海外リポート 新型コロナウイルスで日常と表現はどう変わったか

『海原』No.20(2020/7/1発行)誌面より

◆海外リポート 新型コロナウイルスで日常と表現はどう変わったか

世界中に拡大した新型コロナウイルスにより、日常の風景が一変してしまった。日本国内の事情は承知しても、海外のリアルな状況はよくわからないところがある。そこで、海外(ニューヨーク・ホノルル・シドニー)に住んでいる三人の同人の方々に各地のリポートをお願いした。質問項目は次の三点である。
 ① 現地の状況と、あなた自身を取り巻く日常の出来事や変化
 ② 新型コロナウイルス問題を通じてあなたが感じたこと(とくに日本との比較で)
 ③ 俳句という表現と新型コロナウイルス問題(自由に思いを述べてください)

◎ニューヨーク〈アメリカ〉
「何か」に気付く 月野ぽぽな
 三月、ニューヨーク市で初めての感染者が見つかるや連日爆発的にその数が増加。非常事態宣言、公立学校休校、外出制限が次々に発令され、世界一賑やかな街から人影が消えた。私達夫婦も在宅勤務し、外出は食料調達と最低限の運動のためのみに限られた生活に。海外渡航も制限され、日本への帰省を延期。四月、米国は感染者死者数共に世界最多数を記録し、中でもニューヨーク州が、その中でもニューヨーク市が最多数を占める事態に。 感染拡大防止のための行政の対策と、市民の協力が功を成し、四月中旬を境に徐々に感染収束の兆しが表れており、六月八日から段階的に非常事態宣言は解除される予定(五月三十日現在)。日本における感染は早期に収束に向かっていると見受ける。米国生活では、非常事態の中、命あること、健康であること、衣食住に恵まれていること、家族の存在の有り難さを感じた。
 巷には「皆で乗り越えよう」という意識を感じる。国は納税者への現金給付をし、市は市民全てが食事を無料で受け取れるようにし、市民は感染拡大防止のためにマスクを着用。日本では広く普及しているマスクだが、米国では今まで日常に用いる習慣は無かった。また、毎日午後七時になると、日夜患者に対応する医療従事者への感謝を表す拍手や歓声が起こり、高層街に響き渡る。米軍も飛行ショーにより彼らに敬意を示すと共に、市民を激励した。喧騒が消えた街には豊かに鳥が囀り、桜を始め色とりどりの花々や樹々の緑が殊更美しい。自然の営みの力強さは私を日々癒し励ましてくれている。
 人と会う句会が休会となる中、従来からあったEメールで行う通信句会やネット上で行うオンライン句会が盛んになることに加え、ネット画面上で対面しながら行うZOOM句会が登場。遠く江戸時代にその原型を見る句会はITの力を得て令和時代でも益々健在だ。
 俳句表現についてはその柔軟さを思う。人は変化があると、以前には気付くことのなかった「何か」に気付く。今回のような未曾有の変化であれ、日常の僅かな変化であれ、変化の大きさや種類に関わらず、俳句という優れた器は、その「何か」を掬い取り新しい自分に出会わせてくれると信じる。故金子兜太師は、日頃から自分の感覚を磨くように、と言われたが、心と体を凝らして句作し感覚を磨き、より多くの新しい自分と出会えたらと願う。日々目覚め、命あることに感謝して。
  息ふかく吸って爪先まで万緑 ぽぽな

◎ホノルル〈ハワイ〉
「助け合う」アロハの精神 ナカムラ薫

 ハワイ州内で新型コロナウイルス感染者が確認されると州政府は直ちに外出禁止令を発令し国際空港を閉鎖しました。これは、観光業が主産業であるハワイ州にとっては、経済の崩壊を意味しました。しかし、州政府は、徹底的に人命を守る決断をしました。
 そして、まずは御老人と子供を守るべく老人ホーム、デイケア、学校が閉鎖され、エッセンシャルワーカーと呼ばれる社会生活維持に必須な職種以外には自宅勤務が義務付けられました。ロックダウンです。万事にゆる~く、外出外食大好きなロコにこんな厳しい外出禁止令は守れるのだろうか、と密かに案じていましたが、私がハワイの底力を知らなかっただけ。一致団結してポジティブに愉快にコミュニティーを盛り上げ収束させました。
 日本と比べたとき、あらゆる差別はないと言っても過言ではありません。ギャングは存在しますが暴動はなし。四月初めには、官民が協力して「Hotels for Heroes」というプログラムを立ち上げました。医療従事者など最前線で働く人々が無料でホテルに宿泊できるサポートです。彼らのストレスや肉体的疲労、また家族に感染させる不安を解消する助け合いのアロハです。州からホテルへ一泊八五ドルの補助金が支給されます。
 さて、我が家は夫がエッセンシャルワーカー。毎日出社し帰宅。ただし、玄関から直行でシャワールームへ。衣類はカゴに入れ翌日まで触らない。私は週一回食料品の買い出しのみです。そして四月末にはアメリカ連邦政府から昨年度納税者へ給付金一二〇〇ドルの振込みがありました。納税者リストは国が持っていますから申請は不要。失業者には州から週六〇〇ドルの手当が今年一年支給されます。ハワイ州は、住民と州政府の努力と本気が実りコロナ収束。現在医療体制を強固に整えながらウイルスと共存、様々なビジネスを四段階に分けて慎重に緩和しているところです。
 南太平洋の自然と米国の基地が隣接しているこの土地では、日本に居た時よりも世界が近いのです。コロナ禍のみならず地球上の数多の病原体や人間の争いに近いのです。緩やかな四季がある人種のるつぼハワイも天災人災戦争で人口が激減した歴史があります。しかし、ハワイには愛を伝える、助け合う、心と心を繋げる「アロハの精神」があります。アニミズム的発想、価値観があります。人々は、自然を敬い人間との繋がりを大切にしポジティブで力強い思いに溢れています。この暮らしの中で私の俳句表現や価値観は更新されています。天恵は地球上のあらゆる悪より勝るのだと信じています。
  南風の円柱ねむらねばならぬ 薫

◎シドニー〈オーストラリア〉
俳句から取り残されて 野口思づゑ

 オーストラリアのモリソン首相は二月末、WHOに二週間先んじコロナはパンデミックであると宣言した。三月中旬には「コロナは一〇〇年に一度の出来事であり豪州は不安の中にある。オーストラリア人はコロナの免疫を持たないが、健康は守られる。準備態勢は整っている。生活水準は維持される。最低六カ月はウイルスに耐える生活が必要」などと国民に真剣に呼びかける。そしてこれらの言葉は生きていた。
 過去二回のコロナ経験で感染知識を持っていたアジアの国々と違い、オーストラリアは日本と同様、ほとんど影響を受けなかった。しかし、感染に対する対策は用意されていたという。日本の五分の一の人口でPCR検査は日本の三倍、感染者数は日本の約半分だが、犠牲者は百人強である。生活の規制措置では、例えば外出禁止では、例外として仕事、買い物、法律相談、DVからの避難、その他数項目が挙げられ、集会は結婚式は五名、葬儀は十名など、具体例や数字が明確に示され混乱がなかった。違反すれば罰金だが、制限執行と同時に、雇用水準を守るなどの経済救済措置も取られ、必要な人々には日本円にして五万円ずつ二回自動的に振り込みがあったという。休校になったが、医療関係者など事情のある子供のため学校は開けられており、オンライン授業での機器を持たない子供は提供を受けた。
 社会的距離一・五メートルを順守すれば散歩は自由だったので、家族連れなど皆よく歩いていた。私も公園や近所を毎日のように歩いたが、窓辺、庭先の木に、テディベアと呼ばれる熊の縫いぐるみを置いた家々があり、明るく行こうね、のメッセージのようであり温かい気持ちになった。仕事以外にもオンラインが多く活用され、ヨガ、体操教室、そして多くの教会が礼拝を中継していた。現役には不便があったに違いないが、周りの退職者達は慣れると制限生活もあまり苦にならなくなっていった。期間中あと四週間この状態が続くと見通しが示される。日本の連休が終わる頃、追跡アプリ導入と共に三段階の制限緩和が始まる。ステージ1では来訪者は五名まで。テイクアウト以外営業停止だった飲食店は十名までなど。次のステージではそれぞれ人数が増え、ジムなども再開され、ステージ3が終わる七月末までにはウイルスに安全なオーストラリアの実現をめざす。
 コロナウイルスで、世界の誰もが同じ重苦しさ、不安、困難を抱えているが、豪州には国民の生活負担を軽減し、支えるのも政治という理念を持つ余裕があった。人類が、世界史に大きく刻まれるこの経験から何か学ばないとコロナに負けたことになるし、何十万人もの犠牲者の供養にならない。そして、この状況に圧倒されたのか、私は俳句から取り残されてしまった。
  荒波去り疼く砂浜七月や 思づゑ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です