第1回海原全国大会レポート(その1)

『海原』No.16(2020/3/1発行)誌面より
◆第1回海原全国大会レポート(その1)

第1回 海原全国大会in高松&小豆島
2019年10月12日(土)~14日(月)
於サンポートホール高松
ホテル「花樹海」/国民宿舎「小豆島」

《第一日●総会レポート/公開講演会》
初の「海原全国大会」スタート! 増田暁子

◇総会と「海原」三賞の表彰
 会場のサンポートホール高松は、高松駅前にそびえる大変立派な建物である。12時に受付開始。香川句会の皆様と関係者の尽力で、台風のなか初の「海原全国大会」が始まった。
 台風の直撃予報はなんとか外れたものの、新幹線、在来線、飛行機などが全面ストップし、残念ながら当日に参加予定の方々が身動きがとれず不参加となる。最終的に参加人数66名で受付が終わる。
 午後1時、総会開始。司会進行は香川句会の中野佑海。総会に先立ち、昨年からの物故者4名に黙祷を捧げる。
 開会挨拶は地元香川句会を代表して野﨑憲子。台風のなか、皆様のお力で開催出来ることになり喜んでいます。台風のエネルギーを取り入れ、この大会を盛り上げていきましょう。このホールの利用を含めて、今回は講演会と第一次句会を一般市民にも公開することで、県の文化芸術振興活動費助成金をいただいていることが報告された。
 代表挨拶は安西篤代表。「海原」は金子兜太師亡き後の「海程」を引継ぎ、同人誌の形で出発した。兜太師の俳句に対する理念でもある「俳句形式への愛が基本」「俳諧自由の自己表現」を引き継いで、これからも「海原」を盛り上げていきたい、と話された。
 次は武田伸一発行人による挨拶。「海原」は会費収入で無事発行出来ている。10月現在、同人は305人、会友は185人あまり。皆様からご
協力いただいた発行基金はまだ残額が十分にあり、次の発展のために使いたい。最後に、初年度(18年9月~19年8月)の会計報告が詳しく説明された。
 堀之内長一編集人からは編集の報告。「海原」は同人作品掲載が5句になり、「海程」のときより迫力が出たようだ。まだまだ試行錯誤の途中で、これからも「海原」らしさを追求していきたい、と意気込みが語られた。
 いよいよ「海原」三賞の発表と表彰式。「海原金子兜太賞」本賞はすずき穂波、奨励賞は望月士郎、特別賞は植田郁一。すずき穂波は体調不良であいにくの欠席。代理として同じ広島の川崎益太郎に金子眞土氏より兜太師直筆の色紙が贈呈されると、会場は一気に盛り上がった。「海原賞」は小西瞬夏、水野真由美、室田洋子の3名。「海原新人賞」は三枝みずほ、望月士郎の2名。安西代表より、それぞれ顕彰と副賞の授与が行われた。ちなみに、副賞は『金子兜太さんの最後の言葉』(DVD)、金子兜太句集『百年』、熊谷市制作の俳句を染め抜いた扇子などであった。

◇公開講演会
 公開講演会は午後2時から始まった。最初の講演は田中亜美による「若い世代に広がる俳句」。「100メートル走は無理でも10メートル走ならばできる」という日本学校俳句研究会の小山正見先生の言葉を巻頭に、小・中学校の俳句授業の様子を江東区や荒川区の事例で解説。高校生については「俳句甲子園」を紹介。2019年の第22回大会は35都道府県95校120チームが参加。兜太師も2009年に特別審査委員長として参加。高校生たちの求めに応じて「生・兜太」とサインして話題に。大学生の場合は学生俳句会が隆盛で、授業での導入も増えているとのこと。
 若い世代に広める意義は、一般教養、集中力、自己肯定感をはぐくみ、他者を受け入る姿勢を学ぶことであると締めくくられた。
 次は、安西篤代表による「金子兜太という存在――句集『百年』の魅力を探る」。堀之内編集人が適宜聞き手を務める。兜太師は晩年の人間像をさらけ出し、多面性を持つ存在者であった。師は亡くなったが生者として存在し、信頼感は揺るぎない。業績は正当に評価されるべきだ。生者に対し「今ここにある問題」を提起しているとして、例句をあげながら、師の最終章である句集『百年』の魅力を熱く語られた。

《第一日●第一次句会》
晴れ男は高松に 鳥山由貴子

 「海程」から「海原」へと変わり迎えた第一回目全国大会。熊谷・秩父を離れ高松・小豆島での開催は期待に満ちていた。しかし危惧していた台風発生。昨年の西日本豪雨による混乱が頭を過る。交通機関の計画運休が必至となり大会自体の中止も検討された。しかし少人数でもとの地元の強い希望もあり実施へ。結果、前泊組も多く約70名が参集した。
 事前投句162句。特別選者18名。代表者7名(安西篤、高木一惠、藤野武、松本勇二、若森京子、こしのゆみこ、十河宣洋)により講評が始まった。

【特別選者の特選句のある高得点句】
 雨気孕むししよ野越えの人形座 野田信章
 大西健司、こしのゆみこ特選。十河宣洋、高木一惠、遠山郁好、並木邑人、柳生正名、若森京子秀逸。
 まくなぎや明るい出口までふたり 小松敦
 佐孝石画、松本勇二特選。こしのゆみこ、遠山郁好、野田信章、藤野武秀逸。
 空蝉の中に風吹く無言館 若森京子
 武田伸一特選。大西健司、川崎益太郎、田中亜美、前田典子、柳生正名秀逸。
 巻き癖の海図の上へ青檸檬 鳥山由貴子
 遠山郁好、柳生正名特選。田中亜美、堀之内長一秀逸。
 晩夏光鳥籠のようとらわれて 川田由美子
 堀之内長一特選。安西篤、田中亜美秀逸。
 野分たつ嘘ひとつぶんの距離にいて 松井麻容子
 前田典子特選。並木邑人、松本勇二秀逸。
 指紋という小さな銀河針しごと 望月士郎
 十河宣洋、高木一惠特選。
 空海兜太猿酒酌むや讃岐富士 すずき穂波
 田中亜美、若森京子特選。

【特別選者代表による句の講評(一部)】
[安西篤選]
 半夏生斜め下から母に似る 奥山和子
 斜め下という手の込んだ視覚。複雑な思いが感じられる。季語の半夏生が効いている。
[こしのゆみこ選]
 まくなぎや明るい出口までふたり 小松敦
 好きな句。まくなぎが手をつないで突っ走っている感じがする。青春性を感じた。
[十河宣洋選]
 ででむしの肉色あはし遠発破 小西瞬夏
 昔住んでいた村で、15時になると石灰岩の山に発破がかかったのを思い出した。ででむしの肉色、が上手い。
[高木一惠選]
 核と人間かりかりの蚯蚓掃く 川崎千鶴子
 核による人間の痛ましい姿と、かりかりになった蚯蚓。それを合わせて詠まれた作者の思いを感じた。
[藤野武選]
 夜を待つ雲ひとつ居て夏の窓 佐孝石画
(50年近く前に宇高連絡船で来た四国。ここにまた来ることが出来、とても懐かしくしあわせに思う。と話されてから)
 美しい句。夜は老いや死の喩えか。雲は作者自身でもある。刻一刻と変わる夕暮。その過程こそ大切だと思っているのでは。口先で作っているのではない、思いの深さを感じた。
[松本勇二選]
 食えない詩のために死ぬなよ赤楝蛇 並木邑人
 語りかけているような口語がよい。赤楝蛇という季語がこの句を支えていると思う。
[若森京子選]
 老人ホームに虫ピンで止められし晩夏 藤野武
 切ない悲哀を感じる。生と死。老人と何かが止められているような哀しみ。好きな句だ。
 さて、今回特別選者はどの作者の句に惹かれたのだろうか。特選2点、秀逸1点とし総得点を出してみた。(堀之内長一案)。結果は小松敦(11点)、野田信章(10点)、若森京子(9点)、宮崎斗士(8点)、佐孝石画・望月士郎(7点)、川田由美子・奥山和子・室田洋子・鳥山由貴子(6点)。5点以下省略。
 高得点者には賞品が授与され、特選句の作者には特別選者自筆の色紙が渡されて第一次句会が終了した。
 ちなみに鳥山が頂いた一句です。
 ががんぼう醤を買いに苗羽のうままで 遠山郁好
*「のうま」は小豆島町の地名

《第一日の夜●懇親会》
天地ゆうゆう 河西志帆


 台風で電車も飛行機も止まったこの日に、呑気に俳句なんぞしていて良いのかと、後めたい気持ちで、高松の水城を見ていました。
 でも来たからには精一杯楽しんでしまえるのが俳人なんです。都合の良い言い訳だって二つ三つ用意して来ました。
 懇親会会場に向かう満員のバスは、坂道を登るのに、青鬼吐息でございます。「大丈夫なの~」と口々に盛り上がったところから、宴の幕が上がりました。
 若森京子さんの乾杯の挨拶の中で、「この四国開催を、高橋たねをさんがいたら、どんなに喜んだでしょう」という言葉に、胸がきゅんとなりました。でもこの時、本気で思ったんです。ここに来れなかった沢山の人達も、もしかしたら他界からバスに乗って来ているかも知れないと。
 だって、ここは四国巡礼の地‼ 乾杯と献杯の心で飲みほします。四国入り出来なかった方々の分まで、楽しい夜になるように。
 第1回海原賞3名、いつも元気な水野真由美さんによる香川勢への労いの言葉で始まりました。今日まで気が気じゃなかったよね‼野﨑さんが、うるうるした眼で微笑み返しました。その大きな声の、水野流都はるみを嬉しそうに見ていた先生を思い出しました。
 「この後じゃやりずらいわあ」と言いながらの室田洋子さんの笑顔に、ご主人を亡くされた悲しみも、少しは和らぐといいねと思いました。みんな頑張って、いろいろなものを抱えて、俳句に背中を押してもらって、ここに来ているんだ。
 たったひとり着物姿で、しっとりとゆったりと、第2句集のことなども、小西瞬夏さんは、この大会のお手伝いもして下さっていたこと、ご苦労様でした。
 そして、海原新人賞の三枝みずほさんは、若く美しく、パッと目立ったのでした。海原の明日が見えたね‼ ハワイから参加のナカムラ薫さんと、顔を見合わせ声をそろえて言いました。俳句界に欲しいのは、若さです。
 もう一人新人、とうていそうは見えません。兜太賞奨励賞まで手にしたんですよ。その望月士郎さんが、何と眞土さんに似ていると、おいしいところまで持って行っちゃいました。
 海原金子兜太賞本賞のすずき穂波さんが体調を崩して不参加ということで、川崎益太郎さんがご自分のことのように嬉しそうでした。
 でもこの日、何といっても忘れられないのは、この壇上にまさか上がることになるとはと、スリッパに短パン姿の眞土さんでした。
 その照れた少年のような横顔が心に沁みました。普段着の言葉を聞けるのは海程の者達だけなんだという身内感が、じわぁーと心の中に広がっていきました。
 先生の最後の9句を収めた『百年』ああ、先生サインして下さい‼ と言えないのが淋しいけど、仕方ないよね。
 俺は死なない‼ なんて言って様になるのは兜太先生しかいないと思いながら、眞土さんの声を聞いていました。
 私達は、先生のいない淋しさを少しずつ埋めて前に進まなければなりません。それが眞土さん、千佳子さんの願いだと思うのです。
 こうして全国大会がなかったら、名前も顔も覚える機会はなかったと思いませんか。
 恒例の地区ごとの顔見せは、皆の保護者のように紹介したり、時々忘れたふりなどをして盛り上げてくれる武伸さん‼ 今宵も絶好調です。皆さんの名前を書ききれなくて残念です。あの人もこの人も会いたかった~。
 お料理のお品書きは、紅葉の絵をほどこした「寒露の頃讃岐路」とありました。俳人好みではありませんか。年に一度、家族に公認の大手振って出掛けられる、ありがたい大会です。あちらこちらで話の輪がふくらみます。
 あの大会で会ったよね。そんな数回の出会いなのに、こんなに嬉しく懐かしいのは何なんだと、いつも思うんです。
 ああ~ここで
 おらほうじゃこうだよ
 おかしけりゃ
 お笑いなっと
 コラショ♬
 秩父音頭が聞こえないのは悲しいけど、四国は阿波踊りと、よさこいばかりじゃございませんとばかりに、「一合まいた」は、さぬき高松の盆踊り。東尾会のお二人の軽妙な喋りと三味線につられて、会場は踊る阿呆になりました。
 我等は今、一合まいたばかりです。うまく根がつき穂になって、一升一斗一石に、なるには手間暇かかります。
 天地悠々 なれど海の道のりは
      まだまだ ずっと先

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