◆No.76 目次

◆海原愛句十句(12月号の全同人作品より選出)
伊藤淳子 選
夏旅のどこかに顔を置いてくる 小野裕三
りんどうとわざとしあわせそうに言う こしのゆみこ
単線路おいてけぼりの雲といる 佐孝石画
母からの手紙のむすび小鳥来る 佐々木宏
伐られるはずの公孫樹百本黄落す 芹沢愛子
茄子の花君には挽歌など要らぬ 田中信克
戦あり星流れても流れても 月野ぽぽな
蜘蛛の巣の雨うつくしき配線図 鳥山由貴子
秋の蝶ひと恋う息が続かない 日高玲
ポンポンダリヤまたも前言翻す 村上友子
若森京子 選
色鳥の続く広告「戦争消えろ」 伊藤清雄
母の忌よ紫薇散る朝のびいどろよ 伊藤幸
老いの無念さ展げればいわし雲 伊藤道郎
重力の秘めごとゆるび露けしや 川田由美子
青筋鳳蝶すかっと空を近付ける 篠田悦子
青鮫忌造型者兼存在者 鈴木孝信
水鳥や阿部完市の見し幻覚 芹沢愛子
胡麻の花ガザの子供の声がする 藤野武
春光という近視あり俺に寄る 北條貢司
フグ目開け細め又開け笑まう マブソン青眼
◆海原秀句 同人各集より
堀之内長一●抄出
明日潰す鶏呑ます芋の露 赤崎冬生
海が丸見え新米鰊蕎麦美味し 石川青狼
馬の目に涙溢れる初日かな 大久保正義
セロファンの独白を聴く冬ごもり 大髙宏允
東京の枯葉リュックは前に提げ 大西健司
インスタントラーメンという釣瓶落し 大野美代子
一日の凸凹きれいに小芋むく 桂凜火
雨の白萩認知症の入口 川崎千鶴子
離愁とはアダンの木蔭からの距離 河西志帆
萩の風挑むほどではない石段 北上正枝
月光に入れてうすつぺらのからだ 小西瞬夏
コキアとか色づくものに孤独感 佐々木宏
大戯場釣瓶落しの草木かな 鈴木孝信
神の留守ふらっと仔熊海を見に 十河宣洋
青年書を読む老犬臥して紅葉読む 高木一惠
ゐのこづちもう狼のゐない山 田中亜美
難聴でも心の中で虫の声 峠谷清広
潮風が骨に凍み込む裏日本 中内亮玄
医師減りゆき熊ふえる町冬隣 中村晋
くまぜみのいつもこの木のこの時刻 服部修一
秋の野にスルメのような父捨てむ 堀真知子
ひよこ豆記憶をつまむ良いものを 北條貢司
人体解剖図父の胡坐は筋肉質 増田暁子
母はふと母を手放し神無月 松本勇二
目ヤニという極小銀河 獅子に マブソン青眼
秋時雨いつも一人の果物屋 三好つや子
弔問や鯉の触れゆく朴落葉 村本なずな
留守電に面ふくろうの気配だけ 望月士郎
山の声集めひたひた冬耕ひ 柳生正名
山葡萄みみずのごとき静脈よ 山本掌
石川青狼●抄出
星占い信じたくなる春日傘 小野裕三
野生とは人襲うこと秋の熊 川崎益太郎
離愁とはアダンの木蔭からの距離 河西志帆
口下手だから紅葉するわけではないのだよ 佐孝石画
鮫待てど狼待てどすすき原 佐々木宏
白萩や白壽同士のハイタッチ 鱸久子
神の留守ふらっと仔熊海を見に 十河宣洋
山眠る眠らぬ熊を人は撃つ 竪阿彌放心
ゐのこづちもう狼のゐない山 田中亜美
途中下車して晩年稲穂明かりかな 田中信克
イヨマンテ なれど今日飢える熊 田中怜子
世の中をからかっている案山子さん 峠谷清広
目覚めてもまだ少女だった日の樹雨 遠山郁好
とおりゃんせしたりされたり開戦日 ナカムラ薫
医師減りゆき熊ふえる町冬隣 中村晋
妻の留守なんだか大きい家の蜘蛛 服部修一
遠山に月の出を待つ素寒貧 日高玲
霧に隠れた富士の全身ROCKだなあ 藤野武
母はふと母を手放し神無月 松本勇二
獅子のたてがみ宇宙まで匂う マブソン青眼
ちがふ世の水音がして冬木の芽 水野真由美
新米や集荷のあんちゃん笑顔です 三浦静佳
時雨あがり蜂蜜色の旧名の町 三世川浩司
南蛮煙管とぼけることも愛なんだ 三好つや子
紅葉狩りまだ温かなコロッケパン 室田洋子
冬の噴水水には水の筋肉も 茂里美絵
大足のおほかみ大口でもあつた 柳生正名
秋刀魚しんじつ頭なし腸もなし 山本掌
粒立ちの新米つやつやと墓標 山下一夫
けもの禍や野におおかみを放ちたし 吉澤祥匡
◆武蔵野抄76 安西篤
帰り花誰ぞがクリックしたような
冬山のかくしどころに風花舞う
白梅や縄文土偶の高乳房
春浅きガザに数なす無辜の死者
春の地震写楽面にてやり過ごす
◆雑雑抄76 武田伸一
夜祭りの秘事の始まりおりにけり
死を思うことなく松を飾りおり
年明くる富士の地下水とうとうと
雉子の声余命思わぬ日々にあり
鳥総松九十一歳とはなりぬ
◆一翳抄8 堀之内長一
風の巣あり師走狐の鳴くあたり
若水や今朝のピリオド強く打つ
一掬の若水こぼれそうな光
読初のしおりに蝶蝶魚のこと
どんどの火浅い眠りの熊たちに
◆たづくり抄8 宮崎斗士
十六夜や君の背表紙そっと触れる
檸檬切るただ会いたいという現実
独り居の柿剥けばあの頃がある
何となく気が合う案山子疲れてます
師と共にいれば今でも椎の実降る
◆金子兜太 私の一句
三月十日も十一日も鳥帰る 兜太
東日本大震災についての俳句は、この句と「津波のあとに老女生きてあり死なぬ」の二句である。この句は震災という自然災害とは別に鳥はその本能に従い、北へ帰ることを述べている。震災の前日も当日も鳥は帰るのである。単純に詠まれた中に意味深長な深い事実。兜太俳句は他の俳人の及びも付かない心境の根底を見る思いがする。句集『百年』(2019年)より。赤崎冬生
長寿の母うんこのようにわれを産みぬ 兜太
最初の出産を控え不安になっている私に父は「心配はいらん。太いうんこを出すようなもんだ。」と言った。何ということを言うのだと私は、父を白い目で見た。二十年後、海程に入れていただき、金子先生のこの句に出会った時の衝撃! 父は、初孫の顔を見て一年半後にこの世を去った。お母さまを詠んだ句であるが、私には父との思い出の句である。句集『日常』(平成21年)より。村松喜代
◆共鳴20句〈12月号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句
市原正直 選
真っ直ぐに落ちて破顔の熟柿かな 有村王志
○天の川氾濫となり村睡る 石川青狼
送り火や電車に乗れば会えた日々 伊藤巌
数濃くなる今日の戦死よ酔芙蓉 伊藤清雄
○切株が居ならぶ夏野幻肢痛 尾形ゆきお
ちりちりと記憶の汚染蚯蚓鳴く 片岡秀樹
沈黙の体温ほどの日向水 桂凜火
両眼まで置いていかれる蟬の殻 川崎千鶴子
日照り雨街中の発掘現場 小松敦
胴回りタトゥー模様の麦酒瓶 齊藤しじみ
○天高し漏電のように熊が来る 十河宣洋
この街の穴という穴蝉時雨 田中信克
○祈りとは林檎の芯に蜜満つる 月野ぽぽな
蛍火の消えし闇なり穴だらけ 丹生千賀
蜩の思いがけない至近距離 平田恒子
鮎釣りや兄貴さすがだ左利き 本田日出登
旅心とんぼ飛び交うロータリー 本田ひとみ
天の川母よ何かを濯いでますか 松本勇二
立ち続けるさるすべりって筋肉質 村上友子
銀漢やシュワッと炭酸水で割る 望月士郎
岡田奈々 選
棟梁の隠し部屋あり濃紫陽花 石川青狼
○露の世の生は仮縫い死してなお 伊藤道郎
胸中にひとつ炎暑の石がある 榎本祐子
○切株が居ならぶ夏野幻肢痛 尾形ゆきお
重力の秘めごとゆるび露けしや 川田由美子
はだかにパンツかっぱのご馳走は少年 黒岡洋子
みぞおちにたまりやすきは秋の雨 こしのゆみこ
月光のかひなを辿るくわんぜおん 小西瞬夏
頬杖の秋の澄むまで待つてをり 三枝みずほ
少年の斜面夕焼が赫すぎる 白石司子
○心音を紛れこませる夏落葉 鱸久子
天翔けてみたき奥伊勢青嵐 樽谷宗寬
○祈りとは林檎の芯に蜜満つる 月野ぽぽな
虹の根つこよ未来圏の風穴よ 野﨑憲子
○土で汚れた手こそ夏雲と釣りあう 藤野武
長き夜や切り取り線で彷徨いて 保子進
○普通ってこわい檸檬ぎゅっとしぼる 増田暁子
ゴールは決めない野いちごの道しるべ 松本千花
髪洗うやわらかな身投げのよう 室田洋子
○八月の大きな木の根みんな居た 横地かをる
鈴木修一 選
もろもろの根を引きずりて晩夏光 有馬育代
○天の川氾濫となり村睡る 石川青狼
○露の世の生は仮縫い死してなお 伊藤道郎
捨てられぬ物積み上がる年の暮 宇川啓子
絮吹かれさびしいたんぽぽ売地です 榎本愛子
凌霄花ともし火として家朽ちる 榎本祐子
病葉を拾い仕上げの完となす 大西宣子
向日葵が机に向かう二学期来 岡田奈々
他人より遠いちちはは盆の家 加藤昭子
古米だの古古米だのと終戦忌 黒済泰子
とうもろこしちょっと手強い弟だ 後藤雅文
影法師の心臓はここ敗戦日 三枝みずほ
逃避行なれど忘我の大夕焼け 滝澤泰斗
いっぱい泣いてわかるくだものの形 竹本仰
胃には鯉心の糧に緋鯉飼う 董振華
長生きは今どの辺りうろこ雲 丹生千賀
冷房難民図書館員の狐目 日高玲
○普通ってこわい檸檬ぎゅっとしぼる 増田暁子
この夏があの夏となり広島忌 柳生正名
○八月の大きな木の根みんな居た 横地かをる
新野祐子 選
老いの無念さ展げればいわし雲 伊藤道郎
マングローブと砲火の記憶遠花火 榎本愛子
花咲爺のつもり官邸に汚染土撒き 大久保正義
夕かなかな廃炉の影の濃くありぬ 大西健司
萎んで行く結いの慣わし稲の花 加藤昭子
人襲う旱魃の熊万物流転 小松よしはる
○心音を紛れこませる夏落葉 鱸久子
そのうち虫の音と記されさう玉音 すずき穂波
○天高し漏電のように熊が来る 十河宣洋
せっかちを追い出すように蟻の道 高木水志
沖縄勝ってなぜか安堵の輪の中に 滝澤泰斗
アオバトが鳴く小林多喜二生家跡 たけなか華那
書を捨てよ草雲雀鳴く尼寺へ 並木邑人
八月がゆくむらむらと影法師 野﨑憲子
茶毒蛾の産卵の音して不眠 日高玲
問いかける波の饒舌敗戦日 藤田敦子
○土で汚れた手こそ夏雲と釣りあう 藤野武
蝶止まる私の幸運の付箋 北條貢司
鼻濁音のきれいな日本語秋うらら 村松喜代
水澄めり傷という傷沈めては 嶺岸さとし
◆海原集〈好作三十句〉宮崎斗士・抄出
子らと驢馬追いし記憶やガザ残照 秋枝ゆう兒
膵臓の匂ひの夜明け黄落期和緒玲子
ミーティングシイタケシメジツキヨタケ井手ひとみ
ドロップの缶の無音や開戦日 上田輝子
曼珠沙華記憶の蓋をしっかりと 上野恵理
ゆらゆら人いて熊いて紅葉 遠藤路子
十本のピンの整列去年今年 大渕久幸
挿してより野菊の花となりにけり 廉谷展良
行きすぎて振り向く猫や帰り花 神谷邦男
たった今別れてきたの秋の蝶 亀田りんりん
電柱に「探しています」寒夕焼 花舎薫
つゆくさや道草して来たやうな眸 北川コト
時雨るるや職質受くる縄文人 木村寛伸
靴先に詩魂の生まる落葉かな 工藤篁子
木枯や少子化乗せて往く列車 齊藤邦彦
てにをはに弄ばれて茨の実 宙のふう
恙無くと書いて筆置く今朝の冬 谷川かつゑ
日の短か我が残すもの詩より無し 津野丘陽
落し物係の婦警笑む小春 藤玲人
鳴りやまぬ耳と居て部屋じゅう月夜 中尾よしこ
秋しぐれ時が薬となりにけり 灘谷美佐子
あまた熊撃てとは地球 わが故郷 福井明子
年歩む実家の書架に全巻あり 福田博之
鉛筆に残る「賞」の字いわし雲 松岡早苗
雪の下に暮す清貧の生き物たち 松﨑あきら
擦りむいて泣く子に笑う油蝉 松本美智子
秋夕焼呑まれた街から抜けられず 三嶋裕女
柿たわわ犬にも笑顔あるといふ 向井麻代
千の手の打つ手つつむ手石蕗の花 向田久美子
枯葉踏むコーンフレーク食むごとく 路志田美子


