第1回海原全国大会レポート(その2)

『海原』No.16(2020/3/1発行)誌面より
◆第1回海原全国大会レポート(その2)

《第二日の午前●第二次句会》
臨場感あふれ問題句も 竹本仰


 第二次句会は、司会を松本勇二が担当。16名の特別選者の感想に会場参加者の意見を交え、進行した。
 野分かな四捨五入して讃岐路へ 大西健司
 この全国大会に超大型台風来襲。今から出るか、残るか、心配事を切り捨ててここへ来た。それを四捨五入とした。今回の事情が凝縮された挨拶句。
 傷口のぴったり閉じた烏瓜 小松敦
 「傷口のぴったり閉じた」の措辞が「烏瓜」にかかってぴったり感があり、心の中の傷が治まったというイメージも出来ている。
 置いてきた時間の向こうの月夜茸 榎本祐子
 ある状況を置いてこちらに来た、そういう意味で「時間の向こう」に深みが出ている。これも台風がらみの句か。こっちの時間があり、向こうの時間があり、そちらに夜中光る茸がある。この状況だからそう読めるが、そんな背景がなくともちゃんと読める句。
 神無月さわれぬ石の艶々と 峰尾大介
 初日午前中訪れたイサムノグチ庭園美術館では作品に絶対に触るなとされていたが、ごつごつ、ツルツルの石に触りたいという気になる、その石への尊敬と誘惑が「艶々と」に出ている。それでも触りたいという禁忌の思いが「神無月」に生きている。
 秋思とは石の穴から見える赤 綾田節子
 その赤が何か、具体感がないが、その赤に秋思の感情が見える。イサムノグチのこの石の穴はいつからのものか、太古の時間が感じられる。赤は何の赤か、色んなものが想像させられる。
 ちひさき島のちひさき神よ水の秋 水野真由美
 言葉の流れがすーっと水の秋に吸い込まれる感じ。瀬戸の小さい島、どこの村にも小さい神、そこに生活のことばがある。
 秋天や骨肉のごと雲ちぎれ 藤田敦子
 「骨肉」の語がきついが、ちりぢりになってしまっても、しがらみがあり身内の感じは切れない、それが「秋天」によってあっけらかんと感じられた。
 生兜太こころにいます瀬戸晩秋 室田洋子
 (前日の金子眞土氏の挨拶にあった)「生兜太」がすぐ出せる、その瞬発力。「こころにいます」に兜太の存在感が出ている。
 宇宙への石の直立熟し柿 白石修章
 鉱物のハードで大きいもの、植物の丸くて腐っていく赤、上昇と下降、俳句での取り合わせの好例。そして、イサムノグチと言わずにイサムノグチ感が出ている。
 秋風や地球の骨を削ぐイサム 十河宣洋
 「地球の骨を削ぐ」というところ、石でもあり生きものでも死体でも宇宙でも地球でもある、その感じがわかる。「秋風や」の、この句を包むような感じがよい。
 雲急ぐ融け合うようにバスに揺れ 佐孝石画
 「融け合うように」、運命共同体の感じがある。ぎゅうぎゅう詰めのバスに圧しつけられた体の融合。「雲急ぐ」を臨場感に合っているものとして季感語として見ると、周辺状況から秋の雲らしさが出ている。金子先生は、問題句とは問題を提起していく重要なものだとされた。その意味で問題句と言える。四つの動詞、二つの比喩も入れ、体感を強調している韻律ある好句。
 母というひとくくり平和憲法みたいに 三枝みずほ
 「母というひとくくり」、そのひとくくりな見方に対し、批判的に書いたもの。憲法みたいに決めつける、母=無償の愛、という考えにがんじがらめの世の中だから。母というもの、憲法の議論、これは見据えていくべきもの、安易に見てはいけない。金子先生が言う問題句ではないか。ひとくくりという切れ、平和憲法みたいに、の止め。これは俳句のしがらみからは出て来ない表現。
 秋の蟷螂寝違えのやう轢かれ 川崎千鶴子
 蟷螂の死に際は悲惨だが、どこかへ行ったその姿のあっけない感じがいい。
 電話ふいに野分掠めゆく海原 藤原美恵子
 今回が海原の第1回全国大会、電話ふいに、で不安の心境をストレートに出している。
 ふかし藷つくり笑いを真似てみる 大野美代子
 周囲への違和感を感じ、つくり笑いを真似てみるが、ふかし藷はそれでも和んでいる。この屈折感がいい。
 蜂の巣を焼いて讃岐に発ちました 若森京子
 讃岐は巡礼の地。蜂の巣を焼くという大変厄介な日常を克服して、巡礼の地へ飛び立った。空海の育った地へ。
 小生は海程に入り7年になるが、全国大会には今回が初参加となった。選者に対する田中亜美や増田天志等の熱い意見が印象的だった。兜太先生への思いが会場の熱気につながって感じられ、この同志の集いを今、先生はどう見ておられることだろうかと思った。三枝みずほの問題句の後、「チコちゃんに、『きみたち、ボーっと俳句作ってんじゃねえよ‼』と叱られたような気がした」と松本勇二がまとめたのが、今も耳に残っている。

《第二日の午後●小豆島吟行〈その1〉》
まずは岬の分教場へ 伊藤巌


 海原第1回全国大会の総会が終わった。いい大会だった。ゆっくりと走るフェリーの上で、秋の陽に光る水脈を見ながらしみじみとそう思った。先生の句がうかぶ……。
 行く先は小豆島、有志吟行の始まりである。船旅はほぼ1時間、台風の余波か、風が強い。
 「小豆島は馬の形、そう覚えるとわかりやすいです。後ろ脚の部分へまず行きます」そんな説明を受けながら40数名を乗せバスは出発。曲がりくねった海沿いの細い道を岬の分教場へ。「二十四の瞳」の舞台である。
 木造の校舎・教室。床、ちいさな机、椅子、そして机の傷……すべてが往時のままを息づいている。突如「七つの子」の唄声が起こる。オルガンを弾く袴姿のおんな先生が見えるようだ。教室の後ろのガラスのケースに、教育勅語が飾ってあった。難しい漢字は今でも読めない。だが「ワガコウソコウソー」とすらすらとでてくる。
 昭和、平成、そして令和、ほんとうに早い。懐かしい、郷愁、わーかわいい、世代により、分教場もいろいろな受け取り方・感じ方がある。私はやはり痛みかな、おもちゃのような小さな椅子を見ながらそう思った。
 島にオリーブ廃校にわらべ歌 川崎千鶴子
 秋深し木の定規なら計れます 綾田節子
 黒板塀と白壁の端正な街並みが続き、町に醪の強い香が溢れている。小豆島を支えているのはオリーブと並んで醤油でもある。100年以上も天然醸造を守り続けている丸金醤油の駐車場には観光バスが何台も止まっていた。
 まず小麦を煎ることから、そして大豆を蒸す。焙煎・甑・唐箕・麹……安西代表の友人であるご夫妻が丁寧に天然醸造の工程、用具等の説明をしてくださる。
 大きな金庫に迎えられ、まず資料館に入る。樽、棒締機……その大きさに驚かされる。「娘のおしおき」そんな名前の大樽、どんな娘でもここに入れられたら観念するだろう。
 少し離れた建物が登録有形文化財・天然醸造ギャラリー、ぶつぶつと発酵している醤。直径2メートルを超す大桶おおこがが列をなし100メートル以上も並んでいる。先が見えない。1年以上もかかるという天然醸造。自然が醸し出す日本の味、そんなことを思いもした。
 ふくふくと息するもろみ秋深し 石川まゆみ
 白秋やもろみ大桶おおこが百並ぶ 西美惠子

 小豆島は思ったより遥かに大きい。複雑な海岸線を集落を結ぶ路線バスが走っている。そして盛り上がるように険しい山。「観光スポット、寒霞渓はまだ紅葉が早いので、ぜひ皆さんに見ていただきたい素晴らしい場所に、最後にご案内します」と案内役の中野佑海。この日のために何回も実踏をされ、観光課の人にも褒められたとの今回のコース。バスは海岸線を離れ山道に入る。「こんな島にもダムがあるんですよ」そんな説明に、皆興味深く窓の外を見る。
 急な坂道を一気にバスは登っていく。まさに九十九折、よくもまあと思うくらい曲がりくねった山道、両側には照葉樹と針葉樹の混じった原生林が迫り、さすが温暖な瀬戸内の島だなあと感じる。
 四方指しほうざし展望台は素晴らしかった、そぎ落とされたような険しい崖が、海岸線から一気に700メートル余もせりあがりその頂に正方形の展望台が備えてある。四方指、ぴったりの名前だ。いち早く上った女性達がもろ手を上げ歓声を上げている。頭上には茫漠とした秋の空の広がりがあるばかり。東西南北、素晴らしい眺望、穏やかな瀬戸内の海と島、遠くには霞む陸地、まさに四方指、3000メートルを超す高山にも劣らぬ風格を持った展望台であった。
 両手拡げ空掴む女四方指 谷口道子
 四方指の秋空飛べるまで待つ 松井麻容子

 宿舎「ふるさと荘」は小高い丘の上にあった。入り口の前の広場から瀬戸内の海と島々の広がりが見える。吟行も終わりみなホッとするひととき。大会2日目も終わる。
 彼方にゆっくりと太陽が沈んでゆく。声もなく。そんな時間が過ぎていく……。いい一日だった。
 秋夕焼島はゆっくり鍵をかけ 奥山和子

《第二日の午後●小豆島吟行〈その2〉》
醤油の香りと展望台と 石川まゆみ


 第二次句会後、小豆島吟行組はバスへ。12時15分、高松港でフェリーに乗る。お弁当とお茶を受け取り、ゆったりとした船室で頂いた。食後、デッキに。台風一過の瀬戸内海。風が凄い。髪も乱れて為すがまま。客席に戻ると、コーヒー片手に句作する人。そうだ!夕方の5時までに4句は必要なのだ。
 1時間で小豆島の草壁港に到着し、再びバスに乗り込む。車窓に瀬戸内芸術祭の作品を眺めながら、『二十四の瞳』の映画ロケ地、岬の分教場へと向かう。道中、中野佑海と藤川宏樹の名ガイドにより、風景と共に情報を得ながらバスに揺られる。この道は小豆島マラソン(春)のルート、右手の湾はとても深く、台風時は多くの船が停泊しに来る、など。「湾曲マラソンですね」などと言いながら湾を走る。1時40分に分教場に到着。中野ガイドに従い、校舎へ。窓の傍にはオリーヴの樹。緑と黒の実をつけている。入場券を買って苗羽のうま小学校の教室内見学へ。低、中、高学年の教室に分かれているが、椅子の大きさは同じ。机も椅子も私には小さすぎる。『二十四の瞳』の曲が放送され、一緒に歌って面白がった。当時この教室で学んだ児童らの絵画作品が展示してある。禿げた緑色の黒板が懐かしい。分教場は昭和46年4月24日に廃校式が行われ、94年間の歴史に幕を下した。郷愁を胸に、小学校を後にする。バスの冷房が有り難い。
 10分ほどでマルキン記念館に到着。下車した途端、醤油のいい香りがした。安西代表のご友人という社長さんが案内してくださる。寛政10年の大福帳なども展示されており、醤油づくりの工程をパネルで観ながら館内見学。こうじづくりは温度と湿度がいのち。こうじと食塩を入れ「もろみ」をつくる。「大桶おおこが」は背丈以上の深さで、大桶を混ぜる櫂は長くて重い。もろみは1年かけて熟成する等、俄か知識。ふんだんに醤油の香りを嗅ぎ、バスの時間まであと10分となった。その時、「歩いて5分で現役のもろみを入れた建物がある」と誰かが叫んだので、皆必死で辿り着く。広大な建物内は薄暗い。窓から覗き込み目を凝らすと、もろみの大桶がずらっと100もあるだろうか。目の前のもろみへ、むにっと手を突っ込みたい衝動。また必死で歩いて2分前に戻り、大急ぎで「醤油ソフトクリーム」を買ってバスに乗り込む。セーフ!
 15時、大観峰へ向けて出発。車窓に建設中の内海うちのみダムを見る。小豆島は高低差がある為、水が溜まりにくいそうだ。ダムは既に水を貯えていた。小豆島といえば寒霞渓かんかけい展望台だが、紅葉には早いので、「四方指しほうざし園地」の方へ。くねくねの道を大型バスは巧みに登る。拍手! 眼下に瀬戸内海が見える。歓声!
 四方指園地は、高度777m、テーブルのような展望台に20人は乗れそう。順番に立っては、四方の展望に感嘆する。句を作る人、万歳する人、それをスケッチする人など、限られた時間を存分に楽しむ手練れの集団。さすがである。16時にはここを出発し、今夜の宿「ふるさと館」を目指す。景勝地の急こう配を下りながら、バス内に余裕ある笑い声があがる。もうみんな俳句ができたらしい。17時に到着し、あと30分で日没となることを聞く。急ぎ翌日分2句を出句し、展望浴場へと走る。豊かなお湯に浸かって、瀬戸内の多島美に落ちる夕陽を見届けた。
 適度以上にアルコールも取った夕食後は、3部屋に分かれて小句会。出句数は各司会者に任され、2句だけか席題もか、などとバラエティーに富んでいたようだ。句会の後は恒例の二次会。入浴後のスッピン参加もあり、アットホームな雰囲気で話が弾んだ。深夜に部屋に戻り、心静かに明日の選句をする。
 最終日の第三次句会も無事終了し、昼食はご褒美のような「オリーヴ牛」。ずっと食べていたかったが、時間が来た。国民宿舎が、土庄港(牛の口か耳)行、福田港(しっぽの付け根)行と、バスを2台出してくださった。途中、オリーヴの千年樹に寄り、みんな御利益欲しさに樹を撫で回した。そして、尾崎放哉記念館。放哉が最後の8カ月を過ごし、その場所で亡くなったという南郷庵の狭い部屋に佇む。ほんの15分の滞在だったが、西光寺の放哉のお墓までを往復した健脚の方もあった。バスは、そこで東西に別れた。
 台風の進路を気にかけつつも、瀬戸内海の爽やかな空気を満喫。忘れ難い吟行となった。

《第二日の夜●グループ交流句会》
【Aグループ】抽象の句に議論伯仲 赤崎ゆういち


 高松港からフェリーで小豆島に渡り、小豆島を牛にたとえると、牛の蹄の位置にある「二十四の瞳」の映画のロケ地・岬の分教場をまず見学した。分教場の教室に残る木製の三角定規、分度器など年配の方々には懐かしさ溢れる教材が壁にかかっていた。「海原」の女性の見学者の中から思わず童謡の「ふるさと」のコーラスが自然発生的に生まれるほどであった。
 マルキン醤油記念館では、バスが近付くにつれ、醸造用もろみ、麹の香りがして、木桶の大樽がいくつも飾ってあった。台風一過の見学バスが何台も駐車していて、見学者でごった返していた。
 紅葉にはまだ早い寒霞渓を素通りし、バスの運転手さんが是非見てほしいとのすすめで、大観峰の四方指展望台まで携行していただいた。そこには今回の吟行でしか味わえないと思えるほどのパノラマ絶景に出会えた。眼下には、小豆島の街が米粒の様に見え、ハンググライダーにでも乗れば滑空の素晴らしさが味わえそうなパノラマ絶景であった。四方指展望台から、この日の宿「公共の宿ふるさと荘」に、予定時間を過ぎて到着した。「ふるさと荘」では、A、B、Cの3グループに分かれ、各自2句投句で、夕食後8時ごろから、グループ交流句会が始まった。
 我々Aグループ14名の司会は小松敦、アドバイザーは熊本の野田信章であった。
 以下、高点句を記すと次の通りであった。
〈5点〉
 石の性なぞり彫り出す良夜かな 桂凜火
 つるべ落とし諸味も母のつぶやきも 野田信章

〈4点〉
 秋風やはなはうらから透きとほる 三枝みずほ
 経歴の果ては破線に竜の玉 山下一夫
 素馨の夕髪の先からほぐれゆく 石川まゆみ

 (注)素馨とはジャスミンのこと
〈3点〉
 「殿髪が」野分のあとの棕櫚の乱 石川まゆみ
 風の青空りぼんはいっぽんのひも 三枝みずほ
 梵鐘やみぞおちに秋の揺らぎ 藤原美恵子
 桶底のつぶやき秋御輿は跳ね 山下一夫
 オリーブ島秋字余りのように分教場 赤崎ゆういち
 百年樹オリーブ小熊座のささやき 野田信章

 討論に移り、イサムノグチ庭園美術館に想を得たと思われる桂凜火の〈石の性なぞり彫り出す良夜かな〉の句に議論が集中した。
 野田信章から、上・中句の「石の性なぞり彫り出す」の表現が抽象的で具体感に欠け、全体として抽象的な句に終わったのではないか、上・中句に具体性を置くことがこの句の生命なのではないか、との指摘があった。
 これに対し、川崎益太郎から、上・中句には「十分な具象性・具体感があり、具体的イメージも浮かぶ」との反論があった。作者からも「上・中句の具体性について検討してみたい」との意見があったものの両氏の議論が延々と続き、句会終了後ロビーに移ってからも続くほどであった。また、この句は下句の「良夜かな」で句全体が締まった、との指摘もあった。
 四方指展望台、マルキン醤油記念館、二十四の瞳の分教場を詠んだ句にも吟行句ならではの臨場感溢れる句が多かった。
 「海原」新人賞受賞の三枝みずほの句にも人気が集まり、〈秋風やはなはうらから透きとほる〉の中・下句の「はなはうらから透きとほる」の表現がユニークだ、との意見が多かった。
 今大会では、無季の句の投句が結構あった。芭蕉の著書にも「無季の句もあらまほしきもの」との表現がある。しかし、無季の句が中心でもなあ、との個人的感想も持つ。
 最後に、丘の上にある「公共の宿ふるさと荘」から見た瀬戸の海に沈みゆく夕焼け、「後の月」の満月も美しく、有志吟行に参加して良かった、との印象を持った参加者は多かったことと思う。

【Bグループ】活発な議論と笑いと 谷口道子

 台風一過、秋晴れの中、心惹かれる小島、漁船などを楽しむうちに草壁港に到着。岬の分教場、マルキン醤油記念館、四方指展望台を経て国民宿舎に到着。なお、マルキン醤油の代表者が安西先生のお知り合いとかで特別に醤油蔵の中を案内していただいた者もおり、ここで、多くの吟行句が生まれた。
 グループ交流句会開始は19時30分、そして20時18分、埼玉から金子斐子さんが到着され「死に物狂いで来ました」とご挨拶された。
 司会・増田天志、アドバイザー・堀之内長一、披講・榎本祐子の各氏、参加者15名、一人2句出し、4句選で会は進められた。
〈最高得点(7点)〉
 醤舐め秋を深くしている躰 榎本祐子
 大いに議論された句。“舐め”があるから“躰”はいらない。“躰”よりベストな言葉がありそう。“躰”にダメ押し感がある。深くしている“躰”はよい、などなど。“舐め”は原因結果の感あり、いや“舐め”は必要との意見が拮抗。答えが出すぎ、一本調子という意見もあったが、吟行句ではここまでで上等。「海原」における金子先生の“体、肉体感覚”を引き継ぐ句と思うとアドバイザー。作者から「“舐め”は外せない。“秋を感じた躰”しか思いつかなかった」と。
〈次点(5点句・2句)〉
 醤油甕の底に秋が潜んでいた 榎本祐子
 選んだ人から「正解ではない、若干、類想感あり」等とマイナス意見。短い時間にここまで把握されたことに共感を覚えた人が多くいた結果の高得点だろうとアドバイザー。作者を名乗られて一同驚きの声。
 自作のバッグ秋は縫い目の解れから 中野佑海
 バッグを“自作の”としたところを評価する人が多かった。独特のセンス、良き日常感という評価も。作者の「友人の手作りのバックを見て。ただし、解れさせたのは私」の言に一同大笑い、一気に場が和んだ。
〈4点句(1句)〉
両手広げ雲掴む女ひと四方指 谷口道子
 現場を見た者として“雲掴む”の表現がオーバーではあるが素晴らしい。オーバーでなく、ストレートで良い、面白いとの評価。
〈3点句(4句)〉
 鳥になろうか雲になろうか瀬戸晩秋 佐孝石画
 瀬戸晩秋が効いている。四方指の景として、気持ちよい句。
 名と顔が合わないみみず鳴いている 望月士郎
 よくあることと共感しつつも“鳴いている”に疑問符を示す人多し。
 散りぢりの引率の子ら野分好き 中野佑海
 子供の“野分好き”を意外性と捉える人と子供は野分好きなものとする人に分かれたが、今回の台風と絡めて楽しい、明るい句と評価。ただし、子らはもしかしたら今日の私たちかもとの意見に、作者の中野さん(引率の御苦労をお掛けしっぱなし)、やはり、「子らは皆さんのこと」と。
 芒原石のたましい並んでいる 松井麻容子
 “石のたましい”に、賛否両論。イサムノグチの作品を見た人はおおむね高評価。作者は石川県の人、「この島の人たちは石に敬意を払っている。いろんなものに魂が宿っているのでは」と。俳句は魂を読むものだから、魂を句に入れてはダメと教わった人が、「だから、これは取れない」と。「海程、海原は何を読んでも良し」とアドバイザー。なお、アドバイザーの句にも“たましい”が入っていた。
 鬼の首ぶらさげ屋島霧襖 増田天志
 きつい表現だが、屋島の歴史的背景か。屋島があるから頂いた。屋島が霧襖の中、鬼の首を下げているような感覚的俳句として面白いなど、選者の評。香川には鬼ヶ島(女木島)と呼ばれる伝説や、「泣いた赤鬼」という児童文学も有名と地元の人から解説してただいた。
 以下、上記以外の句と作者名を列記する。
 校庭の木の実七粒四方指 亀山裕美子
 瀬戸内海はかくスクランブル夕焼ける 金子斐子
 望の月金星ヴィーナス宿し瀬戸の海 伊藤巌
 ふれおちるむかごてのひらむかごめし 川崎千鶴子
 どうしてますか雁の使いに委ねます 新田幸子
 落暉空気のような君と見る 永田タヱ子
 秋の日を縮緬皺の海に置き 佐藤仁美
 取れ立てのオリーブ色のたましいよ 堀之内長一


【Cグループ】個性って何だ? 小西瞬夏

 二日目夜。きれいな夕日が瀬戸内海に沈むのを、みなで溜息をつきながら見たあと、今度は東の空に満月が煌々と上がっていった。宿から夕食の会場まで、暗い道を少し歩かなければならなかったのだが、その道のりは、その満月を見るためにあったような暗さだった。後から聞くと、それも今回の主催者、野﨑憲子さんの演出であったらしい。
 参加者は14名。2句出し、そして他のグループにはない直前の席題1句を課した、きびしく優しい奥山和子リーダーのもと、進められた。披講は増田暁子、室田洋子。高得点句より紹介する。
〈6点〉
 十五夜の島に捨て石置き直す 高木一惠
☆満月の景を即座に詠みこんだ一句。前日の高松でのイサム・ノグチとは違った表情の石である「捨て石」。その「捨て石」をどう読むかがあとで議論されたのだが、捨てられている石、どこにでもあるような石、それを「置き直す」という一見意味のないような動作が読まれ、それにあるかもしれない複雑な意味を想像させられる。または、まったく意味がないかもしれないことをする、その割り切れない心情をも思わせる。
○「石」が海岸線にあるテトラポットのようなものであるとしたら、それを動かす、ということがあるだろうか。
○囲碁にも「捨石」というものがあるが、それに関連はあるのか。
○上手にまとめ過ぎてあるのではないか。その人でなくては言えないことが言えているか。
〈4点〉
 島も人も逆光にあり晩秋 鳥山由貴子
○島の光は眩しかった。写真をとるときも、夏と違ってどうしても逆光になってしまう今日のリアルな実感がある。
☆最後の晩秋という季語は動かないか。これでベストか。
☆「も」が二つ重なるのはどうか。
 左手に満月きみに会いに来た 室田洋子
☆これも、今日の満月をうまく詠み込んだ。「きみに会いに来た」というのは甘すぎるが、「左手に満月」が決まっていて心憎い。花束ではなく、左手にあるのは満月。そして空いている右手はどうするのだろう、と思わせる。
○「きみに会いに来た」は甘すぎるでしょう。
*作者からは「海原のみんなに会いに来た、という意味」という補足があった。
〈3点〉
 口笛は挽歌オリーブの実の熟れて 鳥山由貴子
☆「挽歌」と「オリーブの実」の取り合わせがとてもおしゃれで、今日手にしたオリーブの実の実感もある。
○「口笛は挽歌」はやや言葉でうまく言った感じがある。
○手練れの句である。
 吐く息を少し長めに律の風 奥山和子
☆「律の風」というのが美しい。
☆吸う息と吐く息があって、その吐く息のほうが少し長い、ということは発見である。
○律の風というのがよくわからなかった。
*作者より、お琴の音色とともに感じる風のようなものであったり、音楽が流れてくるような風、という補足があった。
 軽四輪の神輿の御成り醤蔵 武田伸一
☆今日見た、ちょっと不思議な御神輿の景がそのまま書かれてあって、実のある句。
○やや、そのままの景ではないか。
 瀬戸内や人の世に蝶紛れ込む 武田伸一
☆「蝶が人の世に紛れ込む」というのは幻想的で美しい。
○今日の吟行では通用するであろうが、「瀬戸内や」というのが効いているかどうか。
 印象に残ったやりとり。
・高得点句は、手練れの句、という傾向があった。上手な句ではあるが、上っ面だけ言ってないか。もっと個性が必要なんじゃないか。
・それでは、個性ってなんだ?
・「その人じゃないと言えないことか」「誰にでも言えることではないのか」という視点が必要。

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