第1回 海原賞

『海原』No.13(2019/11/1発行)誌面より。

◆第1回 海原賞

【受賞者】
 小西瞬夏
 水野真由美
 室田洋子

【選考経緯】
 『海原』2018年9月号(創刊号)~2019年7・8月合併号(10号)に発表された同人作品を対象に、選考委員が1位から5位までの順位をつけ、選出した(旧『海程』の海程賞を引き継ぐかたちで、海程賞受賞者は対象から除外した)。
 得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、小西瞬夏・水野真由美・室田洋子への支持が多く、得点も拮抗しているため、3人への授賞を決定した。

【受賞作品抄】

冬日。  小西瞬夏
せんせいのこゑ春星にまぎれさう
みづうみの青しおおかみ呼べばなほ
海原を欲る白シャツを白く干し
薬包紙より初夏の波の音
腹帯を巻けばしづかに泉鳴る
また音叉鳴るやう六月の歯痛
更衣へてまづしきからだしづもれり
素数あり一途に孑孒生まれけり
誘蛾灯その夜の淵に鍵落とし
ヒロシマの水ナガサキの水滴れる
ほうたるの夜の火薬庫の匂ふなり
花野風浅き傷より乾きゆく
菊を焚く昼のこめかみ煙るなり
白き鳥見しより耳朶に秋の風
サルトルの眼鏡どこまで芒原
白萩の白の崩るるまで待たせ
煙突が白蝶を吐く震災忌
まつさらなからだをしまふ長き夜
夢を喰ふけものや夜を着ぶくれて
冬日。ちひさき母のまた小さく

柊の花  水野真由美
納骨の日の春蘭のうすみどり
武州にはあけびの花の咲く日なり
師を送る旅の真昼のえごの花
さびしさに睡くなりけりたんぽぽ黄
流れゆく一人でありぬえごの花
山影に蜻蛉の大群兜太来る
われもまた夏霧の落とし物なり
夏月の影森行の汽笛かな
霧の旅一本の木に会ひにゆく
小鳥来て辞書引く息のやわらかく
秋蝶の飛ぶとき兄の老ゆるなり
ちひさき舟のちひさき睡り紫苑咲く
木犀の散りつくすまで師を待てり
ホルモン焼のひかり食堂かりん落つ
三角形いくつも描いて冬に入る
海に遠く柊の花の匂へりき
花柊少年の耳ちひさくて
くるぶしの寂しさ枇杷の花咲きぬ
父を呼ばねば届かぬ高さ朴の花
海にも空にも帰れぬわれら草を摘む

兎のように  室田洋子
折り紙の角のゆるんで柳の芽
春の瀞先生スープ召しあがれ
花馬酔木ひと日をすべて書き留めて
しぼみゆく夫の掌朴の花
梔子のほのと生家は灯るかな
お墓参りずっとお喋りさるすべり
マーガレット本当はわたし飛べるのよ
姉さんの全円スカート無花果食う
晩夏かな半熟卵に刃をあてて
転がって昔の音の椿の実
髪ほどくまんじゅしゃげ白まんじゅしゃげ
いなびかり兎のようにひとりきり
竜胆にきれいな約束が明日
蓮の実飛ぶもう一駅歩こうよ
冬青の実雪ノ下郵便局で投函
日付のようにヨットの並ぶ由比ヶ浜
さびしいは自由の同義語冬カモメ
立ち読みの背中あかるい寒林
冬林檎鼻がひくくて愛される
梅咲いて一緒に笑うあなたがいない

【候補作品抄】

有漏路ゆく  中内亮玄
兜太先生白梅咲いてますねここ
有漏路ゆく春雨に稚児光りつつ
麦秋の彼方へ人は火事を抱き
春光茂る公園淡き恋かな
苔寺に慈雨楚々と降る牛横切る
電線たわむ秋雨さりさりと慕情
小さな子は小さなあくび木の実降る
満開の漢の寿命冬銀河
蟹割ってみて雪明かりと思う
師を思うひとつに厚きてのひら忌

東京奇譚  日高玲
蛍籠大往生の息通る
草刈女水のひびきを思慕しつつ
天上のひとに弟子入り草刈女
哀歌として犬の目はあり合歓の花
鮎焼くとネパール人の覗く庭
東京奇譚古アパートの竈猫
枯葦の間に刺さるバイオリン
春の祭典少女と少年入れ替わる
産卵の漆黒を聞く夜となり
巣箱掛けて流れはじめる足の裏

野にほどく  川田由美子
穭田のしずかな呼吸褥かな
野に母の点描のごと曼珠沙華
今日の黙身体に残る花野かな
羽ばたきは鈍色の針冬野道
日向ぼこ母居る水脈に棹を差す
まんさくの薄き縫い目を野にほどく
枕木と同じ匂いの春の鳶
うっすらと引き潮の音花蘇枋
青嵐小窓のような家族かな
ほたるぶくろ流されているふっと青

周波数  鳥山由貴子
春の風邪石灰石の貨車過る
すべて射程のなかタンポポも少年も
春が逝く白抜きのわたしのカモメ
ヒヤシンス風の少年導火線
少女期後篇つるばみの花ざかり
満天星躑躅水平器の泡動く
どこまでも荒野少年蚊帳を出て
草原に星飛ぶ夜の輪転機
少年の髪に絡まる蜥蜴の尾
烏瓜わたしと同じ周波数

母ひとり  藤田敦子
母ひとり漢の貌で毛虫焼く
哀しみは伏流水のごと青嶺
往き往きて草の冠敗戦日
新涼や一卵性の海と空
暴れ萩母は静かに手折るかな
残照の縄跳びどこでやめようか
大根炊く夫の寡黙を手で量り
声上げぬ列島鯨ひるがえる
冬凪やどこにもゆかぬ亡父といる
花曇母から母が消えてゆく

エナメル質  横地かをる
鳥帰るエナメル質の声出して
あれから七年三春桜に会いに行く
野遊びの人ももいろの口ひらく
娘家族迎え山法師の気分
多数決って理不尽なこと若夏
人間をみておる出目金の退屈
雨の日のえのころ草は孤独らし
昨日よりあおき感情小鳥来る
綿虫や息の根ふれし京都御所
フルートの少女つめたき耳ふたつ

【海原賞選考感想】

■安西篤
①日高玲②小西瞬夏③室田洋子④伊藤巌⑤中内亮玄
 昨年の候補五名のうち、受賞を逸した二名をそのままの順で一、二位に推し、三位以下はまったく新しい視点から見直した。上位二名にゆるぎのない実力を感じたからだ。
 一位日高は、社会性から懐かしい市井感に及ぶ幅広い領域を渉猟し、独自の句境を開拓しつつある。言語感覚に厚みがあってスケールも大きい。〈東京奇譚古アパートの竈猫〉。二位小西の持続力のある感性は依然ダイナミック、時に危機意識をともなうほどの物語性への仕掛けをする。〈ほうたるの夜の火薬庫の匂ふなり〉。三位室田は、ナイーブで柔軟な言語感覚と自在な日常感の発掘によって、しばしば句会の人気を浚う。〈さびしいは自由の同義語冬カモメ〉。四位伊藤は、もともと風土に根ざす叙情派の体質ながら、最近は時事的な題材にも積極的に仕掛けて句境をひろげつつある。〈人の世に優生保護法猫の恋〉。五位中内は、やや荒削りながらエネルギッシュにぶっつけてくる情感に若々しい魅力がある。〈電線たわむ秋雨さりさりと慕情〉。未完の大器。
 他に注目したのは、有村王志、伊藤雅彦、河西志帆、北上正枝、黒岡洋子、清水茉紀、関田誓炎、竹田昭江等。誰が出てきてもおかしくない。

■石川青狼
①水野真由美②室田洋子③小西瞬夏④日高玲⑤有村王志
 第一回の海原賞選考に重責を感じながら、海程時代に培われた実力と更なる可能性を秘めた作家への期待を込めて選考させて頂いた。
 一位に推した水野は〈霧の旅一本の木に会ひにゆく〉〈蜻蛉追ふかたちとなりて僧ひとり〉等の沈潜する漂泊感を一年通して書き上げた。二位の室田の〈晩夏かな半熟卵に刃をあてて〉〈立ち読みの背中あかるい寒林〉の軽妙な語り口の中に切れ味鋭い感性を内包。三位の小西は注目の作家で〈子宮かろし春昼の橋渡り終へ〉〈あたらしき風くれば鳴る蝶の骨〉の研ぎ澄まされた感性を推す。四位の日高は〈天上のひとに弟子入り草刈女〉〈東京奇譚古アパートの竈猫〉に見る硬質な作風に魅力を感じた。五位の有村王志は〈蕨一束ほどの帰心で立っている〉〈吊し柿疎遠のままの兄逝けり〉の風土に沁み込んだ詩情を真摯に表現する姿勢を推す。選考外としたが北海道勢を牽引するベテラン作家十河宣洋をはじめ、北條貢司、佐々木宏、奥野ちあき、笹岡素子、伊藤歩の活躍を頼もしく思い、大いに期待したい。

■武田伸一
①小西瞬夏②室田洋子③中内亮玄④日高玲⑤船越みよ
 《風の衆》が二名、《帆の衆》が三名。これからの更なる発展を期待しての選考となった。小西瞬夏は、〈春の雨耳朶透けるやうに夜〉〈まつさらなからだをしまふ長き夜〉など、繊細な感覚を駆使しつつ、独りよがりに陥ることなく、意欲的に独自の世界を展開してみせた。室田洋子は〈さびしいは自由の同義語冬カモメ〉〈台風の匂いがすこし恋人よ〉など、心理のアヤを軽やかに形象化して見せる。中内亮玄は〈蟹割ってみて雪明かりと思う〉〈イオン右手に春三日月の騒々し〉など、異空間への鋭い切り込みにて、中内ワールドを確立、次への期待が大きい。日高玲は、〈芭蕉七部集に書き込みのあり雛の家〉〈東京奇譚古アパートの竈猫〉など対象の分厚い切り取りに力があり、読み手を圧倒した。船越みよは、〈生いちじくの緩い食感愛に飢え〉〈原発禍蜜吸う蜂の無垢な刻〉など、生活実感を詩に昇華する術を身につけ、心強い。
 河西志帆、黒岡洋子、水野真由美、横山隆。新進の石川まゆみ、伊藤巌、伊藤幸、大池美木、楠井収、笹岡素子、すずき穂波、鳥山由貴子、三浦静佳、三好つや子などにも注目。

■舘岡誠二
①小西瞬夏②中内亮玄③宇川啓子④河西志帆⑤船越みよ
 第一回海原賞。優秀な作家が多いことを再確認でき、素晴らしいと思った。
 自然風土と時代性、人生に深くかかわり妙に新鮮でサッパリして迫ってくる作品を心がけて選んだ。
 ほうたるの夜の火薬庫の匂ふなり 小西瞬夏
 花野風浅き傷より乾きゆく     〃
 蟹割ってみて雪明かりと思う 中内亮玄
 満開の漢の寿命冬銀河     〃
 春三ヵ月どこか危うい国に住み 宇川啓子
 あけびの実破裂しそうな十五歳  〃
 五輪より福島大事いのこずち 河西志帆
 逝きて戻らぬとりあえず冷奴  〃
 原発禍蜜吸う蜂の無垢な刻 船越みよ
 戦のにおいサンタ淋しき眉と髭 〃
 皆さん一層頑張ってください。

■田中亜美
①藤田敦子②鱸久子③室田洋子④齊藤しじみ⑤佐藤詠子
 藤田敦子の安定した定型感覚に共鳴。〈落花累々かりそめの夜をひた歩く〉〈往き往きて草の冠敗戦日〉〈災害の夏に生まれし子のしづか〉〈稜線をすべてはみ出し秋の行く〉〈花曇母から母が消えてゆく〉。内容がすっと頭に入り、じんわりと思いが広がる。
 鱸久子のモノに即した表現と歯切れのよい韻律。〈囁いてふわふわ笑う草の花〉〈「塩小賣所」の琺瑯看板秋相模〉〈リリヤン編む秋しんしん蚕の眠り深深〉。言葉の勢いが若々しい。
 室田洋子の口語表現に注目。言葉の運動神経が抜群の作者と思う。〈冬青の実雪ノ下郵便局で投函〉〈竜胆にきれいな約束が明日〉〈鳥渡るサーフボードに小さくK〉。
 齊藤しじみのバランス感覚のとれた知性の楽しさ。〈春愁や赤福の餡均したし〉〈背後より手綱のごときランドセル〉〈老記者の一人語りや五月三日〉。
 佐藤詠子の甘美だが抑制の効いた表現に惹かれた。〈色鳥や風の淋しさ持ち帰る〉〈誰よりも会いたい人が秋黴雨〉〈雨意すべて消えてゆくかな花万朶〉。

■野﨑憲子
①水野真由美②中内亮玄③竹本仰④伊藤幸⑤小西瞬夏
 山影に蜻蛉の大群兜太来る 真由美
 兜太先生白梅咲いてますねここ 亮玄
 ひとはひとの匂いを漂流春岬 仰
 蟻ガキテオロオロアルク賢治の碑 幸
 子宮かろし春昼の橋渡り終へ 瞬夏
 第一回「海原」賞選考に関わらせていただき光栄です。迷いに迷った挙句、敬愛する諸先輩は別格とし、私(昭和二十八年生まれ)より若い方々に的を絞り順位を付けさせていただきました。一位の水野さんは、丸ごと縄文を思わせる自然体の作品と文章に圧倒的迫力あり。二位の中内さんは、進化を続けるパワフルな行動力と情感たっぷりの作品に注目。竹本さんは、豊饒な沃野を思わせる鑑賞とエッジの効いた感性豊かな作品が魅力。伊藤さんは、鋭い観察眼と作品の完成度の高さが抜群。小西さんは、今年は少し力を溜めている感。新たな飛躍がますます楽しみです。
 他に、室田洋子さん、菫振華さん、桂凜火さん、新野祐子さん、藤田敦子さん等、さすがに「海原」。気になる作家、数多です。

■藤野武
①川田由美子②丹生千賀③鳥山由貴子④黍野恵⑤木下ようこ
 川田由美子の繊細な感覚の情感あふれる句に、成熟を見る。〈穭田のしずかな呼吸褥かな〉〈まんさくの薄き縫い目を野にほどく〉。じつ 丹生千賀の「実」に根差した俳句世界の豊饒。〈紫陽花の孵化とも違うあふれよう〉〈毛玉なども繁るや言葉にはなれず〉。鳥山由貴子は純で透明な、(詩的な映像の)、叙情の魅力。〈春が逝く白抜きのわたしのカモメ〉〈草原に星飛ぶ夜の輪転機〉。黍野恵のエスプリの利いた、個性的な感受と切り口の洗練。〈瑠璃立羽夏の記憶をなかおもて〉〈実柘榴や母の凄みに息をつめ〉。木下ようこは、ありふれた日常から「詩」を紡ぎ出す。その力量。〈八十八夜のかるいブリキの音だ父〉〈冬鳥が落葉に足を突つ込む泣く〉。
 このほかに、前述五名と甲乙つけがたく小西瞬夏。さらに、河西志帆、竹田昭江、清水茉紀、室田洋子、中塚紀代子、黒岡洋子、藤原美恵子、マブソン青眼に注目。六本木いつき、ナカムラ薫の個性にも魅かれた。

■堀之内長一
①室田洋子②中内亮玄③日高玲④水野真由美⑤小西瞬夏
 室田洋子の軽やかだが実のある俳句は貴重である。本人はあまり自覚していないように見えるけれども。夫のいなくなった時空間に漂う感情をしみじみと詠んだ一年だった。〈いなびかり兎のようにひとりきり〉。中内亮玄は独自の映像を築き上げつつある。もともと叙情の作家ではあったのだが、そこに自分なりの覚悟というか意志を加えつつある。時に甘さがあるのも愛嬌か。〈苔寺に慈雨楚々と降る牛横切る〉。本格派の日高玲も順調に自分の世界を自由に飛び回っている。俳味を隠し味にして。〈鮎焼くとネパール人の覗く庭〉。これまで受賞していなかったというのも水野真由美らしい不可思議。その詩質は本物である。〈父を呼ばねば届かぬ高さ朴の花〉。揺れ動くこと、そのことが魅力の小西瞬夏。〈煙突が白蝶を吐く震災忌〉。

■前川弘明
①小西瞬夏②横地かをる③水野真由美④室田洋子⑤川田由美子
 小西瞬夏は、情感を伴いながら安定した作品であった。句を詠むときの小西の心中にひとすじの芯のようなものを持っているように感じた。大切にして作句に励んでほしい。
 腹帯を巻けばしづかに泉鳴る 小西瞬夏
 黴の花ちらかつてゐる嘘まこと 〃
 煙突が白蝶を吐く震災忌    〃
 横地かをるは、ゆるやかな情感の作品。
 水底をともしていたり時鳥 横地かをる
 フルートの少女つめたき耳ふたつ 〃
 水野真由美は、率直な抒情の句。
 霧の旅一本の木に会ひにゆく 水野真由美
 くるぶしの寂しさ枇杷の花咲きぬ 〃
 いなびかり兎のようにひとりきり 室田洋子
 青葉木菟胸にストロボの点滅 川田由美子

■松本勇二
①水野真由美②小池弘子③狩野康子④藤原美恵子⑤松本豪
 一位の水野真由美はその風貌とは全く遠い静かな抒情に吸引力があった。そして何年もぶれることがない。この抒情性は海原作家の中でも際立っている。〈山茱萸に雲に手をあて逝きしかな〉〈蜻蛉追ふかたちとなりて僧ひとり〉。小池弘子は風土に立脚しその風土を明るく書こうとする姿勢を称えたい。暗くて重い風土俳句は巷に溢れている。〈ふわっと歩いてざざーっと付いて草虱〉〈雨脚の速さ刈田は古書の匂い〉。狩野康子は感覚を優先して書いた句に切れ味があった。〈立春や羽化には邪魔な乳房持ち〉〈干柿の中の明るさ美容室〉。藤原美恵子の句は機知に富み決して一定の着地を好まない。〈二股のだいこひんやり三回忌〉〈出てこない歌に似ている烏瓜〉。松本豪は諧謔性と向日性が持ち味で一年間安定していた。〈蚊遣豚桂馬にこりと裏返る〉〈仔猫に鈴俺に大腸ポリープかな〉。
 後、木下ようこの自在な発語感、川田由美子の高潔な詩性、山内崇弘の俳諧自由、奥山和子の日常からの浮上、近藤亜沙美の虚構、らふ亜沙弥の直情、金並れい子の構成力、室田洋子の自然体などに注目した。
 分かって貰えないだろうと引っ込めた句にこそ自分がいる、どんな句でも他人は案外分かってくれる。

■山中葛子
①室田洋子②小西瞬夏③水野真由美④鳥山由貴子⑤黒岡洋子
 第一回の記念すべき「海原賞」の選考に当たり、俳諧自由をめざす気力あふれる作家の台頭が実感される、「海原」への期待が増すなかで、ことに充実感のゆたかさに注目した。
 一位の室田洋子は、〈「さみしい」の使用を禁ず吾亦紅〉〈さびしいは自由の同義語冬カモメ〉〈春の瀞先生スープ召しあがれ〉の、日常の気分を”まあるくとばす”比喩の妙。いよいよ自由で個性的な作品を示した。二位の小西瞬夏は、〈子宮かろし春昼の橋渡り終へ〉〈ほうたるの夜の火薬庫の匂ふなり〉の、生理感覚ともいうべき特有の心理を、美意識に高められた独自さ。三位の水野真由美は、〈父を呼ばねば届かぬ高さ朴の花〉〈流れゆく一人でありぬえごの花〉など、韻律の自在さをみせた抒情の見事さ。四位の鳥山由貴子は、〈蠅取リボンアインシュタイン舌を出す〉など、独自な感性で描き出した映像力のゆたかさは期待そのもの。五位の黒岡洋子は、
〈私雨薄葉紙うすようの香よ紀音夫忌よ〉など、多彩な表現領域をみごとに描き出した。なお、中内亮玄の即興の臨場感。片岡秀樹の社会を投影した鮮度。狩野康子の詩力のかがやき。また日高玲、楠井収、並木邑人、有村王志など。

■若森京子
①小西瞬夏②水野真由美③日高玲④三世川浩司⑤横地かをる
 子宮かろし春昼の橋渡り終へ  瞬夏
 まつさらなからだをしまふ長き夜 〃
 山茉萸の黄を反戦の水脈とせり 真由美
 流れゆく一人でありぬえごの花  〃
 東京奇譚古アパートの竈猫 玲
 小鳥来て赤ん坊の表情筋  〃
 「海原」になっての一年間、三人各々の特性を活かしモチベーションの持続に大差は無かった。〈蕪つやつやザビエルのことなど〉〈カワセミきて三角公園がびしょぬれ〉の三世川は新しい感覚のダークホース。〈綿虫や息の根ふれし京都御所〉〈白日の鵙の気迫を我にも欲し〉俳句の本質からずれることのない作風の横地。五位には入らなかったが、〈春の瀞先生スープ召しあがれ〉の室田洋子。〈納棺師動かざるものに春の虹〉の赤崎ゆういち。中内亮玄、奥山和子、山本掌、桂凜火、平田薫、三好つや子、仁田脇一石、竹本仰、三浦静佳と注目。紙面には書けないが沢山の有望作家がひしめいている。第一回なので緊張感をもって選をした。兜太師の遺志を継ぐ「海原」の未来は明るい。

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