◆No.72 目次

◆海原愛句十句(9月合併号の全同人作品より選出)
武田伸一 選
頭陀袋からはみ出す言葉修司の忌 安藤久美子
娘の志向はカタカナ職業フリージア 楠井収
菜の花よいまを戦前にしてならぬ 佐藤二千六
「ん」という字習う子の声のどけしや 高木水志
あぁ美味しい桜に人が埋まっている 竹本仰
きょう心乱れれんぎょうゆきやなぎ 鳥山由貴子
桐の花人に獣の臭いして ナカムラ薫
地のわれらに新じゃが地球に新教皇 中村晋
奥入瀬の新緑身の内の清流 船越みよ
ぼうたんの白の夜な夜な白おもふ 望月士郎
山中葛子 選
八十を逆行している春の妻 大沢輝一
養花天うしろに母がいるような 黒岡洋子
鶏をつぶして暗き春夕べ 小池弘子
夜の新樹眠る瞬間まで話す 小松敦
地球儀にしがみついてる銀蠅ぞ 佐藤詠子
「ん」という字習う子の声のどけしや 高木水志
空は大画面真夏を上映中 月野ぽぽな
紅枝垂桜コメントは簡潔に 遠山郁好
バーベキュウロッジ煌めく若葉かな 疋田恵美子
トラウマが一つ消えゆくハンモック 渡辺厳太郎
◆海原秀句 同人各集より
安西篤●抄出
故里や活断層に実る茄子 赤崎冬生
墓仕舞い終え水無月の八ヶ岳 伊藤巌
死顔はお嫁さんのよう四葩風 伊藤幸
サングラスとって八方美人かな 大池桜子
新樹光林の道のバーコード 大沢輝一
教え子の継ぎし札所や山滴る 小野千秋
口癖は戒名いらぬ冷奴 河西志帆
三伏やあくびするのに身を反らす 北上正枝
火取虫いるのかもあの手捌きは 楠井収
聞こえない耳に耳鳴り慰霊の日 黒済泰子
火薬庫のしづけさ麦の波青し 小西瞬夏
郭公に告げ口されたよう電話 佐藤詠子
無患子の緑陰なせり夫亡き後 篠田悦子
浮いて来い古米古古米古古古米 すずき穂波
AIかるく喋るよ黒い雨の夏 高木一惠
鶏頭の焼尽ありぬ霜の朝 田中亜美
後宮の昏きに凌霄花たわわ 月野ぽぽな
新樹光硝子のような汗をかき 中内亮玄
被爆を撮り被爆死を撮り被曝した 中村晋
箱庭の井戸より江戸の水汲みて 日高玲
泥んこ大賞あげます田植の子 船越みよ
エールとはひたに飛び交う燕の子 本田ひとみ
闇に走るツーと蛍の草書体 増田暁子
月の座のハープの奏者かへり来ず 水野真由美
蟻の道辿っておりぬ考古学 三好つや子
父の日や懐中時計の蓋開ける 武藤幹
白南風や母という字は舟に似て 望月士郎
桜桃忌亡夫の兵児帯捨てられず 森由美子
恐るべき君らの昭和浮いてこい 柳生正名
神経回路ときどきゆれる夏あざみ 横地かをる
野﨑憲子●抄出
しわくちゃのシャツにアイロン沖縄忌 伊藤幸
分水嶺螢の匂う地蔵堂 大西健司
それぞれの火のかたちして慰霊の日 桂凜火
口癖は戒名いらぬ冷奴 河西志帆
朱夏深く埋めし遺品わだつみよ 河原珠美
火薬庫のしづけさ麦の波青し 小西瞬夏
来た道を探して戻る夏の空 小松敦
太陽のはにかんでいる僕らの夏 近藤亜沙美
浮世絵の中に避暑地を探しけり 齊藤しじみ
打水のばつさりわたし斬るごとし 三枝みずほ
はつなつの水切りの石沈みゆく 佐孝石画
浮巣です彼女は幼なじみです 佐々木宏
万葉仮名読めぬ口惜しさ山椒魚 鱸久子
浮いて来い古米古古米古古古米 すずき穂波
AIかるく喋るよ黒い雨の夏 高木一惠
溢れるもの余生というか夏の蝶 竹本仰
この土も焦土なりしか からあゐ 田中亜美
逝く猫の緑眼どこまでも深くあり 田中怜子
大夏野風神と舞ふ旅役者 樽谷宗寬
尾鰭ふりつつ短夜に眠り落つ 月野ぽぽな
仮の世の仮説のごとく蛸サラダ 遠山郁好
踏まれる蟻尊き犠牲などはなし 中村晋
星に美しき雷光一つ人類忌 藤野武
アメンボの影川底に五点 マブソン青眼
かなぶん飛んだ暗闇がくしゃみした 三好つや子
木椅子切り株坐れば虹に恋してしまう 村上友子
白南風や食べて笑ってよく眠る 室田洋子
みどり夜に寝て爬虫類のひんやり 柳生正名
トランプ切る蜃気楼出す大見得 山下一夫
辺野古埋め立てジュゴンの帰る海が無い 夜基津吐虫
◆武蔵野抄73 安西篤
原爆忌光の中の弱法師
八月の叫喚の貨車黙の貨車
理由ありの一本の紐虎が雨
沙羅の花湖風に乗り母の忌来
短夜の過ぎゆく余生寝ねがたき
◆雑雑抄73 武田伸一
盆に死す子や隠れんぼの鬼のまま
一人寝る火祭りの熱抱き帰り
蟻地獄風に捕われている吾に
麻殻焚く父の齢を遥かにし
終り近き日々を生きおり獺祭忌
◆一翳抄5 堀之内長一
さるすべり姉弟に日のしぶき
燕帰る燕見ぬ日々われにあり
赤まんま異土の乞食となるもよし
風羅坊水澄む異郷さすらえり
秋刀魚焼く煙の出ない台所
◆たづくり抄5 宮崎斗士
夜の羽蟻ひとこと言いたそう遺影
草笛がふと詫び状となる故郷
給付か減税かあめんぼかががんぼか
箱庭の亡父小さくても威張る
切り株と話す老人八月とは
◆金子兜太 私の一句
舞うごとし萩の寺いま夕暮れて 兜太
平成30年のご逝去された年の秋、長瀞町主催の七草寺巡り(洞昌院萩寺)でこの俳句と出会った。「いま夕暮れて」の何気ない「いま」に感動した。このおり、〈萩寺の兜太の句碑や雲ひとつ〉の句で長瀞町教育長賞を頂き元気になった。私は埼玉新聞の俳壇最後の兜太選で入選を果たし、その後、熊谷カトレア兜太教室に入会した。先生は92歳でがんの手術の直後でした。たった6年間でしたが、教えを受けられたことは実に幸運でした。句集未収録作品。永田和子
掌の貝に陽当り遠くゆくスコール 兜太
スコールが来て、通り過ぎる。遠のくスコールとこの掌の陽光に、命と喪失を投影する。小さな存在として、掌には貝が一つ。その喪失と生の象徴は、陽に透けて冷たい。生きのびたということは、痛みや傷を開くこと。さようなら……言葉は唇を離れる。私はもう少しだけここにいます。トラック島にて。句集『少年』(昭和30年)より。ナカムラ薫
◆共鳴20句〈9月合併号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句
石川まゆみ 選
朧夜の息継ぎ困難な詩だ 石川青狼
背伸びしたり穂綿吹いたり六地蔵 伊藤厳
先祖あり父母の墓ありつつじ咲く 河田光江
花筏父の河岸へ母は漕ぐ 金並れい子
正論をありがとうシャツ裏のまま 三枝みずほ
非常口へいつも駆けてるみどり人 佐藤二千六
精子着床山河大きく芽吹き初む 十河宣洋
菖蒲湯に光り輝く孫の尻 竪阿彌放心
青時雨記憶に遠き鼓笛隊 中内亮玄
ふと目が合いベクレル忘れたかと空豆 中村晋
ドローンが田んぼに農薬まるでガザ 新野祐子
青田風軽トラで行く美容室 根本菜穂子
宇国露国の裸ぶつかる大相撲 野口佐稔
青田風父の背を見た畦歩く 服部則行
窓際に旅の始まり缶ビール 原美智子
じゅんさいや人を触らぬ指のあり 日高玲
空豆や空海のおでこの盛上がり 堀真知子
初つばめスーツの脚が細すぎる 森由美子
蛇穴を(Shitori egumo)と言ひ出づる 柳生正名
農存亡樏吊るし人吊るし 山谷草庵
伊藤幸 選
春塵にまみれ広場は遠い耳朶 伊藤道郎
故郷は手のひらに咲く蓮華草 大沢輝一
帽子の縁だけが緑陰オレの街 岡田奈々
人口減つくしの数を加えねば 加藤昭子
しんにょうの形が不思議つくしんぼ 川嶋安起夫
日脚伸ぶ聞くとはなしに水の私語 楠井収
遠かっこう百万回のひとり言 小林ろば
主婦のままゆつくりペンで刺すつもり 三枝みずほ
弦月や森に行く理由が欲しい 佐孝石画
炎天や無糖の言葉でいいですか 佐藤詠子
自転車すてよかなヤマブキあんなに たけなか華那
耕耘機ゆっくり行くぞ仏生会 千葉芳醇
ハンカチの木の花汝を蝶結び 遠山郁好
パッションの何故俺は俺熱帯夜 豊原清明
藤垂れて揺れて幾許かの別れ 中内亮玄
はにかむよう雨は花ねぶ私す ナカムラ薫
信じたり失ったりした噴水は 長谷川阿以
木漏れ日にぎやか睫毛ぬれるほど夏へ 三世川浩司
捩り花倹しい暮らしに立つ理想 嶺岸さとし
陽炎に突っ込んだあいつのバイク流れ星 夜基津吐虫
大西政司 選
僕らにはタイムリミット木の根明く 石川青狼
桜散る叔父叔母みんないなくなる 井上俊一
花見酒蝶形骨が歌いだす 江良修
無人駅のかすかな湿り鳥交る 大西健司
夏の水とろりと鍬を洗いけり 大西宣子
不知火を味方につけて逆走す 奥山和子
○葉陰にはうふふうふふの小梅たち 川崎千鶴子
ヒヤシンス理科室はすぐ昏くなる 河西志帆
しばらくは人でいさせて花水木 佐孝石画
戦争の話は法度夏の家族 重松敬子
戦争をしない憲法朴の花 篠田悦子
○へののびるへのへのもへじのどかなり 白石司子
たんぽぽ野むすんでひらいて老いひとり 十河宣洋
薫風や魂売らずに古希迎え 滝澤泰斗
○疎林という語感が好きでラムネ飲む 遠山郁好
母の日や広く大きな空がある 鳥井國臣
人といふ束の間を花冷えゆけり 水野真由美
虹が見えない虹の真下の暮らしかな 村本なずな
やれやれと乳の木様の蘖ゆる 柳生正名
三月や去りゆく側に名のありて 故・山田哲夫
望月士郎 選
花嫁のブーケの百合を去勢せり 有馬育代
蛍烏賊の沖漬とろりじゅわが好き 安藤久美子
うやむやな諍いなんじゃもんじゃの木 大西政司
スギナキラ・キラ朝露に輝やいて 尾野久子
○葉陰にはうふふうふふの小梅たち 川崎千鶴子
母子草いつしか横顔と出逢う 川田由美子
黄を消して名を消して菜の花 佐孝石画
春愁や乾ききったる濡れティッシュ 佐藤君子
○へののびるへのへのもへじのどかなり 白石司子
木枯し一号くるよあざらし幼稚園 芹沢愛子
雌雄無きころを美味とす馬糞海胆 高木一惠
「ん」という字習う子の声のどけしや 高木水志
老人夢見る胡瓜となっている 竹本仰
過疎一日ひとつばたごの花盛り 田中信克
息ころす線香花火ころさぬよう 月野ぽぽな
○疎林という語感が好きでラムネ飲む 遠山郁好
去年今年くわいれんこん蛸わかめ 日高玲
野みつばや世界のいちばん昔のほう 平田薫
誘蛾灯宇宙をなんだか小さく思う 藤野武
ふっと晩年風がはじまるよさくら 茂里美絵
◆海原集〈好作三十句〉堀之内長一・抄出
炒り蒟蒻さびしく鳴りぬ夕薄暑 和緒玲子
点眼すその眼の濁り合歓の花 有栖川蘭子
子かまきり針の足にて踏ん張れり 阿武敬子
遠雷やこむら返りを耐えており 井手ひとみ
冷蔵庫ひらくたび会議室かな 伊藤治美
気がつけば母は後れて梅雨の晴 上野恵理
「大菩薩峠」全巻暑気払ひ 大渕久幸
青鬼灯遠くで誰か呼んでゐる 小野地香
仏桑花島を離るる島の人 廉谷展良
極暑かな龍の鏝絵の赤き舌 神谷邦男
かき氷私に優しくして下さい 亀田りんりん
祭り明け色なき朝に鳩集ふ 花舎薫
二番蚕や短編ゆつくり読み終わる 北川コト
風死せりわたしは上手く笑えない 木村寛伸
田草取声を出さねば草となる 工藤篁子
油照全ての愚痴を聞き流す 小坂修
屍の心地涼しく寺のヨガ 小林文子
吾も又遺品のひとつ夏の月 佐竹佐介
蟻の標本ナウマン象の傍らに 塩野正春
滴りに指先で触れ山路行く 島村典子
はたた神わたしを攫ってくれまいか 宙のふう
大夕焼女の浮力三センチ 谷川かつゑ
ゲリラ豪雨おんなは強くなりました 津野丘陽
教師臭まだ抜けきらぬ木葉木菟 藤玲人
原爆忌磨きつづける鍋の底 中尾よしこ
点描の点なる吾れや大花火 藤川宏樹
草叢刈られ異種遺伝子の転入す 松﨑あきら
熱帯夜瀬戸物の皿なまぬるき 向井麻代
風鈴の中はひまわり戦止む 向田久美子
人類に隕石明るし八月尽 渡邉照香


