『海原』No.59(2024/6/1発行)誌面より
第5回海原賞・海原新人賞受賞作家の俳句を読む
握り拳の強度、心象と映像の行方 松本勇二
◇中内亮玄「ルイージの懊悩」
「ポケットの中に握り拳」という、このワードは作者の怒りの暗喩なのか、あるいは何かに我慢しているのであろうか。それとも、たまたま頭に浮かんだ言葉なのか。得体のしれない俳句たちはしずかに鎮座している。
帰り花ポケットの中に握り拳
雪風巻ポケットの中に握り拳
冬北斗ポケットの中に握り拳
冬の季語との相性はかなりいいようだ。「帰り花」は桜であろうか。「思いがけなく二、三輪咲いたけなげな花に、やがて来る厳しい冬を思いやる。」などと解説してある。冬に向けて身構えている握り拳。「雪風巻」は、筆者が「海程新鋭集」のアンケートの「好きなところは?」欄に「風雪の真っただ中」と書いた記憶がある。この句の握り拳は昂揚感からのものだろう。「冬北斗」は、冬の北東の空に低く冴えている。見ていると孤立感にさいなまれる時がある。孤独に耐える握り拳。
春浅きポケットの中に握り拳
卒業すポケットの中に握り拳
猫の恋ポケットの中に握り拳
山笑うポケットの中に握り拳
花吹雪ポケットの中に握り拳
春の季語たちと合わせられた握り拳は、少し距離がありすぎるようだ。柔らかで優しい季節から握り拳への展開は落差があり過ぎた。しかしながら、「卒業す」の句は、未来の自分への決意表明の握り拳とも読めるので、論理的な攻めは余り好まないが、一句成就している。
泳ぐ蛇ポケットの中に握り拳
青胡桃ポケットの中に握り拳
夏の雷ポケットの中に握り拳
大花火ポケットの中に握り拳
晩夏かなポケットの中に握り拳
兜太先生に「蛇来るかなりのスピードであった(両神)」がある。泳ぐ蛇もかなり早く、しかも不気味である。爬虫類の苦手な向きは思わず拳を握る。「青胡桃」の皮は毒があるので、それを使って魚を取っていたという話を聞いたことがある。胡桃と拳を並列させた一句。「夏の雷」「大花火」はどちらも大音響だ。その音響の中で思わず握りしめる拳。夏の終わりの喪失感からか、「晩夏かな」と詠嘆している。この握り拳の握力はかなり弱い。
身に沁むやポケットの中に握り拳
おけら鳴くポケットの中に握り拳
世阿弥忌のポケットの中に握り拳
秋が来た。「身に沁む」は「秋風がひんやりして来ると、人は誰しも、ものの憐れを感じるようになる。」とある。螻蛄は田の畔に穴をあけ、田から水を抜いてしまったりする。ジーと鳴き、秋の夜の淋しさがつのる。「世阿弥忌」は九月一日のようだ。三句とも、心にできた空洞をなんとか埋めようとする握り拳。
きりもなやポケットの中に握り拳
馬鹿馬鹿しポケットの中に握り拳
類似かなポケットの中に握り拳
ルイージかなポケットの中にマリオ握り
季語がなくなると、中句八音、下句六音と定型感が希薄なだけに、一行詩のような味わいになってくる。兜太先生が「最後に残るのは定型。」と語気を強められたのを思い出す。
坪内稔典氏は「甘納豆」で十二句作り、「三月の甘納豆のうふふふふ」という代表作を得た。「握り拳」がそうなることを願ってやまない。
◇立川瑠璃「古里のその古里」
眠る前に頭をよぎる映像は、決まって小学生の頃のさまざまである。年を取るほどにそれが顕著になる。作者はまだ若いが、少女期の三次市の経験は祖母の記憶と相まっていつもそばにあるようだ。
古里のその古里は蜃気楼
記憶の扉明ける朧に祖母がいる
「祖母が語る古里」は蜃気楼のように揺らいでいる。記憶をひもとこうとすると、朧の中に祖母が立っている。鮮明な記憶なのであろうが、どちらも季語でぼかしている。大上段に振りかぶって俳句を書くことに、少し照れがあるようだ。
非人称の町角はみな花の匂い
方言も人も吹雪いて地方都市
このあたりから、三次市へ入り込んで行く。「非人称」「吹雪いて」と書いているのは、特有のぼかしによるものか。
春宵の大正町に寿三郎
静謐を乱して霧の古墳群
祝橋元に還れぬ半仙戯
序章のような巻頭五句を経て、いよいよ地名が鮮明に現れる。人形作家の辻村寿三郎は三次市に住んでいたことを今回知った。大正町はかつて、県北唯一最大の公認の遊興歓楽街。その三次には中国地方最大級の古墳群があり、江の川にかかる祝橋は大正時代のもの。と、観光大使のような句群であるが、それぞれ現在ただ今の、眼前の風景のように読めるのは季語の使い方によるものであろう。
空中ブランコ命綱なき燕
見世物の懈怠が笑う草迷宮
三次東座春燈太く弛みけり
筆者に「サーカスは母と行くもの遠霞」があるが、作者は祖母と行かれたようだ。見世物小屋の倦怠感、春燈の太い弛みも、実際の経験からの発語であろう。「草迷宮」は出し物であるなら、括弧で括った方が理解を得やすいと思われる。
習俗や一夜明ければ形代となり
絵のような陽炎のような寂しき者ら
メメントモリ柔らかに桜時は過ぐ
形代になる民衆、陽炎のような人々、いつか来る死を思えよ、と、どの句も人の世の儚さを書いている。観念を俳句にするとこうなるのであろう。溢れ出る詩性が先行した句群。
春野から時の旅する吾が見える
記憶痕跡めくられて無月の頁
この二句を絶唱としたい。どちらも心象風景をうまく映像化している。心象と季語を、あるいは実景を、上手く組み合わせる構成力こそ作者の持ち味であった。