◆No.72 目次

◆海原愛句十句(7・8月合併号の全同人作品より選出)
武田伸一 選
納棺されし妻へ何やら言う弥生 石川まゆみ
三代で絶える山畑はだれ雪 伊藤巌
そしてみな樹下に瞑りて桜騒 伊藤道郎
桜咲くむかし柱は隠れるため 大池美木
おさなごみな太陽の景囀れり 三枝みずほ
きさらぎの人体模型に水音 白石司子
容れものとしての人間桜散る 田中信克
誉め殺しは言葉の武器よ黄砂降る 仲村トヨ子
機械来てあなたこなたの田を植える 服部修一
目借時漢字出て来ぬボールペン 三浦静佳
山中葛子 選
啄木忌倒したままの砂時計 片岡秀樹
君はもう粗き点描花菜風 黒済泰子
春の昼ゆつくり欠けるナフタリン 小西瞬夏
職を転々茶色いバフンウニになる 佐々木宏
国知らぬ青人草に黄砂降る 高木一惠
見上げればふっと泣き出す桜かな 田中信克
一番海苔寒気やよしと老ありき 野田信章
霾ぐもり受付番号93 松本千花
白鳥帰る暗黙のクーデター 茂里美絵
福寿草やにわに窓を開けにくる 横地かをる
◆海原秀句 同人各集より
安西篤●抄出
髪洗う飛び火のように戦争が 綾田節子
薔薇の名のみな美しくがんセンター 石川義倫
ミロの夜は青唐辛子星ひとつ 石田せ江子
陽炎や沈黙という屈折率 榎本愛子
アイスジャスミンテイー大人の恋とか 大池美木
黒南風やまたひとつ薬がふえた 大髙宏允
やわらかな針金伸びる昭和の日 桂凜火
雑踏は日々の新聞積むごとし 葛城広光
仔牛の眼青澄む百合の木の高み 川田由美子
水を打つ血縁の石になるまで 河西志帆
ラムネから草間彌生が出るわでるわ 黒岡洋子
改装の本屋にカフェ席柳絮とぶ 黒済泰子
青空の全問正解立葵 小松敦
白梅の声裏返る夜明けかな 佐孝石画
吾が子とも何かちぐはぐ燕子花 篠田悦子
千枚田田螺声なく歌う唄 鱸久子
麦秋やサブカルチャー史に僕たち すずき穂波
自分の所為じぶんのせいとフラココ 高木水志
子守唄ってニセアカシアの香り たけなか華那
青梅雨のひかり包みぬ聖母子像 田中亜美
紫陽花や雨音そっと色足して 董振華
今が一番しあわせね冬うらら 野口思づゑ
黒南風や潮と錆の匂い連れ 藤田敦子
活断層の取り切れぬ草輪廻なり 船越みよ
ほたるぶくろ真っ当な言葉あるある 三木冬子
立禅や紫木蓮の闇深く濃く 村上友子
万緑の君を黙読しておりぬ 室田洋子
藤の花母への悔いがまだ揺れる 森由美子
君が代のひとつ字余りひまはり黄 柳生正名
会えばまたせせらぎとなる花樗 横地かをる
松本勇二●抄出
置き傘一本思想のごとし無人駅 有村王志
蛸足配線家族濃紫陽花 市原正直
わたくしの個室で熟れるゆすらうめ 榎本祐子
レースのカーテンくらいの責任感 大池桜子
父の日や客席に居る毛むくじゃら 大髙洋子
町の米屋西日に曝す肋骨 大西健司
グリンピースころんと撥ねて米騒動 小野千秋
草取に出る性分のようなもの 楠井収
ラムネから草間彌生が出るわでるわ 黒岡洋子
グループの端っこにいるすずしさよ こしのゆみこ
梅雨入りや歩きたくない八十才 小林花代
吾の過去を起こさぬように蕗を剥く 佐藤二千六
人懐こさの荒川段丘夏は来ぬ 篠田悦子
核の傘キャベツひたすら刻んでる 清水茉紀
三角点へ触れそで触れぬ黒揚羽 新宅美佐子
桜桃忌愛の昏さの馬肉煮る すずき穂波
合歓の花問はず仕舞ひの妣の恋 ダークシー美紀
自分の所為じぶんのせいとフラココ 高木水志
忍路路をぐわんと回わす岩燕 たけなか華那
明け急ぐてりらてりらと無事なりや 中井千鶴
吾が踏みし長縄跳びや青葉騒 中村道子
植田の沖から言葉を搾り出している 丹生千賀
空振りの絵になる漢大南風 根本菜穂子
この頃は似た句ばかりだライスカレー 長谷川阿以
川の秋来し方ばかり鮮明に 藤盛和子
吊革はわたしの春昼の羽化 北條貢司
もう少し言葉選べと鯔跳ねる 三浦二三子
逡巡が脱げないダボダボTシャツ 三好つや子
真打ちの落ちのすぱっと梅雨に入る 森武晴美
葉桜やネクタイばかり残りをり 矢野二十四
◆武蔵野抄72 安西篤
黙祷に始まる同窓会の夏
遺影なおもの言いたげに草蜉蝣
水切りてミサイル跳ねし夏の行方
七夕竹回想は市松模様に
今日の日を加速している夏野原
◆雑雑抄72 武田伸一
被爆の楠繁茂す私は小さい
ちっち蝉負けず嫌いの姉だった
衰えし耳や落花を私す
いも煮です今生最後のクラス会
鬼なれば囃され踊る夜の神楽
◆一翳抄4 堀之内長一
投擲や裸もっとも美しき
夏つばめ一気に前方後円墳
虞美人草前衛という一輪車
ムカシトンボ仏陀の頭部転げ落つ
手術後二十一年目の夏に
晩夏光頭蓋のくぼみまた撫でる
◆たづくり抄4 宮崎斗士
ががんぼの語感をそっと指でつまむ
ほたるの夜妻から痛痒い質問
老父すでに後書きの日々あめんぼう
草笛や私の欲しかった空欄
結婚記念日うむむと木耳の食感
◆金子兜太 私の一句
子馬が街を走っていたよ夜明けのこと 兜太
シュールな映像が浮かぶ。夜明けの街を軽やかに走り抜けていく子馬。その躍動感、生命力が深閑とした空間で際立つ。溌溂とした姿は街の目覚めを促し、息吹を与えていくかのよう。無垢な瞳はこれから始まる一日、そして未来への希望と好奇心に満ち、それは師自身の瞳とも重なる。「〜よ」「〜こと」の表現も温かく、自由闊達な精神、少年のような瑞々しい感性が溢れる。句集『日常』(平成21年)より。黒済泰子
マンゴーとトラック島を食いおわる 兜太
二〇一六年、第五十二回「海程賞」受賞時に金子兜太師よりいただいた色紙に書かれていたもので、「マンゴーとトラック島」は師の戦争体験の暗喩であると考えられる。『語る兜太』の文中に「芭蕉も一茶もアニミストだが、軽みを実現できたのは翁という文芸意識を持ち込んだ芭蕉ではなく、自由な生き方をした一茶である」というのがあるが、「非業の死者に報いる為に、ただ生きんとのみ」と決意し、「冬陽に睡る青春の日の真昼のごと」「残照の海流まざまざと生きて遠し」などの句を経て得た「軽み」の境地が、「食いおわる」なのである。「月花」の風雅ではなく、自身を含む「生き物を凝視」し続けた俳句専念の師の生きざまを思う。句集未収録作品。白石司子
◆共鳴20句〈7・8月合併号同人作品より〉
〇印は2選者の共選句 ◎印は3選者の共選句
石川まゆみ 選
春炬燵ぽつんと生きて長生きは 綾田節子
ノンアルのノミュニケーション花の宴 石橋いろり
独り身の空の広さや遠桜 伊藤厳
野良猫に好かれすみれになっている 加藤昭子
サイボーグになりても生きん涅槃西風 川崎千鶴子
桜餅一緒に食べる人がいる 後藤雅文
春の昼ゆつくり欠けるナフタリン 小西瞬夏
鼻から肺へ一筋の息去年今年 鱸久子
海ふかく沈める錨藤の花 田中亜美
奥ゆかしき尼僧紅梅へし折りぬ 樽谷宗寬
○耳の底まで沈丁の香りくる 月野ぽぽな
桜餅ドラマの犯人さあ誰か 峠谷清広
ペーパーノイズかすかに春の雨が降る 鳥山由貴子
○和解して鳥の握手のよう五月 ナカムラ薫
こぶし咲く更地の下に田は眠り 中村晋
真ん中は小さき靴跡春の雪 西美惠子
○目借時漢字出て来ぬボールペン 三浦静佳
靴底に花屑つけて通夜の客 矢野二十四
春風を誘い弥勒のくすり指 山下一夫
今日を生きた一灯を消す春夜の紐 故・山田哲夫
伊藤幸 選
花筏川面に描く時間の未来 阿久沢長道
帰雁かないつか行く道急ぐまい 有村王志
霾ぐもり死にたい父へ書く手紙 石塚しをり
そしてみな樹下に瞑りて桜騒 伊藤道郎
三角定規のささやかな翳春の黙 大西健司
何度でもがんばれ自分、卒業期 かさいともこ
看護ふさん妻はすみれが好きですよ 柏原喜久恵
鬱積のぱこっとはぜて枯芙蓉 楠井収
花冷えの尾骨シーソー動かざる 小西瞬夏
死ぬわけにも生きるわけにもさくらかな 竹本仰
容れものとしての人間桜散る 田中信克
○和解して鳥の握手のよう五月 ナカムラ薫
大根に提げる添え状似顔絵も 並木邑人
赤いエゴのつぶつぶ伸ばすイチゴジャム 仁田脇一石
去・今・来つがいめじろのせわしさよ 疋田恵美子
愛でておこう生命線に降る桜 藤田敦子
行かなくちゃするり白玉掬う匙 堀真知子
そこここに時の舟あり豆畑 三好つや子
花降る日からだの中の無人の駅 望月士郎
わらびぜんまい笑って許すことにする 梁瀬道子
大西政司 選
青春は一途未完の柘榴かな 有村王志
さよなら三角春の暮れ 石川義倫
蘊蓄は苦手ですけん花山椒 伊藤幸
春銀河までの地図なら描いてある 榎本祐子
あちこちに遊べぬ空地春嵐 江良修
春障子するりと開かず子は育つ 大野美代子
鈴鳴って讃岐平野にずいと春 岡田奈々
シャドーボクシング拳より蝶逃げ 小西瞬夏
雑居ビル蝶の顔した人ばかり 佐藤詠子
恋猫の量子もつれや闇光る すずき穂波
羊皮紙に血痕滲む日永かな 田中亜美
花ふぶき誰も喝采しなくていい 董振華
出兵は真っ平きつね罠に落つ 並木邑人
酢蛸噛む一気に噛めば二月尽 野田信章
腱鞘炎の右手に似たる余寒かな 疋田恵美子
夕さりしさくら果てゆく音となり 日高玲
こぶし咲く転院先が決まらない 本田ひとみ
春三日月女偏をつけたがる 村井隆行
冴え返る木馬きれいな骨である 茂里美絵
ミモザミモザあわだちわきたつ水の炎 山本掌
望月士郎 選
夕桜死へやんわりと感電す 伊藤道郎
啄木忌倒したままの砂時計 片岡秀樹
桃太郎桃に牛乳かけている 葛城広光
しんにょうの形のふしぎ春の径 川嶋安起夫
友を摘み友を摘み春の鳥 川田由美子
春愁や海を見ている犬を見る 河原珠美
仲良しやふたつめの春月を曲がり 木下ようこ
柏手の人等霞んで入れ替わる 小松敦
さくらひとひらどちらかは空っぽの手 三枝みずほ
わが影はムーミンのママ春満月 佐々木香代子
春暮るるまた来ると言ひ春暮るる ダークシー美紀
首筋に春の気配ののたりかな 竹田昭江
○耳の底まで沈丁の香りくる 月野ぽぽな
ときどきは波久礼の兎花しずめ 遠山郁好
神経衰弱きさらぎそっと裏返す 鳥山由貴子
帽子屋を漂うおらんだししがしら ナカムラ薫
春の雨ふっくら水にもぐりこむ 平田薫
○目借時漢字出て来ぬボールペン 三浦静佳
星々のこぼれて枝垂れ桜かな 水野真由美
うすあおき春眠連想に臨死 茂里美絵
◆海原集〈好作三十句〉堀之内長一・抄出
朝の陽だまりうっとりと蛾の屍 和緒玲子
あちこちの隅っこ端っこ姫女菀 有栖川蘭子
ゆきずりの人と並んで二重虹 石口光子
我が毒の現の姿夾竹桃井手ひとみ
海酸漿となりのお姉さんの片えくぼ上田輝子
新しき仕事始まる夏燕 上野恵理
蠅一匹来ぬ我が部屋の無愛想 遠藤路子
ハモニカは悲し豌豆の莢はじけ 小野地香
ジャカランダ下を行き交ふ北訛 廉谷展良
アネモネや床屋の椅子の眠くなる 神谷邦男
植木鉢どければ蚯蚓の瞬きす 花舎薫
立読みのちひさな会話菜種梅雨 北川コト
紫陽花にまぎれてひとり欠勤す 木村寛伸
雲ひとつ売却済みの夏野原 小林文子
モナリザと呼ばれし非行少女の夏 佐竹佐介
夏の海同じ幅まで手を広げ 島村典子
ツバメ飛ぶ空にかすかな傷残し 末澤等
ででむしや棲むとはゆるりと息すること 宙のふう
少年のつかむ蜥蜴に婚姻色 藤玲人
木下闇村には出てゆく道ばかり 坂内まんさく
夜店の灯硝子細工を誉めて去り 福田博之
風薫るスポーツカーに老マーク 藤井久代
「魚へんにブルー」の味噌煮不滅の3 藤川宏樹
夕凪や口寂しさに飲むサプリ 松岡早苗
すずらんの庭未亡人と呼ばないで 松﨑あきら
里道踏む梅雨空拝み一歩ずつ 三嶋裕女
夏の人すべてのパーツおおぶりで 峰尾大介
眼科医の碧きペディキュア走り梅雨 向井麻代
文通の生傷ありて花は葉に 向田久美子
水撒きのついでに犬の足洗ふ 路志田美子