◆No.77 目次

◆海原愛句十句(1・2月合併号の全同人作品より選出)
伊藤淳子 選
その闇の一部を削る夜勤かな 市原正直
石段を登り登ってわっと秋 大沢輝一
山という不思議な日蔭鵙高音 北上正枝
刈田です黄昏どきのがらんどう 小池弘子
月光をふんで戻りし暮らしかな 小西瞬夏
トンボにも風にもなれた十五才 佐々木宏
手の平に書いた約束いなびかり 竹田昭江
帰心いま行き合いの空渡りゆく 董振華
秋は足早手を洗うこと反射的 遠山郁好
全山紅葉悲しい時も腹が減る 藤野武
若森京子 選
竜胆や少年さつと席譲る 鵜飼春蕙
蓮根を薄く切る軽い返事する 桂凜火
空想や飛んでいるとき羽休め 佐々木昇一
筆折る作家暮れゆく象のまつげかな 新田幸子
とても遠い日があった藪蘭のむらさき 平田薫
葬の家素読のように夜の虫 船越みよ
初鏡自我はかすみの仕草する 北條貢司
左手のほころびを縫う赤とんぼ 松本千花
たましいに寝癖いろいろ狐花 山本まさゆき
トロロ飯四捨五入の生き様に 山谷草庵
◆海原秀句 同人各集より
堀之内長一●抄出
流星や邪魔と言われて倒るる木 安藤久美子
熊ん蜂ひょいっと蜻蛉を躱しけり 石川義倫
笑窪ある土間代々のすがれ虫 石川まゆみ
「そんなこと」そんな一言悴むよ 伊藤巌
言の葉は体鳴楽器雁渡し 榎本愛子
足踏ミシン林檎を素手で磨いてる 大西健司
吊るされる鮟鱇のごとまた不眠 尾形ゆきお
柱時計の奥底にある蜜柑山 小野裕三
黄落や哲学のよう歯磨き 河原珠美
蜜柑剥く譲歩を決めてより無言 楠井収
近寄ると感じて光る十二月 小松敦
行く年の淋しきうなじなぞるかな 近藤亜沙美
秋の暮廊下一本分の息 三枝みずほ
雪を頬張る金属の味強し 笹岡素子
ばあちゃんに絶対音感冬の庭 佐藤詠子
テーブルを拭いて冬至の日を招く 月野ぽぽな
ともだちが欲しいわたしは熊を追う 豊原清明
しろながすくじらであればひとりもいい ナカムラ薫
冬の月身の内深く浚渫船 服部紀子
虫喰いのセーターのよう失語 日高玲
陽だまりの椅子ひとつ濃し福寿草 保子進
秋茱萸の渋み生きるという蘞み 本田ひとみ
縄文の体臭かすか雪蛍 嶺岸さとし
デラシネや冬の残照が故郷 村本なずな
雑巾が固まっている日向ぼこ 望月士郎
雪が降る世界は凡て暗くない 茂里美絵
詫びるなら冬の日向のあるところ 矢野二十四
会ったのに出会えてなかった冬めく日 山下一夫
敗荷や心の隙間に紅をさす 横田和子
吊し柿いくつ作らば永らえる 横地かをる
石川青狼●抄出
とんぼうの停まりそうなるわが晩年 有村王志
電池切れそう 卵買う年用意 市原正直
家族写真ちょっと曲がっている小春 桂凜火
花ひいらぎ気配を消せる人といて 川田由美子
黄落黄落クマに呪文をかけてくれ 河原珠美
おいらくのあいまあいまや蜜柑むく こしのゆみこ
砂の上の母がちひさく畳まれる 小西瞬夏
富士山は女湯側に冬至風呂 小松敦
群衆は風の落葉について行く 三枝みずほ
東雲や夜を丁寧に折り畳む 佐孝石画
年を越す身体ゴシック体のままで 佐々木宏
老人に有るものは『いま』冬満月 篠田悦子
睫に風花フクシマという離島 清水茉紀
ふくろうの羽網膜にたたみをり 白石司子
綿虫や忘れちまつたえくすたしー すずき穂波
然別湖の先生の句碑冬に入る 高尾久子
言うことをきかないペンギン大晦日 たけなか華那
まぼろしの森に梟飼い慣らす 月野ぽぽな
枯すすき声にならざるもの集う 董振華
石蕗の黄の氾濫荷縄でくくろうか 鳥山由貴子
しろながすくじらであればひとりもいい ナカムラ薫
とっときの便箋と文字小鳥来る 新野祐子
冬天へ向日葵ひとつ佇ち尽くす 野﨑憲子
点描の黄落塗りつぶしの仕上げ 北條貢司
鯨ベーコン昭和を引きずる夫の肴 増田暁子
白曼珠沙華忘れかけていた弱味 松本千花
鼓膜いま鳴ったよ冬陽しみわたる 三世川浩司
檄飛ばす君の声こそ冬の華 村上友子
寒林をゆくやがて聴力検査室 望月士郎
夕暮れの椋鳥羽音をたたむなり 横地かをる
◆武蔵野抄77 安西篤
定住漂泊ひたに野を焼く緩斜面
春の蠅手をすり合わせ汚染土へ
春の雪そのぬくとさを身に背負う
まんさくや秩父に残る囃子方
もうろくの一言主や春の宵
◆雑雑抄77 武田伸一
在所とは雪の砂丘の涯である
乳児無き寂びしら菜の花真っ盛り
浦安は淋しき町ぞ貝殻敷く
敵無しの余命に釣瓶落としかな
百までは生きたい右手冷たかり
◆一翳抄9 堀之内長一
氷湖はるか金管楽器の弱音器
家族写真ほどよくぼやけ野水仙
流氷接岸思いの丈を述べたくて
麦を踏むたったひとりの行進曲
ブリキの兵隊カタンと倒れ二月果つ
◆たづくり抄9 宮崎斗士
十六夜や君の背表紙そっと触れる
檸檬切るただ会いたいという現実
独り居の柿剥けばあの頃がある
何となく気が合う案山子疲れてます
師と共にいれば今でも椎の実降る
◆金子兜太 私の一句
眼の前に尾灯息白しいのち 兜太
妻との出会いから子供が生まれて、会社勤めの日々も、俳句仲間たちに囲まれて忙しく妻にも苦労をかけたとの思い。妻のひたなる闘病の日々のこと、旭市の海辺の病院、妻の句集。目の前を過ぎる尾灯に先生は若い時から共に暮らした妻とのことが駆け巡ってすぎたのでしょうか。ふと、我に返った先生の意識にくっきりと「息白しいのち」が見えてくるのです。皆子さん他界の時の21句の中から15句目にあります。句集『日常』(平成21年)より。大髙洋子
おおかみに螢が一つ付いていた 兜太
俳句について無知のまま入会した浦和の講座の講師が金子先生。江戸っ子調のべらんめーが面白くて、すぐに虜になった。初めてこの句を見た時、講座の誰かが詠んだとしたら、「あーそうですか、はい!サイナラ!」と批評されたのではないか?と思った。でもその後、この句は金子兜太先生の人物像をも表す意味深い一句だと知った。そう思って口遊んだら、大好きな一句になった。句集『東国抄』(平成13年)より。頼奈保子
◆共鳴20句〈1・2月合併号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句
市原正直選
○重心は臍か頭か糸瓜垂る 石川まゆみ
秋桜や静かに揺れし仮名の文字 漆原義典
火星騒がし十一月は抹茶味 大西健司
鶏頭一列ちりぢりとなる血縁 大野美代子
閻魔蟋蟀沈んで浮かぶ心電図 奥山和子
鎌倉市キュートな目線で焚き火する 葛城広光
○子の声の羽繕いほどやわらかし 川田由美子
秋の灯がぽつんとひとつ本家かな 佐々木宏
唐辛子干され子どものいない村 白石司子
走りきて心音ととと鳥渡る 菅原春み
○熟柿ぐにゅっと老いの恥ぢらひ すずき穂波
見えぬもの想ふ八月いのちの木 高木一惠
はんぺんに刻印のありおでん鍋 竪阿彌放心
調律師ときどき銀河聴く仕草 月野ぽぽな
○生きることこんなにシャイに赤とんぼ 遠山郁好
誰そ彼や耳の震える酔芙蓉 中内亮玄
○うつくしき竜頭をまわす野分雲 ナカムラ薫
こわれそうにコスプレの君昼花火 藤野武
曼珠沙華遅れてきたらみな他人 山下一夫
たましいに寝癖いろいろ狐花 山本まさゆき
岡田奈々選
あのシャツは僕の倖せ乾してある 有村王志
城跡のとんぼう生業は隠密 石川和子
○重心は臍か頭か糸瓜垂る 石川まゆみ
鶏頭花卑弥呼癇癪片頭痛 伊藤道郎
別れとはいつも枯葉を掃いている 大髙洋子
霧の家閨のあしゆび開きおる 尾形ゆきお
月光の硬度は愛が斬れるほど 片岡秀樹
○子の声の羽繕いほどやわらかし 川田由美子
うりずんの賞味期限は嗅いでみる 河西志帆
ごきぶりの知恵つっと迂回してゆけり 楠井収
悔という光もありてまんじゅしゃげ 佐孝石画
○熟柿ぐにゅっと老いの恥ぢらひ すずき穂波
ひた走る鉄路真っ青オリオン座 竹本仰
祈りとは林檎の芯に蜜満つる 月野ぽぽな
○生きることこんなにシャイに赤とんぼ 遠山郁好
外れそうな肩で穭田陽をつかむ丹生千賀
天の川水虫疼く下駄の叉 日高玲
納豆に祭噺を練り込みぬ 藤好良
キンカンを塗ればムササビ滑空す 松本勇二
山ヤッホー海バカヤロー秋深し 柳生正名
鈴木修一選
故里のそぞろ歩きや草の花 石塚しをり
住民に声かけられて鮭のぼる 伊藤歩
鳥渡る写真館という忘れ物 大池桜子
環状列石蹌踉の鹿過る 尾形ゆきお
冬銀河あなたの収集切手貼る 柏原喜久恵
穿たれし空の色なる芒原 川田由美子
天牛の若き兵士のごとくゐる 小西瞬夏
秋つばめ西へ輪廻の渡世かな 齊藤しじみ
朝顔を覗いてごらん淋しい子 すずき穂波
首筋へ豹の視線とななかまど 十河宣洋
双翼をあふれゆくもの天高し 田中亜美
秋祭孫はいつしか土着志向 谷川瞳
人の子が犬の子さわる冬隣 月野ぽぽな
鰯雲コントラバスに従いてゆく 遠山郁好
声になる前のいつわり姫女苑 ナカムラ薫
鳥渡る瘡蓋のごと休耕地 根本菜穂子
シャッター街薄蒼き蛾は飛べぬまま 原美智子
涼しくなったら会おうというすずしさ 松本千花
銀漢や押し花の息平らなり 三浦静佳
残る蝉あの世この世を鳴きつくし 村井隆行
新野祐子選
変装に近き作業着月あかり 市原正直
草笛や火星の夕焼けはきっと青 植竹利江
大夕焼子守唄へと転がれり 江井芳朗
行先を忘れて乗車泡立草 大髙宏允
起き抜けの秋の鏡にメドーウサ 川崎千鶴子
長寿住む戦無き島菊日和 河田清峰
秋の野や水底までの道しるべ 川田由美子
頬杖も笑顔も嫌い捨て案山子 河原珠美
沈黙という自意識みなぎる山椒魚 黒岡洋子
アザラシの赤子抱くごと冬瓜を 後藤雅文
敬老の日の青臭き投書欄 齊藤しじみ
○うつくしき竜頭をまわす野分雲 ナカムラ薫
被曝とはこんなに蜩を吸えないこと 中村晋
飛ぶものにマンホールの蓋秋出水 平田恒子
「染み」抜けて「市民」に憩ふ辞書の紙魚 藤好良
まだ信じられるものに冬瓜のみどり 堀真知子
鶏頭は憤怒ジェノサイド・ドミサイド 三木冬子
きつかけはゐのこづちなり村を出る 矢野二十四
地球儀に陽が差すところ常に紛争地 夜基津吐虫
振り向くと「好き」ですと手話星月夜 横田和子
◆海原集〈好作三十句〉宮崎斗士・抄出
白息の届かぬ距離にゐて叫ぶ 和緒玲子
ぼんくらと暮らすぼんくら根深汁 有栖川蘭子
葱刻む友と別れた日でさえも 井手ひとみ
捨て難き空箱出てくる師走かな 伊藤治美
セーターは摩周湖のいろ会ひにゆく 上田輝子
みみずくのみみず食う面わたしかな 遠藤路子
春隣甘えん坊のドーベルマン 大渕久幸
真実を語りはじむる枯木かな 廉谷展良
雪晴や下駄はく子等の初舞台 神谷邦男
一粒の私小説めくマスカット 北川コト
漬物石ずぶとく沈む冬至かな 木村寛伸
巨樹とわれ裸木なれば対で立つ 工藤篁子
凍土や火を継ぐ者へ書く手紙 小林文子
柿たわわ食糧自給四割の国 坂内まんさく
朝顔の日記に泣いて早や八十路 塩野正春
抱きすくめ何をいまさら花菖蒲 末澤等
重い荷物背負ったような雪が降る 谷川かつゑ
酉の市亡妹の笑顔に会う 津野丘陽
スクラムのあとひと圧しを悔いる冬 藤玲人
おせちの広告山積みしてひとり 中尾よしこ
内視鏡はらわた艶めいて冬日 福井明子
ホッチキス針の小箱のクリスマス 藤川宏樹
橋梁の太きボルトや海へ雪 松岡早苗
おまえレベルの正義ずんずん雪 松﨑あきら
蕪島や婆が引き連れ冬鴎 松本直子
雪螢内なる自分の行方不明 峰尾大介
雪の舞ふ街でつかまへし右手 向井麻代
マッチ擦れば幼き我やクリスマス 向田久美子
閉ぢてなほ開くまぼろしぼさつばな 路志田美子
助手席に思春期の子三分咲 渡邉照香


