【特別寄稿】「海程」から「海原」へ 前・海原発行人 武田伸一

『海原』No.74(2025/12/1発行)誌面より

特別寄稿

「海程」から「海原」へ
前・海原発行人 武田伸一

 同人の齊藤しじみさんには、武田本人も忘れていた数々の事柄を掘り起こしていただき(※)、感謝のほかありません。以下、「海程」の発行に関して、特にお世話になった方々について感謝の気持ちを述べさせていただくことにした。
 昭和六十年六月、名古屋で開催された同人総会にて、阿部完市から、《同人誌「海程」を金子兜太の主宰誌に改めたい》との緊急提案がなされ、賛否両論、侃々諤々の議論が深夜まで続いたが、最後に金子の、いわばこれまで多く見られた主宰誌とは違い、「俳諧自由」を主宰するとの意向に大勢が納得し、金子兜太の主宰誌「海程」が発足することとなり、十月号から実施。これにより、大石編集長や原満三寿、谷佳紀(後に復帰)、大沼正明など、数名の若き俊秀の退会があったものの「海程」は更なる発展を遂げてゆくことになった。
 主宰制に移行以後の、方向づけ・誌面の刷新等には桜井英一氏の力が大きかったが、平成七年二月、突然の病に仕事が続けられなくなり退任。後任を探す必要が急務の課題となり、定年間近の武田に白羽の矢が立った。金子主宰が、鉄鋼会社の社内報の編集をそれなりにこなしてやっていたことを知っていたのである。
 一方、武田は三月の定年を間近に控え、念願だった四国八十八カ所の歩き遍路を楽しみに、密かにその実現に向けての計画をあれこれ練っていたのだが、一月から三月までの会社の業務と平行して、「海程」の編集作業を遂行出来れば、問題は生じないことが判明。武田は、残りの人生を「海程」に捧げることにしたという次第。
 思いがけなく編集長になった武田にとって、本来の仕事とは別に、思いがけない余得も待っていました。有名人なる金子主宰に対して、全国の市町村、あるいは企業から講演や選句の依頼が多くあり、武田はそのお供をして、各地への旅も転げこんできました。普段はあまり行けないような、僻地へのお供は武田にとっても大歓迎。中でも北海道大雪山中の然別湖。青森県東北町の《日本中央とあり大手鞠小手鞠》の句碑除幕式に出掛けた後の下北半島の秘湯下風呂温泉。南では、四万十川を溯上、その夜の中村市の宿での、卒業以来行方知れずだった学友と五十年振りの再会、後輩の俳人を交えて三人で校歌を斉唱したことなど、挙げたらきりのない思い出の数々。編集長だったからこその楽しい思い出の数々。
 しかし、晩年を金子主宰と共にする決意は出来たものの、編集実務の遂行にかかわる問題はいくつか残されていました。その一つ。毎月提出される同人・会友諸氏の作品整理の問題。これは、作品の締め切り後に、金子宅(発行所)に熊谷在住の篠田悦子さんと熊谷の隣の寄居町に居住する鈴木孝信さんに集まってもらい、同人と会友の投句作品を分類してもらい、同人作品については、さらにその所属するグループに分け、作者のアイウ順に並べ換える作業をしてもらうことで問題は決着したのですが、篠田さん・鈴木さんとも、この作業が「海程」が終刊する、以後の二十三年間を大きな故障もなく、最後まで続くとは、夢にも思わなかったに違いない。長い間、よくぞ努めてくれたものと、感謝のほかなく、厚くお礼申し上げる次第である。
 なお、武田が編集長在任中に、危機はもう一度ありました。思いもしなかったことですが、平成二十二年八月、糖尿病の悪化で一カ月ほど入院を余儀なくされたのですが、全く予定もしていなかったこととて、これへの備えはまったくしていませんでした。という次第で、一カ月ほどの遅刊を余儀なくされました。しかし、金子主宰のご配慮で、在勤中ではあるが、編集のプロの堀之内長一さんが起用され、終刊まで文章に関する部分を担当していただきました。この処置も大いにありがたいことでした。
 こうして、大きな危機は乗り切ることができましたが、平成二十九年五月、金子主宰自らが、老齢を理由に平成三十年八・九月合併号をもって「海程」を終刊する旨の連絡が主要同人に対してなされました。考えるまでもなく、来年九月には白寿を迎える金子主宰です。「海程」の後継を考えるのが弟子たちの使命というものでしょう。
 まずは、在京の「海程」の主要同人が集まって、いろいろの方途を探りましたが、これといった決定的な事項は出てきませんでした。次に全国に点在する主要同人に声を掛け、東京で泊まりがけでの討議を行い、新誌名は「海原(かいげん)」とすることなどが決定され、現在まで、早くも七年に及ぶ実績を積む、強力な結社としての存在・実績を俳句の世界に示していること皆さんご存じのとおりです。
 なお、余分な報告かも知れませんが、財政面でも、発足時の金子家からの過分なご援助やその後毎年の同人・会友からの基金の応募により、潤沢とは言えぬまでも、俳誌の発行には十分な原資のあることをお伝えし、今後ともご協力のほどよろしくお願いいたします。

※シリーズ 十七文字の水脈を辿って 第8回
子へ残す沃土蛇刺す幾重にも
〜武田伸一の青春と俳句〜〈前編〉 齊藤しじみ


子へ残す沃土蛇刺す幾重にも
〜武田伸一の青春と俳句〜〈後編〉 齊藤しじみ

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