『海原』No.29(2021/6/1発行)

◆No.29 目次

◆海原秀句 同人各集より

安西篤●抄出

「昭和史」の日々生きて来し龍の玉 伊藤巌
節目なき痛哭を負う三月十一日 宇川啓子
狐火の麓より湧く被曝村 江井芳朗
三月の孤独汽船の影となり 大池美木
酢のごとき日日にも微光クロッカス 尾形ゆきお
海峡を蝶飛ぶことも有事かな 片岡秀樹
涅槃図の只ならぬ密マスクせよ 加藤昭子
春の月やはりパスワードが違う 河西志帆
雪うさぎもう誰彼のなき母よ 黍野恵
春の闇少しかためにふくらんで 小松敦
ステイホームグラスに夕日を一気かな 重松敬子
石蕗咲いて気さくな刀自とおしゃべりす 関田誓炎
鉄橋の鉄うすみどり春の川 田中亜美
啓蟄を昏くぬかるむ脇の下 月野ぽぽな
おしゃべりな鏡を閉じる春の宵 寺町志津子
木木の芽のその韻律に触れんとす 遠山郁好
水に声火に声三月十一日 中村晋
春風や別れは駅の肘タッチ 梨本洋子
羽後地吹雪身の輪郭の吸われゆく 船越みよ
被曝十年かすかに骨盤の歪み 本田ひとみ
飛花落花マスクをずらす食事法 前田典子
手鞠唄指の先まで鞠にして 松本豪
家系図を読み上げるように波の輪唱カノン マブソン青眼
ドアノブしっとりと春愁のゆくえ 三世川浩司
夫婦という幾何学しゃぼん玉ふわり 宮崎斗士
鼓草みようみまねのヒップホップ 深山未遊
透明な輪投げをひとつ冬三日月 望月士郎
きさらぎの姿見という孤島あり 茂里美絵
何もない日常が好き鳥総松 森由美子
初蝶や忘れることもお弔ひ 柳生正名

松本勇二●抄出

嘘のあと柚子湯で伸ばす背骨かな 泉陽太郎
二人暮しの指の冷たさ赤蕪 伊藤淳子
春は曙追いかけることばっかり 大池美木
プレッシャーに強き青年悴めり 小野裕三
鍵盤のよう白く透く街背美鯨 桂凜火
余生という広き入口緑立つ 北上正枝
閃きの瞬間眩し寒雀 金並れい子
筋書きを言いたがる妻彼岸寒 楠井収
花菜の風を二つに割って納骨す 小林まさる
本当に眠ると春の森に出る 小松敦
目くばせはこころの瀬音海市たつ 近藤亜沙美
子をぎゅっとして春の日の終わらない 三枝みずほ
春のあらし鍋の把手のネジ締める 佐藤君子
少年の鳩尾あたり吹雪くかな 白石司子
水仙のまはり透明死にとうなか すずき穂波
氏子総代酔ふて候寒紅梅 髙井元一
菰巻きの菰焼く春の裏おもて 高木一惠
おしゃべりな鏡を閉じる春の宵 寺町志津子
小綬鶏の声の高さに励まされ 友枝裕子
春立つや昨夜の私が見つからぬ 中村ひかり
茹で過ぎと男チマチマほうれん草 中村道子
山眠る里にふかぶか錠と鍵 本田日出登
青空の奥にあをぞら初蝶来 前田典子
牛乳をなみなみおおよそ遅日ほど 三世川浩司
風光る草食系のふくらはぎ 三好つや子
冬虹の脚の届かぬ生家跡 武藤鉦二
アドバルーン見張るバイトや春愁 村本なずな
薄氷を割ること母を叱ること 室田洋子
フルートの音色のひとつ諸葛菜 横地かをる
春寒やさすらいの四肢ゆるく締め 若森京子

◆海原秀句鑑賞 安西篤

節目なき痛哭を負う三月十一日 宇川啓子
狐火の麓より湧く被曝村 江井芳朗
水に声火に声三月十一日 中村晋
被曝十年かすかに骨盤の歪み 本田ひとみ

 この作者四人は、被曝当時福島に在住していた。この内、三人は、今なお福島にとどまっているが、本田氏は今も埼玉に移住している。とどまるも去るも、相当に辛いこの十年だったろう。東北の人々は口が重く、誠実なだけに、自分の苦労を他者に安易に分かち合ってもらおうとはしない。国や地方公共団体に期待していても、到底復興のビジョンはみえて来なかった中、ひたすら自助、共助によって耐え抜いて来たのである。
 宇川句の「節目なき痛哭」とは、この十年の間、復興とその過程という節目が一向に見えず、ただただ痛哭の思いだけが積み重なっていった。その現実を三月十一日が来るたびに噛み締めさせられている。江井句。被曝して無人化した山村では、冬には狐が口から火を吐くといわれる鬼火が麓より湧いてくるという。それは死者の魂の訪れのようにも見えて、怖れと懐かしさの入り混じった思いで迎えている。兜太師もいうように、他界は此の世に隣り合っているような体感であったに違いない。中村句は、三月十一日の地獄絵のような阿鼻叫喚の現実を象徴的に表現したもの。「水に声」も「火に声」も断末魔の叫びそのもの。しかし十年を経た今、「水」や「火」を復興の象徴として、或いは未来へ向けての方向感として捉え返してもよくはないかとも思うがどうだろう。「まだそこまでは」という声も聞こえそうな気もするが。本田句では、被曝十年の長期にわたる避難生活が、高齢化の進展とそれに伴う心身の健康リスクをもたらしている現実を直視している。「骨盤の歪み」が「かすか」なうちはいいが、早晩取り返しのつかぬレベルに達するのは目に見えている。それを警告ではなく、現実の相の予兆と暗示している。

酢のごとき日日にも微光クロッカス 尾形ゆきお
涅槃図の只ならぬ密マスクせよ 加藤昭子
ステイホームグラスに夕日を一気かな 重松敬子
春風や別れは駅の肘タッチ 梨本洋子
飛花落花マスクをずらす食事法 前田典子

 緊急事態宣言下の日常のあれこれを詠んだ一連。尾形句。「酢のごとき日日」とは、閉塞感の中で日常が酸化し、酢のような臭気を発している状態と見立てたのではないか。そんな日日にも、清冽な水に漂うクロッカスのような、微光の差し込む瞬間もあるという。加藤句。釈迦の涅槃図をみると、まさに只ならぬほど数多の
人間や生きもの達が、過密なまでに集い寄って嘆き悲しんでいる。これではマスクをしてもらはないといけません、と訴える。涅槃図に託した三密への警告。重松句。ステイホームの日日の過ごし方。見事な夕日をグラスに取りためておき、日の暮れとともに一気飲みする。太陽から気の流れを頂く呼吸法。梨本句。感染防止対策として、親しい者同士の別れの挨拶は、接吻はもちろんハグや握手もご法度となり、もっぱら肘タッチや拳タッチが多用されるようになって来ている。春風の吹く駅頭には、就職や転勤、新入学の見送り場面があって、友人同士の肘タッチがそこここにみられる。肘タッチの着眼に、今の世相が見えて来よう。前田句。花も終わりの飛花落花の時期を迎えたが、今年は花見の宴も慎まねばならず、屋内での会食の際にもマスクして、時々マスクをずらす食事法がとられる。なんとも味気なく、会話が弾む余地もない。どの句も、リアルな実感そのものではないか。

「昭和史」の日々生きて来し龍の玉 伊藤巌
 昭和生まれでも、昭和史を生きて来たといえるのは、戦前・戦後を通じて生きて来た人々であろう。それも作者のように五十年を越す昭和のキャリアを積んだ人に限られよう。この句の「龍の玉」は、単に植物としての存在感ばかりでなく、歴史を見てきた目玉をも象徴している。句意に素材の語感がうまく適合した好例ではないか。

春の月やはりパスワードが違う 河西志帆
 デジタル化の浸透で、キャッシュレス決済が普及している。日本などは先進国の中で周回遅れといわれているほどだが、高齢者ほど適応力が乏しいから、しばしばパスワードを失念したり、入力ミスしたりすることはある。決済不能となれば一大事。春の月におぼろに照らされながら、パスワードの相違に茫然とする老い一人の姿。まさか作者が当事者というわけでもあるまいが。

家系図を読み上げるように波の輪唱カノン マブソン青眼
 作者は、二〇一九年七月から一年間、ポリネシア・マルキーズ諸島ヒバオア島で、一人暮らしをした。そこでコロナに感染し、死線をさまよう経験をしながらなんとか無事に帰国できたらしい。おそらくこの句も、その時の経験をもとに作られたものだろう。かつてポリネシア古代文明の中心地であったその島には、大規模な先祖像が残っているというから、ひねもす繰り返される波の輪唱は、その先祖像の家系図を読み上げているように聞こえたのだ。そこで彼は、無季句五百句と長編小説一篇を書いたという。凄まじい体験の所産というほかはない。

◆海原秀句鑑賞 松本勇二

二人暮しの指の冷たさ赤蕪 伊藤淳子
 生活の中のどんなものに焦点を当てるかが作者のセンスである。作者は「指の冷たさ」に気持ちが届いた。流石だ。頷かざるを得ない。座五の赤蕪も冷たさを増長している。筆者も二人暮しになって久しいが、これほどの詩のある生活が出来ていないことに茫然としている。

鍵盤のよう白く透く街背美鯨 桂凜火
 街の様子が鍵盤のように白く透いていると感得するには相当な気分の昂揚が必要であろう。そういう境地に至った時には、言葉が書き留められないほどどんどん溢れて出てくる。その境地から口を突いた「背美鯨」もかなり冴えている。俳句は詩であるとつくづく思う。金子先生がよく言われた「感の昂揚」を作者が体現してくれた。

閃きの瞬間眩し寒雀 金並れい子
 感性とは閃きである、などとよく喋っている。作者は豊かな感性をして、よく閃いているようだ。脳の浅い部分で閃くのでその言葉はすぐに消えてしまう、とも思っている。閃くときは脳内スパークが発生する。それゆえ十分に眩しいのであろう。寒雀も光の中にいる。

花菜の風を二つに割って納骨す 小林まさる
 納骨は誰にも辛い経験だ。正面から吹く花菜風に骨壺を抱いた作者が歩いていくのが見える。その柔らかな風は骨壺にあたり二つに分かれていく。「花菜の風を」とゆっくりと書き出すことで落ち着いた納骨風景となった。

本当に眠ると春の森に出る 小松敦
 本当に眠れていますか、と聞かれたようでドキリとする。夜中に覚め昨日今日のあれこれを一つ一つ考えてしまっている。朝日が差すまでは悪い方へしか考えが向かない。もう一度眠ろうとするが実に浅い眠りになってしまう。これは偽りの眠りなのであろう。春の森にでるような本当の眠りを経験したいものだ。掲句は言い切ることで信憑性が高まった。断定は重要な一手だ。

目くばせはこころの瀬音海市たつ 近藤亜沙美
 誰かに意志を伝えるため目配せをしたようだ。それが心中の瀬音であると書いている。自分を覗き込み、自分を分析している作者。今にも折れてしまいそうな細い細い心であるが、海市を配置して少し明るくなった。俳句で均衡を保つと心も均衡を保てるようになる。

子をぎゅっとして春の日の終わらない 三枝みずほ
 まだ小さい頃であるが「ぎゅうっとして」と母親にせがむ孫がいた。抱きしめられた孫は安堵の表情であった。子育て真っ最中の作者の日常なのであろう。具体的な動きを書くことで詩になったし明るさも増した。

水仙のまはり透明死にとうなか すずき穂波
 亡母が毎年楽しみにしていた水仙が今年も黄色く咲いている。水仙で何か言ってやろうと思っていたがやられた。そのまわりは透明なのだ。閃きや凄し。それだけで十分なのに下五の直情が句にドラマ性を持たせた。展開させるとはこういうことなのであろう。

小綬鶏の声の高さに励まされ 友枝裕子
 小綬鶏は「ちょっとこい」を連呼する。もういいでしょ、と思うくらい鳴き続ける。その声の高さに励まされる作者は幸せだ。こういう人は生きる力を何からでも貰える。元気が出る俳句を読ませていただいた。

牛乳をなみなみおおよそ遅日ほど 三世川浩司
 牛乳を注ぐ分量を「おおよそ遅日ほど」と書き新鮮。なみなみ、なのでかなりの分量と思われる。誰かにそう言って注いで貰ったのであろうが、そういうジョークをすっと受け止めてくれる相方こそ素晴らしい感性だ。

アドバルーン見張るバイトや春愁 村本なずな
 こういうアルバイトがあるのだろう。コロナ禍に翻弄される人々を尻目にこののどかさはどうだ。浮世離れした作者であるが最後に春の愁いを置いて少し世の中への配慮を見せている。

薄氷を割ること母を叱ること 室田洋子
 一昨年母を亡くした。出来ていたことが出来ないので失敗ばかりする母をよく叱った。叱ったあと、胸の奥の薄い氷がパリンと割れたような気がした。何回も何回も薄氷を割った。作者は追憶でなく現在只今薄氷を割り続けている。介護の心中を具現化して見事。

春寒やさすらいの四肢ゆるく締め 若森京子
 さすらいの四肢がじつにかっこいい。あてもなく彷徨ってしまう手足ということか。それをきつくではなくゆるく締めるのである。春が来たがまだ寒い。出て行きたい思いと自重する気持ちのせめぎ合いを楽しんでいる作者か。兜太先生の「日常に居ながら漂泊せよ」をこういうベテラン作家がひょいと思い出させてくれる。層の厚い集団で俳句をしているとこういう恩恵もある。

◆金子兜太 私の一句

水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る 兜太

 グアムに行ったとき、トラック島から来たというホテルの掃除婦から、「ナツヱもう一人はフミコ。ニッポンアメリカバンバン」と話しかけられました。兜太師がトラック島を去るときの「人の為に生きよう」との掲句の決意と遺骨収集の動きの鈍さ、二千万人を殺害した大東亜戦争の反省の無さが対照的に思わされます。句集『少年』(昭和30年)より。長尾向季

冬眠の蝮のほかは寝息なし 兜太

 〈海程賞〉を受賞した折に、「風土に浸透するように育つ詩情」という御評と共に頂いたご染筆のお句である。幼少の頃に過ごした山裾での自然をよく思い出すのだが蝮もよく見かけた。木洩れ日に照る沼を泳いでゆく、無気味でもあり神秘的でもある光景など忘れがたい。先生ご自身の愛着深い句を頂いたことに加えて、私の体験もお話して感謝したかった。句集『皆之』(昭和61年)より。前田典子

◆共鳴20句〈4月号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句

河西志帆 選

十二月残る軟膏絞り出す 石川青狼
皺くちゃの幸せと浮く冬至の湯 伊藤巌
○ゲレンデで待てよとおとと納棺す 稲葉千尋
◎冬の犬さびしい方の手を出して 桂凜火
○返り花昔よかったなんて嘘 鎌田喜代子
宗谷本線鮭のふ化する駅がなくなる 佐々木宏
○いい人でいい空であれ山眠る 佐藤詠子
山の和尚きょうは銀杏洗って居り 篠田悦子
木枯が石室の夜を叩きはじめ 白石司子
鉦叩ここら地雷のあるところ ナカムラ薫
アウシュビッツ忌スープの鍋をパンでぬぐう 中村晋
白黒黄みんな肌色冬木の芽 中村道子
冬晴や国に穏やかなる死相 藤田敦子
日に月に向く枯菊をまだ刈らず 前田典子
友よ癒えよ歳晩を来てがらんどう 松本勇二
今朝もまあ平熱雪女と暮らす 宮崎斗士
羽後がごろりと母の座の大南瓜 武藤鉦二
昭和とは畳の上のカーペット 望月士郎
防波堤闇に人間灯りだす 山内崇弘
心臓のバイパス五本吊る聖夜 山谷草庵

楠井収 選

○ゲレンデで待てよとおとと納棺す 稲葉千尋
冬紅葉拾った嘘をもてあます 奥山和子
二番目の母となる日やゐのこづち 奥山富江
肩書の過去をよすがや冬夕焼 片町節子
◎冬の犬さびしい方の手を出して 桂凜火
膳に付くマスクホルダー年忘れ 加藤昭子
○返り花昔よかったなんて嘘 鎌田喜代子
○獄舎出る青年の礼りんごの香 黒岡洋子
白鳥が来ている眼鏡はずすたび こしのゆみこ
人も街も切り抜きのよう十二月 三枝みずほ
○いい人でいい空であれ山眠る 佐藤詠子
○人間を呼び捨てにする枯野かな 峠谷清広
初夢や誰も隣に座らない 遠山恵子
秋の陽やマスク忘れてめだちおり 畑中イツ子
空席あり死んだふりする冬の蝿 増田暁子
○残る鴨切手を貼ってあげようか 三浦静佳
○かなかなや私のどこか切り取り線 宮崎斗士
帰り花行ったり来たりの旅だった 村上友子
来たか元気か杖並ぶ冬日向 森田高司
新蕎麦や別れた男の食べっぷり 梁瀬道子

佐藤詠子 選

青いミューズ空想の空域の翼 阿久沢長道
寒昴呪文のようにありがとう 大髙洋子
◎冬の犬さびしい方の手を出して 桂凜火
綿虫やアナログ的に主知的に 金子斐子
自惚れも恋のひとつや吊るし柿 河西志帆
ダイヤモンドダストいけない子どもだつた 小西瞬夏
しずかなるあなたの左脳寒の入り 近藤亜沙美
慌しく九十歳が来たり花柊 篠田悦子
我という一つの記号落葉期 白石司子
冬帝の空踏み鳴らし襲い来し 竪阿彌放心
月の舟オンライン句会してますよ 谷口道子
熊よけの鈴を子猫にあげました 田村蒲公英
鶴凜と現在未来見据えて可 蔦とく子
○人間を呼び捨てにする枯野かな 峠谷清広
豊満な角の張り方新豆腐 中内亮玄
くるっと梟うしろの正面も闇 中村晋
寒たまご君の見た夢たべている 服部修一
○残る鴨切手を貼ってあげようか 三浦静佳
存在の自由に耐えて一裸木 嶺岸さとし
○かなかなや私のどこか切り取り線 宮崎斗士

山下一夫 選

孫は腹の中で眠り牡丹鍋 井上俊子
狐火の血筋集めるコンクール 小野裕三
マンモスの影踏むあそび枯野中 刈田光児
正誤表探す旅です海鼠です 川崎益太郎
○獄舎出る青年の礼りんごの香 黒岡洋子
嚔や人間少しほどけたり 佐藤詠子
遠き日の友は矢車草の瞳 重松敬子
弦として吹かれるからだ芒原 芹沢愛子
雪ひとひら音ひらひら皮膚に消ゆ 月野ぽぽな
しぐるるや勾玉の闇始まりぬ 寺町志津子
そっと息吹けば兎になる落葉 鳥山由貴子
母の手は寒冷前線聖夜降る 中野佑海
風花や手紙抜けだす連綿体 西美惠子
高齢者という洞穴雪降りだす 丹生千賀
五体投地のライダーありし花野かな 野田信章
無患子拾ふ秘めごと洩れないよう拾ふ 長谷川順子
しきりに笑う白息二重硝子の向こう 藤野武
奥歯抜くふと荒野に佇つ狐 増田暁子
白鳥来どこかで弦の切れる音 茂里美絵
鮟鱇鍋たえず昭和という分母 若森京子

◆三句鑑賞

鉦叩ここら地雷のあるところ ナカムラ薫
 危いぞとか、悲しいねとか、一言も書いてない怖さです。戦場という名の土地など何処にもなく、みんな人の住む場所。一体どれほど埋めたのかさえ覚えてない人達と、同じ空の下で、笑顔のままの子供の手や足や命が、どれほど飛び散ったかを、その目で見て欲しい。悲しみの善良な土に紛れているその武器を、心底憎いと思う。

白黒黄みんな肌色冬木の芽 中村道子
 大坂なおみさんのPRアニメを見た。白い肌、明るい髪の色、細い腕、正直誰なのか分からなかった。配慮が足りなかったと企業側は謝罪したというが、反対にその配慮・・が起こした騒ぎだと私は思う。白に白を混ぜると白になり、白に白以外を混ぜると白にならない。これは変わらないことだから、みんな肌色‼それでいいじゃないか。

昭和とは畳の上のカーペット 望月士郎
 思わず膝を叩いた。そうだった。畳を隠すと、卓袱台の室が洋間みたいになった。女房と畳は新しい方がいいなどという男達もいなくなった。あの頃からか、使い捨てが文化的暮らしだと思い込みひた走ったのだ。海外で買ってきた土産の裏にメイドインジャパン‼、今の何処ぞの国と少し似ているが、あの畳たちは元気だろうか。
(鑑賞・河西志帆)

二番目の母となる日やゐのこづち 奥山富江
 人生の節目に際し、その決意を感じさせる一句。この方は今回継母となり、ある家庭の子供に接していくこととなった。実母は死亡したのか、離婚したのか。いずれにしても子供には罪はないのだ。今後色々困難なこともあろうが、ゐのこづちのようにしっかりとその家庭とくっつきあって過ごしていきたいとの決意なのだ。

獄舎出る青年の礼りんごの香 黒岡洋子
 この青年は悪事を働き、親には迷惑をかけ、結局牢獄に入る。しかしその後罪を悔い、模範的な囚人となった。刑期を終え獄舎を出る際、世話になった人々に心を込めて一礼をした。安堵とともに故郷の父母への思いが心をよぎる。リンゴの甘酸っぱい匂いのような思いなのだ。リンゴの香が句のイメージを一層膨らませている。

帰り花行ったり来たりの旅だった 村上友子
 この方の人生色々あったわけですね。この句は実際旅に出て回り道などしたことを言っているが、あと人生についても紆余曲折あったことも示唆している。だがまあ総じて幸せな人生だったなあと実感しているのだ。それは末期の床の中かもしれぬ。そうなのだ自分は晩年予期せぬ花を咲かせることが出来たのだ。帰り花が秀逸。
(鑑賞・楠井収)

我という一つの記号落葉期 白石司子
 一つの記号とは、一つの人生を表している気がした。年月を経て今の作者が伝えたいことは、口では言い尽くせない「形」なのだろう。どんな意味の記号か知りたくなる。落葉後の裸木の姿もまた生命の標の記号のようで心惹かれる。俳句も人の生き様の記号かもしれない。

寒たまご君の見た夢たべている 服部修一
 悪夢を食べるという伝説の獏を思い浮かべた。とは言え、君の見た夢がどんなのだったのか。何かに追いかけられる夢、終わらない仕事の夢……。夢は目覚めてすぐ口に出さないと忘れてしまう。慌てて話す君の素直な表情が愉しくて、滋養豊かな寒たまごごと君の夢を笑って食べた。寒中のほっこりする一片だ。

存在の自由に耐えて一裸木 嶺岸さとし
 裸木は無防備な神だと思う。何も纏わず真実のまま立ち、存在の重さを見せつけている。寒風の日、その枝は呆けたふりで踊ってるようにも見える。作者の言う存在の自由は生きる価値への自由かもしれない。この時世は自己の存在にさえ迷う自由。だが、己の立ち位置で今を生きゆく力を一裸木に重ねたのだろう。
(鑑賞・佐藤詠子)

獄舎出る青年の礼りんごの香 黒岡洋子
 刑務施設に収容されていた青年が出所する。十分に悔い改めたことが挙動に表れていて清々しい。巧みな情景描写である。実見は考えにくいので映像等を目にしてのことか。収容の背景には犯罪の重大、悪質、反復等があるはずで、青年期の間での矯正は容易ではなかろう。かくあれかしとの切望かなどと様々に味わうことができた。

五体投地のライダーありし花野かな 野田信章
 交通事故が起こった辺りの花野である。衝突事故もあり得るが、恐らくは急カーブをオートバイが曲がり切れなかった自損事故。大怪我や死亡であれば悲惨である。しかしなぜかほのぼのした気配がある。仏教用語「五体投地」の効果であろう。花野もまた極楽に見えてくる。その中空を舞ったライダーの幸いとか、想念が湧いた。

しきりに笑う白息二重硝子の向こう 藤野武
 「白息」までを上句として、箸が転げてもおかしい年頃の女子の寒中でのおしゃべりと見る。下句には、暖かい室内にいる作者の視点がある。「二重硝子」は、寒冷地仕様または防音であろうが、上句が象徴するものとの隔絶という二重の意味も潜んでいよう。七七七の緩いリズムが硝子の曇りまで描出しているかのようで素晴らしい。
(鑑賞・山下一夫)

◆海原集〈好作三十句〉武田伸一・抄出

否定からはじまるおんな黄砂降る 有栖川蘭子
心根に龍と入れ墨涅槃西風 飯塚真弓
朧夜の起きたら虫になる話 植朋子
ニッポンを語る少女や麦青む 上田輝子
春一番くしゃくしゃのビニールが私 大池桜子
哺乳瓶の乳首が前世とや朧 大渕久幸
がまんとは人を見ること椿落つ 梶原敏子
正月や蜘蛛が真っ直ぐ下降する 葛城広光
風花に舟という舟やせていく 木村リュウジ
馬糞ボロ採りの合間にかき込む菜飯かな 日下若名
北風や尻が狡いと鼻がいう 後藤雅文
タトゥーとは哀しい曲線鳥雲に 小林育子
好物は金時豆パン多喜二の忌 小林ろば
山里の子子孫孫ししそんそんや山笑う 坂本勝子
囀や媼三人背に刺青 佐竹佐介
優しさにすこしおびえる春の雷 宙のふう
雪平に遅春の粥をまた噴かせ ダークシー美紀
酔覚めて黙りこくりし春の月 高橋靖史
鳥帰る未完のままに自画像 立川真理
妙齢の教師につぶて雪合戦 土谷敏雄
隣人は朝日浴びをり残る雪 福田博之
恋文を丁寧に折る二月かな 藤川宏樹
春は夢、夢でのみ逢ふ人もゐる 宮本より子
春灯のどれにも我を待つ灯なし 武藤幹
商いのさくらまつりに自衛隊 村上紀子
ばあちゃんの甘露煮じいちゃんの目刺 矢野二十四
アーモンドを冬の涙として噛る 山本まさゆき
家系図に嬰児を加え下萌ゆる 渡辺厳太郎
春の雷ゴッホの自画像髭もそり 渡邉照香
ねむれない吐息いつしか雪女郎 渡辺のり子

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