鈴木修一詩集『緑の帆船』〈影法師の叙事詩 佐孝石画〉

鈴木修一詩集『緑の帆船』
影法師の叙事詩 佐孝石画

  我はいま雲雀が落とす影法師

 扉の裏に青いインクで記されたこの一句に、彼の詩魂が象徴されている。
 そもそも空高く飛ぶ雲雀の影など、地上に届くわけはない。しかしながら、自分が「いま」、雲雀の「影法師」として地上にいるという幻想、幻視、雲雀が、自然が、己に「いま」憑依しているという瞬間のエクスタシーこそ、彼の詩の源なのである。俳句とはこの瞬時のインスピレーションをネガとして焼き写される、心霊写真のようなものだが、彼が俳句とともにこれまで手掛けてきた「詩」というものは、何を写し出し、何をつかみ取ろうとしたものなのだろうか。

  「夕影に」

  夕影の中に少女を立たせ
  僕は言葉を包み隠した
  もぎ取って来た果実の
  青さをにわかに恥じらうように
  振り向いた顔ははりつめて
  何かを待っていたのだったが

 
  夕影の中に少女を立たせ
  僕は言葉を噛み殺す
  手渡そうとした果実の

  うつろな軽さに驚くように
  ふり向いた顔はほころんで
  僕も笑い返したのだが

  てのひらに載せ
  渡さずにいた果実から
  蝶は何時いつ 羽化していったか
  そのきらめきに
  僕の瞳は瞬くことを忘れていたか
  今も変わらず 夕影に
  少女をひとり
  残して去ろうとするばかり

 五・七調のこの詩に描かれるのは、「少女」であり「僕」。しかし、先ほどの句の「雲雀」と違い、「少女」はこの現実世界にはいない。幻想の中で少女はかつての僕でもあり、そのかつての自分を「ひとり」「残して立ち去ろうとするばかり」なのだ。「もぎ取って来た果実」を手にした少女は、「何かを待ち」、僕にその「果実の虚ろな軽さ」を手渡そうとする。しかしその果実は、渡されることなく「蝶」となり「羽化」していくのである。この詩では、幻視の中、「少女」という自分も含めたかつての穢れなき存在との切ない対話が続く。しかしその対話は「僕」が言葉を吐くばかりの限りなく独白に近いもの。青春への憧憬ともいえるこのような叙情詩は、彼の詩や俳句の魅力でもあるが、詩集を紐解いていく
とそこに明らかな変化がみられる。妻を得、家族を得た彼の言葉は己以外の人へ、他者へと向けられていくことになる。
 「沖・パラソル」という作品は家族への思いと己の孤独な心の間の微妙な心の揺らめきを描いた、彼の作風が独白から対話へと向かう過渡期の秀作。家族から離れ沖へと身を運ぶ彼の脳裏に、浜辺に佇む妻、子、父の様々な仕草が浮かび、「得も言われぬ愛しさが背筋を走る」。孤独と愛の混濁に戸惑いながらも、彼はやがて家族の待つ「岸」へと泳ぎ出すのだ。

  「ポスターの中の家族」

  真夏の海の輝きをバックに
  横切る家族の姿を
  隣り合う「海の家」の間の
  通路の向こうに捉えた
  古いポスター写真
  張り出した屋根の裂け目にのぞく
  午後の太陽は
  逆光の赤に燃え
  一瞬の影と光を永遠に焼き付ける

   母 父
   上の子に手をつかまれて
   振り向く下の子
   親子四人の黒いシルエット

  「この親子は どこに行き
    今 どこにいるのだろう」

  止まった時間を動かすと
  彼らを追って現れる親子がいる
   夫 上の子
   下の子の手を取って遅れる妻…

  ポスターの中を歩きつづける
  遠い日のわが家族の肖像

   別々の場所で暮らしながら
   共に歩みを止めない
   親と子の影法師

 ポスターの中の「逆光」の家族の「黒いシルエット」を見つめているうちに「彼らを追って現れる親子」が動き出す。無論、それは「遠い日の」鈴木自身の家族。今は別れて暮らすことになっているが、その遠い記憶達は今も強く温かく彼を包む込んでくれる。そしてその思いと私は、「共に歩みを止めない」。かつて自分の内側へ向けられた言葉たちは外へ、モノローグからダイアローグへ、閉じた感情は他者へ開かれた慈愛へと変容していく。いつしか彼ひとりの叙情詩から、神話の如き家族の叙事詩への「羽化」が始まっていたのだろう。かつて一つしかなかった影法師は、家族を含めた全宇宙の無数の影法師となり、これからも賑やかに彼と「共に歩みを止めない」にちがいない。

  星々の交信

 昭和の歌が
 「見上げてごらん」と歌うから
 夜空を仰ぐ癖がつき
 星の数は命の数と思いながら
 見上げているうちに
 いつしか眼は涙の壺となる


 星もまたそらおきてを守りながら
 こぼれまいと耐える光を瞬いている
 涙の壺をあふれ出る地上の星の交信が
 空の星へと届いているだろうか

 銀漢けむるあたりには
 何かがさざめいているようで
 ああ そこから
 嘆きや哀しみではなく
 天上の笑い声が
 零れて来はしないかと思うのだ

   父母の笑み
   逆縁の子らの笑み
   別れて会うことの絶えた人々の
   笑い声までも……

 「幸せに 笑っていてくれたなら」
 この願いを 星々もまた
 人々へ瞬き返しているのだろうか
 かすれながら星空を磨いてきた
 秋の虫の声も絶え
 冷たい闇に息を潜める命の数……
 空を仰ぎ 星との応答をくり返し
 やがて人は 想い描くのだ

   たたえ あふれ 流れた涙と
   星の光が交わって この闇に
   命の数の虹を架けてゆくさまを

(鈴木修一詩集『緑の帆船』の掉尾に置かれた詩の全文)

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