『海原』No.53(2023/11/1発行)誌面より
第5回 海原金子兜太賞
【本賞】
佐々木宏「渋い柿」
【奨励賞】
小西瞬夏「十指」
河西志帆「もずく天ぷら」
第5回「海原金子兜太賞」は、応募作品44編の中から、上記三作品の授賞が決まった。
応募作品数は、本年も前年より少なかったが、どの作品も大変充実したものであった。ウクライナ侵略、新型コロナウイルスも新しい段階に入り、テーマも多様化の方向を見せている。本年は選考方法にも工夫を凝らしてみた。結果を左右するほどではなかったかも知れないのだが、詳細は、選考座談会をご覧いただきたい。
※選考座談会および選考委員の感想は『海原』本誌でご覧ください。
【本賞】
佐々木宏「渋い柿」
早春の馬を見ている唾ためて
栗の花咲いてリハビリという試練
憲法記念日歩幅だんだん狭くなる
サクランボ白髪がとる父がとる
蛇が好きシュークリームの皮が好き
桃すもも姉妹は酸っぱく痒いもの
煙だかポピーの花だか乱視だか
汗ぽとりすね毛のねじれも字も遺伝
夏至近し車を売って墓買って
大西日父の掛け軸問いつめる
八月の駅出る僕ら魚雷のよう
喜ぶと姉は巻き舌カノコユリ
蟻の列とぎれて停電また停電
麦茶うまくて丸くて先生のメガネ
ぽんと終わるねずみ花火も貧血も
蛾が窓にびっしり僕の弾薬庫
軽く踏むアクセル秋刀魚小さくて
皮下注射落葉の下はまた落葉
公僕でしたかなり渋い柿でした
威嚇するやさしい先生ぼくの蟷螂
野分あと髪はびしっとリーゼント
ぎこちなく妻とツイスト文化の日
看取りとはまた逢う約束アキアカネ
歯の治療イタチ一匹はいまわる
ぬっと父ひょいと梟ハイネック
愛読書手にとるように兎飼う
病衣から乳房が少し外は雪
歯がきれい歯茎もきれい樹氷林
田のような輪ゴムの中の冬景色
すぽっと雪野なんの後悔この深さ
【奨励賞】
小西瞬夏「十指」
蛍籠開けて一日母を待つ
夏蝶の影石段に置いてある
うつうつと漆黒を喰う兜虫
アスファルト上に蛞蝓の目がふたつ
日曜の水の濁りを金魚玉
駅西口に黒服ばかり野分晴
しやつくりの始まる夜の扇風機
鹿の子の黒目勝ちなるふしあはせ
湯が沸いて月の光の芯となり
茶立蟲とんで黙祷の終はり
日輪草絶へることなき国境
銀漢の端をときどき訪ねけり
人ごゑのとぎれてゐたる月夜茸
煙茸無口な人とゐたりけり
夕月夜銀の耳環の人臭き
ひと吸はれゆく月光の改札口
制服のリボンの固し榠櫨の実
体育の日の靴下を引つぱつて
秋昼の重たさ空の楽器函
ドレミファのファをあやまちて秋の風
あるだけの安全剃刀秋渇き
とつぷりと夜の柚子なり触れにけり
無花果の肉片赤くありにけり
烏瓜曳いては烏瓜を欲る
てのひらや秋の蛍を飼ふやうな
藤豆の蔓の絡まる父の国
鬱の日の鶏頭の赤衰へず
吾の知らぬ吾の背中や夜の秋
裸婦像の太き輪郭秋深む
手袋に入ればまぎれなき十指
【奨励賞】
河西志帆「もずく天ぷら」
海貸します車貸せますさるすべり
不器用なふりでしょ蛍袋って
かでなふてんまもずく天ぷらは此処
サイダーの泡の向こうが燃えていた
形代の手足切り過ぎではないか
四万六千日その半分でも足りる
独楽止まる一身上の何かある
あどけない夜は巣箱に置いてきた
金魚玉その谷はもう滑らない
自選他選野沢菜が噛み切れぬ
夕端居だまっていたら眠くなる
おざなりの朝を束ねて野分まで
三枚肉の茶色いところが琉球
陸封のはんざきの見る夢に海
補助席に紛れ込んでいた舟虫
もう一度生まれなおせたら海に
どのドアを開けても夏野しか見えぬ
踏絵踏めたら花いちもんめあげる
苦瓜や何でも錆びさせる夜更け
六月の指輪を外すならば今
金魚までてらてら所帯くさくなり
やり直し利かない離陸てんとむし
眠るたび日焼する足つねってみた
白玉に天下国家をどうこうと
蛇の衣この世の水を脱ぐところ
箱庭から東シナ海は近い
何処をうろつくかわほりの真っ昼間
蠅叩きもっとも原始的道具
逃水と此処で働くと決めた
あら汁の水平線に魚の眼
◆全応募作品から選考委員が選んだ推薦10句
応募44作品から、選考委員が推薦する10句を選出した。各選考委員が候補に挙げた五作品を除いて選出している。
安西篤
フイルムに残る擦り傷文化の日 4「グータッチ」
水草生う黙契毀れやすきかな 5「昨日のランプ」
星流れカムイの森の有情とも 6「狸」
先生今もブランチに啄木鳥来ていますか 7「すすきみみずく」
生きるとは躓くことよ冬の鵙 9「分身」
搔巻の不思議なかたち母逝けり 21「この世の外」
憲法日改憲非戦のためという 31「麦藁帽」
合歓の花余白の多い人と会う 34「結晶前」
外郎売りのビロードの肌春の馬 42「かぎりあること」
朝寝する地球の軸の傾きに 44「兄がいた」
武田伸一
べつべつの空蝉に入る父と母 5「昨日のランプ」
終戦日父の素描に波の音 10「淡淡と」
「パセリが好き!」で天国に行くつもり 14「パセリが好き」
曼珠沙華まっすぐ生きて淋しがる 19「ぼくの数珠」
雲流れアメンボガガンボよく見える 27「まなざし」
沢蟹の死ぬや死の文字美しく 31「麦藁帽」
舌でまさぐる小骨失う夏の宵 32「蝉鳴かぬ朝に」
飄々と生きるふりして無月かな 38「虫時雨」
水没林かすかに青葉木菟の声 39「地球が加速する」
喪の家に剥き出しの生ありて朱夏 44「兄がいた」
田中亜美
もつれては森のふくらむ姫蛍 1「三ヶ日」
アッジェのパリ信濃の一茶風光る 4「グータッチ」
三月が始まるごんごんと地中 6「狸」
長身の父の軍刀花馬酔木 11「八月」
銀行員砂金掬うよう落葉拾う 12「二股大根」
蝉しぐれ花屋で貰う延命剤 15「生きている」
公僕でしたかなり渋い柿でした 16「渋い柿」
貝寄風やサリーの人とすれ違う 30「神々に」
水没林かすかに青葉木菟の声 39「地球が加速する」
雨傘を干す病葉をつけたまま 44「兄がいた」
堀之内長一
赤松のひぐらしひぐらし追伸です 1「三ヶ日」
べつべつの空蝉に入る父と母 5「昨日のランプ」
谷深し鮭睦みいるずっと無口 6「狸」
蟷螂が星を見つける旅に出る 8「動物行為」
終戦日父の素描に波の音 10「淡々と」
「頑張る」はもう聞きたくねえオキザリス 12「二股大根」
水撒きや虹の裸体はすぐ死んだ 13「友よ、まほろばへ」
熱帯夜ことばの棘を抜く途中 21「この世の外」
日除あげれば望郷は船の形 30「神々に」
イザナギイザナミこんなに青味泥 39「地球が加速する」
宮崎斗士
いなびかり足裏いつから絶壁に 5「昨日のランプ」
はんざきは枕なのです引きこもり 9「分身」
デコポンのかたち乳房に似て自愛 10「淡淡と」
無時間を自由な泳ぎ病葉よ 13「友よ、まほろばへ」
骨箱に母隠れんぼ夕かなかな 15「生きている」
独楽止まる一身上の何かある 24「もずく天ぷら」
パン屋で飲むコーヒー春の絵のように 30「神々に」
「ごめんね」がさよなら私の向日葵 31「麦藁帽」
できるだけ遠くに投げる午睡かな 34「結晶前」
猛暑くる鈍器のような目のひかり 43「平和の風」
柳生正名
たれかれも水持ちあるく蟻地獄 7「すすきみみずく」
犬ふぐりからぽろりと生まるおはよう 12「二股大根」
弥山の狼頭なでなで褒む 19「ぼくの数珠」
補聴器を外し無音の原爆忌 20「マスクと難聴」
酷暑の道へ糞と影置く大鴉 26「のうぜんかずら」
雪濁り老いてまことのままごとよ 28「いまを生きる」
何も持たぬ放物線を虹と言うか 29「或るふるさと考」
できるだけ遠くに投げる午睡かな 34「結晶前」
縦に首振り桑の葉の穴広ごりぬ 40「チタンコート」
淵のぞく十薬の白足元に 44「兄がいた」
山中葛子
スマホから声のぬくもり三ケ日 1「三ケ日」
ステップ滑らか肉体晩秋の太陽 6「狸」
仔馬の名はマロンぼくの歯が抜けた 7「すすきみみずく」
凌霄花絵空事かよ平和とは 26「のうぜんかずら」
ママが先に喋っちゃうから兎の目 27「まなざし」
世界はイラっとセイタカアワダチソウ 28「いまを生きる」
空蝉を「母さん母さん」蝉時雨 33「おはじきの陣地取り」
受胎告知浜辺の声はすぐに消え 34「結晶前」
はずんで「青麦!」秩父線もどかし 35「秩父始終」
夏銀河この世にいくつ沈没船 39「地球が加速する」
◆候補になった16作品の冒頭五句〈受賞作を除く〉
4 グータッチ(カメラな目で) 藤好良
汗だくだく暗室ランプの闇に
片陰に疎髯を撫でる七波スパイク
三十六枚撮りを十一二本夏帽子
シャガールの日傘の女日傘追ふ
ゴキブリを不条理に刺すエゴイスト
5 昨日のランプ 茂里美絵
地平とう淋しき画布や蝶一頭
夢寐に匪徒ひしめき合って旱星
蟬の殻いつくしむ子まぶた閉ず
灼け土に白きリボンの影果てる
擦過する黒蝶なりし征くごとし
9 分身 三好つや子
春の池設計通りに生える脚
永き日の舌が一枚いや二枚
SDGS青虫かじるレタスとか
太古からマイノリティーの雨虎
蠖取や正しいおじぎ四十五度
11 八月 上野昭子
山桜陶一族の自刃寺
永劫のやがて里山桜咲く
故郷はふところ深き桃の花
長身の父の軍刀花馬酔木
戦より還らぬ父の苜蓿
12 二股大根 楠井収
子猫に餌あげて自負は控えめに
エイッと松を剪定恋するごとく
うまごやし御出来と愛はすぐ引くぞ
忘却も回向なりけり桐の花
「頑張る」はもう聞きたくねえオキザリス
14 パセリが好き 岡田奈々
「パセリが好き!」で天国に行くつもり
戻り梅雨豆から珈琲立ててみる
泰山木の花に拳立てチアガール
久方の友はハーブ茶絹紅梅
節電の焦る遠吠え旱星
15 生きている 三浦静佳
燕の巣監視カメラをいしずえに
人体という一括り桜餅
鳥帰るこんな日暮の偏頭痛
五線紙に雨音を置く梅雨籠り
水打って再配達の電話して
26 のうぜんかずら 鱸 久子
小さな屋根と洗濯物と凌霄花
凌霄花一針抜きの刺繍です
凌霄花の花輪を掛けて着物の子
掃き寄せられのうぜんかずらの身じろぎ
華やぐは命のかぎり凌霄花
27 まなざし 松本千花
約束どおり拒む延命桜の夜
手際よく裏口開いて亀鳴いて
とじちがえ見つけるように春落葉
みぞおちに母と朧と棲みついた
からだかしぐからだぐらぐら蝶の道
28 いまを生きる 伊藤道郎
水打って地球の水を愛しめる
青林檎地球空から朽ちてゆく
鯨座礁せり海には海無けれ
未来図の素描のひとつ破蓮
世界はイラッとセイタカアワダチソウ
29 或るふるさと考 田中信克
かつて見たふるさといつか見た瓦礫
セシウム降る辛夷の白い肉片に
どの海に攫われて散る花いちもんめ
菜の花菜の花まだ揺れ止まぬ空の色
花万朶嘘がひらいてゆくような
30 神々に 大池美木
パン屋で飲むコーヒー春の絵のように
早春の回転木馬遅れ来る
貝寄風やサリーの人とすれ違う
浅草に芝居小屋あり鳥雲に
満開の桜よ奈落という辺り
36 火蛇が!『金閣寺』窯変 山本掌
さくら爛漫あわく焙られあかつきの
花が散る菲菲菲菲菲菲と花が散る
うすやみをあゆめどもあゆめどもさくら
じらじらと少年溝口かげろえる
うらがえる少年暗緑日本海
41 花とライオン ナカムラ薫
夏霧喰む生きもの眉間ゆるみいて
あふりかや片蔭にどれも笑えりき
ものすごいノッポいて真ん中に蝿
大旱の軋みか蝶ねじれつつ浮けり
森ゆるくほぐして慈雨の息づかい
42 かぎりあること 北上正枝
野蒜長け神代も今も深空あり
風車全身風となっており
外郎売りのビロードの肌春の馬
のっけから動かぬ電車涅槃西風
木瓜の花てのひらに睡さつたわる
44 兄がいた 藤田敦子
兄がいた犬がいた春だった
オルガンを閉じれば遠く亀の鳴く
内裏雛私のものではない顔で
今日もまた俺を演じて卒業式
錯乱のさくら散る散る追うさくら
◆応募作品の冒頭三句〈受賞作・候補作を除く〉
1 三ヶ日 永田タヱ子
スマホから声のぬくもり三ヶ日
うららかやときどき遠くを見るコアラ
望郷や風の形のつばくらめ
2 白黒の向日葵 藤川宏樹
昭和の日始動してはる翔タイム
え王冠2キロ大玉春キャベツ
友達ならいるけど術後ちらし寿司
6 狸 十河宣洋
三月が始まるごんごんと地中
青葉風木々の鼓動が鳴り止まぬ
鳶からす声まるくなる風光る
7 すすきみみずく 黒岡洋子
山羊の乳ほどに芳し春野川
仔馬の名はマロンぼくの歯が抜けた
きゅいーん田螺一鳴き仄暗きを吐く
8 動物行為 葛城広光
花鳥は虹を回す力持ち
眼張には青い血流れピックベン
烏貝カラオケ喫茶で泣いている
10 淡淡と 船越みよ
近況を束ねています黄水仙
雪形のうさぎ杵の音聞こえそう
白湯ふっと赤子の匂い春の宵
13 友よ、まほろばへ 大髙宏允
前の冬の虫の知らせが漂流す
窓という窓の囀り暗号か
妄想の窓すり抜けて朝の霧
17 軍用機変容 佐竹佐介
紫電流幹から枝へ桐の花
山峡に鍾馗幟のめでたさよ
橘花実を結べば帰るとの手紙
18 身体髪膚 木村寛伸
春浅し母に探せぬ生きぼくろ
愛惜の海馬の溝に春の闇
甘やかす乙女の肌よ山笑う
19 ぼくの数珠 西美惠子
図書館を居間に致して寒明くる
山笑ふさっと入りくる朝戸風
森厳や被爆桜の初桜
20 マスクと難聴 川崎益太郎
難聴の天敵マスクの行く末
浴槽の水漏れ止まぬ梅雨出水
飛ぶものは皆ドローンかてんとむし
21 この世の外 小林育子
産声は「ラ」からはじまる青葉若葉
虐待の暗数ざわり夜の樹よ
万緑にまみれし後の不眠症
22 夏の夜の夢 武藤幹
生き急ぐ老人ありて土用波
世の中が迷子になって大夕焼
夏の君うすむらさきの化粧水
23 浮御堂 稲葉千尋
亀鳴くや己の完治目指すごと
甘茶仏薬缶を提げし日は遠く
料峭や時々骨の疼きたり
25 青ぶだう 有馬育代
掃除機は戸惑つてゐる花の陰
ごみの日の春怨といふ可燃物
風光りかろき翼やセロトニン
31 麦藁帽 後藤雅文
月蝕をポニョーンと乗せてポテサラダ
蓑虫になっちゃえ匍匐の兵士達
蓑虫の妻よそろそろ起きなさい
32 蝉鳴かぬ朝に 桂凜火
綻のあちこち戦の種蒔かれ
家族頽れる白牡丹散るように
はつなつの薄羽根たたむ少女かな
33 おはじきの陣地取り 川崎千鶴子
春の田は草草抱いて子守歌
芽の音と花咲く音に濡れにけり
春の山ふっくら甘い雲を受け
34 結晶前 小松敦
切り口の白くて苦い夏始
できるだけ遠くに投げる午睡かな
熟れゴーヤー剣道場の窓静か
35 秩父始終 石川まゆみ
やっとコロナ抜けた春暁の始発
物の怪の統べる春野を割いて行く
春の朝明袋回しの一句二句
37 ビー玉 清水恵子
叶わない夢の欠片やオリオン座
蝶の翅は師からの手紙そっと見る
楤の芽の天ぷらサクサク二重奏
38 虫時雨 佐藤詠子
濡れている心の端にキリギリス
焦燥を隠してくれぬ虫時雨
素風吹き心は薄く縁取られ
39 地球が加速する 鳥山由貴子
水没林かすかに青葉木菟の声
自意識過剰打ち上げられている海月
白靴のなかの海砂果てしなく
40 チタンコート 石橋いろり
春蚕とふ光の粒よP.シニャックの
春蚕二頭家に着くまでランドセル
昨夜よりの蠶の家は文明堂
43 平和の風 増田暁子
朧月雲を泳がせ競り上がる
ポケットにピンクの口紅鳥の恋
春が逝くページめくると川奔流