『海原』No.33(2021/11/1発行)誌面より
第3回 海原金子兜太賞
【本賞】
大沢輝一「寒落暉」
【奨励賞】
河田清峰「笈日記」
三好つや子「力水」
第3回「海原金子兜太賞」は、応募作品55編の中から、上記三作品の授賞が決まった。
応募作品数は、昨年よりやや少なかったのだが、内容は大変充実したものであった。二年に及ぶ新型コロナウイルスの感染拡大は創作活動を省みる機会ともなり、30句の持つ意義を再確認することにつながったのではないだろうか。
※選考座談会および選考委員の感想は、海原本誌でご覧ください。
【本賞】
大沢輝一 「寒落暉」
寒風のなかでは鳥になるふしぎ
寒風一頭壊しにかかる一ヶ村
うようよと寒風集る舟着場
寒い風母きれぎれの鳥である
ひゅうひゅう北風獣ごっこする
電柱を浮かせる北風の筋肉や
北の魚嘗て冬空飛んだ説
すれ違う人小春日を背に貼り
冬極み村の火ひとつ石になり
ぽつんと灯進化が止まる冬の潟
潟の上野生の雪が唄いだす
めそめそと潟魚雪になっている
冬夕焼け少女は可燃性だった
どの木にも眇の冬のカラスです
ふさふさな獣になった冬鴉
手縫いです雪は産着を枝に掛け
霏霏と雪降る家族みな底魚
風呂敷をほどくとなかに雪がある
父のYシャツ雪の日は泡になる
雪山の寝息のひとつ新墓建つ
雪と風ぎぎぎと来り人を刺す
舟小屋や双手の冬を重ね置く
寒林の鳥まっしろな声を出す
満開の白鳥美しい光りの球
白鳥を置き新しい供物です
寒の水咽に小骨があるみたい
大寒波鶏の卵に尖りあり
大寒の夜気痛いほど静寂です
寒落暉ぱりんと割れた音がする
寒落暉いま不死鳥が飛び立つや
【奨励賞】
河田清峰 「笈日記」
花のごと雪ふりにけり臙脂の父
病む妻といくたびゆきし芒原
膝行の玉串奉奠雪の山
猪と居る大斎原に冬の虹
舌曼陀羅細魚を強請るカマイルカ
鹿の糞拾う鯨の供養塔
狼煙台百艘湾に鯨一頭
釘打ちの補陀落渡海白ふくろう
二ン月をうるうるとオリオン南中
紙雛を栞に熊野の笈日記
佐保姫の玉石を置く老杉の杜
果無山脈のかなたは奈落やまかがし
蛇踏んで翼賜る若王子
露もらぬ笙の窟を山蚯蚓
天蚕無き風穴に棲む大百足虫
くらがりに雨の音して蛇苺
きのこ持ちてかへれる父に母の朧
春蟬や御厨人窟の死者のやさしさ
遍路杖忍辱袈裟に潮垂るる
室戸岬まで辺地修業す善根宿
御厨人窟の青年空海明星喰
蛇踏んで遠目に見やる我拝師山
山に動くヤッケの黄色みどりの日
山上に臍出すをみな夏来る
雲雀東風山より高き役小角
二つ鳥居のをのこをみなこ女郎花
中指を立てて笛方杜若
かへりみる嶺や郭公啼きやまず
山下りて稚なになりぬ杜鵑
時を熟る勾玉抱き三尺寝
【奨励賞】
三好つや子 「力水」
春の水それはジュラ紀の力水
真言をなぞっています水馬
水かげろう仮想通貨の匂いあり
窓開けて終わる映画よ花水木
はつなつの水くるくると蛇の中
打ち水にぶつかるヘレンケラーの忌
去りぎはのあっけらかんと水鶏笛
じゃんけんに負ける極意やソーダ水
水彩のことばを発し河鹿かな
夏水仙ときどき烟る薬指
水質調査員になるはずだった蛍
見えていて見えない老人噴水広場
八月の声の出入りする水屋
水ふっと炎となりて曼殊沙華
試験管のたまご脈打つ水の秋
水平線になりたい少年九月過ぐ
秋うらら水を啄む鳥の影
水の星の水のまなざし青梨に
あやとりの橋流れつく水草紅葉
まなうらに白夜のふくろう水薬
水澄んで鍵のかたちに秋深む
暁の水の疼きでしょうか 霜
喪を告げる淡き文字なり鴨の水尾
冬蝶のうとうと透ける水墨画
熊眠る太古の水音を枕とし
若水や馬のいななく声がした
冬桜 水の棺にトリチウム
真っすぐに反るということ寒の水
如月の奥へ奥へと水鏡
雪解水童の耳の耀いぬ
◆全応募作品から選考委員が選んだ推薦10句
応募55作品から、選考委員が推薦する10句を選出した。各選考委員が候補に挙げた五作品を除いて選出することを基本としたが、一部はその限りではない。ご了承いただきたい。
安西篤
糸繰節誦しつつ老婆小草引く 4「石敢當」
毛虫焼く少年の唇薄く開け 8「穴」
花の息化石の魚の潤みおり 18「地球には水」
海鳴りは死者のはなむけカモメ舞う 28「東北十年」
見えていて見えない老人噴水広場 29「力水」
キンモクセイ幻獣図鑑あけしまま 45「ひらききる」
舌先が敏感である藤の花 48「逃げ水」
榧の実炒る祖母に纏わる手と手と手 51「阿蘇姫百合」
黙祷のサイレン微か冷房車 53「二号棟」
蛍狩ひとの夫やひとの妻 55「の」
武田伸一
一揆の碑洗はれてあり鳥帰る 4「石敢當」
広島も長崎も日本原爆忌 5「飢餓海峡」
驟雨きてここは横須賀コカ・コーラ 14「夏の地図」
海鞘を裂く六十五歳は登り坂 16「六十五歳」
涅槃図の遠くの席を許される 21「空師」
植木鉢金魚土葬の十五階 26「土葬」
ラ・フランスやさしい鬱によりかかる 27「誤字と空耳」
手離した掌に十年の雪の染み 28「東北十年」
ほうずきをゆららさららと遊ぶかな 45「ひらききる」
同級生に見られる初めての駅前行動 46「あつかましい平和」
田中亜美
棄民寄りて拓きし高地蕎麦咲けり 4「石敢當」
朝の夢忘れて秋の蝶逃がす 8「穴」
溶ける自由少女ふわっとリラへ 10「神々の遊び」
晩夏光縮尺かへて鳥の地図 14「夏の地図」
心臓で雉が鳴くから目が覚める 24「みらい」
部屋へ蟻ヒッチコックの貌もてり 26「土葬」
海葡萄ひとり暮らしの九谷焼 37「極東」
キンモクセイ幻獣図鑑あけしまま 45「ひらききる」
蕗の薹ほぐれ秩父の終の家 49「白は白」
春は重たいやわらかい猜疑心 50「月焚べる」
堀之内長一
さわやかに杖より低く母が来る 1「囲いから」
棄民寄りて拓きし高地蕎麦咲けり 4「石敢當」
超新星爆発春をはみ出せり 25「火星移住者」
陸軍と海軍が飛ぶ蛍かな 34「白い鷹」
人流の小骨のごとく薔薇に棘 35「波」
桃を買うぱっくり開いた胸のまま 42「今はない渚」
ほうずきをゆららさららと遊ぶかな 45「ひらききる」
夕暮れを穴と思いて紫蘇を揉む 48「逃げ水」
半裂や内を流るる白は白 49「白は白」
どの本能も身のそばにあり時雨 55「の」
宮崎斗士
さくらさくらうぬぼれてゐる水鏡 26「土葬」
吃音の友の手のひら柚子渡す 27「誤字と空耳」
薄荷水うっとり鳩といる東京 42「今はない渚」
なめくじり肉であること照れている 48「逃げ水」
木守柿「おお来たか」てふ独り言 49「白は白」
勝ち凧のひとりの空やご飯だよ 51「阿蘇姫百合」
黙諾のようなみちのく冬木の芽 52「ありふれた夕刻」
まだ若い雲だと思う鬼やんま 53「二号棟」
春の日のないしょ話やパンの耳 54「銀河」
蟻の列やさしくされるから歩く 55「の」
柳生正名
さわやかに杖より低く母が来る 1「囲いから」
初蝶ののたりはたりと牛涎 13「千年」
植木鉢金魚土葬の十五階 26「土葬」
真っすぐに反るということ寒の水 29「力水」
あめんぼの脚が気になる雹とつじょ 33「気候・環境抄」
陽の当たる四葩の顔で会いにゆく 37「極東」
なめくじり肉であること照れている 48「逃げ水」
桜守一枝くわえて案内せり 49「白は白」
朧夜に触れたら流砂なのでした 50「月焚べる」
覚め際は故里出羽に葛をひく 51「阿蘇姫百合」
山中葛子
驟雨きてここは横須賀コカ・コーラ 14「夏の地図」
夕火事が咲いてる遠いとなり町 20「となり町」
箱庭にみらいの家族あそばせる 24「みらい」
蜜柑食ぶる火星移住者の路地裏 25「火星移住者」
遺影に一杯結局俺が飲む酒か 28「東北十年」
春の水それはジュラ紀の力水 29「力水」
月曜のこめかみに咲き韮の花 37「極東」
象徴派サフランのこぼるる真昼 45「ひらききる」
いつでも何処でもどんなにでもあつかましい平和 46「あつかましい平和」
なめくじり肉であること照れている 48「逃げ水」
◆候補になった17作品の冒頭五句〈受賞作を除く〉
4 石敢當 押勇次
石敢當かたへに坐して初日受く
相逢うて落鷹われに近よらず
風葬崖蘇鉄が奏づ虎落笛
昼過ぎてふくら雀来解除の日
多喜二の日ガラス戸にふと犬の顔
8 穴 小西瞬夏
花守の水を零しにゆきしまま
巻尺のはげしき戻り謝肉祭
空き箱に空き函しまふ蝶の昼
花冷えの俯いて読む手紙かな
聖金曜日ジャムの壜固きまま
10 神々の遊び 十河宣洋
神々の遊びはじめの猫柳
春雨の重い空気ふわっふわっと
一人静多情多感の日々あふれ
春隣木口の匂い書の匂い
春の野に鹿一頭は淋しいぞ
12 バッハ マブソン青眼
「バッハ」とは「川」という意味 生きようか
川燕 バッハのごとく軽く低く
飛ぶ鷺と歩く私と出会いけり
ドビュッシー聴くヘッドフォンに柳と柳
耳はバッハ頭上は鷹の停止飛行
16 六十五歳 三浦静佳
白鳥帰る切れそうなミサンガ
春浅し自粛自粛の誕生日
減量の脳かろきかな柳絮飛ぶ
ステイホームの五月下駄箱片付ける
跡継ぎと決められ育つ蛍籠
18 地球には水 渡辺のり子
紫木蓮ひとすじ悪女のDNA
所望する春ショールかけてくれし手
長すぎる廊下春愁に捕まる
まさか逆流してくるなんて逃水
さくらさくら地球半径ふくらみぬ
20 となり町 望月士郎
ききみみをたててる胎児春の月
朧夜のポストの口に指ひらく
摩天楼にひろがる花の夜の鱗
春眠し夢のマニマニが来るよ
海市立つ二つかさなる洗面器
24 みらい 大髙宏允
夕焼けの紙芝居油のここち
さまよえる絵筆こゆるぎして止まる
夏の泥得体の知れぬ目のひかり
これから来るぬばたまの世の螢かな
黴たちといる押入れの自画像
25 火星移住者 椿野ゆう
火星ワインの樽割り歓迎す新年
火星牛の背に初蝶の止まりけり
火星より入電あり「雑煮食つたか?」
人類の出アフリカす春の朝
小型核炉一つ畸形の蝶震へ
26 土葬 有馬育代
野火の闇膨張都市の蠢きぬ
みどりごをはきだすやみよねこのこひ
カニカマにサラダ華やぐ万愚節
さくらさくらうぬぼれてゐる水鏡
言の葉と音色のあはひ蝶生まる
28 東北十年 植田郁一
手離した掌に十年の雪の染み
たなびくは霧でも霞でもなく死臭
瓦礫の海に白亜観音朱の鳥居
桜貝君かとばかり手に包む
雪キラキラ骨片キラキラ星キラキラ
32 異形 小林育子
形代のためらいがちな半回転
夏つばめ視線あう君もう遺影
遺骨にも心地よい場所雲の峰
ヴィオロンの哀しき茅花流しかな
それぞれのアイスコーヒーこもれび荘
42 今はない渚 桂凜火
不知火の鰯籠ゆらすさざれ波
つかまれて骨冷ゆる朝おとろしか
陽炎の窓という窓かしこまる
鰭の掌をゆらす少年のさくらいろ
麦青し生きていることふにおちぬ
45 ひらききる 山本掌
ぼうたんの影の見る夢人間は
象徴派サフランのこぼるる真昼
キンモクセイ幻獣図鑑あけしまま
露あれはうすずみいろの馬を恋う
うつくしき嘘とうものは白露の
46 あつかましい平和 谷口道子
先生の最後の言葉あつかましい平和
あつかましい平和 どういうこと?
同級生に見られる初めての駅前行動
幼なじみ一筆くれし平和の署名
笑顔にて署名お願い半歩出る
50 月焚べる ナカムラ薫
春は重たいやわらかい猜疑心
末黒野を真昼抱えて誰か来る
如月の眠りを青い火と思う
ミモザふる天使の悲鳴として小鳥
朧夜に触れたら流砂なのでした
51 阿蘇姫百合 鱸久子
阿蘇姫百合卑弥呼の朱を纏い立つ
大草原阿蘇姫百合の孤高
清し男の子ら阿蘇姫百合の守り
朱と金と阿蘇姫百合の耳飾り
夏雲へ廃車の心臓積まれ行く
◆応募作品の冒頭二句〈受賞作・候補作を除く〉
1 囲いから 永田タヱ子
水仙やふところ深くリズミカル
風花やいつもの景も生き生きと
3 十八番 藤川宏樹
降臨を手引きし聖夜宇宙酔ひ
風花や牛乳瓶の蓋ぱっちん
5 飢餓海峡 上野昭子
浚渫の海峡兜太と鷹柱
鯨骨音消して航く自衛艦
6 紀寿の母 宏洲弘
有耶無耶の関振り向けばコロナ四波
コロナ禍に帰れぬ孫待つ銀の匙
7 工事 葛城広光
ピンボールゲームであったかチリ役者
夜の秋車で何も出来なくて
9 ちょっとピンボケ 吉田和恵
蟹籠船真昼日白し境港
冬の陽にゲゲゲの一族はにかんで
11 四季の移ろい 漆原義典
蒲公英の綿毛ふうわり宇宙旅
麦秋や寄り添えばまた反発す
13 千年 藤好良
千年を星を見詰める鼬かな
喜びの雪の玉水水琴窟
14 夏の地図 川森基次
薄暑の候川のポストに投函し
さっきまで黒揚羽ゐてシンメトリー
17 妻の顔 神谷邦男
みちのく忌妻の残せし小座布団
牡丹の芽防犯カメラの見てゐたり
19 心にクリップ 中野佑海
花ミモザ身守る術の息遣い
甘やかな謀そして沈丁花
21 空師 稲葉千尋
白梅や自粛生活へうへうと
末黒野の匂ひ膕あたりかな
22 蟻の旅 黒岡洋子
マスクとう機微をはずして冬満月
騒いだのか救ったのか春節のマスク
23 夜話 中村セミ
老婆の手動かせば枯木喋る
影絵映ゆ梅を探れる犬の顔
27 誤字と空耳 木村リュウジ
空耳を待っている耳ほうせんか
桃を剥く指や影絵のあふれだす
30 送り梅雨 藤田敦子
避難地は遠流のごとく青田風
喫水深く十年のタネねむる初夏
31 春の雷 岡村伃志子
見逃したドラマの終わり春の雷
虫だしの雷 気難しいパートナー
33 気候・環境抄 野口佐稔
雨つぶて逃げおおせるかひきがえる
あめんぼの脚が気になる雹とつじょ
34 白い鷲 齊藤邦彦
蟷螂や一人芝居の格闘家
蟻の列青山避ける羅針盤
35 波 川崎益太郎
波という「種の起源」天の川
皮なめし柔肌なめす夏の波
36 風を聴く 横地かをる
ガラス戸にしずかな緑雨湯を使う
羚羊にふいに出会えり青葉山
37 極東 山本まさゆき
眠りの底の暗い水面をつばくらめ
巣燕や同居期間のない離婚
38 献体 梨本洋子
献体の母を見送る日雷
献体の決意十年前の夏
39 つくしんぼ 深澤格子
おのれわらふおのれうれしもつくしんぼ
春風や素描のひとと逃避行
40 白髪太郎 川崎千鶴子
咲くときも散る時もぱりっと梅花
怠惰な眼を洗う犬ふぐりの眼
41 不老不死 木村寛伸
アマビエの絵面遊ばせ去年今年
日の本に悪疫のある節料理
43 たまて箱 増田暁子
茎立ちのふりして茶髪少年の孤愁
明日葉の電流がくる夕餉かな
44 夏の果へ 佐竹佐介
水晶の夜や雷声容赦なき
星涼し夜明の晩を漕ぎ下る
47 もも肉 石川まゆみ
アクリル板へ顔つつ込んで蒸暑し
思うさま雑談飛沫夾竹桃
48 逃げ水 榎本祐子
立膝に黄色い風の春が来る
芹の根の縺れ直面で通す日の
49 白は白 西美惠子
落葉は遺言てふ詩人ありにけり
空縹鴎五秒の風まかせ
52 ありふれた夕刻 佐藤詠子
ありふれた夕刻なれど水を打つ
蛍や標はどこに置いてきた
53 二号棟 小松敦
今ここに始まっている水源地
梔子の匂い現像前のネガ
54 銀河 清水恵子
鳥雲に曖昧模糊な弁明そよ風のたんぽぽ畑よラテアート
55 の 河西志帆
臆病な本能たちの晩夏かな
夏布団とりあう夢の中の足