくないのよ羽抜鶏 伊藤幸
この道は逃水にこわされている 稲葉千尋
待つ人の大らかな背よ麦の秋 植村利江
流木のオブジェ神鳴の記憶 江良修
みなとみらいを風鈴売に身をやつし 大西健司
思い込み烈しい娘熱帯魚 小野正子
手首より寝落つ子のいて青簾 加藤昭子
夕菅やバス見送りて咲くをまつ 北原恵子
病室にハンカチと母忘れけり 木下よう子
防空壕の入口に立つ夏帽子 須藤火珠男
乱鶯の声老妻にひびくなり 関田誓炎
風ほどに雲の動かず蝸牛 高橋明江
すり抜けてスプーンのよう裸子よ 遠山郁好
炎帝に錨・皿に深海魚 ナカムラ薫
枇杷稔る辺土に変節などあらず 成井惠子
○哀歌として犬の目はあり合歓の花 日高玲
少年は青い巻貝海夕焼 船越みよ
深夜なり冬毛のままの猫死せり マブソン青眼
微塵子と陽のはげしさの西ノ京 矢野千代子
蝉時雨子は子を見せにやつて来る 若林卓宣

鳥山由貴子 選
○夏の山国他界というはどのあたり 伊藤淳子
先生の裏山は夕かなかなかな 大髙洋子
海原は満天の星映すという 金子斐子
師のもとへ夏星載せて無蓋貨車 河原珠美
落し文昏いところから羽音 北上正枝
トマト持ち踏切を待つ漂泊感 佐孝石画
青葉して隠れんぼのよう人逝けり 柴田美代子
蛍とぶ百歳こえて欲しかった 芹沢愛子
離れ洲の好きな鵜といてたそがれ 田口満代子
もう海となる父の背中で泳ぐかな 竹本仰
閑かさや青葉を軽く噛む感じ 遠山郁好
香水は嫌い晩年も白紙です 丹生千賀
○哀歌として犬の目はあり合歓の花 日高玲
アダンの実向こうにわたしのいない海 堀真知子
○武器工場なべて花野になる絵本 前田典子
夏月の影森行の汽笛かな 水野真由美
冷奴おまけのように父座る 三好つや子
青葉渦潮われら等しき回遊魚 村上友子
妹も螢も闇も昭和かな 横山隆
高田馬場までふらりと夕焼けてくるか 六本木いつき

水野真由美 選
素っ裸で両神山りょうがみ拝す嗚呼夏霧 石川青狼
青葉若葉水に傷みがあるという 伊藤淳子
片蔭行く後のみんないなくなる 井上俊一
だめだべよこっちむげ溽暑の原子炉 大内冨美子
夏水仙前ぶれもなく母は来る 小野正子
夕端居姉はそよいでばかりかな 加藤昭子
落し文悲しき距離と決め歩む 金子斐子
先生の句碑は青野の切手です 河原珠美
ふだん着に着替えると鳴く青葉木菟 こしのゆみこ
猿山のボス衰えて百日紅 近藤守男
夏の月私の肩に猫が乗る 笹岡素子
めくら縞の母居る秋口の厨 猿渡道子
言ふにいはれぬ猥歌みじかき通夜に風 竹本仰
はつなつの上澄みとして母眠る 月野ぽぽな
青水無月ごりっと光る馬の臀部 中村晋
紫陽花の孵化とも違うあふれよう 丹生千賀
○武器工場なべて花野になる絵本 前田典子
夏蜜柑すきで自慢で巻き舌で 松本豪
しぼみゆく夫の掌朴の花 室田洋子
兜太なき浮世の羅はりついて 若森京子

◆海原集〈好作三十句〉武田伸一・抄出

くにゅくにゅの般若のタトゥ秋蚊鳴く 綾田節子
枯野ゆく死者はいつでも他者なりき 有栖川蘭子
賢治の忌ローズマリーを鶏肉に 安藤久美子
棺には死体と死んだ秋の花 泉陽太郎
姫胡桃支配しようとしてされる 大池桜子
原爆忌路面電車に乗ってみる 奥村久美子
お嫁さんの料理ハイカラ夏休み 金澤洋子
烏瓜古い病院のような幽さ 川嶋安起夫
詫び状の投函口に秋の蜂 神林長一
核心に触れぬ詫び状みみず鳴く 黒済泰子
稜線もわれもまざまざ野分後 小林育子
秋刀魚焼くエレベーターの無い団地 小林ろば
眼差しの交わる匂い秋の蝶 小松敦
叱ってばかり金木犀の風が来る 三枝みずほ
滅私無私蟻に学ぶか無視するか 下城正臣
鱏のごと見えてる火星夏夕べ 白石修章
釣瓶落とし少なき知己へ病い告げ 鈴木栄司
榠樝ひろってきれいなんだよ毎日が たけなか華那
天界は死ぬることなし風の盆 立川真理
燕帰る同居を拒む仮設の母 舘林史蝶
秋明菊月仰ぎつつ倒れたる 田中裕子
五十男に八十の父塩さんま 鳥井國臣
残菊や病因みんな加齢なり 中川邦雄
吾亦紅片隅という安定感 仲村トヨ子
被爆者と同じ齢を生きて夏 野口佐稔
唐辛子嘘はぴちぴちと明るい 前田恵
新涼や車椅子より母を抱く 増田天志
適当な良妻である秋刀魚焼く 松本千花
瓢の実や喉を痛めてをりまして 山本きよし
白木槿ぽつりぽとりと時落ちる 山本幸風


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です