2022年春【第3回】兜太通信俳句祭 《結果発表》

『海原』No.39(2022/6/1発行)誌面より

2022年春【第3回】兜太通信俳句祭 《結果発表》

 第3回を迎えました「兜太通信俳句祭」。参加者数は計121名。出句数は計242句でした。大勢の方のご参加、あらためまして厚く御礼申し上げます。
参加者全員に出句一覧を送付。一般選者の方々には7句選、23名の特別選者の方々には11句選(そのうち1句特選・10句秀逸)をお願いしました。
 以下、選句結果、特別選者講評となります。(まとめ・宮崎斗士)

☆ベストテン☆

《22点》
感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる

《19点》
あやとりの橋を来るははぼたんゆき 北村美都子

《18点》
臍の緒の続きに母の毛糸玉 河西志帆
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子

《17点》
すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子

《16点》
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士

《15点》
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋

《14点》
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵

【12点句】
青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター 石川青狼
親指を突っ込んで剥く春の闇 小松敦
本棚のきつねと眼のあう雛の夜 芹沢愛子
検体をポストに落とす余寒かな 山本まさゆき

【11点句】
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
兜太忌のバナナに残る歯のかたち 長谷川順子

【10点句】
春雷や妻に失恋あるを知る 後藤雅文
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
小綬鶏の明るい夫婦喧嘩かな 松本勇二

【9点句】
戦争が簡単に来る凍える血 川崎千鶴子
蜃楼かいやぐらうしろめたさに鈴つけて 河西志帆
ゲルニカのことばは無音雪時雨 宙のふう
蒼き森二月の音が迷子です 村松喜代
死後のやさしさ濡縁にいて小春 若森京子

【8点句】
とどまること赦されぬ闇へ風船 黒済泰子
おほかみの長鳴き空に星がない 小西瞬夏
お日さまにくちびる見せよ春の子よ 三枝みずほ
雪の日の肺は仄暗き樹海 三浦二三子
鳥雲に君は前しか見ていない 室田洋子
柚子の黄よまるくて固い母である 室田洋子
白鳥帰る青うつくしくくちうつし 望月士郎
樹のような人と樹の人と朝寝 柳生正名
水仙や水聴くように逝くように 柳生正名
野を焼いて罪の重さを軽くする 矢野二十四

【7点句】
雪割草ひさかたという一隅を 川田由美子
ストリートピアノ一小節を燕かな 三枝みずほ
涅槃西風わたし骨までがらんどう 田中信克
冬の月 えへ あは うふふ はは 死ぬのか 田中信克
クレソンは風がゆっくり育ちます 平田薫
雁風呂というものあれば先生と 堀之内長一
拒否の眼の少女ふり向くヒヤシンス 増田暁子
きさらぎや鉛筆で描く笑顔のよう 宮崎斗士
三月のひかり水切りりりりりり 望月士郎

【6点句】
不自由を知る自由あり大枯野 安西篤
夜咄の尽きて介護の嫁の役 石川まゆみ
まず猫の言い訳を聞くせりなずな 大西健司
たむろして老人となる桜東風 こしのゆみこ
ひとりずつ消える家族や蘆の角 小林育子
おたまじやくし群れてボツチヤに夢中かな 四方禎治
いつを昔と言うのか頬の冷たし 遠山郁好
兜太の忌今更ながらアベ政治 中村道子
分校のつらつら椿けんけんぱ 中村道子
白梅ほつほつ兜太師の杖の音 船越みよ
梅ほころぶ悼みはページ繰る度に 三浦静佳
断る勇気漬物石を持ち上げる 三浦静佳
我を問う言の葉のように風花 横地かをる

【5点句】
ウクライナの冬何と叫ぶや兜太なら 石橋いろり
いつも今頃漂う誰か鳥雲に 伊藤淳子
再会や桃の莟がふとうるむ 大髙宏允
変えていいルール早春の白線引く 桂凜火
どこに仕舞おう零れる時の種袋 桂凜火
花林檎むらがりてなほ人淋し 北上正枝
虚数より素数の叫び三・一一 木村寛伸
東風吹くや逆様にして全部出す 小松敦
衆を搔き分け老桜の肉体美です すずき穂波
溜息は泡立つ時計蕗の薹 高木水志
人類に耳寄りなはなし桜咲く 竹田昭江
芹活き活きと夫と道草して古希に 中野佑海
発熱とは丸いかたちか木の根開く 丹生千賀
春の雨ごちそうさまと逝きにけり 船越みよ
蝌蚪の紐そうね宇宙もひもらしい 堀之内長一
旅人の手紙の余白百千鳥 増田暁子
復刻デザインのように草餅 三木冬子
春黒猫うつくしかりき花恋忌 山中葛子
遺書がふる着水する白鳥群 渡辺のり子

特別選者の選句と講評☆一句目が特選句

【安西篤選】
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波

感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
人の世は冬木の瘤の物語 舘岡誠二
蝌蚪の紐そうね宇宙もひもらしい 堀之内長一
野を焼いて罪の重さを軽くする 矢野二十四
核の前「死ぬのはいや」と立つ幼子おさな 伊藤巌
ホワイトアウト劣化薬莢ぶち撒ける 有馬育代
夜咄の尽きて介護の嫁の役 石川まゆみ
あやとりの橋を来るははぼたんゆき 北村美都子
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
拒否の眼の少女ふり向くヒヤシンス 増田暁子
  ◇
 特選〈不燃性家族〉不燃性家族とは、何事もなく、荒立てず、息をひそめて穏やかに日々を過ごしている家族。その中から一人、たんぽぽのようにふわふわと家を飛び立っていった者がいる。その行方は知れず、消息もわからない。不燃性家族に小さなボヤが起きたのだ。現代の家族に起こりつつある揺らぎの一側面。
 秀逸〈感情の〉小白鳥の番いのしずかな距離感。「感情」の微妙な距離感が絶妙。〈人の世は〉冬木の瘤に凝縮された自分史の姿。それが人の世の姿というもの。〈蝌蚪の紐〉蝌蚪の紐を見ていて、宇宙にも超ひも理論があるらしいからと納得。「そうね」に蝌蚪への共感が。〈野を焼いて〉野焼きの火に、内なる己の罪を焼いているような映像をみて、いくらかその罪の重さが軽くなったように感じている。〈核の前〉ロシアのウクライナ侵攻で核攻撃が用意されているという。攻撃に曝され避難するウクライナの幼子の「死ぬのはいや」と泣く哀れさ。〈ホワイトアウト〉取り澄ましたホワイトアウトの雪原に劣化薬莢をぶち撒ける痛快さ。〈夜咄の〉老いた親の夜咄も尽きて、今度は介護役の嫁が親の面倒をみる番。〈あやとりの〉母を亡くした姉妹があやとり遊びで橋を作っていて、その橋を亡き母が渡って来る。その橋には子供たちの喜びそうな牡丹雪が舞う。それは妣の心づくしの映像なのだろう。「ぼたんゆき」の平仮名表記がイメージの中の妣と子供たちとの夢の交歓の景とも見えてくる。〈光る裸木〉看護師が患者と接して人間として感じたあれこれは、看護日記に書いてこそいないものの、今も光る裸木のように輝いて胸にあり。〈拒否の眼の〉少女に大事な決断を迫る出来事があり、それにはっきりノーという爽やかな拒否のまなざしは、ヒヤシンスのようにまっすぐ伸びた立ち姿から。

【石川青狼選】
白鳥帰る青うつくしくくちうつし 望月士郎

雪の日の肺は仄暗き樹海 三浦二三子
遺書がふる着水する白鳥群 渡辺のり子
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子
春雷や妻に失恋あるを知る 後藤雅文
底抜けの恋に痩せたし青鮫忌 高木一惠
分校のつらつら椿けんけんぱ 中村道子
梅ほころぶ悼みはページ繰る度に 三浦静佳
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
小綬鶏の明るい夫婦喧嘩かな 松本勇二
発熱とは丸いかたちか木の根開く 丹生千賀
  ◇
 〈白鳥帰る〉越冬した白鳥たちが繁殖地のシベリアを目指す北帰行の途中、雪解けの進んだ水田や畑に飛来し、泥だらけになりながら、しばし羽を休めて餌を求め体力を蓄えている。その光景は騒々しくもパワフルで生命力にあふれている。充分体力を蓄え飛び立つ群れ。「青うつくしく」は、白鳥を包み込む空の澄んだ「青」の透明感であり、その「青」の空間に白鳥たちが次々と吸い込まれて行く。その光景がまるで「くちうつし」するようだと結実する。何とも愛しく美しさを放っている言葉だ。母鳥が口移しで餌を与えているような、ペアが餌を分け合うような愛しさであり美しさをも醸し出している。地上の人間界の親子や恋人同士が上空の白鳥を見送っている情景にも見えてくる。「うつくしくくちうつし」のレトリックにファンタジーな気分にさせられ心惹かれた。
 コロナ禍やウクライナ情勢など暗い昨今。せめて俳句の世界は明るく楽しい句との出会いを求めて選句に望み、〈底抜けの〉の兜太先生へ「痩せるくらいの恋がしたいです」と話しかけたい気持ちであるとか、〈小綬鶏の〉の小咄の明るい夫婦げんかの可笑しさなど大いに堪能した。また〈献体葬〉〈梅ほころぶ〉〈光る裸木〉など、しみじみと心に迫る選句にもなった。明るい時代がきてほしいと切に願う。

【伊藤淳子選】
梅 二月二十日の鮫に加わりぬ 木村寛伸

感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
いつを昔と言うのか頬の冷たし 遠山郁好
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士
クレソンは風がゆっくり育ちます 平田薫
ストリートピアノ一小節を燕かな 三枝みずほ
我を問う言の葉のように風花 横地かをる
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
春黒猫うつくしかりき花恋忌 山中葛子
きさらぎや鉛筆で描く笑顔のよう 宮崎斗士
  ◇
 特選句〈梅 二月二十日〉先生のお宅のお庭の実景が浮かんでくる。二月二十日梅が咲き「いのち」「存在」に思いを致したとき。加わりぬが秀逸と思う。
 秀逸句〈感情の〉感情を距離ととらえて独自。〈いつを昔〉自問自答の中での肉体感覚。〈自由って〉春の気分いっぱいの明るさ。〈日永とは〉老いた母の心情を時間の流れの中で見事に表現している。〈クレソンは〉信州の山里の清流の様子、クレソンの緑が濃い。〈ストリート〉まだ実際にはストリートピアノに出会っていないのだが燕との組合せがいかにもと納得。〈我を問う〉風花を一度だけ見た時の空気、空の青さを思い出して。〈光る裸木〉看護の大変さが伝わってきます。〈春黒猫〉皆子先生の黒猫の句がみんな大好きでした。〈きさらぎや〉きさらぎの光が見えてきます。

【大西健司選】
感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる

雪の日の肺は仄暗き樹海 三浦二三子
マスクするゴッホの片耳どうする 梨本洋子
如月の無言の臓器は黒衣 鱸久子
検体をポストに落とす余寒かな 山本まさゆき
零れるほど哀し二月二十日の言霊 若森京子
花林檎むらがりてなほ人淋し 北上正枝
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子
本棚のきつねと眼のあう雛の夜 芹沢愛子
牡牛らの若きかんばせ夜の野火 野田信章
知らぬまに擦りむいたゆび子猫抱く 遠藤路子
  ◇
 未だコロナ禍の渦中、リアル句会の機会もなく、大会も開催出来ないなか、こうして通信句会を継続していただくことに感謝。そして斗士さんのご苦労に深謝。
 ところで、春の俳句祭ということで本年も先生に関する句がたくさん見られた。そしてお祭りらしく言葉が溢れている。全体に皆いささかテンション高めなのではと思う。そんななか特選句の穏やかな心の揺らぎに共感。日常のゆるやかな起伏のなか、すぐそばに遊ぶ小白鳥の愛らしさが嬉しい。
 〈雪の日の〉中句から下句には脱帽。ただ雪の日のではいささか説明的では。〈マスクする〉問題句では。「する」がいささか気にかかる。〈検体を〉〈献体葬〉問題提起されていて秀逸。いろいろと気にかかる句が多く迷いつつの選でした。いつまでも落ち着かない日々ですがとりあえず書き続けましょう。

【川崎益太郎選】
涅槃西風わたし骨までがらんどう 田中信克

マスクするゴッホの片耳どうする 梨本洋子
溜息は泡立つ時計蕗の薹 高木水志
兜太の忌今更ながらアベ政治 中村道子
兜太忌のバナナに残る歯のかたち 長谷川順子
臍の緒の続きに母の毛糸玉 河西志帆
底抜けの恋に痩せたし青鮫忌 高木一惠
拒否の眼の少女ふり向くヒヤシンス 増田暁子
不自由を知る自由あり大枯野 安西篤
発熱とは丸いかたちか木の根開く 丹生千賀
将軍に佐保姫わたす手切れ金 齊藤邦彦
  ◇
 特選〈涅槃西風〉「涅槃西風」と「骨までがらんどう」の取り合わせ。切なさの中にユーモアが読めて俳味あふれる句になった。秀逸〈マスクする〉本当にゴッホも困っている。〈溜息は〉溜息にあふれるユーモア。〈兜太の忌〉アベ政治の闇と罪の深さ。〈兜太忌の〉「歯のかたち」は、兜太への思慕の形。〈臍の緒の〉父になき母との消えぬ絆。〈底抜けの〉兜太と痩せるほどの恋がしたい。〈拒否の眼の〉これ以上行くと、セクハラ。〈不自由を〉大枯野の持つ力。〈発熱とは〉熱を形にすれば、木の根の開く形。〈将軍に〉悪代官に渡す極上の賄賂。
 心ならぬも日々遠ざかる兜太。この俳句祭が呼び起こしてくれる力に感謝しております。今後ともよろしくお願い致します。

【北村美都子選】
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
梅 二月二十日の鮫に加わりぬ 木村寛伸
臍の緒の続きに母の毛糸玉 河西志帆
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士
たむろして老人となる桜東風 こしのゆみこ
九条美し兜太忌の風鳴り渡り 篠田悦子
まひるまの真水が映す蝶一頭 茂里美絵
我を問う言の葉のように風花 横地かをる
春黒猫うつくしかりき花恋忌 山中葛子
牡牛らの若きかんばせ夜の野火 野田信章
  ◇
 特選句〈墜ちてゆく〉雲雀とすれ違う、のフレーズには、墜ちてゆく“我”が匿れていないか?墜ちて、は墜落。高所からの、あるいはある時点からの―。「途中」と書き取られることによってアングルがぐるっと反転し、墜ちてゆく我が現れる。すれ違う雲雀は我に対しての他者の喩。すれ違って、それきりになってしまった誰か…。痛感を伴った心的風景が響いているような一句。墜ちてゆく先は底知れず、作者・我にも着地点は不分明だ。自身の内奥の可視化に迫るシュール感に、俳句の虚(詩性)が顕在する。
 秀逸句。〈すべり台〉やや図式的ながら春の断定に納得。〈梅 二月二十日の〉鮫に加わったのは作者自身かも。〈臍の緒の〉毛糸玉への引き寄せが巧み。〈日永とは〉ぽつんと、が淋しさとも自在感とも。〈たむろして〉諧謔。〈九条美し〉鳴り渡り、が大きい。言い得ている。〈まひるまの〉主観によって示される詩の世界。〈我を問う〉風花なれば詰問ではない筈。〈春黒猫〉然り、花恋忌。〈牡牛らの〉生き物への賛と親近感。

【こしのゆみこ選】
人類に耳寄りなはなし桜咲く 竹田昭江

水仙や水聴くように逝くように 柳生正名
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子
春の雨ごちそうさまと逝きにけり 船越みよ
あやとりの橋を来るははぼたんゆき 北村美都子
蜃楼かいやぐらうしろめたさに鈴つけて 河西志帆
耳鳴りも木の芽張るのも君のせい 松本千花
喪にいそぐ国は春雪に濡れて 藤田敦子
水温むふつと憑物おちにけり 矢野二十四
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
 兜太先生の忌日ということもあってか、今回は深く重い句が多かったように思う。でも兜太先生に捧げる句とするならば、そういう死を悼むような句よりも、チャレンジ精神のある、クスリ笑いするような句の方が先生は愉しんでもらえるような気がした。もちろん、そんな意識はせず、心にひっかかる好きな句を選んだ。
 特選の〈人類に〉耳寄りのうさんくささがおもしろく、とにかく人類のためにも聞かなくっちゃ。〈水仙や〉水聴くと逝くようにが美しい。〈白鳥帰る〉美しい消失感。〈墜ちてゆく〉こんな余裕のある墜ち方は愉しい。〈春の雨〉やりつくし、おなかいっぱいの表情のごちそうさまがうらやましい。〈あやとりの〉ひたすら美しい。
 〈蜃楼かいやぐら〉鈴つけてがすごい。いつだって後ろめたさは鳴り響くのだ。〈耳鳴りも〉この場合、そんな主張を君も楽しんでいてくれているのが前提。〈喪にいそぐ〉喪にいそぐで切れるのかも知れないが、喪にいそぐ国と読めて胸が詰まる。〈水温む〉本当にある日ふっとおちる感じは実感。〈小雀が来てる〉雨にきょときょとする小雀を私たちはどう表現するかなのだ。

【芹沢愛子選】
いつを昔と言うのか頬の冷たし 遠山郁好

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
兜太の忌今更ながらアベ政治 中村道子
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
父母も兜太も来ない二月来る 川崎益太郎
復刻デザインのように草餅 三木冬子
赤鬼青鬼私の寒さかな 小西瞬夏
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子
たむろして老人となる桜東風 こしのゆみこ
まず猫の言い訳を聞くせりなずな 大西健司
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
 特選に〈いつを昔と言うのか頬の冷たし〉。過去がきれぎれの情景として蘇る茫洋とした「昔」。頬の冷たさで「今」に還る。素直にうなずける句でした。
 〈すべり台より〉二つの遊具にまつわる記憶を懐かしむ。〈兜太の忌〉今も力を持つ「アベ政治」に複雑な思いの作者。〈自由って〉口語の明るさ。〈父母も〉素直な喪失感ながら「来ない」「来る」と対比し「青鮫が来ている」も連想させ巧み。〈復刻デザイン〉喩えの面白さ。〈赤鬼青鬼〉「私」という自我を前面に。〈墜ちてゆく〉揚げ雲雀をこのように書ける機知。〈たむろして〉老人となる、が言い得て妙。〈まず猫の〉猫ってそういう表情をしますね。〈小雀が〉前のめりなリズムも内容も、小雀らしく愛らしい。

【十河宣洋選】
感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる

白梅ほつほつ兜太師の杖の音 船越みよ
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
涅槃西風わたし骨までがらんどう 田中信克
蝌蚪の紐そうね宇宙もひもらしい 堀之内長一
野を焼いて罪の重さを軽くする 矢野二十四
影ふみ遊び暗渠に積もる春の音 川田由美子
花びらの哀しび戸惑いは星の死 宙のふう
春のものにならねばいつか鳥に戻る 福岡日向子
発熱とは丸いかたちか木の根開く 丹生千賀
飛ばないキウィ飛びたいわたし天の川 松田英子
  ◇
 特選〈感情の〉白鳥と作者の距離感が、落ち着いた気持ちにさせてくれる。白鳥も白鳥を見ている人もそれぞれが立場を守って距離をとっている。現代の洗練された生き様のようなものを感じた。
 秀逸〈白梅ほつほつ〉梅と兜太などは少し兜太にもたれ過ぎていないだろうか。〈白鳥帰る〉白鳥帰るの耳底に白鳥の鳴き声が響く心地よさを感じた。〈涅槃西風〉骨までがらんどうの言い方が面白くて頂いた。〈蝌蚪の紐〉そうねは無くてもいいように思うがどうだろうか。〈野を焼いて〉野焼きの後の開放感のようなものを感じた。〈影ふみ遊び〉暗渠でいいかどうか迷ったが、暗渠から聞こえる水の音がいいと思う。〈花びらの〉戸惑いは星の死でいいかどうか。哀しびと死でいいかどうか。少々疑問。〈春のものに〉この発想は楽しい。鳥に戻るの措辞はいい。〈発熱とは〉木の根の明く雪の地方の実感である。「木の根明く」は私は「開く」より「明く」の方を使っている。〈飛ばないキウィ〉この取り合わせがいい。楽しい俳句。
 少し感想が厳しいところもあるが、いい作品と思うから選んだので決してけなしているわけではないことをご了解願いたい。

【高木一惠選】
蜃楼かいやぐらうしろめたさに鈴つけて 河西志帆

溜息は泡立つ時計蕗の薹 高木水志
兜太の忌今更ながらアベ政治 中村道子
雪割草ひさかたという一隅を 川田由美子
光源は兜太先生海に春 北村美都子
雪の兜太忌ひとりでいてもふたりごころ 中村晋
復刻デザインのように草餅 三木冬子
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
陽炎を連れ自衛隊ヘリ離陸 黒済泰子
ミサイルは実験に非ず時計ひしゃげて 東海林光代
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
  かいやぐら
 特選句〈蜃楼〉の、虚実の間に生きる身が負う様々な「うしろめたさ」を、見失わないよう「鈴つけて」とした作者の俳諧味ある観照に深く共感しました。
 かつて、三月十一日を境にして俳句の風景が一変した感じですが、その後のコロナ禍とはまた違う形で、言いしれぬ切なさを伴って突き付けられたウクライナの現状を前にして、「俳句」と共にしどろもどろ考え込みます。
 たまたま、近刊の柳生正名著『兜太再見』の第十一章「差異としての虚子/兜太」で、俳句の扉を開き直す一つの鍵を提示されて、また章末に著者があげた「俳句界の主流」は、新たな眼で見詰め直すべき一喝に昨今遭遇したのではないかとも感じ、この度の選に臨みました。〈兜太の忌〉の認識と、〈小雀が来てる〉の情緒の要素が並び立つ「海原」に期待します。

【武田伸一選】
冬晴や乳やる山羊を糞落ちる 菅原春み

感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
いつを昔と言うのか頬の冷たし 遠山郁好
花林檎むらがりてなほ人淋し 北上正枝
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子
春雷や妻に失恋あるを知る 後藤雅文
樹のような人と樹の人と朝寝 柳生正名
雪明りそれぞれ西へ向かっている 小池弘子
「気取るんじゃねェ」と叱声梅香濃し 鱸久子
柚子の黄よまるくて固い母である 室田洋子
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
 特選〈冬晴や〉冬のよく晴れた日、産まれてまだ間もない子山羊に乳を含ます母山羊。その母山羊が思わずもこぼす糞。その糞は子山羊の顔近くに落下するに違いない。母も子もそれを気にするふうもない自然のありようが凄い。
 〈感情の〉作者と小白鳥のいる空間を、「しずかなる距離」という。自然との一体感。〈いつを昔〉多くの人は軽々に「昔」とよく言うが、人それぞれに違う「昔」ではある。〈花林檎〉さびしくて人は群れるが、群れれば群れたで、なお増すさびしさ。〈献体葬〉献体をした人たちをそれぞれの家族に返す前に行う、簡単な合同葬儀であろう。家族の側からの「積もらぬ雪を見てをりぬ」である。〈春雷や〉恋をしたこともないと思っていた妻の失恋を知り、なぜかほっとしている夫。〈樹のような〉若者の合宿などの就寝の様子を思い描くと分かりいい。達者な表現に拍手。〈雪明り〉それとは気づかぬまま、あの世とやらへ近づく、この世の人たち。〈気取るんじゃ〉一読、兜太師が思われ、にやりとさせられる。〈柚子の黄よ〉「柚子」と「母」の好取り合わせ。母恋の一句に納得。〈小雀が〉コスズメではなく、コガラであろう。小動物との一体感が何より。

【舘岡誠二選】
白梅ほつほつ兜太師の杖の音 船越みよ

兜太忌のバナナに残る歯のかたち 長谷川順子
ウクライナの冬何と叫ぶや兜太なら 石橋いろり
ひとりずつ消える家族や蘆の角 小林育子
未来の子に凍る神殿残すなよ 大髙洋子
お日さまにくちびる見せよ春の子よ 三枝みずほ
零れるほど哀し二月二十日の言霊 若森京子
三月十一日卒塔婆海の流木 稲葉千尋
芹活き活きと夫と道草して古希に 中野佑海
いまだ鎖国コロナごもりの雪ごもり 石川青狼
雁風呂というものあれば先生と 堀之内長一
  ◇
 「兜太通信俳句祭」には欠かさずに投句を心がけている。この俳句祭は「海程」から「海原」への新しいエネルギー源となること必至といえる。これからもお互い大地にしっかり足をつけ句作に励みたい。
 私の特選句は先生のお人柄を白梅に気持ちを込め、座五に「杖の音」と据え、金子先生の人生が余韻余情となって響いてくる。重厚句といえる。
 金子先生を想いおこしての作品を他にも選ばせていただいた。また、東日本大震災、新型コロナウイルス、ウクライナなど時世を表現したものに佳句があったことを心に受けとめた。
 心情的に私は〈芹活き活きと夫と道草して古希に〉に魅かれた。芹が非常に新鮮。夫婦の絆を言いとめている。八十二歳の自分からすると古希は若い。これからの人生を大切にしてください。好感をもってこの句を上位に挙げたい。

【遠山郁好選】
白鳥帰る青うつくしくくちうつし 望月士郎

感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
みづいろは大地テラの頬笑みしやぼん玉 高木一惠
いつも今頃漂う誰か鳥雲に 伊藤淳子
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
遺書がふる着水する白鳥群 渡辺のり子
兜太没後四年の月日梅咲いた 武田伸一
春宵の兎につめたくされており 上田輝子
樹のような人と樹の人と朝寝 柳生正名
蜃楼かいやぐらうしろめたさに鈴つけて 河西志帆
一憂に目瞑る春星の音叉 高橋明江
  ◇
 特選〈白鳥帰る〉若山牧水の「白鳥(しらとり)は」を彷彿させるこの作品に注目した。この句の中の青は空であり水である。白鳥が飛翔するとき、嘴はその青さに溶け込むように一体化する。それを「くちうつし」と感受した。あえかで濃密な美意識。また、うつくしくくちうつしの韻律は詠うようでもあり、平仮名表記は北帰行のもの悲しさを想起させて効果的。
 秀逸〈感情の〉ある対象との醒めた目で捉える距離感。それは作者と小白鳥との距離でもある。〈みづいろは〉みづいろは大地の微笑みに引き込まれる。そして、しゃぼん玉の季語で一層輝きを増す。〈いつも今頃〉日常を大切に、誠実にさらりと掬いとり、簡明にして深い句。鳥雲の季語が、実によく働いている。〈白鳥帰る〉白鳥が帰るときの感傷を、耳底に残る鳴き声と共に回想している。〈遺書がふる〉白鳥は古来、死と関わりが深いが、遺書がふる、着水と瞬間を捉えた躍動感が眩しく鮮しい。〈兜太没後〉淡々と事実のみを書いて、沁み沁みと感慨深い。心に浸み渡る句。〈春宵の〉捕まえようとした兎が、するりと手を抜けて逃げた。春宵の少し淋しげで艶なる気色。〈樹のような〉樹のような人に続く「樹の人」と言えたのがとても良い。〈蜃楼かいやぐら〉複雑な心理状態が、蜃楼の季語でより鮮明に浮かび上がる。「一憂に」この句の世界に惹かれる。情感に溺れず「一憂」と書く冷静さ。そしてそれは結びの音叉ともよく響き合う。

【中村晋選】
春の雨ごちそうさまと逝きにけり 船越みよ

二人の電車伸び縮み行く春銀河 中野佑海
白息のわれも動物畑打つ 稲葉千尋
風花や母なき少女の付け睫毛 榎本愛子
白鹿の来ている子らの神あそび 平田恒子
臍の緒の続きに母の毛糸玉 河西志帆
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
検体をポストに落とす余寒かな 山本まさゆき
春眠がオートリバースしています 山本まさゆき
小綬鶏の明るい夫婦喧嘩かな 松本勇二
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
 昨年は大切な人を亡くすことが多く、今もなおその後遺症を引きずっているようなところがあります。そんな中、特選にいただいた〈春の雨〉は実に清々しい句でした。「ごちそうさま」という言葉をしっかり受け取ってもらったことを確かめてから、この方は息を引き取ったのだろう。「春の雨」がとてもやわらかく感じられます。すべての言葉に命の血が通っているように思われる句でした。
 「命」といえば、〈二人の電車〉の謎めいた伸び縮み、〈白息の〉の生きもの感覚、〈風花〉と取り合わせられる付け睫毛の生々しさ、〈白鹿〉がいる神話的時間、〈臍の緒〉とつながる命の象徴たる毛糸玉、〈自由〉を謳歌する鴎の躍動感、〈検体〉をポストに落とす瞬間のまがまがしさ、妙に機械的に繰り返される〈春眠〉〈小綬鶏〉の明るい空気感、〈小雀〉とまるで会話をするかのように命を通い合わせる作者。どの句も私たちのささやかな日常を寿ぐ命の賛歌であるように感じました。
 他にも選びきれなかった好句多数。ここに紹介しきれないのが残念ではありますが、とにもかくにも、兜太通信俳句祭全242句、「ごちそうさま」でした。

【野﨑憲子選】
九条美し兜太忌の風鳴り渡り 篠田悦子

戦争が簡単に来る凍える血 川崎千鶴子
どこに仕舞おう零れる時の種袋 桂凜火
宇宙蟹すみれのはなの咲く頃の 山中葛子
本棚のきつねと眼のあう雛の夜 芹沢愛子
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子
まひるまの真水が映す蝶一頭 茂里美絵
ぽっかりと雲それだけで春立ぬ 森由美子
死後のやさしさ濡縁にいて小春 若森京子
晩冬や爆音で目覚めた少女 日高玲
小雀が来てる雨がふしぎらしい 西美惠子
  ◇
 特選句〈九条美し〉師は今も近くにいらっしゃるという思いから師の名を冠した忌日作品はこれまで避けていたが、この句は師の思いを継承している。露のウクライナ侵攻の中、『憲法九条』の「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」の文言は唯一の被爆国である日本発の、世界が人類存続の為に守らねばならない最重要の砦と思う。〈戦争が簡単に来る凍える血〉今回の侵攻は、まさかの戦争の始まりだった。血を凍えさせてはならない。
 〈宇宙蟹〉この宇宙蟹を、私は星雲ではなく大空を過ぎる太陽と捉えた。遍く陽光が、凍える血を、愛に滾る血に温めてくれることを願ってやまない。頂いたどの作品も、句の姿、調べ共に美しかった。宮崎斗士さんのお陰様で、コロナ禍の中でも、素晴らしい交流の場ができました。ありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

【野田信章選】
青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター 石川青狼

感情のしずかなる距離小白鳥 横地かをる
万感の冬日の厚み子と暮らし 藤盛和子
散文的空間にわれ春の蠅 鳥山由貴子
旅人の手紙の余白百千鳥 増田暁子
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子
梅咲いて眼力篤く漂うよ 高木水志
若さとう悔しきものよ翡翠奔る 遠山郁好
梅咲いてべたりと版画のような日が 藤野武
死後のやさしさ濡縁にいて小春 若森京子
柳絮舞う心の澱を吐く様に 保子進
  ◇
 兜太祭に因んだ作品としては、次の句に注目。
  青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター
  梅咲いて眼力篤く漂うよ
 前句はプリンターの躍動感の即物的な把握によって自然体としての青鮫との響合を呼び覚ましてくれる爽快さがある。後句は梅の開花に触発されて在りし日の師像を彷彿とさせて定住漂泊への想いを駆り立てるものがある。発表の場によっては前書を要する句柄でもあろう。
 選句の過程では修辞の工夫工面などで参考になる句もあって勉強になった。最終的には
一句の内容というか存在感のある自立した句を選んだ。中でも注目した句を左記に。
  万感の冬日の厚み子と暮らし
  献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ
  若さとう悔しきものよ翡翠奔る
  死後のやさしさ濡縁にいて小春

【藤野武選】
衆を搔き分け老桜の肉体美です すずき穂波

雪割草ひさかたという一隅を 川田由美子
ひとりずつ消える家族や蘆の角 小林育子
青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター 石川青狼
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
復刻デザインのように草餅 三木冬子
とどまること赦されぬ闇へ風船 黒済泰子
おたまじやくし群れてボツチヤに夢中かな 四方禎治
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子
クレソンは風がゆっくり育ちます 平田薫
親指を突っ込んで剥く春の闇 小松敦
  ◇
 特選句〈衆を搔き分け〉は、愉しい句である。「衆を搔き分け」ているのは作者ではなく、「老桜」自身だと私は受け取る。人々が桜に押し寄せるてくる情景を「老桜」側に視点を逆転させた。その新鮮。さらにまた「老桜」の擬人化が「老桜」の溢れる生命力を際立たせる。しかしなにより重要だと思うのは、句の底にあるアニミズム。それがこの句の、生命感の源泉。

【堀之内長一選】
春愁や白紙きっちりメモ用紙 伊藤雅彦

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
いつも今頃漂う誰か鳥雲に 伊藤淳子
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
東風吹くや逆様にして全部出す 小松敦
おたまじやくし群れてボツチヤに夢中かな 四方禎治
変えていいルール早春の白線引く 桂凜火
蜃楼かいやぐらうしろめたさに鈴つけて 河西志帆
拒否の眼の少女ふり向くヒヤシンス 増田暁子
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
強くかむ食パンの耳原爆忌 清水茉紀
  ◇
 いつもながら迷うのが特選の一句。春愁の有様は、もしかしたらこのような日常の襞から染み出すのかもしれないと考えさせられて〈春愁や〉を選んだ。白い紙はいつでもメモ用紙。書き付けることは、恐らく今日の買い物メモかもしれない。愁いに満ちた日常こそ俳句の生まれる場所。
 独断が愉快な雲梯の句。正当過ぎるほど正当な叙情あふれる鳥雲。甘くなつかしい青春を感じさせる耳底感覚。東風なんて古めかしい季語を大胆に活用。逆様にしたら何が出てくるのか、想像する面白さ。昨年のオリンピックで唯一鮮明な記憶が。ボツチヤに夢中の俳諧人(これも特選候補)。目に沁みる早春の白線がまぶしくて越境してしまう心。ゆれうごくうしろめたさにとらわれる孤独な自我。そんな孤独が何さとヒヤシンスを凝視する少女の一途さ。たんぽぽになってしまえば燃え上がるかもしれない私の家族。表現への挑戦意欲を買う。もう原爆忌。いやいつもそこにあるものとしての。微妙な固さの食パンの耳を噛んで、さて何を生み出そうというのか。
 兜太通信俳句祭の句は、いつも不思議なエナジーにあふれている。この熱気をいつまでもと願うばかりである。宮崎斗士さん、これからもよろしくお願いいたします。

【松本勇二選】
すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ

マスクの目玉ひとつ余って冴返る 丹生千賀
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
いつも今頃漂う誰か鳥雲に 伊藤淳子
涅槃西風わたし骨までがらんどう 田中信克
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士
ストリートピアノ一小節を燕かな 三枝みずほ
芹活き活きと夫と道草して古希に 中野佑海
あやとりの橋を来るははぼたんゆき 北村美都子
死後のやさしさ濡縁にいて小春 若森京子
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
  ◇
 特選の〈すべり台より〉は明るさが際立っていた。明るく元気な俳句を書いて行こう、などと色々なところで言っているが、まさに我が意を得たりであった。理屈を言えばすべり台の方が春らしいが、作者の中にある雲梯なので文句は言えない。こういう書き方を会得していればいくらでも俳句が書けそうだ。じつに頼もしい。
 〈いつも今頃〉の存在感の無い書き方も刺激的だった。誰が漂うのか、死者なのか生者なのか考えさせられながら、下五はこれに追い打ちをかけるように、霞んだ季語だ。面白。〈死後のやさしさ〉も興味を持った。亡くなったひとを思いだしながら、やさしいエピソードを一つひとつ噛みしめているのだろうか。人はこうして死後も関わっているということを教えていただいた。嬉しい。〈不燃性家族〉上五、下五が常識を超越している。近未来SF俳句か。凄い。

【茂里美絵選】
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
雪割草ひさかたという一隅を 川田由美子
いつを昔と言うのか頬の冷たし 遠山郁好
花林檎むらがりてなほ人淋し 北上正枝
雪催い母の覚悟は柔らかし 村松喜代
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士
本棚のきつねと眼のあう雛の夜 芹沢愛子
鳥雲に音が零れる水透き通る 伊藤淳子
墜ちてゆく途中雲雀とすれ違う 鳥山由貴子
きさらぎや鉛筆で描く笑顔のよう 宮崎斗士
  ◇
 特選〈不燃性家族〉現代の家族のカタチ。その多様性。「一人たんぽぽ化」が物悲しくかつ可笑しい。絶妙の諧謔性の一句。
 秀逸句〈すべり台〉「雲梯」が効いている。筋肉を使う方が春を身近に感じる。〈雪割草〉「ひさかた」の枕詞の効果でしょうか。繊細さが光る。〈いつを昔と〉「昔」という曖昧な空間と「頬の冷たし」の微妙な関係。〈花林檎〉美しい花の色が逆に心の傷を深めることもある。〈雪催い〉これぞ本当の母親像。母は強しと。〈日永とは〉平穏の半面「ぽつんと椅子」の措辞が老いの儚さを見事に表現。〈本棚の〉「きつね」と「雛」が響き合う。〈鳥雲に〉上五中七のかすかな音の淋しさ「水透き通る」で更に深まる。〈墜ちてゆく〉対比の句。無心の雲雀と、原罪を背負う人間と。〈きさらぎや〉平明にして巧みな句。中七下五のやゝ乾いた表現が正に「きさらぎ」なのです。他にも触れたい句がいっぱい。
 この企画は素晴らしいです。紙面でまた、皆様とお会いしましょう。

【柳生正名選】
献体葬積もらぬ雪を見てをりぬ 藤田敦子

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
三月のひかり水切りりりりりり 望月士郎
青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター 石川青狼
日永とはぽつんと椅子がある老母 宮崎斗士
クレソンは風がゆっくり育ちます 平田薫
まず猫の言い訳を聞くせりなずな 大西健司
あやとりの橋を来るははぼたんゆき 北村美都子
分校のつらつら椿けんけんぱ 中村道子
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
  ◇
 自戒を込め、あえて記す。今回の240句余りに、むしろ「停滞」を感じた。「これは新しい」というものが際立たず、それを探し求める悪戦苦闘の汗臭さもさほど匂わない。気持ちの良い、その分「いいね!」を集めるのに適した「佳作」が多数とでもいおうか。当然、コロナの影響はある。それならそれで現状に苦しみ、壁を何とか打ち破ろうとするひりひりした焦りや煩悶が垣間見えてよいはずだ。
 例えば、特選の〈積もらぬ雪を見てをりぬ〉には故人への思いに重ね、遺された自身を顧みての焦燥がにじむ。「ガガガ」を彼の地でさまざまな命を踏みつぶして進む戦車のうなりと重ねつつ、その現実に対してただ無力な自分がいる。「書かないこと」のうちにこそ真実がある世界にうちひしがれる。これら読む心を多少なりともひりひりさせる句に惹かれたのは、戦争がいまだ世界の現実であることが誰の目にもはっきりした今だからこそかもしれない。
 そんな今、兜太健在ならば何と言い、どう行動するだろうかと切実に思う。はっきりしているのは、過去の達成に甘んじず、新しいテーマ、理念を模索し、誰も見たことのない表現で現実に遮二無二挑みかかるに違いないということだ。そんな兜太に今こそ学びたい。

【山中葛子選】
お日さまにくちびる見せよ春の子よ 三枝みずほ

すべり台より雲梯の方が春 こしのゆみこ
青鮫忌ガガガ紙噛むプリンター 石川青狼
ゲルニカのことばは無音雪時雨 宙のふう
自由っておはようって春の鴎 ナカムラ薫
三月十一日卒塔婆海の流木 稲葉千尋
虚数より素数の叫び三・一一 木村寛伸
樹のような人と樹の人と朝寝 柳生正名
白鳥帰る青うつくしくくちうつし 望月士郎
桜蘂降るやコルセットの金具 大渕久幸
光る裸木看護日記に書かないこと 中村晋
  ◇
 特選〈お日さまに〉コロナ禍によってマスクを強いられた子供たち。「くちびる見せよ」の解放感を願う愛おしさが切ない。〈すべり台〉春がドラマチックに見えてくる。〈青鮫忌〉ガガガのオノマトペが肉感的。〈ゲルニカの〉惨禍を超越した詩界なるもの。〈自由って〉最高の幸せに気付かせてくれる韻律。〈三月十一日〉の悲しみのつきまとう実感。〈虚数より〉抽象的に描かれた三・一一の叫び。〈樹のような〉ふたりごころが呼び覚まされている妙味。〈白鳥帰る〉の「青」のイメージ感覚にさそわれる。〈桜蕊降るや〉コルセットの「金具」の不思議な美意識。〈光る裸木〉墓場まで持っていく愛の証。
 春の「兜太通信俳句祭」の開催をいただく交流のすばらしさに感謝しております。

【若森京子選】
衆を搔き分け老桜の肉体美です すずき穂波

雪割草ひさかたという一隅を 川田由美子
お日さまにくちびる見せよ春の子よ 三枝みずほ
どこに仕舞おう零れる時の種袋 桂凜火
白鳥帰る耳底にうすき傷のこし 茂里美絵
雪の花「活きて老いに」を噛みしむ夕 宇川啓子
芹活き活きと夫と道草して古希に 中野佑海
しゃぼん玉後姿は見せません 横田和子
変えていいルール早春の白線引く 桂凜火
不燃性家族そのうち一人たんぽぽ化 すずき穂波
きさらぎや鉛筆で描く笑顔のよう 宮崎斗士
  ◇
 〈衆を搔き分け〉この一句の美しい立ち姿に、岡山県の国境に後醍醐天皇が隠岐の島に流される時に植えた「醍醐の桜」という老桜の美しい姿がオーバーラップした。全国には沢山の歴史的な老桜が現在も美しい姿を保持している。ふと作者の願望でもあり、作者自身の姿ではと思った。
 〈雪割草〉美徳のごとき生き方を漂わせている。〈どこに仕舞おう〉過ぎゆく時間に対する焦燥感を詩的にした一句。〈お日さまに〉現在のマスク生活に対する叫びの発語感。〈白鳥帰る〉哀感漂う寂莫感。〈雪の花〉「活きて老いに」の措辞は人間の願望であり、甘美に謳っている。「芹活き活きと」の措辞を通してこの夫婦の歩みが見える。〈しゃぼん玉〉一瞬のしゃぼん玉と下句の響き合いが上手い。〈変えていい〉生きる方法と未来への明るい希望の若々しい一句。〈不燃性家族〉家族の人間模様が見える様だ。物語性が面白い。〈きさらぎや〉林田紀音夫の「鉛筆の遺書」の様にはかない笑顔を思う。
 現状況での大会、お世話をして下さる方は大変だと思いますが、121名の参加は嬉しいことです。早くリアル大会でお会いしたいものです。

その他の参加者(一句抄)

街道は若狭より闇狐火来る 赤崎裕太
月光の音符過去へ棚引く残響の余韻 阿久沢長道
墓石に当てる両掌や黄水仙 石川義倫
ミャンマーの友の三本指みつゆび風信子 大上恒子
句を杖に誕生月は弥生です 岡村伃志子
友の射る莫妄想の矢冴え返る 小田嶋美和子
来年度体重が減る蟻の塔 葛城広光
石つぶて花にとどかず青二才 川森基次
白く煌めく街を見ている猪よ 黒岡洋子
強欲を微塵子にして春の沼 小池信平
寒晴れや正しい悪をいう政治 佐々木昇一
鍵落とす真綿の闇ぞ雪女 鈴木修一
街路樹に微温下萌えしずかにしずかに 十河宣洋
どぶろくやどの茶碗と遊ぼうか 樽谷宗寬
ショパン弾くわたし迷子よ春時雨 蔦とく子
裸木の静かさのみののこりけり 永田タヱ子
春光にサルトル一茶師の俳論 野口佐稔
春夕焼け心の隅に玉手箱 野口思づゑ
兜太祭の松明がゆく俳句新時代 野﨑憲子
蟷螂の関心無さそう骨密度 平山圭子
ひよってんじゃねえよとがるモヒカン寒の月 深澤格子
月面で麻雀ゴルフ青鮫忌 藤好良
耳朶の感覚仄か春浅し 松井麻容子
鞦韆と時空跨いで星を出よ 三嶋裕女
副反応怖がらないで春一番 峰尾大介
言い訳けのよう走り抜け恋の猫 深山未遊
師もすなるトイレで句作春の昼 森鈴
塗り立ての団地のポスト木の芽風 山本弥生
狭庭に小鮫来るかも知れぬ梅咲いて 吉澤祥匡

《参考》兜太通信俳句祭の高点句

◆第1回 2021年春のベスト5
不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝
記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
つちふるや折目の傷む世界地図 三浦静佳
ぶらんこを乗り継ぎいつか星になろう 竹田昭江
◆第2回 2021年秋のベストテン
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
漂泊さすらいは梢にありて日雷 伊藤淳子
高校野球見てる焼き場の控室 植朋子
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀
借りものの言葉しんしん蝉時雨 室田洋子
幻燈機カラカラ夏の月剥がれ 路志田美子

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