『海原』No.34(2021/12/1発行)誌面より
2021年秋 兜太通信俳句祭《結果発表》
二回目の「兜太通信俳句祭」。参加者数は計101名。出句数は計202句でした。大勢の方のご参加、あらためまして厚く御礼申し上げます。
参加者全員に出句一覧を送付。一般選者の方々には7句選、20名の特別選者の方々には11句選(そのうち1句特選・10句秀逸)をお願いしました。
以下、選句結果、特別選者講評となります。(まとめ・宮崎斗士)
☆ベストテン☆
《20点》
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
《19点》
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
《18点》
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
《16点》
うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子
《15点》
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名
《13点》
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
《11点(5句)》
漂泊は梢にありて日雷 伊藤淳子
高校野球見てる焼き場の控室 植朋子
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀
借りものの言葉しんしん蝉時雨 室田洋子
幻燈機カラカラ夏の月剥がれ路 志田美子
【10点句】
音もなく八月跨ぐ泥の靴 桂凜火
少年のでかいのりしろ涼新た 桂凜火
疫病み世にころがっている良夜かな 木村寛伸
妹は旅人のごと端居せる こしのゆみこ
敗戦日日に何回も手を洗ふ 菅原春み
キリストのふっと微笑む飛込台 松本勇二
【9点句】
夕焼けの秩父で先生見たような 近藤真由美
てのひらは生まれた町の地図とんぼ 望月士郎
【8点句】
二人して小鳥を握るようにして 小松敦
表現のひき算の果て秋のほたる 芹沢愛子
さるすべり白さるすべり夢は夢 竹田昭江
先に来た方に乗ろうよ夏が終わる 平田薫
心に浮かぶもの手離して小鳥 平田恒子
どこをどうとっても桃はまともじゃない 福岡日向子
「悩むことはない」宙に兜太の榠樝の実 松本千花
柿を剥く母の眼差しふと砂丘 宮崎斗士
敗戦忌その名つぶやくたび笹舟 宮崎斗士
【7点句】
梅雨ごもり海馬ほとほと昏れきって 上田輝子
部屋干しのシャツ蛇の吐息です 大沢輝一
「海程」の戦士またたく天の川 川崎益太郎
兜太が指し皆子ほほえむ檀の実 北村美都子
初夏の雨音羽化しそびれし言葉たち 黒済泰子
飛び石のような一生空は秋 舘岡誠二
硫酸紙の感触九月の少年に 鳥山由貴子
手足なき人が泳げり鰯雲 野﨑憲子
短夜の師の深きこゑ戦あるな 服部紀子
「だから何」君の口ぐせ実むらさき 室田洋子
白南風や移動パン屋の来る時刻 山本弥生
実紫口紅なんて忘れたよ 横田和子
黒い雨だった七十六年目の夕立 若森京子
【6点句】
山国の背のぬくもりも星月夜 大髙洋子
「生きてましたね」「生きてました」釣り忍 黒岡洋子
アマリリス朽ちゆきダリの時計音 黒済泰子
渇ききるからだ銀河に浸しをり 宙のふう
くくと鳴き昭和を耐えし扇風機 ダークシー美紀
一人親方次の現場へ夏揚羽 中野佑海
姥ぐるま凜凜と押せ大夕焼 間瀬ひろ子
シャガールの隣に兜太月の書架 望月士郎
あれしちゃだめこれもしちゃだめかなかなかな 森由美子
【5点句】
赤ペンの太き稜線闌ける秋 石橋いろり
水澄みて何かを殺めたことがあるかい 大渕久幸
長女から起き出して来る敗戦日 こしのゆみこ
忘れ物取りには行かず夏の道 近藤真由美
車椅子のきゅーという音流れ星 芹沢愛子
空蟬やまじめに生きている僕ら 高木水志
二百十日螺子山ことごとく潰れ 鳥山由貴子
星月夜永久凍土の溶け始む 中村道子
はちぐわつや紙一枚のホツチキス 深澤格子
新涼の埴輪身ごもる気配あり 船越みよ
八月の想いを消しに海は来る 三浦二三子
手花火や秘めし言葉の先に落つ 武藤幹
炊きたての淋しらに白曼珠沙華 柳生正名
日の影をあつめ梅花藻一途なり 横地かをる
《参考》
兜太通信俳句祭2021年春のベストテン(高点句)
不要不急いつか鯨を見に行こう 室田洋子
青すぎてたいくつな空狐罠 北上正枝
記憶とはこのたなごころ鳥雲に 伊藤淳子
つちふるや折目の傷む世界地図 三浦静佳
ぶらんこを乗り継ぎいつか星になろう 竹田昭江
新しい光の住んでいる巣箱 小松敦
臘梅の一途に光縫う産衣 中野佑海
蝶覚めるそのひとひらを修羅という 茂里美絵
光年やいまさらさらと春のからだ 若森京子
死ぬことも未来のひとつ遠霞 森由美子
(本年6月号参照)
特別選者の選句と講評☆一句目が特選句
【安西篤選】
赤ペンの太き稜線闌ける秋 石橋いろり
薄荷臭仰臥の母や蝉羽化す 小田嶋美和子
兜太が指し皆子ほほえむ檀の実 北村美都子
敗戦日日に何回も手を洗ふ 菅原春み
在るがままと呟きひとつ牛蛙 宇川啓子
留守番のようなり薔薇の咲くアーチ 三浦静佳
高校野球見てる焼き場の控室 植朋子
先生の鼻いじる癖晩夏かな 長谷川順子
月光の原発貨物列車がよぎる 清水茉紀
敗戦忌その名つぶやくたび笹舟 宮崎斗士
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀
◇
「赤ペンの」兜太先生愛用の太い赤ペンで、激しい叱咤激励を受けたことを思い出す。秋闌けて紅葉の朱色の稜線さながらに。「薄荷臭」病篤き母の周辺の清浄感。昇天近きを思わせる蝉の羽化。「兜太が」在りし日のお二人の団欒の庭。「敗戦日」戦争という原罪を洗い落とさんと。「在るがままと」兜太言行録と牛蛙の句の響合い。「留守番の」薔薇咲くアーチの留守宅。ひっそりと豪奢に。「高校野球」焼骨の待ち時間、TVの高校野球観戦で過ごす。生と死の時間の照応。「先生の」あの癖も懐かしい晩夏の面影。「月光の」月下の原発と貨物列車。その静と動に生と死映像を重ねて。「敗戦忌」戦没した人の魂送りを笹舟に。「資本論」若き経済学者によって俄に復活した資本論に大豆ミートの噛み応え。
【伊藤淳子選】
炊きたての淋しらに白曼珠沙華 柳生正名
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
夏暁の桟橋にして旅の全景 すずき穂波
心に浮かぶもの手離して小鳥 平田恒子
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名
さるすべり白さるすべり夢は夢 竹田昭江
アゲハ蝶飛んで皆野が近くなる 三木冬子
あの日以来ずっと黒くて川蜻蛉 大沢輝一
春の宵ほどのあはひや老い二人 寺町志津子
朝顔は母の涙を見た少女 森鈴
てのひらは生まれた町の地図とんぼ 望月士郎
◇
「炊きたての淋しらに」という日常の中での省略の利いた表現が一句を魅力あるものにしている。炊きたての粒の立ったご飯。温かい香りと湯気に包まれたそのすべてを淋しいと感受し「淋しら」と表現した。滅多に見ることのない白曼珠沙華との配合も見事。
「がちやがちやと」男性が「僕」と「俺」を使い分けるのは、何歳ぐらいからだろう。その微妙な感じを、恐らく幼い頃から大好きだったくつわ虫を前にして、見事に表現した。作品に漂う生命感が魅力だ。
「てのひらは生まれた町の地図」というこの心のあり方、詩的発想が実に美しい。季語のトンボとの組合せも、さりげなく生きている。
【大沢輝一選】
空っぽの檻の暗がり日雷 堀之内長一
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
初夏の雨音羽化しそびれし言葉たち 黒済泰子
冷し馬このまま消えてしまおうか 遠山郁好
さるすべり白さるすべり夢は夢 竹田昭江
柿を剥く母の眼差しふと砂丘 宮崎斗士
アマリリス朽ちゆきダリの時計音 黒済泰子
キリストのふっと微笑む飛込台 松本勇二
かあかあと色なき風の鳴きたがる ナカムラ薫
八月の想いを消しに海は来る 三浦二三子
捩花も梔子も咲く平らな街 松本千花
◇
〈空っぽの〉を特選句に。空の檻は、獣のためか人のための檻か。何を入れるものか何のための檻かは不明。暗がり―日雷より現世の不安さ現代の不気味さが窺える。
〈舟となりゆく〉芒原の浮遊感。〈初夏の雨音〉羽化しそびれた言葉だからこそまた俳句をつくり続けるのです。〈冷し馬〉中七以下の独白と述懐。死語となりつつある“冷し馬”大切にしたい一つの景。〈さるすべり〉さるすべりと夢だけの妙な一句。他のものは一切省略。でも惹かれた。〈柿を剥く〉柿を剥く日常の中のふとした乾き感。〈アマリリス〉歪んだ現代感覚見事。〈キリストの〉キリストが「微笑む」という素晴らしい情と喩で決まり。〈かあかあと〉中七の古い季語をうまく擬人化。成功。〈八月の〉海は来るとは、どのような心境の時の景なのか。不思議な句。〈捩花も〉平らな街が言い得ている。捩花・梔子クドサを感じますが下五で納得。
御世話様です。今後も続けて下さいませ。
【大西健司選】
夕焼けの秩父で先生見たような 近藤真由美
フナ虫が壁よじのぼる昼がきた 平田薫
妹は旅人のごと端居せる こしのゆみこ
軽口をたたけぬ齢蝸牛 宇川啓子
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
先に来た方に乗ろうよ夏が終わる 平田薫
長女から起き出して来る敗戦日 こしのゆみこ
「だから何」君の口ぐせ実むらさき 室田洋子
白南風や移動パン屋の来る時刻 山本弥生
◇
前回に比べ全体の印象として落ち着いた感じがする。それぞれの句に個性が溢れ読んでいて楽しい。そんななか特選にいただいたのは、少しずるい気がしないでもないが、秩父と先生の取り合わせの句。ぼんやりと作者はつぶやく「先生見たような」と。地方に暮らすものにとって今でも先生は秩父にいるような思いがどこかにあるだけに、こう書かれるとたまらない。しかも夕焼けの秩父だけになおさら。
【川崎益太郎選】
部屋干しのシャツ蛇の吐息です 大沢輝一
実紫口紅なんて忘れたよ 横田和子
借りものの言葉しんしん蝉時雨 室田洋子
あんみつの匙が君をなめている 十河宣洋
時のプリズム薄物剥ぐごと恋に落ち 中野佑海
手足なき人が泳げり鰯雲 野﨑憲子
空っぽと糞残りけり燕の巣 三浦静佳
霧の夜歯痛をさぐり廻す舌 増田暁子
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
「あれはだれ?」吾子抹消の母夏椿 小田嶋美和子
カフカ忌やコロナ禍まかり通るなり 安西篤
◇
〈部屋干しの〉自粛生活が続くと、自分の体も部屋干しのシャツに見えている。そのシャツを、蛇に譬え、単に蛇でなく「蛇の吐息」としたところが上手い。
〈実紫〉マスクで唇が無視されている。私も髭に無頓着になってきた。〈借りものの〉にぎやかな蝉時雨も自分の声でないとは。ふと、総理の言葉を…。〈あんみつの〉逆の捉え方が面白い。誰かの何かの言い訳か。〈時のプリズム〉字余りのように、焼け棒杭に火がついた。〈手足なき〉生過ぎるかも知れないが、パラを言わないのがいい。〈空っぽと〉帰燕の巣に、空っぽが残されたという表現が上手い。〈霧の夜〉自分の舌だと当たり前。誰の舌かと妄想が膨らむ。〈サーカスが〉その昔、サーカスにさらわれるという言葉があった。今でもあるとすれば、怖いですね。〈あれはだれ?〉認知症の母。〈吾子抹消〉の措辞が上手い。〈カフカ忌や〉もしかして、コロナはカフカの変身かも。
春に比べ、投句数は若干減りましたが、春に続いて、句柄の違う佳句が多く、選句に迷いました。これからも「海原」の俳諧自由の集いの場として、続けていってほしいと思います。
【北村美都子選】
夾竹桃「黒い雨」とう幻影肢 竹田昭江
心に浮かぶもの手離して小鳥 平田恒子
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
漂泊は梢にありて日雷 伊藤淳子
アマリリス朽ちゆきダリの時計音 黒済泰子
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
燕帰る肺腑を絞るということも 堀之内長一
硫酸紙の感触九月の少年に 鳥山由貴子
とても老う紅茸の毒こぼさずに 山中葛子
梅雨ごもり海馬ほとほと昏れきって 上田輝子
カナムグラ茂る自由や然りながら 篠田悦子
◇
夾竹桃「黒い雨」とう幻影肢
社会性俳句は詠むことも、読みとることも難しい。事実をいかに自分に引きつけ、詩としてどのように形象化できるか。対象を現前に、自身の直観、あるいは実感から掬い上げた言葉が、詩の内容をもって俳句形式に書き留められているか、どうか―。
掲出句は「幻影肢」によって詩への昇華を成し得たといえる。もちろん幻影肢は単なる詩語ではなく、緑の還れぬほど破壊が尽くされた広島の地の、夾竹桃の蘇りと「黒い雨」に連動し、原爆を証徴しているのである。
漸く勝訴を見た「黒い雨」を、喪失した肢が疼くという「幻影肢」を以て表白する掲句、原爆の恐怖と残刻は、後遺症のような痛みを伴って日本史上に影を曳く、と訴えている。
【こしのゆみこ選】
頤を曝す八月十五日 大渕久幸
幻燈機カラカラ夏の月剥がれ 路志田美子
日の影をあつめ梅花藻一途なり 横地かをる
敗戦日日に何回も手を洗ふ 菅原春み
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
お茶ばかり飲み遁世の鹿火屋めく 大髙宏允
先に来た方に乗ろうよ夏が終わる 平田薫
留守番のようなり薔薇の咲くアーチ 三浦静佳
月に追われて一部始終覗かれて 船越みよ
少年のでかいのりしろ涼新た 桂凜火
疫病み世にころがっている良夜かな 木村寛伸
◇
特選〈頤を曝す八月十五日〉頭を垂れるだけではいけない、前を向き、この頤を曝すように上を向く姿勢の八月十五日。本当にいつ戦争がはじまるかわからない世界情勢。前を見据え、都合のよい感情に流されないよう、頤を曝す八月十五日、と何度も反芻してしまう。〈敗戦日日に何回も手を洗ふ〉コロナ禍の日常の手洗いと敗戦日がかさなる。何回だって手を洗うよ、戦争より、敗戦よりまし、とつぶやきながら。
〈お茶ばかり飲み遁世の鹿火屋めく〉遁世も鹿火屋もなんかかっこいいのである、文字面構えが。世の煩わしさから逃れ、お茶ばかり飲んで、どうやら背中が鹿火屋ぽくなってきたぜ。〈月に追われて一部始終覗かれて〉追って来てくれているか、覗かれているか、いちいち確かめているこの自意識過剰ぶり。月を求めてやまないのは自分なのだ。〈疫病み世に〉どんなときも、ころがっている良夜かな、疫病み世だからこそ、いっそう美しくうれしく、ありがたい。
【篠田悦子選】
「悩むことはない」宙に兜太の榠樝の実 松本千花
手鏡見る振りも清けし秩父音頭 西坂洋子
短夜の師の深きこゑ戦あるな 服部紀子
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
暑気払う兜太のダンチョネ手拍子も 鱸久子
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
先に来た方に乗ろうよ夏が終わる 平田薫
にんげんに言葉は錘椿の実 すずき穂波
白南風や移動パン屋の来る時刻 山本弥生
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀
◇
榠樝老樹に赤児抱きつく家郷かな 兜太
かりんは金子先生が一番好きな木かも知れません。花には奥様の皆子さんの面影があります。艶々して香り高いその果実は硬くて渋くてとても生では食せません。何だか先生の分身のようにも思えます。
「悩むことはない」「ありのままで良い」と木の上から励まされているようで元気になります。「秩父音頭」は勿論、三浦三崎の「ダンチョネ」節からも先生の声が聞こえて来ます。今でもその辺に先生は居られる気がいたします。
長引くコロナ禍の強烈な時代のせいでしょうか。皆さまの独自性には敬服させられますが、事柄の発見に強さが足りないとつい思いました。
【芹沢愛子選】
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀
立秋のまなざしにふさわしい鳥になる 福岡日向子
山国の背のぬくもりも星月夜 大髙洋子
歌読めば声裏返る秋ひとり 梅本真規子
空蝉の皆上向いて思い出す 小松敦
高原の芒の罠にかかりたし 永田タヱ子
空蟬やまじめに生きている僕ら 高木水志
かなかなかな恋する人のいない星 遠藤路子
キリストのふっと微笑む飛込台 松本勇二
二人して小鳥を握るようにして 小松敦
疫病み世にころがっている良夜かな 木村寛伸
◇
特選に「資本論復活」。ベストセラーになり注目された〈人新世の「資本論」〉。このまま資本主義を突き進めば人類の経済活動が地球を破壊する。著者は晩期マルクスの思想の中に解決のヒントがあるという。畜産業の地球温暖化に与える負荷を減らし、食糧危機にも対応する大豆ミートとの配合が光る。実際の肉より高蛋白で歯ごたえもあり、噛み応えは作者の肯定感とも受け取れる。
「立秋の」自分の感覚を信じて書き切っている。「山国の」秩父を懐かしく連想。「歌読めば」声裏返っても一人。「空蝉の」無常観とは違う命の温さを感じた。「高原の」海のような芒原に惹かれる作者。「空蟬や」背景にはコロナ禍も。「かなかなかな」いない星、とまでいうのが大げさなようで切ない。「キリストの」ユニークな発想の魅力。「二人して」二人の関係の穏やかさ。「疫病み世に」美しい良夜がコロナの影に追いやられている。
【十河宣洋選】
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子
幻燈機カラカラ夏の月剥がれ 路志田美子
敗戦日日に何回も手を洗ふ 菅原春み
銀河まで君と歩こう猫足で 石川まゆみ
アマリリス朽ちゆきダリの時計音 黒済泰子
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
蟬の穴きっと現の夢のみち 横地かをる
指先が熱くてルート開けない 服部紀子
秩父の宙青鮫がやさしく翔ぶ 後藤岑生
資本論復活大豆ミートの噛み応え ダークシー美紀
◇
「合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏」が言葉が軽くつながっていて読み手に作者の心の動きを思わせる。特にさよなら夏に作者の若さを感じさせる。
「幻燈機」の言葉に子供のころ校庭で先生が幻燈を見せてくれたのを思い出した。月より蛾が多かった。
「秩父」も懐かしい思い出です。青鮫が飛んでいるようですが、旭川の旭山動物園はペンギンが空を飛ぶのが売りです。
全体的に熱気が感じられないのは、俳句がそういう方向に動いているのか、個性の主張が希薄になったのか、物足りない気分で読みました。私も惚けたが、全体的に惚けの症状が出始めたのか。認知症とは違う惚けの気分である。いずれにしても楽しい作品が多かったです。
【高木一惠選】
ミヤマクワガタ昭和の箱に生きのびて 若森京子
短夜の師の深きこゑ戦あるな 服部紀子
生の凝縮解夏のパラリンピアン 野口思づゑ
手足なき人が泳げり鰯雲 野﨑憲子
空蟬やまじめに生きている僕ら 高木水志
バランスの極み爽やかパラ五輪 東海林光代
ほおずきを一つ失敬墓参り 松田英子
キリストのふっと微笑む飛込台 松本勇二
蟬の穴きっと現の夢のみち 横地かをる
カフカ忌やコロナ禍まかり通るなり 安西篤
標識のない世もあるか鬼やんま 佐藤詠子
◇
〈ミヤマクワガタ昭和の箱に生きのびて〉棲息域が広く指標昆虫とされた鍬形の代表格ミヤマクワガタは、作者を含む衆の投影か。「昭和の箱」という一時代の見立てによって、それに続く平成・令和の箱の中身と衆との関わりも自ずと問われるように思います。
〈カフカ忌やコロナ禍まかり通るなり〉ユダヤ人のカフカはプラハの保険局に勤務していたそうです。この度の疫禍で仕事を無くした人々をはじめ、人種差別や病躯その他に困窮する社会が想起されます。
一連の五輪関連作品から、〈生の凝縮〉の句に『解夏』(さだまさし著・ベーチェット病で視力を失う若者を描いた)を思ったり、出場選手の熱い影像が蘇りました。
〈短夜の師の深きこゑ戦あるな〉選句にはしかし日常に立ち返った視点で向かわねばと、短夜の蟬の声も聴きました。
〈空蟬やまじめに生きている僕ら〉そうです。蟬に負けず、私達は案外マジメなのです。
【舘岡誠二選】
長女から起き出して来る敗戦日 こしのゆみこ
短夜の師の深きこゑ戦あるな 服部紀子
妹は旅人のごと端居せる こしのゆみこ
軽口をたたけぬ齢蝸牛 宇川啓子
種ふくべ九条をいまも信じて 北上正枝
夕焼けの秩父で先生見たような 近藤真由美
暑気払う兜太のダンチョネ手拍子も 鱸久子
サーカスが来たおとうとが消えた晩夏 深澤格子
在るがままと呟きひとつ牛蛙 宇川啓子
朝顔は母の涙を見た少女 森鈴
地球あるか蛍まみれに寝てみたい 藤好良
◇
自分はこの特選句に触発され、戦時下の厳しさを回想。七人きょうだいの長女の姉を思い起こした。姉は昭和六年生まれで、戦中戦後の家族の絆をよく覚えていた。八歳年下の自分の幼少時代のこともよく話してくれた。父は出征し、母が貧しいながら農業に従事していたので、姉も手伝いに励んだようだ。長女らしく家族を思い一生懸命で何より謙虚な人だった。昨年八十九歳で病気のため逝去。頼りになる姉であった。
特選とした作品「長女から」の長女は、今を生きる若い人であろう。ごく自然に身についた長女としての心構え、生きる信念をしっかり持った優しさ、心がけの良さが伝わってくる。作者が親の立場で詠まれたと思った。
敗戦日の昭和二十年八月十五日。当時五歳の自分。幼かったが戦争の怖さ悲しさは知っている。戦争は二度とあってはならない。
いつも心にしている「敗戦日」。この句の作者と長女の方の人柄を感じとれ、また自分の励みになった。
【遠山郁好選】
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
妹は旅人のごと端居せる こしのゆみこ
夏逝けり浮標のような罠かけて 榎本愛子
高校野球見てる焼き場の控室 植朋子
春の宵ほどのあはひや老い二人 寺町志津子
キリストのふっと微笑む飛込台 松本勇二
「だから何」君の口ぐせ実むらさき 室田洋子
とても老う紅茸の毒こぼさずに 山中葛子
夕顔白し元祖無頼派フェミニスト 石橋いろり
白南風や移動パン屋の来る時刻 山本弥生
車椅子のきゅーという音流れ星 芹沢愛子
◇
特選の〈合わせ鏡の軽い幽閉〉あえかなこの感覚、体感としてもすうーと入って来る。座五の過ちのごとき甘美な「さよなら夏」も、今は受けとめようと思う。
〈春の宵ほどのあはひ〉繊細で微妙な表現、言い得て妙。飛込台で十字を切ればキリストも唯、微笑むしかないでしょう。
「だから何」と言われたら無視するしかないでしょう。それにしても実むらさき、憎いほど効いていておかしい。〈夕顔白し〉太宰をはじめ無頼派は得てしてフェミニスト。それも元祖というところに俳諧味あり。季語の夕顔を「白し」とまで念を押したところにも技がある。
【野﨑憲子選】
バランスの極み爽やかパラ五輪 東海林光代
幻燈機カラカラ夏の月剥がれ 路志田美子
黒い雨だった七十六年目の夕立 若森京子
音もなく八月跨ぐ泥の靴 桂凜火
朝日選評兜太十句目ミント味 藤好良
「悩むことはない」宙に兜太の榠樝の実 松本千花
日の影をあつめ梅花藻一途なり 横地かをる
緑泥片岩よろこびどおしに下り鮎 山中葛子
あれしちゃだめこれもしちゃだめかなかなかな 森由美子
どこをどうとっても桃はまともじゃない 福岡日向子
兜太まつり蟻もはしゃぐやどどどどど 高橋明江
◇
特選は、パラリンピックの一句。〈バランスの極み爽やか〉がコロナ禍の中のパラ五輪を見事に表現している。師はよく俳句のバランス感覚そして多様性の大切さを話された。何でも有りの世界である。掲句の世界と通底している。
次点の、〈日の影を〉は、気韻溢れる美しい響き。〈黒い雨〉〈音もなく〉は、現代社会の不穏な空気を活写している。〈幻燈機〉のノスタルジックな世界。〈「悩むことはない」〉に、師のご著書にもあった榠樝老樹を目の当たりにし、〈緑泥片岩〉では、秋の俳句道場で師が「男根は落鮎のごと垂れにけり」を披露し、ご自身の加齢を憂いつつも楽しんでいらっしゃる笑顔が蘇り〈兜太まつり〉も師の「どどどどと螢袋に蟻騒ぐぞ」をベースにした通信俳句祭への挨拶句として頂いた。
〈あれしちゃだめ〉はコロナ禍の現状を〈どこをどう〉は、桃の妖艶過ぎる不思議な魅力を共に絶妙に表現。〈朝日選評〉の憧れのポジションをミント味とは!
【堀之内長一選】
長女から起き出して来る敗戦日 こしのゆみこ
くくと鳴き昭和を耐えし扇風機 ダークシー美紀
妹は旅人のごと端居せる こしのゆみこ
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名
二百十日螺子山ことごとく潰れ 鳥山由貴子
冷し馬このまま消えてしまおうか 遠山郁好
霧の夜歯痛をさぐり廻す舌 増田暁子
灯台守消えて海の日所在なし 東海林光代
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
炊きたての淋しらに白曼珠沙華 柳生正名
先生の鼻いじる癖晩夏かな 長谷川順子
◇
深読みを誘う、八月俳句の〈長女から起き出して来る敗戦日〉を特選に。日常のなかに紛れ込んだ敗戦の日を、それこそ日常の視線のままにさりげなく詠んで強く印象に残る。「長女」や「起き出して来る」の表現には何かの意味が込められているようだが、どこにでもある核家族の暮らしが浮かべば十分だ。
〈くくと鳴き〉の擬音語、〈妹は〉の旅人のごとが発見。〈がちやがちやと〉の僕と俺の闘いが愉快。〈二百十日〉の螺子山、〈冷し馬〉の取り合わせ、〈霧の夜〉の歯痛、〈灯台守〉の所在なし、〈鳥渡る〉のみるみる海、〈炊き立て〉の淋しら、等々、どの句も作品のヘソのあたりをつかむ言葉の工夫が光っている。
最後の金子先生を偲ぶ俳句。そういえば、先生はよく鼻をいじっていたなあ、となつかしく思い出した(鼻の穴もほじくっていましたが)。晩夏も先生の好きだった季節。
【松本勇二選】
車椅子のきゅーという音流れ星 芹沢愛子
頤を曝す八月十五日 大渕久幸
くくと鳴き昭和を耐えし扇風機 ダークシー美紀
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
二百十日螺子山ことごとく潰れ 鳥山由貴子
敗戦日日に何回も手を洗ふ 菅原春み
水澄みて何かを殺めたことがあるかい 大渕久幸
少年のでかいのりしろ涼新た 桂凜火
親子感染白曼珠沙華目に沁みる 野口佐稔
梅雨ごもり海馬ほとほと昏れきって上田輝子
一人親方次の現場へ夏揚羽 中野佑海
◇
「車椅子のきゅーという音流れ星」を特選でいただいた。二年前に母親を亡くした。それまでは通院や施設などでよく車椅子を押した。奇麗な廊下などではカーブや停止の弾みに「きゅー」とタイヤが鳴った。その音が今耳の奥でさみしく鳴っている。下五の流れ星への急転回こそこの句の眼目で作者の透徹し
た思いを示している。どうか車椅子を押し続けていただきたい。
【茂里美絵選】
柿を剥く母の眼差しふと砂丘 宮崎斗士
うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子
越境不可荒川に夏逆流す 森由美子
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
初嵐ふいに古墳のまばたきす 木村リュウジ
水澄んで声や像の消えるまで 遠山郁好
鳥渡るページめくればみるみる海 伊藤淳子
八月の想いを消しに海は来る 三浦二三子
二人して小鳥を握るようにして 小松敦
疫病み世にころがっている良夜かな 木村寛伸
車椅子のきゅーという音流れ星 芹沢愛子
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特選句・老境に入っても習慣として柿を剥く母。人は年と共に少しずつ無表情になる。眼差しを「砂丘」と。哀切と衝撃の一句。
秀逸句10句を短く次に。芒原でのときめきと不安を「うさぎ」に託す。簡潔にかつ大胆にコロナへの怒りの吐露。情景が鮮やかでかつ詩的。初嵐と古墳の響き合いがいい。「水澄む」の季語に対する中七下五が斬新。「みるみる海」で決まりです。海に対して人それぞれの想いはあるが、この句は戦争への強烈な憎悪が感じられる。二人の関係が仄々と。「小鳥を握る」が抜群。中七下五のフレーズに救われる。「きゅー」と「流れ星」で詩になった。
コロナが収まり皆様とお会い出来る日を楽しみにして居ります。
【柳生正名選】
戦争の穴を掘る音カンナより ナカムラ薫
あんみつの匙が君をなめている 十河宣洋
舟となりゆくいちめんの芒原 三枝みずほ
白鳥の本気の助走空の先 小林育子
渇ききるからだ銀河に浸しをり 宙のふう
水澄みて何かを殺めたことがあるかい 大渕久幸
芋名月昭和わたしと同い年 鱸久子
高校野球見てる焼き場の控室 植朋子
硫酸紙の感触九月の少年に 鳥山由貴子
はちぐわつや紙一枚のホツチキス 深澤格子
大将と呼ぶ看護師と霧の中 梅本真規子
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特選句、亡骸を納め、また空襲に備え、燃料を掘り、最前線では塹壕にと戦争に穴は不可欠であることに気付かされた。燃え上がるカンナの色彩。
「あんみつの」、人間の視点でなく匙を主体にする視点の転換が鮮烈だ。「舟となり」も人間中心主義としてのヒューマニズムを一歩踏み出た感性が爽やか。「高校野球」を青春とは裏腹から捉える冴えた視線もコロナ禍の影響かも。これが「渇ききる」では渇望から癒しへと至る体験、「水澄みて」ではぐっとハードボイルドな感覚へとつながっているかもと。
「芋名月」には昨今ノスタルジーの対象とされがちな昭和の健在ぶりが頼もしい。「硫酸紙」は典型的な少年俳句だが、夏休み明けで自殺が増えるともいう「九月」を切り口に安易な少年性の消費に終わらない切り口を得た。「はちぐわつ」、紙一枚がホチキス止めされている不条理な景が心に刺さる。「大将と」、おぢさんっぽい看護師像がやけに新鮮。
【山中葛子選】
てのひらは生まれた町の地図とんぼ 望月士郎
うさぎの心拍抱いたままです芒原 上田輝子
がちやがちやと暫く僕でなくて俺 柳生正名
師の墨書津々浦々に今朝の秋 伊藤巌
シャガールの隣に兜太月の書架 望月士郎
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
弱っちくなった男が甘えてすいっちょん 遠藤路子
つまべに咲き少年脱兎のごと駆ける 吉澤祥匡
ひがん花は白なり老いし夫は柔順 永田和子
車椅子のきゅーという音流れ星 芹沢愛子
亡夫よりも四万六千日齢 永田タヱ子
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特選句〈てのひらは〉生まれたときの手のひらの形がよみがえるような懐かしさだ。新鮮な時空を浮上させた「とんぼ」が眩しいばかり。秀逸〈うさぎの心拍〉芒原と溶け合っているやわらかな体感。〈がちやがちやと〉轡虫に喩えた混乱ぶりの「俺」がいいな。
〈師の墨書〉目が醒めるようだ。〈シャガールの〉画集と兜太句集が隣り合っている命の親しいかがやき。〈合わせ鏡の〉自己投影が描かれた孤愁というもの。〈弱っちくなった〉馬追の「すいっちょん」が何とも愛おしい。〈つまべに咲き〉二物配合の妙味。〈車椅子の〉オリパラの競技が連想される流れ星だ。〈亡夫よりも〉四万六千日の季語を思いの丈とした「齢」が絶妙。
秋の「兜太通信俳句祭」の素晴らしさを頂く有難さに感謝いたしております。
【若森京子選】
心に浮かぶもの手離して小鳥 平田恒子
音もなく八月跨ぐ泥の靴 桂凜火
合わせ鏡の軽い幽閉さよなら夏 茂里美絵
部屋干しのシャツ蛇の吐息です 大沢輝一
「悩むことはない」宙に兜太の榠樝の実 松本千花
にんげんに言葉は錘椿の実 すずき穂波
背骨までこのうしろ手を秋あかね 川森基次
硫酸紙の感触九月の少年に 鳥山由貴子
新涼の血のうすい街光合成 榎本愛子
少年のでかいのりしろ涼新た 桂凜火
月光の原発貨物列車がよぎる 清水茉紀
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特選〈心に浮かぶもの〉この簡明な一行から、思いと言葉に、そして言葉を形象化する詩の根源を見る思いがした。最後に放つ小鳥によって春の季節も感じられる。
〈音もなく〉静かに跨いで来た幾年の八月。しかしいつも泥の靴であった。〈合わせ鏡の〉柔軟な感性で晩夏を詠っている。〈部屋干しの〉は「合わせ鏡」とは反対に硬質な感性で晩夏を表現している。〈悩むことはない〉兜太先生の声が聞こえてくる様です。〈にんげんに〉〈椿の実〉が実に言葉の錘にマッチしてます。
〈背骨まで〉作者の人生が快く響いてくる。〈硫酸紙〉少年には厳しい九月。痛ましく伝わってくる。〈新涼の〉現代の都会の空気がよく書かれている。〈少年の〉希望に溢れた少年、「涼新た」が効いている。〈月光の〉「月光の原発」が少し抽象的だが、月光に浮かぶ原子炉の側をよぎる貨物列車が現実に引き戻す。
第二回「兜太通信俳句祭」を開催して下さり感謝いたします。作品で皆様と交流して「海原」の結束といたしましょう。
その他の参加者(一句抄)
太腿の蛇のタトゥーや雲の峰 石川義倫
大戦の沈没船や雑魚も自由 大上恒子
暗転の舞台に老狐溽暑かな 大西健司
糸トンボ小暗き川に腹を打ち 岡村伃志子
さよならと一花を絞るクレマチス 川崎千鶴子
炎天に水飲む地球内生命 高木一惠
考や妣かとおはぐろ蜻蛉追いにけり 樽谷宗寬
蕎麦の花心の小部屋をノックする 西美惠子
籠り居て友なきごとしががんぼう 日高玲
満月や人生の師にひたりをり 藤盛和子
臨時ニュース冷房の部屋人でなし 森田高司