『海原』No.65(2025/1/1発行)誌面より
《俳句連作》
生きるガザー『ガザ日記』に基づいて 中村晋
〈『ガザ日記』アーティフ・アブー・サイフ著/中野真紀子訳/地平社2024年〉
まえがき
この俳句連作『生きるガザ』は、アーティフ・アブー・サイフ氏の著書『ガザ日記』をもとに筆者が俳句作品にまとめたものである。俳句に詠まれた内容はできる限り原著の内容に忠実に再現するようつとめたが、日記が持つ時間軸の流れを、俳句連作の中で表現することはきわめて難しく、やむなく俳句の内容に沿って五つのパートに分け、再構成した。そのことにより原作のイメージを損ねてしまうのではないかと恐れるが、その一方、俳句形式が持つ簡潔性によって、現在ガザで起きていることを即物的にとらえることができるのではないかという期待もある。いずれにせよ筆者は、原著者を含め、ガザに住みガザに暮らす人々に可能な限り寄り添いたいという思いを抱き作品化した。
アーティフ・アブー・サイフ氏は、普段はヨルダン川西域で暮らすパレスチナ人であるが、2023年10月のイスラエル軍によるガザ侵攻時にたまたまガザを訪れていたため戦乱に巻き込まれ、『ガザ日記』に記されるようなジェノサイドに遭遇することとなった。サイフ氏とその子息は12月末にかろうじてエジプトに脱出することになる。『ガザ日記』はその間のサイフ氏による克明なルポルタージュである。
九死に一生を得たともいえる体験である。その中で再三にわたりサイフ氏が訴えていたことがある。それは、世界はガザを見棄てているのではないかということ。イスラエルの侵攻が始まると真っ先に国外へ脱出したのが、国連機関や赤十字だったという。もちろん海外のメディアも同じである。そのことにより、ガザの状況が世界に知らされず、結果として現状追認につながり、いつまでたっても爆撃が終わらないのだと声を上げる。
この言葉に、ガザから遠く離れて日本に住む私も、責任を感じないではいられなかった。その思いが、俳句にまとめようという原動力になったかもしれない。
小さい俳句にも、何かできることがあるのではないか。そんな思いを込めてまとめてみた連作である。
空爆・死体
爆撃、死者14翌朝27
そこにいた それがミサイル死の理由
ガザの少年遺体を運ぶ驢馬励ます
ガザの朝日満面に浴びちぎれた手
ちぎれた手が朝日をつかもうとしている
朝、遺体のどれもが部分
F16戦闘機 動いた猫を爆撃
砲弾が内臓を地面にこぼす
南へ南へ人さまよって撃たれる
夢であってほしい血の海に散らばる歯
蠅のように殺され蠅に寄り添われる
自分の血だったかもしれない血の海歩く
手を手がかりに首なき遺体にたどりつく
ガザはもうガザではない遺体が見つからない
遺体の切れ端の手脚、そのほかは挽肉
驢馬が曳く荷から人の手脚がこぼれた
散らばる脳を見たあと重傷の姪にピザを食べさす
語れぬまま爆死した虐殺の目撃者
兵士に連れられ薬棄てられ、死んだ
ぴかぴかの革靴を履いた死体 首がない
少女を掘り出す永眠から起こさぬよう
遺体掘り返し戦車は墓地を駆けめぐる
水を汲みに行って砲弾に切り刻まれた
指導者よ砲撃で蚊は死なない
瓦礫
瓦礫の柱に瓦礫の下の人らの名
月よガザは戦争映画のセットではない
人の名呼ぶ瓦礫の下の人を踏み
痛烈に瓦礫の穴から腐臭
この下に誰か生きている瓦礫歩む
ブルドーザー去りぬ廃墟に夕日
瓦礫の上生者は沈黙でつながる
声はなく瓦礫の空洞から玩具
三日遅れて瓦礫の下から届くメール
空爆、ビルとビルが抱き合っている
瓦礫掘って掘って掘って人が出た
ドアの鍵・窓ガラス みんな吹っ飛んだアパート
ガザを見渡すガザはヒロシマか
瓦礫に登り亡き子の教科書を集める
集団墓地瓦礫から選び抜いた墓石
空爆、死んだ子らの真上にビル倒壊
家を失くしてしゃがむ人たちをドローンが見ている
病院・学校
病廊 宿題をする子ひとり
やかんに湯気雑魚寝の病廊にも夜明け
さまよいさすらい人々病院に住み出す
人々が病院に住みだしたので、爆撃
子どもたちが勉強するので、学校を爆撃
病院 死体の脇で遊ぶ子ども
出産も殺戮もある病院
「薬は食後に」そもそも食べるものがない
難民家族に教室隅の小さな家
病院で人がつぎつぎ死ぬ病院の外でも
砲弾破片どうすればまぶたの裏に
ずたずたの学校 教科書の燃えかす
砂に書いては子に母が字を教えている
暮らし
ガザの子ら腕に名を書く死後のため
ガザはまだガザだったパンを分け合う
パン屋とパン屋に並んでいた子ら、消えた
理髪が得意だった者を憶い髪切る
疲れた羊ら羊飼いも疲れている
パン屋が焼けたのでみなパンを焼き始めた
小麦粉がない 謝るパン屋
妻子が死んだニュースを自身が読み上げる
朝が来た 生きている腹が減る
レモンしかないので八百屋にレモンしかない
静かすぎて死を考える
埋める余地がない墓地を掘り返す
避難に疲れて戻った晩の爆死
消えようとしている者が消えたものを見ている
死者を運ぶ馬がずいぶん疲れている
遺体あれば埋葬できると羨む人
友が脱出を試み殺された。以上。
友が死んだと聞いても信じない電話を掛け続ける
休戦しかし南から北へは戻れない
生き延びた犬 人の死体を食べる
キャンプの少年空を指さし憎む
失業作家パン焼くために本を燃やす
パンへ水へどこも人々の列列
休戦延長寒い一日にも太陽
戦争 人の名を剥ぎ数字に
戦争また村の名を剥ぎ数字に
テント村にテントの子らと菓子をさがす
一日一食ついに胃袋を騙しぬ
焚火小さし話せど話せどくすぶる
夜うごけば撃たれる
難民が難民に道を訊いている
直せど直せどテントにしみ入る冬の雨
トラック荷台に我ら運ばる羊のごと
まれにシャワーを浴びるタオルがない
寒すぎて胃が痛いオリーブの木が揺れている
ブランコで遊ぶ子をドローンが視る
疲れた人らが疲れた驢馬をいたわる
出ない母乳と唯一持ち出せた赤子
ドローンがいるのでサンタも近づけない
薪がない 売られているのは救援物資
鶏を潰し切り、もう卵もない
難民女性も生理はある生理用品がない
生きる
生き延びたガザの子両脚両親なく
水がない高熱の病人のあえぎ
砲撃がここでないだけ 生きている
姉妹ガザの月指し生きる
薬がない祈る時間だけはある
テント村に薪が燃える匂い、朝だ
ぐしゃぐしゃに擦り切れたいちじくの樹 生きている
生き延びた、その理由ついにわからない
両脚なき姉を看つづけた妹 ついに病む
死者生者を曇天のガザに置きて去る