第2回 海原金子兜太賞 発表

『海原』No.23(2020/11/1発行)誌面より

第2回 海原金子兜太賞

【本賞】
 三枝みずほ「あかるい雨」

【奨励賞】
 小西瞬夏「ことばのをはり」
 森由美子「万愚節」

 第2回「海原金子兜太賞」は、応募のあった60作品の中から、上記三作品の授賞が決まった。
 昨年の第1回に引き続き、多数応募していただいた同人・会友のみなさまに感謝申し上げたい。とくに本年は、コロナ禍のなかでの創作活動であったにもかかわらず、質量ともに大変充実した作品が寄せられた。決定までの詳細は、選考座談会をご覧いただきたい。
(※本ウェブサイトでは「選考座談会」は掲載しておりません。「選考委員の感想」のみの掲載となります。)

【本賞】

三枝みずほ「あかるい雨」

葉のうらのきれいなみどり反抗期
白い紙に閉じ込めている夏の蝶
抜き取ったページなんてうすい鳥
雑踏を行く半身は痺れる木
はにかんだほかは花アカシアの風
ひとたび髪をほどけば雨の新樹かな
あめんぼの水面にやがて沈む街
雨降りしきる白シャツの心臓へ
片腕に青葉の冷気投函す
夏草が胸の深さを埋め尽くす
少女の自我摘みそう首の骨鳴る
揺れている首より上の白日傘
籐椅子や手紙を透かす日の痛み
泉へとつながる鼓動ペンはなす
野を走る少女は水無月のひかり
砂の奥へいまだふたしかなる両手
くるぶしにあしたの自由水打てり
夕焼けが耳を塞いで橋のある町
水槽に海月きりもなく飢餓湧く
夏の雨みずうみという黒い穴
夜の鏡うつりたがるは蛇の飢え
ソーダ水底からまぜる遠い月
玉葱やじんわりとこころをしる
蝉時雨やむまでにかく一筆箋
夏の木に触れてあたらしい電流
夏雲を辿りゆくさき水湧けり
ハミングのずれる歩幅や夏帽子
マンホール飛び越え向日葵の高さ
リネンワンピース祈りのように風
あかるい雨という球体のなかへ

【奨励賞】

小西瞬夏「ことばのをはり」

一粒の凍星聖者のあばら骨
青木の実家系図てのひらに重し
足裏にまだある痛み雪解川
狼の眠りを雨の音に聴く
草青むことばのをはり見つからず
空き箱に闇の片寄る木の芽時
片仮名のひしめきあひし猫の恋
抽斗の奥の波音蝶の昼
飢ゑ兆す春の野原を駆け抜けて
三月をさらつてゆきし海のいろ
草青むからだのどこか置き去りに
桜狩戻りてこゑの戻りつつ
蝶の昼耳朶重くなりゆけり
青葉冷えマネキンの皆横向きに
青き淵まで初蝶の沈みゆく
春の風邪人形の家散らかつて
蜜蜂のはじめからおはりまで光
ちちははのややかたぶきて春の山
耳朶を確かめてゐる桜どき
少年と少しの水と春の蝉
涅槃西風石積むやうに眠るなり
砂に描く帆船八月のかたち
星幾つある手のひらの潦
八月の密語消えゆく知覧かな
とぢあはす少年の唇白はちす
八月。人形の片腕を拾ふ
蚯蚓鳴く眉間に小さき仏来て
木偶の首ころがつてゐる大花野
真白に来る戦争と火取虫
盗人萩酔へば酔ふほど深き夜

森由美子「万愚節」

二十四時間見張る狐火無菌室
覚悟の瞳避けて躱して冬の蝶
細き指嬰の手に絡め命の榾
凍て雲や死を真っ向に端坐せり
けあらしや夫の未来消すまいぞ
瞳孔散大ダイアモンドダストになる瞬間
深々と凍てし瞳よ尊厳よ
うつつ世の呪縛を放ち鵙高音
鮟鱇もジャンヌダルクも口惜しい瞳
完璧な金継ぎひとつ冬満月
鳥帰る数多の情に翳を置き
後のこと頼まれたって寒すぎる
朧夜のボサノバ遺言だったかも
残雪の遠嶺ひとりを踏みしめん
死の軽重三国志読む春宵
春眠の朦朧夫に囚われて
寝釈迦図の右足あたり夫と犬
白木蓮手洗い美しき外科医の夫
花吹雪あの世歓迎の大パーティー
草萌えの野の遠白や生きめやも
ひらひらと恋文天を突く焚き火
頭骨に一人食む音冴え返る
風花ちらちら昔語りの文届く
亡き夫の靴を磨いて彼岸入り
突っつけば生き返るかも草の餅
優しさのこころさまざま濃紫陽花
距離感を手探る家族鉄線花
万愚節まるでラブラブだったみたい
天の川手招く夫に首を振る
遺されし孤独と自由梅雨の虹

◆選考委員の感想

※選考座談会で取り上げた作品はすべて匿名で議論しており、次の選考感想は、作者名がわかってから執筆していることをお断りしておきたい。

■安西篤
 座談会でも言及したことだが、今回はコロナ禍の渦中にあっての選考だっただけに、もっとその危機感が出てもよかったとの印象はある。もちろん、我が国におけるコロナ禍の影響はこれからが本番だろうし、それが個々の生活感を本格的に脅かすのも晩秋から冬にかけてのことだろうから、作品への波及にタイムラグが出るのはやむを得ない。しかし状況の先取りや危機意識まではあまり見られなかった。
 座談会でふれなかった入賞作以外を見ると、46番「新コロナ禍の豪雨被害」が、この問題に真っ向から取り組んでいた。〈コロナ禍や棺を照らす春の雷〉〈コロナ禍の牛が鳴く阿蘇長梅雨に〉等その問題意識は体験にも裏付けられている。異色作6番「秋の夜を」では動物に特化したテーマながら、〈梅雨兆すシロサイが呼ぶ死者の霊〉〈荒寥の果ての荒寥野ウサギ跳ね〉等、アニミスティックな人間観を打ち出していた。また19番「火打ち石」では、現代の倦怠感とも不安感ともみられる生活感覚〈くすぐったい朧夜のトルソーの指〉〈葉桜や悪い遊びを置いてくる〉等、実験的意欲に今後の可能性を感じさせるものがあった。30句全体の安定感に期待している。

■武田伸一
 最後まで競りつつも、次点とせざるを得なかった候補作を次に掲げる。1番「ヒバオア島三十景」〈指先にバニラのにおいそして性欲〉は、意見交換の際にも少し触れたが、俳句としては未だしの感が残るが、一行詩として見るべきもの多く、国際的にも称揚に値しよう。16番「静かな点線」〈捕虫網かぶせるための弟欲し〉は意欲十分、かつ作品の質がそろっている。23番「原皮師」〈枝垂梅訪うごと曲がる兄の体〉は、風土性が魅力、かつ措辞に瞬発力あり。30番「星朧」〈英会話が大阪してます鵙日和〉は、とてもユニークにて、少し饒舌な大阪的作風に味がある。32番「子供食堂」〈赤腹の親子いっしょの炎となりぬ〉は、多様な素材の底を流れるアイロニーが魅力。39番「ヒトに祈りのDNA」〈花
過ぎの鉈の重さのステイホーム〉は、敏感な時代性、そして表現意欲旺盛。48番「月鈍る」〈サングラス覗く不都合な都市風景〉は、時代性を捉えるほどほどの自負。

■田中亜美
 一位に「蜃気楼」を推した。闘病という重いテーマにもかかわらず、読み手に癒しを与えるような健やかさが貴重と思う。
  麦の秋けむりのような検査食
  梨の食感外科医師の受け答え
  排尿を褒められている夏病棟
  さるすべり勲章のよう手術痕
 体言止めの句が多いが、作者の心の中でもきっぱりとした区切りのような効果を与えているのかもしれない。〈前向きなリアリズム〉の精神は兜太師にも通じよう。
 二位の「あかるい雨」については選考会で述べたとおりである。今後、ますます活躍してゆく優れた才能の作者と確信する。あえて苦言を呈するならば、「分からなさ」を指摘されるのは、表記の斡旋の曖昧さに因るところもあるのではないか。
  抜き取ったページなんてうすい鳥
  玉葱やじんわりとこころをしる
 傍線部を私は「何て」「知る」と脳内で漢字に変換した上で魅力的な句と解釈したが、曖昧さは残る。短詩型の持つ多義性という概念に甘え、伝達性を疎かにしてはならないと、自戒を込めて思う。
 三位に推した「鯨の余暇」は伸びやかな感性が魅力。
  サイダーの思い続けている世界
  晴れた日の鯨の余暇の過ごし方
 四位の「静かな点線」は寡黙な印象の作品に惹かれた。
  来たことのある駅前と思う汗
  老いという静かな点線蟻つまむ
 五位の「黴の男」の柔らかい諧謔に潜む洞察力が心に残った。
  深眠り黴の男になってから
  噴水の繰り返している火の記憶

■堀之内長一
 受賞した三作品にはそれぞれに個性と表現の工夫が感じられた。座談会では苦言も呈したが、まったく異存はない。選考には、自分なりの評価基準を秘めて臨むのだが、それも作品との出合いによって、逆にその基準を変更せよと迫られることもある。それもまた、選考の醍醐味であり、選考にあたるものの責任でもあると自戒している。
 私の推薦五作品以外で、最後まで迷いに迷ったのが、42番「ディストピア」である。傭兵という特異な題材をテーマに、劇画タッチで描かれる廃墟の光景は、不気味で静謐。西東三鬼や三橋敏雄の戦火想望俳句に似た立ち位置だろうか。〈傭兵の厚き唇割りて蟻〉最終的には映画のヒトコマに似たイメージが気になり、候補からはずしてしまったが、果敢に俳句で現代社会の一側面を表現しようとする挑戦意欲には感心させられた。
 そのほか、25番「どこへでも行ける」のやわらかな叙情、31番「捕虫網2020」のどこか破れかぶれの句の勢い、33番「無精髭」のユーモアと俳味、45番「群青の馬」の瑞々しい幻想、59番「鯨の余暇」のフレッシュな日常の把握、60番「伏流水」の悠揚迫らぬ読みぶりがもたらす豊かな世界などが心に残っている。

■宮崎斗士
 応募作60編を何回も熟読の上、1番「ヒバオア島三十景」、2番「告白」、4番「ことばのをはり」、11番「大根おろし」、16番「静かな点線」、18番「万愚節」、19番「火打ち石」、23番「原皮師」、24番「白花水引草」、26番「小鳥くる」、28番「蜃気楼」、29番「若き母性」、32番「子供食堂」、34番「一人称」、36番「西瓜」、38番「行ってらっしゃい」、47番「花の中」、49番「リボン」、50番「黴の男」、51番「あかるい雨」、53番「海を忘れる」、59番「鯨の余暇」、(番号順)以上22編を第二段階へ残した。
 さらに熟読、熟考の末、最終段階まで残ったのは、「小鳥くる」「子供食堂」「一人称」「ことばのをはり」「鯨の余暇」「あかるい雨」「花の中」「蜃気楼」「白花水引草」「火打ち石」の10編。さらに絞り込んで、決定した一位から五位までの作品を、選考座談会にて挙げさせていただいた。
 今回の選考の中で、特に印象に残っているのは、受賞作「あかるい雨」の一編全体に漂う「球体感覚」に思い当たったこと、そして奨励賞「万愚節」の表題句「万愚節まるでラブラブだったみたい」に託された作者の切なる思いになかなか気づけなかったことであった。私も当賞の選考委員としてまだまだ修行の身……次回もさらなる刺激をお待ちしております。

■柳生正名
 30句としての存在感から「ヒバオア島三十景」をまず推し、続いては個々の句の強さで「星朧」以下四作を選んだ。その中に入った大賞作「あかるい雨」を今読み返し、例えば
  夏草が胸の深さを埋め尽くす
にコロナの翳を否応なく読み取っている自分に改めて気付く。他の選考委員諸氏も同様の思いを多少とも共有していたのではないか。
 「ヒバオア島」の迫力に圧され、同様に連作としての力を感じた「蜃気楼」「ディストピア」などが五作から漏れた。「万愚節」もそう。看取りを実体験した者のみが描ける
  瞳孔散大ダイアモンドダストになる瞬間
の切実さはかけがえがない。こうした濃密な句の合間に、写生風自然詠の句なども配すれば、思いはさらに響きを増したのではないか。
 「セカイノオハリ」やベケットの不条理劇の台詞「言葉にもおさらば」を思い起こさせるタイトルの「ことばのをはり」では
  空き箱に闇の片寄る木の芽時
五作に次ぐ評価をしたが、ここにもコロナの「今」がある。格調ある旧仮名文語調が新鮮。
 「伏流水」にも注目した。30句から匂いたつ「土」の重くれ。海原の本流がここにこそあることを教えてくれる気がする。

■山中葛子
 第2回の受賞作品「あかるい雨」〈リネンワンピース祈りのように風〉の新風のごとき体感。奨励賞「ことばのをはり」〈草青むことばのをはり見つからず〉の時代を導きだしている想念。「万愚節」〈万愚節まるでラブラブだったみたい〉のリアルタイムを誘う詩情。「海原金子兜太賞」の素晴らしさを再認識させられる受賞を心より喜びたい。
 私の推薦した五作品のうち四作品は推薦が誰とも重ならなかったが、大衆性と芸術性を思う「海原」の俳諧自由を目の当たりにする感慨を60
作品からいただいた感謝です。
 推薦作品については、座談会で触れているので、それ以外で惹かれた作品は、9番「オオルリが鳴く」〈オオルリが鳴いたら自画像描くだろう〉の、幻想と現実のあわいを生々しく表現するチャレンジ。20番「頃合いの鹿」〈草原を鹿で満たして青なんばん〉の、野生動物と共存する、果てしなく祖がいる家系図の大地。36番「西瓜」〈ちょっと哀しいような四角い西瓜〉のコロナ禍の日常が胸に迫ってくる、自分史のような詩情。42番「ディストピア」〈ソファーから夏草伸びる廃ホテル〉の廃墟化する現代社会を浮き彫りにした連作の迫力。47番「花の中」。53番「海を忘れる」など、期待です。

候補になった18作品の冒頭五句〈受賞作を除く〉

1 ヒバオア島三十景 マブソン青眼
 白犬の睾丸黒しゴーギャン墓前
 今日はゴーギャン墓碑のみ朝日当たりけり
 崖に霧ゴーギャンという派手な神秘
 指先にバニラのにおいそして性欲
 「あたしをさわって」と震えるブーゲンビリア

5 風の味 藤川宏樹
 野暮天がことを始める十二月
 まるで鶏昼餉搔つ込んでる師走
 表札へ「班長」加う〆飾り
 もてなしの牛乳臭し囲炉裏端
 家鴨口拗ねて窄める虎落笛

10 海の漢 金子斐子
 山影船影夏影七浦海岸
 水平線夢々浜防風茫々
 漁師とう船魂しいと山の気と
 沖を見る簡単服の親と子と
 夏暁烏賊舟傾いて戻る

16 静かな点線 望月士郎
 鴎光ってはつなつの水晶体
 シマウマの白地に黒へ更衣
 地球儀にががんぼ止り夏の月
 金魚玉その内側とそれ未満
 ふるさとや揚羽と揚羽の影の距離

19 火打ち石 渡辺のり子
 くすぐったい朧夜のトルソーの指
 倦怠のたっぷり重い白木蓮
 ジーンズの穴にまどろむ朧月
 まといつく微熱の感覚花の冷
 体内の砂漠に沁みる春の雪

23 原皮師もとかわし 稲葉千尋
 猪檻の存在に遇う春の山
 ライダーの蓬髪春をなびかせて
 枝垂梅訪うごと曲がる兄の体
 繃帯のよう初蝶は低くひくく
 たんぽぽの絮降っている姉の家

28 蜃気楼 三浦静佳
 喉元に育てし病蜃気楼
 青葉冷ゆ父が無言で夢枕
 ピンと来ぬ病名牛蛙しきり
 泣き顔の向日葵もあり硝子拭く
 麦の秋けむりのような検査食

30 星朧 三好つや子
 夜のふらここ鬼ごっこのみんな鬼
 音だけが芽吹いておりぬ種袋
 紫雲英田の時報の外を歩きけり
 うららけし顔を盛ったり削ったり
 春蝉ひゅるひゅる令和二年の縮んでる

34 一人称 木村リュウジ
 はつなつの白線出たら死ぬ遊び
 桐咲いてことばするりと遠くなる
 おとうとに椅子のしずけさ五月行く
 似顔絵の大きな瞳柿若葉
 かきつばた涙はいつも垂直に

37 非戦 上野昭子
 蝉の穴声をかければ返事する
 広島や長崎遠し原爆忌
 麦秋や海峡渡る自衛艦
 向日葵が幾千万の敵となる
 いきもののすべてが散華沖縄忌

39 ヒトに祈りのDNA 伊藤道郎
 海底うなそこに灯はあるか子らよ雛たちよ
 花過ぎの鉈の重さのステイホーム
 ふり向くな虹はいまガラスの脆さ
 みごもりのこだまのようにおぼろ月
 ひと肌がひと肌を喚ぶ雪解風

40 猫 笹岡素子
 賑わいの中の孤独やお正月
 デパートに雪の降るのが解っている
 冬ざれの原野吾子の思い出ばかり
 寒明や何時からか水で顔洗う
 簡単に言えば入学式ができないって事

45 群青の馬 山本掌
 かつかつと一角獣は朧より
 リラの雨罪咎のごと巣ごもり
 昼の蝶影のもつれるるそのあわい
 沖に朱夏まひるのまの真塩燦燦
 青水無月水のまなざし水となり

47 花の中 ナカムラ薫
 春の雪ときにあやまちの疾走
 つちふるや一糸まとわぬ走り書き
 雛人形息をするたびヒトの乱
 水よりもしずかな吐息桃の花
 野遊びの素直になるための順路

49 リボン 大池美木
 山百合を少女の我が捧げ持つ
 男の手にひとつの美学かきつばた
 雨音はチェロの爪弾きゼリー冷ゆ
 少女らの髪すこやかに聖五月
 余り苗野良猫ヌクが嗅ぎながら

50 黴の男 山本まさゆき
 若き日の兜太の日記男梅雨
 熱帯魚バブルの頃の妻の写真
 夏つばめ弥生遺跡の泥運ぶ
 蝸牛を葬る丑寅の方角へ
 なめくじら心にぴったりの曲線

59 鯨の余暇 小松敦
 サイダーの思い続けている世界
 夏館静かな文字のような人
 凌霄花なにか憑りつかれています
 糸瓜咲くずっと一緒にいるような
 夏布団ごと抱き寄せる月日かな

60 伏流水 鱸久子
 鳥海山の伏流水や羽州うしゅう
 山の精の滴り秋田杉真直ぐ
 夏の山唄秋田杉う山に溶け
 娑婆知らぬ山椒魚の家池塘
 池塘深く山椒魚は冬を寝る

応募作品の冒頭二句〈候補作・受賞作を除く〉

2 告白 深澤格子
 蕗の薹天狼星からEメール
 蓬踏む男はむかし鯨捕り

3 来し方を 永田タヱ子
 熱燗や口にひろがりひろがれり
 ふるさとへ風つれ集うさくら狩

6 秋の夜を 松本勇二
 密集や霞の中のニホンザル
 春満月アフリカゾウの夜泣き癖

7 ほんまもん 工藤篁子
 春星に潤む裸婦像きみを抱く
 呟きを言葉に托す新樹の夜

8 ありのまま 森田高司
 山田の父垂直移動父の風
 エアメール春の方角鬼瓦

9 オオルリが鳴く 遠山郁好
 ひる近く風出て若葉家籠る
 不安とう眩しさ憑かれ山青む

11 大根おろし 葛城広光
 運命を愛玩しているシャボン玉
 春の土天国の庭に盛っていく

12 吾も亦 小川佳芳
 道半ば漢さらに沈思な初日
 寒月や肚内高く朗報よ

13 試着せぬ恋 中野佑海
 男の子海市ばかりを食べたがる
 軟式テニス俺も入れろと五月晴れ

14 猪羊とや 河田清峰
 猪羊とや干支ちよう父母も曼珠沙華
 母の遺言おかはりするな秋彼岸

15 薔薇を貴方に 藤好良
 蓬萊や子宮のごときビッグバン
 歯固めてシュプレヒコール「口」すさび

17 如月の窓 黒岡洋子
 獅子にカツン噛まれしかしら陽がしみる
 兜太の忌蒸気まみれに機関車来

20 頃合いの鹿 十河宣洋
 群鹿は頃合いの仲間草ロール
 宇宙船掴みそこねた流れ星

21 視点 大髙洋子
 虫出しの雷長いてがみの余白
 夏兆すフラットな風だったような

22 一回転 梨本洋子
 短夜や読書こそ創造の花芽
 郭公の雌が応えるギャッギャッギャ

24 白花水引草 横地かをる
 青鷺の老いし感情春の水
 春の砂こぼれて父の文机

25 どこへでも行ける 松本千花
 はじめに言葉あおあおと月を置く
 露の玉名前呼ばれしものたちへ

26 小鳥くる 岡村伃志子
 目の涼し赤子抱く母小鳥くる
 春耕の身の丈ほどの鍬をもつ

27 短音階 石橋いろり
 モディリアーニの瞳の映す春の鬱
 老鶯や聞き流す術聞かぬ術

29 若き母性 大髙宏允
 朧かなひとつの問いが顔を出し
 扇風機外ばかり見て何を見る

31 捕虫網2020 川嶋安起夫
 啓蟄や生きものでないものやってくる
 蠣蜆蚫蛤 遠ざかる

32 子供食堂 河西志帆
 子供食堂かまきりを先に入れ
 燕来る大きな鳥の来ない此処

33 無精髭 川崎益太郎
 残雪は余生それとも遺言書
 春眠は永久の眠りのリハーサル

35 狂言師 木村寛伸
 世迷い言酒池肉林の雛納め
 ホワイトデー円周率の朧月

36 西瓜 小林育子
 こでまりはさみしい人の塊です
 陽炎にまみれた手指を消毒す

38 行ってらっしゃい 川崎千鶴子
 立春や老いのお面を捨てましょう
 口紅を吸ってほんのり春マスク

41 心の風景 漆原義典
 今を生き淡々と跨ぐ茅の輪かな
 もう少し話していたい蛞蝓

42 ディストピア 鈴木弥佐士
 夏草に呑まれし廃墟静まれり
 廃ホテル玻璃なき窓に朧月

43 まだまだの老い 野口佐稔
 梅雨晴間確率論が足止めす
 めまといや重症化率という言葉

44 生胡桃 石川まゆみ
 それぞれの雷雨警報共振す
 二笑亭守宮退散したでせう

46 新コロナ禍の豪雨被害 赤崎ゆういち
 ウィルスは国境知らず白鳥また
 火葬にも立会えぬ兄春コロナ

48 月鈍る 桂凜火
 漂流す青い蝶と棲む非日常
 春の闇棺の車列街ゆけり

52 痛みの行方 清水恵子
 創造の扉を開けて紋白蝶
 こじつけて私のせいにされ不眠

53 海を忘れる 平田薫
 つまさきとんとん雪柳は白
 雄雌雄雌雄と雄春の池

54 水里みずさと 長谷川阿以
 遠き声鼓動応える青葉潮
 宇宙船チューブを出れば青葉潮

55 蹴出し 植田郁一
 お腰きりりと北の大地をイヨマンテ
 ねぶた跳ねっ人お腰湯もじが入り乱れて

56 夢幻舎 増田天志
 腕一本くれてやろうか雲の峰
 奥底に蛇眠らせる阿弥陀仏

57 魚の血 上原祥子
 情念の閑かに澄んで今朝の春
 有終のことばの軽く去年今年

58 想い 佐藤詠子
 呼吸には表裏がなくて朧月
 白蓮や吐露するように喉仏

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