追悼 白井重之 遺句抄

『海原』No.80(2026/7/1発行)誌面より

追悼 白井重之 遺句抄

眠たくてかなかなしぐれ浴びつづけ
男が一人茄子揉んでいる白昼
屋根裏にひそと寝ている竹夫人
あったらもんな金平糖が春の星
雑本の山がくずれて秋はじめ
りんりんと白梅の散る黄泉平坂よもつひらさか
郭公や谷の田んぼにひとりきり
霜焼けの妻鯛焼を食べのこす
山桜みにゆく兄が妹の手を曳いて
七夕や赤い夜空へ妻の旅路
鬼百合にかくれているよ妹二人
初秋とは亡妻のこと積むことか
新日記を老日記とし雪しぐれ
冬瓜をまたげば天気晴朗に
終夜フクロウの声きく老日記
春の蛇寺の坂道を征き征くぞ
家庭医学書開いている妻の夏
兜太先生の禿頭にオカメコオロギ
国民学校生だった友がいない夏
寒椿認知症なれど酒うまし

(小池弘子・抄出)

俳句の始まりは先生から 小池弘子

 平成5年春のある日、当時勤務していた町立図書館の窓口へ白井先生が現れ、「俳句を始めませんか」と唐突だった。
 当時、白井先生は道を挟んでJA農協立山支店に勤務しており、定期的に発行の機関誌の俳句部門を担当、一般公募もあった。
 読み書きが好きな私は、今から考えるとよくもまあ、こんな俳句を出したものだと赤面の至りであるが、〈トーストに怒りのジャムを塗りつける〉だった。
 単に十七音に納めただけの無鉄砲な句に、先生は少しは教えてやろうと思われたに違いない。そして「みのり俳句会」が誕生し、会員も13人、毎月一回の勉強会が始まった。
 片や金子兜太先生を知り、海程へ入会、白井先生を先頭に数人は全国大会へと参加した。海程富山支部の会員は11人、こうして先生ともども二刀流の俳句的生活が始まった。
 海程富山支部の会員も体調不良のメンバーが現れた。先生は還暦をむかえ、やる気満満であったが、今のうちに富山で全国大会をやっておかなくてはと思い、金子兜太主宰、武田伸一編集長に希望を申し入れたところ了解を得た――と「みのり俳句会合同句集(第13号)」に書いている。当時は一度に100人以上の会合など開けるところはなかった。
 1998年(平成10年7月11日〜13日)三日間会期で、全国の海程の俳句仲間140人が、「富山観光ホテル」に集まった。先生のもっとも闊達な俳句的生活がこの時期である。
     ◇
 白井先生、彼岸は桜満開でしょうか。今頃は亡き奥様とお花見ですね。ここ此岸は桜も終り黄桜です。
 いつもお元気で、冗談混じりのユーモア会話で笑いの渦に巻き込む巧みな先生。急におわら節を唄い出し、楽しいお人柄であった。俳句のみならず世の中の様様の話をされた。いずれみんなが行く処、今しばらく此岸で頑張る私達を見守ってください。
 令和8年3月24日逝去、享年90。

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