第6回 海原新人賞

『海原』No.62(2024/10/1発行)誌面より

第6回 海原新人賞

【受賞者】
 福岡日向子
 立川真理

【選考経緯】
 『海原』2023年9月号(51号)~2024年7・8月合併号(60号)に発表された「海原集作品」を対象に、選考委員が1位から5位までの順位を付して、5人を選出した。
 得点の配分は、1位・5点、以下4・3・2・1点とした。集計の結果、下表のとおり、福岡日向子、立川真理の2人への授賞を決定した。

【受賞作品抄】

はじまりの風 福岡日向子
薔薇愛でるために使わぬ指のあり
幸せにしたがる男茄子の花
紫陽花の青は受けとめ難き色
枇杷の花とは明日まで続く雨
花束をぶつけてみたい人がいる
突き落とすつもりで来たの大花野
感情を挟むことなく秋深む
神経を使う人なり蘭の花
真面目にならいつでもなれる吾亦紅
冬薔薇の淡いところで待ち合わす
はつゆきの誰が弾いてもいいピアノ
告げずには終わらぬ恋に冬菫
銀杏落葉遅れても良い約束をしよう
凍星を捉えるための睫毛かな
初恋が叶った人のスイートピー
夜桜の下までふさわしき歩幅
気遣われ易き人なりヒヤシンス
ハナミズキ寝癖をつけてくる上司
晩春の日曜までのグラデーション
はじまりの風を選んでたんぽぽ飛ぶ

父の日 立川真理
何も彼もおおそどっくす夏越の夜
人群れて中の一人となる祭
美しきもの廃れてヒロシマのとおりゃんせ
原爆ドーム茜射す時なほ燃える
天空のさびしら人の花火果つ
AIや昔トンボ釣りの仲間
木の実降る独居の婆の物語
一日の裏側は夜梟の帝国
数え日や老若男女旅人われら
大いなる冬耕魚沼にミレーの景
雲が吾におくるは頭痛氷雨かな
地震の地に〈生きて〉と祈る初詣
人生にわが居る不思議梅の花
返り来るは吾が声ばかりひめゆりの塔
青き踏む足裏に命確かめて
春セーター平和主義です主語述語
いくつの死いくつのピエタ春北風
どろっとオノマトペおたまじゃくしが巣立つのは
奔放な風に転んで四月馬鹿
「父の日」の父に賜る海苔弁当

【候補作品抄】

春満月 小林育子
狐面はずせば狐宵宮かな
ミニトマト転がる朝のJアラート
爆弾はいらないんだな清の花火
父が逝き母が逝きつつじらんまん
長生きは時々へくそかずらかな
満月のような沈黙師とふたり
喪中です石蕗の葉十枚投函す
拒むとき足の先から凍鶴に
搔巻をすいっと脱いで母逝けり
ひとつずつ言葉をひろう春満月

秋の蝶 宙のふう
風光るキトラ古墳の天文図
わたくしを許さぬわたし菜の花黄
わたくしの内なる異国ほうほたる
古書店にはんざきがをり泡ひとつ
廃線の枕木を刺し流れ星
さびしらやからだの奥に秋夕焼
秋の蝶捨てたことばのレクイエム
混沌の大花野にをりひとり
月光を吸ひわたくしのよわいとす
室咲きやすべてが真白であった頃

【海原新人賞選考感想】

■大西健司
①福岡日向子 ②立川真理 ③宙のふう ④石鎚優 ⑤小野地香
 福岡日向子〈夜の薔薇母を許せぬかもしれず〉〈薔薇愛でるために使わぬ指のあり〉〈突き落とすつもりで来たの大花野〉どこか屈折した美学、その叙情性に惹かれる。この一年の充実ぶりは素晴らしい。怖れることなく継続を。
 立川真理〈天空のさびしら人の花火果つ〉〈寂しさに馴れた頬杖兜太の忌〉〈青き踏む足裏に命確かめて〉どこか暗い青春性に惹かれる。これからも伸びやかに書き続けてほしい。
 宙のふう〈廃線の枕木を刺し流れ星〉〈月光の滴る先やリルケの詩〉〈風の色が違ふと姫女苑のツン〉衰えを知らないその詩性の豊かさ。
 何とかこの三人に順位をつけたが、もうここからがさらなる混戦。随分迷ったが、石鎚優〈骨董市でピエロに会釈され青葉〉〈脊梁山脈さみしいと言へ月見草〉、小野地香〈こんな子で良かつたか母よ雪の果〉〈秋を待つQRコードじや読めぬ君〉、実力者が多くいるなかから最終的にこの二人を選んだ。
 ほかには、大渕久幸、和緒玲子、飯塚真弓、路志田美子、有栖川蘭子、小林育子など多彩、今後は何よりも継続を。

■こしのゆみこ
①小林育子 ②福岡日向子 ③路志田美子 ④宙のふう ⑤立川真理
 小林育子を一位に推す。御両親の介護、喪失をつつじ、桃、石蕗の葉、雪原、白飯、など感情をおさえた彩り方に共感。心に響く。
  父が逝き母が逝きつつじらんまん
  たましいの抜け落ちそうで食べる桃
  納骨の朝の白飯小鳥来る
 二位は福岡日向子。ちょっといじわるで残酷な句が小気味よく、率直に描ける自由さがうらやましい。大胆な発想も素敵。
  幸せにしたがる男茄子の花
  突き落とすつもりで来たの大花野
  冬薔薇の淡いところで待ち合わす
 三位の路志田美子はアメリカ、ハワイ在住、戦禍の句と日常の句の交錯に惹かれた。
  油照り水欲る人へ向く銃口
  水入れて直ぐに鳥来る夏来る
 宙のふうの自意識の繊細な描き方。
  病室の窓沈まない大きな月 宙のふう
 立川真理の描く幻想風景をもっと見たい。
  海暮れて夢の真中にある切り岸 立川真理
  人は疎に花は密なるみ空かな 有馬育代
  支払いが済んでない八月十五日 松﨑あきら
  暫くはしゅんとしておけ鰯雲 大渕久幸
  きちきちが我のへこみに現るる 飯塚真弓
 自分を信じて、自分のための句を。

■佐孝石画
①福岡日向子 ②和緒玲子 ③有栖川蘭子 ④宙のふう ⑤木村寛伸
 僕の選考手順。対象号(9月から7・8月合併号まで)の全句から、佳句を抜き出す(計109句)。作者名と選んだ句数を確認する。あらためて句数の多い作者(最高14句)ごとに句を書き移す。まとめた句を鑑賞吟味し、最終選考する。掲載句が4か3に削られていて、全作品を見ることが出来ないのが残念。
 三年連続で福岡日向子を推す(14句)。今回は圧倒的だった。感覚の冴え、口語を活かした巧みなレトリック。そして配合の妙。懐の深さ、広さは「本格」と言っても良い。すでに海原誌の代表作家の貌である。
  突き落とすつもりで来たの大花野 日向子
  冬薔薇の淡いところで待ち合わす 〃
  凍星を捉えるための睫毛かな 〃
  揺らしても良い感情たち猫柳 〃
  ハナミズキ寝癖をつけてくる上司 〃
 次に和緒玲子(7句)。深い抒情。
  手を洗う水が温くてほうたる 玲子
  たましひはたぶん火のいろ雪兎 〃
 三位に有栖川蘭子(7句)。激情と痛み。
  秋の蝶さらさらさらさらどろりかな 蘭子
  くらがりに足すこと引くこと沈丁花 〃
 四位に宙のふう(6句)。自愛自省の昇華。
  わたくしの内なる異国ほうほたる ふう
  わたくしを許さぬわたし菜の花黄 〃
 五位に木村寛伸(8句)。諧謔と抒情。
  吾亦紅仕舞いし愛の顔持てり 寛伸
  冬三日月その薄情にぶら下がる 〃
 続いて小林育子(5)、井手ひとみ(5)、大渕久幸(4)、村上舞香(4)、立川真理(3)、松﨑あきら(3)、よねやま麦(3)、渡邉照香(3)に注目した。

■白石司子
①福岡日向子 ②立川真理 ③飯塚真弓 ④大渕久幸 ⑤宙のふう
 一位の福岡日向子の〈薔薇愛でるために使わぬ指のあり〉〈突き落とすつもりで来たの大花野〉の鋭い感覚と季語の斡旋の妙、また〈死ななくても良い七月の風を得て〉〈人間に生まれてきたる長き夜〉の心境象徴句に注目。
 二位の立川真理の〈原爆ドーム茜射す時なほ燃える〉〈返り来るは吾が声ばかりひめゆりの塔〉の平和への祈り、〈人群れて中の一人となる祭〉〈数え日や老若男女旅人われら〉の永遠の旅人としての孤独感。
 三位の飯塚真弓の〈きちきちが我のへこみに現るる〉〈こんなにも痛き音なる四温の雨〉の生のかなしび、四位の大渕久幸の〈朝帰りっぽいシャンプーの香り土用〉〈鬼なのか人間なのか海鼠食む〉の俳諧自由。
 五位の宙のふうの〈わたくしの内なる異国ほうほたる〉〈わたくしを許さぬわたし菜の花黄〉のわたくし俳句にひかれた。
 また、路志田美子の〈パンドラの胸に不死身の蛇タトゥー〉〈鞦韆立ち漕げばたましひ吾にしがみつく〉等の特異性、重松俊一の〈人死んで人の集まる焚火かな〉の普遍性にも期待。

■高木一惠
①松﨑あきら ②立川真理 ③石鎚優 ④小林育子 ⑤飯塚真弓
  雪解まだまだ唄を作っているのです 松﨑あきら
  しんと雪諭すことなど何もない 〃
 実景と、また自身と交信して聴き取った唄、呟き。そこに内観を深める松﨑俳諧です。
  返り来るは吾が声ばかりひめゆりの塔 立川真理
 多くの若い命が喪われた第三外科壕の学徒隊…同年代の作者の切実な姿が伝わります。
  一湾に聞かす歌あり春の鳶 石鎚優
  師弟のごと風ととんぼの向きあへる 〃
 湾と鳶との交情を詠む作者だからこそ、「とんぼ」の佳句も生まれたのでしょう。
  満月のような沈黙師とふたり 小林育子
 さまざまに「満月」を想像してみて、師との尊い沈黙の場に引きこまれました。
  ヒヤシンスと企画書ソファーに寝落ち 飯塚真弓
 軽い日常詠にギリシャ神話ゆかりのヒヤシンスを配したところ、油断なりません。
 付記―上田輝子、遠藤路子、大渕久幸、北川コト、工藤篁子、佐竹佐介、宙のふう、福岡日向子、藤川宏樹、村上舞香、路志田美子、渡邉照香ほか、皆様に期待しています。

■武田伸一
①立川真理 ②福岡日向子 ③松﨑あきら ④路志田美子 ⑤工藤篁子
 「海原集」の選考に携わっている立場上、なるべく私情を挟む余地がないように、一年間の「海原集」の順位を数値化して、上位五名を新人賞の候補とした。毎月の数値では、立川と福岡の得点差はわずかに2点。武田個人としては、二人同時受賞となってほしいところだが、結果はどうなるか、気になるところである。
  人群れて中の一人となる祭 立川真理
  気遣われ易き人なりヒヤシンス 福岡日向子
  冷房は無い必要なのは空だ 松﨑あきら
  虫すだく一匹ぐらいあらわれよ 路志田美子
  秋の暮点となるまで二人行く 工藤篁子
 次点とでもいうべき方々を挙げ、次年度の奮起を期待したい。石鎚優、宙のふう、飯塚真弓、藤川宏樹、大渕久幸、小林育子、有栖川蘭子、吉田もろび、遠藤路子、井手ひとみ、伊藤治美、重松俊一等々挙げたらキリがない。

■月野ぽぽな
①立川真理 ②石鎚優 ③大渕久幸 ④福岡日向子 ⑤宙のふう
 立川真理〈青き踏む足裏に命確かめて〉の詩性のさらなる精錬。石鎚優〈師弟のごと風ととんぼの向きあへる〉の詩的直観力。大渕久幸〈卯の花腐し形有るさがものに惑ふ〉の人の性への洞察力。 福岡日向子〈八月は終わらせなければならぬ章〉の詩に結実する思想。宙のふう〈秋の蝶捨てたことばのレクイエム〉の繊細な感性に注目した。
 その他、わだようこ〈柿若葉ひかりと影がくすくすと〉、佐竹佐介〈草笛を吹き鳴らしつつ逝くもよし〉、向田久美子〈着ぶくれて身の内にある不発弾〉、増田天志〈まず音符こぼれ睡蓮ひらくかな〉、岡田ミツヒロ〈父といふ淋しき光鳥雲に〉、有栖川蘭子〈納豆搔いて病める日もまた夫婦かな〉、重松俊一〈人死んで人の集まる焚火かな〉、保子進〈檸檬食む後期高齢軽く生き〉、北川コト〈マフラーのわたしを解けば風になる〉、小林育子〈納骨の朝の白飯小鳥来る〉、かさいともこ〈在ることの薄れて秋の金魚かな〉、渡邉照香〈春雷やゲームのごとく母は死す〉、藤川宏樹〈供物桃「海軍二等軍楽兵」〉、遠藤路子〈スマホを探す自分に舌打ちそんな夏〉、飯塚真弓〈ここに来て和め鬼神よ春の暁〉にも期待する。
 自分の感性を信じて次の一句を。

■遠山郁好
①立川真理 ②福岡日向子 ③遠藤路子 ④小林育子 ⑤飯塚真弓
 立川真理〈原爆ドーム茜射す時なほ燃える〉〈永遠の終わりのように砂時計〉〈略奪の色の真紅よ藪椿〉俳句に対しての真摯な姿勢には清しささえ感じられ、一位に推した。
 福岡日向子〈もどかしい想い もしかして金木犀〉〈真面目にならいつでもなれる吾亦紅〉季語へのアプローチの微妙な感応は、感覚的かつ個性的であり鮮しい。
 遠藤路子〈降り始めの雨音が好き守宮です〉〈冬夕焼け手繋ぎのふたり囚われて〉意図せずに、はっと手放したような自然体の句の清新さは魅力的。
 小林育子〈喪中です石蕗の葉十枚投函す〉肉親を看取られた作者の想い溢れる佳句多く、惹かれる。
 飯塚真弓〈きちきちが我のへこみに現るる〉心の内を深く見つめた句から心情の厚さが読み取れる。
 ほかに注目した作者は、渡邉照香、宙のふう、石鎚優、有馬育代、北川コト、路志田美子、小野地香、工藤篁子。

■中村晋
①立川真理 ②福岡日向子 ③路志田美子 ④宙のふう ⑤大渕久幸
 立川真理〈原爆ドーム茜射す時なほ燃ゆる〉〈鎖骨より始まる春意リップぬる〉かねてから注目していた作家。若々しい感性の表現だけでなく、外の世界を大きく捉えはじめた変化を嬉しく思う。清潔感のある凛とした句を作る才能は貴重。今後のさらなる活躍を期待している。
 福岡日向子〈くちなしの匂いが夜を止めてくれぬ〉〈花冷や君を思い出しすぎている〉女性の情念を大胆に表現し、パンチ力がある。近作は、韻律とともに表現がこなれてきた。成長の著しさに瞠目した。
 路志田美子〈鞦韆立ち漕げばたましひ吾にしがみつく〉誰もが抱く逃れられない孤独。それを捉えようとする表現欲求に強く惹かれた。日本にない異国の風土性にも注目した。
 宙のふう〈能面の黙ふかぶかと月の雨〉内面を物に託して描く俳句の骨法に忠実な作家。心と物が触れ合ったときの句の完成度には比類ないものがある。
 大渕久幸〈指の朱を拭ふ終戦記念の日〉淡々とした句風だが、じわりと滲む抒情がある。感性が表現の技術によって異化されたときの詩情は滋味があり魅力的だった。
 そのほか、北川コト、小林育子、松﨑あきら、遠藤路子にも注目した。紙幅が足りず触れられないのが残念だが、今後も個性的かつ意欲的な作品を期待したい。

■宮崎斗士
①小林育子 ②福岡日向子 ③立川真理 ④遠藤路子 ⑤向田久美子
  ミニトマト転がる朝のJアラート 小林育子
  揺らしても良い感情たち猫柳 福岡日向子
  天空のさびしら人の花火果つ 立川真理
  君の背にごめんって呟く小鳥くる 遠藤路子
  着ぶくれて身の内にある不発弾 向田久美子
 例年同様、「後追い好句拝読」欄の一年間の結果に基づいて五名の方々を挙げさせていただいた。これに続く方々として、
  手術日はひとり行く綿虫日和 谷川かつゑ
  体からミモザあふれてバスを待つ 村上舞香
  反戦は普段の言葉ちゃんちゃんこ 岡田ミツヒロ
  ガザの死を数え一本の杭を打つ 清水滋生
  君へ檸檬 発火しそうな放課後 松岡早苗
  やさしい人だった雪の上に雪降る 松﨑あきら
  薫風に崩るるドミノ墓じまひ 有馬育代
  ボール一つ取り合う本能天高し 塩野正春
  おむつ替え放尿高高と暖炉 中村きみどり
  四畳半一間に扇風機と猫背 藤川宏樹
  軽石のごと父を抱えて冬至風呂 松本美智子
  マフラーのわたしを解けば風になる 北川コト
  古書店にははんざきがをり泡ひとつ 宙のふう
  師弟のごと風ととんぼの向きあへる 石鎚優

※「海原新人賞」これまでの受賞者
【第1回】(2019年)
三枝みずほ/望月士郎
【第2回】(2020年)
 小松敦/たけなか華那
【第3回】(2021年)
 木村リュウジ
【第4回】(2022年)
 大池桜子
【第5回】(2023年)
 渡辺のり子/立川瑠璃

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