◆No.75 目次

◆海原愛句十句(11月合併号の全同人作品より選出)
伊藤淳子 選
白南風や故郷に君の三輪車 河原珠美
聞こえない耳に海鳴り慰霊の日 黒済泰子
火薬庫のしづけさ麦の波青し 小西瞬夏
はつなつの水切りの石沈みゆく 佐孝石画
ねじれ花少しのことで疲れ果て 篠田悦子
私へ戻りゆくとき月白し 白石司子
AIかるく喋るよ黒い雨の夏 高木一惠
エールとはひたに飛び交う燕の子 本田ひとみ
熊蜂は直線 羽音曲線 マブソン青眼
恐るべき君らの昭和浮いて来い 柳生正名
若森京子 選
炎暑かな星空列車にゆられたい 太田順子
紫陽花の全感情を演じきり 片岡秀樹
ノウゼンカズラ未来志向か眼前か 董振華
「気分はよい、闇」という絵蟬生る 新野祐子
油蝉背中を満たす綺麗な水 仁田脇一石
まだこの世欲張らずとも螢ふゆ 藤盛和子
存在のグレーは気質白玉浮く 三浦静佳
冷水シャワーざんざ一切つまびらか 三世川浩司
風まかせの南瓜の受粉わが老後 嶺岸さとし
さくらんぼ無知の安らぎ噛みしめる 横田和子
◆海原秀句 同人各集より
堀之内長一●抄出
自筆遺言書にシャチハタ良夜なり 綾田節子
シーツの皺なかったことに彼岸花 有馬育代
いわし雲有給休暇取得義務 泉陽太郎
その闇の一部を削る夜勤かな 市原正直
冷えるもの皆片付けて一人住む 伊藤歩
我武者羅でありたき夕べ秋刀魚焼く 伊藤幸
桎梏やみしみしと噛む蛸の足 榎本祐子
簡単だから嬉しい里芋の煮ころがし 大髙洋子
萩の家受け継ぐものの一つに蛇 奥山和子
冬銀河あなたの収集切手貼る 柏原喜久恵
月光の硬度は愛が斬れるほど 片岡秀樹
蚊帳に入るこつを教えてあげようか 河西志帆
やつと自分らしい輪が描けて花野 木下ようこ
かさと来てこそと飛びさる小鳥かな 菅原春み
かそけくも反戦烏瓜の花 鱸久子
抱き合うて夫に尿瓶や遠花火 高木一惠
物指しに妣の旧姓白芙蓉 竹田昭江
牛蒡引くきのうのページまでもどる 鳥山由貴子
うつくしき竜頭をまわす野分雲 ナカムラ薫
水中花淋しい青年ジャブ効かす 新田幸子
誰を待つでもなくて新米研いでいる 丹生千賀
鳥渡る瘡蓋のごと休耕地 根本菜穂子
遠山の光納めて蕎麦の花 平田恒子
秋深し探さなくてもある自分 福岡日向子
煮崩れる夕顔さびしき哺乳類 藤野武
すっぴんの梅干し探す秋高し 三浦二三子
微熱しんしんサッシにたまる金木犀 三世川浩司
時の日や蟻の一日胡獱の一日 森由美子
朝刊とウクライナ蜂蜜御の字か 森田高司
戦あるに夜長を守宮と見つめ合う 夜基津吐虫
野﨑憲子●抄出
ドングリコロリヒグマ警報注意報 石川青狼
ガザの空いっぱいに飛べ赤とんぼ 伊藤巌
城壁の石に里あり星月夜 江良修
髭づらの君にまた恋秋海棠 大池桜子
縄文の石の沈黙賢治の忌 尾形ゆきお
萩の家受け継ぐものの一つに蛇 奥山和子
満蒙開拓団の扉開くナナホシテントウムシ 河田清峰
つまさきのやわらかくなる夕花野 小林育子
「確かに」が口癖の娘ら木の実落つ 佐藤詠子
日本海ぐらり傾け山車曲がる 佐藤二千六
戦火なき地球を祈りかぼちゃ煮る 重松敬子
風鈴も猫も夕べの風を待ち 篠田悦子
神無月呵々と霊峰富士呵々と 鈴木孝信
見えぬもの想ふ八月いのちの木 高木一惠
猿と焼きお握り食べて歯磨く 豊原清明
誰そ彼や耳の震える酔芙蓉 中内亮玄
うつくしき竜頭をまわす野分雲 ナカムラ薫
連れ合いに負けぬ兵法走り蕎麦 並木邑人
満席の「国宝」出れば十三夜 新野祐子
笑い出す過去の置物春来たる 野口思づゑ
どうしても葡萄になれずに飛んでいる 服部修一
ハマゴウ茫々ごつごつの波頭 疋田恵美子
とても遠い日があった藪蘭のむらさき 平田薫
蛇穴にやがて反転する未来 藤田敦子
秋日吸うぞんぶんに吸うトンボ無数 本田日出登
笑いすぎです狗尾草も叔母さんも 本田ひとみ
禿頭や生きて笑って菌生え 松本勇二
大花野その一隅にジャズ一団 茂里美絵
山ヤッホー海バカヤロー秋深し 柳生正名
秋惜しむ雲の化石をポケットに 山本まさゆき
◆武蔵野抄75 安西篤
秋の夜の機織る弦楽四重奏
今年米磨ぎし男が妙に明るい
失いし言の葉一つ鳥雲に
腰痛む日がなひぐらしすさまじき
秋なれや遊びやせんと仮想空間
◆雑雑抄75 武田伸一
地に還る紅葉なりけり卒寿なり
目標は生きてあること星月夜
十年来一日二食秋深む
生身霊大谷のほか無関心
敵無しの余命に釣瓶落としかな
◆一翳抄7 堀之内長一
漆黒を抱えて熊の黙示録
熊たちの生活圏にも雪来るか
まんさく黄葉童女に一枚のはがき
銀杏落葉ひと日の次もまたひと日
白鳥来白寿の人のかたわらに 鱸久子氏を寿ぐ
◆たづくり抄7 宮崎斗士
朝刊のような眩しさギンヤンマ
長き夜のほら言い訳になってゆく
老父ひとり職業欄に案山子と書く
良夜かな微かな羽音して老母
水底で光るスマホもリュウジの忌
◆金子兜太 私の一句
十分前朧の街を歩いていた 兜太
「海程」入会の後、テレビ番組「俳句王国」での兜太先生の講評が大好きでした。それまでとは違った俳句の魅力、生きた言葉でつくる俳句の楽しさが見えてきて、わくわくしたのを覚えています。これは、そのテレビ句会の兼題「朧」の回で、最高点だった先生の句です。季語の捉え方が新鮮、「古き良きものに現代を生かす」を、今思い出しています。句集『日常』(平成21年)より。伊藤歩
陽の柔わら歩ききれない遠い家 兜太
最晩年の句。少し陽が陰ってきたオレンジ色の空に少年のもどかしげなシルエットが浮かぶ。一家の長、結社の主宰、俳句界のみならず社会的に重鎮であった先生が、中井久夫の言う「心の産毛」を持つ少年に戻ったような姿だ。何の力みのない面に触れられた。遠い家とは、そして何を求めていたのだろうか。いろいろ想像してしまう。初心な先生の内面が伝わってくる句だと思う。句集『百年』(2019年)より。田中怜子
◆共鳴20句〈11月合併号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句
市原正直 選
安全な冷房に居り爆心地 石川まゆみ
梅雨明ける生きざまは自尊心ばかり 井上俊一
明易し写楽は無呼吸症候群 榎本愛子
初夏の海岸腹式呼吸する 大沢輝一
夏草を刈るエンジンは兄の音 小野正子
試作品水平に持ち風光る 小野裕三
ワンルームマンション甘藍持て余す 片岡秀樹
火薬庫のしづけさ麦の波青し 小西瞬夏
まだ早い搭乗口に鳥曇 小松敦
親指は元気仕返しやめておく 三枝みずほ
陽炎のこちら側だけ色褪せる 佐孝石画
舌の根の動きはじめる帆立貝 十河宣洋
母病みて今年の夏は分厚いと 竹田昭江
設問A解かずにはぐら瓜伸びる 並木邑人
遠足の前後真ん中目が光る 野口佐稔
熱帯夜中心線がずれている 増田暁子
冬日向ベートーヴェンのデスマスク 松本悦子
大花火真下のまなこみなピカソ 茂里美絵
鳥巣立つ壁に画鋲の残りけり 矢野二十四
○吾が影の別の人生そっと踏む 夜基津吐虫
岡田奈々 選
万博よファスナーのごと結ぶ世界平和 阿久沢長道
紫陽花に無数の告白オパールに 伊藤清雄
夜汽車とは石のぬくもり晩夏光 伊藤道郎
玉葱の傷む時間を見ておりぬ 榎本祐子
半夏生色づくまでの一刹那 大西政司
やさしさは聞こえぬ方の耳へ蟬 奥山和子
トマト食む青虫見せに来る女 河田清峰
えごの実にさらに小さく我等いる 川田由美子
驟雨という清い血管が通る 佐孝石画
冬瓜は威張らないし頑張らない 草みさを
二人して夏野の果で揮発する 十河宣洋
ちょっぴりのさすらいごころ陽炎と 高木水志
寝たきりの吾がしも拭う蝶々かな 豊原清明
花過ぎの繃帯ホチキスで止める 鳥山由貴子
星涼しだんだん見えてくるほくろ 福岡日向子
どくだみのけろりと白を押し通す 松本千花
風まかせの南瓜の受粉わが老後 嶺岸さとし
半夏生我のト書きを書き直す 村井隆行
涼風のように流す今日の繰り言 森武晴美
凌霄花日ごと不埒になりゆけり 矢野二十四
鈴木修一 選
画素数の粗い女よ半夏雨 綾田節子
晩夏かな母子像のある交差点 大池美木
額の汗語らぬ誇りひとつあり 大西恵美子
教え子の継ぎし札所や山滴る 小野千秋
雛の眼をしてなぜ僕に嘘をつく 小野裕三
匿名の悪意熱帯魚の飽和 片岡秀樹
背泳ぎで北へ向かっているところ 河西志帆
手で払ひ落とされた夜のアマリリス 木下ようこ
君はなぜ夏は必ず問いかける 近藤亜沙美
責任と責任者の間涼風が 佐々木昇一
朝焼や頑張る気持長からず 篠田悦子
ちぐはぐな日よ寄居虫鋏かざし 白石司子
異を唱へつつ違を称ふ雲の峰 鈴木孝信
ずぶ濡れのふたりでいましょうパリー祭 たけなか華那
夏月をぎゅっと搾って鱧きゅうり 藤野武
○蕊切って百合の世界を踏みにじる 船越みよ
大夕立四番サードになれぬまま 松本勇二
木椅子切り株坐れば虹に恋してしまう 村上友子
白南風や母という字は舟に似て 望月士郎
○吾が影の別の人生そっと踏む 夜基津吐虫
新野祐子 選
搾りだす突起のいたみ天の川 有馬育代
落椿思案の形で落ちるかな 有村王志
蚊遣香うず巻状のスキャンダル 石田せ江子
西日さす自信のうらのわたぼこり 泉陽太郎
日日草頁の中だけの一日 伊藤清雄
凌霄咲く救恤院に瀕死のポー 尾形ゆきお
紫陽花の全感情を演じきり 片岡秀樹
羅生門蚊が来て戦の血を吸えり 竹本仰
ちぎり絵のごと雲流る今日参院投票日 田中怜子
七夕や地に不発弾天空にオスプレイ 仲村トヨ子
蚊の声をラの音と知り鳴いてみる 中村道子
炎天や阿修羅のごとく眉を寄せ 根本菜穂子
水芭蕉傷つく為に心ある 長谷川阿以
○蕊切って百合の世界を踏みにじる 船越みよ
落とし文真実を避け過ぎたのか 保子進
転向の文学死語に晩夏光 武藤幹
蚊は蚊ほどの軽さで今日を生ききった 村上友子
井戸端のトマトと言うだけで旨い 村本なずな
危うきはなべて美し誘蛾灯 森由美子
辺野古埋め立てジュゴンの帰る海が無い 夜基津吐虫
◆海原集〈好作三十句〉宮崎斗士・抄出
平和像しずかに濡らし秋の雨 秋枝ゆう兒
定型の詫び状栗が爆ぜてゐる 和緒玲子
今生に母と妹信濃柿 有栖川蘭子
あの頃の肌はつるつるネクタリン 石口光子
深夜帰宅花瓶に傾ぐ吾亦紅 伊藤治美
卵ポン割れば双子や天高し 植松まめ
B面を猫と聞いてる夜長かな 遠藤路子
七竈「悪」と「悪事」の違いあり 大渕久幸
どんぐりや平凡といふ粒揃ひ 岡田ミツヒロ
コスモスや姉ふつと母の貌になる 小野地香
「おじいちゃん」と呼ばれ信号初時雨 神谷邦男
追ってくる影に差しだす秋日傘 北川コト
きのふまで家族だつたと木の実落つ 木村寛伸
ガザの子の涙で月は満ちている 小林文子
霧深し昔ラジオの尋ね人 佐竹佐介
10ワットの灯の影怖し萩の夜 塩野正春
いい夜だねと亡夫満月の裏側に 宙のふう
みんな夢皿をはみ出る大秋刀魚 谷川かつゑ
ランウェイをつい小走りの鶫かな 藤玲人
石のベンチ枯葉いちまい歩かねば 中尾よしこ
蓑虫や合法カジノ大阪に 福田博之
八月の海を見ている喉仏 松岡早苗
妻の替りに朝のあれこれ新豆腐 松﨑あきら
御辞儀草無人店舗に餃子売る 松本直子
取り替えるのはいつも私ね冬薔薇 松本美智子
産土の傷口共に柘榴割る 三嶋裕女
天狗茸断捨離代行始めます 峰尾大介
傷癒えて一匙の粥秋の虹 向田久美子
病む膝に欲し空蝉の足力 森美代
饐飯に謝る吾や日本人 路志田美子


