『海原』No.74(2025/12/1発行)

◆No.74 目次

◆海原愛句十句(10月合併号の全同人作品より選出)

武田伸一 選
余命告げ右肩を上げ炎天へ 石川義倫
夏草を踏んでひとりになりにゆく かさいともこ
代田さざなみたっぷりと村老いて 加藤昭子
グループの端っこにいるすずしさよ こしのゆみこ
背をさするあなたの夏野呼び起こす 三枝みずほ
どくだみを摘んで暗中模索かな 佐藤二千六
熊ん蜂俺は世界のトランプぞ 志田すずめ
老農が放棄地にらむ半夏生 野口佐稔
若葉燃ゆ生きた出会った皆に感謝 疋田恵美子
新しいノートに「私」と書いて夏 藤野武

山中葛子 選
暴力的忘却からすうりに花 榎本祐子
ながら族ながら珈琲白あじさい 大髙洋子
遠き目をして大阪ジゴロ走り梅雨 大西健司
夏の鶏古古古古米盗らないで 川崎千鶴子
蛍かご提げているのは兄の影 河西志帆
誰も知らないゆふべのゆりの木の花がら 木下ようこ
国芳の巨大な蟇を世に放つ 小林育子
天空に石蹴る余生ソバの花 佐藤紀生子
まさに蕎麦なじみの花の秩父かな 鈴木孝信
蝙蝠蘭満たすわたくしという虚構 鳥山由貴子

◆海原秀句 同人各集より

安西篤●抄出

一行きりの尚々書きあり彼岸花 石橋いろり
八十年 八月はいつも新しく 伊藤巌
アキアカネ単騎で向かう風の道 大西政司
薔薇園に棘の増えゆく熱帯夜 桂凜火
遺言の「生き切れ」に埋火起こす 川崎千鶴子
棚経の後の素麺すする黙 河田清峰
ひぐらしに兄をひとつぶ置いてきた 河西志帆
夏星と散りたいやうな小さな町 木下ようこ
夕かなかなやっと日本にいる心地 日下若名
一日の髪解く白花曼殊沙華 小西瞬夏
つまさきのやわらかくなる夕花野 小林育子
日照り雨街中の発掘現場 小松敦
単線路おいてけぼりの雲といる 佐孝石画
ねこじゃらし饒舌な人の後ろから 佐藤詠子
カムチャッカから津波来たりし旱かな 篠田悦子
走り出す子をひまわりの声囲む 鈴木修一
ガザの夏満蒙の夏重なりぬ 滝澤泰斗
戦あり星流れても流れても 月野ぽぽな
若者のヤバイが刺さる大花野 野口佐稔
春よ来いそろそろ積み木崩したい 野口思づゑ
八月の影法師どこをどう曲がつても 野﨑憲子
秋の蝶ひと恋う息が続かない 日高玲
語ることなかりし人の原爆忌 平田恒子
問いかける波の饒舌敗戦日 藤田敦子
きっかけは予鈴のような蝉時雨 松本千花
苦瓜のフェンスのうしろ無言劇 三好つや子
髪洗うやわらかな身投げのよう 室田洋子
ツキヨタケ仮設住宅あった場所 望月士郎
手花火の短く燃えて父の顔 矢野二十四
白粉花鼻歌のような言い訳 横田和子

野﨑憲子●抄出

熱帯夜ド派手に忌野清志郎 綾田節子
風格のこの山国の冷奴 有村王志
ひっそりと夜半の水辺を帰る山車 石川義倫
一秒で一段降りる爆心地 石川まゆみ
天神さま抜ければとんぼの國に入る 石橋いろり
酷暑にも負けず飛び散れ墨の精 漆原義典
胸中にひとつ炎暑の石がある 榎本祐子
爆撃機鉄漿蜻蛉羽化最中 大沢輝一
極上の暑さ極上の耽読 岡田奈々
夏旅のどこかに顔を置いてくる 小野裕三
ほっとして生きようえのころ草の揺れ 川田由美子
暗闇にピカソの目玉原爆忌 白石司子
赤まんまままごとの夫戦場へ 菅原春み
海の夕焼けババヘラの影を置き 鈴木修一
そのうち虫の音と記されさう玉音 すずき穂波
伐られるはずの公孫樹百本黄落す 芹沢愛子
天高し漏電のように熊が来る 十河宣洋
吾三十入道雲に急かされる 高木水志
ガザの夏満蒙の夏重なりぬ 滝澤泰斗
茄子の花君には挽歌など要らぬ 田中信克
戦あり星流れても流れても 月野ぽぽな
傍らに日々の荷置きて秋遍路 董振華
蜘蛛の巣の雨うつくしき配線図 鳥山由貴子
恋文を折り畳むように朝顔 堀真知子
普通ってこわい檸檬ぎゅっとしぼる 増田暁子
くうかんをじかんにかえるくらげ マブソン青眼
定型をはずす生き方放屁虫 村井隆行
ちいさな夜おおきな彼の世虫時雨 望月士郎
かまつかや山ン姥ぞ哭くひょんひょん 山本掌
八月の大きな木の根みんな居た 横地かをる

◆武蔵野抄74 安西篤
藍染に染むらのある残暑かな
半顔のケロイドに笑み原爆忌
柚子の香に母と祖母の香混じりおり
故郷に縁者も絶えし魂祭
田端義夫ばたやんの「波の背の背に」秋が来る

◆雑雑抄74 武田伸一
青森港北へ行く貨車連結す
鶴帰る右はならなる石碑見て
山脈の大きな釣瓶落としかな
秋の雲町に似合わぬアーケード
秋深し日本霊異記のごと妹は

◆一翳抄6 堀之内長一
草屋根のあれば必ず赤とんぼ
夜寒朝寒実験動物飼育棟
熊を撃つ熊を撃てとや冬旱
酔芙蓉いつしか根無し言溜まり
月白の根なし草デラシネとしてわが歩む

◆たづくり抄6 宮崎斗士
君の死後青葉のこんなにも硝子
出せぬまま白蟻増えてゆく恋文
「今後ともしゃくとり虫で」金婚式
きっかけは古書店でした茄子の花
別室のわたしを呼びにいく夜長

◆金子兜太 私の一句

つばな抱く朗朗ろうろうと馬がくる 兜太

 第十五回海程会賞を受賞した折に金子先生よりこの句の色紙を頂きました。午年生まれで馬好きの私は大感激でした。娘という定点へ朗朗と近づいて来る馬。茅花の穂先や鬣はさらさらと風に流れ、ふたつの存在のみの広がりのある映像。時にはこの映像に月光を降らせたりして、勝手に楽しんだりもしています。句集『詩經國風』(昭和60年)より。榎本祐子

人体冷えて東北白い花盛り 兜太

 名古屋での現代俳句大会の折、大会後の懇親会でのこと、どこのテーブルにつこうかと回っておられ、「おー、ここにしよう!」と。なんと私達のテーブルに! 知らない顔ばかりだからと……。兜太先生の懐の広さを感じました。以来、どこの会場に行っても分け隔てのない態度に敬服するばかりです。掲句は東北へ旅した時の「白い花盛り」が浮かんできます。句集『蜿蜿』(昭和43年)より。松田英子

◆共鳴20句〈10月合併号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句

石川まゆみ 選
蛇わらふ顎外れちまつたまま 有馬育代
砥石に窪み家守いつもの窓 井上俊子
縄文人も鹿食べる頃春夕べ 植竹利江
出てこない言葉と俳句ボケ茄子 川崎益太郎
青葉光罰するように捨てし物 河原珠美
天婦羅屋鰻屋蕎麦屋武者飾 齊藤しじみ
夏の雲君は兵士に向いてない 佐々木宏
広島行きフェリー出航白あじさい 新宅美佐子
白玉や少子化女性のせいですか 芹沢愛子
外つ国のイクサ「イマジン」刺さる夜 草みさを
忘れられたこと忘れておりし泰山木 髙尾久子
ごきぶりは我が家の秘密知っている 峠谷清広
花じゃがいもしっかり待てば子は育つ 中村晋
○俺一家便秘しらずの鯉のぼり 西美惠子
夏草に潜み釣り人鰓呼吸 野口佐稔
タクシーを降りる骨壷青しぐれ 日高玲
○手を洗うときの真顔やゆすらうめ 松本勇二
今日やはり酔ふことに決め草の絮 水野真由美
お悔みの言いかた金魚の掬いかた 望月士郎
薫風や自転車「あざす」とかけ抜ける 森武晴美

伊藤幸 選
ことごとく怒涛でで虫眺むもの 有馬育代
○置き傘一本思想のごとし無人駅 有村王志
金蚉の力宇宙の金属音 伊藤清雄
緑蔭にいる所詮俺は傍観者 井上俊一
とき流れるって春の愁いとそれに時 大沢輝一
鼬雲ハッキリさせてどうするの 大西政司
どくだみ草触れてはならないことに触れ 奥山和子
うす闇の水際夜叉めく籐寝椅子 桂凜火
水を打つ血縁の石になるまで 河西志帆
戻り梅雨詫び状書くには字がへぼで 楠井収
青々と麦父親リストという言葉 黒岡洋子
公衆電話パピパピ雲雀へかけている 後藤雅文
わたしってときどきカバになりたい夏 小林ろば
○青空の全問正解立葵 小松敦
「苦海浄土」いまや蛍もヒメタツも 小松よしはる
いんげんに口笛青葉木菟にコーヒーを 十河宣洋
暗夜無限カエルのこえのらせん マブソン青眼
逡巡が脱げないダボダボTシャツ 三好つや子
早苗田やわたくし地球の間借り人 森武晴美
藤の花母への悔いがまだ揺れる 森由美子

大西政司 選
春風になるときめてる妻のシャツ 大沢輝一
絵空事の停戦どくだみが匂うよ 大西健司
米不足夏の田の神そっぽ向く 川崎益太郎
宙に吊る私の巣箱かやつり草 川田由美子
六月の兄の炬燵を畳みけり 河西志帆
ミントティ冷めて緑夜の溢れだす 河原珠美
天上に還ろうとして草蛍 小池弘子
箱庭を紐でくくって持ってゆく こしのゆみこ
白梅の声裏返る夜明けかな 佐孝石画
持て余す玉葱ほどの癇癪玉 篠田悦子
繭煮る香籠もりし家に生まれけり 鱸久子
舌鋒が差しこんでくる薄暑かな 十河宣洋
あぢさゐの残滓のごとき夢寐ありて 田中亜美
呟きがホントの言葉花万朶 中内亮玄
夕べ夏潮親指を置いてみる 野﨑憲子
聞く耳も利く耳もありねぎぼうず 服部修一
新しいノートに「私」と書いて夏 藤野武
青梅雨や生家やさしく朽ちてゆく 本田ひとみ
○手を洗うときの真顔やゆすらうめ 松本勇二
君が代のひとつ字余りひまはり黄 柳生正名

望月士郎 選
○置き傘一本思想のごとし無人駅 有村王志
暴力的忘却からすうりに花 榎本祐子
未草彼女はきれいに定規を当てる 小野裕三
ひよめきを撫でさびしらの青葉風 桂凜火
のほほんとカンカン帽で文庫本 北上正枝
眼鏡かけどくだみを嗅ぐ長女として 木下ようこ
ラムネから草間彌生が出るわでるわ 黒岡洋子
紐引くと国の壊れる薄暑かな こしのゆみこ
男女共同参画男郎花女郎花 小西瞬夏
今日は負けぬ日給湯室の花菖蒲 小林育子
○青空の全問正解立葵 小松敦
眠る子やこの青空の裏表 佐孝石画
花なずな調弦の音聞こえます 芹沢愛子
紫陽花や雨音そっと色足して 董振華
水海月眠らせガラスの月球儀 鳥山由貴子
○俺一家便秘しらずの鯉のぼり 西美惠子
麦秋を逃げるユニクロМの男 松本千花
ゆるやかにくずし字となり黒揚羽 村井隆行
雪柳はらはら墓にふる言葉 室田洋子
六月のK氏の署名サイン鏡文字 山本掌

◆海原集〈好作三十句〉堀之内長一・抄出

木乃伊展出でてサイダー飲み干しぬ 和緒玲子
木槿咲くしゃべりたおした生なりき 有栖川蘭子
葡萄酒醸す為せばなるのか吾を醸す 飯塚真弓
のうぜんかずらまだ温もりの骨拾う 石口光子
新しき地蔵の顔や秋の蝶 上野恵理
いちじくや胎のかたちをてのひらに 植松まめ
釣瓶落し何事もなかったかのように 遠藤路子
ペンネームはさざなみ健児小鳥来る 大渕久幸
月のぼる息止まるほど山近し 小野地香
負けるが勝ちそんな男の心太 神谷邦男
草の実や校舎の裏の弓道場 亀田りんりん
引き出しに悔いの抜け殻虫しぐれ 花舎薫
籐椅子は髑髏のやうに風の庭 北川コト
八月ノ椅子ノ向キダケ変ヘテヲク 木村寛伸
新涼や古古米白く炊き上がり 工藤篁子
八月や煙管煙草の祖父逝きて 小林文子
羽化遂げし人の脱け殻星月夜 佐竹佐介
リハビリは四の字固めか花茨 塩野正春
湯上がりの赤子のごとき桃を選る 島村典子
シュレッダー秋思の紙の匂いけり 宙のふう
晩秋の爪鼻毛よく伸びており 谷川かつゑ
秋暑し面倒くさい目蓋だな 藤玲人
八月のバキュームカーの止まる家 中村きみどり
向日葵や老いて封じる自嘲癖 松岡早苗
青葉の道真っ直ぐばかりという試練 松﨑あきら
白露のとけるまでしか愛せない 三嶋裕女
ツクツクシ求めていない長さかな 峰尾大介
天高し深き呼吸を日課とす 向井麻代
亀脱走沼に眩しき盆の月 向田久美子
蚊遣火や狙われやすき腫れ瞼 路志田美子

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