『羽後北上』武藤鉦二句集〈羽後の動悸̶̶鉦二先生を悼んで 三浦静佳〉

『海原』No.38(2022/5/1発行)誌面より

『羽後北上』武藤鉦二句集

羽後の動悸̶̶鉦二先生を悼んで 三浦静佳

 『羽後北上』は、「しらかみ句会」主宰、武藤鉦二先生の遺句集である。「俺の句集のテーマは羽後と決まっている」と仰っていた先生。未完の句集を思い、闘病の床で先生はどんなお気持ちだったのかと思うと胸がしめつけられた。しかし、関係する方々によって句集が完成し、先生も安堵されていらっしゃるだろう。句集発行日は兜太先生の命日になっている。あちらで、「まだ早い」と兜太先生に叱られているに違いない。俳句の師(学校時代の恩師でもある)、鉦二先生との心に残る句や言葉をここにしたため、長い間のご指導とお付き合いへの御礼としたい。
 昭和四四年、先生は私の森岳中学校三年の時の担任だった。授業の中で俳句を創った記憶が蘇る。放課後になると卓球部の顧問としてラケットを握る身軽さは、全く今も変わらなかった。先生は定年退職後、全ての教育関係のお仕事を断り俳句の会を立ち上げられた。私はお電話にてしらかみ句会へ入らないかとお誘いを受けて入会。作句よりまず雅号だと、相談に乗っていただいたことも懐かしい。

  鳥雲に柩にもある水平線
  かげろうて原発鳥目には見えぬ
  黙祷のかたち寒夜の一本松

 この原稿を書き始めたのは震災から一二年経った三月一一日。柩に水平線、目には見えない原発、震災の象徴となった一本松。どの句も分かり易い言葉で表現され、深く切ない。

  みすずの詩月光つららはガラスペン

 羽後の夜は凍てつく。月光つららという言葉に感動し、さらにガラスペンに脱帽。この過疎なる羽後暮らしの中で掲句のような瑞々しい、どこか都会の香りを含んだ句ができるなんて、先生は凄い。

  はらからみな数珠につながり葛の花
  地雷無き国踏んでみる霜柱
  人生の放課後という涼気かな

 黄泉のはらからと葛の花の配合の妙、反戦の思いを込めて霜柱を踏む。定年退職後を放課後と表す新鮮さ。こんな涼気に初めて出会った。ところで以前、先生に「季語が合わない」と指摘されて、「この句にはどの季語が正解なのですか?」と尋ねたところ、「季語に正解は無い」と。ますます俳句というものがわからなくなってしまっていた。その時の言葉の意味が今では解るようになった。他のフレーズによって季語は変わる。また、読み手にひびく季語でなければならない。たまに季語がピタリと合う句が出来ると、「正解は無い」を思い出す。「俳句は奥深く、出来上がった句は世界でたった一つの自分の作品になるんだよ」今、厳しく優しかった先生の言葉を噛み締めている。

  白鳥飛来新刊届きたる心地
  文重ねゆくよう母が紫蘇を摘む

 イメージを生かす句について先生は「実態のある物が一つ入っていれば、あとはどんなにぶっ飛んでもいい」と。
 また、

  飢えは遠い記憶抱けば藁あたたか

 「初めのうちは定型に拘るが、その内わざとかたちを壊したくなる」と。今では私も壊したくなってしまっている。掲句、破調が成功して読み手にじんわりと伝わる。

  妻の背泳ぎ日本海照るぞ弾けるぞ
  桃林にて入浴のかたちせり吾妹よ
  嫁菜きざんで山鳩を喚ぶ朝の妻

 奥様の暁美さんを詠んだ三句。お二人は人も羨むおしどり俳人。ご結婚当初はお互いの勤務先(先生は県南で暁美さんは県北)の関係のため、別居を余儀なくされたそうだ。転勤の無い暁美さんの代わりに鉦二先生が転勤を希望して、ようやく県北への赴任が叶ったとのこと。その最初の赴任校が私の通う「森岳中学校」だった。湖の見える木の校舎は私とは別の意味でお二人の忘れ難い思い出の光景だと思う。因みに、お二人の出会いは勿論「海程秋田句会」であり、「とても声の大きい人がいたの」と、暁美さんはお友達に話していたそうだ。

  火恋し息子の古き葉書もち
  小鳥来る子を待つ母のまわりにも

 私の棲む三種町は毎年地元の俳人、佐々木北涯翁を顕彰して北涯俳句大会を開催している。先生の最期の二句となってしまうなんて……。先生のような指導者には死などなくていいのに……。
 「羽後北上」には、句会や大会、吟行時の先生の句がぎっしりだ。迷ったら開く、悲しい時苦しい時、ただ聞いていただくために開く、そんな一冊になってくれるだろう。「視野を広く、静佳俳句を〜」と、先生の口癖が聞こえてきそうだ。
 令和三年六月句会を最後に先生は忽然と逝ってしまわれた。「俺の声は体育館でもマイクは要らないんだ」と、よく仰っていてお元気だった先生。いつかどこかで、ふいにお会いできる気がしている。

  花辛夷結んでひらいて死はふいに

 羽後の辛夷が花をつけるのももうすぐだ。先生、本当に有り難うございました。

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