『海原』No.2(2018/10/1発行)

◆No.2 目次

◆海原秀句 同人各集より

安西篤●抄出

蕨一束ほどの帰心で立っている 有村王志
橡の花幼き母も触れし幹 伊藤巌
いぶかしげに吾が手取る母夏座敷 榎本愛子
風鈴の青が淋しい私小説 大西健司
曼珠沙華母の小さき喉仏 奥山富江
夏の朝月パラフインの息づかい 川崎千鶴子
水温むちょいワルおやじの七分袖 楠井収
はふりかな目鼻なくゆく葦の水 黒岡洋子
青大将我れと向き合うとき歪む 小林まさる
緑雨かなスペアタイヤのごとく居り 近藤亜沙美
大地より胎児の匂ひ草いきれ 齊藤しじみ
葱の花兜太師囲みよく咲う 篠田悦子
夏帽や「ちひろ」の少女視線鋭し 鱸久子
リラ冷えの弥勒菩薩に合掌す 関田炎
雨の匂ひアジアのどこか半夏生 滝澤泰斗
老優の髪に染めむら姫辛夷 遠山恵子
水中花なにか言いかけた唇 鳥山由貴子
朝霧の囮とならん夫逝けり 永田タヱ子
告知無く人の壊れる麦の秋 新田幸子
利かぬ気の目ぢからに負け茄子の花 平田恒子
金魚浮かぶこの国は縮みつつあり 藤野武
浄瑠璃寺あじさい一斉射撃だな 増田暁子
でかいミミズ一本路地に国会前 マブソン青眼
馬鹿野郎と褒める父なり四葩咲く 三浦静佳
秩父若竹先生の声の垂直 村上友子
死ぬ死ぬとふ母嫌いです梨の花 森鈴
青蜥蜴いっしゅん深傷というひかり 茂里美絵
水温む腹話術師の喉仏 梁瀬道子
母音かすれる青梅に塩たっぷり 矢野千代子
人間をみておる出目金の退屈 横地かをる

山中葛子●抄出

笑い泣きときに論客羽抜鶏 有村王志
麦笛の直情いつより漂泊感 安藤和子
カミオカンデ飛騨往く人に鯉のぼり 石川修治
誰よりもうすき暗がりあやめ咲く 伊藤淳子
どくだみの花のかんばせ妻よ老けたな 宇田蓋男
風鈴の青が淋しい私小説 大西健司
杜若吉報ですかと聞けぬまま 桂凜火
梅雨豪雨恐竜時代が来たようだ 城至げんご
無患子のこぼれて兜太師眠る寺 北上正枝
萍や死はこっつんと一度くる 楠井収
シーツ敷くひろびろ夏の月の出の こしのゆみこ
静止する蜥蜴転生して動く 佐孝石画
春落日急がぬと言い兜太師逝く 篠田悦子
大戯場お骨上げの儀春ならむ 鈴木孝信
白鳥に少年という魔法とけ 芹沢愛子
まほろばの浮葉立葉や大賀蓮 高木一惠
狼とおおかみ夜半の液晶に 田中亜美
戦よあるな兜太の怒髪天を衝く 樽谷寬子
すずかけすずかけ青い実よ心音 遠山郁好
おおかみと夢の夏野をさあ生きん ナカムラ薫
人は逝くぽっとるるモネの睡蓮 西美恵子
蛇口から水の滴る沖縄忌 仁田脇一石
丸ごとに飲みこみくちなわの純情 野﨑憲子
枯れ尽くすからむし普段着のあいさつ 野田信章
噺家のまあるく逝きてゆすらうめ 松本勇二
流れゆく一人でありぬえごの花 水野真由美
うぐいすの明日の声して泪一つ 三井絹江
村に婚あり袴脱ぐ葱坊主 武藤鉦二
青蜥蜴いっしゅん深傷というひかり 茂里美絵
合歓咲いてうろつきませんね先生 森武晴美

◆海原秀句鑑賞 安西篤

蕨一束ほどの帰心で立っている 有村王志
 蕨は、古来詩歌にも詠まれ、食用としても馴染みが深い。新芽は綿毛をかぶり、小さな拳を握ったような形で萌え出る。ちょうど四、五月頃に採集される山菜の代表的なもの。この句は、そんな蕨の萌出る頃のふるさとを想っているのではないか。ほんの一束ほどの蕨だが、まだ誰にも採集されずに生えている。おそらくは都市近郊の空き地あたりに自生しているものかもしれない。
 ふるさとを恋うような帰心とは、蕨に託した作者自身の想いに違いない。小さな拳を打ち振る想い。

いぶかしげに吾が手取る母夏座敷 榎本愛子
 久し振りに郷里の実家へ帰って、年老いた母と夏座敷にくつろいで対面している。「お母さん、お久し振り」と声をかけて手を取ると、反射的に握り返してくれるのだが、その眼差しにいぶかしげな表情が浮かんでいる。母は娘をはっきりと認識出来てはいないのだ。思わず、しっかりしてよと言いたい気持ちを抑えて、その表情をうかがう。しかし、その曖昧さは変わらない。突き上げてくる絶望感に耐えながら、しらじらとした夏座敷を見回している。

葱の花兜太師囲みよく咲う 篠田悦子
 亡き兜太師の身辺に居て、骨身惜しまずお世話をしていた人ならではの感じ方だ。兜太師には、天性ともいうべき明るさと周囲へのこまやかな気遣いがあった。師のまわりには、いつも人が集まり、笑いの花が咲く。「咲う」は「わらう」と読んで、一斉に花が咲き出るような印象を言いとめている。「葱の花」は、もちろん集まった人たちのことだが、等しく取り囲んで仰ぎ見ているような感じ。「葱坊主」の印象そのものと言ってもよい。

夏帽や「ちひろ」の少女視線鋭し 鱸久子
 ここでいう「ちひろの少女」とは、岩崎ちひろ描く少女像を思わせるような、可憐な少女を指すのだろう。大きな夏帽子の下で、つぶらな瞳がひたとなにかを見つめている。その先には、人間や自然、社会の真実の姿があるのではないか。その視線は意外に鋭いものがあった。暑い日差しの中の、涼やかな眼差しの鋭さだ。

雨の匂ひアジアのどこか半夏生 滝澤泰斗
 この句の「半夏生」は時候ではないか。雨が匂うのは時期として当然だが、「アジアのどこか」から匂って来るか、またはどこかで匂っていると視ているのかもしれない。この巨視的な捉え方が、若々しい客気を感じさせる。半夏生の季節感を時空を超えて感じるとき、世界の中の連帯感のようなものまで意識しているように思えてくる。「アジアのどこか」とぼかしていうところがいい。

朝霧の囮とならん夫逝けり 永田タヱ子
 夫に先立たれた孤独感を、「朝霧の囮」と形象化し、見事にその情感を表現した。沸き立ち始めた朝霧の中にあって、亡き夫を回想しているのだろう。朝霧は次第に濃くなりつつある。感情としては、その霧の中へ身をもみ込むように消え入りたいというところかも知れない。「ならん」で一度切って、「逝けり」と詠嘆したことにより、一句に響きをもたらした。

金魚浮かぶこの国は縮みつつあり 藤野武
 日本下り坂論が言われ始めて久しい。もはや子規や秋山兄弟が見た坂の上の雲は、下り坂の夕焼け雲に変わりつつある。その淋しさに耐えて金魚が浮かんでくる。作者は、そんな価値観の転換のありようを暗に捉えてみたかったのではないか。一匹の金魚は、その淋しさに向き合うために浮かび上ってきたようにも見えてくる。この国は縮みつつありますよ、でもそのことに背を向けていてはいけないよ、とでも言うかのように。それは作者自身の姿勢でもあるのだ。

秩父若竹先生の声の垂直 村上友子
 秩父で育った若々しい今年竹。緑の幹に蝋質の白い粉を吹いた輪がくっきりと目立ち、真直ぐに天を指している。秩父若竹というからには、秩父で育った若者の姿が目に浮かぶ。「先生」とはこの場合、金子兜太先生と見て差し支えあるまい。先生の教えを受けた若者は、秩父にのみ留まるものではないので、秩父若竹を一句の比喩と受け止め、秩父発の教えを受けた多くの青年たちとみてもよいだろう。先生の声は、真っ直ぐに彼らに届き、ストンと腑に落ちた。「先生の声の垂直」が、その事実を端的に表現している。

人間をみておる出目金の退屈 横地かをる
 大きな水槽風の金魚鉢に、出目金が泳いでいる。その周辺を多くの人間どもが出入りしている。人間は出目金をちらっと見て行くが、出目金の方も人間を眺めている。人間は見ているだけでなく、見られているのだ。この見られているという立場に立ったとき、人間とはなんと退屈なものよと感じられることだろうという。人間に対する省察を、出目金の目を借りて捉え返したのではないか。出目金は見る前からあきあきしているのかもしれない。

◆海原秀句鑑賞 山中葛子

誰よりもうすき暗がりあやめ咲く 伊藤淳子
  「誰よりも」という自意識が、うす暗い空気感のほの暗い「あやめ」を咲かせた自己陶酔と言えようか。ナルシシズムの奥深さが知的にイメージされた定型の格調。

どくだみの花のかんばせ妻よ老けたな 宇田蓋男
  十字花、十薬など馴染み親しいどくだみの花。生きる知恵がことごとく思い起こされる花の容貌は、「かんばせ」のひびきと結ばれ合った愛妻そのものなのだ。「妻よ老けたな」の功徳を積む、同行二人の愛の世界。

風鈴の青が淋しい私小説 大西健司
  「私小説」の情緒的なあらすじが想像力を搔き立ててくれる。語らずとも語っている韻文ならではの五感のはたらく、ブルーなページが増え続けているのだ。

梅雨豪雨恐竜時代が来たようだ 城至げんご
  気象予報が当てはまらない今年の豪雨災害は痛ましい。我が身を守ることが課せられた、自然の威力を目の当たりにする、まさに恐竜時代の到来を予感する暗示力。

静止する蜥蜴転生して動く 佐孝石画
  目の前に静止している蜥蜴。その蜥蜴が動いた一瞬を「転生」と感受した感覚のひらめきなのだ。生きかわり死にかわる輪廻のドラマが、生き生きと動き出している。

春落日急がぬと言い兜太師逝く 篠田悦子
おおかみと夢の夏野をさあ生きん ナカムラ薫
合歓咲いてうろつきませんね先生 森武晴美
無患子のこぼれて兜太師眠る寺 北上正枝
大戯場お骨上げの儀春ならむ 鈴木孝信
戦よあるな兜太の怒髪天を衝く 樽谷寬子
  追悼句が思われる六句。三句目までは、〈春落日しかし日暮れを急がない〉(両神)。〈おおかみに蛍が一つ付いていた〉〈よく眠る夢の枯野が青むまで〉(東国抄)。〈合歓の花君と別れてうろつくよ〉(日常)の、本歌取りとも、パロディともいえる即興の定型詩形が発揮されていよう。四句目は、長瀞町野上の総持寺のたわわな無患子むくろじ。五句目は、骨上げの儀式を「大戯場」と言わしめた俳諧自由。六句目は、平和を目的とする戦争のない社会を目標とする存在者兜太師。

萍や死はこっつんと一度くる 楠井収
杜若吉報ですかと聞けぬまま 桂凜火
  ここにみられる二物衝撃の二句。「萍」と「死はこっつんと一度くる」の二つのものが「や」によってぶつけられることで、不思議な解放感の景が現出しているのだ。二句目は、「杜若」と吉報を待ち望んでいる不安気な余情が、ぶつかりあっている立ち姿が何とも玄妙。

白鳥に少年という魔法とけ 芹沢愛子
  いま大空に向かって飛び立つときの白鳥が、擬人化されて見えている。ここには、少年期というデリケートな魔法が解けた、逞しいほどの眩しさが感じられる。魔力の不思議な術のひそむ、肉体の神秘さに気付かされる。

狼とおおかみ夜半の液晶に 田中亜美
 「狼」と「おおかみ」。漢字と平仮名の表記によって、生き物感覚が謎めいて感じられるイメージの不思議さ。生々しい液晶画像が予感的に展開されている夜半の静けさ。ふと現代人の孤独感に襲われる。

すずかけすずかけ青い実よ心音 遠山郁好
噺家のまあるく逝きてゆすらうめ 松本勇二
うぐいすの明日の声して泪一つ 三井絹江
  即興の気合ならではの三句。一句目の、すずかけのリフレインによる、童話の世界に迷い込んだような心音のドラマ。二句目の、噺家と言えば、最近ではテレビで親しむ桂歌丸の逝去が思われる。芸の厳しさは、円熟した「ゆすらうめ」の紅色そのもの。三句目は、今日というすげ替えの利かない「泪一つ」のひらめきの詩情。

人は逝くぽっとるるモネの睡蓮 西美恵子
  逝くという必然は、生まれ来るものへの必然でもある。ここでは、フランスの印象派の代表画家モネの「睡蓮」がぽっと咲いている生まれ変わりのごとき光線が美しい。

丸ごとに飲みこむくちなわの純情 野﨑憲子
 「蛇の純情」が実に心理的。小動物や鳥の卵を丸呑みする時の、蛇の口が全開する光景は本能そのもの。自然のままを神の使いともする説もある、詩的感動なのだ。

枯れ尽くすからむし普段着のあいさつ 野田信章
 山野に自生する苧は、茎から繊維を採り、糸を制して布を織る。その苧を身にまとう普段着の手ぶらな日常は、相手を敬う挨拶に富んだ、野生の王者を描き出した。

流れゆく一人でありぬえごの花 水野真由美
 旅姿にも似た、きっぱりとした自己主張。定住漂泊の想念をきわめる「えごの花」の白花にあやかる挨拶句。

◆金子兜太 私の一句

くろくなめらかうみの少女も夜の妻も 兜太

 句集『早春展墓』(昭和49年)の冒頭の道東旅行の作から。道東の湖は摩周湖、屈斜路湖、阿寒湖と神秘的な湖が多い。夜の湖畔に仕事の手を休めて独り立つ少女のシルエットが滑らかであり、艶っぽい。横に連れ添う妻の横顔も普段より華やぎ、セクシーである。山々の稜線に囲まれた夜の湖面が黒く神秘的である。ふと、湖畔のアイヌの悲話の伝説が胸裏を過る。十河宣洋

長生きの朧のなかの眼玉かな 兜太

 この句に会った時、ルドンの一枚の絵と重なった。田舎生活ですり込まれた世間の目と違う根源的な眼に捕えられた。もう一句「霧のなか動かぬ眼玉やがて破裂」を知り、師が破裂するほど凝視していたもの、朧の中で生きていた眼玉に迫りたいと願っている。師とはお話することも叶わなかったが、句を通して背を追い続けられること、自然の中に師の眼を感じられる一瞬があることを幸いに思っている。句集『両神』(平成7年)より。黍野恵

◆海原集〈好作三十句〉武田伸一・抄出

五月雨やつらいと甘え十代美し 有栖川蘭子
春夕焼誰恋うとなく庭にあり 飯田貞子
夕焼けに染まる木目の香りかな 泉陽太郎
泣きたい日です夏蝶の生まるるは 大池桜子
捧げ持つ夏帽に入るひよこかな 大西恵美子
夏薊上手に書けぬ「正義」の文字 川嶋安起夫
アメフトの二十歳の証言青嵐 黒沢遊公
バーベキュー誰か秋刀魚を忍び入れ 小池健一
植田一枚オープンカーで参上す 小泉敬紀
大西日搔き混ぜられし街に入る 小松敦
泉湧き出る便箋の一行目 三枝みずほ
古梅干黒いし献体は余っている たけなか華那
この道は帰る道なし蜻蛉つり 立川真理
胸すでに炎室となるや原爆忌 立川瑠璃
ゲバ棒と寝たアカシアの花の下 たなべきよみ
どくだみや花の仲間に入りたき 椿良松
燕来るかごやひぜんやそめものや 鳥井國臣
厨に蜘蛛僕は時代にぶらさがり 仲村トヨ子
逃水のごとき言の葉自慢です 野口佐稔
旅先で出合うふるさと青田かな 野口思づゑ
新年度生徒会長くねくねす 野村だ骨
バイオリンケース開けるや夏の大三角 服部紀子
梅雨晴れや傘を素振りの市バス停 半沢一枝
果物はすべて丸型我は尖る 平井利恵
馬の脚ごりごり洗い夏に入る 前田恵
タコの不可解クラゲの自由我鬼忌かな 松本千花
桐の花わたくし雨とあなたの雨 望月士郎
ふくしまの大地に鉄塔桐の花 山本きよし
合歓の花地図で辿りぬ師の旅を 山本幸風
熊楠の喜色満面梅雨湿り 吉田和恵









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