「海程」十五周年記念大会講演・ 1977年/昭和52年
叙情について 金子兜太
■熱い血をそそぐ
だんだんこの会場、暑くなってまいりまして、それからさきほどからの四人の方のいい話がございまして、八木三日女さんの様式はメロディだなんてひじょうに美しい言葉があったりして、まさにメロディアスな感銘に浸っておりまして、どうも喋るのがだんだんおっくうになってまいりました。特に物故者の紹介をしているうちになんだかだんだん情につまされまして、いま私のこの情につまされたこの状態が、これから申し上げることと同じなんで、これでいいんじゃないかと、だから妙な形で実演してしまったという、ちょっと変な気持でおります。一応口はばったいことを前にも言いましたし、五月号の「寸景」にも書きましたんで、その義務を果すために最近考えていることをちょっと申し上げてみたいと思います。
きのうも、安西篤さんがうまくまとめておりましたが、シンポジウムで戦後俳句風化の危機感てなことを、きのうの四人の講師に共通する問題意識としてまとめております。確かにそういう状態が現在ありますし、この俳句界の中の断絶感と申しましょうか、私が戦後一生懸命俳句をつくりだしてからかつて味わったことのない断絶感を現在感じております。そのあらわれは、いわゆる伝承派といわれる「有季定型」をつくっている人達と我々とのあいだの断絶感、まあ、断絶という言葉はきついのですが、疎隔感ぐらいと申しましょうか、異和感って言いましょうか。それから「いわゆる俳句大衆」と我々との軽い疎隔感、なかにはそれによっての孤立感てなものを感じておる人もいるかと思います。
それから昨日今日といろいろ話がありましたが、「我々の中での異和感」、これはまあ異和といっても感情的なもんじゃなくって、批評として出てきております。例えばダルなものについて批評するとか、いろいろありますが、これはなにも俳句だけに現われている現象ではないと思います。このことは、さきほどの堀葦男さんの話にあった高度経済成長が終了しかかった時期ぐらいから、はっきりあらわれてまいりました。いろんな意識が、つまり多極的な意識が最近はある。とても一つの基準では割り切れない状態があると思います。しかもそれが一定の価値観にまではなってない。かなり気分的な、あるいは意識的な状態で様々な意識がある。そういう状態が現状だと思いますが、そうなってまいりますとお互いのあいだには、気持として、価値観の差として消化されたかたちでなく、気持ていどのものとして、たえず軽い異和感がある疎隔感があるっていうことは当然でして、俳句だけのことではないのです。そういう状況ですが、しかしそうではあってもですね、いや、そうだからこそといったほうがいいのかもしれない。そこにエネルギーが感じられるってことも事実で、ちょうど江戸末期の文化文政期に似た感じがあるんじゃないでしょうか。だから様々な意識があってそこに疎隔異和があるにもかかわらず、底の底にひじょうなエネルギーを感じる時代っていう印象があります。俳句の世界もですね、現在お互いにやや離れた感じもあるけれど、これは意外なものを生むんじゃないかというエネルギーをも私は感じる。そういう状態ですね。
そういう状態でですね、やはりまず一つ考えたいことは、俳句っちぅものをつくっている我々、まあ重たい言いかたで言えば表現者っちゅうことになりますが、表現者としてですね、伝達の問題、相手に伝えるというこの問題は、やっぱりどうもここにきてはっきり考えてみないといけないんではないかということを、こういう状況の中で痛感いたします。ひじょうに様々なもんが離れ離れにある。その様々なものが離れ離れでいいんだとは、やはり言えないんじゃないかということです。ただこういう状況ですから、伝達を考える時、もういろんな、いままで言い古されたことや、現象的なことだけですましておったんでは駄目なんじゃないかとおもうんです。こういう状況の時はいっぺんおおもとに戻って考えなおしてみる必要があるんじゃないかと。まあこう思いましてですね、それで俳句というものの根本はなんであったんだろうということを考えました。そこから叙情ということに思いいたったわけでございます。
したがいまして、これから叙情ってことについて申し上げるわけですが、この叙情ということはですね、私が自分の方法として、これまでやってきた、「造型」っちゅうこと、つまり「主体の表現」、自分という主体をどう表現するかちゅうことを、否定することでも修正することでもないのです。それどころか、主体の表現の基礎構築をすること、主体の表現に叙情という基礎打ちをおこないまして、主体の表現をより見事なものにしていこうという考え方です。そういう意味で土台を探りたいと、そういうことなんです。いうなれば熱い血をそそぐと言いますかね。どうもいままで、私達が俳句をつくっていて、底が冷えちまうという感じ、いわば冷たい血になるんじゃないかという心配がどっかにありまして、冷血の不安ってものがどっかにあった。それからこのままでいったら、「主体の表現」というんだけど、かたちだけのことに終るんじゃないかというそういう心配もございました。そこで、ここで叙情という熱い血をそそいで「造型」の基礎をつくっておきたい、その体づくりをしたいと、そうおもうわけなんです。
■人人の叙情詩
それじゃいったい俳句ってのは何だと、こう考えて、私が日頃言ってきたことを確認することですが、俳句ってのはやはり、人間ちゅうよりも、人々ですね、「人々の叙情詩」であると言いたいのですが、これが私の俳句についての考え方です。人々って言葉は仏教の言葉だそうです。私は、いまもいろいろ阿部完市さんからの話しもありましたが、「衆」という言葉を使ってきまして、『海程』百号以後とくに話題になってきたわけですが、「衆」って言葉がなにかこう主張的な、例えば民衆詩とか民衆史とかいった風な使われかたをしている、その衆と混乱混同しましてね、なにかある主張的な角度がつきまとう言葉のように思いますので、ちょっとそれが気になってまして、おそらくそれにひっかかった人もずい分いたんじゃないかと思いますけども、その後私は、これはむしろ「衆」という言葉よりも「人々」という言葉の方が、「人々」と言えば完全にこれは平等な言葉ですから、人間が横にならぶ言葉ですから、「人々」という言葉の方がいいと思って、その言葉を使わしてもらいます。
で、いうまでもなく短歌から俳句への歴史は人々の叙情詩の歴史です。記紀歌謡の唱和から問答歌に始まりまして、平安にはいりましての歌合せ、中世にはいりましての連歌連句の隆盛、さらに近世末期に至りましての月並俳句の運座、運座をまねた句会、その上に立ってできました結社と雑誌、またさらにその結社をある程度モデルにした同人誌グループ、そういう風なものすべてがですね、この詩形が、人々の中に育ってきたものだっちゅうことをはっきり示していると思います。つまり俳句短歌というのは、孤のものではない。孤立したものではなく、あくまでも人々の中に培われてきた詩であるという、これはひじょうにはっきりしていると思います。
それからいま一つ、私が叙情詩ときめつける理由ですが、これはいうまでもなく、この詩形が七五調の奇数拍奇数句体、つまり定型に定着したことです。叙情のための最強音律が等時性拍音たる日本語の、この組合わせにあうからだとおもっています。さらに、その叙情ということですが、これは「熊猫荘寸景」 にも書いておきましたが、よく巷で使われております「抒」むっていう字、あの抒情、つまりあれを普通リリシズムのかわりに使っている人が多いのですが、私はそういう意味の叙情というものは、二義的なものだと思っております。そういう抒情という言葉も内容も否定しません。が、二義的なものでございまして、私が言いたい叙情というのは叙述の叙でございます。森田緑郎君の話によりますと、今学校ではみんな叙述の叙で、叙情叙情と子供達に教えているそうです。そういう点ではこと新らしそうな顔で私が叙情なんて言っても、発見でもなんでもねえわけですけども、一応その言葉で、その言葉によって意味することを述べてみたいとおもうんです。
じつは私はこういう言葉を使う時に、昔から、とくに亡くなりました芦田きよし君からこの点ではいつも私は叱られておったことを思い出すんです。言葉をあんたは勝手に使いすぎる。きまった概念があるんだからまずそいつを踏んでから使ってくれと。それにもかかわらずあんたは共通の概念なんかのっけから踏みにじって勝手に自分の概念でやるんで、とっても読みにくい、とかれは言うわけなんです。そういうことが頭にあるせいかどうか、今度はいろいろ字引を引いてみました。自分の家に無い字引は街に出て、本屋に寄ってこっそり引いたり図書館に行ったりして、ほとんどの字引を引いてみたんですが、そんなふうに字引を引いてみているうちに、角川書店の漢和中辞典、この漢和中辞典ではこの二つの言葉、叙述の叙情とそうでない抒情と、この二つの言葉について、はっきり違った解釈を付けていることを知りました。それはどうかというと、叙述の叙の方は、いま私が主題にしている叙の方は、「感じた心の動きを述べあらわすこと」だとこう書いてあるんです。 それに対しましてこの抒情、リリシズムと普通言われてます方は、「自分の感情を述べあらわす」、つまり従来普通抒情抒情と言ってたことはですね、自分の感情を述べあらわす。 だけども私がいま言いたい叙情のほうは、 「感じた心」の動きを述べあらわすことなんです。ここで重要なことは、まず心っちゅうもの、つまり叙情ということは、心を、そのものズバリで述べあらわすことなんだということです。片方は感情を述べ、これは心、しかも単なる心じゃなくって、「感じた心」だということですね。この「感じた心」ってことはひじょうにいい言葉だと思ってですね、 ここにいま書きとめてきました。
■感
つまり、感、感じの感ですが、それではそのことはどういうことを意味するのか。まず感じの感というのは、さっきの堀さんが言ってた直観の観じゃないんですね。感情だとか感覚だとか不感症だとかいわれる感、感じる方ですね。あの人は感じがいいわとか、感じが悪いわっていうあの感じです。よく感に堪えるっていいますね。感きわまる、その感きわまるとか感に堪えるというあの感です。それじゃ一体その感っていうのはなんだと、またここで字引を引いてみました。だいたい目ぼしい字引を全部引いてみまして、そういう点では地下の芦田きよし君にほめられると思ってますけど、その中でですね、これは広辞苑の解釈が私に一番ぴったりしたんですが、広辞苑の解釈でですね、感とは「情を動かすことなり」と書いてます。感とは情、心情の情ですね、あの男は情が薄いとかいうあの情です。その情を動かすことなり。つまり感というのは情とイコールじゃないんですね。情を動かすものが感、だから感情といえば情だけじゃなくって情を動かしてるわけです。感性といえばある性格があってそいつを動かしてるんですね。そういうことなんです。
『あかさうし』に芭蕉の言葉で「物に入ってその微の顕れて、情感ずるや句となる所なり」という有名な言葉がございます。栗山理一先生の『俳諧史』は、ここを「物の微」と「情の誠」といいかえて、芭蕉の芸術観の本旨を説明していますが、あの「情」は「物の本情」とか、「凡そものを作するに、先づ其の本情を知るべき也」の情ですね。私は、端的に、〈質〉とか〈芯の部分〉、人間でいえば〈心〉と受けとります。「古へより風雅に情ある人々は、云々」と『贈許六辞』に書くときは、「情」は「こころ」と読ませています。その「情」は静かなもので、しかも、「心の色物と成りて、句定まるものなれば」(『あかさうし』)というように、「色」があるんですね。私は〈色艶〉と言いたいんです。とにかく、その〈心〉である「情」を動かすことが「感」なんですね。静かなものを動かして、句と成すもの、それが「感」なんですが、情のまことを書くということは、情を動かす「感」に立って書く、そこまで踏みこまないといけないということになると思います。いまは、芭蕉さんのいう「物」との関係は省略しておいて、この「感」と「情」に集中して申しあげたいのだが、さっき言った叙情という言葉、感じた心を述べあらわすといった場合に、「感じた心」っちゅうのはどういうことかというと、動いている「情」、あるいは動かされている「情」ということで、要するに表現にあらわれてくる心というものは静かなもんじゃない。おのずと動いているにせよ、なにかに触発されて動かされているにせよ、動いているものなんだ、ということです。その動き、動かしているもとのものをですね、 我々は注目、いや、大事にしなけりゃいけないと思います。ものの作り手としてはそこにいつも注意しなけりゃいけない。
■感の昂揚
さっき堀さんから懇切な、「視る」と「感じる」っていう昨日もティーチインでのテーマになったことについて説明がありました。あの説明はあれで十分なんですが、堀さんの説明を全部承諾した上で、なおかつ一つ言えることは、見るとか感じるとかいうことは意識の機能だということです。つまり意識の領域である。意識の働きだと思います。直観をいたわるという北原志満子さんのお話を堀さんは説明していましたが、直観、これはひじょうに大事なことですが、しかし私のみるところ直観もまだ意識の段階のことです。つまり、見るとか感じるとか直観とかいうことはですね、みな意識の段階のことです。ところが「感」という感じるってことは、これは存在機能だと私は思うんです。意識の機能じゃなくってもっと奥の存在そのものの働きの中から出てくることが、「感」ということだと思ってます。「情」ってなことも、多分に意識的なことだと、心というものも大半が意識の世界だと思うんです。しかしものをつくる人間がそこにとどまっておったんではまだ浅い。その根本のそれをささえている存在の動きに直面しなければいけない。存在機能としての 「感」、「感じる」ということを大事にしなきゃならない。それが叙情であると、まあこういうふうに私は言いたいわけですね。
したがって逆に言えば、その存在機能としての感というものにポイントをおくことによって伝達ということもまた可能になるんじゃないか。それから日常生活の「感」の昂揚、 「感」をつねに高めていくということによって日常生活もまた充実したものになるんじゃないかと。そういう意味では叙情ということは、生活者としての充実と表現者としての充実とこの二面につながっていくと、こう思いますね。そういう点で例えばよく私達が観念だとか思想だとかいろんなことを言いますが、 そういうものすべてを、つねにこの「感」によって動かしてやらなけりゃいけない。感じさせていなければいけないんですね。つまり観念という固定した状態で、ものつくりは受けとっちゃいけないんであって、自分の中でそいつが動かされていなけりゃいけないということなんです。
で私がよく伝統と言わず、伝統体感と、体で感ずる伝統というふうに用意して言うのはそのためでございまして、伝統なんてものはあるようで無いんです。伝統としてはっきりあるものは、この松下電気なんかがつくってるこの電灯しかない。伝統というものはあるようで無いんです。こんなものをあるかと思って考えている人は馬鹿です。あるのは体で感じている伝統、それしかない。伝統を大事にするというのはその体で感じている体感を、喚起し、いつか自分の表現の中に取りこんでゆくことなんです。
それから現実っていうものだってですね、これはひじょうに素朴なリアリストならいざしらず、普通の人だったら現実っていうものは少なくとも短詩型の世界ではないんです。現実感はある。感で高められた現実でなければ俳句に書いたって人はなんとも思わないということです。つまり生活者として現実を現実感として受けとった時にその人の中に現実が燃えているのであって、それをそのままの状態で表現したときにはじめて現実が燃えるように表現できるから、相手に伝わりやすくなる。伝達できる。そう思います。これは散文の場合だって同じことです。また季感という言葉、これはいい言葉だと思います。季節感、やっぱり感として受けとっていることですね。これは日本人の一種の時間感覚、いや情にしみた時間であると思いますけど。季節そのものじゃないんです。季節感であるとき、人に伝え得、表現になり得る。それから物の感じ。ものはなんだっていったときには、我我には物象感としてしかない。もののあらわれたすがたに、こちらが感じている心の状態。ものが僕らに触れてくる感じしかない。そういうふうに受けとめるべきだと思います。
それから風土というのも、風土体感しかないと私は思います。自然風土も精神風土もわからない。体で感じている風土を確認していくってことしかないと思います。その感じているということは、くどいようだが、心にある風土を動かしてゆくことです。動きを高めることによって確認、私は体認と言ったりしますが、これを充実させる。これが〈感の昂揚〉ということなんです。風土はない。しかし感の昂揚によって風土は感じとれるし、やがて体認もできよう、人にも伝え得よう、ということなんです。したがってこれからはすべてのことに感という言葉をつけて、受け取っていただきたい。そういうふうに思ってます。
■感の世界
ここでいくつか例句をあげてみたいと思いますが、加藤楸邨さんの句に、
黴の中言葉となればもう古し
って句があります。これは句集『起伏』の時代の句ですけども、言葉となっちゃったらもう古いんだ、言葉の前のものの方が新鮮なんだということですね。このことの当否ってことの議論はございますでしょう。だけど私が、 この句をおもしろいと思いますのは、言葉とかなんとか、これは阿部さんも言っとったけども、言葉とかなんとか言うよりもその前の感のいきいきとした働きっていうものが大事なんだということをですね、この句から承知するならば、私はこの句はまことにまっとうな句だと思います。それから芭蕉の句で、
秋深き隣は何をする人ぞ
これは芭蕉の「軽み」の時期、つまりもう晩年の「軽み」を考えた時期のことですが、 隣りは何をしているんだということを、ほんのこの爪の垢ほどでもですね、思念的に考えてみると、あるいは思索的にその句を受け取ったら、もうこの句の価値は無くなってるんじゃないかと、こう私は思うんです。つまり芭蕉の晩年の「軽み」というのは、まさに自分の自在な状態においての感の昂揚を熱烈に考えておった時期じゃないだろうか。「そのものより自然に出づる情」(『あかさうし』)、こういうすがたの「感」の昂揚をね。そこにのみいわゆる俳諧大衆との交流、了解があると、意思の疎通があると考えておった時期ではないかと思います。「隣は何をする人ぞ」ですから、これはまったく、これは「感」の世界、つまり見る感じるではなく、もっと奥の、うずうずと動いているだけの情の世界、つまり言葉となったらもう古いという言葉以前の世界、それのところでなまなましくあるもの、それを芭蕉はそこに書いてると。だからその句は、やさしく誰にでもわかる句にもかかわらず意外な感銘力が持続すると、こう私は思ってるわけです。
じつはこの前あるところから、近世俳諧の中からあんたが絶対に好きだと思う十句を選んでみてくれというので、日頃愛好しているものを選んでみました。御参考までに読みあげてみますと、芭蕉の、
あかあかと日は難面もあきの風
「奥の細道」です。向井去来、
花守や白き頭をつき合わせ
広瀬惟然、
華よ華よまづは朝日に華よ華よ
蕉門十哲の中に、こう言う音律自在な句をつくっていた人がいるんですから、野呂田稔よもって如何となす。それから池西言水、
凩の果はありけり海の音
言水は二つほどとくに好きな句があるんですけど、どっちを書いたかちょっと忘れました。二つ好きだったんでいま一つ、
白昼に雉拾ひけり年の暮
真昼間ですね。雉を拾ったんですね。「感」の昂揚、しずかですが、底力をもった「感」 の昂揚に打たれます。与謝無村、
牡丹切て気のおとろひし夕かな
高井几董、
冬木立月骨髄に入る夜かな
清水一瓢、
親の貌真向に見たる夜寒かな
加舎白雄、
鴬よ酒百椀におよぶ日ぞ
酒を百椀飲んだんですね。この人は大酒飲みです。酒の句にいい句が多くて、その点で親近感をもってます。酒を飲んでいるときの 「感」の昂揚の魅力。
小林一茶、
けし提て喧嘩の中を通りけり
まあ私が近世俳諧のもっとも好きな句、といわれればこの十句をあげます。これをこうずうっと読んでみてもすでに御了承のとおり「感」の働きがすぐ見えてきます。いや、十分に感じられます。とくにこの言水さんなんてのは、「白昼に雉拾ひけり年の暮」「風の果はありけり海の音」。白昼とかありけりとか、こんな言葉が出てくるのは、これはもう情が深いだとか、心が深いなんていうそんな平面的なことじゃなくて、もっと根本の「感」の昂揚があって、情、つまり心が動き高まっているからなんですね。イヤーッ(気合をかける)てな感じでね。それで、果はありけりーっ(気合をかける)て出てくるんですね。ここが汲みとれないとこういう句のよさは本当にはわからないと思いますよ。白昼なんて言葉がですよ、この江戸時代のですよ、この庶民俳人にしていま我々が普通に使う白昼なんて言葉をパーンと使うんですね。こういう言葉が使えるなんてことはただ者じゃない。ただ者じゃないということは常識的な情や心の世界ではなく「感」の昂揚があるわけですよ。そういう存在機能の働きがあるんじゃないかと思います。だから詩人なんですよ。
それからこれもあるところで、現代俳句の鑑賞を求められまして、海程以外の俳人につての句もずい分やって橋本夢道さんとか、 細谷源二さん草田男さん楸邨さん、それから今日は来てませんが先輩の出澤珊太郎、こういう人の句などもやったんですけども、海程内の人ではこういう句を鑑賞しました。
晩秋の根もと過ぎゆく白ゴムまり
家木松郎。この場合の「根もと過ぎゆく」 そして「白ゴムまり」という、この運びに私は「感」の働きを感じます。それから、
鶴清浄一瞬火となり妙適なり
鷲見流一。「一瞬火となり妙適なり」っていうこの言葉の運び。鶴と出会い、それが実際に目に見た出会いであれ、想像のなかの出会いであれ、とにかく出会って、そこに昂揚してきた「感」の働きが、この言葉の運びを生みだしたのですね。いわゆるリリシズムの抒情では書けないことです。
夕焼は草負いかぶりても見ゆる
手代木唖々子の句ですが、「見ゆる」っていうこのおさえが、同時に盛り上りなんですね。手代木さんの開拓当初の苦労の中での感の昂揚、その意味での激情を感じます。
れんぎょう雪やなぎあんたんとして髪だ
阪口涯子。これは存在のもりあがりみたいな状態ですね。「感」の昂揚そのままに修辞がのさばっている感じです。
縄とびの寒暮いたみし馬車通る
佐藤鬼房。この場合の「縄とび」から「いたみし」ってところのこの言葉の運びの中にですね、私は貧しい生い立ちをした鬼房の幼年期の痛みがじつに激しく沁みとおってると思います。それはもう意識の世界じゃなく存在の世界に沁みとおってるから、そこから突き動かされてくる心の動きは、まさに叙情です。
白鳥吹かれくる風媒の一行詩
原子公平。静かな、しかし熱い「感」の昂揚です。
まっ直ぐ歩けぬ人間のみち青土堤に
堀葦男です。一見平板な句ですが「まっ直ぐ歩けぬ」ってところには、堀さんの実意が、 つまり心が、すでに動いています。情の動きがあると思います。だから、「青土堤」に 「青」って言葉をここで用意できるんですね。堀さんの昂揚のなせる業(わざ)、そう私は思います。
身ほとりの竹に危うく夕三日月
林田紀音夫。「身ほとりの竹に危うく」という林田さんらしい繊細な物との触れ合いが、 「危うく夕三日月」という情の動きを呼び、そして、林田さんの存在からの震えがあらわれてきます。感の震えを感じるわけですね。 これはやはり林田さんの世界だというふうに感じますね。
雷火美し花の形にランナー寝て
小田保の句ですが、「花の形に」という直喩が出る、喩えが出るところに、小田らしい感の昂揚を感じます。
とんぼ連れて味方あつまる山の国
阿部完市の句ですが、「味方あつまる」というところに、阿部完市っていう個の中にはげしく燃えている共同体感覚てなものを、いや共同体感覚じゃなくって共同体感というものが燃えているとおもいます。「味方あつまる」という措辞は、だから、都会人阿部の、ともすれば感じがちな「山の国」への異和感の逆説的な表現なんです。いや、おもわずも共同体感の昂揚に突きあげられて、逆説とおもいつつ書いてしまった、ということかもしれない。
■叙情が美しいから
結局こういう「感」ということですね、おわかりねがえたかどうかわかりませんが、 「感」はそういうように存在機能だから、意識機能じゃないから、その意味じゃ、いままで縷々ありましたいろんな議論というものは、全部意識機能段階の議論だと思います。私の申し上げているのはその根っこのことなんです。感の昂揚ということを私はいまなんべんも叙情という言葉で言ってるわけですが、いままでの議論は私が言ってることの上に浮いている油だと思います。私は水のことを言ってる。だが見るとか感じるとかいう議論は全部その上の油だと思うんです。しかし油が油としてひかるためにはですね、下の水が深くなければ駄目だと、それを言ってるつもりなんです。それが叙情だと思います。そしてこの叙情が極まっていきますと、つまり「感」が昂揚してきますとですね、当然本能の純粋状態が昂揚してくる。つまり私のいう〈純動物状態〉、つまり、〈自然の状態〉というものが昂揚してくる。「情」はおのずとあふれることになる。そこで人と人との触れ合いがおこなわれれば、これはもう文句なく伝達可能です。
だから理屈でわからせるという段階はですね、これは私は下の下だと思ってます。理屈ってのはこれはわかっていましても、わかったと申しましてもこれは通過理解、私は理屈ってものは通過理解だと思うんです。通過してしまう理解、理解は理解でもスーッと通過しちゃうんですね。したがって、ある俳句を読んでですねわかったというだけでは、これはまだ通過理解の段階だと思います。いまの有季定型の俳人には、この「ぬかよろこび」が多いですね。つまり意識機能の状態だと思います。
そうじゃなくって本当に体でお互いがわかるという状態で表現がおこなわれる、つまり「感」が充分に昂揚した状態でおこなわれますと、自ずから相手がそれに反応すると思います。そうすると様々な、多極的な意識状態の現状の中でも、意識のぶつかり合いの中ではもうどうにも理解できないものが、こういう「感」が昂揚した状態において表現されたものならば必ずわかりあえる、そのとき人々は心から交流できるという信念を私はもっています。だから、しばしば有季定型の俳人がいうように大勢にわかんなきゃいかん、俳句大衆にわからんような句をつくっちゃ駄目だという、そんなもっともらしくもバカバカしいことは話にならない。大勢にわかるとか俳句大衆にわかるとか、そんな上から見おろしたようなことを言うのは宗匠のセンスであって、そんなことではなく、作者金子兜太なら金子兜太という一人の人間がですね、腹の底から「感」の昂揚を得てつくったら、黙ってみんなにわかるっていうことです。その確信に立たなけりゃいけない。叙情こそすべての人々を結ぶことだと私は思います。これによって孤立感が救われる。もしそんなものがあるとするならばです。疎隔感異和感があるとするならばそれは救われる。定型の議論もけっこう。しかしそれ以上に「感」の昂揚によって伝え得たら、どんなかたちでもその作品は立派だとほめることができるわけです。私はチャキチャキの定型派だけども自由律の俳句でも、いいと思うものをほめるのはそのためです。感の昂揚が触れあえるから、相手の昂揚した感に触れるから、私にわかる。そういう句は形式の問題はあったっていいものはいいというわけです。
伝承俳句と現代俳句というものが仮にあったとすれば、そのあいだの交流だってそれでできるはずです。それを理屈をたてたり、なんとか上から見おろすような偉そうなことを言ったりして交流をはかるという時代はもう過ぎている。そんなことができるほど安直な時代ではないと思います。それはもう政治の動きを見てもまことに多極的です。人それぞれ、みんないろんなことを考えている。ある政治家がいまは連合の時代だ、党派の時代じゃないと言ってるぐらいです。人間と人間がほんとに触れあうためにはですね、この「感」の世界で触れあうしかない。〈主体の表現〉というようなことも、根底に叙情を据えておきたい、まあこういうことです。
シュールレアリズムですね、現実は退屈で、浅い、超現実の世界に得たイメージこそすばらしい、あるいは大橋嶺夫君じゃないけどもよく感じたもののイメージというふうなものはすばらしい。確かにそのとおりです。そのとおりですが、超現実の世界のイメージ、大橋君がそう言ってるわけじゃないですよ、大橋君はもっと一般的に言ってるわけですが、超現実のイメージだからすばらしいということは絶対にないと思いますね。つまりなになにイズムでとらえたものがこれだからすばらしい、例えばリアリズムのものがすばらしいとかね、超現実の世界のものがすばらしいとか、アブストラクトの世界のものがすばらしいとかね、そういうことはないと私は思います。そういうものがあるように考えておって、なにか特定の対象、あるいはイデオロギッシュな方法ってなものを考えたりすることは、それ自体の意義は認めますが、過大評価はまちがいだと思ってます。それだけで済ませられるものではない。そんなことじゃなくって、超現実の世界が感の昂揚に支えられたとき、それがすばらしいんだと思います。つまり叙情によってしたたかに支えられたときリアリズムは生きると思います。
だから言葉にいたしましてもですね、言葉プロパーに執して練られた言葉だから美しいなんてことは世の中にないと思います。いまの俳壇の一部に流行しているいわゆる言葉だけがすべてみたいな議論がありますが、私は、これは便宜主義だと思います。言葉がどんなに練られようと、鯱立ちをしようと、言葉だけで美しいなんてことはございません。言葉を美しくするものは、叙情です。叙情が美しいから言葉が美しいんです。それ以外にはありえない。私はそれを確信しています。(一三五号)
『海のみちのり 三十周年・評論集成』/海程会1992/P25
初出:『海程』135号

