新野 祐子句集『奔流』

新野 祐子句集『奔流』
二十句抄(野﨑憲子・抄出)

金縷梅まんさくの無数に点る故郷かな
奔流ほんりゅうのいつかうわみずざくらかな
太陽は獣の匂い木の根開く
雪代ゆきしろの渦巻く子宮かも知れず
渓谷は息吹の坩堝るつぼ多喜二の忌 (師・金子兜太他界)
除草剤降られ糸遊いとゆう血を流す
緑鳩あおばとにそばだつ耳と言霊と
うきくさのはじめは雨のひとりごと
湿原の静謐くわえ星鴉ほしがらす
鬼やんま獲物の悲鳴より食めり
かがようは石斧せきふのかけら秋耕す
太古より空埋める星鮭のぼる
秋天へ歓喜ののすり蛇提げて
子の宿るところ明るし天の川
大花野かいなを櫂にして渡ろ
雪女かの窓に雪ほうらんと
山塊は巨人の枕冬ぬくし
手袋を嵌めてみるみずかきが邪魔
望郷のどこを切っても冬怒濤
君は詩を熊は子を生むほら清ら

ほら清ら  野﨑憲子

 新野祐子さんの第一句集『奔流』は、彼女の産土である山形県白鷹町の風土に根付き逞しく出羽に生きる原日本人の血脈を強く感じる作品群である。
 金縷梅まんさくの無数に点る故郷かな
 かがようは
石斧せきふのかけら秋耕す
 
奔流ほんりゅうのいつかうわみずざくらかな
 表題にもなった三句目の「上溝桜」は、新野さんの一番好きな花と聞く。どこか種田山頭火の「濁れる水の流れつつ澄む」を想起させる。力強い作品である。続いて「師・金子兜太他界」と前書きのある
 渓谷は息吹の坩堝るつぼ多喜二の忌
 師の逝去された二月二十日は、奇しくも小林多喜二の命日。師の、多喜二の、「平和」への悲願が、未来風となり全世界へ吹き渡る予感をこの句に感じた。
 太陽は獣の匂い木の根開く
 山塊は巨人の枕冬ぬくし

 新野さんとの俳縁は一昨年の「海程」全国大会懇親会の会場から始まった。坐ったテーブルの隣同士だったのである。笑顔から山形の土の匂いが零れた。それは、句集『奔流』の頁を開く度に感じる芳しさでもある。
 雪代ゆきしろの渦巻く子宮かも知れず
 湿原の静謐くわえ
星鴉ほしがらす
 鬼やんま獲物の悲鳴より食めり

 早春の歓喜の詩であり、強烈な把握である。被食者の声まで丸ごといただいて鬼やんまは飛翔するのである。大自然への鋭い眼差しと畏敬の念を強く感じる。
 除草剤降られ糸遊いとゆう血を流す
 新野さんは、無農薬野菜の生産販売を生業にしている。大規模林道の自然破壊を危惧し、山林開発への警鐘を鳴らす運動のリーダーでもある。
 その一方では、
 緑鳩あおばとにそばだつ耳と言霊と
 
うきくさのはじめは雨のひとりごと
 子の宿るところ明るし天の川

のような情感たっぷりの作品もある。佳句満載の作品群の中から私が最も魅かれた作品を挙げて結びとしたい。
 太古より空埋める星鮭のぼる
 望郷のどこを切っても冬怒濤
 君は詩を熊は子を生む
ほら清ら
 悠久の時の流れの中、鮭は子孫を残すために最後の力をふり絞り故郷の川を遡る。それは怒濤のような望郷であり、そうしないではいられない「生きものの」性である。そしてありとあらゆる「生きもの」の真ん中には、清らかな洞がある。師の提唱された「いのちの空間」を想った。新野さんの詩世界の展開に、ますます目が離せない。味わい深い句集である。

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