2022年秋【第4回】兜太通信俳句祭《結果発表》

『海原』No.44(2022/12/1発行)誌面より

2022年秋【第4回】兜太通信俳句祭《結果発表》

 第4回を迎えました「兜太通信俳句祭」。参加者数は計110名。出句数は計220句でした。大勢の方のご参加、あらためまして厚く御礼申し上げます。
 参加者全員に出句一覧を送付。一般選者の方々には7句選、22名の特別選者の方々には11句選(そのうち1句特選・10句秀逸)をお願いしました。
 以下、選句結果、特別選者講評となります。(まとめ・宮崎斗士)

☆ベストテン☆

《35点》
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士

《25点》
白雨ですぼくを象どる僕のシャツ 大沢輝一
この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子

《17点》
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子

《16点》
ひとり身の怒りは不発ころんと枇杷 森由美子

《15点》
草いきれ痩せっぽっちの特攻碑 藤田敦子

《14点》
投句てふ生存証明すべりひゆ 黒済泰子

《13点》
蜩や引き延ばされた僕がいる 高木水志
恋は疲れます助手席の残暑 梨本洋子

《12点》
もだという水のさみしさ青鬼灯 伊藤淳子

【11点句】
地球儀に焼け焦げ二つ原爆忌 竹田昭江
大根蒔くゆっくり回り出す地球 嶺岸さとし

【10点句】
哀しみは遅れてきます木洩れ月 遠藤路子
師の口調浴びたき渇き晩夏光 小田嶋美和子
つくつくぼうしひりひりと今できること 遠山郁好
よく生きて純粋無職稲の花 松本勇二

【9点句】
裸電球背中は一本の廊下 三枝みずほ

【8点句】
アルバムをにこにこ出でる盆の母 川崎千鶴子
震災忌言葉ぽきぽき折れやすき 北上正枝
豆腐屋の奥で首振る扇風機 近藤真由美
遺失物にわたしと記す葛の花 竹田昭江
星涼しわれら明るき草である ナカムラ薫
背に負いし妹喜寿を過ぐ敗戦忌 野口佐稔
八月やただ幽体として過ぎる 若森京子

【7点句】
輪転機に夏の海鳴り世の地鳴り 赤崎裕太
反戦論ぶって少女の藍浴衣 上田輝子
炎昼の広場はいつも沼のかたち 尾形ゆきお
師を慕う世界にひとつの月を見て 高橋明江
糸とんぼ同級生と喪服着て 舘岡誠二
噴水の穂先の光り二度生きる 藤盛和子
決めるのはあしたの自分弟切草 三木冬子
青虫の冷たい弾力原爆忌 村松喜代
薄紙にくるむさよなら沙羅の花 室田洋子

【6点句】
向日葵のすっくと高し 9条よ 伊藤巌
真昼間の匂い揚羽が死んでいる 榎本祐子
毀れた戦車と平熱のかたつむり 大西健司
カンナ燃ゆゼレンスキーの窪んだ眼 川崎千鶴子
八月忌便器の横に核ボタン 木村寛伸
譜面無きパンデミック晩夏のジャズ 木村寛伸
雨の甘野老あまどころささやくような母の祈り 黒岡洋子
狙撃手の心中に洞蚊食鳥 小林育子
満月の鬣となる反戦歌 三枝みずほ
寂しさがふと零れ落ち遠花火 清水恵子
少年に激突さるる夕立かな 菅原春み
夕焼けこやけ国が大きな貌をして すずき穂波
白鳥が白鳥呼んでいる遺句集 芹沢愛子
巨星なき世は漂泊のマスクして 立川弘子
青々と死地ありやませ這い廻る 中村晋
炎天の転がっているハイヒール 丹生千賀
蠅たかるただそれだけの八月だつた 野﨑憲子
掌中のほたる師は師であり続け 船越みよ
さわさわと布衣の交わり良夜かな 増田暁子
花火果て薄荷ドロップだけ残る 村松喜代
長老となりし長男田水張る 山本弥生

【5点句】
空に罅入る音してジギタリス 上田輝子
青大将逆光という全長感 大沢輝一
黒葡萄はたと国葬に反対です 大髙洋子
戦するなとはひまわりの花ことば 北村美都子
地下足袋の父は忍者か鬼やんま 佐藤君子
鰍とて反骨の相秩父谿 篠田悦子
蝉の殻防弾チョッキで守れぬもの 芹沢愛子
泣かぬ子と海を見つめていた終戦 田中信克
茄子の馬まだ走るなよはしるなよ 丹生千賀
蜆蝶そうしてそっとわたしの靴 平田薫
五万の墓標ひとつひとつのひまわり 平田恒子
爽やかに母悲します齢かな 福岡日向子
搾乳のだるき温みや銀やんま 藤好良
眠剤依存月夜は海のしずけさ 船越みよ
少年のピアス仄かに蘭の気配 三浦二三子
星月夜地上のロゴス干涸びて 嶺岸さとし
蟻地獄つまらなそうな顔の母 室田洋子
星きらり光年という皮膚感覚 望月士郎
かなかなに呼ばれるときの掌の湿り 茂里美絵

特別選者の選句と講評☆一句目が特選句

【安西篤選】
盆トンボ出来ないものにあるがまま 松本勇二

三代の寝相そっくり烏瓜 西美惠子
遠い戦禍ドミノ倒しに末枯れる 疋田恵美子
師の口調浴びたき渇き晩夏光 小田嶋美和子
少年に激突さるる夕立かな 菅原春み
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子
遺失物にわたしと記す葛の花 竹田昭江
アルバムをにこにこ出でる盆の母 川崎千鶴子
青大将逆光という全長感 大沢輝一
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
反戦論ぶって少女の藍浴衣 上田輝子
  ◇
 〈盆トンボ〉、兜太俳句祭ともなれば、兜太師を偲ぶ句が輩出するのは当然ともいえるが、その生きざまに学ぶという具体的な姿勢を打ち出している句は少ない。「盆トンボ」におのれの追悼の想いを重ねているところもいい。とても真似のできない「あるがまま」の生きざまとは、まさに当を得ている。上五、中下の流れは素直な気分として受け取れる。
 〈三代の〉、ぶら下がる烏瓜の実は、祖父母から三代にわたる寝相のようにそっくり受け継いで。〈遠い戦禍〉、ウクライナの戦禍を想望し、今、末枯れる野の景に、その状況を思い重ねる。〈師の口調〉、兜太師が生前、厳しくも的確な口調で容赦なく指摘された言葉を、今晩夏光の中で、今一度浴びたいものと渇くように求める想い。〈少年に〉、少年が急な夕立の中へ、激突せんばかりの勢いで走り出る。そのひたむきでまっしぐらな姿。〈撃つなイワンよ〉、侵攻する若きロシア兵(イワン)に、撃たないでくれ、向日葵畑のなかには、母がいる。君にもそんな母がいるだろうにと呼びかける。〈遺失物に〉、イメージ上の私としての存在が、いつの間にか見失われて、遺失物として届けるなら、「わたし」と届けたい気持ち。〈アルバムを〉、母の新盆だろうか。思い出のアルバムを繰って、在りし日の母を家族で思い返している。母の写真は、アルバムからにこにこと出てくるかのように、懐かしい。〈青大将〉、逆光の叢から青大将が踊り出てきた。まさにその全長を光の中に晒しつつ。〈小鳥来る〉、母からの手紙は、小鳥のように小さく跳ね回り、誤字いっぱいだが、それこそ母らしい手紙のありよう。それでいいのだ。〈反戦論〉、夕涼みの縁台に集いあう少女たち。その中の藍浴衣の一人が、折からのウクライナ戦争の反戦論をぶっている。素直な心情まざまざ。

【石川青狼選】
反戦論ぶって少女の藍浴衣 上田輝子

この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
朝曇かたみに鬱を分かち合い 安西篤
封切の「ひまわり」君と見し二十歳 黒済泰子
ひとり身の怒りは不発ころんと枇杷 森由美子
むぎわらとんぼ機影に草木靡くよ 川田由美子
とんぼ来て人間もまた水抱く星 中村晋
眠剤依存月夜は海のしずけさ 船越みよ
鰍とて反骨の相秩父谿 篠田悦子
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
恋は疲れます助手席の残暑 梨本洋子
  ◇
 〈反戦論〉ロシアによるウクライナへの侵攻には誰もが衝撃を受けて、平和というものが一瞬に奪われていく理不尽さに怒りを覚えた。掲句の少女も、俄にウクライナ戦争を身近に感じて反戦論をぶっているのだ。すっかり薄らいできた60〜70年代の反戦を声高に叫んでいた時代とだぶらせる作者であるか。平和に包まれている日本の夏の少女の藍浴衣がなんとも象徴的である。あらためて反戦を声に出して論議することの大事さを痛感。
 〈この星の〉〈封切の〉〈むぎわらとんぼ〉なども、ベースには反戦を意識しての自己の思いをそれぞれの形で表現している。特に映画の「ひまわり」の封切の時代背景とウクライナの現状の背景とがリンクしてくる。〈朝曇〉〈眠剤依存〉には現代が抱え込んでいる鬱屈感が語られている。その重苦しさを〈小鳥来る〉の誤字いっぱいの母親像がなんとも底抜けに明るい句で気持ちを楽にしてくれた人生詠。もっともっと明るい俳句が詠める時代になってもらいたい。〈恋は疲れます〉の助手席の残暑感もアンニュイでなるほど感が伝わって来た。恋の俳句にもたくさん出会いたいものだ。

【伊藤淳子選】
白鳥が白鳥呼んでいる遺句集 芹沢愛子

寂しさがふと零れ落ち遠花火 清水恵子
風待ちの港揚羽の高く飛ぶ 大西健司
朝曇かたみに鬱を分かち合い 安西篤
中今なかいまや歩む私と蝸牛 梨本洋子
水時計かの日かのとき群れとんぼ 山中葛子
遺失物にわたしと記す葛の花 竹田昭江
爽やかに母悲します齢かな 福岡日向子
眠剤依存月夜は海のしずけさ 船越みよ
百日紅自粛のもだに耐えており 安西篤
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
  ◇
 特選句〈白鳥が〉遺句集を頂いて手にした時の強い淋しさと懐かしさ。白鳥のイメージが重なって、その鳴き交わす声が水面に響いて、さまざまな思い出をよみがえらせてくれる。
 秀逸句〈寂しさが〉大きな景の中にふと訪れる寂しさがよく感じられる。〈風待ちの〉神奈川県舞鶴あたりの雰囲気が書けている。〈朝曇〉朝起きた時のすっきりしない気分。〈中今や〉中今という言葉の斡旋で一句が成立している。〈水時計〉かつて金子先生とご一緒に中国の博物館で古代の水時計を見た。「かの日かのとき」が心に響く。〈遺失物〉遺失物はまさに私である。同感。〈爽やかに〉母と子の微妙な関係がさらりと書けて魅力あり。〈眠剤依存〉眠剤を使っている人が多いと聞くが眠りにつくときの空気感が感じられる。〈百日紅〉三年にもなるコロナの自粛期間に花期の長い百日紅は良き配合である。〈小鳥来る〉母への愛がやさしい。かつては誤字など書くことがなかった母なのである。

【大沢輝一選】
真昼間の匂い揚羽が死んでいる 榎本祐子

大根蒔くゆっくり回り出す地球 嶺岸さとし
カンナ燃ゆゼレンスキーの窪んだ眼 川崎千鶴子
蠅たかるただそれだけの八月だつた 野﨑憲子
八月忌便器の横に核ボタン 木村寛伸
震災忌言葉ぽきぽき折れやすき 北上正枝
戦するなとはひまわりの花ことば 北村美都子
八月を消えないうちに保存する 野口佐稔
アルバムをにこにこ出でる盆の母 川崎千鶴子
茄子の馬まだ走るなよはしるなよ 丹生千賀
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
  ◇
 〈真昼間の匂い揚羽が死んでいる〉この作品を特選句に戴きました。真昼間に揚羽蝶が死んでいるという不思議な事実。真昼間の匂いとしか言い表わせないもどかしさ。日本人のあの忌まわしい敗戦が甦ってきます。
 〈大根蒔く〉という極上の至福の平和。〈カンナ燃ゆ〉ウクライナへのロシアの軍事侵攻。ゼレンスキーさんの窪んだ眼の映像が印象深い。〈蠅たかる〉今正に蠅がたかっている政治。臭います。時事俳句の一つ。〈八月忌〉意外な場所にある核ボタン。絶対に押したくない。触れたくない核のボタン。〈震災忌〉震災に遭遇しなければ書けない詠めない句。〈戦するな〉ひまわりの花ことば。今わかりました。〈八月を〉八月と敗戦を結び付けたくないが、どうしても日本人を離れることが出来ません。〈アルバムを〉〈小鳥来る〉どちらも母恋の俳句。思慕が溢れる。〈茄子の馬〉「まだ」を見つけた品の良い作品。本当にまだ走るなよはしるなよ、でありたい。

【大西健司選】
恋は疲れます助手席の残暑 梨本洋子

人になる前の我立つ夏怒濤 三浦二三子
寂しさがふと零れ落ち遠花火 清水恵子
この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
花火果て薄荷ドロップだけ残る 村松喜代
星涼しわれら明るき草である ナカムラ薫
カンナ燃ゆゼレンスキーの窪んだ眼 川崎千鶴子
遺失物にわたしと記す葛の花 竹田昭江
鎮魂の長岡花火草匂う 岡村伃志子
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
反戦論ぶって少女の藍浴衣 上田輝子
  ◇
 今回もまた熱気溢れる句が並んだ。そんな中特選にいただいたのが〈恋は疲れます〉という一句。導入部は少し俗っぽいのだが、何より「助手席の残暑」が秀逸。どこかどんよりとした助手席の空気感が恋の行方を暗示しているのだろう。
 また最後まで迷ったのは〈小鳥来る〉。あのしっかりしていた母もいつしか誤字だらけの手紙を寄こすようになっている。その愛しさがせつない。

【川崎益太郎選】
封切の「ひまわり」君と見し二十歳 黒済泰子

向日葵や「ひまわり」はもう開かない 伊藤巌
空蝉は未完の大河コスモロジー 増田天志
血縁の黴兄永らえて孤独 森鈴
菊酒や姥捨て山は宇宙にも 塩野正春
八月やただ幽体として過ぎる 若森京子
満月の鬣となる反戦歌 三枝みずほ
泥舟のいつ来る銀河逃避行 川森基次
八月忌便器の横に核ボタン 木村寛伸
投句てふ生存証明すべりひゆ 黒済泰子
戦するなとはひまわりの花ことば 北村美都子
  ◇
 特選〈封切の〉、その昔、確かに観た映画。喜寿にこんな形で蘇るとは。
 秀逸〈向日葵や〉、向日葵と「ひまわり」は違う花になった。ウクライナの惨事。〈空蝉は〉、空蝉はどこかで生きている。〈血縁の〉、血縁の黴のような兄、憎まれっ子世にはびこる。〈菊酒や〉、宇宙にも溢れる宇宙ゴミ。〈八月や〉、八月は死者、生者等、幽体の行き交う。〈満月の〉、満月に鬣つけてどこへ行く。〈泥船の〉、銀河を逃げようとしても泥船ではね。〈八月忌〉、便器にはボタンいろいろ、間違えるな。〈投句てふ〉、年賀状より投句。〈戦するな〉、新しい花言葉が出来た不幸。
 今年のヒロシマ平和祈念俳句大会でも、夾竹桃はあまりなく、向日葵が何時になく多く見られた。一日も早い戦争の終結を願う気持ちの表れであろう。

【北村美都子選】
鰍とて反骨の相秩父谿 篠田悦子

風待ちの港揚羽の高く飛ぶ 大西健司
満月の鬣となる反戦歌 三枝みずほ
蝉しぐれの声太きありひょっとして 吉澤祥匡
青々と死地ありやませ這い廻る 中村晋
秋の虹無垢の地点に根を降し 立川弘子
白鳥が白鳥呼んでいる遺句集 芹沢愛子
少年のピアス仄かに蘭の気配 三浦二三子
もだという水のさみしさ青鬼灯 伊藤淳子
八月の十指黙ってなにか言う 藤田敦子
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
  ◇
 特選句〈鰍とて〉背景に秩父事件を窺わせつつも諧味を含む一句の表情が、独特の興趣を喚起する。秩父は人々のみならず、谿や、その清流に棲む鰍さえも反骨心を持っているという。一種のアニミズム的把握には、兜太先生へのオマージュの側面もあるような…。
 秀逸句〈風待ちの〉高く飛ぶ、は作者の心意の表象。〈満月の〉前衛映画的。〈蝉しぐれの〉ひょっとして、の言い差しに続く言葉は、兜太先生の声かもしれないとの謂。〈青々と〉みちのくの実態と、その内実の表白か。〈秋の虹〉虹の清浄感に重なる心性の無垢。〈白鳥が〉遺句集の白鳥と鳴き交すかのような白鳥の声…詩的にして切ない。〈少年の〉甘く清らにして仄かなるエロス。〈もだという〉水への視感が新しい。青鬼灯、も効いている。〈八月の〉黙って――言う、の逆説的叙法による八月を思う心の深さ。〈小鳥来る〉母の老いへの寛容が読み手をも和ませる。「お母さん、小鳥が渡って来ましたね!」。

【こしのゆみこ選】
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子

鎌倉は大きな柩蟻地獄 長谷川順子
よく生きて純粋無職稲の花 松本勇二
決めるのはあしたの自分弟切草 三木冬子
白雨ですぼくを象どる僕のシャツ 大沢輝一
糸とんぼ同級生と喪服着て 舘岡誠二
敗戦日パーマネントの客一号 石橋いろり
八月忌便器の横に核ボタン 木村寛伸
青虫の冷たい弾力原爆忌 村松喜代
蜆蝶そうしてそっとわたしの靴 平田薫
炎昼の広場はいつも沼のかたち 尾形ゆきお
  ◇
 ひまわりがウクライナの国花ということから、この「兜太祭」も多くの「ひまわり」が語られている。ひとりでも多くのみんながひまわりを詠んで、ひまわりにまつわる多くの物語を知り、この地球上から戦争をなくしてゆく声となることを願わずにいられない。
 特選の〈撃つなイワンよ〉の句は衝撃だった。このイワンは私たちが知っているロシアの民話『イワンのばか』の朴訥で無欲なイワンだったはずである。そのイワンが銃を構えているのである。我が国日本だって近所の太郎くんや甥の次郎がいつの間にか戦地に送られる時が来るかも知れないのだ。その普通の人が銃を持つ戦争。第二次世界大戦後、ウクライナのひまわり畑には無数の兵士が眠っているという。そのひまわりの咲く畑に私の母やあなたの母が逃げて潜んでいるのだ。それはけして絵空事ではない現実の、家のすぐ近くにある隠れる場所としてのひまわり畑がそこにひろがる。何年か前、果てしなく続くひまわり畑の道をバスで通った記憶と映画『ひまわり』のシーンと重なり、ウクライナの女性がロシア軍兵士に対峙し「あなたが命を落とした時に、その場所から花が咲いてほしい。だから、ひまわりの種をポケットに入れなさい」というエピソードを知ったりして、この句の一語一語が身にしみる。

【芹沢愛子選】
蜩や引き延ばされた僕がいる 高木水志

秋蝶よ屈葬の村いずくんぞ 堀之内長一
黒葡萄はたと国葬に反対です 大髙洋子
夕焼けこやけ国が大きな貌をして すずき穂波
いちにちが旅人であったか向日葵 伊藤淳子
師を慕う世界にひとつの月を見て 高橋明江
ひとり身の怒りは不発ころんと枇杷 森由美子
さとうきび畑ぎりぎりまで遊ぶ 小松敦
つくつくぼうしひりひりと今できること 遠山郁好
眠剤依存月夜は海のしずけさ 船越みよ
狙撃手の心中に洞蚊食鳥 小林育子
  ◇
 特選〈蜩や〉。蜩の声に囲まれた作者。アニメのようなシュールな映像を「僕」自身が俯瞰している構造が新鮮。油蝉とは違い蜩の蝉時雨には浮遊感があり、自分が引き延ばされていくような……。感覚の句。
 〈秋蝶よ〉少し前までは山村などで土葬の風習が残っていた。屈葬は胎児の姿を真似ることで再生を祈っていたとも言われる。村という共同体への原点回帰とも望郷の念とも思える。〈黒葡萄〉「はたと」気付き言語化してみた作者の姿勢はきっと一貫してリベラルなのだろう。〈夕焼けこやけ〉国民が軽く見られている悔しさ。「夕焼けこやけ」で日が沈む国。〈いちにちが〉「一日を旅人のように過ごした」「いちにちが旅人のように自分を通り過ぎて行った」という二つの読みができる。さらに向日葵も旅するようなイメージまで。境涯に傾きすぎず明るい漂泊感が好き。〈師を慕う〉唯一無二と敬愛する師と月を重ねている一途さに惹かれた。〈ひとり身の〉「怒りは不発」がもやもやとした孤独感を良く表現している。わたくし的には「ころんと」が演出的なのでもう少しあっさりさせたい。〈さとうきび畑〉過酷な歴史を持ち今も戦争に一番近いように思える沖縄。「ぎりぎりまで遊ぶ」にただ事ではない命の燃焼を感じる。〈つくつくぼうし〉「ひりひり」というオノマトペが時代の空気を良く捉えている。〈眠剤依存〉入眠剤に頼り自分だけの静寂の中にいる孤独。〈狙撃手の〉「心中に洞」に心が痛む。帰還兵の多くがPTSDに苦しんでいる。

【高木一惠選】
夕焼けこやけ国が大きな貌をして すずき穂波

兜太著に『詩形一本』滝こだま 北村美都子
風待ちの港揚羽の高く飛ぶ 大西健司
青空へ肩で風切る稲刈り機 鱸久子
蟬鳴くや己の呪文抱きしめて 高木水志
草いきれ痩せっぽっちの特攻碑 藤田敦子
長老となりし長男田水張る 山本弥生
蠅たかるただそれだけの八月だつた 野﨑憲子
盆トンボ出来ないものにあるがまま 松本勇二
投句てふ生存証明すべりひゆ 黒済泰子
星きらり光年という皮膚感覚 望月士郎
  ◇
 コロナ禍もウクライナのことも、個人では背負いきれない課題を負わされた感じで、畢竟「国」の存在が前面に出てきます。特選句〈夕焼けこやけ国が大きな貌をして〉はそんな国情また民情をふわりと詠み留めました。上五が導く童謡の「夕焼けこやけ」が世に出たのは関東大震災のすぐ前だそうですが、時代の大波を乗り越えて歌い継がれたのは、懐かしい原郷に繋がるからでしょうか。
 特選に並べたい〈蠅たかるただそれだけの八月だつた〉は原爆忌と断ってはいませんが、被爆者に突き付けられた現実を、「蠅たかる」がずばり象徴しました。止めの「た」を切字とすれば、中七はやや強すぎたでしょうか。〈星きらり光年という皮膚感覚〉昨今、宇宙探査機が伝えてくれる映像を楽しんでいますが、「光年」で数えたら一吹きの生命体だということをつい忘れて、でも極くたまには痛みも感じるわが光年感覚です。

【舘岡誠二選】
「戦はならぬ」兜太師叫ぶ八月の濤 宇川啓子

三代の寝相そっくり烏瓜 西美惠子
背に負いし妹喜寿を過ぐ敗戦忌 野口佐稔
地球儀に焼け焦げ二つ原爆忌 竹田昭江
草いきれ痩せっぽっちの特攻碑 藤田敦子
白鳥が白鳥呼んでいる遺句集 芹沢愛子
親と子の残像として蛍の火 藤盛和子
アルバムをにこにこ出でる盆の母 川崎千鶴子
毀れた戦車と平熱のかたつむり 大西健司
誰も来ぬ葬儀や秋の蝉鳴ける 武藤幹
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
  ◇
 「戦はならぬ」兜太師叫ぶ八月の濤
 ロシアのウクライナへの軍事侵攻は多くの人の命を絶ち、強硬残虐。激しいロシアの攻撃により、ウクライナの子ども一人が泣いて道路を歩いている姿がテレビで何度も放送されたのを見て、哀れで悲しく辛く思った。
 自分は太平洋戦争で叔父二人が戦死した。一人はフィリピン・レイテ島と、一人はマリアナ島であった。小生五歳の時。
 金子兜太先生は南洋トラック島で厳しい戦火の人生体験。この作品は金子先生の平和への思いを十分伝えている。

【遠山郁好選】
青芝に雨降りやすき椅子を置く こしのゆみこ

噴水の穂先の光り二度生きる 藤盛和子
この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
花火果て薄荷ドロップだけ残る 村松喜代
掌中のほたる師は師であり続け 船越みよ
星涼しわれら明るき草である ナカムラ薫
山の老女の手真似涼しき文楽よ 野田信章
甘噛みの秋のいるかはわたしです 宙のふう
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子
もだという水のさみしさ青鬼灯 伊藤淳子
アンバランスな顔ね遠雷を聞きましょう 榎本祐子
  ◇
 特選〈青芝に〉、青芝に雨が降り、その青さが目に沁みる。そして一脚の椅子が濡れている。それだけのことだけど、雨を降らせているのは、「雨降りやすき椅子」という孤独な椅子。なにげない日常のさりげないこと。それを繊細にやわらかく、しみじみと人のせいの営みを感じさせる句。
 〈噴水の〉、金子先生の著書の『二度生きる』に拠る句か。「穂先の光り」が日常の中のさりげなく明るい未来を予感させる。〈この星の〉、今この星で起きている舌打ちしても解決しない諸々のこと。でも木の実が落ちるのは軽い舌打ち。〈花火果て〉、花火が終わった直後の、あのなんとも言えない感覚が、薄荷ドロップを提示してより鮮明に甦る。〈掌中の〉、師に対する想いが蛍を通してストレートに書かれていて惹かれる。〈星涼し〉、われら民は民草であり青人草であるが、「星涼し」「明るき草」と作者の人生を肯定する姿勢に励まされる。〈山の老女の〉、涼しき山国の風景と山ぐにの老女の暮しが生き生きとドラマティックに書かれていて魅力的。〈甘噛みの〉、一句を通して、ほのかに匂うような甘い感じが、なんともいえなくいい感じ。〈撃つなイワンよ〉、イワンやひまわりに象徴される、今の理不尽で許されない、ロシアのウクライナへの侵攻。〈もだという〉、黙を水のさみしさと捉える作者の繊細で犯し難い孤。〈アンバランスな〉、「アンバランスな顔」からピカソの絵の顔、又顔の右と左では別々のことを考えている人の顔など、様々想像できて面白い。遠雷も程よい配合で効果的。

【中村晋選】
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士

この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
渋谷東横屋上遊園地の西日 松本千花
AIに墓場あるのか盆の月 佐藤詠子
草いきれ痩せっぽっちの特攻碑 藤田敦子
蠅たかるただそれだけの八月だつた 野﨑憲子
ひとり身の怒りは不発ころんと枇杷 森由美子
土を蹴る羽抜鶏ですラテン系 加藤昭子
もだという水のさみしさ青鬼灯 伊藤淳子
裸電球背中は一本の廊下 三枝みずほ
狙撃手の心中に洞蚊食鳥 小林育子
  ◇
 今回選をしながら思ったのは、「映像の連鎖」ということ。特選にいただいた〈誤字いっぱいの母〉には、野口英世の母のあの手紙を思わずにはいられない。そして〈木の実〉の「舌打ち」には宮澤賢治の童話的世界。
 〈屋上遊園地の西日〉には、映画「三丁目の夕日」。〈AI〉の墓場からはノーベル文学賞作家カズオ・イシグロの『クララとお日さま』。〈やせっぽっちの特攻碑〉は、なぜか宮崎駿の映画『風立ちぬ』につながった。あるいは吉村昭の小説『零式戦闘機』にも。
 〈蠅たかる〉八月は、井伏鱒二『黒い雨』とか、大岡昇平『野火』とか。〈ひとり身の怒り〉にはひとり身ではなくとも、単なる広報的な毎日のテレビ報道の映像が思い浮かぶ。〈羽抜鶏〉には、いつかどこかで見たドキュメンタリー映画のワンシーンを思い出す。
 〈水のさみしさ〉の映像には、なぜか脈絡なく、小津安二郎『東京物語』的な世界につながり、〈一本の廊下〉からは「戦争が廊下の奥に立ってゐた渡辺白泉」の廊下が見えるような思い。〈狙撃手の心中〉を思うとき、スベトラーナ・アレクシェービッチが記録した女性兵士たちの心に触れる感覚。…というように、かなり的外れな映像の連鎖かもしれませんが、「誤読いっぱいの選者でいい」と、ご海容いただければ幸いです。最後に、他にも採りたかった句が多数あったことを付け加え、筆を擱かせていただきます。

【野﨑憲子選】
兜太亡く雷遊ばなくなりぬ武州 篠田悦子

譜面無きパンデミック晩夏のジャズ 木村寛伸
雨の甘野老あまどころささやくような母の祈り 黒岡洋子
白雨ですぼくを象どる僕のシャツ 大沢輝一
八月やただ幽体として過ぎる 若森京子
カンナ燃ゆゼレンスキーの窪んだ眼 川崎千鶴子
合歓昏れる眠たいときは眠るのです 長谷川順子
五万の墓標ひとつひとつのひまわり 平田恒子
炎昼の広場はいつも沼のかたち 尾形ゆきお
アンバランスな顔ね遠雷を聞きましょう 榎本祐子
踊り子草川音辿れば生家見ゆ 山本弥生
  ◇
 特選句〈兜太亡く〉は、「利根川と荒川の間雷遊ぶ(金子兜太)」を踏まえた作品。師のご存命の頃には、ロシア軍のウクライナ侵攻も、パンデミックもなかった。また雷が遊ぶ地球に戻って欲しいという切なる思いから特選にいただいた。〈譜面無き〉今も第七波のパンデミックの渦中。こうなればもう、コロナウイルスもろともにジャズを楽しみたい心境。〈白雨です〉夕立の中びしょ濡れで立っている光の塊のような少年を思った。今回は、多面的に作品を選ばせていただいた。
 暗雲が世界を覆い尽くそうとしている今だからこそ、言霊の幸ふ国である日本の、「俳諧自由」の精神に則った、他界も現世も、国境も、縄張りもない「いのちの空間」から発する愛語のような世界最短定型詩を強烈に発信してゆくことが、地球を救う何よりの未来風となると、それが師の願いであると強く感じています。
 宮崎斗士さんのお陰様で、兜太通信俳句祭も四回目を迎えました。とても楽しく豊かな時間をありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

【野田信章選】
栃だんご非戦の笑みや草城子 大髙宏允

空に罅入る音してジギタリス 上田輝子
黒葡萄はたと国葬に反対です 大髙洋子
カンナ燃ゆゼレンスキーの窪んだ眼 川崎千鶴子
白鳥が白鳥呼んでいる遺句集 芹沢愛子
青虫の冷たい弾力原爆忌 村松喜代
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子
蟻地獄つまらなそうな顔の母 室田洋子
つくつくぼうしひりひりと今できること 遠山郁好
毀れた戦車と平熱のかたつむり 大西健司
鰍とて反骨の相秩父谿 篠田悦子
  ◇
 八月。日本のいちばん重たい月を経て、兜太祭の作品を拝読する中で〈黒葡萄〉〈カンナ燃ゆ〉の「窪んだ眼」、〈青虫の〉〈毀れた戦車〉〈撃つなイワン〉の直截的な切れ味の句は日本の来し方と行方について問いかけてくる手応えがあります。
 その中で〈栃だんご非戦の笑みや草城子〉の一句はやや鈍刀の切れ味かと読んでいます。「海程」初期から地道に作句を続けて来られた草城子俳句には社会性のある直截的な句は見えず、濃尾平野の一角に腰を据えた土着の眼差しのある句が多い。私もまたその句柄の素朴さに共鳴している一人である。「栃だんご」を前にしての笑みを「非戦の笑み」と言い切ることは草城子の生き様とその実作品に対しての畏敬の念あればこその一句かと存じます。

【藤野武選】
蠅たかるただそれだけの八月だつた 野﨑憲子

花火果て薄荷ドロップだけ残る 村松喜代
滴りの絶滅哺乳類図鑑より こしのゆみこ
少年に激突さるる夕立かな 菅原春み
炎天の転がっているハイヒール 丹生千賀
蟻地獄つまらなそうな顔の母 室田洋子
搾乳のだるき温みや銀やんま 藤好良
爽やかに母悲します齢かな 福岡日向子
もだという水のさみしさ青鬼灯 伊藤淳子
蜩や引き延ばされた僕がいる 高木水志
秋山や草を山ほど刈らねばと 豊原清明
  ◇
 特選〈蠅たかるただそれだけの八月だつた〉は、シンプルな句である。よって読み手はさまざまに想像を膨らますことができる。とはいえ、作者の創作の意志はおそらく強い(当然、趣味的俳句とは違う)。
 「八月」とは、戦争が終わったあの八月のことだと、私は受けとる。ゆったりとした韻律と内容は、戦争を生き残ったという安堵と、国民に死を強いてきた権力が一瞬消え失せた、喪失と自由と解放の思いが入り混じった、どこか捉えどころなき茫洋とした空気感を表現し得ている。そしてまたこの情況は、ただそれだけで満ち足りたものだったのだ。さらに「蠅たかる」映像は、「たかる」蠅と「たかられる」人間の双方ともが、(この権力の空白期に生じた)先入観や偏見の消え失せた純粋な「生きもの」として存在していて、「生きものたちの」本質的な在るべき姿を想起させるのだ。
 「過去」を(その瞬間を)語ってこの句は、「現在」の私たちに、「何か大切なものを失ってはいないか」という問いを、突き付けているように思われる。

【堀之内長一選】
搾乳のだるき温みや銀やんま 藤好良

よく生きて純粋無職稲の花 松本勇二
この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
菊酒や姥捨て山は宇宙にも 塩野正春
蝉の殻防弾チョッキで守れぬもの 芹沢愛子
草いきれ痩せっぽっちの特攻碑 藤田敦子
からすうりの花の夕べは蛇畏れ 遠山郁好
青々と死地ありやませ這い廻る 中村晋
長老となりし長男田水張る 山本弥生
秋の虹無垢の地点に根を降し 立川弘子
蜩や引き延ばされた僕がいる 高木水志
  ◇
 いつもながら迷いつつ、搾乳という題材のもつ魅力に引き寄せられて特選に。この搾乳は機械ではなく、手で絞るときの感触をとらえたものと思う。搾りたての乳は確かに生ぬるい。生きものの体温が伝わってくるのだから当然だが、ポイントは「だるき」である。日常も私の気分も、さらに言えば、日本の酪農を取り巻く状況もいつもだるいなあ、とまで深読みをしてしまう。配された銀やんまの明るさに、かすかな希望を託したい。生活の中から生まれた叙情の句である。
 〈よく生きて〉純粋無職が面白い。この境地、ただ満足だけではない、かすかなニヒリズムの匂いも。〈この星の〉あまり良いイメージのない舌打ちという言葉が現在の気分をとらえる。木の実の落ちる音さえも。〈菊酒や〉姥捨て山もついに宇宙へ。めでたい菊酒だからこその妄想と俳諧味。〈蝉の殻〉直情とはこれか。防弾チョッキでは防げないものに思いを馳せる。〈草いきれ〉痩せっぽっちという捉え方が胸に迫る。すべてが痩せていく。〈からすうりの花〉夏の夕べの幻想、蛇は何の象徴なのか。〈青々と〉やませと聞くだけで北国の夏の荒涼が浮かんでくる。重い句である。〈長老となりし〉長寿社会の喜びとさみしさか。長老という言葉はもう失われたと思っていたが、ここに復活した。〈秋の虹〉虹のもつ象徴性を個性的に表現した。無垢の地点がいい。無垢が失われた世界への鎮魂のようにも。〈蜩や〉引き延ばされた僕はどういう状態にいるのだろう。謎をはらんだ若々しい心身を感じる。
 ほかにも好句がたくさん。「海原」連中の多才な、そして多彩な個性を楽しんだ。宮崎斗士さんのご苦労に感謝しつつ、これからもどうぞ限りなく続けてください。

【松本勇二選】
青虫の冷たい弾力原爆忌 村松喜代

糸とんぼ同級生と喪服着て 舘岡誠二
師の口調浴びたき渇き晩夏光 小田嶋美和子
地球儀に焼け焦げ二つ原爆忌 竹田昭江
長老となりし長男田水張る 山本弥生
栃だんご非戦の笑みや草城子 大髙宏允
投句てふ生存証明すべりひゆ 黒済泰子
秋暑し豆焦がしたりずっこけたり 森鈴
裸電球背中は一本の廊下 三枝みずほ
アンバランスな顔ね遠雷を聞きましょう 榎本祐子
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
  ◇
 特選の〈青虫の冷たい弾力原爆忌〉は原爆忌に青虫を取り合わせ、今まであまり見ない原爆俳句となった。青虫を持つと意外に冷たい、そして弾力が指先から伝わる。冷たさも弾力も原爆と大きく距離があるが、あの無抵抗な様子が戦争に抗えなかった往時と、遠いところで繋がる。兜太先生の「生きもの感覚」の典型となる作品で、忘れていた手法を思い出させていただいた。
 〈投句てふ生存証明すべりひゆ〉の上五中七が言い得て妙である。「海原」などで投句者名を見て「あの人も元気でやっているなあ。」と、確認する様を逆から書いている。季語も生命力を思わせるもので上手く受けている。
 〈栃だんご非戦の笑みや草城子〉は森下草城子氏のことか。全国大会などで、軽妙で必ず笑いを取るお話を、懐かしく思い出させていただいた。栃だんごののっぺりとした武骨さも、風土詠を得意とした草城子氏によく合っている。

【茂里美絵選】
八月やただ幽体として過ぎる 若森京子

譜面無きパンデミック晩夏のジャズ 木村寛伸
哀しみは遅れてきます木洩れ月 遠藤路子
狭き門あり家畜化われに白萩に 高木一惠
遺失物にわたしと記す葛の花 竹田昭江
爽やかに母悲します齢かな 福岡日向子
炎昼の広場はいつも沼のかたち 尾形ゆきお
裸電球背中は一本の廊下 三枝みずほ
蜩や引き延ばされた僕がいる 高木水志
コスモスの海脱皮するわたし 近藤真由美
茄子の馬まだ走るなよはしるなよ 丹生千賀
  ◇
 特選〈八月や〉、「八月俳句」としては異質の光を放っている。霊的なものだけをありありと抱えた虚無感が突き刺さる。
 次に秀逸の寸評。〈譜面無き〉、躍動感の中に潜むパンデミックの怖さ。〈哀しみは〉、上五中七の心情を「木洩れ月」の季語が支える。〈狭き門あり〉、現在の規格化された人間像と植物もまた。〈遺失物に〉、現代性が顕著。意識的に自分の個性を消す。季語もいい。〈爽やかに〉、壮年となり仕事も増え、母の心痛も増える。「爽やかに」がいい。
 〈炎昼の〉、「炎昼」の感覚が以降の言葉で具現化される。〈裸電球〉、一読、無季と思うが気にならない。過重労働を象徴的に表現して見事。〈蜩や〉、柔軟な感性。蜩に対する「僕」の心情が素敵。〈コスモスの〉、とにかく美しい。花の中で脱皮とは。〈茄子の馬〉、明るいようで実は切ない句。盆過ぎの馬に象徴する亡者に投げかける言葉と心。
 全体的に、戦争に関する作品が多かったが敢えて現在只今の、日本の日常(実情)に目を向けた結果の選にさせて頂きました。
 宮崎様、心より感謝致します。

【柳生正名選】
さいさいと流れのありて魂送り 加藤昭子

つまり氷かなんかでできている秋の雲 平田薫
花火果て薄荷ドロップだけ残る 村松喜代
花火の裏でどんな意味にも耐えている 福岡日向子
豆腐屋の奥で首振る扇風機 近藤真由美
兜太亡く雷遊ばなくなりぬ武州 篠田悦子
北海道は鮭の頭だ日本地図 舘岡誠二
秋暑し豆焦がしたりずっこけたり 森鈴
にんげんを脱ぐか空蝉はコスミック 増田天志
つくつくぼうしひりひりと今できること 遠山郁好
蓑虫のたぶららさなり天つ風 松本千花
  ◇
 前回「自戒を込め、失礼を顧みずあえて記す。今回の240句に『停滞』を感じた」と記した。残念ながら、その思いは今回も変わるに至らなかった。兜太を除き「平成無風」と評された俳句界自体、令和も変わらないことと平仄が合うと言えばその通りだが、生の兜太に再見かなわず「雷」も「遊ばなくなった」今、それを理由に現状もやむなしと考えるのは百害あって一利なしだろう。
 かつて中野重治は「お前は赤ままの花やとんぼの羽根を歌うな」と記した。むしろ「たたかれることによつて弾ねかえる歌」を「咽喉をふくらまして厳しい韻律に歌い上げよ」と訴えたのである。
 それは「ひりひりと今できること」を意識的にやり尽くすことに他ならない。「花火の裏」をあえて見て「どんな意味にも耐え」る強さが必要だ。秋に流れを遡る「鮭の頭」と化し、「にんげんを脱ぐ」生きもの感覚と既成概念を捨てた「たぶららさ」を武器とする。「氷かなんか」にすぎない雲や、闇の中で嘗める「薄荷ドロップ」、「豆焦がし」たりもする「豆腐屋の奥」、など、重治のいう「胸先きを突き上げてくるぎりぎりのところ」に立たねばならない。
 それが、この八月も秩父に戻り、海原の今を見て、此岸に後ろ髪引かれる(前髪はない!)兜太の魂を「さいさいと流れ」に乗せ、他界へ送り返す力となる―そう思いつつ、この稿を記している。

【山中葛子選】
青々と死地ありやませ這い廻る 中村晋

哀しみは遅れてきます木洩れ月 遠藤路子
白雨ですぼくを象どる僕のシャツ 大沢輝一
巨星なき世は漂泊のマスクして 立川弘子
「戦はならぬ」兜太師叫ぶ八月の濤 宇川啓子
からすうりの花の夕べは蛇畏れ 遠山郁好
アガパンサススキキライスキ片思い 松田英子
撃つなイワンよひまわりの中母が居る 若森京子
戦するなとはひまわりの花ことば 北村美都子
小鳥来る誤字いっぱいの母でいい 宮崎斗士
ヤカンはピーと泣き叫ぶ月もまた 大渕久幸
  ◇
 特選句〈青々と〉生と死が共存する自然界の姿を目の当たりにする「青々と死地あり」のインパクト。稲作などに悪影響をもたらす「やませ」の吹き寄せる勢いがなんとも不気味です。
 秀逸句〈哀しみは〉戦争の悲惨さが時を経てみえてくるような「木洩れ月」の妙味。〈白雨です〉の比喩のあざやかさ。「ぼく」が透けて見えてくる、びしょ濡れの「僕のシャツ」が新鮮。〈巨星なき〉定住漂泊の日々を生き続けるコロナ禍のただ今。〈「戦はならぬ」〉兜太師の存在感そのもの。〈からすうりの花〉白蛇の化身を思う、幻想的な情景に魅せられます。〈アガパンサス〉カタカナ表記の語感をたどる片思いがすてき。〈撃つなイワンよ〉ひまわりといえばウクライナ。イワンを登場させた物語に癒されます。〈戦するなとは〉思わずも説得させられる「花ことば」の暗喩。〈小鳥来る〉認知症のはじまっている母への愛がうれしい。〈ヤカンは〉劇画の一コマを思うドラマチックな映像力。
 秋の「兜太通信俳句祭」の交流は、コロナ禍と戦争の世相を共有するなかでの、俳諧自由の無限の魅力をいただく感謝でございます。

【若森京子選】
にんげんを脱ぐか空蝉はコスミック 増田天志

よく生きて純粋無職稲の花 松本勇二
この星の軽い舌打ち木の実落つ 中村道子
哀しみは遅れてきます木洩れ月 遠藤路子
菊酒や姥捨て山は宇宙にも 塩野正春
師の口調浴びたき渇き晩夏光 小田嶋美和子
八月忌便器の横に核ボタン 木村寛伸
震災忌言葉ぽきぽき折れやすき 北上正枝
青大将逆光という全長感 大沢輝一
眠剤依存月夜は海のしずけさ 船越みよ
恋は疲れます助手席の残暑 梨本洋子
  ◇
 特選句〈にんげんを〉人生の中で幾度か考える葦である人間を止めたい時があった。空蝉を見て「にんげんを脱ぐか」の生の発語が生まれたのであろう。下句を軽いリズムで流しているが深層は解放感。
 〈よく生きて〉長く生きてきて達観した心境。”稲の花”の季語が効いている。〈この星の〉切り口よくコミカルに一句を上手く詠んでいる。〈哀しみは〉人間の心理を突いて”木洩れ月”に哀感が溢れている。〈菊酒や〉新しい姥捨て山に菊酒で乾杯。イロニーが効いている。〈師の口調〉問題多い現在、兜太先生の御意見の口調が実に懐かしい。聞きたいものだ。〈八月忌〉いよいよ核が身近に迫ってきた実感がある。〈震災忌〉震災忌になると言葉の虚しさを思う。ぽきぽき折れる、が上手い。〈青大将〉立派な青大将が眼前にいる。”逆光という全長感”の言葉の斡旋が巧み。〈眠剤依存〉眠剤依存者の多い現代。月夜の海の静けさは古代より続く。この二つのフレーズの合体が上手い。〈恋は疲れます〉現代人のアンニュイな恋愛関係を上手く一句にしている。
 御世話される宮崎氏は大変でしょうが、海原の一体感を思う唯一の行事となりました。ありがとうございます。

◆その他の参加者(一句抄)

ひまわりをたんぽぽとよぶああ自由 石川青狼
一湾の大皿やなみなみと秋 大上恒子
父五十回忌の年母日記買う 小野地香
英雄のぱらぱら漫画竈馬跳ぶ 桂凜火
感傷に青い詐欺で飛び立った 葛城広光
これがまあ天の裁きか雷二発 川崎益太郎
汗汗汗整備の道を登山靴 後藤雅文
嫁姑謀略隠す合歓の花 齊藤邦彦
国葬や「万引き家族」のおとむらい ダークシー美紀
ハトロン紙解けば鉄炮百合百本 鳥山由貴子
苗床に漢愛かけまるで吾子 中野佑海
ゼレンスキー明るいTシャツ着るはいつ 野口思づゑ
本棚の兜太著の本五月風 平山圭子
ゆっくりとゆるす正眼蟬しぐれ 深澤格子
門火美しぎゅっと手を握りし子 藤野武
友癒えてゆく花合歓のグラデーション 三浦静佳
撃つ撃たれることのあはひに枇杷を剝く 柳生正名
折合いの自在はかなし秋茜 山下一夫
蒲の穂は誘いの風にも振り向かず 横田和子
居心地は母の心得夏了る 横地かをる
駆け落ちのふたりとなりぬ白日傘 渡辺のり子

《参考》兜太通信俳句祭の高点句

◆第1回 2021年春のベスト5
不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝
記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
つちふるや折目の傷む世界地図 三浦静佳
ぶらんこを乗り継ぎいつか星になろう 竹田昭江

◆第2回 2021年秋のベスト5
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名

◆第3回 2022年春のベスト5
感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
あやとりの橋を来る妣ぼたんゆき 北村美都子
臍の緒の続きに母の毛糸玉 河西志帆
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子
すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子

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