第2回 海原賞

『海原』No.22(2020/10/1発行)誌面より

第2回 海原賞

【受賞者】
 日高玲

【選考経緯】
 『海原』2019年9月号(11号)~2020年7・8月合併号(20号)に発表された同人作品を対象に、選考委員が1位から5位までの順位をつけ、選出した(旧『海程』の海程賞を引き継ぐかたちで、海程賞受賞者は対象から除外した)。
 得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、日高玲への授賞を決定した。

【受賞作品抄】

森の深部 日高玲
緑の夜湖心へ伸びる長い足
山椒魚森の深部に書庫のあり
象老いて詩人を疎む沙羅の花
浅き夢麻服に風鳴らしつつ
卯の花腐し髪梳くように浪費して
牡丹崩れてピアノタッチが重くなる
螢の夜老女のはかりごとに溺れ
ねむの花上着の裡に入れる猫
歯の疼くからすうりの花開く
多肉植物幼児の首の汗湿り
曼珠沙華糞尿譚とは愛のこと
死後のごとく気ままな旅の柿を食ぶ
桃を剝く君の指先トンネル長し
茗荷の花悔悟のように掌の濡れて
森番に焚火の匂い恢復期
紙マスク凍蝶のよう張り付きて
海鼠噛むラガーの耳の肉厚し
もずく酢すするハスキーボイスの少女
春光のソナタ形式にて老女
朧夜のレコードを拭くベルベット

【候補作品抄】

ビードロの小箱 鳥山由貴子
巻き癖の海図の上へ青檸檬
木枯や青く欠けゆくナフタリン
冬青そよごの実孤独が鳥の眼する
野兎は少年火薬庫までの距離
真夜中の鏡砕氷船が過ぐ
柊の花傷口がまだ濡れている
破船描き足すきさらぎの鳥瞰図
海市夜市ビードロの小箱買う
きみを刺すことばにかえて石鹼玉
どこでもない懐かしい町蠅生る

蚊は矢(世界最短句) 中内亮玄
青蛙ひやりと燃やす命かな
黒鍵に蝶白鍵に蝶あらゆる風
ひなあられ光を玉にしてこぼす
ケータイ忘れコップに昼酒の卯波
少年に風青々と原野来る
ミサイルのよく飛ぶ日だな夏蚊遣り
怪しきは罰せずアリウムギガンチウム
鎌首を肥沃に擡げ九頭龍川
言い切ってからの深海髪洗う
通勤の隣は冬霧を抱く人

水鳥の小函 川田由美子
しろつめ草雲と私編み込んで
落としものはるか梢の朴の花
晩夏光鳥籠のようとらわれて
水汲みて葉脈として今朝の秋
吾亦紅風割るひびき石のむら
えのころ草旅の心を湿らせる
手渡しのしずけさふっとちちろむし
夢に父花柊の匂う朝
水鳥の小函のように眠りおり
野水仙私というは小さきふち

コスモスの 横地かをる
遠蛙群青いろの村だった
少年が少年を待つ青野原
六月の円を正しく描くあそび
一周忌オオムラサキのやわらかさ
水底の石声上げる水の秋
コスモスの真ん中にいて自由
胡桃の実鳥のことばを溜めておる
触れたくてわたむしわたむし一寸さがれ
ふたりいてリズムのような十二月
湖北行く今なら風花になれる

レモンをぎゅっ 河原珠美
楠若葉さびしい小鳥お断り
レモンをぎゅっサラダいよいよ白南風に
夏暁の異類婚姻譚いくつ
狐に礼そしてあなたにお訣れを
先生の口真似すれば木の実降る
整列の鯛焼虚ろ憂国忌
落葉の椅子へ魂と猫預けます
落葉降る散歩の犬は陽に融けて
料峭や夜という名の黒猫
少しだけ声が聞きたい春満月

鴨の水脈 船越みよ
自分史に入りきれない三・一一
少年に馬のまなざし青水無月
文殻は波の旋律月見草
少年ぶきっちょ花栗の青引きずり
秋茄子キュルキュル水のことばかな
まだ曲にならない音符冬銀河
音叉のよう鴨の水脈ひく逢瀬かな
静かな看取り日溜りの冬の蜂
未完の詩葱は素直に反りてゆく
廃炉まで死なぬ耕しの鍬一本

【海原賞選考感想】

■安西篤
①日高玲 ②鳥山由貴子 ③伊藤巌 ④竹田昭江 ⑤中内亮玄
 海原賞は本誌の作家的ステータスを示すものでもあるから、昨年度ばかりでなくこれまでの実績をも加味して評価することにした。
 一位日高は、独自の詩的領域を深掘りしつつあって、〈春光のソナタ形式にて老女〉〈山椒魚森の深部に書庫のあり〉など発想に重厚なものが健在。二位鳥山は、昨年取りこぼしていた感があり、軽快な詩的感性の飛翔力にあらためて瞠目した。〈冬青の実孤独が鳥の眼する〉〈巻き癖の海図の上へ青檸檬〉。三位伊藤は、風土性に物語性を加味した作風をもって、前年とは一味異なる境地を目指した。〈大花野今泥流のびょうびょう〉〈春琴抄閉じ春雷の中にいる〉。四位竹田は、持ち前の抒情性を現代の新感覚で捉え、次なる可能性を予感させてくれた。〈形状記憶シャツ葉桜に雨〉〈人去りてあしびの花に次の雨〉。五位中内にはもっと上位の成果が欲しかった。〈ひなあられ光を玉にしてこぼす〉〈五月晴れ左右の足と左右の手〉など若々しいが、前年比もっと飛躍した発想を望みたかった。
 ほかに注目株として、伊藤雅彦、楠井収、有村王志、董振華、望月士郎、河西志帆、北上正枝、木下ようこ、黒岡洋子、清水茉紀、すずき穂波、横地かをる等がいる。

■石川青狼
①日高玲 ②川田由美子 ③鳥山由貴子 ④北條貢司 ⑤横地かをる
 第一回の海原賞に推した上位三名が受賞して、第二回目の選考は実力伯仲の作家が犇めき混沌としていた。その中で一位に推した日高は〈鬼灯市二十才であった妻とはぐれ〉〈茗荷の花悔悟のように掌の濡れて〉〈海鼠噛むラガーの耳の肉厚し〉の安定した作品を柔軟に展開し読み応えがあった。二位の川田は詩情豊かに〈しろつめ草雲と私編み込んで〉〈えのころ草旅の心を湿らせる〉〈コロナの時代白き春日の栞閉づ〉の誇示することなく対象を柔らかく包み込む表現力を推したい。三位の鳥山の一年間は圧巻の作品群で〈雨垂れをことばに桑の実はジャムに〉〈柊の花傷口がまだ濡れている〉に注目した。四位の北條は〈不眠症金魚は朝の夕陽である〉〈北狐いつも手軽な雪つぶて〉の硬質な叙情の魅力を推す。五位の横地は〈コスモスの真ん中にいて自由〉〈ふたりいてリズムのような十二月〉の軽やかな詩情を推す。
 選考外だが伊藤雅彦、伊藤幸、片岡秀樹、三世川浩司、峠谷清広、加藤昭子、木下ようこ、清水茉紀、さらに北海道の佐々木宏、奥野ちあき、笹岡素子等に注目した。

■武田伸一
①河西志帆 ②平田薫 ③楠井収 ④加藤昭子 ⑤笹岡素子
 ベテランの方たちには申し訳ないが、〈風の衆〉と〈帆の衆〉だけからの選出となった。悪戦苦闘、こうしないと収まりがつかなかったのである。
 河西志帆は〈ついてない蛙が解剖台の上〉〈かいやぐら水にかがむな年をとる〉など自在な俳境を深めて秀抜。平田薫は〈おおいぬのふぐり有耶無耶日和かな〉〈雪柳あったところに石を帰す〉など独自な世界を開花させた。楠井収は〈母を抱く震えるほどの汗かいて〉〈定年後の父さんああなの冬の蠅〉などシニカルな手法で家族を捉える。加藤昭子は〈神留守の少しずれてる鍋の蓋〉〈昨日とかさっきが零れ冬の母〉など生活実感に味わいがある。笹岡素子は〈柿剥いて詰まらないとつぶやく〉〈整形外科医加齢ですと言う根雪〉などさりげない日常のアンニュイ。
 さらに惜しみつつ選外とした竹田昭江、峠谷清広、日高玲、伊藤巌、伊藤幸、伊藤雅彦、大池美木、すずき穂波、遠山恵子、鳥山由貴子、中内亮玄、船越みよ、三好つや子、諸寿子。さらには、別格として横山隆の名も記憶に止めておきたい。

■舘岡誠二
①中内亮玄 ②日高玲 ③宇川啓子 ④船越みよ ⑤川田由美子
 中内亮玄はズバリ言って、日常活動の旺盛さと作句力が相俟っている。
 ミサイルのよく飛ぶ日だな夏蚊遣り
 銀杏散る蝶散る如く詫びるごとく
 日高玲はイメージのひろがりを効果づけている。
 卯の花腐し髪梳くように浪費して
 山椒魚森の深部に書庫のあり
 宇川啓子は震災後の作者の心情が行き届いている。
 フクシマの無言の更地炎天下       
 避難解除の地あかりのごとく柿たわわ
 船越みよは才に流れず地についたさりげない表現がよい。
 少年に馬のまなざし青水無月
 音叉のよう鴨の水脈ひく逢瀬かな
 川田由美子は詩情深くすっきりとさりげなく心情をまとめている。
 しろつめ草雲と私編み込んで
 夢に父花柊の匂う朝
 すばらしい同人の多い「海原」。さらに切磋琢磨しあいたい。

■田中亜美
①関田誓炎 ②鱸久子 ③藤田敦子 ④齊藤しじみ ⑤董振華
 関田誓炎の風土に根ざした清潔な詩情に魅かれた。〈黒揚羽弁才天にまぎれたる〉〈落人の血を継ぐ吾に石榴熟る〉〈土着なり冬泉に生む星ひとつ〉。このベテラン作家に「古き良きものに現代を生かす」精神の結実を見るような気がした。鱸久子の韻律感覚のよさ。平明ということの深さ。〈稔田の無頼の草の孤高〉〈両手で受ける遍路のお鈴波の音〉〈学徒愛し散り急ぐなよ花〉。藤田敦子の定型の安定感。フィギュアスケートでいうならば、規定演技の精確さの上に、自由演技の個性もまた花開くのではないだろうか。〈ぎくしゃくと言葉色づきゆく稲田〉〈海の声海へ還して開戦日〉。〈田を流し車を流し水澄めり〉。対句表現が決まっている。齊藤しじみの静かなペーソス。〈自販機の唸り声聞く残暑かな〉〈長き夜や人生訓に付箋貼る〉〈無表情拾ひ集めし四月かな〉。自らは力まずに、読み手に余韻を与えるということを知っている作家と思う。董振華の不思議な包容力。〈旧友の遠方より来る晩夏かな〉〈啓蟄や夫婦という名義の下〉。漢籍のような大らかな世界観やユーモアを「かな」「や」の切れ字が絶妙に支えている。

■野﨑憲子
①河原珠美 ②川田由美子 ③中内亮玄 ④伊藤幸 ⑤竹本仰
 海程誌から続く世界最短定型詩の新しい潮流を強く感じ、今回も、諸先輩の佳句を別格に、注目する若手の名を挙げさせて頂いた。
 河原珠美は、〈楠若葉さびしい小鳥お断り〉〈狐に礼そしてあなたにお訣れを〉〈料峭や夜という名の黒猫〉など、日常の景を明るいタッチで歌い上げる名手なのだが、今回は悲しみを通り抜けたしなやかさが加わり眩しいばかり。川田由美子は〈しろつめ草雲と私編み込んで〉〈落としものはるか梢の朴の花〉など、繊細な表現の中に溢れる情感に注目。中内亮玄は、〈麦秋の彼方へ人は火事を抱き〉〈ひなあられ光を玉にしてこぼす〉など、今年もエネルギッシュな感覚の佳さを頂いた。伊藤幸は、〈何度も言ったよ俺牛蛙だって〉など、自在な表現がますますパワーアップして楽しみだ。竹本仰は、〈うぐいすの声ペン先に或る楽想〉など、心底から湧き上がる詩情に瞠目した。
 このほかに、前述五名に遜色なく、マブソン青眼、奥山和子、山内祟弘、松井麻容子、桂凜火、新野祐子、藤田敦子、齊藤しじみ、董振華、そして、新同人にも気になる作家多々。

■藤野武
①川田由美子 ②鳥山由貴子 ③日高玲 ④木下ようこ ⑤丹生千賀
 非常に難しい選考だった。私が見たところざっと数えて、五十名をこえる方がほぼ一線に並んでいて、そのどなたが受賞してもおかしくない。「海原戦国時代」と言いたいほど。
 川田由美子はやわらかな感性の温かい俳句世界の魅力。〈えのころ草旅の心を湿らせる〉〈手渡しのしずけさふっとちちろむし〉。鳥山由貴子の詩的で豊かな叙情。〈柊の花傷そよご口がまだ濡れている〉〈冬青の実孤独が鳥の眼する〉。日高玲は知的な言語空間、その充実。〈山椒魚森の深部に書庫のあり〉〈春光のソナタ形式にて老女〉。木下ようこの存在への柔らかくてしかし鋭い切り口。〈烏瓜咲く感情に糸目無し〉〈男手の無くて弥生のおろしがね〉。丹生千賀は「土」に根差した情感溢れる世界。〈刈田広しみんな短い風ばかり〉〈霾ぐもりひりひりひりと手を洗う〉。
 このほかに、藤原美恵子、佐藤君子、藤田敦子、峠谷清広、遠山恵子、竹田昭江、三世川浩司、中塚紀代子、榎本愛子、根本菜穂子、河西志帆、ナカムラ薫、川崎千鶴子、西美惠子、村本なずな、らふ亜沙弥に魅かれた。

■堀之内長一
①日高玲 ②中内亮玄 ③河原珠美 ④鳥山由貴子 ⑤鈴木修一
 日高玲がまたいちだんと俳味を加えていると感じた。〈卯の花腐し髪梳くように浪費して〉〈曼珠沙華糞尿譚とは愛のこと〉など。「浪費して」と言える苦くて甘い諧謔、金子兜太の発言を思わせるスカトロジーへの親近など。もっとも、〈山椒魚森の深部に書庫のあり〉〈朧夜のレコードを拭くベルベット〉といった妙に懐かしい想念が去来するのも、日高の年輪のなせるわざであろう。中内亮玄もまた、根っからの抒情体質である。〈蚊は矢〉という目が飛び出るような最短自由律で遊んだりするから、こちらはひやひやもの。それでも〈言い切ってからの深海髪洗う〉〈ケータイ忘れコップに昼酒の卯波〉などと少し自省しつつ、挑戦することを忘れない。その感受の姿を信じている。そして、河原珠美を改めて見直す。〈夏暁の異類婚姻譚いくつ〉と〈少しだけ声が聞きたい春満月〉の間をすたすたと往き来する想念をかたちにして、静かにたたずんでいる。いや、静かにマグマを溜めている様子か。すでに感覚のしっかりした鳥山由貴子は、〈巻き癖の海図の上へ青檸檬〉を見てもわかるように、感性だけで終わらせない映像の豊かさを発揮。海原賞レースの先頭をゆく有望株である。最後に。鈴木修一が俳句と詩の橋をかけようとしている。地に足のついた鈴木の抒情が、この乾いた星を潤していくような嬉しさがある。
 そのほかでは、竹田昭江、平田薫、峠谷清広、加藤昭子などに、常に注目。そのほかにも、切りがないので挙げないが、必ずだれかが見守っていることを伝えたい。

■前川弘明
①船越みよ ②横地かをる ③鳥山由貴子 ④川田由美子 ⑤望月士郎
 選考対象期間の全同人作品を読み直した結果は右記のとおりである。
 その作品を少しずつ挙げると、
 船越みよ、
  耳鳴りは悼みの羽音百日紅
  尊厳死行きどころなき余り苗
  少年に馬のまなざし青水無月
  月光や恋人たちの鍵穴に
など、衒いのない安定した読みぶりであり安心して読めた。
 横地かをる、昨年も二位に推した。
  コスモスの真ん中にいて自由
  抱卵の鳥の眼差うすみどり
  湖北行く今なら風花になれる
 鳥山由貴子、
  真夜中の鏡砕氷船が過ぐ
  巻き癖の海図の上へ青檸檬
 川田由美子、
  傾けば涙こぼれる黒揚羽
 望月士郎、
  空席にハンカチのあり広島忌
 ほかに、日高玲、伊藤幸、寺町志津子、竹本仰、安藤和子、松本悦子の諸氏に注目した。

■松本勇二
①小池弘子 ②狩野康子 ③日高玲 ④藤原美恵子 ⑤藤田敦子
 一位の小池弘子は明るい風土詠と昨年称したが、この一年も同様に富山の山里の風景を切り取りそれに明るく感情をまぶしている。とにかく元気がもらえる。〈ぞっとしました桜隠しに月光とは〉〈夏銀河亡父ちち亡母ははとが擦れ違う〉〈あかあかと在ろうよ晩年からすうり〉。狩野康子は豊かな感性で俳句を書いてくる。あっけらかんと自由に書いているようで意外に制御が効いている。〈鳥居背に正月の脳きらきらす〉〈冬は隙間から父が話しかける〉。日高玲は冷静に句を書いてくる。見たもの思ったことを一度沈潜させてから呼こんちょうび戻しているようだ。〈生き継ぎて在り今朝の目白二羽〉〈気持ちよく雑念の殖ゆ蕎麦の花〉。藤原美恵子は身体への興味が深く、生きもの感覚に冴えがあった。〈げんげ咲くさっき居た子のふくらはぎ〉〈眼裏に眠りの水路冬銀河〉。藤田敦子はもともとの豊富な語彙に加え、書きたい方向が定まってきてぶれなくなった。〈生家なく幻肢痛のごと緑夜〉〈踊り場の先のまほろば冬満月〉。
 そのほか、峠谷清広の徹底した自虐俳句は毎号圧倒された。山内崇弘のぶっきらぼうな俳句もいい感じに仕上がってきた。いずれにせよ「自分らしさ」が肝要か。

■山中葛子
①日高玲 ②鳥山由貴子 ③中内亮玄 ④並木邑人 ⑤すずき穂波
 一位の日高玲は、ことに発想ゆたかな、思索にふける組曲のような充実感を際立たせた。〈卯の花腐し髪梳くように浪費して〉〈アマゾンは燃えているか釣瓶落し〉〈春光のソナタ形式にて老女〉など、品格をまとう句境を展望させている。二位の鳥山由貴子は、新具象ともいえる叙景のみごとさを描き出した。〈ボタン失くしたあのきさらぎの雑木林〉〈少女らに晩夏雑草研究部〉〈冬青の実孤独が鳥の眼する〉など、映像をさし出している新鮮さ。三位の中内亮玄は、独自な美学を思うバイタリティに満ちている。〈青き踏む体のうろが軋みけり〉〈参考書手に早乙女の登校す〉〈ひなあられ光を玉にしてこぼす〉の、ロマンが何とも見事。四位の並木邑人は、言語表現ならではの興奮をやどす魅力というべきか。〈颱風禍ゴッホの晩餐を三日〉〈碁敵は石見に出張り年木積む〉。五位のすずき穂波は、人情を湧かせる俳諧味ゆたかな私性をつらぬいた。〈家蜘蛛は大事左義長さんのやうだし〉〈寄鍋の内乱の果てみんな寝る〉。
 また、黒岡洋子、川田由美子、佐藤詠子、竹田昭江、横地かをる、河西志帆、河原珠美、清水茉紀など多士済済。

■若森京子
①日高玲 ②横地かをる ③中内亮玄 ④三世川浩司 ⑤平田薫
 鬼灯市二十才はたちであった妻とはぐれ 玲
 山椒魚森の深部に書庫のあり 〃
 一周忌オオムラサキのやわらかさ かをる
 胡桃の実鳥のことばを溜めておる 〃
 言い切ってからの深海髪洗う 亮玄
 ひなあられ光を玉にしてこぼす 〃
 ペン先鳴ってここから先は十六夜 浩司
 沼ふっと舌出したよう葛の花 薫
 手渡しのしずけさふっとちちろむし 由美子
 独自の智と情のバランスが良く熱気があった日高を一位。安定した中に自在に感覚を駆使した横地を二位。大胆な切り口に流れる抒情性の中内を三位。独自の詩性に新しい息使いの三世川を四位。自然と一体化したナイーブな表現の平田を五位。
 そのほか、静かな言葉の示唆する一句の良さの川田。三好つや子、鳥山由貴子、増田暁子、奥山和子、らふ亜沙弥、竹本仰、河原珠美、伊藤幸、すずき穂波、マブソン、桂凜火と注目した作家は数え切れない。

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