追悼 らふ亜沙弥 遺句抄

『海原』No.55(2024/1/1発行)誌面より

追悼 らふ亜沙弥 遺句抄

  句集『女のうしろで』より
こずちつけて男の一泊す
寝室に飾ったままの春の銃
元旦や虫はみつけたらつぶす
麻酔切れ口の中からかたつむり
スイッチはみんな乳首だ鱗雲
今日中に食べてほしいの菊膾
機関車に抱かれる夢や日向ぼこ
六月尽体じゅうから種こぼれ
夏の星私の中の散らかって
むらさきはおんなの色って春がいう

  「海原」掲載句より
ラ・フランス優先順位が決められぬ
小夜時雨娘でも妻でもなく私
そうなのよ左乳房はライラック
美しき鎖骨見せ合う夏大根
春はそこだがだんだん遠くなる母
啓蟄の声を出さずに笑う夫
花蘇枋直接型の愛もあり
茅の輪あり裏の滝から男かな
なめくじら今日は一人で笑わない日
浮腫がねひどいの今日は額の花

(堀之内長一・抄出)

ねえ、らふちゃん 奧山和子

 「すっごく面白い人と会ったのよ。何から何まで紫なの。きっとあなたも好きになる」と藤原美恵子さんから電話があったのは、私が所用で行けなかった伊良湖大会(平成15年)の時だったっけ。それからまもなくの大会で初めて会ったあなたに一目惚れだった。頭の先から足の爪の先まで紫に覆われた強烈な衣装の中に好奇心の塊の様な眼が輝いていて、ゆったりとした口調で語られる話題の豊富さにすっかり魅了されてしまったっけ。
 考えてみたら、会えたのは一年に一回の大会と、その後の比叡山の勉強会くらいで、ただ必ず同室で泊まったよね。あなたのペースだったので、いつもご飯には遅れるし、集合場所に行くのも大体最終で、否が応でも私達三人は目立ってたよね。美味しいものが大好きで、ゆっくり味わいながら食べてて、「焼酎は氷に直接入れてね、嘗めながらが一番美味しいのよ」って教えてくれたのもあなただった。だからある時、「ねえ、私乳癌になっちゃった。ステージⅣなんだって」って言われても全然信じられなかったし、「抗がん剤やったんだけど、かえって死にそうだから、もうやらない」その陰でどれだけの葛藤があったのか想像もつかないけど、その後治療に真剣に取り組み始めて、あちこちの句会に顔を出し、時々会う俳句大会でもそれなりに食べて、笑ってたので本当に治っちゃうかもしれないって信じはじめてたよ。
 コロナ禍の中で悶々としてたけど、去年松山の俳句イベントに、超別嬪のお孫さんと北大路翼君を従えて颯爽と現れた時は、あなたの復活を疑わなかった。今年も台風の心配のメールをくれた時、「松山へ行く?」って聞いたら、行くつもりだったんだけどちょっと身体弱ってしまってね、なんて言うもんだから思わず電話しちゃって、お互いの旦那の愚痴なんかいろいろ喋っちゃったよね。なのに私はまだ、「体調良くなったら海原の大会間に合うかもよ」なんて呑気に誘ってたんだ。心のどこかで覚悟はしてたけど、奇跡を信じる方が遥かに勝ってた。ラインに残されたあなたの最後の言葉は「死ぬまで俳句は辞めずに頑張るからね」だったよ。なんか綺麗に収まりすぎて嘘みたいでしょ。文句あったら夢枕にでも出てきてよ。まだまだご冥福なんて祈らないから。ねえ、らふちゃん。

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