第一回海原金子兜太賞 受賞作品

◆第一回海原金子兜太賞 受賞作品
『海原』No.12(2019/10/1発行)誌面より。

【本賞】

藁塚  すずき穂波

更衣風の力を少し借り
薄暑光アジアの長い痛みかな
青梅雨に洗はれみんな過去形に
夕蛍ぽっと来てゐる初老かな
ただただ半夏雨直葬の無韻詩
流蛍やヘーゲルに逢ふ一人旅
頭の中は落書きだらけ浮人形
老獪ぶって唄ふブルース蛇の衣
晒井に欠け茶碗大正にデモクラシー
咲くやこのにんげん臭いビヤホール
ダルビッシュ・有の鼻すぢ青岬
夏潮の運河を上る本屋大賞
ダリアだりあ名字の遊離してる貌
熱唱の一人カラオケ日雷
馬洗ふ夕の静けさ父性とは
冷蔵庫人間みたいに込み入って
孑孑や縞馬も群れたがります
青林檎噛む音のして肉離れ
行々子堅田の雨はやはらかい
てのひらにいのちの仔細草の花
十三夜素性を明かしさうになる
水澄んで純文學は兵
秋蝶の軌道修正ふたごころ
退路といふ活路ですなぁ竹の春
太陽の塔の両翼秋の天
砂利踏んで無風地帯の菊花展
行く秋のからだに蔵ふ山水図
藁塚に夕ぐれ主婦に自鳴琴オルゴール
園丁に落葉籠ていねいな生き方
柿日和ヴェトナム人に伝はりぬ

【奨励賞】

むかししかし  望月士郎

如月の力を入れてそっと持つ
朧夜のやがてやさしい鰓呼吸
散る花にかさなる字幕くちうつし
教室に蝶きて一頭ですと言う
ガラス器に根の国みてる春夕べ
水中花ナースに髪を洗われて
「手術中」赤く点灯して金魚
病棟に白い汀が潮まねき
今は二日後からすうりのはなひらく
パリー祭とても冷たい肉売場
つぎの世へ魂のせてこぐ貸ボート
うす塩の空蝉カウチポテト族
昼ねざめ蛇はどこから下半身
白靴来る一分の一の地図の上
八月の乳母車の中瓜二つ
炎天の橋渡りゆくかげかたち
千羽鶴はらわたのよう垂れ晩夏
劇場は背中ばかりや夏の果
桃は桃に触れて間にある鏡
秋天に鱗のたくさんある教会
ほろほろ歩いて踝はひょんの笛
黙読の夜の林檎を盗みにゆく
真夜中の末梢神経まんじゅしゃげ
町過ぎて象牙曲がって銀漢へ
なんとなく月に謝りたいベンチ
凍蝶にくっきり青い絵空事
死角より綿虫あふれでてこの世
手袋の牛の内側へと入る
かんぜおん1÷3のよう飛雪
むかししかしみんな抱いてる白兎

【特別賞】

褌  植田郁一

褌のままで構わん客も喜ぶ
いくら何でも褌ずれていますと妻
客来るからと新らの褌に替えており
語気荒ければ褌静かなり突っ張る
色紙代りに墨痕太々褌に
褌快適熊谷上之上高地
鮫来ない日は庭中に褌干す
褌乾く蝶は蝶呼びもつれ合う
褌ひらひら秩父音頭の裾ひらひら
られるところ褌振って帰還せり
褌一枚形見に貰い損ねた悔い
褌二枚自分で洗ういがらっぽい
褌三枚塩辛トンボ来てはためく
褌四枚端しで手を拭く顔も拭く
褌五枚試着してまでは買わない
褌六枚洗っている間に風邪を引く
褌七枚頂くこと贈られることもなく
褌八枚穿くにも脱ぐにも煩わさず
褌九枚平和の証し白地に白
褌十枚良きものを現代に生かす貫く
褌で現われない日は兜太の留守
絹かキャラコか木綿褌よく馴染む
肩で切ってるんぢゃない褌で風切る
溲瓶褌忘れることなくよく眠る
褌を固めに締めて朝の立禅
緩褌気付かれそうで見透かされず
褌乾く犬猫ニコニコ見上げて通る
夜干し褌狼が嗅ぐ蛍が嗅ぐ
兜太死なない褌姿もう居ない
兜太焼かれ骨と褌の灰残る

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