『海原』No.47(2023/4/1発行)誌面より◆本の紹介
『兜太を語る―海程15人と共に』
『語りたい兜太伝えたい兜太―13人の証言』
の編集に当たって 董振華
◆企画の経緯
私は四半世紀前に金子兜太先生にお目にかかり、俳句の手ほどきを受けて以来、ずっと先生ご夫妻並びにご家族にお世話になっている。詳しいことは「15人」の最後につけた「金子先生一家と私」をお読み頂ければ有難いです。金子先生ご夫妻への恩返しのために、近年少しずつ先生の著書及び俳句を中国語に翻訳して中国で出版している。また、いつかは「兜太論」を書き上げたいとも考えて、資料の収集と分類を行ったが、なかなか糸口が見つからない。
そんな中、二〇二二年二月黒田杏子氏の著書『証言・昭和の俳句増補新装版』を拝読して大いに触発された。私も「海程」の方々にインタビューし、金子先生と直に接した俳人の証言を後世に残し、また、私自身の今後の「兜太論」の足掛かりとしたい、と思うようになった。
そこで、私はすぐさま先生のご子息の眞土さんに相談を申し上げた。その結果、お話を伺うべき語り手として、日ごろ私がよく存じ上げている方々のほかに、眞土さんの推薦を合わせて二十余人のお名前を挙げられた。しかし、私の力不足及び限られた時間など様々の事情で、予定していた方たち全員へのインタビューまでには至らず、最終的に十五人の方にしか取材できなかったことは非常に残念に思っている。そして、語り手の方々への取材経緯については、それぞれの本文の前の「はじめに」と本文の後の「おわりに」をお読み頂ければと思う。
なお、『15人』は私・董振華個人が企画・立案し、語り手の方々のご協力を頂きながら成立したもので、「海原」の企画ではない。また語り手の証言の掲載順は基本的に「海程」への入会時期の早い順とした。さらに、各氏による兜太句選と文中の引用句は、『金子兜太集第一巻全句集』(筑摩書房)に準拠した。
一方、『語りたい兜太伝えたい兜太―13人の証言』(黒田杏子監修)については、黒田杏子氏にご相談を申し上げて、同様な趣旨、同じ方法で進めた。
◆取材で感じたこと
この二冊の本を制作するに当たって、数多くの方々との素晴らしい出逢いがあったことはまことに嬉しい。
『15人』について言えば、語り手となられた十五人は、皆「海程」の同人で、直接兜太師の肉声に触れるような、様々なエピソードの持ち主であり、「そこで生まれた共通のテーマは〈私の金子兜太〉というべきものでした。語り手の十五人は、時間差こそあれ皆兜太と共に生き、兜太に学んだ方々」(安西篤跋より)である。
例えば、松本勇二氏の「兜太師から学んだことは、俳句は感覚で書け」ということであり、石川青狼氏の「金子先生は俳句の師というよりは人生の師だ」との思いは私も同感。また、田中亜美氏は兜太師の魅力について「相手が落ち込んだりすると〈褒めて〉、相手が力をつけてきたりすると〈叱って〉くれるという不思議さが、いつも相手との関係性から生み出されていた」と言い、水野真由美氏は「『戦争を起こすのは物欲だ、人間を殺す戦争は悪だ』との兜太師の言葉に共感して、「兜太の言葉を次世代へ残すためには一人一人が自覚するしかない」との意志表示に私も強く共鳴。
また、『13人』(黒田杏子氏推薦)について言えば、証言者の十三人のどなたも現在俳句界で活躍中の代表的な方々であると同時に、兜太先生と様々な縁を持つ方々ばかりである。十三人は時に兜太から離れて時代を語り、俳句の本質論を語る。証言は実に多彩で、金子兜太という俳人の破格さ、人柄の大きさを物語っている。そして今回の取材を通じて「十三人の詩客がそれぞれに見た〈永遠の、可能性としての、兜太―〉」(高山おれな帯文より)をいっそう理解することができた。
例えば、文芸批評家の井口時男氏は、「金子兜太の思想の根幹に近代的な価値観を超えて人間の本源的な在り方に迫る生命賛歌があった」と語り、作家のいとうせいこう氏は「晩年にはすべての日本語は〈詩語〉であるという境地に達した。金子兜太は大きな山のような存在だった。自分にとって血の繋がらない大好きなおじさんだった、誇りに思う」と語った。
また若手俳人の神野紗希氏は「兜太は俳人だと言うか、兜太は人間だというか、迷っていました。特に晩年は俳人であること以上に、人間であることを積極的に選んだという印象です」と説き、「海程」初代編集長の酒井弘司氏は「兜太さんは常に時代に責任を持っていた」と語られた。さらに橋本榮治さんは「兜太は豪放磊落である一面、実は非常に繊細で、気配り上手な方です」と言われ、筑紫磐井氏は「私が知っている年配の方は大体酒乱に近い人たちが多い。しかし兜太さんは割と若い頃から健康管理のために、完全に自己抑制され、一切お酒を飲まない。これはすごく感激しました」と兜太に対するもう一面の印象を述べられた。
◆読者の反響
二冊の本を上梓してお蔭様で、多くの方々から好評を得ている。『13人』は2022年12月9日に上梓した日に、共同通信からの取材を受けたので、現在、各地の新聞の読書欄に紹介されており、また、朝日新聞2022年12月25日の「風信」の欄と東京新聞2月25日夕刊の「相子智恵の俳句の窓から」にも紹介されたことは大変有難い。そのほかに「現代俳句」二月号や証言者の方々の主宰誌にもそれぞれ一面に広告を出して頂いている。
さらに、日本向けのラジオ放送番組1月10日の「北京国際放送」にも取り上げられ、2月18日兜太現代俳句新人賞公開審査会の開会式でも、中村和弘会長がこの二冊の本を挙げて紹介して下さった。
『15人』は2023年1月25日上梓したばかりで、まだ新聞記事等に取り上げられていないが、多くの方から感想文が届いている。
例えば、浅川氏は「海程の古い方々、山中、武田、塩野谷各氏の証言は結社外の方はほとんど知らないことで、興味深く読ませていただきました」と語り、中岡氏は「語り手の中には、若森京子さんや田中亜美さんなど、面識のある方の名前もございまして、貴重な資料を賜り、ありがとうございました」と書いてあり、内藤氏は「今まで知らなかった「海程」の内部のことよくが分かり、秩父俳句道場、比叡山勉強会などを通して、兜太さんがいかに弟子を育て、有意義な仕事をされたことがよく分かり、改めて感心致しました」と語られた。
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このように、語り手や証言者の方々との出逢いはすべて兜太先生と皆子先生が用意して下さったような想いもしている。お二方への深い感謝を込めて、完成できたこの二冊の書籍を2023年1月31日お二人の墓前に捧げることができた。こののちは、この二冊の本を土台にして、さらに私独自の「兜太論」を書き進めてゆきたいと考えている。