金子兜太と「海程」その存在と歩み(2019/2/18 朝日カルチャーセンター)

金子兜太と「海程」その存在と歩み、と題して、安西 篤「海原」代表による講習会があります。 
2019年2月18日(月)13:00~14:30@朝日カルチャーセンター新宿教室
詳細は朝日カルチャーセンターウェブサイトをご覧ください。
申込は電話03-3344-1941まで。

新野 祐子句集『奔流』

新野 祐子句集『奔流』
二十句抄(野﨑憲子・抄出)

金縷梅まんさくの無数に点る故郷かな
奔流ほんりゅうのいつかうわみずざくらかな
太陽は獣の匂い木の根開く
雪代ゆきしろの渦巻く子宮かも知れず
渓谷は息吹の坩堝るつぼ多喜二の忌 (師・金子兜太他界)
除草剤降られ糸遊いとゆう血を流す
緑鳩あおばとにそばだつ耳と言霊と
うきくさのはじめは雨のひとりごと
湿原の静謐くわえ星鴉ほしがらす
鬼やんま獲物の悲鳴より食めり
かがようは石斧せきふのかけら秋耕す
太古より空埋める星鮭のぼる
秋天へ歓喜ののすり蛇提げて
子の宿るところ明るし天の川
大花野かいなを櫂にして渡ろ
雪女かの窓に雪ほうらんと
山塊は巨人の枕冬ぬくし
手袋を嵌めてみるみずかきが邪魔
望郷のどこを切っても冬怒濤
君は詩を熊は子を生むほら清ら

ほら清ら  野﨑憲子

 新野祐子さんの第一句集『奔流』は、彼女の産土である山形県白鷹町の風土に根付き逞しく出羽に生きる原日本人の血脈を強く感じる作品群である。
 金縷梅まんさくの無数に点る故郷かな
 かがようは
石斧せきふのかけら秋耕す
 
奔流ほんりゅうのいつかうわみずざくらかな
 表題にもなった三句目の「上溝桜」は、新野さんの一番好きな花と聞く。どこか種田山頭火の「濁れる水の流れつつ澄む」を想起させる。力強い作品である。続いて「師・金子兜太他界」と前書きのある
 渓谷は息吹の坩堝るつぼ多喜二の忌
 師の逝去された二月二十日は、奇しくも小林多喜二の命日。師の、多喜二の、「平和」への悲願が、未来風となり全世界へ吹き渡る予感をこの句に感じた。
 太陽は獣の匂い木の根開く
 山塊は巨人の枕冬ぬくし

 新野さんとの俳縁は一昨年の「海程」全国大会懇親会の会場から始まった。坐ったテーブルの隣同士だったのである。笑顔から山形の土の匂いが零れた。それは、句集『奔流』の頁を開く度に感じる芳しさでもある。
 雪代ゆきしろの渦巻く子宮かも知れず
 湿原の静謐くわえ
星鴉ほしがらす
 鬼やんま獲物の悲鳴より食めり

 早春の歓喜の詩であり、強烈な把握である。被食者の声まで丸ごといただいて鬼やんまは飛翔するのである。大自然への鋭い眼差しと畏敬の念を強く感じる。
 除草剤降られ糸遊いとゆう血を流す
 新野さんは、無農薬野菜の生産販売を生業にしている。大規模林道の自然破壊を危惧し、山林開発への警鐘を鳴らす運動のリーダーでもある。
 その一方では、
 緑鳩あおばとにそばだつ耳と言霊と
 
うきくさのはじめは雨のひとりごと
 子の宿るところ明るし天の川

のような情感たっぷりの作品もある。佳句満載の作品群の中から私が最も魅かれた作品を挙げて結びとしたい。
 太古より空埋める星鮭のぼる
 望郷のどこを切っても冬怒濤
 君は詩を熊は子を生む
ほら清ら
 悠久の時の流れの中、鮭は子孫を残すために最後の力をふり絞り故郷の川を遡る。それは怒濤のような望郷であり、そうしないではいられない「生きものの」性である。そしてありとあらゆる「生きもの」の真ん中には、清らかな洞がある。師の提唱された「いのちの空間」を想った。新野さんの詩世界の展開に、ますます目が離せない。味わい深い句集である。

山本 掌句集『月球儀』

◆山本掌句集『月球儀』
月面の〈存在ザイン〉―地上の「虚無」 堀本 吟

 たいへん興味深い句集である。いまだにきらきらと印象が拡散している。
 先ず書物として、意匠がただならず美しい。伊豫田晃一の装画と題字、司修の銅版画、萩原朔太郎撮影の写真。表紙とその頁々に、一幅のタブローとしての存在感がある。
 皆川博子と金子兜太の帯文がまたいい。
 「好きです。選び抜かれた表現も、その身にあるものも」(帯文・皆川博子)
 と、扉を開ける前から、胸がときめく。
 「非常に奇妙な現実執着者しゅうじゃくしゃ、/奇妙に意地悪い洞察者というか、/どこかひねくれたと思えるほどにその美意識が常識とは違っている。/混沌カオスをみとどけていこうとする作者である。」(帯文・金子兜太)
 兜太のこれは、第二句集『朱夏の柩』の序文にある別の句の鑑賞文の中から抄出されて いる。山本掌にとっては、それは、刊行を待たずに帰天した先師から贈られたもの。彼女の文学的本質をこよなく突いたもの。省略された文中、「現象の奥の現実に関心のある場合、とかくシュールレアリスム、超現実の傾向をもちがちであるが、山本はあくまでも現実に執している」とも書く。(同句集、金子兜太の序。現代俳句協会青年部フリーダム句集9。邑書林1995)。今度の句集にあっても、この言葉は羅針盤である。

 そこで、私は、本句集中の彼女の華麗な句群から何を取り出すのか、ということとなる。
 ともあれ、連作風の章立てや配列の関係をよそに、私がメモした本文のための印象句を掲げよう。
 ①残る花ふっと臓器がゆらぐかな
 ②右手めてに虚無左手ゆんでに傷痕花ミモザ
 ③月球儀おそらく分母は蝶であるザイン
 ④〈存在ザイン〉とやなべて魂魄華やぎぬ
 日常物に満ちているにもかかわらず、ここは「地球儀」ではなく『月球儀』の上なのである。数句十数句集めて月面の立体図を作る時の、山本の構成は大胆かつ巧みである。
 掲句③の系列と思える句。
  若鮎の骨美しき宇宙塵
  月球儀鮎の動悸のおくれけり
  胎ゆらぎ黄蝶白蝶モルフォ蝶
 など、五七五の定型感が心地よい。だが、内容はすこし異様で、地球上のありふれた生命体が同時に別の天体で生きているようだ。人体も蝶がいっぱい詰まった妖しい宇宙である。掲句③ではその蝶を「分母」にして月世界の細部まで、蝶の分子が分布しているのだ。原点は地上にあるが、同時存在する別世界があるのだ、と考えればいいのである。
 では、このことを、掲句④「〈存在ザイン〉とやなべて魂魄華やぎぬ」の「〈存在ザイン〉」の次元に重ねてみる。この句は、母親を哀悼した《寒牡丹ふたたび》の章にある。しかし魂魄は母のみにではなく、すべてに備わっていて「なべて華やぎぬ」である。それが彼女の言う「〈存在ザイン〉」ということだ。しかし、彼女のこの句のような共生感覚を、地上的なアニミズムかと考えてみるとそれは少し違う。兜太が喝破した山本掌の意識下の超現実とも違う。
 私の観点を述べてみる。それは、「〈存在ザイン〉」と表裏の関係にある「虚無」が今回の精神的なそして表現のテーマであることだ。むしろ現実離脱、死へ向かう心性の遍在を彼女は探っている。
 例えば、掲句②では、結句の真黄色の粒粒した花の添え方が絶妙であるが、主となるものは季語の「花ミモザ」ではない。「右手めてに虚無」にまつわるとらえがたいほどの広い思索の場、もう一つの存在界の発見である。そして「左手ゆんでの傷痕」の生の痛みの感覚。
  ぼうぼうと虚無を喰みます麦の秋
  大花野遠流のごとく虚無に棲む
  青水無月あおき空洞うろですわたくしは
 などなど。「麦秋」「花野」「青水無月」、季語の語感と美しさを愛し、けれどそこに込められている空虚さだけを摂り、季節や生活の実感から抜け出している。何もないゆえに華やぐ世界、現実の奥にある虚無界の妙な手触りに執着している。季語の本意を換骨奪胎するワザの巧みさ、又この生死の世界のアンビバレントな措き方など、実在を、言葉に転じてゆく試み、が私にはたいへん興味深い。それは直接彼女の「〈存在ザイン〉」のスケールに重なる。
 またその世界観から、掲句①のような「残る花」に感じて「臓器がゆらぐ」(「こころ」がではなく)ような特異な身体感覚も表現される。
  冬の虹脳石灰化ぞうぞうと《海馬より》
 右の句は彼女の父親の看取りの章におかれている。もう傷の痛みさえ実感できぬ老いの切なさ、そのことも、きちんと、寒い「冬の虹」という比喩のもとで見抜かれる。実存と実体に及んでくる容赦ない死の掟。しかも脳の死と入れかわり、倒錯のように、あらたに魂魄が立ちあがる気配もある。

 さて、ジャンルオーバーの発想と実践は、地上に生きる山本掌のスタイルだ。この句集の大きな読みどころでもある句集巻頭の《朔太郎・ノスタルヂア》六句は、詩人が撮影した写真に俳句を添えたもの。
  翼たためる馬かいまみし葡萄の木  掌
 (写真朔太郎撮影「馬のいる林―前橋郊外」)
 など、泰西神話を思わせる句によって、モダニズムの時代をくぐった詩と俳の、映像と言葉の交響である。
 また、最後の章《俳句から詩へ》には、
  三月の火喰獣サラマンドルを腑分けせよ  山本 掌
  井を晒すくちびる死より青かりき  加藤 かけい
 人間に火をあたえた罪でプロメテウスが神から承けた罰を、火の精霊火喰獣サラマンドルに返して「腑分けせよ」と。詩の方では火喰獣サラマンドルからの反撃という構想。加藤かけいの俳句からは、水の精オンディーヌ=オフィーリアの死と恋の物語が再生する。そこにも「虚無」と「傷痕」が措かれてある。

 かように、生が抱え込む虚無界の(あるいは死が活きる)所在をみとめ、その俳句的絵解きをしているのが、山本掌句集『月球儀』なのである、と私は読む。
(了)

「海原」各賞の創設について

「海原」各賞の創設について
「海程」を引き継ぐ「海原」各賞について、次のとおり創設することが決定しました。「海程賞」を継ぐ賞として「海原賞」、「海程新人賞」を継ぐ賞として「海原新人賞」の二賞です。新たな出発にあたって、選考委員の世代交替を図りました。昨年9月の創刊号から本年7・8月合併号までの作品が対象となります。同人・会友のますますの創作意欲の高揚を期待しています。

1.海原賞(旧海程賞に準ずる)
対象:全同人(「碇の衆」および既海程賞受賞者を除く)
対象期間:第1回2018年9月創刊号~2019年7・8月合併号
【選考委員】
安西篤/石川青狼/武田伸一/舘岡誠二/田中亜美/野﨑憲子
藤野武/堀之内長一/前川弘明/松本勇二/山中葛子/若森京子
(以上12人・五十音順)

2.海原新人賞(旧海程新人賞に準ずる)
対象:会友(海原集投句者)
対象期間:第1回2018年9月創刊号~2019年7・8月合併号
【選考委員】
大西健司/こしのゆみこ/佐孝石画/白石司子/高木一惠
武田伸一/月野ぽぽな/遠山郁好/中村晋/宮崎斗士
(以上10人・五十音順)

※上記二賞の選考結果は本年10月号に発表予定。全国大会にて顕彰します(「海原」の第1回全国大会は2019年10月12日から14日まで、香川県高松市と小豆島で開催されることが決定しています。詳細は4月号で案内予定です)。

3.公募方式による新しい賞の創設
「海原賞」「海原新人賞」のほかに、公募方式(対象は同人および会友全員)による新しい賞の創設に向けて鋭意検討中です。詳細は本年3月号に発表します。ご期待下さい。

代表安西篤/発行人武田伸一/編集人堀之内長一
「海原」実務運営委員長柳生正名

金子兜太先生の一周忌墓参と吟行合宿in秩父

「金子兜太先生の一周忌墓参と吟行合宿in秩父」のご案内
【開催日】2019年2月16日(土)~17日(日)
【宿泊】長生館(秩父鉄道「長瀞駅」近く)
 〒369―1305 埼玉県秩父郡長瀞町長瀞449
 電話:0494―66―1113
【参加費】20,000円(予定)
【スケジュール概要】
◇2月16日(土)
 12:30~13:00 長生館にて受付
 13:00~ バスにて吟行
 (お墓参り、壺春堂の新しい先生の句碑、ヤマブ皆野椋神社門前店など)
 17:00 第一次句会出句締切出句二句
 18:00~ 夕食
 19:30~ 第一次句会
 句会終了後、懇親会
◇2月17日(日)
 7:30~ 朝食
 8:00 第二次句会出句締切出句二句
 9:00 第二次句会
 句会終了後、現地解散
 続けて、17日(日)午後~18日(月) 有志一泊旅行を開催します。
◇申込み締切:2月3日(日)
※一人部屋は参加費+8,000円(参加者数によっては一人部屋をご用意できない場合がありますのでご了承ください)
【申込み・問合わせ先】
 〒182‐0036 東京都調布市飛田給2‐29‐1‐401 宮崎斗士あて
 電話:070‐5555‐1523 FAX:042‐486‐1938
 メール:tosmiya☆d1.dion.ne.jp(☆→@)
以上
海原実行委員会